大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第89回

2017年06月29日 22時54分19秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第85回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shou~  第89回





奏和が属するバンドの割り当ては3曲。 結局、盛り上がって終始したいと3曲ともアップテンポを選んだ。 が故、渉の耳、頭の中はクタクタに疲れた。
奏和のバンドの演奏が終わるとすぐに座席を立った。 渉が「もう嫌だ」 と言い出したからだ。
重い扉を2つ開けて出るとすぐに渉が座り込んだ。

「渉ちゃん、大丈夫?」

「・・・」 今だに耳から手を離せない。

「渉ちゃん大丈夫だから。 もう音は聞こえないから。 手を離していいんだよ」 座り込む渉の背中を摩りながら言う翼。

「翼、アンタ甘いのよ」

「え?」

言うとカケルが渉の腕を掴んだ。

「渉、椅子に座ろう。 ここに居たら迷惑になるでしょ?」

「・・・」 冷たいとも思われるカケルの腕に支えられ渉が立ち上がる。

「姉ちゃん! 渉ちゃんは今辛いんだよ! 今は渉ちゃんが一番なのに!」

「ばーか」 横目で言うと、渉を支えて歩きだし隅に置かれていた3人掛けのベンチに二人して座った。

「ね、ここなら人の迷惑にならないからね。 安心して治まるまで待つといいわよ」

「・・・うん」

渉の肩に手を回し、その体全部をカケルの身体で支えた。 渉はやっと耳から手を離し、目を瞑ると安心してカケルに寄りかかっている。 翼が立ちっぱなしで正面から2人の姿を見ている。

「翼、自販機があったでしょ。 お茶でも買ってきなさい」

「俺、泣きそうなんだけど」 今のカケルの役は自分だったはずなのに。

「つべこべ言ってんじゃないの!」

渉は人に迷惑をかけたくないという思いが大きい。 カケルはそれをよくよく知っていた。 だから、ホール出口に座り込んだ渉が、出入り口に座り込んで人の迷惑になり、自分の体調を整えるのにも気がそぞろになってしまうとすぐに分かった。
ホールを出てロビーには誰も居ない。 それに誰も出入りもしないが、そう言っても納得する渉ではないのも分かっていた。 だから強硬にその座を移すように言った。
そして渉は気付いてなかったが、カケルはどこかで知っていた。 幼少・・・物心ついたときから気づいていた。 

翼がペットボトルを両手に持って帰ってきた。

「え? あん?」 小さな声で言うと、しゃがんでカケルに身を預けている渉の顔を覗き込んだ。

「もしかして・・・寝てる?」

「みたいね」 まるで小動物でも見るような目で愛おしそうに渉を見る。

「可愛いなぁ・・・チューしていいかなぁ?」

「アンタ、アタシにぶっ潰されたいの?」 凄みの利いた声音で、渉が最も恐れるカケルの切れ長の目をもって、スッと横目で見られる冷たい視線が向けられた。

「ぶっ潰されたくありません」 ペットボトルのキャップを開けるとカケルに差し出した。

「サンキュ」 一口飲むとよく冷えたペットボトルを渉の額に当てがった。

「昔っからね、渉は何かの音を嫌がるの」

「大きな音がイヤなんじゃなくて?」 空いていた渉の隣に座った。

「まぁ、それもあるかもしれないわ。 山の中の音がいいっていつも言ってるから。 鳥のさえずりや、風に揺れる葉の擦れる音が好きなんでしょうね。 それを思うと今のは渉にはきつかったかもしれないわね」 

物心がついたころから、渉が何かの音を嫌う事を知ってはいたが、それがどんな音なのかまでは知り得なかった。 
渉が嫌う音。 それは磐笛の清々しい音を消してしまうような音であったが、渉本人もそれとは気付いていなかった。

「そうなんだ。 ってか、それはどっかで分かってるつもりだったんだけどな・・・」

「え? そうなの?」

「まぁ、姉ちゃんみたいには分かってなかったよ。 単に渉ちゃんが山を好んでるっていう事だけの話だよ。 で、姉ちゃんに言われて敢えて分かっ
たって話かな? 鳥の声を聞きたがったり、葉の擦れる音に耳を傾けたり。 それは分かってたけど、姉ちゃんみたいには考えてなかった」

と、翼の考える頭の片隅に幼少期のことが浮かんだ。
神社に行ったとき、時々あることだった。 特に春と秋に。 
渉がみんなの目を盗んで翼の袖を引く。 カケルにさえ声を掛けることなく、翼の袖を引く。 コッソリと連れて行かれる先はいつも一緒だった。 そこは神社であるのだから、当然に行われる挙式であった。
渉が花嫁の姿をじっと見ている。 翼の袖をつかんで、ただただ、花嫁の姿をじっと見ている。 そしていつも最後に言う言葉は決まっていた。

「翼君、内緒ね」

いつも渉の言葉にコクリと頷く翼であった。
当時の翼には何が内緒なのかは分からなかった。 でも、みんなの目を盗んでここにやってきたという事が内緒なのだろうと思っていた。 それしか考えられなかったから。

「もしかして、あの時って・・・」 声ともない発声が喉からこぼれ出る。

「翼?」

カケルから見てどこかボォッとしている翼にカケルが眉を顰めた。

と、その時、声が掛かった。

「翔、来てたのか」 カケルと翼が前を見ると奏和がこちらに向って歩いてきた。

カケルが奏和に気付き前を見ると、同じように翼も奏和に目をやった。

「って、渉は何やってんだ?」 三人の座る椅子までやってきた奏和が、カケルにもたれかかって寝ている渉に目を移した。

「奏和達の出す音にバテたみたい。 もしかしたら後で思いっきり言われるかもしれないわよ」 ペットボトルを渉の額から離すと前髪を整えてやった。

「俺のせいかよ」 腕を組んで渉を見る。

「奏兄ちゃん? もしかして俺のことオール無視?」

「ああ、翼も来てたんだっけな」

「その言い方はないでしょう。 俺がこの二人を連れてきたのに」

「お前がチケット3枚くれって言うから、てっきり八岐大蛇を2人に絞ったのかと思ってたのに、まさか翔を連れてくるとはな」 言うとカケルに目を向けた。

「大丈夫だったか?」

「多分」 カケルの返事を聞くと、翼に目を向けた。

「翼、翔と話があるから渉のお守り役、ちょっと代わってくれるか?」 言われ、翼の目が輝いた。

「モチロン、モチロン。 ほら、姉ちゃんどいて」 ペットボトルのキャップを渡すと、カケルとその場を代わった。

翼が渉の肩に手を回しかけたとき

「手は回さなくていい。 それに何かしたら分かってるでしょうね」 電車に乗っていて、隣に寝る人がもたれかかった状態でストップしてしまった。

「チェ、なんだよ。 渉ちゃんを支えるのがいけない事なのかよ」

「手を回す必要はない」

凄味の聞いた声にそれ以上反論が出来ない様子の翼。 その様子を見ていた奏和が呆れるように言う。

「これだけガサガサしても起きないなんて、渉は何しにきたんだよ」 

「放っといて、放っといて。 ほら、二人で話があるんでしょ? あっちで話してくれば? 俺は渉ちゃんと愛を育んでおくから」

「翼!」

「翼の挑発にいちいち乗ってんじゃないよ。 ほら、あっちに行くぞ」 

一人さっさと歩き出した奏和についてカケルも歩き出したが、何度も振り返り眼光鋭く威圧を送った。

「俺って信用ないなぁ。 俺が渉ちゃんを傷つける事なんてするはずないのに。 ねぇ、渉ちゃん」 横にピコンと立っている髪の毛を指で軽く撥ねた。

「それにしても奏兄ちゃんって、感情ってものがないのかなぁ? あれだけの演奏をしておいて全然興奮が残ってないって・・・」 二人の歩く後姿を追った。


「顔色が良さそうだな」 カケルの顔を見て言うわけではないが、さっき見てそう思ったのだろう。 歩きながら言った。

「まぁね。 でも、お母さんの基礎化粧品が合わなくて、ちょっと肌荒れしてきてる」

「ああ・・・アパートに何もかも置きっぱなしで出てきたもんな。 それじゃあ、渉と二人で要る物をとってこようか?」

「うううん。 大丈夫」 

渉と翼がいるところから反対側の壁まで来た。 

「家の中にずっと居るのは辛いか?」 壁に背を預けて腕を組みカケルを見た。

「もうそろそろ飽きてきた。 だから、翼が渉をつれてここに来るつもりって聞いたから私も参加したの」 カケルが歩を止め、奏和と斜めに向かい合う形となった。

「そうか。 でも、用心にもう少し家の中に居ろよ。 あのカメラマン、ソコソコ調べてたから離したくないネタかもしれないからな。 モデルの方が下火になるまで我慢しろよ」 カケルから目を離し前を見た。 目の先では翼が渉の髪の毛で遊んでいる。

「分かってる」 奏和が背を預ける壁の横の大きな窓越しに外を見る。

「・・・奏和」

「ん?」 カケルに視線を戻した。

「あの時・・・有難う」

「ああ」 また翼たちに目を遣った。

「一人でケリをつけるつもりだったけど、でも奏和みたいに言えなかったと思う」

「後悔してないか?」

「ぜんぜん」

「じゃ、いいじゃないか。 もう終わった事だ」 目の先で渉が動いた気がした。

「渉が起きたかな?」 カケルが振り返り渉を見た。

「あれ? 翼君?」 身体を起こし、翼を見た。

「あらら、渉ちゃんもう起きちゃったの? もうちょっとこのままでいようよ」

「私・・・寝てた?」

「グッスリとね。 どう? もう大丈夫?」 渉の顔を覗き込む。

「うん」 頭に手をやり、自分の具合をみた。

「お茶でも飲む?」 キャップを開けると渉に差し出す。

「ありがと」 

その時

「あ! 奏和! ここに居たのかよ。 探したんだぞ!」 ステージ裏へ通じる通路からバンドのメンバーが出てきた。 聞こえた声のほうに渉ならず3人も目を遣る。

「悪い、悪い」 言う奏和の横に居るカケルにメンバーの目が釘付けにされ、少し離れたその場で止まってしまった。

「そ・・・そ、奏和・・君・・・あ、いや奏和さん。 そちらはどなた?」

「あー!! 奏ちゃん!!」 ペットボトルを翼に押し付けるとドカドカと奏和目がけて歩き出した。

「奏ちゃん! よくもよくも、あんな音を聞かせてくれたわね!」

カケルの姿に釘付けになっていたメンバーが振り返り渉を見た。

「そ・・・奏和さん? 知り合い? 俺たちの演奏が気に食わなかったと?」

「あ、いやそう言うわけじゃなくて。 渉、そんな言い方はないだろ!」 ペットボトルの蓋をすると慌てて翼が渉を抑えた。

「スミマセン。 ちょっと思ってたより大きな音だったんで、ビックリしただけなんです。 ほら、渉ちゃん、今はあっちに行ってようよ。 奏兄ちゃんもメンバーの人と話があるんだから」 背中に手を回し、抱え込むようにすると、暴れる渉を引きずるように元のベンチへ戻った。

「奏ちゃんのバカー! ウググ・・・」 翼に口を押さえられた。

カケルがこめかみを押さえた。 これでは奏和の顔が立たないだろう。

「メンバーの方ですね」 カケルの声に翼たちを見ていた3人が振り返ると、カケルが歩み寄ってきていた。 その後ろに奏和が立っている。

「ステキな演奏でした」 モデルで培われた鋭い笑顔ではなく、巫女のときの柔和な笑みを3人に向ける。

「あ、あ。 はいっ!」 カチンコチンに固まっている。

「なに固まってんだよ」 奏和が呆れて溜息を吐く。

うっせ! と言いたかったが言葉にならなかった。

「今日は聞かせてもらって有難うございました。 これからも頑張ってくださいね」

「はいいっ!」 3人に最後の笑みを送ると奏和を振り返った。

「じゃ、もう帰るわ」

「模擬店には行ったのか?」

「行ってないけど・・・行っていいの?」

「あ! 奏和・・・さん、俺チケット持ってます」 言うと、ポケットからお握りやビール、駄菓子やたこ焼きのチケットをわしづかみにして出した。

「どうする? そんなに目立たなかったらいいけど・・・って、目立つか・・・まっ、でもまさかここまでは、だよな。 いいよ、行ってこいよ」

「奏和は?」

「ああ、こいつらと反省会」

「奏和・・・さんがしくじった所の反省会です」

「お前だって歌詞間違ってただろー」

「え? 奏和、ミスちゃってたの?」

「あ、ああ。 まぁな」 客席にカケルが居るのを目にした時だなんて言えない。

「そうなんだ。 あ、歌声が素敵で歌詞の間違いには気付きませんでした」 愛想の様に言ったが、ボーカルは全然気付いていない。

「じゃ、じゃ。 このチケットどうぞ」 

「奏和、どうしよう」

「いいんじゃない? 貰っとけば?」 出されたチケットを掴むとカケルに手渡した。


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--- 映ゆ ---  第88回

2017年06月26日 21時38分39秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou~  第88回




耳につく蝉の声もなくなり、涼やかな風が肌に優しい季節となった。
渉は真名の言葉、ご縁があれば頑張らなくても逢えるということを信じて、神社に行くことも巫女装束を買うこともなく、ひたすらに毎日辺りをキョロキョロしていた。

「トンデン村からここに来てるかもしれないし、駅だもん。 どこかにシノハさんが居るかもしれないもんね」 

「渉! お早う」 渉の背中をポンと叩いた。

「あ、お早う、樹乃」

「毎日毎日、その不審な行動どうにかならない?」

「え?」

「後ろから見てたらイタイ人に見えるわよ」

「あ・・・」

「ドタバタと走らなくなったと思ったら、今度はキョロキョロ。 いったい何がしたいの?」

「えへへ・・・って、気付いてたら教えてよ」

「すれ違う人の顔を見ればわかるでしょうに」 腰に手を当て溜息をついた。

「え? 樹乃だけじゃなく他の人も見てたの?」

「救いようがないわ」 巻雲が美しく伸びるその高い空を仰いだ。



「もしもーし、渉ちゃん?」

「なに? 翼君。 カケルに何かあった?」

「どうして姉ちゃんのことで何度も渉ちゃんに連絡しなきゃいけないんだよ」

「カケルちゃんとしてる?」

「渉ちゃん! 今は俺と話してんの!」

「だって、神社のバイトにも行ってないんでしょ?」

「渉ちゃん・・・」

「カケルどうしちゃったのかしら。 奏ちゃんがちゃんとしてくれてるはずなのに」

カケルとの話で、暫くは神社に行かないと聞いた。 カケルにしてみればそれは奏和から言われたことであったが、渉との話で奏和の名前を出すと何もかもを説明しなくてはならないと思い、単純に実家にいる間は神社には行かないと、説明していた。

「もぉ! その奏兄ちゃんの話だけど!」

「奏ちゃんの話? 奏ちゃんが何かカケルのこと言ってたの?」

「ちーがーうー。 渉ちゃん、いい? 渉ちゃんは今、俺と話してんだよ。 翼と話してんだよ。 それは分かってるよね」

「バカじゃない? それくらい知ってるわよ」

「そっ。 それは良かった。 って、そんな言い方ないだろー!」

「いいから、奏ちゃんの話ってなに?」

「もう! 奏兄ちゃんの行ってる専門学校の文化祭に行かないかってデートに誘おうとしてんの。 って、姉ちゃん付きだけど」

「え?! カケルが外に出る気になったの?」

「うん。 そうなんだよね」

「行く!行く! 絶対に行く!! いつ?!」

「渉ちゃん・・・デートって分かってる?」 


「まるでオフィスのビルみたいね」 

屹立する高層ビルの中の一つ、それを見上げる。

「ホント。 奏兄ちゃんこんな所に通ってたんだ」

「ふーん・・・奏ちゃんがねぇ・・・」 3人で並んでオフィスビルと思える専門学校の前に立って、下から上に舐めるように眺めている。

「とにかく行こうか」 翼が言うと、サッと歩き始めかけた。

「あ、やっぱ姉ちゃん先に歩いて」

「なんでよ」

「渉ちゃんの横に立ってないと、いつ転ぶかわかんないでしょ」

「転ぶわけないっ!」 言うと、一人さっさと渉が歩いていった。

オフィスビルと思えるような専門学校の中に入ると、すぐに受付で数人がパンフレットを配っていた。

「こんにちは! いらっしゃいませ」 次々と入ってくる来場者と一緒にまぎれて入る渉を見て言ったが、次の瞬間

「こんにちはー、いらっしゃいま・・・」 受付でパンフレットを配る受付男子の手が止まった。 いや、何もかもが止まった。

「あの? いただけませんか?」 カケルが言う。

「あ、あ・・・はい。 はい、は、はい」 言うが、表情筋は全く動かず口をパクパク声だけしか出ていない。

「俺にも欲しいんだけど?」 カケルの後ろから翼が言うと、受付女子の声が「キャッ!」 っと上がった。

これだけの美男美女だ。 男子はフリーズし、女子は上気するだろう。
横から女子が翼の手にパンフレットを渡すと、次にカケルにもパンフレットを差し出した。

「あの、すみません。 どうぞ」 やっとカケルの手にもパンフレットが渡される。

受付全員、そして勿論その周辺に居る生徒や来場者が皆、カケルと翼を見ている。

「私にもパンフレットください」 渉が言うと、声のする方に受付男子が目線を下げて渉を見た。

「あ、ごめんね。 はい」 渉にパンフレットを渡すとカケルと翼に視線を戻した。

翼がパンフレットを手にした渉の背中を押し「行こうか」 と、鼻高々に言う。 皆の視線の中、俺はこの可愛い渉のナイトだと言わんばかりに。 が、誰も渉を見ていない。 カケルと翼、二人しか見ていない。
全員がボォーっとする中、カケルと翼の後姿を見送る。

「え? なに、今の・・・今の、美男美女!」配らなければならないパンフレットをギュッと握り締め、正気を戻した女子が叫んだ。

「誰かの知り合い?!」 女子につられあちこちから声が上がる。

「誰かの兄弟姉妹とか、友達とか?!」

「誰の?!」

「オマケにくっ付いてたのは?」

「あのコバンザメみたいなのも関係あるの?」

暫くの間、受付ではカケルと翼の話で持ちきりだった。


パンフレットを片手にホールへ向かうカケルと渉と翼。
カケルと翼が歩くとすれ違った人が皆振り返る。 長身の冷凍美人のカケルに、それに劣らぬ目のクリッとした背の高い甘いマスクの翼。

「結構人がいるのね」 カケルが辺りをキョロキョロする。

「カケル、人ごみ大丈夫?」 受付が言ったように、カケルの周りをコバンザメのようにウロウロする渉。

「何ともないわよ」

「だって、久しぶりの外なんだし、疲れたらすぐに言ってよ」

「分かったって」 少し呆れたような顔で、でも心配してくれる嬉しさを隠せず渉を見る。

「ウーンと・・・渉ちゃん、姉ちゃんあっちだ」 翼がパンフレットに書かれているホールへの行き道を指さした。

「ここは迷路みたいだな。 あ、渉ちゃん迷子になったら大変だから手、繋ぐ?」 手を差し出した。

「子供じゃないしっ! 行こ、カケル」 カケルの腕をとり歩き出した。

「あーあ・・・デートだって言ったのに・・・」 二人の後姿を見ながら呟くと慌てて大きな声を出した。

「渉ちゃん! そっちじゃないから! 真っ直ぐじゃなくて曲がるのー!」 


翼のリードでホール前のロビーにやってきた。 

「ここでするのね」

「奏ちゃんがねー」

「ほら、始まっちゃうから入るよ」 翼が防音の重い扉を開けた。

ホールの中に入るとビルの中だというのに広さがある。 そして殆どの席が埋まっていた。

「こんなに沢山の人の前で奏和、ちゃんと演奏できるのかしら」 

カケルが誰に問うこともなく独り言の様に言う横で、翼が空いている席を探している。

「あ、あそこ空いてる。 あそこに座ろう」 後ろから2列目、ステージに向って一番右側の席から丁度3つ空席になっていた。


渉を真ん中に席に着くと、話をする間もなくアナウンスが流れて携帯電話への注意事項がながれ、いつの間に人が立っていたのか、ステージ中央にマ
イクを持った人物から演奏を聞きにきたことに対する謝辞があった。

「奏ちゃんって何番目だったっけ?」 前半はもう終わっている。

「えっと・・・」 翼がパンフレットを見る。

「え!・・・まさかの一番じゃん」

「それって、後半のトップってこと? 奏和、大丈夫かしら」

「奏ちゃんなら大丈夫よ」

「ね、渉ちゃんの言う、奏兄ちゃんなら大丈夫ってどこから出てくるの?」

「え? 翼君は思わないの?」

「いや、そういう訳じゃないけど」

「そうね、渉の言う通りかもしれない。 奏和なら大丈夫かもね」 事務所に乗り込んだときの奏和を思い出す。
(あの社長にどれだけ啖呵をきられようが、脅しをかけられようが、ビクともしなかった)

「姉ちゃんまでなんだよ」 

ブーと大きな音が鳴った。

「それでは後半を始めたいと思います」 アナウンスが流れた。

ライトが消され、辺りが暗くなる。
ざわついていた会場内が徐々に静かになっていく。 ステージの上からなにやら音がする気がするが、そちらに視線を向けても何も見えない。 隣の人間の顔はかろうじて見える程度の暗さであって、全くの暗闇と言っていい状態ではないが、それでも数メートル先までは何も見ることが出来ない。

少しするとドラムのシンバルの音が聞こえてきた。 リズムを刻む音。 途端、ライトがステージを照らした。
ドラマーがシンバルやタムを使ってドラムイントロが始まった。 激しい音に客席から歓声が上がる。

「奏・・・和」 見たこともない奏和がスティックを振るっている。

「奏兄ちゃん、スンゲー」

一瞬にして盛り上がった若者の中、保護者であろうか少々年配の夫婦が耳を塞ぐ。 何故か年配でない渉も同じように耳を塞いでいる。
続いてギター、ベースが入ってマイクを通したボーカルまで入ると、渉の頭の中は奏和の二日酔いで鳴った鐘楼どころではない、頭の髄を叩かれているような気分になった。

「バカバカ! 奏ちゃんのバカ・・・!」 耳を塞いだ渉の顔が、これ以上なく歪んでいる。


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--- 映ゆ ---  第87回

2017年06月22日 23時06分11秒 | 小説
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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第87回




「ほら、あそこ、見える?」

見上げた青い岩が重なる崖の先にジョジョジンの葉が風に揺れているのが見える。

「えー!? あんな所かよ。 どこに矢を放つんだ?」 ジョジョジンの葉の周りを見た。

葉だけが必要であれば、その茎や葉が生えている元に矢で射落せばいいが、根も必要となればそうはいかない。 手で抜かなければならない。

「あそこに生えてる木」 ジョジョジンの葉の更に上を指差す。

「へっ?」 

シノハの指先は、崖からニョロリと横に生えている、あまり頑丈そうでない木を指していた。 そして計るように数歩移動した。

「いくらシノハだってあの木じゃ無理だ。 折れてしまう。 それどころか、もしかしたら根から掘れてしまうかもしれない」 ハシルはただ崖を見上げている。

背中にたすき掛けにしていた矢筒から矢を1本取った。 その矢柄には丈夫なそれでいて重くなく、柔軟性のある長い蔦が括りつけられていた。

「やってみなきゃ分からないじゃないか」 崖に身体を添わせて矢を弓に当てると狙いを定める。

「なってからでは遅いだろう。 あんな所から落ちてみろ、どうなるか分かるだ―――」 言い終わらないうちに、目の前を長い蔦をつけた矢が走った。

「おい! シノハ!」 ハシルがシノハに振り返った。

矢は見事に蔦を従えながら見上げていた木の根元の上を走った。 シノハが間合いを見て蔦を尻を引くと矢がハシルの足元に落ちてきた。 その矢から蔦を外すとシノハが蔦の両端を持って何度もグイグイと引っ張った。

「いけるな。 万が一落ちてきたら受け止めてくれよな」 言うが早いか、足を踏み込んだのが早いか、シノハが2本の蔦を頼りに崖を上り始めた。

「嘘だろ・・・。 おい・・・ムナトウになんて言えばいいんだよ・・・」 ムナトウとはシノハの父親である。

シノハの兄である、ムナトウの体躯を見事に引き継いだトワハのような体躯の持ち主なら、きっと見事にその蔦が絡める木が根から掘れて木と共に落ちてきたであろうが、女ほどではないにしても文字通り身の軽いシノハならではのこと。 と言っても安心して見ていられるものではなかったが。
難なくジョジョジンの葉までたどり着くと、腕一本で蔦につかまり、もう一方の手で腰に下げてあった小刀で青い岩の間を掘りだした。

「おい・・・落ちないでくれよ・・・」 見上げるハシルが呟く。

そのハシルの目の端に天高く舞う猛禽類が映った。

「え?」 ハシルがシノハの居る周りを見回す。

するとシノハが掴まる蔦がかけられた木の斜め上にもう一本頼りなげな木が飛び出していた。 よくよく目を凝らして見るとそこに猛禽類であるトオビの巣らしきものが見えた。

「嘘だろぉ・・・」 両掌で目の横を押さえるとその手をゆっくりと下げ、そのまま口の横にやり手で筒を作るようにした。

「おい! シノハ! 上を見ろ!」

シノハが碧空を見上げると眉を寄せた。

「あの木にトオビの巣がある!」 

指差された方を見ると確かに巣が見えた。 これから卵を産む為に作られた巣のようだ。 どの鳥も我が子を大切にはするが、トオビはこれから生まれてくる我が子の環境をも、とても大切にする。 他の鳥にはさほど見られないが、産卵のための巣から大切にするのである。 

「降りて来い!」

「あとちょっとだから!」 言うと急いで小刀で岩の間を何度も掘った。

「馬鹿野郎が・・・」 ハシルが猛禽類の動きを見ながら、シノハが置いていった弓矢を手にした。

シノハの蔦を持つ手が小刻みに震えてきた。

(そっ! 限界か・・・) いつもなら一旦両手で持って休みを入れるが、今はそんなことをしている時がない。

と、その時、頭上で蔦が通っている木がミシっと唸り声を上げた。

「これ以上は無理か・・・」 と、その途端、小刀の横でジョジョジンの葉が大きく揺れ動いた。

「よし、あと少しで抜ける・・・」 小刀をさして左右に動かし、次いで軽く手で引っ張ってみると岩の間からポロリとジョジョジンの葉が根こそぎ抜けた。

「ハシル! 抜けた!」 言ったシノハがハシルを見ると、いつでも射れるように弓を構えていた。

「ハシル! 止めてくれ! 射るな!」 

シノハの声にハシルが猛禽類から一瞬目を離した。 途端、猛禽類がシノハ目がけて滑空してきた。

「クソッ!」 ハシルが狙いを定める。

オロンガの者の弓矢の腕は確かなものである。 だが、狙いを定めて滑空してくる猛禽類の速さには追いつかないであろう。 驚かすつもりで目の前に放つ事しか出来ないが、万が一にもその身体に命中してしまうかもしれない。

「止めろ!」 と、蔦が通っていた木の根元がメキメキという音をたてると共に大きく傾いた。

「うわっ!」 

シノハの声にハシルが狙いを止めた。 グンとシノハの身体が揺れるのを見ると構えを下ろし「シノハ!」 と叫んだ。 と、シノハが手に持っていたジョジョジンの葉をハシル目がけて投げると、蔦を両手で握り大きく身体を振ると蔦を離し、身体を斜めにしながら斜め下、目の先に見える少し出っ張った岩を目がけて崖を走り出した。
そのシノハの姿にハシルが瞠目した。
いくらなんでもそう長くは走れない。 足を滑らせたシノハが体勢を崩した。

「・・・!」 ハシルが声にならない声を上げた。

次の瞬間、滑らせていないもう片方の足で崖を思いっきり蹴りあげ、宙に身を躍らせるとその出っ張った岩に片手を伸ばした。 その片手が岩を捉えた。 すぐにもう一方の手で岩を掴むと宙ずりの格好になった。

「・・・ふぅー」 シノハが大きく息を吐いた。

下ではシノハが確実に岩を掴んだのを見たハシルが両手を膝につき背を丸くしている。 唸りを上げた木はその身を先ほどまでとは違った角度ではありながらも、根を岩の間から外すことなく姿勢を保っている。 猛禽類がその木に止まってシノハをじっと見ている。

「ハシル、蔦を頼む。 けっこう手に痺れがきてるんだ。 失敗してもらうともう限界になる」

背を丸めていたハシルが慌てて木にぶら下がっていた蔦の片方を持つと、勢いよく引っ張り木から蔦を取った。 反動で木が大きく揺れた。 猛禽類が驚いて飛び上がり、巣のある木に飛び渡った。

ハシルが矢に蔦を括ると岩との距離を計りながら崖の真横につく。 そして迷うことなく矢を射た。 矢の残像の様に蔦がその姿を残し、シノハの掴まる岩を目がけて飛んでいく。 ハシルがその後を目で追う。 矢が岩の根元を通過すると遅れて、ハシルが長く伸びていた蔦をトンと引いた。 するとシノハの横に蔦を括りつけられた矢が一度岩に巻きつくかのようにしてストンとシノハの足元に姿を現した。 
シノハが片手を離して岩の小さな尖った所がないところに手で確認して蔦を動かす。 そして岩に引っ掛かった蔦の両方を握ると何度か引っ張ってずれてこないか確認すると、すぐに足元に垂れ下がっていた矢を蹴り蔦を大きく揺らすと体に巻きつけ、最後に矢を膝で蹴り上げて片手で持った。 下ではハシルが長く伸びた蔦をしっかりと持っている。

「ハシル、頼む! 離すぞ」 

言われたハシルが体重をかけ蔦を引っ張りながらも少しずつ伸ばしていった。 シノハの身がそれに応じて少しずつ下に降りてくる。 
地までかなり降りてきた。

「ハシル、もう離してくれていい。 あとは飛び降りる」 シノハの背丈の3、4倍くらいの位置であった。

「いいや、イヤでもまだ離すもんか」 歯を噛みしめていうが、シノハならこれくらい飛べるのは分かっていた。

意地になっているな、とシノハが考えた。 が、何の意地なのだろうかと再考する。
やがてストンとシノハの足が地に着いた。
ハシルがやっと蔦を離し、その場に大の字になって寝転がった。

「助かったよ。 有難う」 蔦を身から外すと下に置いてあったジョジョジンの葉を拾い、大の字になったハシルの顔の横に足を折った。

ハシルは息を荒くして目を瞑っているだけだった。

「ハシル、何を意地になってたんだ?」

「・・・お前・・・太ったんじゃないか?」

「へっ?」

「重過ぎるんだよっ! トンデンで食っちゃ寝してたんじゃないかっ!?」 目を開け上体を起こした。

「そんな筈ないだろ。 ・・・ふーん、そういう事か。 ハシルの力が無くなったんじゃないのか?」 だから意地になっていたのか。 助けてもらっておきながら、嫌な目線を送る。

「シノハ・・・お前、いつからあんな事が出来るようになったんだ?」

「あんなことって?」 少しずれてハシルの横に座り込んだ。 もちろん胡坐で。

「崖を走っただろう」

「え? ああ、あれか。 咄嗟に出た」

「咄嗟に出たー?」 ハシルがシノハを素っ頓狂な目で見た。

「ああ。 あんなのは考えて出来る事じゃないからな」

シノハの言葉にハシルがまた上体を倒した。

「お前って・・・」

「なに?」

「昔からそうだよな」

「だから何?」

「思いもかけないことをする」

「へっ?」

「でも、俺は自負してんだ」

「なにを?」

「お前の相手を出来るのは俺だけだって」

「何を今更」 言いながらも互いの存在が大きいことを再確認した。

「ハシル」

「なんだよ」

「俺が言った短い言葉でどうして欲しいのか、何もかも分かってくれるのはハシルだけだ」

「当たり前だ。 ・・・ラワンには負けるけどな」

「それを言ったら、ブリュガムに俺は勝てないよ」 ブリュガムとは、ハシルのズークであった。

「だけど・・・なによりムナトウに謝らなくてすんだ」

「父さんにか?」 荒々しく頭を掻くと言葉を続けた。

「考えてなかったな。 そっか、これで怪我でもしてたら叱られるだけではすまなかったな」

一瞬父親の顔が浮かんだ。 だが次の瞬間には毎日どこかで頭に浮かぶ精霊であろう渉の姿が浮かんだ。

(俺が怪我をしたら精霊は心配してくれるのだろうか) あの時のことを思い出す。 精霊であろう渉に大丈夫かと聞いた、すると『そっちこそ』 と返って来た。 そして『シノハさんも痛かった?』 と。 同じ痛みを感じたあの日を思い出す。 

「怪我で終わってたらまだマシだよ」 ハシルがもう一度上体を起こし、胡坐をかきながら発した声に我に返った。

「そんなことを考えてたのか?」 考えてもいなかったことを言われ、驚いてハシルを見やる。

「当たり前だろう。 トオビが飛んでくるは、木から落ちかけるは、崖を走るは・・・」 大きく息を吐いて続けた。

「金輪際こんなことはご免だからな」

薬草を取る時には獣が近くにいないか、鳥の巣が近くにないかを確認してから行うのは基本中の基本。 それをシノハが怠ったことも含めて言っている。

「・・・悪かった」 顔を正面に向けるとそう言い、チラッとハシルを横目で見るとボソッと続ける。

「なぁ、あの時トオビに放ったか?」

「え?」

「木が揺れなければトオビに矢を放ったか?」

「そうだな・・・どうしてただろうかな」

「完全に狙いをつけてたよな」 目を眇める。

「そんな目で見るなよ。 お前だって、反対の立場だったらどうしてた?」

「え? ・・・それは」 口ごもる。

「だろ? そりゃ、射たくはないさ。 俺たちはこの山のお陰で食っていけてるんだからな。 その山を育ててくれてるのは獣や鳥なんだから」
獣の糞や枯葉のおかげで山が育っている。 鳥の糞にまぎれた種によって草花や木があちらこちらに芽を出す。 実をつける薬草は鳥の世話になっている事が多い。 だから、オロンガでは食べる為に狩りはしない。

ズークの走ってくる足音が聞こえた。

「ブリュガムとラワンだな。 遊びから帰ってきたか。 それともお前の声を聞いてラワンが血相変えてきたんじゃないか?」

「まずはラワンの頭突きをくらうかもな」

二人が腰を上げた。



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--- 映ゆ ---  第86回

2017年06月19日 23時15分45秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第86回




「それと、タム婆様がこのオロンガから来たということは、トンデンで語り継がれるようです」 これは言っておかないと、と思った。

「・・・そうか」 そのことが良いのか悪いのか・・・セナ婆の悩みどころだが、深いお考えのある姉様の判断もあるだろう。 口を出す問題でもないか、と思い悩むことをやめた。

「姉様はどんなご様子じゃった?」

「お身体の具合は先程話しましたそのままです。 が、」 言いかけてクッと笑いをこらえた。

「なんじゃ?」

「タム婆様はお幸せです」

「姉様は・・・お幸せか」 皺を深くして微笑んだ。

「はい」

「何故、先程笑いかけたんじゃ?」

「シュマ婆様のお話を思い出したので」

「シュマ婆様!?」 セナ婆タム婆の先代の“才ある者” 久しく聞いていない名に嬉しさと驚きの目をシノハに向けた。

「はい。 シュマ婆様のお話を伺いました」

(姉様はシノハを見て昔を懐かしんでおられたのか?)

「シュマ婆様のお話の中でタム婆様が仰ったことがあるのですが」 言うと口の端を上げて言葉を続けた。

「セナ婆様は母様に、タム婆様はシュナ婆様に似ていらっしゃると」 

「姉様がそんなことを?」

「はい」

「そうか・・・」 

セナ婆が何かを考えているようだ。

(しまった・・・“才ある者” は聡い・・・何か気づかれただろうか) 話の方向を変えようと祖父の話を出した。

「我が祖父がトンデン村への使いをしていたそうですが、タム婆様が仰いました。 祖父のようになれと」

「そうか・・・」 記憶のあるクラノの姿が浮かぶ。

「クラノはよい男じゃった。 そうか、姉様にもよくよくしてくれたのじゃなぁ。 ・・・そうか・・・」 深く頷き、頭の片隅に翡翠の髪飾りが浮かんだ。


シュマ婆が存命の時には、セナ婆、当時のセナイルがクラノと話すことを禁じられていた。

「タムシルの話を聞くと心が揺れよう。 クラノと話すのではないぞ」 と。 勿論クラノにもそう言ってあった。

幼き頃から姉様の様子を聞きたい気持ちで一杯であったが、才あるシュマ婆様に命ぜられたことを破るわけにはいかない。 が、シュマ婆が天に召された後、一度だけクラノに聞いた。

「クラノ、姉様はお元気にしておられるのか?」

「はい、お元気でございます。 “才ある者” の業を行い、村を導いておられます。 タムシル様は素晴らしいお方です」 クラノの返事はそういうものだった。

「・・・そうか、そうか」

「婆様・・・」

「・・・なんじゃ?」

「先程から、“そうか” ばかり仰っておられますが?」

「そうか?」 言ってから「あ・・・」 と一言漏らした。

「明日、ゴンドュー村へ行きたいのですが宜しいですか?」

「明日?」

「はい。 トンデンの村でゴンドューの方々に世話になりました。 その礼を言いに行きたいのですが」

「ああ、そうじゃったの。 オロンガからの荷も頼んだからの。 じゃが、先程トンデンから帰ってきたというのに身体がもつか?」

「はい」 

「そうか。 じゃが、ラワンがもつかどうかじゃの」

「一晩寝れば大丈夫でしょう。 それにラワンはトンデンにいる間、退屈をしておりましたから」

シノハのその言葉にトンデンにいる間、ラワンを放ってどれだけ考え、行動を起こしていたかが伺える。

「そうか」

「婆様、また・・・」


翌日、礼の薬草を持ってすぐにゴンデュー村へ発った。

ゴンデュー村ではサラニンとバランガには逢えたが、残念ながらクジャムは他の者を連れて既に都へ出ていた。
ゴンデュー村には挨拶を済ませるとまたすぐにオロンガに帰り、長い間仕事を空けていた穴を埋めようと懸命に働いた。


「シノハ!」 呼ばれ振りむくと兄のトワハが腰に手を当て立っていた。

一緒に運んでいた若い衆と声を合わせ肩の木を持ち上げると、積み上げられた一番上にその木を置いた。

「なに?」 トワハに向き直る。

「今日の水汲み番、代わってくれないか? 木をおろした時に怪我をした」 手の甲の傷ともいえない傷を見せる。

「え? 今日は俺、山の中に入って薬草を取りに行かなくちゃいけないのに、反対側の川に行くなんて出来ないよ」 言うシノハの目がチラッとトワハの後ろを見た。

「お前、兄が困ってんだから代わりくらいしろよ!」

「トワハ!」 後ろから聞き覚えのある声にトワハの顔色がすぐに変わった。 ゆっくり後ろを振り向くとそこに父親の姿があった。

「お前はそんなことばかり言って! それだからまともに使いも出来んのじゃないか!」

「え、だって父さん・・・手に怪我を」

「それくらいの怪我で仕事が出来んはずはないだろ! 向こうで他の者が待っているっていうのに、さっさと水汲みをして来い!」

「・・・はい」 チラッと後ろにいるシノハを睨み歩き出した。

「ほんとうにアイツは・・・」

父親がトワハを目で追っている姿にシノハが話しかけた。

「父さん、母さんが木箱を運んでいたので、その手伝いをしてから薬草を取りに行きますけど、何か用でしたか?」 シノハの問いかけに父親が振り返った。

「あ、ああ。 そのことだ。 木箱は父さんが運んだから気にしなくていい。 それを言いに来たんだ」

「そうですか。 有難うございます。 じゃ、薬草を取りに行ってきます」 待っていたハシルと共に歩き出した。

「ああ、気を付けてな」



シノハがトンデン村から帰り、タム婆の家で夕飯を食べたあと、家を出るとすぐに荷を取りに行った。 すると薄暗い中、荷の横あたりに影が見えた。

(トワハ?)

近づくとそこには父親の姿があった。 シノハと違ってガッシリとした体躯。 シノハは顔も身体も母親に似ているが、トワハがこの父親の顔と身体を受け継いでいた。

「あ、父さん」

「シノハ、長い使いだったな」 少し嫌味を込めて父親が言う。

「父さん、遅くなって申し訳ありません。 先程帰ってきました」

「ああ、ずっと母さんも心配していたが、シノハが帰ってきたことを聞いて今は落ち着いている。 荷は父さんが片付けておくから早く家に帰ってあげなさい」

「はい。 ・・・父さんその前に少し話してもいいですか?」

「ん? なんだ?」 父親が持ちかけていたシノハの荷を下ろすと、小屋にもたれ腕を組んだ。

一つ息を吐き、シノハがトンデン村で聞いたトワハの愚行を父親に報告した。 父親は開いた口が塞がらないと言う具合だった。

「トンデン村の村長も勿論の事“才ある婆様” まで仰っておられるのか?」 情けないといった具合に頭を下げ、片手で顔を覆う。

「はい。 村の者への挨拶もしていないようですし、喧嘩もしているみたいです。 それに村長の前では胡坐をかいています」 兄の愚行を淡々と話す。

歳下の者が歳上の者の前で胡坐をかくことなど無礼極まりない。 それなのに村長の前で胡坐をかくなど考えられない。

「・・・っなに!?」

「俺も最初その話を長から聞かされてビックリしました」 己も胡坐をかいたが、それは村長命令だったから話さなくていいだろう。

「・・・叱るだけでは済まんな。 父さんから長に話して今後のことを決めてもらう」

そしてこの夜、トワハはこっぴどく父親から叱責を食らったのだった。



「なんだって? お前、いい加減にしないと身体を壊すぞ!」 ハシルが言う。

水汲みに出ても皆より何度も多く往復を繰り返し、山の奥に入れば背負った籠一杯に薬草を入れ、早朝からは畑の手伝い、鶏の産んだ卵をかき集める事もしていた。

「これくらい大丈夫さ。 な、だから頼むよ。 付き合ってくれよ」

シノハが言うには、前に薬草を取りに言った時、崖の途中にジョジョジンの葉を見つけたというのだ。 ジョジョジンは滅多に採れることがなく、その根は重宝する。

「けど、ジョジョジンはまだ採るには早いじゃないか?」

「狭い岩の間に生ってるんだ。 あれ以上大きくなってしまうと根から引けなくなる」

「取っても小さければあんまり役に立たないんじゃないのか?」

「確かに。でもこれから育っていくんだからまだ大きくはないけど、それでも葉から見ると使える根の大きさになってるはずだ」

「っとに・・・。 クッソ・・・分かったよ」

「悪いな。 弓矢は俺が持っていく。 ハシルは居てくれるだけでいいから」

オロンガの村では一人で薬草を取りに行くことは強く禁じられている。


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--- 映ゆ ---  第85回

2017年06月15日 23時04分33秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第85回




「母さん、腰に悪いよ。 あとで俺が持っていくからそこに置いてて」 

若い衆達が2人組となり2列になって丸太を肩に担ぎ運んでいた。 その最後尾で担いでいるシノハの目の横に、糸が沢山入った木箱を運んでいる母親の姿が目に映った。

「これくらいなんともないわよ」

「ダメだよ。 そんなことは俺がするから」 歩きながら段々と母親の横を通り過ぎようとする。

「相変わらずだな」 シノハと同じ木を肩に乗せている若い衆の一人が言う。

「お前だったら見てみぬ振りだな」 隣に歩くもう一人が言うのを聞いてケッ、と言うと「お前もだろ」 と言い返した。

「俺だったら大丈夫かって声くらいかけるさ。 ・・・先頭のトワハなんて知らんぷりなのにな」 先頭に聞こえないように、こそっと言う。

「これを運び終わったらすぐに帰ってくるから置いておいてよ」 シノハが母親に言う。

「わかったわ」 言うと木箱を下して腰をトントンと叩いた。

「機織りの糸か」 シノハの隣で肩に木を担ぎながらポツンとハシルが言った。

「多分な。 女たちが張り切ってるみたいだな」

「ああ、お前は居なかったけど“糸の村” から帰ってきた使いが、色んな糸を持って帰った日にはうるさいほどキャーキャー叫んでたんだぜ」

「『月夜の宴』 に着ていく衣を織るのか?」

「そうだろうな。 いつになく早くからの用意だな。 今度はお前も行くのか?」

「え? 行かないよ」

「だって、リンラニが運んでるってことは衣を織るからだろ?」 リンラニとはシノハの母親のことだ。

「俺は行かないよ。 トワハのだろ」 トワハは歳の離れたシノハの兄である。

シノハの返事にハシルが両の眉を上げた。

「お前、どうしたいんだ?」

「どうって?」

「俺もお前も、もう嫁を貰ってないといけない歳じゃないか」

「俺は・・・トワハがまだ嫁を貰ってないんだから・・・。 ハシルの方こそ、どうなんだよ。 ベリシダが心配してるって母さんが言ってたぞ」 
ベリシダとはオロンガの男の嫁になったハシルの姉のことであった。

「お前と違って嫁を貰う気はマンマンだよ! でもなー、コレって思う娘がいないんだよな」

「毎回『月夜の宴』 に行ってるのにか?」

「そうなんだよなぁ」

「いいところで妥協しろよ」

「それは出来ない! って、嫁を貰ってないお前に言われたくない!」 言うハシルにシノハが薄い笑みを向けた。

(精霊・・・どうすればお逢いできるのですか) 夜な夜な精霊という事を否定されたとはいえ、それでも精霊と思う渉のことを考えている。


数日前
オランガの村では皆が仕事を終え、家で夕食を食べ終えているだろう刻限、ラワンと共にシノハがトンデン村から帰ってきた。
ラワンの小屋の前で手綱と鞍を外し荷を下すと、ラワンが横にあった水桶からザブザブと水を飲みサッサとねぐらへ駆け込んで行った。

「さすがのラワンも疲れたか」 ラワンの姿を追ってから鞍を小屋の中の鞍立に置きなおし、手綱を引っ掛けると小屋を出てラワンの寝姿を見た。

「まぁ、一晩寝れば疲れも取れるだろう」 

荷を小屋の戸の端へやるとまずは長に報告だ。 あまり遅くなっては訪ねられない刻限になってしまう。 


すぐに長の家を訪ね帰ってきた挨拶をすると、トンデン村の様子を報告し『薬草をたんと貰った、それだけで充分だと村長に伝えてくれ』 という伝言を間違えなく伝えた。 そして帰って来るのがこれほど遅くなったのは“才ある者” 才ある婆様の怪我を“薬草の村” の者として投げ出ずことは出来ず、トンデン村の薬草師と共に才ある婆様の看護についていたということにした。

(決して嘘ではないものな) 心の中で一人ごちる。

「そうか。 それでは才ある婆様はご無事なのだな?」 “才ある者” がどれほど村に必要であるかを物語るように長が問う。

「はい。 まだ歳浅い“才ある者” が婆様に代わって村のことをよくしておりましたから、これからも大丈夫でしょう」

「“才ある者” はいくつくらいなのだ?」 才ある婆様に代わって出来るほどの“才ある者” がどれ程の歳の頃だろうと長が問う。

「我とそんなにかわらないと思います」

「ほぅー。 シノハと変わらんのか・・・。 それでは才ある婆様にはまだまだお元気でいて頂かなくてはならんな」 シノハと同じ年くらいであったのなら、それはまだ歳浅い“才ある者” だ。

「はい 」

「では、他に何も要りようなどないのだな?」

「はい。 何よりも薬草が必要だったようですから」

「そうか・・・薬草は足りたか?」

「十分かと思います」

「まぁ、その様子では足りなければ、たとえトンデンであろうと使いが来るだろうな」 言うと間をおいて言葉をつないだ。

「セナ婆様が心配をしておられた。 報告はこれまででいい、婆様の所に行ってご心配を取ってさしあげろ」

「はい」 一つ返事をすると、その場を立って一礼し、すぐにセナ婆の家に向かった。


「婆様、シノハです」 セナ婆の家の木戸の前で大きな声で言う。

トンデン村の家は木で出来ているが、このオロンガ村は石で出来た家に木戸がついている。
木戸が開くと中から“才ある者” が出てきた。

「シノハ」 目を見開き、口元に嬉しさが表れている。

「よく帰ってきました。 ・・・怪我はなさそうね」 シノハの身体を下から上に見る。

「はい」 ドンダダにつけられた傷はザワミドがすぐに薬草をつけてくれたおかげで傷跡は残っていない。

「婆様がご心配をされていたのですよ。 さ、中に入って」
木戸を大き開けるとシノハを中に入れた。 “才ある者” がシノハの後姿を見ながら中に入ると木戸を閉めその前に立った。

「婆様、遅くなって申し訳ありませんでした。 ただいま帰りました」

「長へは報告したか?」

「はい」

「ではゆっくりと話が聞けるな。 かたいことは良い、ここに座れ」 タム婆の座る椅子の前にある椅子を目顔で示した。

シノハが両の口の端を上げるとサッと歩いてすぐに椅子に腰かけた。

(シノハったら・・・) “才ある者” の口元が緩んだ。

(村の者が見たら驚くでしょうね) セナ婆とシノハの仲を知っている“才ある者” はさして驚かないが、他の者が見るとあまりの非礼に驚くだろう。

「で? どうじゃった?」

「はい・・・」 

トンデン村の“才ある者” 才ある婆様の様子、トンデン村の様子を一通りセナ婆に話した。 勿論、長が襲われたとか、ドンダダのことは話していないが。
トンデン村の才ある婆様という話は、言い換えればこのオロンガ村の才ある婆様セナ婆の姉様の話。 オロンガ村の“才ある者” の居る前でトンデン村の才ある婆様のことをタムシル婆様とは言えない。 木戸の前に立つ“才ある者” に分からぬよう、あくまでもトンデン村の才ある婆様の話として話した。

「そうか。 では、村は落ち着きつつあるのだな?」

「はい。 才ある婆様はもう地の揺れはないはずだと仰っていました」 その言葉でタムシル婆様であり、セナ婆の姉様が元気であることが分かる。

「なによりじゃ」 ずっと前屈みに両の手を杖の上に置き聞いていたが、ホッとしたように椅子の背もたれに背を預けた。

「婆様よろしいでしょうか?」 その時、木戸の前に立ち静かに聞いていた“才ある者” が間を見て歩いて来るとシノハの後ろに立った。

「なんじゃ?」

「シノハは帰ってきたばかりです。 腹が減っておるのではないでしょうか?」

「おお。そうじゃった。 シノハ、腹が減っておるじゃろう?」

「ペコペコです」

(シノハったら・・・) 言葉の使い方に、まるで困った我が子を見るような目で見るとすぐに相好を崩した。

「では、すぐに何か作ってまいります」

「ああ、たのむ。 あ、それとリンラニ達にもシノハが帰ってきたことを言っておいてくれ」 

はい。 と一つお辞儀をして“才ある者” がセナ婆の家を出るのを見送ると、シノハがセナ婆に向き直った。

「婆様! 我はどれだけ驚いたことでしょうか!」 両手を太腿につき前屈みになるとセナ婆に少し怒った顔を向けた。

「なんのことじゃ?」

「タムシル婆様のことです」

「おお、そうじゃったな。 じゃが、言ったであろう、姉様の所に行けばシノハの知らぬことがある、それを聞いても驚くなよと」

「だからと言って、タムシル婆様がトンデン村の“才ある者” 才ある婆様だったなんて。 そんな大切なことは教えて頂いておかないと」

「そうか?」

「婆様・・・」 嘆息を吐くと言葉を続けた。

「タムシル婆様が才ある婆様と知らずに最初に色んなことを言いましたから、トンデンの村人にどれだけ睨まれたことでしょうか」

「姉様が“才ある者” だということを、姉様から聞いたのか?」 セナ婆の姉様でありタムシルという名を持つトンデンに行ったタム婆。

「いえ、長です」 

「長が?」

「はい。 昔トンデンの村長が何度もこのオロンガに足を運ばれたこと、そして婆様方がその幼き頃、セナ婆様がトンデンに行くとお二人で話されていたところから聞きました」

「長がなぜそんなことを知っておるのだ?」 何故、我らの幼き頃の決め事を知っているのだ。 驚いた目でシノハを見た。

「タムシル婆様・・・いえ、タム婆様と長はうち解けておられましたから、何でも話されているのでしょう」 

タム婆から聞いた、我が祖父クラノがその秘、タム婆からの願いを守った。 タム婆の送った苦しい日々のことを微かでも出せばセナ婆は気付くだろう。 ついうっかり、要らないことを言わないように気が張る。

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--- 映ゆ ---  第84回

2017年06月12日 23時00分23秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou~  第84回




車をカケルの実家の前に停めた。 渉の膝にはJonJonの箱が乗っている。

「ママは下りないの?」

「ええ。 ちゃんと渉ちゃんが翔ちゃんの家に入ったら、車を出すわ。 もしこけてケーキがパァになったら買い替えなくちゃいけないでしょ?」

「もう! みんなでこけるこけるって」 口を尖らせながら車を下りた。

「じゃ、ちょっと行ってくるね」

「帰りも迎えに来るからね」 言ったかと思ったら門の横から希美が出てきた。

「渉ちゃん、いらっしゃ・・・まぁ、真名さん!」 希美が走って車に寄ってきた。

「希美さん、ご無沙汰しちゃって」

「こちらこそご無沙汰しちゃって。 ね、真名さんも上がって。 久しぶりにお話したいわ」

「ママ、ご縁があったね。 今日はパパが遅いんだから、ママも上がらせてもらおうよ」

「そうなの? じゃ、ゆっくりできるじゃない、是非上がっていって」

「じゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」

「ええ、ええ。 ガレージに車を入れて」 

真名がガレージに車を停めている間に、渉が挨拶を済ませケーキを渡すと、一足先に家の中に入り、カケルの部屋めがけて階段を上がった。
足音を聞いてカケルが部屋から出てきた。

「渉、早かったね」

「カケル、部屋から出てきて大丈夫?」

「何でもないって」 顔色がいい。

「ママに送ってもらったの。 小母さんと積もる話でもするみたい」

「あ、じゃ、挨拶に下りるわ」 2人で階段を下りると丁度、希美と真名が玄関に入ってきた。

「まぁ、翔ちゃん、暫く見ない間に一段と綺麗になって」

「小母さん、ご無沙汰してます」

「そうよ。 いつでも来てくれればいいのに、全然来てくれないんだもの」 2人のやり取りを右を見、左を見ていた渉。

「カケル、JonJonのケーキを買ってきたの」

「これ、渉ちゃん、それは希美さんにお渡ししたでしょ。 希美さんにお任せしなきゃ」

「わぉ、小母さん買ってきてくれたんですか? 渉、食べようよ」 渉の腕を取ると真名に声をかけた

「小母さんもどうぞ、リビングに入ってください」

4人でケーキとお茶を楽しみながら、昔話に浸り、今いない翼の話になったりと、アッという間に時間が過ぎた。

「じゃ、翔ちゃんは神職の道に行くの?」

「まだ迷ってるんです」

「せっかく宮司が言ってくれているのにこれなんですよ」 緑茶を入れながら希美が言う。

「カケルは何になりたいの?」

「え?」 不意を突かれた質問だった。

「美術の短大を出たんだもん。 美術を生かさないの?」

「・・・すっかり忘れてた」

「ちょっと、翔! そんな大事なこと忘れないでよ」 それぞれの前に緑茶を置く。

「でも、あの世界って簡単にいかないのよね」

「そうなの?」 

「うん。 特殊なことだからね。 それに描くのが好きって言うだけで、才能があるわけじゃないから」

「確かに難しそうよね。 渉ちゃんみたいに普通に事務員じゃないんだから」 真名が渉を見て言うと、渉が口を尖らせた。

「それでもちゃんと入社試験に合格したんだもん」 緑茶を口に含む。

「ごめん、ごめん。 夜な夜な頑張ってたもんね」 

「翔も会社勤めをしてたら良かったわね」 手に包んだ湯呑を口に運んだ希美が言った。

「無理。 括られるっていうのが嫌なの。 それと団体も」 

希美がどうしようもないといった具合に真名を見た。 真名が眉を上げてそれに答える。

「それじゃあ、尚更、神職の道がいいんじゃないの?」

「うーん、白状しちゃうと、今更お勉強っていうのも・・・なんです」

「あーあ、それ言っちゃお終いじゃない」 真名が言う。

「そうだよ。 いつまで経っても、奏ちゃんに勝てないよ」

「べつに奏和に挑んでいるわけじゃないわよ」

「でも、ハンバーガーショップ辞めちゃったんだから、働かなきゃいけないでしょ? 神職の道にも行かないとしたら・・・。 じゃ、誰かのお嫁さんになる?」 突拍子もない言葉に緑茶を飲みかけていた全員が喉を詰めかけた。

「ばっ! バカ! どうしてそんな話になるのよ」

「じゃ、お勉強して神職の道を行けば? カケルによく合ってると思うよ」

(この子はいったい何を考えているんだろう・・・) 真名とカケルが同時に心で歎息をはいた。

「渉ちゃんって相変わらずね。 小母さん変わらない渉ちゃんが好きよ」 急に言われ、照れた顔を真名に向けた。

「渉ちゃんはどうなの? 彼氏できた?」 真名が驚いたが、表情を変えないように努めた。

「そんなのイナイ」

「あら、こんなに可愛いのに?」

「今はまだ仕事のことだけで、そんなことまで頭が回らないんです。 腹立つ上司もいるし、同僚と上司の意地悪いってるのが一番スッキリして、他の人と話したくないくらい」

「まぁ、渉ちゃんったら、人の意地悪いっちゃだめでしょ。 パパに叱られるわよ」 

渉だけでなく、相変わらず真名の小さい子をあやすような喋り方に希美とカケルが目を合わせ微笑んだ。

「ね、渉ちゃん」 希美が言う。

「渉ちゃんは、可愛いんだからカッコイイ彼氏を見つけなきゃ」

「うーん・・・まだそんな気持ちになれないかな・・・?」

(・・・そうなの、恋をしてたんじゃなかったの。 私の思い違いだったのかしら) 真名が考える。

「翼がショックを受けるわね」 カケルが言う。

「えっ!? 翼って渉ちゃんのことが好きなの?」

「大好きよ。 バカなほど」

「渉ちゃん、うちのお嫁さんにならない? 小母さん大歓迎よ」

「えー!? カケルが小姑さん? ・・・無理」

「渉! どういう意味よ!」


「まぁ、もうこんな時間になっちゃった。 良治さんの夕飯の支度があるのにゴメンなさいね」

「とんでもない、楽しかったわ。 真名さん、いつでも来てね」

「ええ、じゃ、お邪魔しました」 真名と希美がガレージに向かった。

「カケル、連絡ちょうだいね」

「うん」

「それと、聞いていい?」

「なに?」

「誰かとライン組んでる?」

「そこそこ組んでるわよ」

「最近、誰とやり取りしてるの?」

「え? なんで?」

「だって、カケルの体調が悪い時に誰と連絡とってたのかなと思って」

「ああ、実家に帰ってきてからは奏和と・・・バイト先の友達」 モデルのバイト友達とは言えない。

「奏ちゃんなんだ。 友達って私の知らない人?」

「うん、そうだけど。 渉、どうしたの?」

「何でもない。 奏ちゃんと連絡とってたんだ」

「うん、最近ね」

「そっか」

「渉ちゃん、帰るわよー」 真名の声がした。

「じゃ、帰る。 奏ちゃんとイッパイ、ラインするんだよ」

「え?」


その日の夜。

渉のスマホが鳴った。

「あれ? 翼君? もしもし?」

「信じらんないっ!! 渉ちゃん今日うちに来たんだって?」

「うん」

「なんで言ってくれなかったの!?」

「うーん。 翼君との電話を切ってからそんな話になったから」

「渉ちゃん! 俺は翼だよ」

「分かってるよ」

「翼君じゃないんだからねっ!」

「イミ分かんない」

「渉ちゃん・・・どうして俺が渉ちゃんとライン組まないか考えたことある?」

「ない」

「即答しちゃう?」

「だって考えたことないもん」

「渉ちゃんの声が聞きたいからじゃん」

「ふーん、元気だよ」

「渉ちゃん・・・」

「そんなことより、翼君連絡アリガト。 カケルの元気な顔が見られてよかった。 ずっと顔色も悪かったから心配してたんだ。 あ、それとラインは私の知らない友達からもあるみたいだけど、奏ちゃんとしてるみたい」

「え? 奏兄ちゃんと?」

「うん、そうみたいだよ」

「それならみんなのラインにすればいいのに」

「あれ? そう言われればそうね。 でも、奏ちゃんとしてるみたい」

「姉ちゃん・・・どうしたんだろう」

「なに?」

「あ、何でもない」

「奏ちゃんとラインしてたら大丈夫よ」

「え?」

「奏ちゃんはカケルのことを、何でも知ってるもん」

「渉ちゃん以上に?」

「それは分かんないけど」

「渉ちゃん・・・」

「でも奏ちゃんにまかしておけば大丈夫よ」

「渉ちゃんは奏兄ちゃんのことを頼りにしてるの?」

「うん。 カケルのことは奏ちゃんが一番よくしてくれると思ってる」

「そうじゃなくて、渉ちゃんのことは? 渉ちゃんは奏兄ちゃんを頼りにしてるの?」

「わたし? 私のことは・・・」

「奏兄ちゃん?」

「絶対に違う」

「え?」

「奏ちゃんのはずないじゃん」

「そっか、そっか。 うん、そうだよな」

「何言ってるの?」

「渉ちゃん・・・俺が渉ちゃん守るから。 奏兄ちゃんが姉ちゃんを守る以上に、俺が渉ちゃんを守るから」

「こけかけた時? 大袈裟だよ」

「渉ちゃん・・・」 

スマホ越しに渉を呼ぶ声が聞こえた。

「あ、パパが帰ってきた。 じゃね」 

スマホが切られた。

「・・・渉ちゃん、どう言ったら分かってくれるの」 耳から外したスマホに言うが、渉には届かない。

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--- 映ゆ ---  第83回

2017年06月08日 21時51分18秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第80回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shou~  第83回




諦めきれない渉、週末に神社へ向かった。 誰にも告げず、こっそりと。
神社に入ると辺りをキョロキョロしながら、宮司や雅子に見つからないように、こっそりと山の中へ入り、磐座の前に立った。
まずはいつも通り二礼二拍手をして小さな声で「有難うございます」 と言うと、一礼した。

「ふぅー、良かった。 小父さんにも小母さんにも見つからなくて」 

数日前に来たばかりなのに、また来たなんてバレたら変に思われると思っていた。 それに磐座の所にばかり来て、不審がられても言い訳ができない。
磐座への挨拶をするとじっと磐座を見た。

「磐座さん、どうしたらトンデン村に行けますか?」 磐座からの返事はない。

「・・・そうですよね。 返事なんてしてもらえませんよね」 磐座から目を外して下を見た。

連休中も何度も何度も磐座に問うた言葉だった。

「無駄なことだったな・・・」

山の中を歩く楽しそうな人の声が聞こえてきた。

「連休じゃないのに来る人がいるんだ」 切り株に座ると入口となる坂に目をやった。

「あ、ここいいんじゃない?」 

「危ないよ。 ほら、手をかして」 

男性が女性の手を引いて少し急な坂を下りてきた。 楽しそうなカップルを横目に見ると磐座に向き合い、頬杖をついた。

「翼君がゲームが出来たって言ってた」 

翼の友達が作ったロールプレイングゲーム。 その主役は巫女姿の渉だが、それは翼だけが持つキャラクターだった。

「私にもゲームを作ってもらおうかな。 そしてどこかの土地にトンデン村を作ってもらおうかな・・・そしたらトンデン村に行けるもんね」 言ってため息をついた。

「・・・バカみたい」 目を落とすとふと気づいたことがあった。

「あ・・・あの時、 ・・・そうだ。 雅な、って言ってた。 雅な衣って」 顔を上げた。

「もしかしたら・・・巫女装束になったら」 一瞬、目に光が差す。

「でも、どうやって・・・私から巫女の服を着たいなんて言ったら、小母さんに不自然に思われちゃう」

「ねっ、ねっ。 綺麗な小川ね」 カップルの声が近くなってきた。

「今日はもう帰ろう」 切り株から腰を上げ、周りに注意しながら山を下り、境内を出た。

バス停に着くと万が一にも、宮司か雅子が車で通るとも限らない。 隠れるところはない。 停留所を示すポールの後ろに屈んで丸くなった。 渉にすれば隠れたつもりだったが、反対に気分でも悪くしたのかと声をかけられる可能性の方が高い。 ここは見て見ぬ振りをする都会ではなく、他人事は自分事と考える心優しい田舎なのだから。 が、上手い具合に一台も車は通らなかった。


家に帰るとすぐに自分の部屋に籠った。 いつもならリビングで母娘の会話を楽しむのに。
「渉ちゃんったら・・・」 どうしたものかと考えたが、今はまだそっとしておいた方が良いかと、父親には何も言わないでおこうと思った。


「巫女装束・・・どうしたらいいのかなぁ・・・小母さんには言い辛いし。 どこかに売ってるかな? それとも本物でないとダメなのかなぁ?」 ベッドで折った膝を抱え、ウーンと頭を悩ます。

「あ、でもどこかで買えても、誰にもバレずにどこで着替えるの? それに巫女の格好をしたからって必ず逢えるとは考えられないし・・・でも、それ以外思いつかない・・・」 ゴロンとそのまま横になる。

「トンデン村・・・聞いたこともない。 何処にあるんだろう」 

スマホが鳴った。

「ん? 翼君?」 メロディが翼からの着信であった。

ベッドを下りると机に置いていたスマホを手に取る。

「もしもし」

「あ、渉ちゃん? 何してるの?」

「何って・・・ベッドに転がってた」

「あ、いいな。 俺が添い寝してあげたい」

「ばか」

「ね、姉ちゃんから連絡あった?」

「カケル? 何もないけど?」

「そっか・・・」

「どうしたの?」 ベッドに腰かける。

「うん・・・急にさ、こっちに帰ってきたから」

「帰ってきた?」

「連休が開けてから、ずっとこっちに泊まってんの。 だから何かあったのかなって。 渉ちゃんなら知ってるかなって思ったんだけどさ」

「・・・何も聞いてない」 自分がシノハの事にうつつを抜かしていて、様子のおかしいカケルのことを気遣えなかったと改めて気づいた。

「カケルは家で何をしてるの?」

「なにも。 ただ、部屋でボォーっとしてるみたい。 けど・・・」

「けど何?」

「ラインの着信音はよく鳴ってるかな?」

「誰からの?」

「わかんない。 ほら、これが渉ちゃんなら、スマホを取り上げてでも見るけど、姉ちゃんだろ?」

「イミ分かんないんだけど」 翼に聞こえるくらいの大きな溜息をつくと続けた。

「カケルは今も家にいるの?」

「うん。 部屋に籠ってる」

「じゃ、カケルに連絡入れる」

「うん。 何だか分かんないけど励ましてやって」

翼との会話を終えると、すぐにカケルに電話を入れた。 そして渉の部屋の前で、コーヒーとクッキーをお盆に乗せていた真名が、そのまま階段を下りて行った。
3度目のコールでカケルがスマホに出た。

「渉?」

「あ、カケル? 今どこ?」 白々しく聞く。

「あ・・・えっと・・・実家」 正直に言ってくれたことに安堵を覚える。

「そうなんだ。 ねぇ、体調悪そうだったけど、あんまり良くないから実家にいるの?」

「そう言うわけじゃないんだけど」

「体調はどう?」 

「大丈夫よ。 頭痛もなくなった」 自分の身体の心配をしてくれているんだと思うと笑みがこぼれる。

「良かった。 顔色はどう?」

「大丈夫だってば。 渉ったら」 スマホの向こうでクスッと笑うカケルの声が聞こえた。

「ね、今から外に出られる?」

「え?」

「用がある?」

「そんなんじゃないけど・・・外に出る気分じゃないって言うか」

奏和に暫く家から出ないように言われている。 それに自分でも誰かに逢うかもしれない怖さがあった。


あの日、社長に連絡を入れて奏和と事務所に行くと、契約をかわそうとしていたようで契約書が用意されていた。

「ミオンの知り合い?」 奏和を見て不機嫌そうな顔をする。

「まぁ、いいわ。 ねっ、バイトじゃなくて本格的に契約をしましょう」

そう言われたときに奏和が間に入った。 何の契約もしていないバイト。 今日で辞めますと。
社長はいきり立ったが、そこは神職で鍛えられた腹の座った態度を微塵も崩すことはなかった。 
カケルとしては既に入っている仕事だけは、投げ出すようなことをしたくなかったが
「何の契約もしていないバイトのお前でなくちゃいけないはずがないだろ」 と、社長の前で言われてしまった。


「そっか・・・じゃ、そっちに行っていい?」

「来てくれるの?」 パッと明るい声が聞こえた。

(良かった、イヤがられたらどうしようかと思った) 心の中で呟いた。

「今から行く。 待っててね」

「うん」

スマホをバッグに入れると階段をトントントンと降りた。

「ママ、カケルの実家に行ってくる」

「え? 翔ちゃんの実家?」

「うん。 カケルが実家に帰ってるんだって」 嬉しそうな渉の顔だ。

(反抗期はお休みかしら?) 真名の口角が上がる。

「ママが送って行こうか?」

「あ、嬉しい」 

今日は神社に行くのに朝早くから電車とバスに乗った。 たとえ二つ隣の駅と言えど、出来ればもう電車に乗りたくない。 渉の言葉にソファーから立ち上がると、車のキーを取った。
ガレージから車を出すと数日ぶりの母娘の会話が始まった。

「翔ちゃんにも、翼君にも長いこと会ってないけど、希美さんはどうしてるのかしら」 カケルと翼の様子は、5月の連休に神社で会っていた渉から聞いていた。

「小母さんかぁ・・・私も随分と久しぶりにカケルの実家に行くからなぁ。 それにカケルからも小母さんの話を聞かないしなぁ」

「翔ちゃんは、一人暮らしだものね」

「小母さんが居たら、ママもお邪魔しちゃったら? 小母さんが居るかカケルに聞いてみようか?」

「いいわよ。 事前に何もしなくても、会える時には会えるものよ」

「え?」

「なに? そんなに驚いて」

「逢える時には逢えるの?」

(あ・・・もしかして反抗期じゃなくて・・・) 真名が心で呟くと少し眉を顰めた。
(もしそうだったら、パパになんて言おうかしら)

「ママ?」

「あ、ごめん。 そうよ、会える時には会えるものよ。 何も頑張らなくてもね」

「頑張らなくても?」

「そう。 ご縁があればね」 話を少し大きい括りにした。

「そうなんだ・・・」

「なぁに? どうしたの?」

「もし・・・」

「もし?」

「うん・・・もし“どこでもドア” があったら、行きたいところがあるんだけど、そこにご縁があると行けるのかなぁ?」

「“どこでもドア”? ドラえもんの?」 うっかりハンドルをおかしくしそうになった。

「ママにはそれが一番わかりやすいかなと思って。 でも“どこでもドア” なんてあるはずないし」

「・・・そう。 そんなに行きたいところがあるの。 そこは遠い所なの?」

「多分」 答える渉をチラッと見た。

(誤魔化して言ってる風ではないわね・・・どういうことなのかしら)

「あれ? ママ、道が違うわよ」

「ふふ、ケーキでも買っていきましょうよ」

「あ、JonJonのケーキ?」

「そう。 みんな好きでしょ?」

「きっとカケルが喜ぶわ」

「ふふ、渉ちゃんは翔ちゃんのことが大好きね。 その渉ちゃんの行きたいところに、翔ちゃんも一緒に行けるといいわね」

「・・・う・・ん」

(翔ちゃんとは行きたくないところ?) 

ハンドルを切ってケーキ店JonJonの駐車場に入れた。

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--- 映ゆ ---  第82回

2017年06月05日 22時36分19秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou~  第82回




「シノハさん!」 ガバッと起き上がった。

「あ・・・」 当たり前のように、目の前にシノハはいない。

「・・・夢」 ゆっくりと額に手を当てる。

真っ暗はこわい。 部屋の隅に置いてあるスタンドの電気を点けて寝ているいつもの自分の部屋、いつもの自分のベッドの上。

「どうして逢えないの・・・」

磐座の前であの時みたいに、立ってみた。 でも、何の変化もない。 だから色々とやってみた。 時間も同じくらいの時間を選んだり、他の時間にも磐座の前に立った。 それなのに何をしても逢えない。

コンコン。 ノックが鳴った。

「渉? どうした? 何かあったのか?」 書斎で仕事をしていた父親がドアの向こうに居る。

「パパ・・・」 ベッドを下り、ドアを開けた。

「どうしたんだ? 大きな声が聞こえたぞ」 渉の姿を見て大事がなかったと、内心胸を撫で下ろした。

「ごめんなさい。 夢を見ただけだから」 渉の様子がいつもと違う。

「怖い夢だったのか? しばらくパパの書斎で一緒にいるか?」 腰を曲げ、顔を覗き込む。

「いい。 大丈夫」

「そうか? いつでも書斎に来るといいからな」 もう社会人、しつこく言うことではない。

幼い時から変わらず、間違ったことをすると厳しく叱るが、普段は甘すぎるくらい甘い父親である。

「うん。 おやすみなさい」

部屋のドアを閉めると、その場にしゃがみ込んだ。

(シノハさん・・・逢いたい) 膝を立てて顔を埋めた。


翌朝

コトン。 渉の母親、真名がテーブルにコーヒーを置いた。

「渉ちゃん、パパが言ってたけど、夕べ怖い夢を見たの?」

「・・・うん」

「神社から帰って来たのが遅かったからかしら」 言いながら渉の前の椅子に座る。

「神社は関係ない」 両手でカップを持つと、一口飲む。

「神社じゃなくて、遅く帰ってきたことを言ってるの」

「ちゃんと連絡したじゃない」 目を合わせない。

「そんなこと言ってないでしょ」 ハァーとため息をつき、続けた。

「怖い夢を見たのは、夜遅くに帰ってきたからかなぁ? って思っただけ。 渉ちゃんは暗いのが怖いでしょ?」

「もう社会人よ。 いつまでも暗いのなんて怖くない」 

「駅に着いたらパパが迎えに行くから、ちゃんと連絡を入れなさいって言ってたのに連絡も入れなかったから」

「駅からくらい一人で帰れるもん」 

少し冷めたコーヒーを全部飲むと席を立つと、横の椅子に置いてあったバッグを持って「行ってきます」 と一言いうとキッチンを出た。
真名が後を追って玄関でヒールを履いている渉に話しかけた。

「ハンカチ持った?」

「持った」

「暑いから影を歩くのよ。 車に気を付けてね」

「分かってる。 行ってきます」 少し膨れっ面である。

「行ってらっしゃい」 ドアが閉まった。

渉の後姿を隠していったドアを見ながら一つ息を吐くとポツリと呟く。 

「遅ればせの反抗期かしら」 眉尻を上げた。

今まで一度も反抗期がなかった。 素直に育ってくれていた。 が、ここに来て反抗期が始まりだしたのかと、ふと思ったが、この時点で思い悩んでいても始まらない。

「さ、洗い物をしてお掃除しなくちゃ」 気を入れなおしてキッチンに入るとシンクの前に立った。 

シンクには朝食の後の食器が入っている。 渉が朝食に食べていたフルーツの乗っていた皿、サラダの入っていた小さなスクエアボウル、ヨーグルトが入っていた小さなボウル。 それと、父親が食べていたサンドイッチが乗っていた皿とコーヒーカップ。

「あ、渉のコーヒーカップ・・・」 テーブルに残されたコーヒーカップを取りに行こうとしたら電話が鳴った。

電話のディスプレイを見ると“パパ携帯” と表示されていた。

「パパったら」 口元をほころばせると受話器を取った。

「もしもし」

「渉はどうした?」

「ちゃんと会社に行ったわよ」

「そうか」

「いくつだと思ってるのよ」

「いくつになっても心配はするもんだ。 じゃ」 言うと電話を切った。

「ちゃんと渉の出た時間を見計らって電話をしてきて・・・彼氏でも出来たらどうするつもりかしら」 受話器を置いた電話を眺めると愁眉を開いた。


「渉、お早う」

駅を出て歩いていると、後ろから声をかけられ振り向いた。

「あ、樹乃お早う」 

「今日も暑っついねー」

「うん。 もう背中に汗ビショビショ」

「私なんて背中だけじゃなくて、もうお化粧もグダグダよ。 ロッカーで早速化粧直しだわ。 渉は顔に汗かかないからいいよね」 渉の顔を覗き見た。 すると

「うん?」 言うと樹乃が眉を顰める。

「なに?」 顎を引いた渉の顔を更に覗き込む。

「顔が違う」

「ちょっと、なによ。 怖いこと言わないでよ」 樹乃の前から飛びのいた。 途端、後ろを歩く人にぶつかる。 「あ、すみません」 ペコリと頭を下げる。

「もう、樹乃のせいだからね」

「恋してる?」

「は?」

「辛い恋?」

「はぁー?」

「私の勘って当たるんだけど?」

「残念。 究極にハズレ」 

通勤で行き来する人の流れの中で立ち話は大きな迷惑だ。 渉がスタスタと歩き出した。

「あの様子じゃ、大アタリね。 さて、どうやって吐かそうかな」 走って渉の後を追った。


昼休み。

「ねっ、今日のクソジジィ元気なかったよね」 パスタをフォークに巻きながら樹乃が言う。

「うん? そうだっけ?」 アツアツのドリアをスプーンに乗せ、フーフー吹いている。

「三下り半を渡されたって噂よ」 前屈みになって小声で言う。

「えっ! うそ!」 シーっと、樹乃が口に人差し指を立てた。

「あくまでも噂だけど、あれだけ肩を落としてたら間違いないよ」

「肩、落としてたっけ?」 渉の言葉に、樹乃が口の端を上げた。

「いつもの渉なら、すぐに分かるのにね」 ニッコリ笑いながら首を傾げる。

「そうかなぁ?」 

渉の返事に何を言わんとしているのか分からないのかと、樹乃がクスッと笑う。

「なに?」 やっと冷めたドリアを口に入れた。

「うん? 渉らしいなと思って」 パスタの絡まったフォークを口に入れた。

(渉のことだから、もしかして恋してることにも気づいてないんだろうかな。 それなら吐かせることも出来ないか)

「ねぇ、樹乃」

「うん?」

「ワープって出来る?」

「は?」 口に入れたパスタを吐きだしそうになった。

「出来るわけないよね・・・」 ドリアをつつく。

「こら、お行儀の悪いことをしないの。 それに、ワープは出来ません」 口の中ではパスタが踊っている。 モゴモゴ言いながら言うが、渉にはしっかりと何を言っているかが分かっているようだ。

「だよね」 崩したドリアをキチンと寄せる。

(ワープって・・・アニメの見過ぎじゃないの? 渉ったら、いまだにアニメを見てるのかしら。 まっ、この突拍子もない所が渉らしくもあるんだけどね) 口の中のパスタを飲み込むと目を細め口の端を上げ、パスタの中にあるアサリをフォークで刺した。

「渉はどこにワープしたいの?」 アサリを口に入れる。

「トンデン村」

「は? そこって何処?」

「・・・知らないところ」

「知らないところ? そんなところに行きたいの?」

(やっぱ、アニメの世界? それともゲーム? ・・・かなり心病んでるなぁ)

「でも、行けないの」

「でしょうね。 ワープできないもんね」

「うん」 下を向いて真面目に答える渉に眉尻を下げた。

「早く食べなきゃ、お昼休み終わっちゃうよ」

(っとに・・・手のかかるお子様だわ) 渉を見て何故か笑みがこぼれるのであった。

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--- 映ゆ ---  第81回

2017年06月01日 22時05分59秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou~  第81回




暫くたつと、Gパン姿のカケルが開けられた襖の前に立ち「なに?」 と聞いてきた。

「ちょっと聞きたいことがある。 入れよ」 言うと立ち上がり、カケルの手を引くと部屋に入れ、襖を閉めた。

「ちょっと! なによ!」

「座れよ」 奏和が胡坐をかいた。

「なんなのよいったい」 腕を組み、座る様子がない。

(磐笛の時と同じか) 思うと小さく息を吐き、話し始めた。

「お前も気づいてたかな、境内にいるカメラを持った男のこと」 

何のことかと小首を傾げ、反対に聞いた。

「風景を撮ってる?」

「風景も撮ってるけどそれはカモフラージュ。 目当てはお前」 

そんな言葉を投げかけられ怪訝な顔をする。

「さっき、渉が言ってただろ? 俺が知らないおじさんと話してたって」 

「ああ・・・そう言えばそんなことを言ってたっけ」

「それが、そいつだよ」

「まさか、奏和の知り合い・・・じゃないよね?」 

「ああ、違うよ。 ・・・その・・・ソイツに聞いたんだけど」 フッと息を吐いてカケルを見ていた目を落とすと口を噤んだ。

「なに?」

問われ、一つ大きく息をしたかと思うとゆっくりとカケルを見た。

「どうしたのよ」

カケルの目を鈍く見るとその3文字を口にした。

「・・・ミオン」

「え!?」 驚いた顔が強直した。

「・・・心当たりがありそうだな」 アイツの言っていたことは当たっていたのかと、視線を落とした。

「ソイツ、何を言ってたの?」 奏和の前にがぶり寄るようにして座り込んだ。

「落ち着けよ」 

言われ慌てて離れると、膝を曲げた足の間に尻を落し畳につけて、ペタンと座った。
そのカケルの様子を見て話し出した。

「お前がミオンってモデルと踏んでいるって言ってた」 カケルの顔が硬くなっていく。

「それで、それをスクープするって。 モデル同士の争いに勝った人気モデルが本物の巫女だったって」 

「そんなこと・・・」 言うと今度は顔を青ざめさせてポツリと言った。

「沙理さんだ・・・」

「さり?」

「・・・何でもない」 

「翔、渉も言ってただろ? 顔色は悪いし、クマも出来てるし、頭痛だってあるんだろ? 一人で思い悩むなよ」

「別に思い悩んでなんか・・・」 下を向いた。

「ハンバーガーショップも大分前に辞めてたんだってな」

「ソイツが言ったの?」

「ああ。 かなり調べ上げてるみたいだぞ。 もう週刊誌ネタにするために、記者とも会ってる」

「えっ!?」 驚き顔を上げ奏和を見た。

「モデルの仕事がいいのか?」

「・・・」

「だから、養成所に行かないのか?」

「・・・」 段々と頭が垂れていく。

時間がない。 焦るのに、カケルが口を開かない。

(なんて言えばいいんだ) 

沈黙の時間が流れる。

「週刊誌になんて載ったら―――」 奏和が言いかけると、カケルが言葉を被せた。

「沙理さんの仕業だ、きっと・・・」 足を横に崩す。

「翔?」

「沙理さんってモデルが居てね、私嫌われてるみたいなの」 開き直ったように横を見ながら話す。

「翔が何かしたのか?」 

(って、こんなことを聞きたいわけじゃないのにっ! 俺はっ!)

「沙理さんの仕事が減って・・・こっちに回ってきてるのが気に入らないらしいの。 他のモデル仲間から聞いただけだから、ハッキリとは分からないけど」

「何かされてないか?」 

(じゃなーっい! 時間がないのにこんな悠長に話しててどうすんだよ。 いつ渉が呼びに来るか分からないのにっ!)

「まぁね・・・女が集まると色々とあるけど・・・そんなのに負ける気はない。 でも・・・週刊誌はイヤだ」

「じゃ、今すぐにでもモデルの仕事辞めな」

「・・・」 視線だけを落とす。

「辞められないのか? そんなに楽しいのか?」

「そんなんじゃない」

「じゃ、何だよ」

「・・・」 視線に従って頭が垂れる。

「翔、明日にでも週刊誌ネタになるかもしれないんだぞ」

「・・・だって・・・やられるだけやられて尻尾を巻いて逃げ出すなんてしたくない」

「そんなにやられてるのか?」

「・・・」

「今は、そんなことより週刊誌ネタにされるかどうかの方が先決だろ? やり返すなら立場が違っても他に方法もあるだろ? お前はネタにされるのが嫌なんだろ?」 コクリと頷く翔を見た。

(って、立場が変わってからやり返すことなんて、そんなが方法あるのかよ) 言ったもの自分の言葉に一人突っ込みを入れる。

「明日、その・・・モデルの事務所っつうの? そのエライさんに連絡してすぐに辞めろ」 納得できないという顔をしている。

「一生傷つくぞ。 言いたかないけど、お前は・・・その・・・スッピンでも・・・美人なんだから・・・ネタになんかされたら皆の記憶に残るぞ」

(恥っずかしいー! 俺なんてこと言ってんだー)

「・・・」

(おい、時間はないし、こっちは顔から火が出るほど思いっきり恥ずかしいことを言ってんだ。 返事くらいしろよ)

「それに、ここにも居られなくなるかもしれないぞ」 カケルが僅かに顔を上げた。

「・・・そうか。 来られなくなる・・・」

(え? 俺の恥っずかしい台詞より、ここに来られなくなるって方が、心を揺さぶるっての?)

「それでもいいのか?」

「・・・渉なら」

「渉?」

「こんな時、渉ならどうするんだろ」

(へっ? なんでこんな時に、料理の作れない渉なんだよ。 って、料理は関係ないか)

「渉には言ってないんだろ? 相談するか? なんなら、呼んでこようか?」

「いい、要らない。 渉に心配かけたくない」

(だったらどうすんだよっ!) 

パタパタと廊下を走る足音が聞こえてきた。

(くそっ、タイムオーバーか・・・)

「カケルー、ご飯―」 襖をあけながらカケルを呼ぶ声が聞こえた。

「あれ? カケルが居ない?」 独り言が大きい、全部聞こえる。

「飯だぞ。 どうすんだ?」

「・・・自分で解決する」

「出来るのか?」

「・・・うん」

「聞いていいか?」

「なに?」

「モデルのことがあって、養成所のことが引っ掛かったのか?」

「無いとは言い切れないけど、小父さんにも言ったけど寮って言うのが肌に合わない」

「そうか。 神職に進む気はあるのか?」

「今答えなきゃいけない?」 

「いいよ。 答えなくていい。 翔が答えられるときになったらそれでいい。 養成所は年齢制限があるけど、通信ならいけるからな」

「奏ちゃんの所かなぁ?」 またしても渉の大きな独り言が聞こえた。

(翔が部屋に居なかったら、なんで俺の部屋に居るって考えるんだよ)

「渉の声を聞いたら・・・」

「うん? なんだ?」

「・・・気が抜けちゃう」

「言えてるな」 思わず笑みがこぼれる。

「奏和・・・」 畳を見ながら呼んだ。

「なに?」

「疲れた」 目を閉じる。

「え?」

「・・・静かにしてたい」

下を見るカケルを見た。

「・・・そっか。 んじゃ、明日一緒にモデル事務所に行こうな」

僅かに頭をかすめた。 メンバーにどんな言い訳をしようか・・・。
途端、奏和の部屋の襖の向こうで渉の声がした。

「奏ちゃーん、カケルー、ごはんー」

「おぅ!」 奏和が返事をすると立ち上がり、「行くぞ」 と、カケルの頭をポンと叩いた。

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