大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第9回

2024年07月22日 21時00分20秒 | 小説
孤火の森(こびのもり)  第9回




「さっき言ってただろ、お頭を置いてここを離れたって」

「ああ」

「天幕まで行ってたんだ。 そこで兵たちの話を聞いた。 明日森が襲われる」

「・・・」

タンパクは黙ってしまったがお頭が目を剥いた。 それに気付かず若頭が話を進める。

「前に長たちが集まってそのことを話した」

「・・・聞いてる」

「それじゃあ、なにを言いたいか分かるだろう」

今でこそ遠回りをしている兵だが、森を制圧すれば一番の近道を通って森と街を行き来する。 それは石の群れの領域を兵が歩くということ。 今お頭の群れが兵たちが通るたびに姿を隠している生活と同じことを、終わりの分からない日々送らなければいけないということ。

「夜が明けたら動くようだ。 小さな森だそうだな、制圧に一日もかからないだろう」

制圧が終われば沢山の兵がこの辺りを歩くということ。 もし制圧すれば、気が高揚している兵たちは岩穴を覗くかもしれない。 覗くだけでは終わらない。 いや、制圧できなかった時にも何があるか分からない。
万が一を考えて一旦群れで岩穴を出ておくのが最善だ。 それともこの領域を諦めて移動をするのなら早々に動かなければいけないということ。

「その話、本当だろうな」

「ふん、疑うんなら勝手にしな、俺は同じ山の民として忠告はした」

「おい若造、とっとと戻ってセキエイに話してきな。 後になってコイツが嘘をついてたってんなら、おれんとこに来りゃいい。 何度でも頭を下げてやるよ。 だがセキエイに言っときな、礼は要らないってな」

タンパクが口を歪め踵を返した。 他の男たちがそれに続く。

「今の話」

振り返りながらお頭が言う。

「どういうこった?」

お頭の問いに若頭が天幕で聞き耳を立て聞いてきたことを話す。

森を制圧したあと兵たちはまず女王が産み落とした御子と共に逃げた者を探す。 それには女王の髪の毛を使う。 女王の髪の毛が逃げた者を見つけられれば、その者の前で御子と同じ年頃の子供を一人ずつ傷つけていく。 それもいたぶるように。

兵たちには誰が御子かが分からないが、見つけた者は知っているのだから、御子が傷つけられるのを黙って見ていられないだろう、ということだった。
その時、小隊隊長から声が上がった。
その者に限らずとも、御子の存在は森の民の誰もが知っているだろう、それならばその者を探す必要はない、森の民ならだれでも良い筈だと。
だがジャジャムが首を振った。 若頭にはそこまで見えていなかったが。

ジャジャムによると、森の民であるのならばどの子も我が子と同じと考えるかもしれない。 確かに御子を違う目で見てはいるだろうが、言ってみれば爪一枚を剥がした時の反応で判断するには難しいところがある、ということだった。 それにその者が御子の正体を話していない可能性も高いと。
だがその者は仲間である森の民を見殺しにして逃げた者、ましてや女王までも。 御子だけは守るはず、その者の反応であれば簡単に見分けがつく。

淡々と話していたジャジャムだったが、心の中はどろどろとしたものが渦を巻いていた。 それなのに聞いている小隊隊長たちは目に喜びを潜めていた。
そんなことをせずとも最初から女王の髪を使って御子を探せばそれでいい話なのに、セイナカルは御子を隠していたその者に恨みがある、長引かせた恨みを果たしたいということであった。

「けっ、とんでもねぇ奴らだ。 旦那、どうする?」

若頭の話を聞き終えたお頭が急にそんなことを言い出した。

「お頭?」

旦那とは? どうするとは? どこか頭でも打ったのだろうか。
すると一瞬にしてお頭がもたれていた岩の近くで砂塵が舞ったと思うと、そのまま縦に長い渦を作り今度はゆっくりと砂塵がひいていく。 その中に男の姿があった。 白く長いローブに付いている頭巾を深くかぶっている。
若頭がお頭を守ろうと足を動かそうとした途端、お頭がそれを止めた。

「探し人だよ」

「え?」

それではこの目の前に居るのが森の民ということなのか。
男が頭巾を下ろした。
若頭と同じように長い髪の毛を三つ編みにしている、だが色が違う。 三つ編みからもれている横の白銀の色をした髪がサラリと頬の上に落ちてきた。
噂で聞いていた森の民の白銀の髪色。 それは噂以上に美しい。

「・・・」

初めて見る森の民。 透き通るような肌の色。 透き通ったブルートパーズ色の瞳。

「この者は?」

「うちの群れのモンだ、疑う相手じゃねぇ。 今の話しもな。 旦那には黙っとけって言われてたけどよ、こいつにだけは双子の話も何もかも話してる」

「話したのか」

「悪いとは思ったけどよ、おれに万が一のことがあってからじゃ双子も旦那たちも困るだろう。 って、まぁな、旦那のさっきの話からじゃ、おれの代わりにこいつが来ても会えなかったようだがな」

二呼吸おいて男が口を開いた。

「お前のあとは追える、先に行っててくれ」

「はいよ」

おい、行くぜ、と言ってお頭が歩きだした。
吸い込まれそうな髪の色に放心しかけた若頭だったが、お頭の声に間一髪で留まりお頭の後を追った。

足を急がせながらも若頭が居ない間にあったことをお頭が話し出すと、お頭がもたれていた岩が目印だったらしいということであった。

「あの岩が?」

「だろ、おれもそう言ったよ」

だが森の民が言うには、あそこに辿り着くと誰もが一旦腰を下ろしたがる。 そこによい具合の背もたれがあれば疲れた体をもたれさすだろう、ということだった。

「いや・・・それのどこが目印だと?」

「だろ、おれもそう言ったよ」

ほんの少し前にもお頭の口から同じ言葉を聞いた。 山の民は考えることが似ているのか、それとも森の民以外はどこの民でも同じことを考えるのだろうか。

「あの岩なぁ、作りもんだったよ」

「え?」

「いや、おれもいまだに信じられねーんだがな」

全身で岩にもたれようとした、するとあの岩に飲み込まれてしまった。 身体全身が岩の中に入ってしまった。
森の民の呪で作った岩であったらしい。 もたれられるのだから、幻術ではないということだったが、詳しくは話してもらえなかった。

「まっ、呪のことなんて説明されても分かんねーがよ」

そして岩の中は、と言うより、岩の下は大きな空間になっていた。 岩から落ちてきたお頭をまるで空気の塊のような物が受け、お頭の身体はニ度三度撥ねあがった。 そしてその塊からズルズルと滑り落ちたという。

「もう何が何だかだったぜ」

ズルズルと落ちて尻もちを着いた前にあの森の民が立っていた。 そこで『徴があったぜ』 と一言いったという。

「そんな状態でよく知らせる言葉が出たもんですぜ。 オレならまず呆気に取られて口が開けっぱなしだ」

「伊達にオメーの倍を生きてきちゃねーからな」

お頭があの岩にもたれればすぐに分かるということだった。 他の者がもたれても知らぬで終わらせればいいことだと。 簡単なことだ、と言っていた。

「分かりやすい目印だ、って言いやがった。 どこがだってんだ」

お頭が空間を見回すと色んなものが置かれていた。 ここで生活をしていたのだろうか。

『あんた、あの時からずっとここに一人でいたのか?』

『そうだ』

十年以上も一人で・・・。
思いもしなかった。 てっきりどこかの森に入っているのかと思っていた。 こんなことならあの時この男を引き留めて岩穴の一番奥にでも入っておけと言っておけばよかった。 いや、それは出来ない事だ。 群れの奴らは森の民を受け入れないだろう。
ヤマネコがポポに話して聞かせたように、誰もが森の民のことを同じように思っている。 関わるべきではないと。

『ここは・・・あんたが来る前からあったのか?』

生活道具以外にも色んなビンや瓶(かめ)が置かれている。

『いや』

『それじゃあ、あんたがこの穴を掘ったのか?』

『そうだ、呪でな』

呪で穴まで掘れるのかと思っていたお頭の前で森の民が椅子に座った。 お頭の質問に答えようということなのだろう。
この男が特別友好的なのか、お頭に対してだけなのか、それとも森の民のことを誰もが勘違いしているのか。

『その色んな道具はどうしたんだ?』

『徴が来るまでには時がある。 少なくとも・・・八年はあるだろう。 その間にお前がここに来ることはない。 穴を掘り終えてすぐに揃えだした』

『揃えだしたって、その目と髪の色じゃあ、市にも行けないだろう』

『森の民に譲ってもらえれば一番良かったのだが、どこの森も兵が見張っていたからな。 譲ってもらうのを諦めて市に行ったが、市に行く時には染めた』

呪を使えば良かったのだが、どこにどんな呪師が居て見破られるか分からない。 染めるなどということはしたくなかったが、危ない橋を渡る方がよほど敬遠すべきことだった。 目はフードを深くかぶり隠していたが、市に行く度、街の呪師にまともな力がないことを知りそれからは呪で髪の色を変えていた。

『金は?』

『なんとでもなる』

どうなんとでもなるのだろうか。

『飯はどうしたんだ?』

『森の民の呪がある』

どんな呪だ・・・。

『あんた・・・初めて会った時より若く見えんだけど?』

それにブブとポポを渡された時よりも若く見える。 あの時ですら、初めて会った時と変わらなく見えた。 話からするに逃げてきたということで、目の下にはクマがあり頬もこけていたから今よりも老けた感じには見えてはいたが。

お頭が初めてこの男を見たのはお頭が十三歳の時だった。 あれから既に四十年以上が経っている。 いや、どちらかといえば五十年に近い。 あの時、この男は三十を越したくらいだったはず。 そう考えると今は八十手前の歳でなくてはならない。
森の民というのはある程度の歳を過ぎると若返るのだろうか。
森の民のことは知らないことが多すぎる。

『お前が初めて会ったのは、わたしの父だ』

『・・・え?』

男が声なく笑った。

『よく似ているとずっと言われてきた』

『・・・騙されたってことかい』

どうしてそんな単純なことに騙されたのだろう、自分に呆れてものが言えない。

『騙してなどいない。 この顔を覚えているかと訊いただけだ』

いろいろと頭の中で考えて損をした気分だ。
だが、それならばどういうことだろうか。 初めて会った時の男と今目の前にいる男が別人だというのならば。

『ちょ、ちょっと待ってくれよ、それじゃあどうしておれのことを、おれの居場所もだ、なんで知ってたんだ』

その時の少年お頭は群れも作っていなかった、それどころか居所を定めてもいなかった。 だから有り得ない話だが、万が一にも住処としている岩屋の位置をこの男の父親に聞いていたとしても、どの岩穴か分からなかったはず。 それにあの時の言いようは、何を問うことなく父親から聞いていた相手がお頭と分かっていた。

『お前がどこに居ようが森の民はお前のことを知っている』

あの時、あの男に印でも付けられたのだろうか。 お頭が顔を歪める。

『気持ちわりぃ』

尻もちを着いたまま話をしていたが、ようやく立ち上がろうとした時、腰の痛みを思い出した。
思わず顔を歪めると、森の民が立ち上がりお頭の横に片膝を折った。

「で、ありとあらゆるところを治してくれたってこった」

ビンや瓶の中にはありとあらゆる薬が入れられていた。 それに腰と挫いた足首には呪がかけられた。
薬を塗られた傷口はじわじわとだが、それでも普通に考えると信じられない早さで塞がっていった。

「森の民の薬と呪ってのはすごいもんだぜ」

ポンポンと腰を叩いてみせる。

「呪ってのがいつまで持つかは分かりませんが、とにかく治って良かったですぜ」

お頭がジロリと若頭を見る。

「やっとかい」

やっと治って良かったと言ったのか。



お頭と若頭が去ると森の民は襲われる森に向かわず岩の中に入っていた。
椅子に腰かけると目を瞑り精神を集中させるように二度深く呼吸をする。 次に意識を穴の中から出し森に向かわせる。
森とここの距離ならば動物を使わなくとも意識が届く。 それにこの方法が一番早く確実である。
意識の触手が森の中に入り、森の民であるこの森の主(ぬし)に届いた。

床(とこ)に横になり目を閉じていた主が薄っすらと目を開ける。

『誰ぞ』

口を動かすと白髭が揺れる。

『サイネム・ローダル・ライダルード』

お頭と話していた森の民の名である。
森の主が床から体を起こした。 サイネム・ローダル・ライダルードと言われれば王女に何かあったとしか思えない。

『王女に何か?!』

『いいえ、そちらは順調です。 山の民から聞いた話があります』

『山の民から?』

そこで兵のことを話した。

『もうすでに随分と前から森の中に足を踏み入れ、森の中の様子も知っているようです』

サイネムにとって経験済みの話である。 これだけを助言としか出来ないがそれは大きなことである。

『・・・』

『一気に入り民の住処を潰しに来ます』

そして何を目的にしているのかを話した。 その方法も。

『女王の髪を・・・なんということを・・・』

女王が殺されたということは無かったはず。 自害ももちろん、女王はそんなことをしない。 命ある限り森を守る。 命の灯火を最後まで森に向け灯火が消えた。
その女王の髪を切ったなどと。
それに何と残酷なことをしようとしているのか。

『わたしたちの森のようになってほしくはありません』

『この森はわれらが守る。 山の民に礼を言っておいて下され』

『一人とて傷つくことの無いよう森に願っております』

そう言い残すと触手が離れていった。

『女王にかけて』

森の主が床から足を下ろした。

息をふうっと吐いた森の民であるサイネム。 まだ目を瞑ったまま深く息を二度繰り返すとゆっくりと瞼を上げる。

あの森のことは森の主に任せるしかない。 応援を呼ぶも呼ばぬも主次第。
サイネムに手を貸してくれとは言わなかった。 それはサイネムが王女のことで動いているのを知っているからだろう。

ゆっくり立ち上がると岩の外に出た。 辺りはまだ暗闇、誰の目があるわけではない。 それにローブ姿を見られたところで困ることはない。 だが髪の毛を見られてしまうと何があるか分からない。 頭巾を深く被ると一度目を閉じ呪を唱え、お頭のあとを追った。

お頭の後を追うのは簡単だった。 岩にもたれかかった者がお頭かどうかわかるのと同じ原理である。
身軽に追っていくサイネムの頭に若頭が言っていたことが蘇る。

若頭は『女王の髪の毛を使う』 と言っていた。 それは女王の髪の毛に呪をかけるということ。
あまり表情を動かさないサイネムの頬が僅かに歪んだ。


あの時、双子を生み終えた女王に呼ばれすぐに産屋に入った。 丸三日かかったお産で女王は衰弱していた。

『ピアンサ、よく頑張りましたね』

後産を終えていた女王の服は整えられ、女たちが産湯を済ませた双子を抱いていた。
女王であるアリシア・シーリン・ピアンサが薄っすらと微笑んだ。 こんなことを話している時ではないことは分かっている。

『ライダルード』

苦しいお産で何度も口呼吸をしていたのだろう、女王の声は枯れていた。

ライダルード、それは森の民の中で女王と女王のローダル、そして双子として生まれたシーリンだけが呼ぶことが出来るサイネムの真名(まな)。 サイネム・ローダル・ライダルード。
そしてシーリンとは王女と女王に付けられる名。 女王の真名であるピアンサと呼べるのは、ローダルと同じく女王と女王のローダル、そして双子として生まれたローダルだけが呼ぶことが出来る。

『うん? なんですか?』

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