大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~道~  第215回

2015年06月30日 22時02分45秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第215回



琴音が口火を切った。

「あのね、前に言ってた話なんだけど」

「ん? どのこと?」 見当はついていたがとぼけて聞いた。

「会社を閉鎖してその後の事」

「その話ね。 どうするの? 実家に帰るとかどうかって」

「うん、そうする事に決めたの」

「え!? グフッ!」 一瞬喉が詰まった。

「大丈夫?!」 ゴホゴホと咳き込む。

「背中さすろうか?!」 立ち上がろうとした琴音に、要らないと伝えるように手を振り、今度はコンコンと言ったかと思うと大きく息を吸って吐いた。

「・・・もう、驚かすんじゃないわよ」 

「ごめん、ごめん。」

「・・・本当に決めたの?」 咳き込んだときに離したフォークを手に取り、どこか寂しそうな声だ。

「うん。 まだ今の会社がいつまでかはハッキリしないから、具体的にいつ実家に帰るかは決まってないんだけどね」 ケロっと言ってのける琴音。

「そっか・・・」 琴音が決めた事。 自分が寂しいからと冗談でも引き止めるわけにはいかないと腹を据え

「そうなんだー。 決めたんだー」 さっき持ったフォークを置いてコーヒーを両手で包み込むように持った。

「でも、琴音の実家って帰っても仕事がなさそうなんじゃなかったの? 仕事はどうするの?」 やっぱり親の年金を食いつぶすの? と聞く余裕はない。

「それがね・・・」 正道とのことを話した。

「え? 動物の痛みを取るってそんな事ができるの? それに心を癒すとかって、それ何? 言葉が話せないんだから何を考えてるか分からないじゃない」

「実際、正道さんがされてるし、私は今はまだお勉強中だから 出来るかどうかは分からないんだけど、やってみようと思うの」

「あははは、そうなんだ。 じゃあ私が何を言っても琴音は実家にいくんだ」 琴音の話を聞いて自分が何を言っても、引き止めようとも、琴音を困らせる事はないと踏んだ。

「え? 何? 何の事?」 全く見当がつかない。

「はっきり言う。 本当のことだし」 琴音の目を見据えた。

「うん、いいたい事は言って」

「・・・コホン」

「・・・」 文香の目をじっと見ていると

「・・・琴音が遠くに行くのは寂しいんだけどっ!」 一際大きな声。  

「・・・」 その言葉を聞いて鳩が豆鉄砲をくらった目をしている。

「な・・・何よその目」 

「プ・・・くくく・・・あーっははは」 鳩が・・・あ、いや琴音が腹を抱えて笑い出した。

「ちょ、ちょっと失礼ね!」 顔が赤面する。

「くくくー」 笑いがなかなか止まらないようだ。

「いつまで笑ってるのよ」 フォークを手に持ち、パスタをクルクル回しだした。

「ふ・・・文香、顔が赤いわよ」 そしてまた、くくくと笑い出す。

「バカじゃない!」 クルクルクルクル。

「くく・・・もしかして私、文香に愛されてたの?」 

「バッ! バカ言ってるんじゃないわよ! その気はないわよ! 私は男のほうがいいわよ!」

「バカはそっち。 当たり前じゃない。 友として愛してくれてたのかってことよ」 わざとニンマリした顔で文香を見ると、照れたように手元を見ながら

「あ・・・当たり前じゃない」 クルクルクルクル。

「そんな風に言ってもらえると嬉しい~。 私も文香を愛してるわよ~」 

「何? その心のこもってない言い方」 横目で見る。

「簡単に逢えなくなるだけでいつでも逢えるから、ね?」 そんな事は分かっていると思ったが言葉にはしなかった。 その代わりに

「はぁー。 やっぱり琴音はそっちの道に行くようになってたんだー」 そう。 この事を思ったから、自分が何を言っても琴音はこの道を行くと思ったのだ。 だから心のままを言ったのだ。

「うん? そっちって?」

「私には持ち合わせてない不思議能力の道」

「あ、正道さんが言うにはこれってみんな持ってるんだって。 ただそれを上手く使えるかどうかだけの問題なんだって」

「そんなの有り得るわけ無いじゃない」 やっとパスタを口に入れた。

「そんな事ないって。 ・・・って、まだ私にも出来ないから何とも言えないんだけど」

「大丈夫よ。 琴音なら出来るわよ」

「出来るといいんだけどね。 まだまだなのよ」

「そっか、琴音のあるべき道を歩んでいくのね。 私にはよく分からないけど頑張んなさいよ。 応援してるわ」 

「うん、有難う」

「でも、動物相手にってそんなに患者・・・って言っていいのかしら? どう言っていいのか分からないけど、病気を治して欲しいって思っている人がいるの? それにみんな病院へ行かない?」

「正道さんが目指しているのは動物を救いたいと言う所なのね。 だから主に飼い主のいない動物を救いたいの」 

「飼い主のいない動物?」

「そう。 飼い主がいると病気をすればそれこそ病院にも連れて行ってもらえるからね。 勿論、飼い主のいる仔も何かトラブルがあったりしたら見るんだけどね。 
それでね私も初めて聞いたんだけど、動物管理センターから引き取ってきた仔たちの里親探しをしている団体があったりするらしいのね。 
そうなると里親が見つかるまで一時預かりをしているわけじゃない? だからその間に動物が悲しい目にあったことを癒してあげたり、痛めた身体を治してあげたりというのが大きな目的なの」

「へぇー。 そんな風に考える人って他にも居たのねぇ」

「え? 他にもってどういう事?」

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みち  ~道~  第214回

2015年06月26日 14時27分11秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第214回



携帯が鳴った。 文香からだ。

「もしもし」

「琴音? 今から家を出るからね」

「あら? 酔っ払い覚えてたの?」

「その言い方なにー? 確かに気分上々にはなってたけど、正体不明にはなってないからー」

「へぇー。 それは、それは」

「今日も暇なんでしょ?」

「今日もって何よ!」

「あ、悪い。 言い直す。 毎日暇でしょ?」

「文香!」

「とにかく今から家を出るけどいい?」

「暇ですからいつでもどうぞ」

「じゃ、待っててね。 あ、お昼にお弁当を買っていくからね。 一緒に食べよ。 何も食べないでいてよ」

「分かった。 気を付けて来てね」 携帯を切った。

「お弁当を買っていくか・・・暦ならありえない言葉ね。 ・・・って、私は暦の方がありえないけど」 


2時間後、ドアチャイムが鳴った。 ドアを開けるとコンビニ袋を下げた文香が立っていた。 

「ゴメン、ゴメン。 遅くなっちゃったー」 

「ホントに遅ーい。 何してたのよー。 まっ、その前に入って」 文香が玄関に入り靴を脱ぎながら

「琴音との電話を切った途端に 今日、出勤してる部下から電話がかかってきて」 ここまで言うと

「え? 会社に行かなくちゃいけないんじゃないの?」 先に廊下を歩いていた琴音が振り返って聞いた。

「うううん。 大丈夫。 取り立てて難しい話じゃなかったから」 脱いだ靴を揃え廊下を歩きながら言うと

「本当に良かったの?」 先を歩きだした琴音が言った。

「うん。 大丈夫。 取引先の社長の奥様が私を気に入って下さってるみたいで一度お断りしてたんだけどね。 どうしても今日私と会いたいって仰ってさ、優し~くお断りするのに時間を取ったってだけ。 トラブルとかじゃなかったから大丈夫よ」 キッチンに入った文香がコンビニ袋をテーブルの上に置き、バッグは椅子に置いて上着を脱ぎだした。 

「ふーん。 それならいいけど・・・」 横目で文香を見た。

「なに? その目は何が言いたいわけ?」 脱ぎかけていた動作がとまった。

「部下だって」 文香を茶化すように言うと

「部下は部下よ。 それがなによ」 上着を脱いだ。

「はぁー。 昇進したものね。 同じ会社に居たとは思えないわ」

「なに言ってるのよ。 琴音だって前の会社に居たらどうなってたか分からないじゃない。 急に辞めるからよ。 それより、お腹すいたー。 すぐ食べるでしょ?」 上着を椅子の背もたれに掛けた。

「うん。 お茶入れるわね」 

「あ、パスタを買ってきたから コーヒーの方がいいかな」

「そうなんだ。 えっと、文香はブラックだったわよね。 変わってない?」

「うん。 お願いしま~す」 琴音が文香のブラックコーヒーと琴音のお茶を入れている間に文香はコンビニ袋からパスタとサラダを出し始めた。

「あ、サラダも買ってきてくれたの?」

「うん。 サラダから食べなきゃ太るでしょ?」 

「そんな事考えてるの? 文香は細いからいいじゃない」

「この歳になるとそんな事言ってられないじゃない。 引力に逆らえないお肉をちょっとでも増やせないわよ。 で、言ってる事とやってる事がちょっと違うスイーツ付き。 美味しそうでしょ」 笑いながら琴音に見せた。

「美味しそう。 でも細い文香でもそんなこと考えるんだー。 あ、いくらだった?」 テーブルにコーヒーとお茶を置きながら聞くと

「いいわよ。 おごり。 昇進してるんだから。 高給取りのおごりよ」 順に蓋を開けていく。

「ぐ・・・言い返せない」

「でしょ? でもね事実なのよ~」 わざとらしく言う。

「じゃあ、お言葉に甘えて」 薄給の自分に少しでもお金を出させないようにと気づかってくれているのが分かるから素直に受け取る。

「甘えて、甘えて。 ね、和室で食べちゃ駄目?」

「いいわよ。 でも、なに?」

「毎日椅子だから和室にベタンと座りたいの」

「わー、そんなに思うほどハードなの?」

「今まではね。 でも営業として大きく道を敷いて あとは他のチーム任せだから、これからはゆっくり出来ると思うわ」 パスタを持って和室に行こうとしている文香を見ながら スイーツを冷蔵庫に入れている琴音が

「その仕事がよく見えないんだけど。 いったい何なの?」 冷蔵庫を閉め、琴音もお盆にコーヒーとお茶とサラダを乗せて和室に歩いた。

「ゴメン。 琴音が口外するとは思ってないんだけど まだ本格的に動いてるわけじゃないから言えないの」 持っていたパスタを机に置く。

「そうなんだ。 うん、いいわよ。 気にしないで」 琴音も机にお盆を置きお茶やコーヒーをお盆からおろす。

「わぁ、この感覚がいいのよねー」 文香が座布団の上にペタンと座って言う。

「どうして? 家で座ればいいじゃない」

「ほら、うちはリビングがソファーだし、それにまだ寒いじゃない? わざわざ北側の和室に行って座ることもないからね。 ・・・だけど何か違うのよね」 人差し指を顎に当てながら目だけで上を見る。

「何かって?」

「なんだろ? 何か分からないんだけど、この部屋がいいのかしら?」 顎に指を当てたまま顔を傾ける。

「この部屋?」

「分からないけどなんか落ち着くのよね。 ね、食べよう」 顎から指が離れその手でフォークを持った。

「ふーん。 何だろう。 まっ、うん。 頂きます。 美味しそうなパスタね。 さっきのスイーツといい、この何年かコンビニなんかに行く事がなかったけど 進化してるのねー」

「なに? お昼とかは社食なの?」

「社食なんてないわよ。 お弁当」

「毎日作ってるの?」 フォークでパスタをクルクルと巻いていた動作が止まった。

「うん。 って言っても前の日の残り物を詰めてるだけだけどね」

「っていう事は夕飯はちゃんと作ってるのね。 私なんて殆ど外食かコンビニよ」 

「あのね、外食をしたくてもコンビニに行きたくても お給料が少ないからそんな贅沢は出来ないだけなの。 スーパーで食材を買って適当に作ってるだけよ。 私が料理が好きじゃないの知ってるでしょ?」

「そうよね。 琴音も私も家の用事は苦手だもんね」

「ほら、喋ってないで文香も早く食べなさいよ。 それでなくても食べるのが遅いんだからパスタが冷めちゃうわよ」

「あ、うん」 途中で止まっていたクルクルと巻く動作を続け、ようやく口に運んだ時、文香が叫んだ。

「サラダから食べるんだったー! 太るー!」


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みち  ~道~  第213回

2015年06月23日 14時45分17秒 | 小説
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『みち』 ~道~  第213回



期末1週間前。

朝礼。 

「それじゃあ、最後になるけどみんな頑張って棚卸しを始めてくれ。 それと営業は最後の挨拶回りを頼んだぞ」 

「最後になるんですね」 一人がポツンと呟いた。

「そうだな・・・。 悪いな」

「あ、そういう意味で言ったんじゃありません」 

「ああ、いいんだ。 僕の力不足なんだから。 みんな悪いな」

「社長のせいじゃないですよ」 それを聞いた営業社員が

「そうですよ。 会長はいったい何をしてるんですか!」

「そう責めてやるなよ。 歳なんだから仕方がないと思ってやってくれないか?」

「この会社がこうなった理由の一つに会長の責任があるじゃないですか!」 

会長がまだ会社に来ていた頃、かかってきた電話を取り話の流れから丸秘を漏らし契約が流れてしまったり、相手に高圧的に出たりと相手を怒らせ取引先を減らしたことを言っているのだ。 

そんな事があると特に営業に全てがのしかかってくる。 その時の怒りが蘇ってきたのであろう。

それを聞いていた工場長が

「あの時は俺も取引先に色々言われて腹も立ったよ。 でも何年も前のことを今頃言っても何にもならないじゃないか。 お前達が社長の事を想っているんならこれ以上社長を困らすようなことを言うな」 静かな工場長の一言に社長は救われたが、それでも若い社員は納得がいかないようだ。

「悪いな。 でもな、会長は創業者だ。 こんな小さな会社だけど株式である以上、会長は総株主でもあるんだ。 会社って言う物はこんなもんなんだ。 お前達もこれから色んな所へ行くがサラリーマンである以上、何処に行っても上には逆らえないんだぞ。 俺は長いものに巻かれろとは言わん。 自分の正義を貫くのが一番だ。 だけどな、社会はそれだけじゃやっていけない所があるんだ」 若い社員達が一斉に下を向いた。

「じゃあ、棚卸し頑張ってくれ」 そう言い残し3階の事務所へ上がって行った。

琴音は社員が一番に入ってくると思っていたが、ドアが開いて振り向くと社長が入ってくるではないか。

「あ、お早うございます」 コーヒーを用意している手が止まった。

「お早うございます。 すみませんがコーヒー甘目にしてもらえますか?」

「はい・・・」 工場での朝礼に何かあったことを悟った。 用意してあったコーヒーに少し砂糖を加え

「どうぞ」 コーヒーを机に置いた。

「有難う。 あ、それと」 琴音の目をみて

「はい」

「今日から僕もですけど、営業が最後の挨拶回りに出てますから人手が足りないんです。 他のやつらが棚卸しを始めてますから 手が空いている時にでも手伝ってやってもらえますか?」

「はい」 精一杯の笑顔で返した。 


それから1週間は午後になると工場に入りびたりで棚卸しの手伝いをした。


「織倉さん椅子持ってて下さい」 「数を言いますから書いてください」 「そっち数えてもらえますか?」 「これ持っててください」 

そういう会話の時間があったからか社員達も今まで以上に慣れ、その内に琴音とすれ違いざまペンを持っていると琴音に「グサッ」 と言って琴音を刺す振りをしたりと 幼稚な事をやってのける社員達との時間が琴音にとってはとても楽しい時間となった。

そしてとうとう 棚卸しが終わった。 


期末最終日がやってきた。

朝、いつも通り誰よりも先に会社にやってきて事務所を見渡した。

「これで何もかもがお仕舞いなのね。 会社が動かなくなっちゃうのね」 大きく息を吐きそして雨の小屋根の絵を見て

「まだ今日はいつも通り・・・。 いつも有難う。 あと2ヶ月ほどだけどまだ毎日見させてね」 絵の中の霧のような雨は変わらず降っている。

琴音の仕事はこれから始まる。

「最後の期末業務・・・間違えないように終わらせなくちゃ」 そう言いながらも少し寂しい気持ちになった。



金曜日、和室で夕飯を食べていると携帯が鳴った。 文香からの着信音だ。

「あら? 文香だわ」 キッチンのテーブルに置きっぱなしにしてあった携帯を取り

「もしもし」

「こーとーちゃ~ん?」

「わ、なに? 酔ってるの?」

「酔ってなーい~。 只今、打ち上げ中~」 文香の声の後ろからは賑やかな声が聞こえる。

「打ち上げって?」

「仕事が一段落着いたの~」

「そう、良かったじゃない。 これで落ち着けるの?」

「うーん。 だから明日遊びに行くからね~。 じゃあね~」 一方的に携帯が切られた。

「何が酔ってないよ。 完全な酔っ払いじゃない。 明日って・・・私の予定も聞かずにどれだけ暇人だと思ってるのよ・・・まぁ、たしかに暇だけど」 携帯を閉じた。

この日はいつもなら正道の所へ行くが、正道が思わぬ仕事の依頼を受けたようで琴音とのことは休みになったのである。

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みち  ~道~  第212回

2015年06月19日 15時03分51秒 | 小説
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『みち』 ~道~  第212回




その疑問を解消しようと

「あの、さっき会話と仰いましたけど正道さんはお話が出来るんですか?」

「会話・・・分かりやすくそういいましたが・・・そうですな、言葉が聞こえてくるわけではないんです。 こちらが質問をするとそれに対する感情を教えてくれるんです。 その感情の表し方に特徴があるんですな。 
それを言葉として表すなら甘えた風だったり喧嘩腰であったりと個々それぞれにいろんな特徴があります」

「質問に答えてくれるんですか!?」

「琴音さんも出来るようになりますよ」

「以前、正道さんが 動物と会話をしたいけれどそれは無理かな。 って仰っていましたけどこの事ではないんですか? 
それによく考えたら、仔犬ちゃんと始めてあった時だったかしら・・・仔犬ちゃんから私に抱っこして欲しいというイメージが伝わってきたって仰っていたのも・・・」

「あははは。 よく覚えていらっしゃいますな。 
まず後の質問のイメージですが単純な事でしたらイメージは簡単に伝わってきます。 ちょっと集中すればすぐにそれを見る・・・感じる事が出来ますよ。 
次に最初の質問ですが、やはり込み入った事になりますと今琴音さんがしたように少々集中に時間を取ってしまうんですな。 
ですから私が動物と会話をしたいといったのは・・・つうと言えばかあ、とでも言いましょうか、それに近いものです。 その中で癒せる会話をしたい。 今の段階では直接的ではないといったら宜しいんでしょうかな? 
癒すための原因、事柄を動物から教えてもらってそれを私の中で判断してからの事になりますから、少々時間を取ってしまうんです。 その時間を取らないで会話をしたいという事なんです。 ですから今の私ではまだ出来ない事なんです」

「はぁ・・・」 気の抜けたような息だけが出た。

「どうしました? 答えになっていませんでしたかな?」

「いえ、そうではなくて・・・今までに想像もしなかったことですから」

「気が付いていないだけで多少なりとも皆さん経験しているんですよ。 ペットとだけではなくて人間同士ででもあるんですよ。 以心伝心もその内でしょうな」

「はぁ・・・」 

「あ、それと先程も言いましたが 今の琴音さんはそんな風に見えたようですが、色んな現れ方をしますからな。 先程見たものが全てと思わないように」

「他にどんな事があるんですか?」

「香りを感じることもあります。 ・・・例えば・・・何の食べ物が好きかと聞くと、苺であったのなら苺の映像が見えることもありますし、苺の香りがすることもあります」

「香りですか・・・」

「分かりやすい香りならいいんですが、これが私の知らない食べ物の香りですと困りものでしてな、これがさっき言いました少々時間を取るといった所なんですな」

「・・・あ、そういう事なんですね」

「それだけではありませんが、私の知らない事や想像も出来ないことを現してくれてもそれが何なのか判断に困りますからな。 性格がちょっときついと聞いた事より先に感情を直接ドンと現してもきますよ。 こんな事もこれから徐々に重ねていきましょう」

「はい」 未知の世界・・・自信は無い。 だが、知りたい。

「と言っても、草々には色んな動物もいませんから・・・ボチボチですかな?」

「はい」



翌日、正道から連絡があった。

正道が仔犬の今の状態を話すと、琴音の心配していた事と反対に皆が仔犬を心配して是非とも琴音の実家に引き取って欲しいとのことであった。
ただ、琴音が来る時には連れてきて欲しいという事である。
それを聞いてすぐに実家に連絡を入れ 翌週、琴音が正道との勉強を終え、仔犬を実家へ連れて帰ると両親とも大喜びだった。



内線が鳴った。

「はい、織倉です」

「悪いけどコーヒーを2つ、砂糖抜きで持ってきてくれないか?」 工場長だ。 

すぐにお盆にコーヒーを乗せて持って下りるとそこに武藤がいた。

「おっ、久しぶりですね。 有難うございます」 お盆からコーヒーを一つ取った。 もう一つを座っていた工場長の机に置くと

「悪いね。 冷たい缶コーヒーを飲んでればいいのに、温かいのが欲しいなんて贅沢をこいつが言うもんでね」

「何で寒い時に冷たいコーヒーを飲まなきゃいけないんですか。 ちょっとくらいいいですよね?」 琴音を見て言った。

「はい」 笑いながら答えた。 

「工場長だって身体が温まっていいでしょう? 歳なんだから冷やしちゃ駄目なんですよ」

「要らない事を言ってんじゃないよ」 そして琴音のほうを見て

「織倉さん、社長の話し断ったんだってね」

「はい。 ・・・社長何か言ってらっしゃいましたか?」 

「織倉さんの言ってるところが本当に大丈夫なのか心配してたよ」

「そうですか・・・その、お断りした事で社長にご迷惑はかかっていないでしょうか?」

「ああ、そんな事はないよ。 全然気にする事じゃない。 織倉さんはあんまり知らないだろうけど社長って顔が広いから簡単に見つけて来る
んだよ」 すると武藤が間に入って

「織倉さんは社長のプライベートを知らないの?」

「え? プライベートですか? 全く知りませんけど何かされているんですか?」

「趣味がすごいんですよ」

「趣味ですか?」

「そう。 マリンスポーツ。 その趣味であちこちに顔が利くんですよ」 すると今度は工場長が間に入って

「若い頃からやってたからその時の知り合いが今では偉いさんになってたり、独立して会社を構えたりしててね。 信じられないだろうけど、僕らにとっては雲の上の人まで知り合いなんだよ。 ほら、最後の仕事にファイナルさんの仕事があったのを覚えてる?」

「はい」

「あの仕事も・・・勿論うちの営業も頑張ったんだけどね、最後の一押しっていうのが、社長の趣味の知り合いがファイナルさんの営業部長だったから、そこから後押しがあったって事なんだよ」

「そうだったんですか?!」

「それも面白い事に、お互い今まで全然知らなかったって言う話でね。 あの仕事の時にうちの営業が社長の事を話したら あれあれ? っていう事になったらしいよ」 そこで今度は武藤が

「社長ってプライベートで会社の事は話さないらしいから・・・っていうか肩書きが社長ってことも言ってないらしいですよ」

「そうなんですか?」 すると今度は工場長が

「そう、だからその知り合いの関係で織倉さんを行かせようと思ってたから気にしなくていいんだよ。 友達に話すくらいのものだから。 それより問題は他のやつら」

「え? 皆さんですか?」

「そう。 他のやつらはどうしても腕を活かさせようと会社の関係で口を利いてきているからね。 いくら社長の顔が利くって言っても、その周りが機械屋ばかりじゃないだろうしね。 下げたくない頭も下げてきてるんだよ。 それなのにまだ決めてない奴もいるんだから困ったもんだよ」 コーヒーを飲みながら聞いていた武藤が

「僕みたいにみんな独立すればいいのに」 サラッと言った。

「そんなに簡単に行くわけないだろ。 それにお前ももう厳しくなってきてるんじゃないのか? その上、うちが閉鎖ってなったら身動きとれなくなってくるだろう」

「確かにそれは厳しいんですけどね、何とかなるでしょう?」 最後の一口を飲み干した。

「こいつはここに居た時から楽天家なんだよ」 琴音を見て工場長がイヤミをこめて言うと

「悩んでも何も生まれませんからね。 工場長、コーヒー冷めますよ」

「俺は猫舌だ」 そう言い、そして琴音のほうを見て

「織倉さんがこれから行く先は大丈夫なんだね?」 改めて聞いた。

「はい、とても信用の出来る方です」

「そうか。 それじゃあ、僕から社長にそう言っておくよ。 あ、織倉さん有難う。 コーヒーカップはあとで持って上がるよ」 空になった武藤のコーヒーカップだけを事務所に持って上がった。 

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みち  ~道~  第211回

2015年06月16日 23時27分58秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第211回




週末、前日まで社長に申し訳ない思いでなかなか寝られなかった。 結果、寝坊をしてしまい実家に寄ることなく正道の元へ車を走らせた。 

寝坊といっても実家で過ごす時間が取れないという事だけで、正道との時間には充分に間に合う時間だ。

敷地には既に正道の車があった。 

「お早うございます」 プレハブに入るとすぐに正道が仔犬を抱いている姿が目に入った。

「お早うございます。 お早いですね」

「寝坊をしてしまったので実家に寄らずに来ました。 あの、仔犬ちゃんどうかしたんですか?」

「この1週間私も来られなかったのですが、今日来てみると仔犬の元気が無いんです」 正道の言葉を聞いて

「やだ、どうしたの? どこか痛いの?」 正道が抱いている仔犬を見て言うと

「琴音さんのご両親様をまだ探しているようなんです」 その言葉を聞いて思わず

「えっ?」 そう言ってしまった。

「ずっとご両親様を探していたのでしょうな」

「この1週間ずっとですか?」

「おそらくそうでしょうな。 どれだけご両親様が大切に愛してくださったのかがよく分かります」 ただ両親が猫可愛がりしていただけ・・・一瞬琴音の頭にそうよぎったが、そうではなかったのだろうか。 それだけではなかったのだろうか。

まだ何も分からない自分に少し地団太を踏む思いだ。

「仔犬は母犬と引き裂かれ、飼い主に捨てられどれだけ悲しい想いをしたか。 ・・・その上、今仔犬が必要としているご両親様にすら抱いてもらえない。 胸に突き刺さります」

「両親が甘やかし過ぎたのかもしれません」 心の片隅にあった言葉。

「愛してくださったのでしょう。 でも今はご両親様との時間の内容がどうだったのかは置いておいて 今、仔犬はご両親様を求めていますからな・・・先週、琴音さんが帰られてから工事の方と話をしたんですが、やはり誰も引き取る事ができないようです」

「はい」 琴音が嬉しく思う気持ちを抑えて返事をした。

「ですが工事の間は仔犬を見ていたいと仰っているのですが・・・それでは人の勝手であまりにも仔犬が可哀想ですからな」 是とも否とも言えない。 

何の返事も出来ない。

「工事の方には話をして納得してもらいます。 ご両親様はいつでも受け入れてもらえますかな?」

「はい」 遠慮気味に答えた。

「ではあと1週間、仔犬には可哀想ですが我慢をしてもらって 来週、ここへ来た後にご実家に連れて帰っていただけますかな?」

「はい・・・でも、工事の方は納得してくださるでしょうか? それに工事の方も寂しいのでは・・・」

「琴音さん、琴音さんは今から何をしようとしているのですか?」

「え?」

「動物達の痛みや悲しみを取る事をしていくのでしょう?」

「はい・・・」

「動物にしてあげられる事は何でもしていかなくてはなりません。 ましてやこの仔は捨てられた、引き裂かれたと言う悲しみは持っていますが、虐待を受けたわけではありません。 
虐待を受けた仔はそれはそれは大変です。 まだこの仔は簡単じゃありませんか。 工事の方に嫌われる様なことを言っても自分が嫌われるだけで、納得をしてもらうように話すだけでいいんですから。 
ただそれをするだけでこの仔が温かい場所に帰る事が出来るんですよ」 最初は諭すように話していたが最後には優しい顔に変わっていた。

「はい」 正道の言葉を心に刻むように胸に大切にしまい返事をした。

「仔犬には私からちゃんと説明しておきますから少しはこの1週間も我慢してくれるでしょう」

「仔犬ちゃんに話す・・・ですか?」

「心で話せば通じますよ。 勿論、琴音さんもね」

「私も・・・出来るでしょうか・・・」 いつかはそうなりたい。 でも、自信がない。

「勿論です。 ・・・あっと、琴音さん仔犬を抱いてあげてくださいますか?」 仔犬がもぞもぞと動き出したのだ。

「仔犬が私より琴音さんに抱っこをして欲しがっていますよ」

「え? 私ですか?」 差し出された仔犬を抱くと

「そのまま椅子に座って・・・」 琴音が座りやすいように正道が琴音の後ろに椅子を置いた。

「宜しいですか、そのまま深く呼吸をして心をリラックスさせてください」 言われるがままに仔犬を抱っこしたまま深呼吸を始めた。 

何度か繰り返していると

「どうです? 落ち着きましたか?」

「はい」

「それでは今度は力まずに仔犬をじっと見て集中してください。 いいですか力んでは駄目ですよ」 そしてタイミングを見計らった正道が

「目を閉じて・・・」 言われるがまま琴音が目を閉じた。 

少しすると目を閉じている琴音の顔に軽く笑みがうまれた。 それを見た正道が何かを納得したように琴音に背を向け腕時計を見た。 

9時20分。

次に正道が時計を見ると9時30分。 10分が経った。 正道が琴音のほうを向き

「琴音さん」 小さな優しい声で琴音を呼び

「そろそろ仔犬と別れてゆっくりと目を開けてください」 その言葉を聞き琴音が目を開けた。

「どうでした?」

「これはどういう事でしょうか・・・」 驚いたような嬉しいような顔をしている。

「仔犬と会話ができましたか?」

「会話は出来ませんでしたけど・・・あの、何が起きたんですか?」

「琴音さんの中で起こったことは私には分かりませんから、説明していただけると補足は出来ますよ」 正道が微笑んでいる。

「あ・・・そうですね。 えっと・・・」 今あったことを思い出すように本のページを最初に戻すかのように記憶を辿る。

「目を瞑って・・・目を瞑ったら目の前は白かったんですけど、その白が急に眩しいほどに光輝きだしたんです。 そしたらその輝きの中から仔犬ちゃんが出てきて・・・」 琴音の顔に笑みがうまれた時だ。

「はい」 正道が相打ちを打つ。

「それで気付くと背景が実家になってたんです。 その後はずっと両親の姿が・・・正道さんが声をかけてくださるまでずっと仔犬ちゃんが両親と遊んでいたような感じでした。 
あ、時々父とお散歩しているような姿も見えました。 仔犬ちゃんが一緒かどうかは見えなかったんですけど、でも仔犬ちゃんと父のお散歩って分かりました。 
あら? どうしてかしら、父とのお散歩姿なんて見たことは無いのに・・・それに何かおかしいです・・・何がおかしいのかしら・・・」

「そうですか。 そんな見え方をしましたか。 それが仔犬の今の心の中なんですよ」 そう言われて納得がいった。

「両親と過ごした時間を仔犬ちゃんは覚えているんですね。 またあんな風に過ごしたいと思っているんですね」

「そうです。 今、琴音さんは深い所で仔犬と繋がって仔犬の心を知る事ができたんですよ」

「でもハッキリと仔犬ちゃんと両親が遊んでいる所が見えたわけじゃないんです・・・仔犬ちゃんの姿は見えなかったんですけど、そんな感じがするって言うんでしょうか・・・それに両親の見え方もいつも私が見る両親とちょっと違うって言うか・・・」

「・・・多分、仔犬の目線で見たのでしょう。 仔犬が見たままを琴音さんが見たんでしょう」

「え?」 驚いた顔の琴音に笑顔で答える正道。

「そんな事って・・・あ、でも・・・」 思い返してみる。

そう言われれば、最初に仔犬の姿を見たがそれ以降姿を見ていない。 いつも見上げるような目線。 両親がこちらを見て微笑む顔。 

見えた全てが仔犬目線だ。

「そんな感じでした・・・でもそんな事って・・・私が勝手に作った創作ではないんですか?」 誰もが陥る落とし穴。

「最初は皆さんそう思うんです。 どこまでが自分の想像でどこからが相手の想いなのか、全てが自分の勝手な想像なのか。 自信が持てないんですな。 ですが、琴音さんの知らないお父様とのお散歩姿も仔犬目線で感じたでしょう?」

「はい。 そうなんですけど・・・冷静になればなるほど疑ってしまいます。 私がそう思い込んでいたんじゃないかなって。 父とのお散歩も私が想像しただけなのかなって」

「これは回数を重ねなければ自信に繋がりません。 それと同時に色んな現れ方をしますからな。 これからはここで毎回するようにしましょうかな」

「はい。 自信を付けたいです。 今見たことが仔犬ちゃんの想いだという確信がほしいです」 今までの琴音には無いハッキリとした口調で言った。 

「はい。 いいですな。 とても真直ぐな目ですよ」 正道の言葉を聞いて少し照れたが琴音の中では一つの疑問が浮かんでいた。

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みち  ~道~  第210回

2015年06月12日 14時42分57秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第210回



一人一人は皆心優しい性格ではある。 それは分かっているが、やはり仕事がなくなってくると社員同士でどことなくギスギスした所も出てきていた。 

仕事が全く無いわけではない。 小さな注文であってもそれを受けた担当は伝票を発行したり、部品の発送もある。 注文数が多ければ数の確認もある。 

一日の仕事のほんの僅かな時間なのに、そんな時に一人バタバタとしているのに他の者はPCで遊んでいる。 日が変われば皆が逆の立場になるのに、その時は自分だけが被害者意識になってしまう。

「なんだよ、あいつら。 遊んでばっかりして」

現場では修理依頼が送られてくるとそれを得意とする者が修理をする。 時間があるというのに他の者は手伝わない。 それどころか、廃材で遊んでいる始末だ。

「ちっ、遊ぶんだったら俺の見えないところで遊べよ」

そして工場の人間と事務所の人間との間には見えない一線が出来てしまっていた。

「事務所、ここのところ社長が居ないから堂々とPCで遊んでるみたいだぜ。 こっちは工場長の目があるし、PCも無いっていうのになー」 

「現場、廃材で遊んでばっかしてんだぜ。 工場長も甘いんだよ」 誰も自分のことは棚に上げる。


ほんの少しではあるが、琴音に愚痴るように言って来た者も居る。 琴音に言わなくとも耳に入ることもある。 

琴音はそれを思い浮かべていたのだが、実際は琴音が聞いた以上に皆の不服があった。 琴音の耳に届かなくとも不服や妬む気が事務所や工場に渦巻いていた。 

それを知らぬ間に取り込んでしまっていたのだ。



「無心、無欲は必要ですが・・・必要というのも正しくはありませんがな。 心配事、不安は不必要なんですよ。 目には見えないところで影響が出ているんです」

「見えるものが全てではないんですね」

「そうです。 紫外線も目に見えないのにその影響が日焼けとなって現れるでしょ。 見えないエネルギーの漏れも影響して体調不良や内蔵に現れてくるんです。 あ、お話を逸らせてしまいましたな。 それで?」

「はい。 社長が次のところを紹介すると言って下さっているんですが」

「はい」

「凄く迷っていたんです。 まだこちらに来られるほど何も出来ていないから自信もなくて」

「そんな事はないですよ」 静かに一言だけいい、琴音の次の言葉を待った。

「でも、あのビジョンがここの基礎だとわかって考えたんです。 どうしてあのタイミングで見さされたのか。 会社の閉鎖が決まってからこの先どうしようかと思いながらも 正道さんにお世話になるにはまだまだ自信がありません。 そんなことを色々考えていた時だったんです」

「はい」

「でも今すぐでなく、もっと自信が持ててから正道さんにお世話になるなら 基礎の部分なんて分からない所を見せる必要がないと思ったんです。 もっと分かりやすい所でよかったと思うんです」

「はい」 正道の口角が少し緩んだ。

「でも基礎という事は2つを意味していて、きちんと基礎を学ぶという事。 そしてお世話になるのは途中からではなくて最初からという事なのかなって」

「そう言っていただけるとうれしいですな」 あくまでも静かな声だ。 だが表情は緩い。

「半人前にもならない私なのにご迷惑じゃないですか?」

「なにを仰っているんですか、充分です。 琴音さんはご自分の意識無くご自分のチャクラの調整もされていたんですよ。 今までほんの数回私の話を聞いただけで、そこまで理解しているんですよ。 それも無意識に。 迷惑だなんて思ってもいません。 仰って頂いて嬉しい限りです。 それに自信をお持ちなさい。 自信の無さからくるのは不安。 不安というのは恐怖の一つなんですよ。 そんなものは必要ありませんですよ。 今の会社を精一杯勤め上げた後はこちらへいらして下さい」 正道の言葉を聞いてただ頷くだけだった。

「さぁ、私もやり甲斐が出てきました。 これからは積極的にこちらを勧めていきましょうかな」 今までと違い、一際大きな声だ。 

それを聞いて顔がほころぶ琴音。

「では、今日は何をお伝えしましょうかなぁ・・・」 いつも何の予定も立てていない。  その時の琴音に必要なことを教えているのだ。



月曜日

会社でチラチラと社長の様子を見ていた。 するとその内、社長と目が合い

「何? 織倉さんさっきから何?」 “あ”という顔になってしまったが、社長と話すチャンスを伺っていたのだから丁度いい。

「あの・・・社長 今、お時間宜しいですか?」

「うん、いいよ。 なに?」 社長の席まで行き小声で

「今後の事で・・・」

「ああ、じゃあ応接室に行こうか」 そう言って引き出しからクリアファイルを持って立ち上がった。

応接室に入りソファーに座るとすぐに琴音が口を開いた。

「社長、せっかくのお話を頂いたんですけど」 ここまで言うと

「え? なに? 織倉さん自身でどこか探したの?」 持っていたクリアファイルをテーブルに置いた。

「知人から紹介をしていただいて」

「そこは信用できる所なの?」 琴音を心配しての言葉だ。

「はい」

「そうか・・・その知人の紹介もいいだろうけど、一度僕のほうも検討してもらえないか?」 クリアファイルから会社案内を出して

「ここなんだけど条件もいい、信用も出来る。 何よりここみたいに閉鎖なんてことは無いからずっと働いていけるんだよ。 一度家に持ち帰って考えてみないか?」 立派な会社のようだ。 

だが、今ハッキリ言わなければグズグズしていると余計に迷惑がかかると思い腹を括って言い切った。

「せっかく社長が探してきて下さったのに申し訳ないのですが、知人の紹介の方でやっていきたいと思っています」 

「そうか・・・」

「あの・・・すみません」

「何言ってるの、謝らなくていいんだよ。 織倉さんがやりたいようにすればいいんだから」

「はい。 有難うございます」

「それじゃあ、残念だけどここの話しは無かったっていう事だな。 結構いい条件だったんだよ」 わざとおどける様に言ったが返事に困る琴音であった。

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みち  ~道~  第209回

2015年06月09日 14時31分57秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第209回



「グラウディングはしていましたかな?」 

「はい、毎日ではありませんが」

「お仕事もありますからな、毎日はしなくてもよろしいですよ。 週に1回くらいで充分です。 それと・・・前にも聞きましたがそれ以降も何か変わった事がありませんでしたかな?」

「変わった事ですか? ・・・心当たりはありませんが」

「そうですか・・・」 おかしいな・・・とでも思ったような顔がチラッと見えた。

「何か?」

「いえ、無ければそれで宜しいですよ。 そうですね、お風呂に入った時にゆっくりと浸かって雑念を消す練習をしていけば宜しいかと思いますよ」

「お風呂ですか?」

「はい。 何もかも忘れて湯に身体を預けてリラックスするんです。 どうしても服を着ていると身体に当たっているどこかが気になったりも致しますでしょ」

「あ!」 お風呂と言われて思い出し、つい大きな声が出てしまった。

「おお、どうしましたか?」 驚いて目を丸くする。

「あ、すみません大きな声を出して」

「宜しいですよ、どうしました?」

「これもお聞きしようと思っていたのに忘れる所でした。 それに変わった事がありました」

「ほう、どういったことですか?」 少し前のめりになった。

「お風呂に入っている時に、ビジョンって言うかそんな物が見えたんです」 風呂で目を瞑っている時に見たポンプのような物。 そこから水が漏れているのを見た時のことだ。

「はい」 いったいどんな事を琴音がどう受け取ったのか、理解したのかと琴音を真っ直ぐに見る。

その正道の目にその時に見えたビジョンの事細かなことや、琴音がした質問のことを話した。 
それを聞く正道にはいつものように声に出して相槌を打つ様子がない。 コクリと小さく頷く程度の相槌だ。 

話が終わると前のめりになっていた身体を起こし、大きく息をついた。

「素晴らしいですな。 良くこの短期間で・・・」 琴音に話しかけているようではなく、まるで独り言の様に言った。

「私の理解の仕方はあっているんでしょうか?」 琴音の質問に一息置いて答える。

「私が昨年の最後の日に言った事を覚えていらっしゃいますかな? ちょっと気になる事がありますが、琴音さんが気付く事が必要だと言った事を」

「覚えています。 ・・・このことだったんですか?」

「そうです。 数ヶ月前から琴音さんのチャクラから少しづつエネルギーが漏れているのが見えていたんですが、段々とそれが多くなってきていましたから 身の周りで何かあったのかと気になっておりましてな。 ですが今日はそれが以前ほど見えないんですが・・・何か心当たりは?」

「それを知ってからは、お風呂に入った時にチャクラの位置に手を当てるようにしたんですけど、それくらいで・・・」 他に何かしたかと思い出すように考えるが思い当たらない。 

しかし、正道がそれを聞いて驚いた顔をし、そして一息のみ

「もう、充分ご自分の道を歩かれていますよ。 これからもそうやって色んなヒントを与えて下さいます」 

「与えて下さるですか?」

「はい。 守護霊様や、琴音さんを陰で見守ってくださっている方々です」

「陰で見守って・・・そう言えば」

「はい?」

「更紗さんと初めて会ったときに お陰様のことを教えてもらっていました。 その時は何のことか分からなくてただ溜息しか出なかったんですけど・・・」

「ほほぉー、更紗さんもなかなかやりますな。 今はどうですかな?」

「何となく分かります」

「それは宜しい事ですな」 

「あの、さっき方々って?」

「はい、そうですよ」

「お陰様ってお一人じゃないんですか?」

「はい。 沢山の方々が見守ってくださっていますよ。 人それぞれですが琴音さんには・・・」 座っている琴音の頭の上に目をやり、次に横に目を移した。 

眉が微かにピクリと動いた。 正道がそんな表情をするのは珍しい事だ。 しかし、すぐに口元が軽く緩んだ。 そして琴音に分からないように、まるで答えるかのように会釈をした。 他の事が気になっていた琴音は全く気付く様子が無い。

「あ、いけませんな、何も見ないといいましたのに。 必要であれば琴音さんご自身で分かりますでしょう」 その言葉にコクリと頷き、間を置いて琴音が話し出した。

「あの・・・」

「はい? どうしました?」

「さっきの続きがあって」

「というのは?」

「色を見させてもらった後に もう1つビジョンが見えたんです」

「ほう、いったい何が見えましたかな?」

「その時はセメントで出来た壁のようなものと思っていました」

「壁・・・ですか?」 何のことだろうかと考える。

「はい。 どこかで見たことがある壁だとは思っていたんです。 でもそれが何処だか思い出せなかったんですが 年始、ここで正道さんとお逢いした時 仔犬ちゃんが走ったのを私が追いかけた時がありましたでしょ?」

「ああ、はい。 仔犬のオモチャが落ちていた時ですな」

「はい。 その時・・・仔犬ちゃんを抱き上げようとした時にその壁を見たんです。 正確には壁では無くて、建物の基礎部分のセメントだったんです」

「おお、ここの建物を見たんですか。 ああ、あの基礎部分ですな。 ・・・ですが建物の基礎部分のセメントとはどうしてでしょうなぁ」

「あの・・・実は」 

「はい」

「私が行っている今の会社なんですけど 3月で閉鎖になるんです」

「え?」 思ってもいない言葉についウッカリ声を出してしまった。

「実質仕事は事務処理が残っていて3月で終わるわけではないんですが、12月に閉鎖が決まりました」

「そうですか。 この不況ですからな何処も苦しいと思います。 そうですか、エネルギーが漏れていたのは会社での出来事があったんでしょうな」

「そんな事で漏れる物なんですか?」

「そうですよ。 それに決まる前から色んな心配事がありましたでしょう?」

「はい。 ありました」 思い出すように視線が下がる。

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みち  ~道~  第208回

2015年06月05日 14時50分58秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第208回



正道の元に着くと既に正道の車が停まっていた。

「あ、正道さんもういらしてるんだわ」 車を停め、まずはキャリーを出しプレハブに入った。

「お早うございます」 琴音の声に立って手帳を見ていた正道が振り返った。

「お早うございます。 仔犬がお世話になりました」 手帳を机に置き、琴音のほうに歩み寄る。

「とんでもないです。 両親共に毎日が楽しかったみたいでアニマルヒーリングの凄さを目の当たりにしました」 そう言い、キャリーを下に降ろした。

「そうですな。 動物の癒しの力は真似できませんですな」 琴音がキャリーを開けて仔犬を正道に手渡した。

「おお、元気にしていましたか? ぅん?」 仔犬の様子に気付く。

「あ、お預かりした袋を取ってきます」 そう言ってプレハブを出て車においてあった袋を2つ持ち、またプレハブに戻った。 

それを見た正道が

「あら? 2つですか?」 とキョトンとした顔をしている。

「こちらがお預かりしていた方で、こちらは両親が色々と・・・」 

「はい、なんでしょうかな?」 仔犬を下に下ろして袋を受け取り中を見た。

「あら?」 袋から服を一枚出し

「これはいったい?」 服やリードを次々に出してテーブルに置いた。

「服は風邪をひくからと母が編みました。 リードは父が・・・その・・・歪んでるんですけど」

「これは帯締めじゃないんですか?」

「帯締めを作ってリードにしてお散歩していたみたいなんです」

「ちゃんとナスカンも付けられて・・・素晴らしいですな。 それにこの編み物も」 テーブルに並べられた服とリードをまじまじと見ている。

「このまま使ってもらえたらと思ってるんですけど」

「有難い事です」 しみじみと言いそして

「仔犬はこの1ヶ月、とても可愛がって頂いていたんですな。 それでご両親様を探していたんですな」

「え? 仔犬ちゃんが両親を探しているんですか? でもキョロキョロしているようには見えないんですが」

「心で探しているんですよ。 寂しがっていますなぁ。 ・・・もしかしたら今日、ご両親は悲しまれたんではないですか?」 その言葉に言ってはいけないと思いながら

「引き取りたいとまで言ってましたが、それは駄目な話といってきました」

「そうですか」 少し考えて

「工事の方々もいつもやってくると仔犬がいたのに この数日はやってきても仔犬がいなくて寂しかったようなんですが・・・」 その言葉を聞いてそこまで考えていなかった自分の浅はかさに気付いた。

「あ、そうですよね。 工事の方々のことをぜんぜん考えなくてずっと預かってしまっていました。 申し訳ないことをしました」

「いえ、それはいいんですよ。 でもね、工事の方々もこれが終わればそれでお終いですからなぁ。 引き取り手があるのか一度工事の方に聞いてみましょうか」 思わぬ話の展開に驚いたが

「もし工事の方の誰も引き取られない時には、実家で引き取らせていただけるんでしょうか?」 グイグイとは聞けない。 あくまでも遠慮がちに聞いた。

「はい。 もしもですがな。 これだけ愛されていればお渡しするにも何の心配もありませんからな」

「有難うございます」

「いや、まだ聞いていませんから、もしも話ですからまだ期待はしないでいてください」

「はい」 

「では、始めましょうか」 服やリードを袋に入れ、琴音に椅子に座るよう促した。

「はい」 返事をし椅子に座った途端

「あ!」 琴音の声が口から漏れた。

「どうしましたかな?」 正道も椅子に座りながら聞くと

「忘れないうちにお聞きしたいことがあるんですが宜しいですか?」 

「はい、何でしょうか?」

「車を運転していた時に考え事をしていたんです。 そしたら頭に閃いたって言うのかしら・・・それを解決するような言葉が浮かんだって言ったらいいんでしょうか、声が聞こえたという感じではないんですけど・・・あ、あの日です。 グラウディングを教えていただいた日の帰りです」

「ほう、そうですか」 思い当たるところがあるといった感じだ。 

「あれはいったい?」

「人によって色んな言い方をするようですが、その呼び方の理解の仕方で色々ですな」

「・・・それは?」

「よく言われるのが ハイアーセルフや守護霊ですかな」

「あれがですか?」

「琴音さんがどういう理解をしているかで その呼び方ではないかも知れませんがな」

「でもどうして急に」

「琴音さん、その時にリラックスしていませんでしたか?」

「車を運転していましたからリラックスとは・・・でもそうですね。 考え事はしていましたけど、そんなに考え込んでいるわけではありませんでしたし、ぼぉーっと考えていた・・・考えていたうちにも入らないくらいでしょうか」

「そうですか」

「リラックスをしているとそんな風に聞こえるんですか? あ、聞こえるじゃなくて・・・」

「そういう方が多いですよ。 でもね、雑念が無いという方が当てはまると思います」

「雑念・・・ですか?」

「そうです。 分かりやすい所で言えば、以前お話を聞かせて下さった愛宕山で聞こえた声がありましたでしょ?」

「『登りなさい』って聞こえた声の事ですか?」

「そうです。 その時はただひたすら歩いていたんですよね?」

「はい」 その時のことを思い出しながら

「あ、そうです。 自分の息しか聞こえていませんでした。 誰かが挨拶をしてくれても段々と挨拶を返すのも疲れるほどで もう疲れて山を下りようと思った時に聞こえたんです」

「琴音さんの無心、無欲の声に答えて下さったんですよ」

「あの時に雑念は無かったです・・・それに何かを答えて欲しいという期待も無かったです」

「それが無欲の心なんですよ」 正道の口元がほころぶ。

「・・・無欲」 目線が下がり、小さな声で一言いうと続けて

「そう思えば日頃、雑念ばかりです。 それに私が何かを言えばどこかで答えて欲しい言葉を期待しているかもしれません」 目線を正道に戻した。

「極端になるとですね その期待する答えが返ってこなければ、その相手を否定するという事もあります」

「否定ですか?」

「そうです。 ご本人はそんなつもりは無いんですよ。 でも、どうしてあんなことを言うのか、あんな言い方をするのかって、よくある話です。 自分の思うように相手が答えてくれなければそう思ってしまうんですな。 人それぞれみんな違うんですから。 期待していた答えと正反対の答えを返してきても、相手様の言葉を素直に受け取る。 それが大切ですな。 無欲の心。 有りのままの自分らしく生きるという事でもありますかな。 そうすればハイアーセルフとも守護霊様とも繋がりやすくなります」

「和尚のお話で『貴方らしく生きていればその方々の声がきっと聞こえますよ』 と仰いましたが、そのお話と同じ事なんですね」

「あら? 和尚がそんな事を言っておられましたか」

「はい。 でも期待をどこかでしてしまっていますし、私らしく生きるという事も難しいです。 それにどちらかというと人一倍、雑念ばかりです」

「わははは、そんなに雑念があるのですか?」

「要らない事ばかり考えています」

「そうですか。 でもそれも段々と少なくなっていきますよ」 ニコリと微笑んだ。

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みち  ~道~  第207回

2015年06月02日 23時18分15秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第207回




1月も終わり2月に入った。

正道から連絡があり今週からはじめようかというものだった。



そして週末、早朝家を出た。 
高速道路は雪も無く全く何の支障も無く運転ができた。 高速を下りると電話を入れておいた実家に向かった。

実家に着くと母親が仔犬を抱いて迎えに出てきた。 エンジンを止め車を降りた。

「琴ちゃんお帰り」

「ただいま」 そして抱かれている仔犬を見て

「あら? この服、お母さんが編んだの?」 暖かそうな服を着ている。

「似合うでしょ? まだいっぱいあるのよ」 

「仔犬ちゃんよかったですねー。 どうだった? 元気にしてましたかぁ?」 仔犬の両頬を優しく包み込んだ。

「ゆっくりできるんでしょ?」

「2時間ほどだけど」 二人で歩き始めた。

「2時間で仔犬ちゃんとさよならしなくちゃいけないの?」 母親が足を止め、驚いたように琴音を見た。

今日、正道の元に仔犬を返すのだ。

「お母さん、それってどういう意味よ。 仔犬ちゃんとの時間の事で私じゃないわけね」 あ! と思った母親。

「おー、恐い恐い。 恐い鬼さんが来ましたねー。 お風邪をひいちゃ駄目だからもうお家に入りましょうねー。 鬼さんも早く入りなさい」 そう言って仔犬を抱いたまま走って家の中に入って行った。

「ああ、ここまでハマルとは思って無かったわ。 予定外もいいところだわ」 仔犬を正道の元へ戻した時に元気をなくすのではないだろうかと心配になってきた。

家に入ると父親が立ったまま新聞を読んでいる。

「お父さん、ただいま・・・って、どうして立ったまま新聞を読んでるの?」

「ああ、お帰り。 座って新聞を広げると仔犬が喜んで新聞をグチャグチャにしにくるからな」

「あらそうなの? そんなにお転婆さんになったの?」 どうしても新聞を噛みたいのか父親の足元でピョンピョンと新聞をねだる仔犬に話しかけた。 そして抱き上げ

「今日でここともバイバイだからね」 琴音がそう言うと

「向こうへ連れて行って誰かが飼うのか?」 父親が新聞を畳みながら琴音に聞いた。

「分からないわ。 でも拾ってきたのが工事の人だからこっちから何も言えないでしょ?」

「だけど夜も一人で寝てるんだろ? それにこの仔は寒がりだから風邪でもひいたらどうするんだ?」 母親がお盆にお茶とお菓子を乗せて来た。

「うちで引き取りは出来ないの?」

「それは・・・私から正道さんには言えないわ。 でももし工事の人が引取りが出来ないんだったら その時にはお父さんもお母さんもその気で居てくれている事は話しておくわ」

「それはいつなの?」

「そんな事は分からないけど・・・工事もいつまでもあるわけじゃないだろうし・・・ね、それよりこの前来たときに言ってたじゃない。 お父さんとお母さんでお出掛けしたらって、美味しいものいっぱい食べて旅行にでも行ったらどう?」 今にもペットロスになりそうな両親が心配だ。 

その気持ちを父親が察したのか

「そうだな。 元々うちの仔じゃなかったんだから この数日間を有難いと思わなくっちゃな」 その言葉を聞いて母親が眉を垂れた。

「そんな、お父さんは仔犬ちゃんが居なくなっても平気なんですか?」

「お母さん、琴音の立場も考えてやれ。 それにもしかしたらまた仔犬が来てくれるかもしれないだろ。 そうなったら何処へも行けなくなるんだから 今のうちにどこか旅行でも行こう」 そしてまた新聞を広げだしたが、それを見ていた仔犬が琴音の手からすかさず下りて 広げられた新聞の端を噛もうとした。

「これ、仔犬ちゃん駄目でしょ。 お腹イタタになるでしょ」 母親が仔犬を抱き上げ

「仔犬ちゃん、ちゃんとここに帰ってくるのよ」 仔犬をギュッと抱きしめた。

それを見ていた琴音は切なさでいっぱいになった。

時間は過ぎ、家を出なくてはならなくなった。

「そろそろ行くわ」

「ああ、そうか。 それじゃあ」 父親が立ち上がり、隣の部屋に置いてあった荷物をまとめた袋を琴音に渡した。

中を見てみると仔犬の着替えとリードが沢山入っていた。

「これは?」 

「仔犬の服をお母さんが全部編んだんだ」 それを聞いていた母親が

「その紐はお父さんが作ったのよ」 紐とはリードの事だ。

「作ったって? リードを? お父さんが!?」 呆気にとられたような顔で父親を見ると

「なんて顔してるんだよ」

「だって、どうやって?」

「前に言ってただろ。 ほら、所作を教えている所の経理を見てたって」

「ああ、言ってたわね。 でもそれがどうして?」 出してみると着物の帯締めのようだ。

「そこで所作も教えてもらったけどな、帯締めの作り方も教えてもらってたんだよ」

「帯締めの作り方?」

「ああ。 所作って言っても和服での事だからな。 帯締めなんかはみんな自分で作ってたんだよ」

「そんなに簡単に出来る物なの?」 リードを持ってよく見ると歪んでいる。

「あ、簡単じゃないのね」

「そりゃそうだよ。 もう何年も前に教えてもらって思い出しながらだったんだからな」 作った事への照れ隠しなのか、歪んだ事への照れ隠しなのか、堂々と答えてはいるが目が泳いでいる。

「ほら、琴ちゃんが帰っているときに 夜中にお父さんが物置に行ってガサガサしてたじゃない」

「ああ・・・あの時が何なの?」

「物置でその帯締めを作る道具を探してたのよ。 明るい時にすればいいのにね」

「道具なんているの?」

「そんな大袈裟な物じゃないよ。 古くなったのを貰ってたのを思い出してな。 たしか物置に入れっぱなしと思って探したら出てきたんだよ」

「でもよく考えたわね。 帯締めをリードにするなんて そんな発想無かったわ」

「大きな犬なら駄目だろうけどな、仔犬くらいなら充分だろ」

「それにしても何本作ったのよ・・・お母さんも何枚編んでるの」 袋の中を覗く。

「仔犬ちゃんがお膝で寝ている時に編んでただけよ」

「きっと正道さん驚くわよ。 ちゃんと正道さんに渡しておくわね」 持っていたリードを袋に入れ、改めて袋を持ち立ち上がった。

車に歩いていくと母親が仔犬を抱き、父親は正道から預かっていた袋とキャリーを持って琴音の後を歩いた。

車に荷物を入れていると母親の声がする。

「仔犬ちゃん絶対に帰ってくるのよ。 待ってるんだからね。 それまで元気でいるのよ」 琴音が助手席に置いたキャリーの蓋を開け母親に促すと 渋々母親が仔犬をキャリーに入れた。

「それじゃあね」 琴音が運転席に乗り車を走らせた。 バックミラーを見るといつまでも見送っている両親の姿が映っていた。

なんともいえない気持ちがこみ上げてくるが、返さなければいけない仔だ。 前を見据えアクセルを踏んだ。

国道に出て赤信号で止まった。

「仔犬ちゃんどうだった?」 キャリーを覗き込んで仔犬に聞くと、今まで大人しかった仔犬が キューン と小さな鳴き声をあげた。

「寂しいの? それとも早く元の場所に帰りたいの?」 仔犬の返事は無い。

「・・・早く仔犬ちゃんとお話が出来るようになりたいわ」 信号が変わった。

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