大福 りす の 隠れ家

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みち  ~道~  第187回

2015年03月24日 14時25分29秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第180回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 ~道~  第187回



全てそのままにあったことを話す琴音だが

「まだ何も実感が伴わなくて」 目線が下がった。

「実感って・・・正道さんとやっていくってことにですか?」

「いえ、そうじゃなくて・・・エネルギーを感じたり、見えたり・・・とか」 自信なさ気に話す琴音。

「え? そんな事が出来てるのに実感がないんですか?」

「・・・何て言えばいいんでしょう・・・出来た事にちょっと驚いたり、感謝したりっていう事はあるんですけど・・・深く心にこないっていうのかしら・・・当たり前って言うわけじゃないんですけど・・・」 琴音の言わんとする事を感じた更紗。

「何言ってるのよ。 琴音さんの言うところの実感が伴わないって言うのはそれまでにその事を知っていたってことじゃない。 琴音さんは知っていたのにそのことに気付きが無かったからなのよ」

「え?」

「あまりにも今まで自分が経験した事と違う事があれば実感が伴うじゃない? 今まで見たこともない綺麗な風景を見たらすぐに感動するし、オリンピックでメダルを取ったら泣いたり喜んだり」 琴音は更紗の話を食い入って聞いている。

「でもどこかでそれを経験したことがあるとか、それに似た事をどこかで知っていたとかっていう事になれば驚きも少ないわよ。 ほら、ジェットコースターに初めて乗った時は ギャー! ってなるけど何回か乗ってるとその内に慣れてしまうじゃない? それに一番最初に乗った時の ギャ-! っていうのは2度目には薄れてきてるじゃない?」

「あ・・・そう言われれば」

「でしょ?」 ずっと聞いていた野瀬が一言

「例えが可笑しくないですか?」 それを聞いた更紗が横を向いて琴音に話しかけていた顔を正面の野瀬に向け

「五月蝿いわね」 と一喝。 

「あ、そう言われれば・・・何かを経験すると・・・何て言うのかしら・・・馴染むっていうのかしら・・・身体に染み込むって言えばいいのかしら・・・」 その言葉を待ってましたとばかりに

「琴音さんはどこかで知ってるのよ。 最初は忘れていた事や気付かなかった事を経験して驚くかもしれないけど、知っていることだからすぐに身体に馴染むのよ。 だから何かが出来ても出来た! って実感が薄いのよ。 焦らなくていいのよ。 少しずつ思い出す気でやればいいのよ」 更紗の目が琴音を包む。

「はい」 

「そして自信を持つこと」 琴音の話し方で琴音の自信のなさがブレーキをかけていると察したのだ。

「はい・・・」

料理が運ばれてきて久しぶりに三人で楽しい食事が始まった。




12月。

朝一番、社員全員が3階事務所に上がってきた。 現場に居るはずの社員もだ。

「お早うございます。 え? 皆さんでどうしたんですか?」

「就業時間がきたら全員事務所に上がるようにいわれたんですよ」 社長が全員を3階の事務所に呼んだのだ。

「そうですか。 すぐに椅子を用意します」 琴音が事務所の椅子をかき集めようとすると工場長が

「織倉さんいいよ。 こいつらが勝手にやるから」

「うん、僕らでしますから座ってて下さい」 そう言われて座ろうにもお尻がムズムズするが、大きい身体の男達がサッと動いている中に入るのも邪魔になるだけだ。 
ムズムズしたお尻のまま椅子に座っていることも出来ず、事務所内の小さな台所で全員のコーヒーの準備を始めようとしたとき

「おはよう」 遅れて社長が入ってきた。 
台所に立って「お早うございます」と言う琴音を見て

「あ、織倉さんこれだけの人数のコーヒーは大変ですからいいですよ。 それに織倉さんにも聞いて欲しいから座って下さい。 ・・・あっ、と・・・僕だけにはコーヒーをもらえますか?」

「はい」 急いで社長のコーヒーを準備した。 
コーヒーと言ってもインスタントだ。 粉と砂糖を入れた後にお湯を入れるだけで出来上がる。

「どうぞ」 社長の机にコーヒーを置いた。

「ありがとう。 コーヒーでも飲まないと話しにくくてね・・・」 すぐに置かれたコーヒーを手に取り一口飲んだ。

「それじゃあ、こんな話をするのは会長から言ってもらいたかったんだけど、体調が悪いみたいなので僕から話します。 ・・・えっと、決して良い話ではありません」 琴音がお盆を片付け自分の席に着く。

全員何の事かという顔で社長を見ているが、工場長だけは社長の方を見ず、斜の方向に座り、腕組みをしてその前を見据えている。

「みんなももうよく分かっていると思うけど・・・儲けが殆どありません。 ・・・この何年も」 全員を見渡した。

「営業に努力が足りない、現場が良い物を作らない。 そんな理由じゃなく、もうこの業界全体が傾いてきてるわけだ。 誰が悪いわけじゃない」 社長を見ていた社員が下を向きだした。

大きく息を吐きそして間を置いて

「それで急な話ではありますが、今期で会社を閉めたいと思います」 工場長はまだずっと前を見据えている。

他の社員全員が一瞬驚いた顔で社長を見たが、どこかで覚悟をしていたのであろう。 誰も何も言わない。 唯、とうとうその時がきたのかという表情に変わった。

「会長は何て言ってるんだ?」 工場長がまだ前を見据えたまま表情も変えず社長に聞いた。

「体裁が悪い話だから嫌がってるよ。 それじゃあどうするんだって聞いたら何も言わない。 大体分かるだろう」 社長と工場長は同い歳。 そして幼馴染でもある。 唯、悠森製作所には社長が先に入社し、その5年後に工場長が入社したのだ。

「ああ」 やっと見据えていた目の力を抜き少し下を見た。 そして

「でもこういう事は社長が言うんじゃなくて会長が言わなければ若い者にけじめがつかんだろう」 今度は社長を見て言ったが、事前にこの話を社長から聞いていた工場長なりの会長が来ない事への社長へのフォローでもあった。

「俺だってこんな事は言いたくないよ。 でも体調がすぐれないって言ってるんだから仕方ないだろう。 会長ももう歳だしな」 二人の会話を聞いていた若い社員が

「工場長いいですよ。 会長に言われたらムカつく事を言われるだけですよ。 それに僕らも分かってた事ですから」 

「お前らがそれで納得するならそれでいいけどな・・・」 工場長がフォローのお役はこれでご免とばかりに身を引いた。

「悪いなぁ。 ちゃんとけじめがつけられなくて・・・」 社長が社員を見渡した。 そして

「退職金の心配は要らないからな。 ちゃんと規定どおり出すように会長に言ってあるから」

「あの会長がちゃんと出しますか?」

「絶対に出させる。 俺に任せてくれ。 うちは借金もないからそこのところは大丈夫だ」 そしてコーヒーをまた口に含みゴクンと飲んだ。

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