大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第49回

2024年03月29日 21時25分59秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第40回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第49回




農地沿いの道路にワハハおじさんが車を停止させると三人が車を降りた。 続いていた二台目の助手席からもおっさんが降り、後部座席からは長と雄哉が車を降りる。 他の車からも三人が降りてきて運転手が町中のパーキングに車を走らせて行く。 この道路にはバスも走っているだろうから、交通の妨げをするわけにはいかない。

「ここか」

山を見ている長の隣に立ったキリが説明をする。

「あの山の中腹です。 裾の村が煩そうなんで車では入りずらいんです。 少々歩かねばなりませんが」

「ああ、かまわん。 まだ大爺の歳にはなってないからな」

山の手前に見える農地にはまだ稲の苗も見えない。 あと少しすれば農地に水が入れられ代掻(しろか)きが始まる。 そしてようやく田植えが始まる。
畦をぞろぞろと歩いて行き山の裾までやってくると、しっかりと裾の村の者に止められた。

「何の用ね」

腰の曲がった婆(ばあ)である。

「大人数でお騒がせして申し訳ありません。 上の村に用がありまして」

やんわりとした口調で長が言う。

「上の村かね」

「はい、少しこちらの村を横切らせていただけますでしょうか」

こちらの村と言っても村に境界線などないし、その上この村の家々はずっと奥の方にある。 どちらかと言えば、この婆がここで大きな顔をしている方がおかしい。

「上の村に何用かね」

「ええ、先日偶然にあちらの村の方とお話をする機会がございまして、私どもの村でも作物を作っておりますもので、一度畑を見に来ないかと誘っていただきまして」

これは練炭からの情報である。 地図アプリで上空から見ると開けたところに畑があるということであった。

「こんなに大人数でか」

「ええ、申し訳ありません。 それぞれに得意分野がございまして」

キリが僅かに首を傾げる。 前回キリがこの村に入りかけた時にこの村の者に止められた。 そして今回も。 偶然だろうかとは思うが、まるで見張りのように誰かが入って来るのを見ているようだ。 それにこの村に用はないと言っているのに足止めをする。 どうしてだろうか。 この村は黒門の村と関係があるのだろうか。 そうであればいま長が言ったことは失敗となってしまう。 最初に来た時にもっと探りを入れておけばよかったと今更ながら後悔をしてしまう。

「あんたの足じゃ登れんね」

「そうですか、ご忠告有難うございます。 ではゆっくりと歩きます」

婆が長の後ろに居るおっさんたちに目を這わす。

「一人だけどうして若い」

おっさんたちに混じっている雄哉のことである。

「ええ、若い者に後学をと思いまして」

おっさんたちがじりじりとしてきた。 もし上から黒門の者が降りてくれば何もかもがぶち壊しとなる。 おっさん一人が足を出しかけた時、若い者と言われた雄哉が口を開いた。

「お婆さん、僕、農学部なんです。 色んな農地を見て回るのが好きで。 出来ればお婆さんの村にも畑があるのなら見させていただきたいんですけど、どうですか?」

長に倣って雄哉らしからぬ丁寧な言葉使いである。 そして子供に向けるときの無邪気な笑顔を忘れていない。
雄哉の申し出に婆の表情がどこか変わった。

「村に畑などない。 待っとれ」

婆が足止めをしているのに気づいて様子を見ていた村の男に車を一台持って来いと言っている。

「いいえ、そのようなお手間は―――」

「あんただけ乗れ。 山の途中で何かあってもこっちが困る。 あとの者は歩け」

こっちが困る? どういう意味だろうか。 何かあってもというのは、長が倒れるなりなんなりしてこの村に頼られても困るということか、若しくは救急車を呼ばなければならないようなことが起きるのが困るということだろうか。 そうであれば救急車さえ入れたくないということだろうか。

車が一台走って来た、軽トラである。 運転手の他には一人しか乗れない。 もしこの村が黒門と関係しているのならば、長一人を車には乗せたくないが、車を追って走る姿を見られるわけにもいかない。
だがそれは杞憂だった。 おっさんたちを先に歩かせるとその後ろに車が付き、歩く歩調に合わせて車が動いている。

「完全に見張られてるな」

「何をそんなに隠したいものがあるのか」

「閉鎖的な村ってだけかもしれんがな」

「探ってみるのも面白そうだ」

「爺たちに大喝くらうぞ」

「それより見たか?」

「ああ、チラッとだけどな」

「俺も見た、どうやって確認ができるか、確認が必要かってとこだな。 それにしてもさっきの戸田君のパスはナイスだったな」

「ああ、完全に話の流れが変わったな」

おっさんたちが話していく中、雄哉が後退していく。 そして「もう駄目だぁー」 と一言残し足を止めた。

「おいおい、戸田君」

「なんだ、もうギブか? 負ぶってやろうか?」

「あぁ、気にしないでください」

軽トラがだんだんと近づいてくる。
車の中で長が白々しく運転手に聞かせる。

「あらら、雄哉にはきつかったか。 大学で研究をしているだけでしてね、農作業をしているわけではないので体力がないようです」

村の者同士で苗字を呼び合うのはおかしいということで、村の者の前では戸田君とは言わず下の名前を出すと事前に決めている。
運転席の窓がコンコンとノックをされる。 いつの間にか雄哉が運転席の横に立っていた。 仕方がないという具合に運転手が窓を下げる。

「荷台に乗せてもらえませんか? もう歩けない」

顔を渋らせた運転手だが、雄哉をここに置いていくわけにはいかない。 「乗れ」と一言言った。

「やった、有難うございます」

その様子を見ていたおっさんたち。 こういう運びになるのなら雄哉に一言いっておけばよかったと後悔している。 だがそんなおっさんたちの思いは雄哉に届いていなく、涼しい顔をして荷台に乗り込んでいる。

中腹まで上がって来た。 先に家々が見える。 軽トラが止まると長と雄哉が降りてきた。 長が丁寧に礼を言っている姿が見える。

「長もなかなかの狸だな」

軽トラが完全に去っていくのを見送ると、それぞれがズボンに挟んでいた面を出し顔に着けた。 生憎と雄哉の面はないが雄哉に面は必要ではない。

「行こうか」

キツネ面を着けた男たちがゾロゾロと村の中に入って行く。 それに気づいた黒門の者たち。 一瞬あっけに取られていたが、ぼうっとしている時ではない。 一人が大声を出して村人を呼び、一人が朱門の者の前までやって来て立ちはだかる。 だが立ちはだかっているこの者は朱門との戦いに参加していないのだろう、面を着けていない。

「何ねあんたら! 妙ちくりんな面を着けよって! あんたら誰かね!」

戦いに参加していないと言っても面を見ればこちらが朱門と分かっているはず。 シラを切り通すつもりだろうか。 そうなってくると話が長引いてしまう。 だが一つ分かったことがある。 裾の村が黒門と繋がっていたとするならば既に連絡が入っていたはず。 だがそんな様子は欠片も見られない。

「黒門の」

「え・・・」

「争いに来たわけではない。 こちらは朱門、そちらの長に会いたい。 取り次いでもらえるか」

「なっ、何のことかね!」

「要らん時間を取りたくない、水無瀬君のことではなくハラカルラのことで話がある」

「ハラ・・・」

そこへ後ろからこちらも面を着けていない女性がやって来た。

「ちぃおばさん、こんな妙ちくりんな人間を村の中に入れるわけにはいかん。 すぐに男衆が来る、それまではこれ以上中に入れんようにしよう」

「あ、ああ」

朱門の誰もが息を吐きたくなるのをぐっと堪えている。

「えっとー、お姉さま方」

交渉していた長の後ろから雄哉が一歩を出した。

「は?」

なかなかに可愛らしい顔をしているではないか、と思った時に気づいた。 キツネ面を着けていない。

「こちらの方々は朱門ってところの方々ですけど俺は違います。 だから俺だけでも長に会わせてもらえませんか?」

「戸田君!」 という朱門の声と、面を着けていないちぃおばさんと言われた声が重なる。 「な、何を―――」
言うとるか、まで言えなかった。 後ろから声がかかったからである。

「隠し立てしても無駄なようだな」

カオナシの面を着けているが、水無瀬がこの声を聞くとすぐに誰か分かっただろう。 憎きサングラス男だと。

「黒門の、長に話がある」

「そちらは?」

「朱門長」

「たとえそちらが長といっても、生憎とそう簡単にこちらの長に会わせるわけにはいかない」

ぞろぞろとカオナシの面を着けた男たちがサングラス男の後ろに現れてきた。 その最後方に並んだ男が何かに気づいたようだ。

「水無瀬君の話は既に終わっている、水無瀬君のことで来たわけではない。 ハラカルラのことで話がある」

水無瀬のことが既に終わっているというのは、ハラカルラで話したことを言っているのだろう。 朱門は黒門が水無瀬を手放してしまったことをまだ知らないということになる。

「ハラカルラのことで?」

「決してそちらにとって不利な話ではない」

「どうしてここが分かった」

「水無瀬君を探している時には色々と調べたものでな。 無駄な時間を取りたくない。 そちらがこちらの話を聞かないと言うのならば、こちらだけでハラカルラを守っていくだけだが?」

「ハラカルラを守る?」

黒門はハラカルラを守りたいだけ、水無瀬に膳を運んできていた女性も千住と名乗った男も言っていたと聞いている。 その矜持をくすぐる。

「何を馬鹿なことを。 ハラカルラを守るのは最初の守り人であった黒門のすること」

「ではどうして今もハラカルラが荒らされておる」

「荒らされて?」

面の下で男たちの顔色が変わる。 後ろの方で黒門の男たちがざわめきだした。

「何を証拠に」

「残念ながら証拠はない。 逆に言えばそんなものを持っていればこちらが荒らしていることになる。 証人は居るがな」

「そんな話を信じ―――」

そこまで言ったときに後ろから声がかかった。

「待て」

後ろに控えていた黒門の男たちが左右に割れていくと、その中央から車椅子姿で現れた爺。 まるでモーゼでも出てきたようである。

「争う気はないということか」

「話をしに来ただけのこと」

「・・・それではついて来てもらおう」

「長! 朱門の言うことなどを信じるのですか!」

長は退院してきていたようである。 もし長がまだ入院をしたままなら長代理が出てきただろうが、水無瀬と長代理の話からしてこの場合どう判断したのかは分からない。

「ハラカルラのことだ、どこの門であろうと関係はない」

そしてジロリと朱門の長を睨む。

「嘘でまかせなら許さんがな」

連れて行かれたところは、朱門と同じく村人が集まってここで話し合いでもするのだろう、集会場である。 朱門と同じく時には首脳会談という宴もあるのかもしれない。
朱門と違うところは土間がないというところくらいだろうか、広さもさほど変わらなく全面和室になっている。

朱門の男たちが面を着けたまま長の後ろに座り、朱門の男たちを取り囲むように黒門の男たちも面を着けたまま座っている。
圧倒的に黒門の方の人数が多い。 黒門の長も朱門の長と同じように争う気がないことを示すために、朱門と同じだけの人数にしようとしたのだが朱門の長がそれを断った。 一人でも多くに聞いてもらいたいからだと言って。 そしてそれは朱門側も争う気などさらさらないということを示してもいる。

中央に置かれている長卓を挟んで長同士が座り、朱門の長の横にはニコニコとした顔の雄哉が座っている。

「先に聞くが、どうしてその青年は面を着けていない」

「彼に関してはあとで説明をするが、少なくとも朱門の人間ではないということ」

「門以外の人間に話を聞かせる? ましてやハラカルラという言葉も聞かせて、何を考えておる」

「さっきも言った、その話はあとにする」

ハラカルラを守るという黒門側の姿勢は聞かせた。 黒門の長が腕を組む。

「歴代から初めてのこういう場だが、時候の挨拶など取っ払って話す」

「無論」

門も名前も出さないが、まずは白門の水見のことから話した。

「その守り人は研究者であったらしく、ハラカルラの魚の研究をしていたそうだ」

「研究とはどういうことだ」

「詳しいことは分からんが、少なくともハラカルラの魚を持ち帰っていたということになる」

黒門の男たちからざわめきが聞こえる。

そしてその後、白門が何をしようとしているのかを話した。 ハラカルラの魚でエキスを抽出するつもりだと。 面で顔色が見えないし、どういう表情をしているのかも分からないがかなり動揺していることだろう。

「それは大量生産ということになる。 そうなればハラカルラの魚たちは・・・皆まで言わずとも分かるだろうて。 そして魚だけではない、藻も持ち帰っているようだから甲殻類も持ち帰っている可能性が高い」

「それを・・・そんなことを信じろと?」

信じているはずだ、だがまるでカタストロフィでも起こしたようなそんな話をそう簡単に受け入れられないのだろうし、朱門に良いように扱われているかもしれないという疑念も残っているのだろう。

「彼なんだが」

朱門の長が雄哉の方に軽く顔を向けると長に代わって雄哉が話し出す。

「戸田雄哉っていいます。 ヨロシクです。 えっとー、昨日烏と会ってきましたし水の宥め方も習ってきました」

思いもしないことであった。 まさかこの青年が守り人だったとは。

「宥め方・・・ということは奥まで入れるということか」

「ばっちり」

烏の力を借りたなどとは言えない。

黒門の長が朱門の長を睨む。

「朱門はもう新しい守り人を見つけたということか」

それを見せつけに来たのか。

「新しい守り人というところは合っている。 だが朱門の、ではない」

「どこの門というのか」

すると黒門の長の言うことを止めるかのように雄哉が口を開く。

「水無瀬、ここに居ないでしょ」

面の下では虚を突かれたような顔をしている。
笑顔の下に憤りを隠したまま雄哉が続ける。

「水無瀬を白門からそろ~っと逃がしたのは俺。 あくまでも秘密裏にね」

ざわめきが起き、それが一層大きくなる中、更に雄哉が続ける。
雄哉を守り人として探し出したのは水無瀬。 その水無瀬が雄哉を朱門に連れて行ったはいいが、水無瀬が急に居なくなった。 最近ようやく完全に開眼をし終えたところで、水無瀬が居るときには烏たちの居るところまでは入れなかったと。 だがそれは水無瀬と雄哉が考えたストーリーである。

「で、では水無瀬は今朱門に居るということか」

「うーん、朱門には居ない。 途中ではぐれたからどっかでプラプラしてんじゃないかな? でも俺が戻ってきてるのに水無瀬が戻ってきてないってことは、朱門に戻る気がないのかもしれないし。 ま、分かんないけど」

黒門が水無瀬にこだわっているわけではないことを知っているが、まだここでは水無瀬の存在は隠し通す。

「ということは、この村に帰ってくるということがあり得るということか?」

「あー、それは無い無い。 水無瀬と一緒に渓流を下って逃げてた時、黒門のこと怒りまくってたからな。 殴られたとかアパートに盗聴器が仕掛けられてたとか、追いかけまくられるはアパートに不法侵入されるはってさ。 そうそう、アパートの窓を壊したんだって? 弁償しろって怒ってた。 心当たりあるでしょ?」

数人の男が顔を歪めている。

これは雄哉なりの水無瀬が受けた事への意趣返しでもあったが、黒門のしたことを指摘することでこれからの自分の身を守るためでもあり、水無瀬と接触をしたという証言でもある。

「戸田君、そのあたりでいいだろう。 この戸田君が証人だ、白門のやりようを水無瀬君から聞いたということだ」

「とんでもないことを考えてたから驚きだよ」

「守り人がハラカルラのことで嘘をつくと思うか?」

「・・・」

「そこで提案なのだが」

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ハラカルラ 第48回

2024年03月25日 21時01分07秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第40回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第48回




畑仕事をしながらおっさんたちが話している。

「長の話じゃ、朱門のしたことを許してくれたということだが、結局この先をどうするか水無瀬君はまだ決めていないようだ。 っていうか、長に何も言わなかったらしい」

「そうか・・・」

「まぁそうだろう、朱門に居なくてはならない理由なんてないし、元の生活に戻るに戻れないってとこもあるからな」

「あの戸田君ってのは?」

「戸田君も戻れないだろう、水無瀬君と一緒に逃げたんだから。 それに白門の考えていた話を知っているんだ、白門から追われるだろう」

「ああ、あの話な、とんでもないことを考えやがって」

「若い者たちはその話を知っているのか?」

「ああ、ライが話しただろう」

「そのことで水無瀬君は今日烏に会いに行ったのか?」

「どうだかな。 長も聞いていないと言っていたがな」

「稲也が見てきたアレだってその実験に使うんだろう」

稲也が見たのはバットに入っていたワカメであった。 そしてその白門二人の会話を聞いていたのは茸一郎。

「一郎の話じゃ、白門の在り方に納得をしていない者が居るってことだ、少なくともその時の二人はな」

「水無瀬君の話では白門の誰もがその計画に賛成してるって聞いたらしいがな、雰囲気的に反対出来ないってとこだろうな」



「そういえば朱の守り人はどうした」

「ん? そうであったな、どこへ行った?」

「吾が知るか」



「よっ、お疲れ」

「待たせた」

「だからそんなことは無いって言ってんだろ。 俺のお仕事、お仕事」

「さんきゅ」

「筋肉痛なくなっただろ」

「あ・・・」

昨夜はライの母親が出してくれた湿布を貼りまくって寝たが、到底一日貼ったくらいでは治ることは無かった。

「ハラカルラって凄いな」

ライがチラリと水無瀬を見て相好を崩すと前に向き直る。

「気になることを烏に訊くって言ってたけど、納得できた?」

「あー、うん。 些細なことだったんだけどな、それでもはっきりさせたくて訊いた。 納得は出来たかな」

だが訊たいこと以上の話を烏から聞かされた。 まさか自分が最初の黒の妹と同じ力を持っているなんて考えもしなかった。 烏の話を丸々信じるとは思ってはいないが、白烏が教えてくれたことは特に難しく感じたわけではなかったし、反対にこんな簡単なことと思っていたくらいだ。 信じないわけにはいかない。

「そっか」

「ん? あれ・・・雄哉?」

「ああ、泉水がシキミさんに言われて筋肉痛解除に連れてきた。 戸田どうすんの? 大学」

「俺のせいで巻き込んじゃったからなぁ。 留年されても困るけど、いま戻ったら白門に捕まるだろうし」

「留年って、まだ一年あるだろ。 ん? 単位全然足りないのか?」

「そうみたい」

「ふーん」

その夜。 ライの家に世話になっている水無瀬と雄哉。 昨日は二人ともバタンキューで寝てしまったが、今日は二人ともハラカルラで筋肉痛が取れ体力も戻している。
布団が二枚敷かれていて、その布団にゴロゴロなりながら大学の話をしている。

「え? んじゃ履修提出は既に終わってるってこと?」

白門の村に居た時にはそんなことを言っていなかった。

「あったりまえよ、根回しは完璧に終わらせてからあそこへ行ったからな」

雄哉は日頃から学生だけではなく、教授たちともよく話をしている。 広瀬から聞き出した教授の名前、その教授を知っていたし、反対派閥の教授ともよく話していた。 そこで反対派閥の教授に履修の提出を頼んでおいたということであった。 対抗勢力派閥の教授が何か言ってきても、それを聞かなかったということにしてほしいとも言ったそうであった。 そして『ご内密に』と添えて言ったという。

「んじゃ、一日も早く講義受けなきゃだな」

「うん。 でも現実的にはキツイかなぁ、広瀬さん大学に残るって言ってたから顔も合わすだろうし」

「いや、白門の内情を知ってるんだから、広瀬さんに会う会わないの前に速攻連れ戻される。 だからマンションにも戻れない」

「ちぇー、せっかく先手打ってきたのに。 モテモテは水無ちゃんだけじゃなく俺もかぁ。 ん? 俺は白門ってとこだけか。 やっぱ水無ちゃんだけがモテモテってことか」

大学の話をする前に水無瀬の身に降りかかったことをすべて話した。 その時に雄哉が言ったのが『水無ちゃんモテモテじゃん』だったのであった。

「なぁ、ちょっと相談があるんだけど」

「ん?」

雄哉はハラカルラが見えているかもしれない。 雄哉と水無瀬は同い歳。 ハラカルラの異変は同じ時に感じているということになる。 烏に聞いたところによると異変を感じても開眼する時期は人それぞれだと言っていた。

雄哉に分かるようにハラカルラの異変の話をする。

「ってことは、俺と水無ちゃんが一歳の時と二十一歳の時ってことか」

胡散臭い話と横目で見られるかと思ったが、あっさりと聞いてくれた、信じてくれた。

「雄哉の症状が俺の最初の時と似てるんだ。 光るものが見える感じがしたり、何かが動いていくのが見えたりってしてないか? 俺は最初、目の端に見えてたんだけど」

「あー・・・うーん、そんな感じかなぁ」

「よく考えてくれ、雄哉はハラカルラに行った。 そこと似た感じがしないか?」

「いや、そこま・・・。 あ、もしかして水無ちゃんよく目をこすってたよな、あの時がそれ?」

水無瀬が頷く。

「もし雄哉にハラカルラが見えるんだったら、頼みたいことがある」

見えるだけでは足りないのは分かっている。 それでも可能性にかけてみたい。

「見えなくても頼まれよう」

「いや、まず見えなきゃ頼めない」

「聞くだけ聞かせろ」


翌日も朱門の穴に向かった。 長からは再々反対する声を聞かされたがそれでも試してみたいことがある。
今日はライだけではなく稲也も一緒である。 なぜ稲也が一緒なのか。

「ここ」

穴の前に立った水無瀬が隣に立つ雄哉に言う。 稲也は雄哉の護衛の立場であった。 万が一にも何かあった時、ライ一人で水無瀬と雄哉を守るには負担が大きすぎると長が稲也を付けたのである。

「ふーん、黒門? あそこと随分高さが違うんだ」

「入ると上り坂になってる」

「へー、ま、行こうか」

ライも稲也も水無瀬がどうして雄哉を連れてきたのかは聞かされていない。 水無瀬は何をしようとしているのだろうか。

穴に入ると水無瀬の後に雄哉が続きながら「うす暗~い」などと言っている。
穴を抜け水から出る。 そして烏たちの居るところに続く穴の前までやって来た。

「ここ、この穴がくぐれるかどうかが一番のミソになるんだけど」

「うん? 穴があるんだからくぐれんじゃね?」

水無瀬が先に穴をくぐり振り返って雄哉の様子を見てみると、雄哉の手が止まったままになっている。 まるでそこに見えない壁でもあるかのように。

(くぐれないか・・・)


「うん? 朱だの」

「そのようだな。 お前見てこい、昨日みたいに分からんままじゃ気味が悪い」

「まぁ・・・そうだの」


水無瀬がもう一度穴をくぐり雄哉の隣に立つ。 雄哉が宙で手をペタペタとしている。

「なんか・・・見えない壁でもあるのかな」

「そっか・・・」

そういえば水無瀬も霊を入れられた時、間違って他の穴から帰ろうとして何もないのに壁にぶつかったようになった。 それと同じ感覚なのだろう。

(考え直さなきゃ、か)

その時、羽の音がしたかと思うと黒烏が穴から飛び出してきて地に降り立った。

「んー? なんじゃぁ? 鳴海ぃ?」

「こんにちは烏さん」

「どうして鳴海が朱の穴に居る」

「色々と事情がありまして」

「それにコヤツは見たことがないのぅ、と言っても朱は長く見ておらんがな」

「水無ちゃん、俺の幻聴? 烏が喋ってるみたいなんだけど」

まさか烏が来るとは思ってもいなく、烏の説明はしていなかった。

「いや、それ正しい、幻聴じゃない。 それと烏さんと呼び敬語を使うように」

雄哉が嫌われては困る。

「あーっと、俺の知り合いで戸田雄哉って言います。 開眼をしたはずなんですけど穴を通れなくて」

「うーん?」

烏が雄哉をじっと見る。

「水無ちゃん、どうなってんの?」

「開眼はしきっておらんな」

「しきってない、それはどういうことでしょうか?」

「まだ途中ということじゃ。 なんじゃ、しきっていない者の案内をしてきたということか?」

「そういうわけではないんですけど・・・あの、烏さんから見て開眼をしきった暁には雄哉は穴を通れそうですか?」

「そうじゃなぁ・・・無理」

無理。 完全に否定されてしまった。 いや待て、さっき考え直さなくてはと思ったが根本から変える手もあるではないか。

「烏さんの力をもってしても?」

「何を言うか、わしの力は偉大じゃ」

「では偉大な烏さんの力で通してもらえないでしょうか?」

烏がジロリと水無瀬を見る。

「力はあれど、決められたことを変えるようなことは無い」

「すんごい色々と事情があるんですけど」

「変えん」

「そっかぁ・・・。 変えられませんかぁ。 それなら今後ここに俺が来ることは無くなるかなぁ」

「どういうことじゃ」

「いえ、単にそういうことです」

「昨日も今日も忙しいというのに昨日は昨日で働きもせんと帰るは、今日も今日とて朱の穴に居って今後来られんと言うは、昨日話しただろうが鳴海には力があると。 忘れたのか、ったく何を考えておるのか」

「だからすんごい事情があるんです」

「ほぉー、その事情とやらによっては考えなくもないが?」

「そうですねぇ・・・簡単に言ってしまえばハラカルラを守るため? ってところですか」

「何を言っておるか、鳴海がハラカルラに居って水を宥めておればそれで良い話だろうて」

「いやぁ、雄哉が奥まで入れなきゃ、それが出来なくなったんです」

「ということは、この雄哉というものが完全に開眼するまでは来られんということか? まぁ、完全に開眼しても奥には入れんがな」

「ですよねー、そうなっちゃいますよねー。 だから忙しくされている烏さんには申し訳ないんですけど、早急に雄哉の開眼を促してもらって尚且つ奥まで入れるようにしてほしいんですよねー。 お忙しいんですよねー、それさえしていただければ今日からでもすぐにお手伝いが出来るんですけどねぇー」

「・・・鳴海、わしを脅しておるのか」

「とんでもない、偉大な烏さんのお力添えをいただいてハラカルラを守りたいだけです。 それに脅すわけではありませんが、このままだともっとお忙しくなっちゃいますよ? 今までのお忙しいとは比べ物にならないくらい」

「また人間どもが戦争でもするということか」

「戦争ではありませんけど・・・もっと酷いことになります」

「・・・」

「どうですか? あんまり考えていると待っていらっしゃる烏さんに怒られますよ?」

「アヤツなどどうでもいいわ」

黒烏が大きくため息をつくと嘴(くちばし)を開く。

「仕方あるまい」

「さすがは器の広い烏さん、有難うございます」

「ユウヤと言ったか、ユウヤは穴には入れんのだから、ここに道具を持って来んといかん。 鳴海が運べ」


翌日。 長と水無瀬が向かい合って座っている。 その水無瀬の隣には雄哉が居る。

「ということで、雄哉を黒門に紹介したいと思います」

長が水無瀬から雄哉に目を転じる。

「戸田君、本当にそれで良いのか?」

水無瀬から頼みたいことがあると言われ『聞くだけ聞かせろ』そう雄哉が言った時に聞かされたのがこの話だった。 そして過去の話もその時に聞いた。 聞かなかったのは烏の話だったが、雄哉は水無瀬ほど頭が固いわけではない。 烏を簡単に受け入れ、ましてや奥の穴に入ると白烏と意気投合しすぐに水鏡の説明を受けていた。 だがやはり水無瀬のように簡単には出来なく、烏はスーパー守り人にはしてくれなかったようで、ギリギリ穴をくぐれる程度にしたと言っていた。

「はい、楽しそうですし」

「あ、雄哉は結構柔軟に何でも受け入れられる性格なんです」

「そっ、だから子供が好きなんですよねぇ。 突拍子もないことをしてくれるし、子供と居ると楽しくて仕方がないです。 そう思うとこれも楽しそうだし。 ああ、守り人の仕事って言うんですか?」

「本人も了承しています。 ですのであとは黒門との交渉を長にお願いしたく」

朱門だけで白門と対峙するには心もとない。 少なくとも二つの門で白門を攻めればどうにかなるかもしれないと考えた。 四つある中の門の半分に攻められれば白門とて間違った歩みを一時でも止めるはず。 永久に止めてくれるに越したことはないが、それは不可能な話だろうことは分かっている。 だから永久でなくてもいい。 考える時間、策を講じれる時間を作れるだけでいい。

交渉を長に願うに、黒門への六つの交換条件を提示する。

一つ、黒門は水無瀬から手を引く。
二つ、水無瀬の時のように見張など付けなく、雄哉は週に一度ハラカルラを訪れる。
三つ、黒門の村と雄哉のマンションまでの送迎は黒門がする。
四つ、雄哉を大学に通わせ、その後就職もさせる。
五つ、雄哉に暴力は絶対に振るわない。 拘束もしない。
六つ、白門のことに黒門は朱門と協力し合う。

最後の六つ目が無ければ、雄哉は朱門の守り人になればいいと思っていた長だが、それは悪い言い方をすれば雄哉を人身御供として黒門に差し出し、白門の暴走を止める為の協力を得る策を講じているということ。

「白門は俺にこだわっていますけど黒門はそうではありません。 それに俺が黒門に行くより雄哉の方が黒門に合ってると思うんです」

黒門には直感型の雄哉の方が合っている。

「水無ちゃんはすぐに要らないことを色々考えるからな。 ちゃんと黒門ってところの話は水無ちゃんから聞きました。 水無ちゃんじゃ荷が重いと思います」

「重いって・・・そこまで言わなくてもいいだろ」

「いや、そうだろ。 いちいち人が何を考えてるかとかって考えるだろが。 必要以上に」

「まぁ・・・な」

「やったことをやり直すだけならまだいいけど、考えすぎて馬鹿みたいに後悔するし。 後悔するくらいなら初めからやんなきゃいいのに」

「分かった、分かったからそれ以上言わないでくれ」

雄哉にはあったことをすべて話した。 勿論、水無瀬がライに言ったことも。

「ご協力していただけるのであれば、すぐにでも雄哉を大学に戻したいんです。 一日でも早く黒門に交渉していただけないでしょうか」

ライから黒門の村の位置は把握していると聞いている。 村を特定するに時間は必要ない。

「協力などと。 白門を止めなくてはならないのは各門がしなくてはならないこと。 逆に協力してくれているのは水無瀬君と戸田君じゃないか」

稲也からの報告は聞いている。 あくまで推測の域だがワカメを使って実験をしている可能性がある。 魚たちと違って逃げることの出来ない貝や藻をこれ以上獲らせるわけにはいかない、このままにしておくわけにはいかない。 水無瀬の言うように一日でも早く白門を止めなくては。
そしてハラカルラに手を出させない為にということは勿論だが、水無瀬と雄哉がどうにも動けないという事態を解除しなければ。 この二人を巻き込んでしまったのだからその責任は取らなければ。

「いいえ、そんなことはありません。 白門から助けていただきましたし、俺もハラカルラを守りたいですから」

翌日。 おっさんや爺と話し合った長と共に、雄哉とおっさんたちが車五台に乗り込み村を出発した。 水無瀬の消息は今はまだ曖昧にしておきたいと留守番をすることにした。 白門のことを考えると雄哉も水無瀬と同じ危険性をはらんではいるが、黒門を説得するに雄哉の存在を見せなくてはならない為、雄哉だけは連れて行ってもらった。

水無瀬の話からすると、朱門の話す白門の話を信じさえすれば黒門は必ずハラカルラを守るということであったが、まずそう簡単にその話を信じないだろう。 だが雄哉の存在を見せればこちらの本気度が伝わるはずである。 守り人を差し出すのだから。

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ハラカルラ 第47回

2024年03月22日 21時11分44秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第40回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第47回




雄哉から目を転じて助手席を見る。 俯いているライの僅かな横顔が見える。

「・・・ライ、起きてる?」

「うん」

「・・・ライが謝ることなんてない。 でもライはごめんって言ってくれた。 それを受け取らないって言っちゃいけないと思うんだ。 だから、ライが謝ってくれたことは受け取る」

シキミが頬を緩ませる。

「・・・言ってはない。 書いただけ。 だから・・・ごめん」

「うん、ちゃんと聞いた。 でもさっきも言ったけどライが謝ることじゃない。 謝んなきゃなんないのは俺の方だ」

短絡過ぎた。 後悔してももう戻れないと思っていた。 それなのに手を差し伸べてくれた。

「何も考えず言い過ぎた、それに言葉の選び方も間違ってた。 ごめん。 それと・・・有難う。 あんな酷いことを言ってこんなんじゃ、許してもらえないとは思うけど―――」

「違う」

「え?」

「騙したのは俺の方だから。 なんと言われようがそれを受ける覚悟で騙したんだから。 水無瀬が謝ることじゃないし、水無瀬を許す許さないじゃない。 許してもらえるのなら許してほしいのは俺の方だから。 朱門の方だから」

両眉を大きく上げたシキミ。 このままでは埒が明かない、互いが自分の方が悪いと言い合うだろう。 腹の中を全部吐き出させるのも一案だが結局ライは譲らないだろうし、水無瀬も一人になり色々と考えたのだろう。 第三者が取り持つことも一案だ。

「じゃ、お互いそれでいいんじゃないか? まぁ、朱門ってところでは長との話になるが、少なくとも水無瀬君とライは互いの謝罪を受け取り、そしてこれまでのことにも互いを許す。 それでどうだ?」

「・・・そうですね、自分が悪いと言い合っていても話が進みませんね。 ライ、それでいいか?」

「・・・」

「ライ・・・」

シキミがちらりとライを見る。 本当にライの意固地はいつまで経っても治らない。 一つ息を吐くと水無瀬に頼みごとをする。

「水無瀬君、ライは頑固でな、悪いが水無瀬君の方から先に許すと言ってもらえないか? それで水無瀬君は謝罪も許してほしいということも無しで」

「いや、それは出来ません、本当に酷いことを言ったんですから」

「・・・酷くはない。 水無瀬は当然のことを言っただけだから」

「・・・ライ」

「それにシキミさんに言われたからって水無瀬に強制するのはおかしい」

「ライ・・・」

あー、っと言ってシキミが頭を搔く。 確かにライの言うように朱門は偽言を吐いていた。 いや、そう思わせるように話していた。 そのことが発端で水無瀬がライに言った。 だからライの言う方が尤もだとは思う。

「それじゃなんだ、水無瀬君に本当のことを言わなかった罪は俺にもある。 水無瀬君、悪かった。 許してもらえるだろうか」

「そんなっ―――」

「じゃ、許してもらえるか?」

「あ・・・はい」

「だったらそのノリでライを許してやってくれ」

シキミの言いたいことは分かった、でもシキミの言うように簡単には終わらせられない。 だからと言ってこのままでは何も終わらないし何も始まらない。

「だからシキミさん、強制するものじゃ―――」

「ライ、許す。 謝罪も受け取った。 そして俺は謝らないし許してほしいとも言わない」

水無瀬の方が大人だな、とシキミの口角が上がる。

「でもこれだけは言わせてほしい」

なんだ? シキミの眉が上がる。 チラリとライを見るが、ライの頭はまだ上がっていない。

「一緒に居てくれた時、楽しかった。 それで今回のことは嬉しかった、ライが見つけてくれて嬉しかった。 だから有難う」

「あ・・・」

「ライ、水無瀬君に返事は」

「うん・・・。 俺も楽しかった。 それに俺に気づいてくれたのは嬉しかった。 ・・・有難う」

「そりゃ、気付くよ。 あの話を覚えてくれてたんだって思ったら余計に嬉しくなった」

「当たり前だろう、あの時の水無瀬の能天気さは忘れられるわけがない」

ライの頭が上がってきている。 これで一段落かと思う一方で、あのライが戻って来るのかと思ったら頭痛の種がまた出来てしまいそうになる。


翌日、シキミと同じようにハラカルラにさえも行けない、身体がシップだらけの祷平太が布団の中で転がっていた。

水無瀬が思う公民館のような建物に長と水無瀬が向かい合って座っている。

「水無瀬君、本当に申し訳なかった」

長が畳に手をついて深々と頭を下げる。

「いいえ、こちらこそ言いすぎました。 その、長やライたちの考えや気持ちも考えずに・・・俺の方こそ申し訳ありませんでした」

全身筋肉痛の身体で長に負けじと手をついて頭を下げる。 水無瀬の行動を止めかけた長を置いてそのまま続ける。

「長がどれだけ俺に気を使って下さっていたか、あとで考えてよくよく分かりました。 それに俺が勝手に黒門と勘違いしていました」

「いや、とにかく頭を上げてくれ」

水無瀬の頭が上がる。

「水無瀬君の勘違いというわけではない。 こちらがそういう話し方をしたのだから」

烏が水無瀬に会えば必ず最初の守り人の兄妹の話を聞かせると思った。 そこに齟齬(そご)が出来るかもしれない。 だから先手を打ってこちらの門を黒門と思わせるように話を聞かせた。

水無瀬が頭を振る。

「何においても短慮が過ぎました」

「では、水無瀬君はこちら側がしたことを勘弁してくれるのか?」

ライの時のように自分の意思を通しすぎては話が進まない。 ここはスムーズに話が進むように自分の意思を曲げよう。

「はい。 それにあの状況から助けて下さったのは朱門の方々です。 お礼こそあれ許さないということはありません」

「そうか、感謝する」

長が安心したかのようにいかっていた肩を下ろす。

「向こうで何があったかはシキミから聞いている。 どうする? 戻るにしても黒門には既に住居が知られているし白門もすぐに調べるだろう。 ああ、誤解しないでくれ、引き留めているわけではない。 ただ、今回の水無瀬君に降りかかった災難を考えると、戻っても同じことの繰り返しになるだろう」

「はい、分かっています。 あの、長、一つお願いがあるんですけど」

「ああ、ライから聞いているが賛成しかねる話だな」


「父ちゃん、おはよう」

朝食を食べているワハハおじさんの前にやって来た練炭が声を合わせて言った。

「おはよう」

「水無瀬どうなった?」

「助けられた?」

「ああ」

やった! 二人が声を合わせ続けて訊く。

「妨害電波役に立った?」

「あー、それな。 今回は使うことがなかった」

「えー! せっかく作ったのに」

「仕方がないだろ、状況ってのは常に変わる。 それより約束を覚えているな」

「あ・・・」

「・・・うん」

上手くいって水無瀬が戻ってきたら、水無瀬を水無瀬と呼び捨てにしない、それとバカとも言わない、と言っていたことである。

「よし。 それと水無瀬君に会わせるのは当分先だ」

「え?」

「なんで?」

「水無瀬君自身や色んなことが落ち着いてからだ。 お前たちは今までサボっていた訓練に励め」

「なんでそうなるんだよー」

怒りのハモリであった。


ライと共に水無瀬がハラカルラを歩いている。 何度もハラカルラに入っている。 初めて入った時のように意図せず入るようなことは無く、ライと共にハラカルラに入った。
長には反対されたが水無瀬が言いきった。 今なら誰も水無瀬がハラカルラに入っているとは思わないはずだと。 そして昨夜、黒門と白門の村の場所をライに尋ねると朱門からかなり離れていると聞いた。 そうであればハラカルラでバッタリということもまずないはず。

「ここ」

そこはハラカルラに入ってほんの1キロメートルほど歩いた場所であった。 黒門の穴がどれほど遠かったかと思い知る。 そしてライの指さす方向を見ると、黒門のように岩の途中にある穴と違い目の前に山のような大きな岩があり、その下に洞が口を開けている。

「ここ? 黒門と随分違う作りなんだな」

ここは朱門の穴である。

「じゃ、ちょっと行ってくる」

「うん、俺も一緒に入れるけどここで見張ってる」

黒門の穴ではないのだ、自分たち朱門の穴なのだから自由に出入りは出来るが万が一がある。 朱門の村の者が数名同道すると言っていたが、それでは悪目立ちが過ぎると水無瀬が断った。

「うん、頼むな」

穴の中は水無瀬の背丈より少し高く、同じように横幅もある。 穴に入って数歩歩くと上り坂になっている。 穴の大きさは僅かに狭くなっていくだけである。 上り坂をどんどん上がっていくと、黒門の穴と同じように垂直に上がって行く形となってきた。 そこを泳いで上がる。 水から顔を出すとまるっきり黒門の穴と同じようなところに出た。

「烏・・・発想力薄くないか?」

門によって多少の違いを作れば良かったものを、と考えるがこれはハラカルラが作った地形なのだろうか。
辺りを見回すが黒門の穴のように机などはない。 水から上がってもう一つの穴に入っていく。

「うん? 朱から誰か来るのぅ」

「朱から? なんだ? 朱は守り人を見つけたのか?」

「さぁ、どうだかのぅ。 にしても鳴海が来んな」

「飽きたのだろうかな・・・」

「なんじゃお前、寂しそうだのぅ」

「そんなわけがなかろうがっ! 朱の守り人はどんな者かと考えながら言っただけだろが」

「おぅおぅ、ババ烏に恋の目覚めか?」

水無瀬が穴を抜けピロティに出た。 左を見ると黒門の穴がある。 烏たちの居る穴にはどちらも接していない。 烏たちの居る穴の左右に穴がある。 どちらかが白の穴でどちらかが青の穴。 チラリと右の方の穴を見る。 そちら側を烏は青だと言っていた。 だが広瀬の話からするとそちら側が白の穴になる。

「吾がババならお前は大ジジになるのが分かっていような」

「なっ! 何を言うか」

「お前の方が先なのは分かっていよう」

「そうと分かっておったら、もっとわしを敬わんかー」

「なに騒々しくしてんですか。 手が止まってますよ」

え? という目をした烏二羽。 黒烏がぴょんぴょんと跳ねて方向を変え、その黒烏の身体の横からヒョイと顔を見せた白烏。

「鳴海」

黒烏が言い、白烏が目を何度もぱちくりとさせている。 見ようによっては可愛らしいが口は相変わらずである。

「もう飽きたのかと思っておったわ」

「いいえ、そんなことはありません」

そう、そんなことはない。 そうだった、忘れていた。 そんなことなどない、どうして飽きようか。 単調な作業と言ってしまえばそれまでだが、飽きるなどということは無かった。

「ほぉー、では向こうで忙しかったということかのぅ」

「まぁ、そんなところです」

「で? 暇になったということか?」

せっかく黒烏が穏便に話を持っていってくれたというのに、この白烏、喧嘩を売っているのだろうか。

「暇ということではありませんが。 あの、烏さん確認をしたいんですけど」

しっかりと黒烏に目を合わせて言う。 白烏に茶々を入れられたくはない。
黒烏が、ん? という目をこちらに向ける。 白烏は羽を動かし始めた。

「右の穴、以前烏さんは青の穴と仰っていましたよね?」

右側にある青の穴の方を指さして問うている。

「うん? そっちは白じゃ」

「え? でも以前、右の穴のことを聞いた時は青って言ってましたよね?」

自分の聞き違いだったのだろうか、それとも記憶違い?

「何を言っておるか。 それに右の穴はこちらだろうが」

烏が自分の右羽を広げる。
向かい合っているのだ、以前も今も。 ということは左右が反対になる。 今はたまたま指をさしたが今も指をささなければ青と言われていただろう。

「あ・・・」

少し考えれば分かることだった。 体が脱力していきそうになる。

「それが何じゃ?」

「あ、いえ。 いいです」

身体がふにゃふにゃと崩れそうになるのをなんとか堪えて続ける。

「異変なんですけど、それって丸々二十年ごとなんですか? 月日が決まっているとか、そこまで決まっていなくても少なくとも季節は同じとか?」

「いや、決まってはおらん。 おおよそ二十年というところかの、その一年のうちのいつかは分からん。 なんじゃ? 何を知りたいのか?」

「いえ、ちょっと気になって。 それで異変を感じて開眼するのは全員一斉にですか?」

雄哉が開眼者とは限らないがもし開眼者であるのならば、水無瀬と雄哉の開眼の違いに疑問を持っている。 あまりにも違いすぎる。

「いんや、人それぞれ。 異変を感じてすぐに開眼する者もおるし、何年か後の者もおる。 それを知りたかったのか?」

「はい、気になることがあったので」

「ふーん、ではそれで良いな、それでは新しいことを教え―――」

「あ、すみません、教えてほしいのは山々なんですがあまり時間がなくて。 その、もう一つ教えてください、立派な烏さん」

「お? ふふん、まあいいじゃろう。 何でも訊いてみ」

「有難うございます」

ヨイショを忘れてはいない。 そして質問を続ける。 最初に黒の穴に来た時のことである。 水無瀬は魚の案内で黒の穴に入った。 どうして魚は黒の穴に案内をしたのか。

「魚と話してもいませんでしたし、どうしてなのかなって。 魚と話せるかどうかは分かりませんけど」

「ふむ、そのことはあの時、鳴海が帰ってからアヤツと話しておったのだがな、多分、矢島が印(いん)を聞かせたのだろうな」

アヤツというのは白烏のことだろう。

「印?」

「ああ、言葉で印を付ける。 ハラカルラの言葉でな」

「え? 俺、矢島さんからそんな・・・」

矢島からは日本語しか聞いていない。 それもほんの少しの話だった、いや、話というほどもなかった、言葉だった。 ハラカルラの言葉を聞いたのは長からだけ。 矢島から預かったあの紙を長が読んだ時だけ。 ハラカルラの言葉で読み上げると『この言葉は矢島たちに引き継がれていてな』と言っていた。 ライもテンプレートのようなものだと言っていなかっただろうか。 テンプレートであるのならば・・・いや、長は他にも言っていた。

『それと・・・最後の三文字なのだが』 そう言って考える様子を見せたあと『最後の文字は意味としては印(いん)だったと思うが』 そう言っていたではないか。
『こちらの言葉で言うならば “矢島、印” この二文字で矢島を表しているということになる。 日本風に言えば最初の二文字が矢島を表し、そこに判子を押したということになるのかもしれない』そう言っていた。 そしてそう言う前にハラカルラの言葉でそれを読んでいた。

(あの時、長が読んだ最後の三文字。 それが矢島さんの印だったのか)

矢島がこうなることを見越して書いていたのかどうかは分からないが、どうして魚が黒の穴に案内したのかは分かった。 だがあの時、印など関係なく朱門の穴に案内をしてくれていたのならば、こんなにややこしいことにはならなかったのではないだろうか。

(いや、それでも巻き込まれていただろうな)

黒門も白門も必ず水無瀬を探し出しただろう。

「なんじゃ?」

「あ、いえ、何でもありません。 そっか、印か。 だから魚が笑っていたのか」

「ん? 笑って?」

「あ、いや、何でもありません」

よく考えれば長から印を聞かされる前から魚たちは笑っていたではないか。

「いや、何でもなくはない。 魚が笑っておったというのか?」

「あー、笑っていたというか口角を上げてたみたいな?」

黒烏が白烏を一度振り返り顔を戻す。 白烏と目を合わせたようである。

「やはりわしらの見立てに間違いはなかったようだの」

「え?」

コホンと一つ咳をしてみせた烏が言うには、魚たちは何かを認めた時に口角を上げ笑っているように見せるということであった。 何かを認める、それはその人間を認めるということにも通ずる。 認めたというのは、水無瀬の力を認めたということ、このハラカルラにふさわしい者であることを認めたということ。

「ふさわしい?」

「ああ、このハラカルラにふさわしい者。 穢れを持たぬ者であり、またハラカルラに認められる力を持っている者」

「力って・・・俺、何が出来るわけじゃないですし、穢れだっていっぱい持ってます。 あれもしたいしこれもしたい、ああなりたいとか、欲しい物もありますし、人を羨(うらや)んだり口喧嘩もします。 欲の塊だし卑屈な人間ですよ?」

「鳴海がそう思おうとしておるだけで心底はそうではないということ。 このハラカルラに嘘は通用せんからな」

褒められているのだろうか。

いくら魚が水無瀬を認めたと言っても普通の魚に案内など出来ないし、矢島の印を感じることも出来ない。 案内をしたのは稀魚(まれさかな)であったのだろうと言う。 魚の中には稀に特別寿命の長い魚が居るということで、人間でいうところの仙人みたいなようなものであるらしい。 人間である仙人は神通力を持っているともいわれている。 稀魚もまたそれに似た力を持っていて、その稀魚により力は様々だということである。

ハラカルラの中で育った魚、魚だけではない、他の生き物たちもハラカルラからどれだけの力を得ているのであろうか。 それを思うと決して賛成をするわけではないが、白門が考えたことに納得をしてしまう。

「話を戻すが、鳴海の持っておる力じゃがな、初めてアヤツに水鏡の使い方を教えてもらった時のことを覚えておるか?」

「え? はい」

「アヤツが簡単なことと思っただろうと言ったことも?」

たしかにそんな会話をした。 白烏にそう言われて『ちょっとだけ思ったかもぉ』といったのを覚えている。

「アヤツがこれを習得するに何か月もかかる。 長い者では年単位と言っておったのも覚えておるか?」

単に円を描くだけのことだったのにそう言われた。 そして『描くだけというが鳴海だからそう言える』とも言われた記憶がある。

「はい」

「それが鳴海の力。 少なくともハラカルラの水を宥める力を十二分に持っておるということ。 魚たちもそれが分かって鳴海を迎えた。 その力は・・・鳴海が二人目」

「え?」

「一人目は最初の黒の妹」

「え・・・」

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ハラカルラ 第46回

2024年03月18日 21時12分16秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第46回




なんとか渓流を渡り切った水無瀬の尻と胸辺りに縄が巻かれ、縄を持ちながら走って登れと言われた。
え? っと思う間もなく縄が前に引っ張られる。 このまま足を止めていると完全にこけてしまう。 必死で足を動かす。 後ろには新緑がついている。
遅れて渓流を渡って来た雄哉も同じように縄を巻かれ後ろには稲也がついた。 その横をシキミが走り抜ける。

「うそ、早っ」

ライとナギ、他六人で岩から縄をほどいていく。 それを持って岩を飛び越え渓流を渡る。 同時に山側でも木に括られていた縄がほどかれていく。 証拠品は置いていくわけにはいかない。

「くっそ重てぇなぁ」

水無瀬と雄哉の身体を巻き付けた縄を引っ張っている若い者たちの台詞であった。

ライとナギたちが縄を持って山を駆け上がる。
既に中腹で村の様子を見ていたシキミが敵がきた合図の指笛を吹く。
まだ水無瀬達は中腹に着けてはいない。 このままでは見つかってしまうかもしれない。 先には木々が生い茂っているが、水無瀬達を引っ張る縄の関係から木々が少ないところを選んでいたが為、水無瀬達が居るところには木々が少ない。 あったとしても身体より細い木で幹の影に身を隠すことなど出来ない。

「伏せて」

「え?」

新緑と稲也が素早く懐から黒い布を出すと自分と水無瀬と雄哉にかぶせる。

「え? なになに?」

「しっ、奴らが来た、早く伏せてじっとして」

引っ張られていた縄が止まっている。

ナギとライたちもまだ中腹にはついていない。

「こっち」

横から呼ばれた声の方向にすぐに身を隠す。 木々が密集している場所である。


黒門の三人が渓流までやって来た。 スマホのライトを照らしながら二人が上流下流を見る中、一人の男が山を凝視している。

「上流は無理だな」

「ああ、アイツらも下流を下って来たって言ってたからな」

二人が下流に足を進める。

「大きな岩だらけじゃないか、こんなところを水無瀬が歩けると思うか?」

「上流を遡るのはもっと困難だ、渓流は渡れるはずがない。 そうなるとこっちしかないだろうよ。 いつまで山ばっかり見てるんですか、行きますよ」

「・・・いや」

「え? なんですか?」

「お前たちはそのまま進んで行け、俺は―――」

「あー、あったあった。 ありましたよ、真新しい滑った後が」

岩についている苔で滑ったのだろう、しっかりと長く苔が潰れている。 それに手もついたのだろう、爪でえぐられたように苔がこそぎ取られている。 だがそれは決して水無瀬達がつけたものではなく、シキミにそれなりの所にそれなりを残してこいと言われた倉介がつけたものである。
山を見ていた男が方眉を上げそちらを見る。

「いつ逃げたのかは分からないんです。 急ぎましょうや」

「・・・そうだな」

男が足の方向を変えた。
正面突破の黒門にはこんな小細工の発想はない、簡単に引っかかってしまった。


黒門たちが岩を跳び下流へ走っていくのを見届けたシキミ。 再び動けの合図である指笛を吹く。 静寂の中なら通ってしまう音だが渓流を挟んでいる、黒門たちには聞こえない。

黒門の三人が下流には逃げていないと判断をしていつ戻ってくるか分からない。 それに村の中に居る黒門の男たちがやって来ないとも限らない。 再び動き、中腹で休みを取る間もなく頂上を目指すことに変更する。 一気に登るのは体に負担が大きいだろうが、縄で引っ張られているのだ多少なりとも楽であろう。


車の後部シートにどんともたれ掛かった水無瀬と雄哉。 もう足が棒状態である。 結局、頂上へついてその足ですぐに下りへと向かい、ようやく足を止めることが出来た。

「悪かったな、強行突破で」

下りでも縄がつけられたままで、今度は縄を持つ者が後ろに構えていた。 転倒をして転げ落ちることを防止するためだということであった。

「いえ、俺らの足が遅かったのは分かっていますから」

水無瀬の声が枯れている。 口で息をしていて喉がカラカラなのだろう。
助手席でライがリュックからペットボトルを二本出すと水無瀬に渡す。

「水無ちゃん俺も」

やはり雄哉の声も枯れている。 逃亡に付き合わせたお礼と言わんばかりに水無瀬がキャップを開けて雄哉に渡す。
車はすぐに発進した。

「疲れただろう、喉が落ち着いたら寝てていいからな」

はい、と返事をした水無瀬だったが、喉が落ち着いてくると既にライや新緑たちには聞かせていたが、同じ話をはなし始めた。 黒門の穴から出てくると居るはずだった黒門の男たちが居なく、その代わりに白門の男たちが居たと。
このシキミがこの場をまとめているのが分かったからである。 

「雄哉が言うには、白門の人たちが黒門の人たちを木で殴って昏倒させたとかってことです」

「あ、それ間違いないです。 しっかりと見ましたから。 驚きですよ、まったく」

そしてそのまま白門の村に連れて行かれた。

「だから最初に訊いたんです。 青か白かって」

「そしたら白って言ったってことか」

「はい」

「白門に罪をなすり付けている青門ってことはなさそうか?」

「証拠はありませんが・・・根拠はあるつもりです」

「根拠?」

はい、と返事をすると、白門が水無瀬に言った、今までの研究のこととこれから何をしようとしているのかを話した。

「え・・・」

思わず二の句が出なかった。

「そこまで言った上で門の色を誤魔化すことは無いと思うんです」

だが水無瀬には一つ気になることがある。 白門が穴を抜けて少なくともピロティまでやって来たが、そこに水無瀬は居なかった。 そして穴に戻って行った。 その戻って行く姿を見た水無瀬が追ったが、引き留めることが出来なかった、追いつけなかった。 その穴は何色の門の穴かをのちに烏に訊くと青だと言っていた。
広瀬の話からするとその頃に白門の守り人が烏たちの居るところに来ていたということだった。 水無瀬が見たのはその白門の守り人のはず。 それが気にかかる。

「とんでもないことを・・・」


「ライ、どんな具合だった?」

運転手以外は女性である。 後部座席に三人と助手席に一人それも全員口達者。 運転手の肩身が狭い。

「あー・・・どうかなぁ。 まだって感じかなぁ」

「まぁ、いくらも話せてないだろうからね」

「シキミさんの車の中どんな雰囲気なんだろ」

「そうだよね、シキミさんも何考えてんだろ。 別車にしてワンクッション入れればよかったのに」

「いやぁ、そうなったら改めて話すってことになるから、そっちの方が厳しいんじゃない?」

「ライならそれくらい・・・あ、出来ないからあの状態か」

「ライのことだから、水無瀬と話して落ち着けば戻るとは思うんだけどねぇ」

「ホンっと、完全に振られて落ち込んでる大人しい系女子って感じだもんね」

「柚月(ゆずき)言い過ぎぃ」

ライを肴にキャッキャキャッキャと言っている。 自分もいつどこで同じように言われているのだろうか、運転手の肩が下がっていく。


息を吹き返した雄哉が水無瀬に文句を垂れている。

「それにしてもよくも俺を簡単に疑ってくれたな」

「あ、いや、それは・・・。 あ、うん、なんだ、雄哉を信じてるからこそだな、雄哉の言葉をマジにとったってことだな」

「ふーん、モノは言いようだな」

こいつは一生の友だ。

「でも何で広瀬さんが怪しいと思ったわけ?」

「ああ、急に広瀬さんから接触してきたんだ。 最初は良かったんだけど、その内に水無ちゃんのことをあれやこれや訊いてきてさ、で、思い出したわけ」

「なにを?」

「水無ちゃんの持ってたあの紙。 ほら、古代文字かなって言ってたじゃんか」

水無瀬が鼻風邪をひいてドロドロだった時だ。 うっかりポケットから矢島に突き付けられたハラカルラの文字が書かれていた紙を落としてしまったのを雄哉が拾った。 そしてその時にどこかで見た気がすると言っていたのだった。

「広瀬さんが俺に接触してくる前にさ、お近づきになりたいなぁと思って何度か広瀬さんの近くに寄って行ってたわけ。 その時に広瀬さんが同じような文字が書かれた紙を広げてたのを見たって思い出したわけ」

「え? それだけで怪しいって思うか?」

「いやぁ、それがさ、俺が仲良くしてる水無ちゃんにも会いたいって言ってきたから水無ちゃんに連絡入れたろ、紹介したい人がいるって」

その時のことは覚えている。 前日に攫われかけライのバイクで逃げ、その翌日に初めてライと話をし、矢島のことを知った。 その合間の連絡だったのだから印象に深い。
水無瀬が気付いたのを見て雄哉が続ける。

「そしたら水無ちゃんすぐにスマホ切ったし、そのことを広瀬さんに言ったら、最初はそうでもなかったんだけど、水無ちゃんにどうしても連絡を取ってほしいとかって徐々に言いだしてきてさ、ほら何度も水無ちゃんのスマホに連絡入れたじゃん、ラインも電話も。 それをガン無視してただろ」

だから広瀬にどうしても連絡がつかないと言った。 すると広瀬の表情が一瞬厳しくなったのを雄哉は見逃さなかった。 何だろうという違和感を感じた。
どうして水無瀬があの紙を持っていたのかは聞かされてはいなかったが、広瀬も同じような紙を持っていた。 通りすがりざま広瀬の後ろからその紙を見たが、広瀬の友達が「広瀬」 と声をかけ近寄ってきたのを見て慌てて紙をしまっていた。 水無瀬もそうだった、すぐに取り上げられてしまった。
文字であるのならばその文字の違いは分からないが、水無瀬と広瀬の共通点は紙に書かれた文字、そして秘密にしている様子。 そこしかない。

取り敢えず水無瀬にこのことを知らせようとしたが、この時にも連絡がつかなく、挙句に電源を切られてしまった。 何か良からぬことに巻き込まれているのだろうかと思っていた矢先、迂遠にだが広瀬が今回の話を持ってきた。
何かある。 何度も何度も水無瀬に連絡を入れるがどうしても連絡がつかない。 だから一度、広瀬の懐に入って探ってみようと思ったという。

「そしたらこんな話でさ。 驚きだよな」

だが雄哉はそんな話だからこそ広瀬を信じなかった。 水無瀬が捕まる前には水無瀬の監視をしなくていい。 あまり村の中を歩き回りすぎると注意を受けたが、それでも村の中を可能な限り探索をした。

夜中に抜け出し村の端まで行くことが出来たが、翌日、昨夜(ゆうべ)はどこに出ていたのかと訊かれた。 そこで可笑しいと思った。 誰にも見つかっていなかったはずなのに。 仮に見つかっていればその場で声をかけるはずなのに。

「だからさ、外にカメラがあるかもしれないけどそれを探すのは困難。 でも少なくともあの部屋に隠しカメラか何かあるんだろうなって。 朝になって昨夜の俺の動きを見たんだろうなって思ってさ、上手く言い訳しといたけど。 夜に出るなって釘を刺された。 まぁ、水無ちゃんが来てからは多分、二十四時間リアルタイムで見張られてただろうな」

間違いなくモニター部屋があった。 そこはシキミも見ている。

水無瀬が連れてこられても隠しカメラがどこにあるのかが分からなかった。 露骨にカメラを探すなんてことはできない。 夜な夜な目を動かしカメラを探していた。 特に電気を消す前のことを頭に入れ、電気を消したときにどこかでカメラのランプが点灯していないかを探ったりもした。

「ああ、それでか」

「ん? なに?」

「いや、どうして目をあちこちに動かしてんだろって思ってた。 そっか、そんな努力をしてくれてたんだ。 って、一言いってくれてもよかったのに」

「カメラだけじゃなく、どこにマイクがあるかも分かんないのに言えるかよ。 それに言っただろ? 水無ちゃんすぐに顔に出るんだから俺の努力が水の泡になっても困る」

そして広瀬に呼ばれて外で話したときに確信を得たという。 『雄哉、そっぽを向いてるだけじゃ話もまともにできないだろう』部屋の中の様子を知らない広瀬がそう言った。 それは監視カメラで部屋の中の様子を見ていたということ。 その時に確信を得た。

それにそれだけではない、部屋の移動をしたときには見張が立っていた。 移動する前は見張など立っていなかったのに。 それは以前の部屋には監視カメラがあり、今いる部屋には監視カメラがないということ。 だが安易に考え、どこかにカメラなりマイクなりが隠されていては今までの努力が水の泡となってしまう、だからこの時点でも水無瀬に何も話さなかったということだった。
そして部屋を移された時には外の様子を見に行こうと夕飯を取りに行こうか、と言ったのにあっさりと断られた。

「饅頭があるからいいって、なんだよそれ。 大体じっとしててほしいし、きわどいことを訊かないでほしいのに、夜になって立ち上がろうとするわ、ろくでもない質問をしてくるわ、俺の喋り方のこともバラすようなことを言いかけるし」

「あ、そうだよ、あの喋り方なんでなんだ?」

「甘えキャラ? 弟キャラ? どっちでもいいけどそれにしておけば、向こうも要らない警戒をしないだろうしな」

それに雄哉と水無瀬が対等な立場、若しくは雄哉にアドバンテージがあるとなれば、もっと強硬に水無瀬を説得しろと言われるかもしれなかったからだと言う。

「水無瀬って言って止めるのいい気しなかったんだからな」

「あ、それは申し訳ありませんでした」

「ま、そこで止まってくれるのが、俺の感情をよくわかってくれてるって証拠だけどな」

「いつまでもそんな天真爛漫で無垢な雄哉でいてね」

「うっさいわ」

二人のラフな話し方にシキミがちらりとライを見ると俯き加減でいる。 どうしたものかと息を吐く。

「ん? でも雄哉、昼間もよく目を動かしてたよな」

「え? ああ、あれはちょっと、ね」

「いや、ここにきてグレーは止(よ)そう」

「あー、うん。 こんな大したことの後にする話じゃないんだけどさ」

そう言って雄哉が話し始めた。
最近というか、いつからだろうか、ちょこちょこだけれどチラチラ何かが見えると言い、最近それが酷くなってきた。 そのチラチラ見える何かを目だけで追っていたということであった。 そして今も目をこすっている。 水無瀬と同じ症状だ。

「え?」

まさか雄哉も開眼者なのか?

「雄哉お前―――」

「疲れ限界みたい、眠たい。 お休みぃ」

眠たくて目をこすっていただけだったようである。

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ハラカルラ 第45回

2024年03月15日 21時05分26秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第40回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第45回




新緑が後方の足音に耳を澄ませながら辺りも見ずに走る。 目はナギだけを見ている。
あと少しでナギの下に着くというときにナギの手がストップと合図を出し、もう一方の手で方向を示した。 示した方向から敵が来ているということである。
やはり水無瀬達の足に付き合ってしまっていては思いのほか遅れを取る。
新緑の足が止まり後ろに手でストップをかけ家の陰に身を隠す、後ろを見ることは無い。 ライと稲也が水無瀬と雄哉を見ているのだから、その二人の心配は無用である。
怒号が聞こえてきた。

「勝手な事すんじゃねー!」

ガギっという音が響く。
新緑が首をひねる。 忍刀で打ち合っている音ではない、それどころか聞いたこともない音である。

『何が起きている』

手でナギに送る。

『斧と忍刀の打ち合い。 今、忍刀を斧で受けた』

モヤのところと違って、こちらは完全な戦斧となってしまっている。
ナギの返事はライも稲也も見ている。

「斧って・・・黒門も顔負けだな」

ドン引いてしまいそうになる。 村の者には絶対に見つかるわけにはいかない。
黒門と聞いて水無瀬がすぐに反応する。

「この村は白門です」

え? っと、ライと稲也が水無瀬を見る。 新緑はナギを見たまま驚いた顔をしている。

「最初に聞いたんです、白か青かって。 そしたら白門だって」

「どうして白か青かって訊いた?」

それは門であることを前提に訊いているということになる。

「ハラカルラの中で捕まりましたから。 黒門の人が居るはずだったのに居なくて。 その代わりに白門の人が居たんです」

水無瀬の言葉を補足するように雄哉が言う。

「白門っての? 無茶苦茶しますよ、水無ちゃんを待ってた人たちを木で殴って昏倒させてましたから」

三人が完全にドン引く。 素人は加減というものを知らないのか。 ましてやあのハラカルラでそんなことをするなんて。
水無瀬も初めて聞く話に驚き、痛かっただろうと黒門に少しの哀切を感じる。

ナギから動けと指示が出た。

「行くぞ」

走りながらチラリとナギが指をさしていた方向を見ると、遠くに忍刀を手にもう一方の腕を押さえうずくまっている男が見えた。 腕は繋がっている、両断されたわけではなく切られたのだろう。 武器として使われた斧である、忍刀などと違い振り回すと重みが加わりとてもじゃないが忍刀で止められるものではない。 避けるのが精一杯だったのだろう。
怒号こそ聞こえるが男の周りには誰も居ない。 この男が黒門の中で先頭を切っていたと思われる。

ラインの受信があったが、今ナギは目を離すわけにはいかない。 気になりながらも辺りに目を這わしていると祷平太がナギの立っている枝にやって来た。

「方向変更。 山側へ移動」

正面方向から脱出しようとしていたが、ラインに『正面から奥に入っていく人数多し 山側へ移動のこと』と入ってきた。 正面側に車を用意していたおっさんがソロリソロリと車をバックさせている。

正面側ではモヤたちおっさん連中が、それとなく小石を指で弾き飛ばしたり、物陰から小物を転がせては白門の加勢に回り黒門を奥に入れないようにしていたが、とうとう限界がきた。 素人の手加減知らずとはいえ、やはり実践では黒門の方が優れている。
ラインを見た山側と渓流側が山側に移動を始めている。

山側であるシキミが走りながら脳みそをひねる。 どうして渓流側ではなく山側となったのか、などと考えているわけではない。 渓流を遡って移動するということが水無瀬に出来ないのは自明の理であるからである。 脳みそをひねっているのは、どうやって渓流を渡らせるか。 そしてその後の山登りも。

(やっぱり渓流を渡らせずに、そのまま渓流沿いに村の端を歩かせてみるか?)

それは黒門の男たちが最初に白門の村を抜けた方法と同じ道程である。

(いや・・・ありきたり過ぎる。 それにすぐに追いつかれる)

正面から怒号が聞こえているのだ、普通に考えて奥に逃げると考えるだろう。 奥に逃げてしまえば渓流がある、渓流を渡れないのだから渓流沿いを歩く、それには川下に向かっていくしか歩ける道はない。 そうなれば間違いなく黒門にも白門にも追ってこられてしまう。 ましてや黒門などあっという間に水無瀬に追いつく。

どうやって逃がすかという話になった時、懸念を示しながらこの道程を一案に入れた。 その懸念とは、渓流沿いの道は山の上や中腹から確認をしている。 渓流を渡らずとも普通の人間ならばそれなりに険しい道程である。 水無瀬の足で大きな岩を上ったり下りたりは時間の無駄につながり、怪我につながる可能性もある。 酷い捻挫などしては歩くこともままならなくなるというもので、他の者たちもそれは避けるべきだろうという話になっていた。

(渡らせるしかないか・・・)

黒門が朱門は噛んでいないと思っているのならば、水無瀬が一人で渓流を渡るなどと考えないだろう。

(さて、どうやって渡らせるか)

だがとにかく今は渓流に着かねば。

「急ぐぞ」

「はい」


ナギが木から飛び降りて新緑の前に出る。

「変更、山側へ移動」

「了解。 ナギと稲也、交代」

山側へ行くのなら道を知っている稲也が先頭をきる方がいい。
黒門と村の者たちである白門の者たちがもうそこまで来ている。 悠長に構えてはいられないことは分かっている。 それに喧騒と怒号に家の中では身を縮ませていることだろうが、万が一にも窓から外を見るかもしれない。

祷平太に目を移すと後方を見張ってくれているようだ、このままついてきて何かあれば警告を促してくれるだろう。 稲也が木の枝に跳ぶ。 前方を見る為である。 万が一にも家から誰か出てくるかもしれないからである。
新緑が全員に身を屈めるようにと指示を出し、家の間を抜けていく。 いくら身を屈めても向かいの家の窓から見られては丸見えだが、これ以上身を隠すことが出来ない。 窓から覗かないでくれと祈るしかなかった。


「母ちゃん・・・」

「大丈夫、大丈夫。 父ちゃんたちが何とかしてくれる」

大きな怒声が聞こえる中、家の中では母親と子供たちが抱き合って身を縮こまらせている。


白門の男たちが顔色を変えている。 あと少し行けば水無瀬を隠している小屋に行かれてしまう。 そしてその先にはモニターのある家がある。 黒門たちの動きは家の中に土足で入り込み、そこに水無瀬が居ないかを見て回っていた。 もちろんところどころにある小屋にも入り込んでいた。 水無瀬を隠している小屋を見られてしまう。

「行かせるなー! 止めろー! 止めろー!!」

白門の男たちの声が響く。


シキミが渓流に着いた時には既に若い者たちが集まっていた。

「シキミさん、どうします?」

「縄を使う」

万が一を考えて持ってきている黒い縄である。

「了解」

村の道から直接見られないように下流になる位置をシキミが指定し、山側にある二本の木も指定する。 それによりシキミが何を考えているのか分かった若い者たちがすぐに動き出す。
縄は山側に置いている。 八人が山側へ行きシキミが指定した一本の木に高低差をつけ二本の縄を括り付ける。 それを良い位置にあるもう一本の木にも同じようにする。 シキミが指定したもう一本の木にも同じようにする。
同じ木に括り付けられた二本の縄が四セット。 合計八本の縄。 その縄を持って戻ってきた。

「足元一本じゃ心元ないか・・・」

「いや、そこまで甘えさせなくていいんじゃないですか? 女子じゃないんですから」

そう話している間にも縄が岩に括り付けられていく。

「正面、渓流側、両方に退(ひ)くように言ってくれ」

方法は決めた。 これ以上の人数が居ても無駄なだけである。 水無瀬達をここまで運んできている新緑たちを補佐している正面側の祷平太はこのまま山側から一緒に退く。

「了解」

すぐにスマホを手にする。 やはり文字を打つのは若い者に任せる様である。

「くくり終えたら縄の近くの岩に散らばれ」

「了解」

「倉介(そうすけ)、それなりの所にそれなりを残してこい、他の者は水無瀬君他一名を少なくとも中腹まで素早く、苦なく登らせるよう位置につけ」

いくら苦なくといっても一気に登りつめることは不可能だろう。 一旦、中腹で休憩を取らせる。 それにその頃には黒門がこちら側へ来るだろう。 そうなれば下手に動いては見つかってしまう可能性が高い。

「了解」

それぞれが自己判断で配置につく。

「来ました」

シキミが振り返ると稲也を先頭にこちらに走ってきている。 何とか見つからずに来られたようだ。

「お待たせしました」

「縄を渡ってもらう」

「了解」

稲也から遅れて新緑たちがやって来たが、水無瀬と雄哉の息が上がっている。

(息を整えさせる時間はない、な)

水無瀬と雄哉が膝に手をついて肩を上下させている。
後ろを気にしながら祷平太がやって来た。

「祷平太さんが見てくれていたんですか」

「まだすぐにということは無いが急げ」

「はい。 それより・・・」

祷平太が山を上れないとは言わないが、明日がどうなるかが目に見えている。

「分かってるよ、やれやれだな、とんでもない役どころをとっちまった。 先に上がってる」

言ったかと思うとすぐに蹴り上げ岩を渡って山を上り始めた。
明日の祷平太の姿を想像しながらも今をクリアしていかねば。

「水無瀬君、時間がない。 一度大きく深呼吸をしてからこの縄を渡ってもらう」

まだ膝に手をついたまま顔を上げると、額から流れてきた汗が目に染みた。 その汗を手で拭くと、目の前には月明かりに照らされる中、つり橋の板がない状態、縄だけのものがかかっている。 それもかなり簡素に。

説明を聞きながら深呼吸をするが、その説明はとんでもないものだった。
左右両足でそれぞれ一本の縄の上を歩き、左右の脇でそれぞれ一本の縄を挟みながら手で持つ。 そして向こう側へ渡るというものだった。
そんなことできるはずがない、そう言いたかったが駄々などこねていられる状態ではないことは分かっている。 絶対に白門に捕まるわけにはいかない。
一緒に息を上げながら聞いていた雄哉が蚊の鳴くような声で「そんなこと出来るはずがないぃ」と言っている。

「可能な限り揺れを抑えるように固定をする。 早く」

「はい」

息を荒くしていたが為、掠れ声になりながら水無瀬が一歩を踏み出す。

「君も」

「うぇーん」

岩の上に上がり縄の上に足を乗せる。 脇に挟む縄の高さは考えてくれたのだろう、いい位置にある。

「雄哉、行くぞ」

「水無瀬のバカ!」

雄哉、その本気を縄に向けろ。

岩から足を離し一歩を出す。 目の前では数人が岩の上で縄の揺れが大きくならないようにしっかりと握ってくれている。
たわみが足元を揺らすが、それでもその縄を握ってくれているのだから揺れは少ないはず。 脇でしっかりと縄を挟み、縄と自分を一体化させる。

「くっそ、水無ちゃんに出来て俺に出来ないことは無い」


男が家から出てきた。 この家をさんざん物色して回った。 それこそ流しの下の戸棚まで開けて探したが水無瀬の影はどこにもなかった。

「くそ、どこに隠しやがった」

こうなったらやたらめったら探し回るより村の誰かに訊いた方が早い。
その時、後ろから棍棒を振り下ろされたのを寸ででかわし、棍棒を持っていた手をつかむと後ろ手に捻り上げた。

「ぐわ!」

肩の骨が外れそうになる。

「もういい加減やめようぜ、俺たちの本気は分かったはずだ。 それにあんたらもこれ以上村を荒らされたくないだろう。 水無瀬をどこに隠した」

「な、何のことだっ、あんたらが勝手に村に入って来るから俺達が止めてるだけだろうが!」

「いつまでそうやってシラを切るつもりだ?」

ゴギゴギという音がしそうなほど腕を締め上げられる。

「グアー!!」

締め上げている男の後ろから声がした。

「いつまで経ってもお前はやることが荒いなぁ」

顔を見ずとも声で誰かは分かる。

「けっ、放っておけ」

「だがお前より荒いモンもいるがな」

男が前に出てくる。 目だけを動かして男を見ると、その男が顎をしゃくって後ろを指す。 振り返ると目の先には子供を抱えた黒門の男が木の枝に居た。

「ここから子供を落とされたくなかったら水無瀬がどこに居るか言うんだな」

「ま! 待て!」

「何のことか分からない、なんて話は聞かないからな」

その時、黒門の男が水無瀬を隠しておいた小屋に入って行くのをそこに居た白門の誰もが見た。 ゴクリと息をのむ。

「おい! どうするんだ!」

「待ってくれ!」

「待って? 待ってそれから?」

白門の男がちらりと小屋を見る。 その視線を見逃さなかった木の枝に居る黒門の男。

「そうか、あの小屋か」

そういった時、小屋の中から懐中電灯を持った黒門の男が出てきて首を振って水無瀬がいないことを示す。

「・・・え?」

白門の誰もが声に出し目が見開かれた。 その中、一人の白門の男が小屋に駆け寄り小屋の電気をつけた。

「・・・居ない」

柱を見ると縄に括り付けたままの結束バンドが切られてぶら下がっている。

「に、逃げられた・・・」


足元の縄が揺れる。

「落ち着いて。 しっかりと脇で縄を挟んでいれば落ちることは無いから」

縄を揺らさせまいとしている伊織(いおり)である。 伊織とは何度か話したことがある。 水無瀬より二つ年上の双子姉弟で姉は織音(おりね)といって既に村の外に嫁に出ているということだった。 伊織だけに限らず縄を固定してくれている誰もが声をかけてくれる。

(俺はこの人たちに後ろ足で砂をかけた・・・)

「はい」


白門の男たちの反応で水無瀬が逃げたことに気づいた黒門たち。

「ちっ」

木の枝に居た男が舌打ちをすると、子供を抱えたまま飛び降りてきて子供を下ろす。 母親が駆け寄ってきて子供を抱きしめた。

「逃げられたみたいだな」

「ああ、あの小屋に居たってことか」

もう黒門のことなど気にしている時ではない、顔色を変えた白門たちが小屋や木々の中に散らばっていく。

「ちょっとの間、アイツらに任せるか」

「高見の見物ってところだな」

村の中のあちこちではまだ怒号や喧騒が聞こえている。

「どうする?」

「そのうち村の奴らの伝聞が聞こえるだろうよ」

「お優しいこって」

そこへ一人の黒門の男がやって来た。

「何があった」

「水無瀬が逃げたみたいです」

「逃げた?」

「いまこの村のモンらが血相を変えて探してます」

「ま、どこかの陰に隠れてるんでしょう」

男が少し考える様子を見せてからスマホを手に取る。

『水無瀬が逃げた 村の者とのやり合いを止めろ』

そのラインを見た黒門の誰もが「水無瀬が逃げた!」と叫ぶ。 黒門たちの手が止まって後ろに一飛びする。 間を空けられた白門の動きが止まる。

『村の者を見張っておけ 水無瀬を探し出すかもしれない』

スマホをポケットに入れた男がおもむろに話し出す。

「この村に最初に入り込んだ奴らの話を覚えてるか」

「え?」

「渓流を下って来たと言っていた」

「あ・・・」

「行くぞ」

「はい」

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ハラカルラ 第44回

2024年03月11日 21時01分41秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第44回




「おい、畦を車が走ってくる!」

村では見張りに立っていた者が大声で叫び出し、見回っていた者たちが集まって来た。

「水無瀬を移動させろ! 隠せ!」

『水無瀬君 移動、隠す』 すぐに新緑がラインを入れる。

『了解』

「行きます」

ライが誰よりも早く地を蹴り、その後をシキミや他の者たちが続く。 渓流側でもキリを先頭にモニターのあった家に足を急がせている。
ライは焦っていた。 水無瀬を確認した後、シキミに願い出ていたがそれが通らなかったからである。

『また場所を移動させられてはまた一からとなります。 このまま見させていて下さい、お願いします!』

だがそれは通すことの出来ない話。 一人残すということが出来ないのは勿論だが、この村が青か白の村とわかった。 万が一にも見つかってしまっては門同士の対立となってしまう。 これ以上、門同士で争いたくはない。 こういうところもまた、まだ若い者だけには任せられないというところである。


モニター部屋の戸が開けられると、そこに水無瀬の知らない男三人が立っていた。 だが知らない男であろうとこの村の者には違いない。

「移動する」

「またですか、いったい何があるんですか」

男二人が近づいてきて雄哉の首にナイフを当てた。

「なっ! 何するんだ!」

当の雄哉は「えー、何でこうなるの?」 と暢気に言っているが水無瀬が声を荒げる。

「お前が一言でも発したり逃げようものなら、どうなるか分かるな」

「何もかもにおいて卑劣なことを」

水無瀬の背中が押され五人で部屋を出ていく。 先頭に立っていた男がドアを開け左右を見る。 見張りに立っていた男たちは既に正面側に移動している。


車が村の中に入ってこようとするのを体を張って村人が止める。 黒門とて人を轢(ひ)いてまでとは思ってはいない、急ブレーキをかける。

「なんだー! お前らは! 昼間のもんか!」

車の中でかったるそうな顔をしている黒門たち。 運転手が顎をしゃくると他の者たちが車を降り始める。 後ろに続く車からも何人も降りてきた。

「あの時は騙されたが今度は徹底的に探させてもらう」

「何のことだ!」

「しらばっくれてんじゃないよ! お前ら青門か白門だろうが!」

「なっ! 何のことだ!」

黒門の男たちが村人をより分けて村の中に入ろうとする。 黒門一人一人に村人が何人もで止めにかかる。 村の奥からも何人もの男たちが走ってきている。

モヤがワハハおじさんに合図を送る。 ワハハおじさんを先頭に村沿いに田んぼの淵を走る。 この村は徐々に上り坂となっていて、村沿いに田んぼの淵がずっと続いているわけではなくこの先に行くと幅のある用水路が現れてくる。

木々の間から見える村の中の様子を確認しながら、村人の姿が見えなくなったところで木々を渡りながら村の中に入る。 どれだけ枝の揺れる音が鳴ろうと葉擦れの音がしようと、怒号の声で消されていく。 殿(しんがり)を務めていたモヤが木に上るとその場に足を止める。 その前を走っていた数人のおっさんたちも木の上で足を止めている。 ここで黒門たちの動きを見張る。

ワハハおじさんに続いていたおっさんや若い者たちも木々を移動していき、村人に見つからない位置まで来た時には物陰に隠れて移動していく。 四人一塊となり事前打ち合わせの場所にちりぢりになっていく。 水無瀬を助け出した後の移動経路を確保しておくためである。

ワハハおじさんがモニターのある家に着いたころには、既に山側が着いていたが見張りが立っていなく、窓から覗いても水無瀬を確認できなかったとのことだった。
村の男たちは全員と言っていいだろう、正面側で黒門と揉めているはず。 探すのならば今しかない。 そこへ渓流側がやって来た。

「足を止めている暇なんてありません、探しに行きます」

村の男たちは居なくとも家の中には女子供が居るにもかかわらず、ひそめているとはいえライが声に出した。
冷静になれていないライ。 水無瀬を確認した時も必要以上に時間をかけていた。 キリからの合図がなければ危ないところであった。 本当なら退かせたいところだが、ライの話から二人だけに分かるサインがあるということで、それを外すことは出来ない。

『一人では行くな』

『私が一緒に行きます』

ナギである。 このペアは何年もずっとこの二人でやってきている、それに二人とも水無瀬に長くついていた。

『よし。 ナギと新緑、稲也も一緒に行け。 ライ、絶対に先走るな』

新緑はこの辺りのことをワハハおじさんに続いて知っている。 そして稲也は山側の方を知っていて渓流側はナギが知っている。 三方向を知っている者たちで動かす、そうすればどんな不測の事態が起きても対応できる。
若い者だけで組ませるのには一抹の不安があり、シキミかキリがついて行きたいところだが、他の者たちに指示を出さねばならない。

『他の者たちも四人一組で決められた場所を探せ』


モヤたちの足の下では団子状になって黒門と村の者たちが争い合っている。 そこへ数人の男たちが農具を手に走って来た。

(おいおい、鍬(くわ)とは物騒なこった。 なんちゃって戦斧(せんぷ)かい)

戦斧は斧であるが持っているのは鍬である。 したがって “なんちゃって戦斧” と言ったのだろう。
男が鍬を振り上げた途端、黒門の男が手刀をその腕に入れる。 「ぐわっ」っと叫んだ男が鍬を落とすと、違う男がそれを手に取り再び振り上げる。
違うところでも鍬を振り上げている。 まるで殺人現場を見ているようで気分が悪い。

(嫌な役どころを取っちまった)

忍刀やクナイならまだしもと思っているようだが、それはどうだろうか。

黒門の何人かが鍬に襲われ血を流している。

「おい! もう遠慮することは無い!」

そういった黒門の男が忍刀を背から出す。 相手が先に武器を出してきたのだ、これ以上我慢の必要はない。

(お前らに遠慮という言葉があったとはな)

忍刀を振り回しながら黒門の数人が隙を突いて走り出すのが見えた。 少し様子を見ていると鎌(かま)を持った男が追いかけて走り出した。
木の上のおっさん一人がその後を追う。


「なぁ水無ちゃん、どうしてこうなると思う?」

最初はあの三人が付いていたが、応援に来いと言われここを出て行った。
水無瀬は柱を巻いている縄に通された太い結束バンドで手首をくくられ動きを封じ込まれ、口には手拭いが巻かれている。 雄哉は結束バンドだけで、それも縄に通されていなく、口に手拭も巻かれていない。

「俺って半分信じられて半分信じられてないみたいだな」

水無瀬がジロリと雄哉を睨む。

「怒るなよ。 ま、でもいいか。 よいしょっと」

立ち上がった雄哉が小さな窓から差し込む月明かりの中、足で何かを蹴っている。 そして「あった、あった」と言うと、後ろ手にそれを拾っているようだ。

「何がどうなってるのか分かんないけど、今がチャンスかな? ってな」

(どういう意味だ?)

ごそごそと後ろ手に何かをしている。 そして「よし、オッケー」というと水無瀬に近づき後ろ向きに座り込むと、水無瀬の手首に巻かれている結束バンドの位置を自分の手で確認し始めた。

「手、切ったら許せよ」

自分の手で水無瀬の手を確認すると次にゴリゴリという響く感触が手に伝わってくる。

「硬った! この状態、うまく力が入らない」

(何をしている?)

「でも縄切るよりこっちのほうが早いだろうからな」

(え?)

雄哉が蹴り飛ばした物の方に目を移すと、そこにはヤスリやライター、掌に入るサイズの小さな懐中電灯などが転がっているのがうっすらと見える。
ブチっという音がした。 「あ・・・」手が解放された。
「ああー、指がどうにかなりそう」 などと雄哉が言っている。 振り返ってその手を見てみると少し錆びたカッターを握っていた。 すぐに口に巻かれていた手拭いを外す。

「雄哉?」

「次、俺。 水無ちゃん切って」

「あ、ああ」

水無瀬が雄哉の手に巻かれている結束バンドを切ると「きつく巻きすぎなんだよ」と言いながら手首をこすっている。

「雄哉?」

「話はあと、まずはここを出る」

そっと戸を開ける。 遠くから怒号が聞こえてくる。

「何かやってるみたい。 祭か?」

そんな楽しげな声ではないだろう、と言いたかったし、なにより朱門が見つかった可能性が高い。 だが何度か目にした、耳にした黒門と朱門の戦いのときには剣戟こそ聞こえてきてはいたがこんな怒号などなかった。

(どういうことだ)

それとも叫んでいるのは白門の者だけなのだろうか。

「でもあっちの方から聞こえてくるってことは、この村から出られない」

「あっちがこの村の出口か?」

「そう」

「他に出られる道はないのか?」

「反対方向は渓流だし、こっちは完全な崖上り状態、その反対方向に行こうと思うとかなりの数の家の中を通らなきゃいけないし、その先には幅のある水路がある。 ましてやこの村は道が徐々に上がってきてるから、高い位置から水路なんて跳び越せない」

だからワハハおじさんたちが簡単に入り込めなかった。 縄を使って跳び移ることが出来なくはなかったが、水無瀬が監視されている状態で村の者たちは敏感になっているだろう、そうなると家の中の者に気づかれるかもしれなかったからである。

「じゃ、他にどこか隠れられるところはないのか? とにかくここから出・・・」

「ん? 何だ?」

水無瀬が振り返り雄哉が蹴散らしていた物を手に取る。

「さっきまで居たところに戻る」

ライはもう来たのだろうか。 まだならあの場所に戻らなくては。

「はぁ!?」

「極力村の人に見つかりそうにない道を先導してくれ」

「本気か?」

辺りを見ながら水無瀬と雄哉が移動していく。 電気の点いている家からは時折、話し声が聞こえてくるが、その声の中に男性の声は聞こえない。 この村の、白門の男たちは全員あの怒号の中に居るのかもしれない。 やはり朱門が見つかったのか。

(ライ・・・)

雄哉の先導で何度か曲がりながら移動して行くと、さっきまでいた家が見えてきた。 だがこの家の中に入るつもりではない。 雄哉を抜いて水無瀬が前に出るとトイレの窓があった外側に歩いて行く。


(くそっ、どうして見つからない)

どこにも見張の立っている様子が見られない。
ぐっと肩をつかまれた。

『焦るな』

(ナギ)

『水無瀬は必ず見つかる、落ち着け』

(分かってる、分かってる、でも時間がない)

怒号が遠くに聞こえていたのにだんだんと近づいてきている。 もう時間がない。

『水無瀬と話したのだろう、その時のことを思い出せ』

(・・・え?)

あの時・・・『かならずたすける』そう鏡文字を書いた。
『必ず助ける』
これだけ探しても見張りが立っていない。 ということは、もし水無瀬が見張りの居ないところから出られたとすれば、その先をどう動く。
考えろ考えろ、時間がない、考えろ!


トイレの窓の下に座り込んだ水無瀬。 その隣には雄哉が立っている。
手の中に入れていた物のスイッチを入れる。 暗い空に向けて一点滅に一、二と数えてゆっくりと二度点滅させてから点灯する。

「ちょっ! 水無ちゃん、何やってんだよ、そんなことしたら見つかるだけだろ!」

かなり感情が入ってはいるが、その声は殺している。

(ライ・・・気付いてくれ)

点灯していた懐中電灯のスイッチを切る。 しばらく待ったがライの姿は現れない。 もう一度懐中電灯のスイッチを入れようとするのを雄哉が止めた。

「いい加減にしろよ、そんなに見つかりたいのか」

「・・・あと一回だけ」

「水無ちゃん」

雄哉が懐中電灯を押さえていた手を引く。

「ありがと」

さっきと同じようにゆっくりと二度点滅させてから点灯をする。 十秒ほど点灯させたままでいたが、やはりライの姿が現れることは無かった。

「気が済んだか」

「・・・ああ」

「とにかくこんなところに居ちゃ見つかるだけだ、どこかの農機具小屋に入り込もう」

雄哉に促されるまま水無瀬が腰を上げた。


団子になっていた正面側が崩れた。 そこへ黒門の車が次々と入って来る。 村の男が車のドアを開けようとするが、ロックがかかっていて開けることが出来ない。 そこへ鎌をもってやって来た男が窓を割る。 男が手を伸ばしハンドルを握る手を離させる。 ハンドルがぶれて木に突っ込む。 他のところでも窓から伸びてきた手にハンドルを取られ村の者に当たったりしている中、突っ切って村の中に入っていく車もある。

『車一台、村に入って下さい』

若者に比べると随分と遅いタップでモヤがラインを入れる。 車で待機しているのはおっさんの中の上位人である。 少しでも文字数を少なくしたいのに “下さい” と打たなければいけないことにジレンマを感じる。

キリとしては黒門の車が全てやられれば、残っている村の者たちも先に入って行った黒門を追って村の中に入っていくことは間違いない。 村の中に入らずとも、まるで黒門の車ですといった態で入り口辺りに車を停めておけば、水無瀬に畔を走らせることもなく逃かすことが出来る。

(水無瀬君はまだ見つからないか)

ラインで水無瀬が移動させられていたと送られてきていた。 そしてその後の連絡が未だにない。


「どこに行く」

目の前に男が現れた。

「水無ちゃん逃げろ!」

叫ぶ雄哉の声はまだ姿こそ見えないが、村と黒門の男たちの怒号に消されている。

モヤからのラインを見た。 正面側で車が待機していることは分かっている。 ナギが木々に物影に目を移す。 正面側から逃げるに水無瀬を連れどう経路を取ればいいのか。

「・・・ライ」

「これ以上探させないでくれ、心臓が破裂する」

考えた、考えた。 自分は水無瀬に『必ず助ける』と伝えた。 もし水無瀬が移動出来る状態であるのならば、自分と水無瀬の知っている共通の場所はモニターのある家のトイレ。 トイレの窓。 そう思った時にはもう足が動いていた。 モニターのある家に近づいてきた時、僅かにだが空に向けてはっきりとはしないが、ボワンとあのサインが見えた。

―――水無瀬が居る。

「再会の挨拶はそれまで。 一旦身を隠す」

この辺りを知っている新緑が先頭を切る。 物陰に隠れるとすぐにナギが『水無瀬 確保 モニターのある家近くに居ます』とラインを入れる。

「今正面で黒門とこの村の者たちがやり合ってる。 簡単に正面からは出られない」

そして水無瀬の横に立っている青年を見る。

「戸田雄哉くん? 水無瀬君の友達の」

「はい」

次に水無瀬に目を転じる。

「逃げるのは水無瀬君だけ?」

「なんで俺を避(よ)けるんですか」

「あ、雄哉も一緒に」

「ふーん、理由が分からないけど了解」

だが六人での移動は目立つ。 それに水無瀬も雄哉も朱門の者ほど機敏に動くことは出来ない。 よってライは水無瀬に、稲也は雄哉に付くようにと言いナギはその補佐。 そして新緑が先頭を切る。
喧騒はかなり近くまで来ている、このままここに居るわけにはいかない。 新緑が物陰から顔を出して辺りを見回すと、離れた木の上におっさんが立っているのを目にした。

「ナギ、祷平太(じゅへいた)さんだ」

「了解」

ナギが身を翻して祷平太の立っている木をめがけて走る。

「すげ・・・」

あまりの俊足に思わず雄哉の口から洩れる。
地を走っていたかと思うと家の屋根に飛び乗る。 そのまま木々の枝を渡る。

「祷平太さん」

隣の木の枝に飛び移って来たナギ。 その姿は少し前から見ていた。

「水無瀬君は」

ナギが遠くの一角を指さすが、そこに見えるのは新緑だけである。

「水無瀬と戸田雄哉を逃がします。 ライと稲也がそれぞれに付きます」

戸田雄哉も? 一瞬、祷平太が眉を上げたが問い返すことは無かった。

「素人二人か・・・」

この状態である、それはキツイな、と言いたかったが最後まで口にすることは無い。

「私はライと稲也の補佐に付きます」

「分かった。 まだギリギリ間に合うだろう、こっちへ連れてこい」

正面側から逃がすということである。

頷いたナギが戻って行く。 祷平太はギリギリと言っていた。 ゆっくりなどしていられない。 すぐにこっちへ来いと手で合図をし最後の木の枝で止まる。 上から様子を見る為である。

「行くぞ」

新緑が走り出しそれに水無瀬が続き、ライ、雄哉、稲也と続く。

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ハラカルラ 第43回

2024年03月08日 21時03分25秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第40回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第43回




八時を越した。 既に村の外は月明かりだけになっていることだろう。 現時点で黒門の動きはまだない。

『山側 渓流側、可能であるなら数人入って水無瀬君の位置を特定してほしい。 正面側は村の見張りが立っていて簡単に入り込めそうにありません』

『了解』と、山側、渓流側からラインに返事が入った。

「かなり警戒してますね」

正面側から見て村の連中が何人もうろうろとしている。

「黒門の件があったからな、当分この状態は続くだろう」

「無暗に村のどこかから入るのも危ないかもしれません、一旦引いてあっちの連絡を待ちますか?」

必ず正面から入らなくてはならないわけではない。 村は木々に囲われていて村の途中のどこかから入ってもいいのだが、黒門をかなり警戒している今の状態では見つかる可能性が高い。

「そうだな」

闇夜に紛れて三人の影が走り出した。


渓流側ではやはりキリと泉水とナギが潜り込む。 そして山側でもシキミと稲也、茸一郎となったが、ここでライが手を上げた。

「俺も行かせてください」

シキミが眉を上げる。

「足を引っ張ったりなんかしません」

「それは分かっているが・・・」

「シキミさん、いいんじゃないですか?」

「勝手にスピードを上げてみんなを焦らせたお前が言うんじゃないわ!」

声が大きすぎると誰もが「しー!!」っと口の前に人差し指を立てている。

「あの時はあのスピードに俺も焦りましたけど、まぁそれはそれってことで。 ライ、感情的にならないって約束できるか」

「はい」

ライから “はい” などという返事を聞くとは思ってもいなかった。 それはこの会話を聞いている全員が感じていることだろう。

「ってことです。 シキミさん、連れて行ってやってもらえませんか?」

「はぁ・・・しゃーないか」

シキミとて詳しいことは知らないが、今のライがどうしてそうなったのかは知っている。 シキミだけではない、若い者たちもそうである。
ライが軽く頭を下げる。

「指示はその都度出す、指示違反は絶対にするなよ」

「はい」

「よし、行くぞ」

隠れていた山の中腹辺りから坂を滑り降り渓流を渡る。
渓流側、山側それぞれが村に入り込んだ。

数人の村人が外に出ている様子ではあるが、正面側が入ることが出来ないと言っていたほどではない。 物陰に隠れて移動していく。
どこかの家に入れられている可能性が高い。 そうなると家の外に見張りが居るだろう、この村の者が動きもせず戸の前にじっと立っているとすれば、それが見張り。 その家に水無瀬がいる可能性が高いということになる。

正面側より随分と楽に入れた山側と渓流側。 そこから考えるに渓流に近い家には居ない可能性が高い。 もしどこかの家に水無瀬が居るのならば見回りの村人がもっといるはずである。 それにどこかの家にじっと立って見張っている者はいない。
それはどうしてだろうか。 単純に考えて黒門は正面から入って来た、それだけを考えると奥に奥に水無瀬を隠すはず。 それなのに村の奥となる渓流に近い家には隠していない。 黒門が渓流から来るかもしれないと思っているのだろうか。 いや、そうであるのならば見回りがもっと居てもいいはず。 それは山側、渓流側ともに感じていることであった。

『あんまり正面の方には行くな』

今回は三人まとめての移動と決めていたが、多少ばらついても良いということになっていた。 あくまでも前回と同じくナギと泉水は二人行動と決められてはいるが。

シキミの手が後方から来る三人を止め、上を指さす。 屋根に上がって隠れろという指示である。 すぐさま三人がそれぞれ平屋の屋根に身を隠す。
そっと覗いてみると男二人でこちらに向かって歩いてきている。 見回りであろう。 だがその見回りが方向を変えた、それはこれ以上奥を見回るつもりがないということ。

シキミが考える。

この村の者は渓流側から黒門が来ないと考えているのだろうか。 もしこの村の者が普通の生活をしているだけなのならば、渓流側から村に入ることなど出来ないと考えていても可笑しくはない。 それならば渓流側の家のどこかに水無瀬を隠すはず。 朱門の誰にしても日頃からの鍛錬があるからこそ、渓流を渡ることが出来るのだから。 ということは・・・。

シキミが合図を送る。 稲也と茸一郎は二人バラけることなくこの先を探る。 だが正面の方には行くなと。 そしてライにはついて来いと。
シキミが周りを確認し、屋根から飛び降りるとライがそれに続いた。 稲也と茸一郎が一度でもあそこに一緒に来ていればライを指名などしなかったが、稲也と茸一郎共にそこには行ったことが無い。 誰を連れて行っても同じ話であるのならば、この辺りを一度は見ている稲也と茸一郎にここは任せて、ライを連れて行くのが賢明である。


キリが木の陰に隠れて足を止めた。 ナギと泉水も足を止める。 そのキリが何かを考えている様子を見せている。
今日黒門と小競り合いがあったというのに見回りの人数が少なすぎる。 正面側に集中しているとしてもこれではお粗末すぎる。 その時にふと気づいた。 あくまでも地図上だけではあるが教えられていた場所が二か所ある。 確認しておいてもいいだろう。

『お前らはこの辺りを探れ、絶対に正面側に近づくな。 それと見回りが増えてくるようなら退け』

『キリさんは?』

『気になる所がある、そこを見てくる』

『了解』

シキミとライ、キリ共に物陰や屋根に身を隠しながら移動していく。


(居ない様子か?)

見回りがウロウロしている。 窓に近づいて中を確認することが出来ないが、見張りがいるわけではない。
そこは水無瀬がいた家である。 もしかして黒門を退けてから戻した可能性があると考えたのだが、近づくことが出来ない。

(それともこの見回りたちはずっとここらあたりを見回っていて、見張りの役目もしているってことか? いや、それなら隙を突いて水無瀬君が出てこられるはず。 あー、雄哉ってのが居て出られないか)

雄哉と水無瀬がどういう仲なのかは聞いた。 だが今の水無瀬にとっては不利益となる存在かもしれないということ。 雄哉の存在意義が全く見えてこない。
しばらく様子を見ていたが、これ以上いると見つかるかもしれない。 気になったもう一つの場所に移動する。

(やっぱりな)

見張が立っている。 出入り口と二つの窓にそれぞれ二人づつ。

『見張が居るということから、あそこに水無瀬君が居る可能性が高い』

驚いた顔を見せたライ。

『中を目視できるのはあの見張りが立っている窓だけだ』

窓にはそれぞれ二人の男が立っている。 近づくことなど出来ない。

『向こう側と右側に小窓があるが、家の中を見ることは出来ない。 多分向こう側は便所の窓だろう』

トイレは勿論そこしか見ることが出来ないし、台所の小窓は台所しか見ることが出来ない作りになっていた。

(トイレ・・・)

もしかしたら可能性があるかもしれない。

『向こう側の窓に行ってもいいですか?』

シキミが首を傾げる。

『見張が立っていなければ可能性としては低いですけど、確認できるかもしれません』

そう言って朱門を出る前に練炭から渡されたプレゼントを見せた。
見張りに見つからないために、かなり迂回して反対側までやって来た。 トイレだと思われる窓に見張りは立っていない。 それはそうだろう、男の身体ですり抜けられる大きさの窓ではない。
ずっとここに立っているわけにはいかない。 近くの家の屋根に上がり身を潜ませる。


『なぁ、ライ』

『うん?』

黒門の穴からの帰りの時だった。

『もし俺が朱門に捕まったとしたら―――』

この時の水無瀬は朱門のことを黒門と、そして黒門のことを朱門と思っていた。 そう聞かされていた。

『縁起の悪いこと言うなよ』

それに朱門に捕まったなどと聞きたくない。 自分たちがまさにその朱門なのだから。 嘘をついていることに心が痛んだ。

『いや、万が一のことがあるだろ? サインを決めておかないか?』

『サイン?』

『そ、いくつかのサイン』


その中に今の状態から発することの出来るサインがあった。
身を潜ませて十分が経つ。
うん? と心の中で言ったのはシキミである。

『キリさんだ』

だがライは目を動かそうとしない。
その時だった、トイレと思わしき小窓の電気が、ゆっくりと二度点滅してから点灯した。

サインだ。


『カチカチって早く点滅させると、接触不良の時にもそうなりがちだから、ゆっくりと。 一点滅に一、二って数えてからって、どう?』

『なんだよ、それ』

あの時にはそう言って笑っていたが、こんなところで役に立つとは思ってもいなかった。


『行きます』

ライが辺りを素早く見回してから屋根から飛び降り、一直線に小窓に走る。 その様子をキリも目にしている。 ライが降りてきた家を見上げると、そこにシキミが居てこちらを見ている。

『水無瀬君の確認中、そちら側の補佐お願いします』

『了解』

見回りが回ってくるようなら、キリが合図を出すということである。

電気はまだ点灯している。 ライが小窓の間から練炭に渡されたキャラクターの書かれたメモを入れる。 ジップ付きの袋の中にメモが入れられて練炭からは渡されていたが、ジップ部分が太くなって窓から入れられそうになく、メモだけを入れた。
水無瀬はトイレに座っていて、後方にある窓からメモが入れられているのを目にしていない。
用を足して流そうと振り返った時、ほんの少し窓からはみ出しているメモにが目に入った。

ワハハおじさんからメモをもらってからは、無意識に窓を見てしまっている。 今もトイレに入ってすぐ窓を見たが、その時にはメモなどなかった。
メモを引き抜いて手に取る。 あの何度も見たキャラクターの描かれたメモ。

窓から引き抜かれていくメモを目にしてライがホッと息をつく。

―――気付いてくれた。

トイレの中でメモを見た水無瀬。
何も書かれていない。
だがこの窓の向こうにライが居るのかもしれない、サインに気づいて水無瀬がこの家に居るのを確認しているのかもしれない。

黒門に居た時にはサインは出さなかった、そんな気持ちにはなれなかった。 だが冷静に考えることが出来るようになり、朱門が接触してきてからは今までいた家で何度もサインを出していたが、いつも空振りに終わっていた。 だがここにきてサインに気づいてくれた、ライがいるのかもしれない。
窓は錠付きのストッパーが付けられ、開けられないようになっている。

―――どうすればいい。

どうやってここに居るのは自分だと知らせればいいのか、ペンなど持って入っていない。 迷っている暇などない、あまり遅くなると雄哉に怪しまれる。
不審なメモがあれば引き抜くことくらい水無瀬でなくとも誰でもする。 何も書かれていなかったのだ、そのメモを元に戻すこともするかもしれない。 そう受け取られては困る。

(このメモなら二倍の厚さになっても桟の間は通るはず)

縦二つ折りにすると窓の間に入れ込む。 二つ折りにすることでこのメモを受け取ったと示す。 もし窓の向こうに居るのがライでなくとも、このことに気づいてくれたのならばメモを引き抜くはず。 それを目視できるように全ては入れ込まない。 引き抜いていかれる状態を目で確認したい。
メモから手を離すとすぐにメモが軽く一度引かれ、また少し戻してから引き抜かれていった。

―――ライだ。

遊び半分で言っていた話を覚えてくれていた。


『それと・・・何かあった時の何かの受け渡しってのは?』

『何だよそれ、何かばっかりじゃないかよ』

『そうだな・・・物的意思疎通?』

『物で意思疎通? もういいだろ、点滅だけで十分だろう』

ライが笑いながら言っていた。 だからその後も話をつづけた。 その中でこのやり取りと似た話をした。


「ライ」

押し殺してはいるが間違いなく水無瀬の声。 水無瀬がこの向こうに居る。
こちらから声を発することは出来ない。
窓に指をぎりぎり触れない位置にあてる。

『かならずたすける』

鏡文字、ライが左右反転した文字を書いた。 その指が窓からまだ離れていない。 そして再びゆっくりと動く。

『ごめん』

その時、鳥の鳴き声がした。 すると指が窓から離れ、それっきりとなった。

「・・・ライ」

鳥の鳴き声は敵が近づいていることを示す合図であった。


『水無瀬君の居る場所が分りました 例のモニターのあった家です』

全員がラインを見て「よっしゃー」と小声で叫んでいる。
だが迷うことなくモニターのあった家に行けるのは、モヤとワハハおじさん、新緑とシキミと今回探りながら来たキリと、シキミに連れられて行ったライだけである。
山側、渓流側からの情報によると、やはり正面側に見張りがうようよいるとのことだった。 正面側は簡単に入れそうにない。 そうなると水無瀬を救出するのは山側か渓流側となる。

山側にはシキミとライが居る。 そして渓流側にはキリが居る。 どちらかか、どちらもがモニターのある家に向かえばいいのだが、そのあとを考えなくてはならない。

「やっぱ、どう考えても水無瀬君の足じゃこの山を登れないでしょ」

「いや、その前に渓流を渡れないだろ」

水無瀬がずっと渓流の岩を跳んで移動していくなどとは奇異荒唐(きいこうとう)である。
それに万が一にも黒門とやり合うとすれば、正面側の人数が多いのだ、正面側に入ってもらわなくては困る。 やり合うとなれば村の見張りも何もあったものではないが、極力それは避けたい。

あの村の者たちは朱門や黒門のようではないと見た。 少なくとも朱門があの村の立場であれば渓流側も見回る。 きっと黒門にしてもそうだろう。 渓流を渡ることが出来るという発想が出来ない村、それは運動能力に欠けているということ。 そうなればこちらがあの村に手を出せば素人に手を出したということになる。 村の者に手を出さなくとも、黒門とのやり合いに巻き込んでしまうかもしれない。
現時点で黒門の人数を確認できているのは二十四人。 だがこの時間になってもまだ黒門に動きがないということは、応援を待っているのかもしれない。

「それにしてもシキミさん、モニターの家に水無瀬君が居るかもしれないってよく考えられましたね」

モニターのある家の様子は聞いていた。 フローリングに応接セットとデスク。 そのデスクの上にモニターがあっただけだと。 そんな家で生活をさせるつもりなのだろうか。

「ああ、村の中に入って可笑しいと思ったんだ。 黒門が正面から入って来たんだから、奥に奥に隠すはずなのに見回りの様子から奥には居ないと思えた」

あの村の者は村人以外を自分の家に入れたくないのではないかと。 実際、移動する前の家は水無瀬と雄哉の二人だけが居る家だった。 そうなるとモニターのあった家の可能性は捨てられないと考えたという。

「多分キリさんもそう考えたんだろうな」

キリもやって来ていたのだから。

「キリさんが考えたように、ライが確認した後に元の家に戻されるかもしれない。 俺らが入るときにはどちらの家に居るか分からない。 両方に足を運ぶ。 それとそれ以外も考えられる、見張りが立っているかどうかをまず探る。 可能性として大きいのは物置、農機具入れ」

「了解」


十時を回った。

「なんか連絡を取り始めましたね」

柳之介たちと同じパーキングに車を停めている黒門に着信があったようだ。 その男が耳にスマホを当て何か話し、ちらりと腕時計を見たのが見える。

「そろそろ動くってか?」

話が終わったようだが車から降りてくる気配はない。

「うーん、なんだ?」

「合流の時間待ちですかね」

それから二十分後。
黒門の男たちの車が動き出した。

『黒門の車に動きあり』

全員のラインに着信があった。 柳之介からである。 柳之介たちと同じパーキングに停めていた黒門たちが動き出したということである。

『こちらも車が出て行きました』

柊人(しゅうと)である。 こちらも同じパーキングに黒門たちが車を停めていた。 連絡を受けた山側が山を下りて行き、渓流側が村の方に移動する。

「やっと応援が来たってところか」

「ということは、正面突破でしょうね」

道路に十台以上の車が停められるのを見ていたワハハおじさんたち。 柳之介と柊人たちが乗っていた車メンバーは、パーキングに停められた車を見張っていて、上位人たちが各車の運転席に座している。 あとの者たちは既に田んぼの中に入っていた。 正面から村に近づくことを避け、木々の生えている村と田んぼの境である。
道路側をじっと見ていると、六台の車がやって来たところですべての車が動き出すのが見えだした。 その車が一台一台と畦の中に入って行く。

『黒門 車で村に入ります』

『了解 村に入ります』 既にスタンバイしていた山側、渓流側からの返信である。

黒門がどんな形で村に入るかは分からない。 きっと正面突破だろうとは思うが、水無瀬がどこに居るのかを黒門は知らないはず。 応援を呼んだほどなのだから、かなり村の中を荒らす気なのだろう。 その隙を突いて水無瀬を奪還する。 村の相手は黒門に丸投げのつもりである。

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ハラカルラ 第42回

2024年03月04日 21時39分10秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第40回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第42回




「渓流側が先に着く。 そんな青ざめた顔してんなよ、ナギがお前の気持ちに共鳴したらどうすんだ。 渓流の中、足滑らしたりするかもしれないだろ」

双子に限らず三つ子にしてもそうだが、離れていても互いの気持ちが通じるということが間々ある。 二卵性とはいえライとナギも双子であるし、ナギの気持ちを察知することは常ではないにしてもライとて経験がある。

「・・・分かってる」

「おっしゃー、ライ、とばしてやる! 体ほぐしとけ!」

若い者五人が乗った車のアクセルが踏まれ、シキミの運転する車をぶち抜いて走る。 運転しているのは茸一郎である、前回も来ているので道は覚えている。

「あんのバカヤロが!」

シキミの足がペダルをベタ踏みする。 運転席以外のシートでは背中がシートに張り付いた。

「うわぁーシキミさん、こんな所で捕まったら元も子もないですよぉー」

「追いかけて来たらぶっちぎってやるよ! にしても、なんであの車に乗せちまったんだ!」

アクセルをベタ踏みしているのにもかかわらず、少しずつ離されていく。 ライたちの乗った車ほどシキミの運転する車はスピードが出ない。

「新車っすからね」

ライたちが乗っている車は村の車ではなく、少し前に茸一郎が個人で購入したものである。 黒門とのバトルがないのならば車に傷が入るわけではないし、長距離の慣らし運転をしたかったということで車を出したのであった。

シキミたちの後ろを走っていた車の中では「どうする? ついて行く?」 「捕まりたくない、運転代わってくれ」 などと言いながらもついて行っているが、後ろからパトカーに追われては最後尾が一番に捕まる可能性がある。 誰もが最後尾にはなりたくないと思っている、よって全員がベタ踏み状態になった。


村の中に入ろうとした矢先、言い合う声が聞こえてきた。 すぐに木々の間に身を隠したワハハおじさんたち。

「何を言っているのか意味がわからない」

「いや、だから村の中に入れてくれって」

「だから、入って何がしたいんだ!」

「ちょっと確認したいことがあるだけだって言ってんだろ!」

「確認も何もそれが何か言えって話だろ!」

数人の声である。 複数人での言い合いとなっているようだ。

「それに車、勝手に村の中に車を入れられては迷惑だ!」

『葬式でも通夜でもなさそうですか、黒門って線も無しですかね?』

言い合っているどちらも喪服ではないしそれなりの服装でもなく、片方は農作業の服装でもう片方はラフな服装である。 農作業の服を着ている方がこの村の者たちなのだろう。

『言い合ってるからなぁ』

手での会話である。
朱門の考えでは黒門がこの村に水無瀬を預けていてその水無瀬を引き取りに来た、というものだったが、到底そんな様子ではない。

『山側と渓流側、一旦止めますか?』

ワハハおじさんがモヤを見ると、モヤが頷いて見せた。


『いいか、闇夜に姿を隠せるわけではない。 慎重にいけ』

渓流の音で声はかき消されるし、大声を出すわけにはいかない。 こちらも手での会話である。 一度入ったことのあるナギと泉水が頷く。 あとの者は離れたところに待機し、スマホの音は全員ミュートにしている。 だがいつ連絡が入ってくるか分からないのだから電源は切れない、それに黒門かもしれないということでどんな連絡が入ってくるか分からない。
行くぞ、とキリが合図を出しかけた時ナギが止めた。 着信音こそ鳴っていないがラインの着信があったことを示す。

『山側 渓流側 待機 こちらで様子を見る』

スマホをキリに見せるとキリが顎をしゃくる。 離れたところで待機するということである。
少し間をおいて今度は正面側だけのラインが入ってきた。

『全員道路近くで待機 車列の二台目に男二人乗車中、注意されたし』

ラインを見た正面側のメンバーがぞろぞろと歩いて行く。

「これって目立ちすぎないか?」

「車に乗ってるその二人にバレなきゃいいだけだろ」


「いつまで言い合いをしておるか」

農作業服の男たちが振り向くとそこに長が立っていた。

「長、こいつらしつこくて」

「勝手に車まで乗り入れてるんです」

「あんたがこの村の村長か」

ラフな格好をした男が口を開いた。

「うちの村に何用か」

「さっきから何度も説明している。 ちょっと確認させてもらいたいってだけだ」

「何の確認か」

「だからー、ちょっと村の中を見せてくれるだけでいいってことだ。 それとも何か? この村は人に見られて困るようなことでもあるのか?」

この話を長々としていると事前に聞いていた。 黒門の可能性があると考え祥貴に指示は出してある。

「村というのは簡単に村人以外を入れん。 だがどうしてもというのならば一人だけ、五分以内。 それなら許してやらなくもない」

前列にいた黒門の者が後列を振り返る。 行って帰って五分は厳しいかもしれないが目的の場所は特定している。 以前この村に入った者なら走って行けばどうにかなるかもしれないし、ストップウォッチで測るわけではない、少々オーバーしても何ということは無い。
一人の男が頷いた。 以前この村に入った者である。
前列の男が長に振り返る。

「ではそれで」

男が言った途端、後方から一人が走り抜けて行く。 普通の早さではない。

『あの走り方、黒門の可能性大だな』

『あの団体さんは黒門でこの村との繋がりはなかった、ってことですね』

『まだ可能性だがな』

だが十分である。

『黒門ならこちらも簡単には動けませんか』

こちらが動けばすぐに黒門に察知される。

『ということは、あの男の後を追えないということですね』

男が一直線に走って行く、それも目的地がどこかは分かっているというように。 それを見ていた村の者たちが眉を顰める。
男がガラリと戸を開け、ずかずかと入って行き一室の戸を開けた。

「居ない・・・」

五分を過ぎた。

「ゆうに五分を越しているが、どうしてくれる」

村の中から車一台と十数名が引いて行く。
結局、水無瀬を見つけることが出来なかったうえに村人たちに頭を下げさせられた。


正面側のラインに着信。

『数十名と車一台が村を退きます 隠れたし』


車と数十名を見送っている村の者たち。 その姿が道路に行くまでしかと見送る。 一人とて村の中に残っていないのも人数で確認している。

「行きましたね」

畦から道路に入って行くのが見える。
村の奥から一人の男が走ってやって来て長に告げる。

「迷いなく入りました」

そうか、やはりか。 長が頷いてみせる。

「・・・でしょうか」

「ああ、間違いないな」

長が頷きながら答える。

「いつの間に入られていたのか」

「見回りの強化が必要ですね」

もう一度長が頷く。

『聞いたか』

モヤにワハハおじさんと新緑が頷いてみせた。


道路に停めてある車の近くまでやって来た黒門の者たち。

「こっちを足止めしている間に水無瀬を移動させたに違いない」

「ああ、それにあの長の言いようは不自然だ。 一人だけそれも五分以内。 完全にこっちの出方を見るためだ」

「水無瀬があそこに居るのは間違いないな」

「取り敢えず車を動かそう。 こっちを見張っているに違いないからな」

「まずは帰るように見せかけるか」

町側に行かずそのまま道路を走って行った。


パーキングの車の中、車での留守番組である。

「なんだって!」

パーキングの車の中では誰もがスマホに叫び、渓流側は更に引いた場所でスマホを見ている。 山側は一台もパトカーに追われることなく、ちょうど目的地に到着したところでスマホを見ていた。

「黒門決定かよ」

「それにその村が黒門って言ったってことは、あの村が白門か青門ってことになるって」

白門か青門ではないかもしれないが、それならばどうして水無瀬を監視しているのか。 水無瀬が監視などをされるような者ではないことは知っている。 消去法から白門か青門に違いない。 なにより村の者が “黒門” と言ったのだ、その言葉を口にするということは白門か青門しかいない。
黒門の可能性は考えになかったわけではないが、白門か青門かなどとは全く考えになかった。 黒門とは長い間の戦いがある、どんな風に戦えばいいか、どんな思想であるかは大体わかっている。 だが白門か青門になると話は別になってくる。 今まで一度も接触をしたことがない。

「昔々の話からすると・・・青門の可能性は低いか?」

「青でも白でも同じだろう、向こうの出方が全く分からない」

「ちょっと待て、その前に疑問が残る」

誰もが茸一郎を見る。

「水無瀬君は黒門にいた、それは間違いない。 なのにどうして今、白か青か分からないがそこに居る? 理由も気になるところだが、その前にどんな方法を使って連れてきた?」

茸一郎の言うとおりである。 いったいどうしてなのか。

「もし実力行使で連れて行かれたのならあの黒門相手だ、白か青どちらであってもそこそこやるってことになる。 夜中にこっそり水無瀬君を攫ったのならば、そこそこも何もないかもしれないけどな」

「数人で押さえてクスリを嗅がせたとかか?」

それならば戦う相手ではないかもしれない。 いったいどういう手を使って水無瀬を奪還すればいいのか。

「だが少なくとも門の人間ということは分かった。 普通の村じゃないってことはな」

「推測はそれぞれ頭の中で考えておけ、登るぞ」

ライと数名が手に持っている輪になった縄を肩にかけた。


一旦渓流から引き上げたキリからモヤに電話がかかってきた。

『どうするよ』

「あの黒門のことだ、今晩にでも村に入るだろう。 狙い目はその時かもしれないな」

黒門の様子と村の人間が話していたことから察するに、黒門は事前に水無瀬の居る場所を特定していたようだったが、水無瀬は場所を移動させられている様子であった。 村からは出していないだろうが、朱門も黒門もいま水無瀬が村のどこに居るかが分からない状態である。
朱門としては当初深夜に村に入り込むつもりだったが、その前に黒門が動くだろう。 黒門が問題を起こしているときに乗じて水無瀬を奪還する。 もし黒門が問題を起こさず隠密裏に水無瀬に手を伸ばそうものなら、朱門の誰かが秘かに黒門の存在をこの村にばらす。 だがその前に水無瀬がどこにいるのかを特定したい。

『まぁ、こっちの存在には気づいていないようだからな、それも一手か。 だがそれでしくじったら・・・』

「その時はその時」

『お前、俺よりいい加減だなぁ』

「キリに言われたくない」

キリもモヤもスピーカーで話していて車内には二人共の声が聞こえている。 聞いているナギたちが、どっちもどっちだ、と思っているのに気づいていないのはキリとモヤだけである。

「豊倉さんは何て言ってる?」

『あー、お前らに任せるって』

「放棄かよ」

『ちなみにこっちの上位人の総意ということだ』

おっさん連中の中でも年上連中のことである。 七十歳定年ではないが、あと十年後くらいには爺グループに入る。

『そっちは』

正面側が一番多く上位人がいる。

「まぁ、村に入ったことがないから様子が分からないということで、俺が任されてる」

『どっちもどっちかよ』


「やぁ、居心地はどうかな?」

広瀬が入ってきた。 雄哉は椅子に座ってくるくると回っている。 ソファーに座って目を合わせることなく水無瀬がこたえる。

「場所移動の理由は」

「ちょっとごたついててね、でもここも居心地がいいだろう? ソファーもあるし。 フローリングに布団はいただけないけどね、そこは勘弁してほしい」

広瀬が言ったようにフローリングには二組の布団が置かれている。

ごたついている、それは朱門が来ている、若しくは来ていたということだろうか。

「ごたついてる? それって何ですか」

「いや、水無瀬君が気にするようなことじゃないよ、村の問題でね」

「村の問題? 広瀬さんたちがしようとしていることに異を唱えている誰かがいるってことですか」

「いいや、それは何の問題もない。 この村は昔からこの方向で動いているからね、お気遣いなく」

(誰が気遣うっていうんだよ)

広瀬が視線を変えるのに顔を巡らし「雄哉」と呼んだ。 回転椅子でくるくると回っていた雄哉がその動きを止める。

「どれだけこっちにいるかは分からないけど、頼んだよ」

急な場所移動であったが為、この部屋に監視カメラを設置できなかった。 「はい」という雄哉の返事を聞いて広瀬が出て行った。

(いつまでここに居るか分からない? ってことはやはり朱門が来たのだろうか)

そうであるならば、考えようによっては朱門が見つかったということ。 失敗したということなのだろうか。

雄哉が椅子から立ち上がり水無瀬の座るソファーを通過して窓の前で止まった。 そっとレースのカーテンをめくり外を見てみると見張りが立っている。
少し前までいた家には見張りなど立っていなかった。 だが安易には考えたくない。

「水無ちゃん、お腹空いてない? そろそろ夕飯もらってこようか」

「饅頭があるから要らない」

それに取りにいかずともいつも誰かが持ってきている。 場所が変わっても同じことだろうし、ここには菓子皿がありその中に饅頭が入っていて、ポットもコーヒーも茶も用意されている。 簡易台所も奥にあるということだった。


午後七時を越した頃。
何台もの車がパーキングに入ろうとしてきたが、数台しか停められないパーキングである。 満車であることを確認するとそのまま通り過ぎて行った。 その車とナンバープレートには覚えがある。

「黒門様の御成りってか」

モヤが言うのを聞いてすぐに新緑がスマホを手にする。

『黒門参上 駐車場を探している様子』

暫くすると正面側のラインに着信が入ってきた。

『今こっちに三台停めてる それで満車 あとの三台は別のところに停める様子』柳之介からである。

新緑が読み上げるとモヤが一度顎を触ってから指示を出す。

「絶対に車内に居るところを見られるな、それか・・・ああ、喜八さんと明寿(あきとし)さんがいるのか。 それはちょっと辛いか。 まさに今停めたところですって顔をして降車だな。 他も降車するか車内に見つからず居るかどっちかにしろって送っとけ」

まだ車を停めるところを見つけられない黒門の車三台。

「なんでどこもかしこも満車なんだよ」

朱門の車で埋められているなどとは知らない。
そして車を停めた三台から黒門たちが下りてくる。 合計十一人。 人数を確認した喜八と明寿。 あとの三人は車内に残っている。
黒門たちがパーキングを出て歩いて行くのを確認していた車内に残っていた三人、柳之介と一木(かずき)、椿翔(つばさ)が車を降りる。 先には喜八と明寿がいる。 喜八が顎で先を示すと黒門の者たちが歩いているのが見える。

「黒門の奴ら気楽なもんだな」

目の先を歩いていた黒門たちはコンビニで食べ物を買い袋を手に戻ってきた。 それぞれが分かれて車に乗り込んでいる。 今から夕飯というところだろう。

「余裕ブチカマシかよ、腹ごしらえをして、その後、腹を休ませてから突入のつもりだろうな」

「そんなもんだろう、突入なのか隠密裏なのかはわからないけどな」

「黒門のことだ、突入だろう」

突然後ろから声がした。 だが聞き覚えのある声である。

「お前らも腹に何か入れておけ」

明寿である。 その明寿がコンビニの袋を掲げて見せている。 自分たちはここで見張りながら食べるということだろう。 喜八はまだコンビニで何を買うのか迷っているのか、コンビニの中ですでに食べているのか。

「あ、はい、じゃお願いします」

三人がこの後コンビニに走った。 黒門のことを言えた義理ではなかった。

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ハラカルラ 第41回

2024年03月01日 21時29分05秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第40回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第41回




夕飯を済ませたが、雄哉がそっぽを向いて座っている。 話しかけてくるなということだろう。 戸の外から声がかかってきた。

「雄哉、ちょっと」

広瀬の声である。 雄哉が部屋を出て行くと外に出たようで玄関の戸が閉まる音がした。

「監視が居なくなっていいのかよ」

だからと言ってここから出ても、きっと玄関の外に誰か立っているのだろう、黒門の時のことを考えるとそうとしか考えられない。
黒門の在り方は全てにおいてというところで賛成できたものではなかったが、この白門は最低だ。

たしかに人間というものは魚介を生でも煮ても焼いても食べ、エキスにもしている。 サプリとして気軽に飲んでもいる。 それは白門がしようとしていることと同じだということは分かっている。 だが違う。 違うのはたった一つ、だがそれは大きな一つである。 ハラカルラを特別に見るか見ないかという違い。

(ハラカルラのあの水を知ってしまってそんなことを思えるか?)

海水にも淡水にも人間が知らないだけで意思があるのかもしれないが、やはり水無瀬は今まで生きてきた生活からそうは思えない。 だがハラカルラの水には完全に意思がある。 だから意に沿わないこと、争いや穢れがあるとざわつきもするし渦も巻く。 その中で生きている魚介たちをエキスにするなどということを、どうして考えられるだろうか。

「布団・・・敷いといてやろ」

腰を上げると押入れを開けた。

「雄哉、そっぽを向いてるだけじゃ話もまともにできないだろう、そこそこ日が経つ、本腰を入れて説得してくれなきゃ困る」

雄哉がニコッと口角を上げる。

「すみません、戻って正面切って話します。 今晩が駄目でも明日も明後日も」

「うん、よろしく頼むね」

「で、大学の履修提出のことなんですけど」

「ああ、そっちも教授に頼んである。 とにかく水無瀬君を説得できればすぐに戻っていいよ」

爽やかな笑顔を向けてくる。 それはちょっと前の表情とは全く違う。

「有難うございます、じゃ部屋に戻ります」

雄哉の背を見送った広瀬が考えるような様子を見せている。

(どうして笑った)

雄哉がニコッとした。 声こそ荒げたわけではないが雄哉にしてみれば苦言を呈せられたというのに。

(そう言えば)

最初に声をかけた時に嬉しそうな顔をしていた。 そして雄哉自身も広瀬とお知り合いになりたかったと言っていた。 苦言であっても広瀬と話せたのが嬉しかったのだろうか。

(それに)

水無瀬と話しているのを聞くと、どうも姉達の中で育った末っ子の印象がある。 単なる甘えたなのかもしれない。

「考え過ぎか」

広瀬が視線を変えて歩き出した。

玄関を開ける音がした。 雄哉が戻ってきたのだろう。

「あ、布団敷いてくれたんだ」

「ついでだから」

「ありがと。 ね、今広瀬さんと話してたんだけど―――」

「その話はしたくない」

雄哉がポリポリと頬を搔き出す。

(なんだ?)

「あー、えっと・・・俺はさ、あそこに一度だけしか行ったことがないからよく分からないけど、水無ちゃんは何度も行ってるんだろ? あそこで水に濡れたはずなのに出ると服が乾いてるしさ、いったいどんなとこなわけ? ってか、水無ちゃんいつからあそこを知ってたの?」

モニターの前の男たちがクスクスと笑っている。

「手法を変える様だな」

「つっても今まで説得もなにもまともに無かったからな」

「耳だけ傾けときゃいいだろ、コーヒーでも飲んで休憩しようや」

「そうだな」

二人がモニターの前から立ち上がりソファーに移動する。



「ばっかもーん!!」

爺たちから怒涛の雷が落ちた。
肚に据えかねながらも黙って聞いていた爺たちだったが、ワハハおじさんが水無瀬が今いる村に入り込んだことを言った時だった、とうとうブチ切れた。

「長の承諾も得ず! それに止められていたにも拘らず! 何を勝手なことをしとるのかー!!」

爺たちそれぞれの口から大喝が飛んでくる。
この村の頂点に立っているのは長である。 長の年齢を考えると爺の中に入るのだが、その爺の中には長より年上が何人もいる。 その上にも大爺が存在するのだが、それでもその上に立つのは長である。 長の言うことは絶対である。

雷が落ちてくることは覚悟していた、それもここらあたりで飛んでくるだろうとも思っていた。 この一瞬で怯みはしない。 この怒涛の雷を止めるには態度で示す以外ない。 口で何を言っても雷の合間に一言二言入るだけで声も届かないだろう。
ワハハおじさんが大げさに両手を上げ、そしてその手を畳に下ろすと同時に頭を下げる。

「申し訳ありません!!」

ワハハおじさんが両手を上げたことに、なんだ? と思った爺たちの口が塞がっている。
すぐにライもワハハおじさんに倣(なら)って手をつき頭を下げる。 今がチャンスである、爺たちの口がまた開かれる前に声を発せねば。

「勝手をしたことは重々分かっています、長に背くということはどういうことかも分かっています。 ですが我々も若い者も代々の志を引き継ぎたい、無にしたくない、ただそれだけなんです」

「それは長や我ら、大爺が考え決めたことを聞かんということになるだろう!」

「そんなことが許されるはずなかろう!」

元気な爺たちだ、心臓も血圧も心配などいらなかったか、などと心で思っていたワハハおじさんが口を開こうとしたとき、斜め後ろで頭を下げていたライの声が聞こえてきた。

「長、爺、勝手をして申し訳ありませんでした。 長が仰ったことはナギから聞きました。 俺たち若い者はまだまだいます、長が仰ったようにこの先は分かりませんが、それでもまだ俺たちの代は動きたいんです、代々の意思を継ぎたい、それが若い者の総意です。 今を逃すと次が簡単にやってこないことは明白です、今動かせてください」

お願いします、と畳に額をこすりつけた。
礼節を知っている他の者が言ったのならば耳を貸すことは無かった。 だが日頃からは考えられないライの態度、そして覇気のない声。 それは水無瀬とのことがあったからだろうことと想像はつくが、思わず爺たちの口が閉じられる。

「ライ」

長がライの名前を口にする。

「はい」

頭はまだ下げたままである。

「それは守り人ではなく、水無瀬君だからじゃないのか」

下げたままの顔で目が見開かれる。

「ライだけではない、全員がそうなのではないのか」

「そうであるのならば、それはライだけでしょう。 我々は水無瀬君も矢島も同じように考えています。 守り人の意向が何よりもだと。 それに我々が、いえ、朱門と黒門が水無瀬君を巻き込んだようなもの、少なくとも巻き込む前の形に戻すのは筋かと」

「俺もそうです。 水無瀬であっても矢島であっても同じです」

「そうか」

長が左右を見、そして振り返る。 左右にもそこにも爺たちの顔がある。

「大爺にはわしから話しておく」

「長! 覆すということか!」

「先に聞いた話、黒門との破約にならないことは間違いない。 それに中心になって動いている者たちを育てたのはわしらではないか。 その者らが若い者たちを育て、その若い者たちの総意が代々の意思を継ぎたいとのこと。 有難いことではないか。 わしらのお役には色んな形がある、厳しく指導することから子たちの心を育てる。 芽を摘むのがお役ではない。 そう思わんか」

爺たちの口が閉じられる。

「長、有難うございます!」

長がワハハおじさんに向き直る。

「続きを聞こう」


「母ちゃん」

「今頃父ちゃん雷落とされてる?」

「どんなもんかねぇ。 さ、練炭はもう寝んと」


その夜、またもや懐中電灯を持ったおっさんたちと若者たちが、いつもの場所に集まっていた。

「長も爺たちも許可したってことだな」

「ああ。 で、こっちで計画を立て長と爺らに報告をしてから動くことになるから、早くても明日の夜ということになる」

「あの村がどんな村かもっと掘り下げて探ってからの方が良くないか?」

単なる閉鎖的な村で頼まれて監視をしているだけならば交渉が成り立つかもしれないし、少なくとも黒門としているようなことを単なる村に対して簡単に出来ることではない。 単純に闇夜に紛れて水無瀬を逃がせばいいだけだが、見つかった時のことを考えねばならない。

「いや・・・俺としてはそれは避けたいです。 できれば最短で動きたい。 明日の夜に」

水無瀬にメモの返事をもらったのが昨夜、正確には今日の深夜になる。 明日の夜となれば返事を書いた水無瀬からすれば、二日後ということになる。 あまり日を空けたくはない。

「隠れて逃がす、交渉・・・」

「頼まれていたとしてもモニターで監視をしてんだ、交渉はないな」

「ってことは隠れて逃がす。 見つかった時は?」

単なる村であるのならば、忍刀などの獲物を使うわけにはいかない。

「ひたすら走って逃げる?」

言ったおっさんに全員が白い眼を送る。

「だーってそれ以外ないだろう、戦う以外に出来ることっていったら逃げることだけだろう」

「まぁ・・・確かにそうだが」

「獲物を使わずとも追ってくる村人を羽交い絞めにも出来ないか」

素人相手は考えさせられる。

「前提として戦わずということで、まずどこから入ってどのルートで逃げる」

水無瀬の足ではキリたちが入った渓流ルートは不可能、シキミたちが入った山ルートも水無瀬の体力ではまず持たない。

「ってことは、モヤさんたちの入った正面ということか」

水無瀬の身体能力や体力を考えなければ、隠密に逃げるということは一番難儀なのではないだろうか。


翌日、夕刻になりそれぞれがパーキングに車を停めた。 別部隊は渓流側と山側に車を停めることになっている。 正面から逃がすというのはやはり見つかる危険性が高い。 万が一を考えてというのもあるが、渓流側と山側が先に入り様子を見るということになり、三方向に分かれたが圧倒的に正面からの人数が多い。

車から降りた正面側のメンバーが分散して歩いて行く。 先に田んぼを挟んだ道路に着こうとしていたのはワハハおじさんとモヤと新緑である。

「なんだ?」

ワハハおじさんが眉根を寄せると、二人で歩きながら話していたモヤと新緑がワハハおじさんの目が向けられている方向を見た。

「え?」

「なんだあの車列は」

五台の車が列をなして道路に停まっている。
新緑がすぐにスマホを手に取ると、ラインに『正面側 待機』と入れた。 着信した誰もがどういうことだという目をしている。
少ししてまた着信音が鳴った。 『道路に五台の車列あり 様子を見ます』 というものだった。

「通夜か何かか?」

「このタイミングでですか? やめてもらいたい」

もし道路を挟んだ村の反対側である町側でそんなことがあるとすれば、パーキングに停めるはず。 パーキングに停めないということは道路の向こう、あの村で通夜か葬儀があるということになる。 通夜であれば夜中、村人の誰もが起きているということになる。

「人の生き死ににこっちの事情は関係ありませんからね。 取り敢えず待機するようにと連絡を入れました」

「裏の方からそのあたりを頭に入れて様子を見てもらうか」

「そうですね」

『渓流側、山側から村の様子を見てください 通夜葬儀の可能性あり』 おっさん二人が文字を打つより新緑が打つ方が断然早い。

『あと少しで到着します 到着次第すぐに様子を見に入ります』ナギのアイコンで返事が返ってきた。

『こちらまだかかります 渓流側より遅くなると思います 渓流側、様子が分かり次第連絡を入れてください』稲也からである。 やはり山側も渓流側も若い者が文字を打っている。

山側はシキミ以外は若い者で構成されている。 おっさんに山登りはきついということになったからである。 実際シキミは翌日に湿布を貼りまくりであった。 今回も山側ということで変えてくれと言っていたのだが、若い者をまとめるにおっさんが必要になってくる、そうなれば一度でも行った者の方が良い。 そう決定されたのだった。

待つしかない正面側。 “待機” とラインに入ってきたのだから誰もがその場に足を止めているが、今の渓流側と山側から入ってきたラインを見ているとまだ時間がかかりそうである。

このままこの場にじっとしていても悪目立ちがすぎる。 それに元々こんな早い時間に動く予定ではなく、あくまでも暗くなってから深夜の時間帯に動く。 ただその前に粗方の様子、村の様子もだがパーキングまでの様子を含んで町中を見るということで夕刻時にやってきていた。
今使っていたライングループと違う正面側だけのライングループに連絡が入った。

『全員不信に思われるかもしれないのでそれなりに動いて下さい こっちは飯屋に入ります シキミさん達もそこはあっちに任せていったん引いた方が良いかと by-喜八さん』 喜八おっさんが言っているということである。 そして打っているのは若い柳之介(りゅうのすけ)。

「今はその方がいいですね、下がりましょうか」

「そうだ―――」

新緑からラインの内容を聞いたモヤが言いかけた時、一台の車のドアが開いた。 咄嗟に三人が身を隠す。
車から出てきたのはラフな格好をした男二人。 その男二人が村の方を見ている。

(おかしい・・・)

村の者なら村の中に車を停めるはず、こんな道路に路上駐車をするということは村の人間ではないということ。 もし通夜葬儀だったとしたら、他方面からきているということになる。 それならば喪服、若しくはそれなりの格好でなければならない。

「モヤさん」

「ここまで一緒について来ただけの連れかもしれんか。 だがクサイ臭いがしてきそうだ」

「連れって、平日にですか?」

二人の男は三十代後半に見える。 そうであるならば普通で考えると働いている時間になる。

「自営もありってことですかね」

店であるのならば他の者に店を頼んで、家内作業であるのならば融通を利かせるだろう。

「若いモンは簡単に仕事を休む発想になるんだな、仕事を休んでまで知らないやつの通夜か葬儀に行くのを付き合うか?」

「いや、俺なら付き合いませんけど」

「それとも・・・黒か」

モヤの一言にワハハおじさんと新緑が驚いた顔をした。 だがよく考えると可能性がなくはない。 黒門がこの村に水無瀬を預けていると考えればその水無瀬の様子を見に来た、いやこの車の台数だ、引き取りに来たと考える方が正解だろう。

「一台だけ村に入ってそれに水無瀬君を乗せて、ここにある車は護衛ってわけですか」

「可能性としてだがな」

そうであるとすれば深夜に水無瀬を助け出そうとすれば、完全に後手になるということ。 ましてやそのまま黒門の村まで連れて行かれればもう手は出せない。 いや、黒の村まで行かずとも黒門の者に手は出せない。 いくら水無瀬が朱門に助けを乞うていると言ってもその声を聞いたわけではないし、水無瀬が黒門に朱門に戻りたいと言ったのかどうかも分からない。

「山側と渓流側を待っていられませんね」

「そういうことになるな」

「え? ちょっと待ってください、どうするんですか」

ちょっと体をほぐすような動きを見せていた男二人が再び車に乗り込んだ。

「他の車には誰も乗っていないようですね」

それであれば今見たあの男たちだけから身を隠すだけでいい。 とは言え稲刈りの季節が近づいている頃なら稲に高さがあり、身を屈ませることで姿を隠すことが出来るが残念ながらその季節ではない。

「行くぞ」

モヤが地を蹴り道路に沿って走り、それに続いてワハハおじさんが走る。 スマホ片手の新緑が少し遅れてその後を追う。

普通なら畦を走るところだが稲も何もない状態である、すぐに見つかってしまう。 見つかることを除けば、稲がない状態であるのだから田んぼの中のどこを走ってもいいということになる。
モヤの選んだコースは男二人の乗った車の随分と後方であった。 車の中から後方はまず見ないだろうと踏んでのことであった。

全員の着信音が鳴った。

『車列黒の可能性あり正面待機を続けよ』新緑からである。

蕎麦屋に入ろうとしていた喜八の足が止まった。 ラインを朗読した一番後方にいた柳之介の足も止まっている。

「黒だとー?!」

「可能性ってことですけど。 待機指示はまだ続いています、どうします? って、この文章、可笑しいなぁ」

「可笑しいってどういうことだ」

「正面側ではなく正面待機。 読みやすくスペースも入ってない」

「お客さん、入るの入らないのぉ?」


山側、渓流側でもそれぞれの車の中でおっさんたちが叫んでいたが、若い者たちは違うところに目をやっている。

「なんか・・・内容、足りなくね?」

「だねぇ、黒の可能性ありってなぁ」

「あるならあるで、それなりの続きがあるはず」

「それかその可能性の理由の前置き」

「それが無いってことは」

「モヤさんが・・・」

「突っ込んだってことか?」

「あり得るな」

「それで慌てて新緑が送ってきた」

若い者たちのそんな話を聞いていたおっさんたち。

「モヤはキリほどじゃないにしても」

「あり得無くない話だ」

「ってことは」

「もし黒だったとしたら」

「水無瀬君が黒の村に連れ帰られるってことか!」

おっさんたちが何を叫ぼうとも山側、渓流側ともに今は車を走らせることしか出来なかった。

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