『---映ゆ---』 目次
『---映ゆ---』 第1回から第85回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。
『---映ゆ---』リンクページ
奏和が属するバンドの割り当ては3曲。 結局、盛り上がって終始したいと3曲ともアップテンポを選んだ。 が故、渉の耳、頭の中はクタクタに疲れた。
奏和のバンドの演奏が終わるとすぐに座席を立った。 渉が「もう嫌だ」 と言い出したからだ。
重い扉を2つ開けて出るとすぐに渉が座り込んだ。
「渉ちゃん、大丈夫?」
「・・・」 今だに耳から手を離せない。
「渉ちゃん大丈夫だから。 もう音は聞こえないから。 手を離していいんだよ」 座り込む渉の背中を摩りながら言う翼。
「翼、アンタ甘いのよ」
「え?」
言うとカケルが渉の腕を掴んだ。
「渉、椅子に座ろう。 ここに居たら迷惑になるでしょ?」
「・・・」 冷たいとも思われるカケルの腕に支えられ渉が立ち上がる。
「姉ちゃん! 渉ちゃんは今辛いんだよ! 今は渉ちゃんが一番なのに!」
「ばーか」 横目で言うと、渉を支えて歩きだし隅に置かれていた3人掛けのベンチに二人して座った。
「ね、ここなら人の迷惑にならないからね。 安心して治まるまで待つといいわよ」
「・・・うん」
渉の肩に手を回し、その体全部をカケルの身体で支えた。 渉はやっと耳から手を離し、目を瞑ると安心してカケルに寄りかかっている。 翼が立ちっぱなしで正面から2人の姿を見ている。
「翼、自販機があったでしょ。 お茶でも買ってきなさい」
「俺、泣きそうなんだけど」 今のカケルの役は自分だったはずなのに。
「つべこべ言ってんじゃないの!」
渉は人に迷惑をかけたくないという思いが大きい。 カケルはそれをよくよく知っていた。 だから、ホール出口に座り込んだ渉が、出入り口に座り込んで人の迷惑になり、自分の体調を整えるのにも気がそぞろになってしまうとすぐに分かった。
ホールを出てロビーには誰も居ない。 それに誰も出入りもしないが、そう言っても納得する渉ではないのも分かっていた。 だから強硬にその座を移すように言った。
そして渉は気付いてなかったが、カケルはどこかで知っていた。 幼少・・・物心ついたときから気づいていた。
翼がペットボトルを両手に持って帰ってきた。
「え? あん?」 小さな声で言うと、しゃがんでカケルに身を預けている渉の顔を覗き込んだ。
「もしかして・・・寝てる?」
「みたいね」 まるで小動物でも見るような目で愛おしそうに渉を見る。
「可愛いなぁ・・・チューしていいかなぁ?」
「アンタ、アタシにぶっ潰されたいの?」 凄みの利いた声音で、渉が最も恐れるカケルの切れ長の目をもって、スッと横目で見られる冷たい視線が向けられた。
「ぶっ潰されたくありません」 ペットボトルのキャップを開けるとカケルに差し出した。
「サンキュ」 一口飲むとよく冷えたペットボトルを渉の額に当てがった。
「昔っからね、渉は何かの音を嫌がるの」
「大きな音がイヤなんじゃなくて?」 空いていた渉の隣に座った。
「まぁ、それもあるかもしれないわ。 山の中の音がいいっていつも言ってるから。 鳥のさえずりや、風に揺れる葉の擦れる音が好きなんでしょうね。 それを思うと今のは渉にはきつかったかもしれないわね」
物心がついたころから、渉が何かの音を嫌う事を知ってはいたが、それがどんな音なのかまでは知り得なかった。
渉が嫌う音。 それは磐笛の清々しい音を消してしまうような音であったが、渉本人もそれとは気付いていなかった。
「そうなんだ。 ってか、それはどっかで分かってるつもりだったんだけどな・・・」
「え? そうなの?」
「まぁ、姉ちゃんみたいには分かってなかったよ。 単に渉ちゃんが山を好んでるっていう事だけの話だよ。 で、姉ちゃんに言われて敢えて分かっ
たって話かな? 鳥の声を聞きたがったり、葉の擦れる音に耳を傾けたり。 それは分かってたけど、姉ちゃんみたいには考えてなかった」
と、翼の考える頭の片隅に幼少期のことが浮かんだ。
神社に行ったとき、時々あることだった。 特に春と秋に。
渉がみんなの目を盗んで翼の袖を引く。 カケルにさえ声を掛けることなく、翼の袖を引く。 コッソリと連れて行かれる先はいつも一緒だった。 そこは神社であるのだから、当然に行われる挙式であった。
渉が花嫁の姿をじっと見ている。 翼の袖をつかんで、ただただ、花嫁の姿をじっと見ている。 そしていつも最後に言う言葉は決まっていた。
「翼君、内緒ね」
いつも渉の言葉にコクリと頷く翼であった。
当時の翼には何が内緒なのかは分からなかった。 でも、みんなの目を盗んでここにやってきたという事が内緒なのだろうと思っていた。 それしか考えられなかったから。
「もしかして、あの時って・・・」 声ともない発声が喉からこぼれ出る。
「翼?」
カケルから見てどこかボォッとしている翼にカケルが眉を顰めた。
と、その時、声が掛かった。
「翔、来てたのか」 カケルと翼が前を見ると奏和がこちらに向って歩いてきた。
カケルが奏和に気付き前を見ると、同じように翼も奏和に目をやった。
「って、渉は何やってんだ?」 三人の座る椅子までやってきた奏和が、カケルにもたれかかって寝ている渉に目を移した。
「奏和達の出す音にバテたみたい。 もしかしたら後で思いっきり言われるかもしれないわよ」 ペットボトルを渉の額から離すと前髪を整えてやった。
「俺のせいかよ」 腕を組んで渉を見る。
「奏兄ちゃん? もしかして俺のことオール無視?」
「ああ、翼も来てたんだっけな」
「その言い方はないでしょう。 俺がこの二人を連れてきたのに」
「お前がチケット3枚くれって言うから、てっきり八岐大蛇を2人に絞ったのかと思ってたのに、まさか翔を連れてくるとはな」 言うとカケルに目を向けた。
「大丈夫だったか?」
「多分」 カケルの返事を聞くと、翼に目を向けた。
「翼、翔と話があるから渉のお守り役、ちょっと代わってくれるか?」 言われ、翼の目が輝いた。
「モチロン、モチロン。 ほら、姉ちゃんどいて」 ペットボトルのキャップを渡すと、カケルとその場を代わった。
翼が渉の肩に手を回しかけたとき
「手は回さなくていい。 それに何かしたら分かってるでしょうね」 電車に乗っていて、隣に寝る人がもたれかかった状態でストップしてしまった。
「チェ、なんだよ。 渉ちゃんを支えるのがいけない事なのかよ」
「手を回す必要はない」
凄味の聞いた声にそれ以上反論が出来ない様子の翼。 その様子を見ていた奏和が呆れるように言う。
「これだけガサガサしても起きないなんて、渉は何しにきたんだよ」
「放っといて、放っといて。 ほら、二人で話があるんでしょ? あっちで話してくれば? 俺は渉ちゃんと愛を育んでおくから」
「翼!」
「翼の挑発にいちいち乗ってんじゃないよ。 ほら、あっちに行くぞ」
一人さっさと歩き出した奏和についてカケルも歩き出したが、何度も振り返り眼光鋭く威圧を送った。
「俺って信用ないなぁ。 俺が渉ちゃんを傷つける事なんてするはずないのに。 ねぇ、渉ちゃん」 横にピコンと立っている髪の毛を指で軽く撥ねた。
「それにしても奏兄ちゃんって、感情ってものがないのかなぁ? あれだけの演奏をしておいて全然興奮が残ってないって・・・」 二人の歩く後姿を追った。
「顔色が良さそうだな」 カケルの顔を見て言うわけではないが、さっき見てそう思ったのだろう。 歩きながら言った。
「まぁね。 でも、お母さんの基礎化粧品が合わなくて、ちょっと肌荒れしてきてる」
「ああ・・・アパートに何もかも置きっぱなしで出てきたもんな。 それじゃあ、渉と二人で要る物をとってこようか?」
「うううん。 大丈夫」
渉と翼がいるところから反対側の壁まで来た。
「家の中にずっと居るのは辛いか?」 壁に背を預けて腕を組みカケルを見た。
「もうそろそろ飽きてきた。 だから、翼が渉をつれてここに来るつもりって聞いたから私も参加したの」 カケルが歩を止め、奏和と斜めに向かい合う形となった。
「そうか。 でも、用心にもう少し家の中に居ろよ。 あのカメラマン、ソコソコ調べてたから離したくないネタかもしれないからな。 モデルの方が下火になるまで我慢しろよ」 カケルから目を離し前を見た。 目の先では翼が渉の髪の毛で遊んでいる。
「分かってる」 奏和が背を預ける壁の横の大きな窓越しに外を見る。
「・・・奏和」
「ん?」 カケルに視線を戻した。
「あの時・・・有難う」
「ああ」 また翼たちに目を遣った。
「一人でケリをつけるつもりだったけど、でも奏和みたいに言えなかったと思う」
「後悔してないか?」
「ぜんぜん」
「じゃ、いいじゃないか。 もう終わった事だ」 目の先で渉が動いた気がした。
「渉が起きたかな?」 カケルが振り返り渉を見た。
「あれ? 翼君?」 身体を起こし、翼を見た。
「あらら、渉ちゃんもう起きちゃったの? もうちょっとこのままでいようよ」
「私・・・寝てた?」
「グッスリとね。 どう? もう大丈夫?」 渉の顔を覗き込む。
「うん」 頭に手をやり、自分の具合をみた。
「お茶でも飲む?」 キャップを開けると渉に差し出す。
「ありがと」
その時
「あ! 奏和! ここに居たのかよ。 探したんだぞ!」 ステージ裏へ通じる通路からバンドのメンバーが出てきた。 聞こえた声のほうに渉ならず3人も目を遣る。
「悪い、悪い」 言う奏和の横に居るカケルにメンバーの目が釘付けにされ、少し離れたその場で止まってしまった。
「そ・・・そ、奏和・・君・・・あ、いや奏和さん。 そちらはどなた?」
「あー!! 奏ちゃん!!」 ペットボトルを翼に押し付けるとドカドカと奏和目がけて歩き出した。
「奏ちゃん! よくもよくも、あんな音を聞かせてくれたわね!」
カケルの姿に釘付けになっていたメンバーが振り返り渉を見た。
「そ・・・奏和さん? 知り合い? 俺たちの演奏が気に食わなかったと?」
「あ、いやそう言うわけじゃなくて。 渉、そんな言い方はないだろ!」 ペットボトルの蓋をすると慌てて翼が渉を抑えた。
「スミマセン。 ちょっと思ってたより大きな音だったんで、ビックリしただけなんです。 ほら、渉ちゃん、今はあっちに行ってようよ。 奏兄ちゃんもメンバーの人と話があるんだから」 背中に手を回し、抱え込むようにすると、暴れる渉を引きずるように元のベンチへ戻った。
「奏ちゃんのバカー! ウググ・・・」 翼に口を押さえられた。
カケルがこめかみを押さえた。 これでは奏和の顔が立たないだろう。
「メンバーの方ですね」 カケルの声に翼たちを見ていた3人が振り返ると、カケルが歩み寄ってきていた。 その後ろに奏和が立っている。
「ステキな演奏でした」 モデルで培われた鋭い笑顔ではなく、巫女のときの柔和な笑みを3人に向ける。
「あ、あ。 はいっ!」 カチンコチンに固まっている。
「なに固まってんだよ」 奏和が呆れて溜息を吐く。
うっせ! と言いたかったが言葉にならなかった。
「今日は聞かせてもらって有難うございました。 これからも頑張ってくださいね」
「はいいっ!」 3人に最後の笑みを送ると奏和を振り返った。
「じゃ、もう帰るわ」
「模擬店には行ったのか?」
「行ってないけど・・・行っていいの?」
「あ! 奏和・・・さん、俺チケット持ってます」 言うと、ポケットからお握りやビール、駄菓子やたこ焼きのチケットをわしづかみにして出した。
「どうする? そんなに目立たなかったらいいけど・・・って、目立つか・・・まっ、でもまさかここまでは、だよな。 いいよ、行ってこいよ」
「奏和は?」
「ああ、こいつらと反省会」
「奏和・・・さんがしくじった所の反省会です」
「お前だって歌詞間違ってただろー」
「え? 奏和、ミスちゃってたの?」
「あ、ああ。 まぁな」 客席にカケルが居るのを目にした時だなんて言えない。
「そうなんだ。 あ、歌声が素敵で歌詞の間違いには気付きませんでした」 愛想の様に言ったが、ボーカルは全然気付いていない。
「じゃ、じゃ。 このチケットどうぞ」
「奏和、どうしよう」
「いいんじゃない? 貰っとけば?」 出されたチケットを掴むとカケルに手渡した。
『---映ゆ---』 第1回から第85回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。
『---映ゆ---』リンクページ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
- 映ゆ - ~Shou~ 第89回
奏和が属するバンドの割り当ては3曲。 結局、盛り上がって終始したいと3曲ともアップテンポを選んだ。 が故、渉の耳、頭の中はクタクタに疲れた。
奏和のバンドの演奏が終わるとすぐに座席を立った。 渉が「もう嫌だ」 と言い出したからだ。
重い扉を2つ開けて出るとすぐに渉が座り込んだ。
「渉ちゃん、大丈夫?」
「・・・」 今だに耳から手を離せない。
「渉ちゃん大丈夫だから。 もう音は聞こえないから。 手を離していいんだよ」 座り込む渉の背中を摩りながら言う翼。
「翼、アンタ甘いのよ」
「え?」
言うとカケルが渉の腕を掴んだ。
「渉、椅子に座ろう。 ここに居たら迷惑になるでしょ?」
「・・・」 冷たいとも思われるカケルの腕に支えられ渉が立ち上がる。
「姉ちゃん! 渉ちゃんは今辛いんだよ! 今は渉ちゃんが一番なのに!」
「ばーか」 横目で言うと、渉を支えて歩きだし隅に置かれていた3人掛けのベンチに二人して座った。
「ね、ここなら人の迷惑にならないからね。 安心して治まるまで待つといいわよ」
「・・・うん」
渉の肩に手を回し、その体全部をカケルの身体で支えた。 渉はやっと耳から手を離し、目を瞑ると安心してカケルに寄りかかっている。 翼が立ちっぱなしで正面から2人の姿を見ている。
「翼、自販機があったでしょ。 お茶でも買ってきなさい」
「俺、泣きそうなんだけど」 今のカケルの役は自分だったはずなのに。
「つべこべ言ってんじゃないの!」
渉は人に迷惑をかけたくないという思いが大きい。 カケルはそれをよくよく知っていた。 だから、ホール出口に座り込んだ渉が、出入り口に座り込んで人の迷惑になり、自分の体調を整えるのにも気がそぞろになってしまうとすぐに分かった。
ホールを出てロビーには誰も居ない。 それに誰も出入りもしないが、そう言っても納得する渉ではないのも分かっていた。 だから強硬にその座を移すように言った。
そして渉は気付いてなかったが、カケルはどこかで知っていた。 幼少・・・物心ついたときから気づいていた。
翼がペットボトルを両手に持って帰ってきた。
「え? あん?」 小さな声で言うと、しゃがんでカケルに身を預けている渉の顔を覗き込んだ。
「もしかして・・・寝てる?」
「みたいね」 まるで小動物でも見るような目で愛おしそうに渉を見る。
「可愛いなぁ・・・チューしていいかなぁ?」
「アンタ、アタシにぶっ潰されたいの?」 凄みの利いた声音で、渉が最も恐れるカケルの切れ長の目をもって、スッと横目で見られる冷たい視線が向けられた。
「ぶっ潰されたくありません」 ペットボトルのキャップを開けるとカケルに差し出した。
「サンキュ」 一口飲むとよく冷えたペットボトルを渉の額に当てがった。
「昔っからね、渉は何かの音を嫌がるの」
「大きな音がイヤなんじゃなくて?」 空いていた渉の隣に座った。
「まぁ、それもあるかもしれないわ。 山の中の音がいいっていつも言ってるから。 鳥のさえずりや、風に揺れる葉の擦れる音が好きなんでしょうね。 それを思うと今のは渉にはきつかったかもしれないわね」
物心がついたころから、渉が何かの音を嫌う事を知ってはいたが、それがどんな音なのかまでは知り得なかった。
渉が嫌う音。 それは磐笛の清々しい音を消してしまうような音であったが、渉本人もそれとは気付いていなかった。
「そうなんだ。 ってか、それはどっかで分かってるつもりだったんだけどな・・・」
「え? そうなの?」
「まぁ、姉ちゃんみたいには分かってなかったよ。 単に渉ちゃんが山を好んでるっていう事だけの話だよ。 で、姉ちゃんに言われて敢えて分かっ
たって話かな? 鳥の声を聞きたがったり、葉の擦れる音に耳を傾けたり。 それは分かってたけど、姉ちゃんみたいには考えてなかった」
と、翼の考える頭の片隅に幼少期のことが浮かんだ。
神社に行ったとき、時々あることだった。 特に春と秋に。
渉がみんなの目を盗んで翼の袖を引く。 カケルにさえ声を掛けることなく、翼の袖を引く。 コッソリと連れて行かれる先はいつも一緒だった。 そこは神社であるのだから、当然に行われる挙式であった。
渉が花嫁の姿をじっと見ている。 翼の袖をつかんで、ただただ、花嫁の姿をじっと見ている。 そしていつも最後に言う言葉は決まっていた。
「翼君、内緒ね」
いつも渉の言葉にコクリと頷く翼であった。
当時の翼には何が内緒なのかは分からなかった。 でも、みんなの目を盗んでここにやってきたという事が内緒なのだろうと思っていた。 それしか考えられなかったから。
「もしかして、あの時って・・・」 声ともない発声が喉からこぼれ出る。
「翼?」
カケルから見てどこかボォッとしている翼にカケルが眉を顰めた。
と、その時、声が掛かった。
「翔、来てたのか」 カケルと翼が前を見ると奏和がこちらに向って歩いてきた。
カケルが奏和に気付き前を見ると、同じように翼も奏和に目をやった。
「って、渉は何やってんだ?」 三人の座る椅子までやってきた奏和が、カケルにもたれかかって寝ている渉に目を移した。
「奏和達の出す音にバテたみたい。 もしかしたら後で思いっきり言われるかもしれないわよ」 ペットボトルを渉の額から離すと前髪を整えてやった。
「俺のせいかよ」 腕を組んで渉を見る。
「奏兄ちゃん? もしかして俺のことオール無視?」
「ああ、翼も来てたんだっけな」
「その言い方はないでしょう。 俺がこの二人を連れてきたのに」
「お前がチケット3枚くれって言うから、てっきり八岐大蛇を2人に絞ったのかと思ってたのに、まさか翔を連れてくるとはな」 言うとカケルに目を向けた。
「大丈夫だったか?」
「多分」 カケルの返事を聞くと、翼に目を向けた。
「翼、翔と話があるから渉のお守り役、ちょっと代わってくれるか?」 言われ、翼の目が輝いた。
「モチロン、モチロン。 ほら、姉ちゃんどいて」 ペットボトルのキャップを渡すと、カケルとその場を代わった。
翼が渉の肩に手を回しかけたとき
「手は回さなくていい。 それに何かしたら分かってるでしょうね」 電車に乗っていて、隣に寝る人がもたれかかった状態でストップしてしまった。
「チェ、なんだよ。 渉ちゃんを支えるのがいけない事なのかよ」
「手を回す必要はない」
凄味の聞いた声にそれ以上反論が出来ない様子の翼。 その様子を見ていた奏和が呆れるように言う。
「これだけガサガサしても起きないなんて、渉は何しにきたんだよ」
「放っといて、放っといて。 ほら、二人で話があるんでしょ? あっちで話してくれば? 俺は渉ちゃんと愛を育んでおくから」
「翼!」
「翼の挑発にいちいち乗ってんじゃないよ。 ほら、あっちに行くぞ」
一人さっさと歩き出した奏和についてカケルも歩き出したが、何度も振り返り眼光鋭く威圧を送った。
「俺って信用ないなぁ。 俺が渉ちゃんを傷つける事なんてするはずないのに。 ねぇ、渉ちゃん」 横にピコンと立っている髪の毛を指で軽く撥ねた。
「それにしても奏兄ちゃんって、感情ってものがないのかなぁ? あれだけの演奏をしておいて全然興奮が残ってないって・・・」 二人の歩く後姿を追った。
「顔色が良さそうだな」 カケルの顔を見て言うわけではないが、さっき見てそう思ったのだろう。 歩きながら言った。
「まぁね。 でも、お母さんの基礎化粧品が合わなくて、ちょっと肌荒れしてきてる」
「ああ・・・アパートに何もかも置きっぱなしで出てきたもんな。 それじゃあ、渉と二人で要る物をとってこようか?」
「うううん。 大丈夫」
渉と翼がいるところから反対側の壁まで来た。
「家の中にずっと居るのは辛いか?」 壁に背を預けて腕を組みカケルを見た。
「もうそろそろ飽きてきた。 だから、翼が渉をつれてここに来るつもりって聞いたから私も参加したの」 カケルが歩を止め、奏和と斜めに向かい合う形となった。
「そうか。 でも、用心にもう少し家の中に居ろよ。 あのカメラマン、ソコソコ調べてたから離したくないネタかもしれないからな。 モデルの方が下火になるまで我慢しろよ」 カケルから目を離し前を見た。 目の先では翼が渉の髪の毛で遊んでいる。
「分かってる」 奏和が背を預ける壁の横の大きな窓越しに外を見る。
「・・・奏和」
「ん?」 カケルに視線を戻した。
「あの時・・・有難う」
「ああ」 また翼たちに目を遣った。
「一人でケリをつけるつもりだったけど、でも奏和みたいに言えなかったと思う」
「後悔してないか?」
「ぜんぜん」
「じゃ、いいじゃないか。 もう終わった事だ」 目の先で渉が動いた気がした。
「渉が起きたかな?」 カケルが振り返り渉を見た。
「あれ? 翼君?」 身体を起こし、翼を見た。
「あらら、渉ちゃんもう起きちゃったの? もうちょっとこのままでいようよ」
「私・・・寝てた?」
「グッスリとね。 どう? もう大丈夫?」 渉の顔を覗き込む。
「うん」 頭に手をやり、自分の具合をみた。
「お茶でも飲む?」 キャップを開けると渉に差し出す。
「ありがと」
その時
「あ! 奏和! ここに居たのかよ。 探したんだぞ!」 ステージ裏へ通じる通路からバンドのメンバーが出てきた。 聞こえた声のほうに渉ならず3人も目を遣る。
「悪い、悪い」 言う奏和の横に居るカケルにメンバーの目が釘付けにされ、少し離れたその場で止まってしまった。
「そ・・・そ、奏和・・君・・・あ、いや奏和さん。 そちらはどなた?」
「あー!! 奏ちゃん!!」 ペットボトルを翼に押し付けるとドカドカと奏和目がけて歩き出した。
「奏ちゃん! よくもよくも、あんな音を聞かせてくれたわね!」
カケルの姿に釘付けになっていたメンバーが振り返り渉を見た。
「そ・・・奏和さん? 知り合い? 俺たちの演奏が気に食わなかったと?」
「あ、いやそう言うわけじゃなくて。 渉、そんな言い方はないだろ!」 ペットボトルの蓋をすると慌てて翼が渉を抑えた。
「スミマセン。 ちょっと思ってたより大きな音だったんで、ビックリしただけなんです。 ほら、渉ちゃん、今はあっちに行ってようよ。 奏兄ちゃんもメンバーの人と話があるんだから」 背中に手を回し、抱え込むようにすると、暴れる渉を引きずるように元のベンチへ戻った。
「奏ちゃんのバカー! ウググ・・・」 翼に口を押さえられた。
カケルがこめかみを押さえた。 これでは奏和の顔が立たないだろう。
「メンバーの方ですね」 カケルの声に翼たちを見ていた3人が振り返ると、カケルが歩み寄ってきていた。 その後ろに奏和が立っている。
「ステキな演奏でした」 モデルで培われた鋭い笑顔ではなく、巫女のときの柔和な笑みを3人に向ける。
「あ、あ。 はいっ!」 カチンコチンに固まっている。
「なに固まってんだよ」 奏和が呆れて溜息を吐く。
うっせ! と言いたかったが言葉にならなかった。
「今日は聞かせてもらって有難うございました。 これからも頑張ってくださいね」
「はいいっ!」 3人に最後の笑みを送ると奏和を振り返った。
「じゃ、もう帰るわ」
「模擬店には行ったのか?」
「行ってないけど・・・行っていいの?」
「あ! 奏和・・・さん、俺チケット持ってます」 言うと、ポケットからお握りやビール、駄菓子やたこ焼きのチケットをわしづかみにして出した。
「どうする? そんなに目立たなかったらいいけど・・・って、目立つか・・・まっ、でもまさかここまでは、だよな。 いいよ、行ってこいよ」
「奏和は?」
「ああ、こいつらと反省会」
「奏和・・・さんがしくじった所の反省会です」
「お前だって歌詞間違ってただろー」
「え? 奏和、ミスちゃってたの?」
「あ、ああ。 まぁな」 客席にカケルが居るのを目にした時だなんて言えない。
「そうなんだ。 あ、歌声が素敵で歌詞の間違いには気付きませんでした」 愛想の様に言ったが、ボーカルは全然気付いていない。
「じゃ、じゃ。 このチケットどうぞ」
「奏和、どうしよう」
「いいんじゃない? 貰っとけば?」 出されたチケットを掴むとカケルに手渡した。