大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第71回

2017年04月27日 21時24分13秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第70回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第71回




寒い季節とは言え、昼間は風もなく陽がよくさしていたから随分と暖かかった。 だが夜にはその暖かさが一転して身震いするほどの寒さが身体の温もりをさらう。
小屋の中では2つの油皿の上で小さな灯が揺らめいている。

「来ていただいて有難うございます」

「・・・」 目を合わせることなく、前を見据えている。

「不要な言葉は要らないようですね。 では、本筋を言います」 薄暗い中でドンダダの表情を見逃すまいと、その顔を見る。

「ドンダダの父様にどんな想いがあったのかは、我が知り得ることではありません。 ですが―――」 ここまで言うとドンダダが口を開いた。

「トデナミのことを言いたいのか」 ドンダダの表情はピクリとも動かない。

「承知したと言ったはずだ」 

“才ある者を敬い、その言葉は絶対のものと肝に銘じる” と言ったシノハの言葉。

「はい、その言葉しかと聞きました。 ですが、今まで父様の想いを引き継いでこられたその思いを、我との戦いであっさりと引くことが出来るのですか?」

油皿の僅かな明かりがドンダダの顔を揺らす。 目の先を落とすと静かに語った。

「我が父からずっと聞かされていた話を、そんなに簡単に捨てられるわけがなかろう・・・とでも言おうか?」 目を半分伏せシノハを見やる。

静かに次の言葉を待っていると、フッと短く鼻から息を出すとその目をシノハから外した。

「我が父は祖からのものを守ろうと必死だった。 祖からの怒りを買う、そればかり言っておった。 長になれなかった父がどれほど悔しがったか」 顔を僅かに横に向けた。 

「今の長が村長になったとき我は20の歳だった。 婆様のことは重々知っていた。 婆様が我が村に来ることになったのは、その祖のあり方のせいではなかったのか、と」

ドンダダの言葉にシノハが僅かに眉間に皺をよせ小首を傾げた。 
そして長から聞いた話を思い出す。
『最後の“才ある者” 才ある婆様が息を引き取った。 地の怒りを買ったのが原因だと聞いている。 そして才ある女子が生まれなかった』 

(地の怒りはそんなに簡単に買わない・・・長い時を重ねてのこと) 思いながらも、もう一つの事、タム婆から聞いた、どこかは分からないが互いに影響を及ぼしている所がある。 ということも頭をかすめた。

「20の歳にもなればわかる。 ・・・いや、その前から分かっていた。 祖のあり方は地の怒りを買うだけだと。 そして婆様を翻弄させたのは祖からの教えではなかったのか。 それに・・・」 大きく息を吸うと静かに吐き出した。

「我が父は・・・祖からのものを守ろうというのはもちろんあった。 それは嘘ではない。だが、単に長というものになりたかっただけなのだ」 

シノハがより一層、眉を寄せる。 ドンダダの心がどこを見ているのか、シノハには計り知れない。

「我が父のことをこんな風に言うのは憚られるが・・・傍若無人な父だった」 シノハが息をのんだ。

「父は最後の最後まで我に長になれと言っていた。 父が目指した長になれと。 父は我に夢を託した。 父が目指した長・・・その一つが“才ある者” 今の婆様に父の子を産んでもらうことだった」 

思いもしない言葉に驚き、無意識にシノハの両の手がグッと握られた。

「婆様の二人目の男に選ばれ、才ある女子が生まれ、皆から崇められる。 ずっと才ある女子が生まれなかったのだからな。 そして村の中で一番大きな家に住むつもりだった・・・らしい」 

「だから? だからトデナミを?」 話はまだある、平静を装おうと必死に声を押し殺して問うた。

狭い小屋のどこを見ているのか。 虚空を見ているのか、茫洋とした光のない眼差しをし、静かな小屋の中はドンダダの息さえ聞こえない。
外では冷たい風が吹き木戸を揺らす。 木々の葉擦れの音がざわめく。

つと、ドンダダの瞳が光を戻し動いた。 その瞳がゆるりとシノハを見る。

「お前のお蔭で荷が下りた」 シノハが眉を顰めた。

「ドンダダ?」

「苦しかった。 何もかもが」 上を向いて静かに息を吐く。

(そうか・・・。 そういうことだったのか) やっとドンダダから目を外すと、下を向いた。

(でも我に聞かれたから答えたのだろうが・・・もしかするとドンダダがここへ来たのは、言葉を吐きたかったからなのだろうか・・・今更村の皆に言えない言葉を)

「トデナミのことは何の心配もいらん」 声色を変え言うと顔を戻し足を組みなおした。 

(組みなおした? まだ話があるのか、それとも俺の話を聞こうと思っているのか・・・)

「お前も胡坐をかけ」 軽く言った。

一応ドンダダは目上だ。 目上に対する座り方でいたが、今は座り方で話を取られたくないと思い、小さく頷くと胡坐をかいた。

「長の右腕になれと言ったな」

「はい」

「長は承知か?」

「我からは長ではなくタム婆様に話しました」

「婆様が承知されたのか?」

「はい」 

シノハの返事に横を見ると顎を撫で、何かを考えているような様子を見せると、その手を置きシノハを見た。

「我が長を殴っていてもか?」

「そんな噂があるようですが、それはあり得ませんから」 ドンダダの片眉がクイと上がった。

「ドンダダではありませんから」 重ねて言う。

「何故そう言い切れる」

「その話は後で・・・先に我の問いに答えてもらいたい」 ドンダダが腕を組んだ。

「どうしてゴンデュー村がドンデンの馬を連れてきたことを長に言わなかったのですか?」 

「どういうことだ」 眉根を寄せる。

「ゴンデュー村がトンデンの馬を連れてきたことは知っていますね?」

「ああ、ファブアが受け取ったからな。 我もすぐに呼ばれた。 だが、何かあったとき誰もあれだけの数の馬を押さえられん。 我が馬にかかり、すぐガガンリに長へ報告するように言っておいたが?」

「・・・そういうことか」 思わず額に手をやった。

「なんだ?」

「その・・・いつもなら、ファブアに言うと思うんですが、どうしてガガンリだったんですか?」

「ファブアか・・・何か誤解をしているようだな。 まぁ、いい。 そうだな・・・あの時は・・・」 思い出そうとして口元に手をやり首をひねる。

「ああ、寄ってきた者が手綱を取ったが、ガガンリだけが馬の手綱を取っていなかったから頼んだんだ」

(その時から既に動いていたということか・・・)

「ガガンリのことは後で話します。 それより、ファブアのことで我が誤解していると?」 

どうしてガガンリのことを話すのか? と一瞬怪訝な目をしたが、シノハの問いに答えた。

「ファブアは我が父の、妹の子だ」 

思いもしなかったことに目を大きく開けた。 だが、そんなシノハの表情を気にかけず、ドンダダが目を細め静かにファブアを思いやるように言葉を続けた。

「アイツも・・・我が父に翻弄された・・・」 昔を思い出したのか大きく息をつく。

「さっき言ったな、我が父がタム婆様の二人目の男になるつもりだったと」 

聞きたくない話・・・だが、聞かなくては。
シノハがコクリと頷いた。

「それは・・・一人目の男は屈強なる男だった。 我が父は体を鍛えていて身体には自信があったが、そのとき父はまだ20の歳になっていなかった。 一人目から外されても仕方のないこと。 だが、二人目の時には20の歳を越していた。 その時すでに我が母と夫婦であったがな。 だが婆様の相手として選ばれるに、夫婦であろうがなんであろうが関係のないものであった。
それなのに我が父は選ばれなかった。 選ばれたのは、その時にはまだ20の歳になっていなかった、やがてファブアの父となる男だった」

長の話を思い出す。 一人目との間に出来た女子に才が現れなかった。 それは男が悪かったのだろうと。 そして二人目の男は村で一番頭の切れる男だったと・・・。

「我が父からすれば、のちにそんな男と身を結んだ妹が許せなかった。 難癖をつけてはずっと二人を責め続けた。 ファブアの父は我が父の責めに耐えかねていた。 我もまだ歳浅かったが、そんな我にさえ憫然(びんぜん)な姿は見てとれていた。 そして・・・ファブアを産み落とした後、心を害った父の妹を連れて森の奥の沼に消えた」 一旦言葉を切ると、目を落とした。

「ファブアがトビノイの葉を必ず炙れと言うのは、己の父と母を飲み込んだ沼から採った葉だ、弔いたい思いなのか、精霊が助けてくれなかったという悔しい思いを葉にあたっているのか・・・一度聞いたが答えなかった。 だから我の知るところではないがな」 父の妹のことを思い出しているのか、ファブアのことを思っているのか。 

「我には息子どころか・・・」 目を閉じる。

ドンダダの様子が普通でないことを感じた。

「ドンダダ?」

「ああ・・・」 言うと薄く目を開けたが再びその瞼を閉じた。

どれだけの時が流れただろうか。
時が長かったのか、思いのほか短かったのか・・・。 静寂を破り発したドンダダの言葉が、思いもよらない言葉だった。

「トデナミに・・・」 

(え? トデナミ?)

「我は父の想いを継いでトデナミに我の子を産んでもらおうと思っていた。 それは察しているな?」 シノハが頷く。

「それは畏れ多いことだ。 そんなことをしたくはなかった。 だが、父の想いを遂げるにはどうしてもせねばならない。 その為には少しでも非礼を慎みたかった。 父のように、嫁をもった上でトデナミに我の子を産んでもらおうとは思わなかった。 
我には息子どころか嫁もおらん。 ・・・ファブアは我が父の妹の子。 アイツは父から疎まれていた。 アイツの母親のように心を害わすことなどないよう、我が母と大切に育てた」

「・・・ファブアが可愛いということですか?」

「ああ・・・あんなファブアだが我にとっては可愛い・・・。 我ながら情けないがな・・・」

「だから・・・ファブアを好き勝手にさせたということですか?」

「我も父の想いを遂げたかったこともあるが、それを利用して我が言いもしないことを言ったかのようにファブアが言っていたのは知っていた」

「どうしてそれを止めなかったのですか?」

「この地に血のつながった者がたった一人・・・それが己より随分年若い者だったら、甘くなると思わんか?」

「たった一人の血の繋がり・・・我にはわかりません」

「そうか。 まぁ、分かってくれとは言わん」 

後ろに手をつくと顔を上げ大きく息を吐いた。 ふと、森の中でシノハに負けた後、ファブアに肘鉄をくらわしたのを思い出した。

(ああ・・・初めてファブアに手を出した・・・) 大切に育ててきたのに、男として勝負に負けたことが抑えられない怒りから手を出してしまった。

(・・・情けない)


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--- 映ゆ ---  第70回

2017年04月24日 20時15分00秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第65回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第70回




馬駆けは明らかにシノハの勝ちだった。 あとは的への的中度。
確認者たちが集まって互いが見た的の結果を告げる。 結果を報告し合うと皆が目を合わせた。 だが目を合わせたとて事実は事実、そこに結果があるだけだ。

「ファブアをどうする?」 その声に、まだ的の横で腹を抱えているファブアを全員で見遣る。

「もういいだろ」 呆れた口調で5の的の確認者の男が言う。

「ああ、ファブアじゃないといけないってことはないんだからな」

「じゃ、誰が告げる?」

「誰でもいいだろ、お前が告げろよ」 言い残すと5の的の男がファブアに歩み寄って行った。

確認者達が互いの目を見合うと、仕方がない、といった具合に5の的の男に言われた男が本来ならファブアの立つ位置に立った。
村人たちのざわめきがより一層大きくなった。

「旗を持ってない!」

「って言うことは勝負がついたのか!?」

「いや、ファブアを起こす間、待てと言うのかもしれない」

最初に並んでいたときと同じいように、先に馬上で位置についていたドンダダの横にシノハが馬をつけた。 


「弓馬の告げ!」 

声高に男がシノハとドンダダ、そして村人に聞こえるように言った。
一斉に「オー!!」 と言う声が上がる。
村人のざわめく声がおさまるのを待って、男が大きく息を吸った。

「馬駆け、シノハの勝ち!」 と、いったん言葉を切る。

「弓馬!」 ゴクリという音が聞こえそうなほど、皆が固唾をのんだ。

「ドンダダ、2の的で中を外し。 シノハ、1の的より5の的まですべて中を射た。 よって、シノハの勝ちとする!」 シノハは全ての的において正鵠を射たという事である。

若い女たちが「キャー」 と声を上げ、シノハに教えてもらっている若い男たちは抱き合って喜んでいる。
嬉しさにジャンムが飛び上がり、同じようにタイリンが飛び上がると頭と横腹を押さえ屈みこんだ。

「タイリン! 大丈夫!?」 すぐにタイリンの横にしゃがみ込んだジャンムに、エヘヘと笑って見せたが、大きなたんこぶが膨れだしてきていた。

ドンダダ側の男たちは渋い顔をして、今すぐにでもこの場を去りたかったが、気になることがまだ残っている。 鬱陶しい喜びの声を聞きながら去るに去れない。
そしてどっちつかずにいた男達は、戸惑いの顔の下に歓心が見え隠れしている者もいれば、感興をそそられる者もいた。


ドンダダは微動だにせず、ただ前を見ていた。
弓馬の告げを行った者が、ドンダダとシノハの前まで歩いてきた。

「あとはドンダダ達で話してくれ。 申し入れの弓馬とは関係のないことだからな」 言い残すと確認者たちがそれぞれ歩き出した。


上空でピヤァーと、鳥の声が聞こえた。 するとそれに呼応するようにピユゥーと聞こえた。 ジャンムの父親が眩しそうに雲一つない上空を見た。


ジッと前を見ていたドンダダが、僅かに目を落とした。 ドンダダの横で前を見据えていたシノハが、寸の間ドンダダの周りだけ人の声も、鳥の声も入り込めないのではなかろうかという気がした。
ドンダダが手綱を引いてシノハの方を向いた。

「お前の申し出を聞こう」 静かに言う。

一人二人とドンダダの様子に気付き、ざわめきが段々と消えていった。
シノハも手綱を引くと向き合った。 ドンダダを真っ直ぐに見る。
覚悟を決めたようにも見える。 が、何かが違う。 それだけではない何かがあるような気がする。
シノハがクイと顎を上げ大きく息を吸うと、皆に聞こえるよう大きな声で言う。

「我の申し出を申す!」 ドンダダを見据えた。

「一つに!」 タイリンが一歩前に出た。

「長の右腕となり、健やかなる村を築くこと!」 ドンダダの眉がピクリと動いた。

そして皆が目を丸くした。

「おい、どういうことなんだ?」 

「ドンダダが長の右腕!?」 小さなざわめきが起こった。

「静かにしろ!」 ジャンムの父親が声を殺しながらも、皆に聞こえるように言う。

「一つに!」 次は何を言うのかと皆が口を閉じた。

「才ある者を敬い、その言葉は絶対のものと肝に銘ずる!」

2つ目は誰が聞いても当たり前のことだが、トデナミのことを言っていると分かる者にはすぐに分かった。

「以上!」 

「え? 以上って・・・どういうことだ?」 シノハに教えてもらっている若い男たちはどこか納得がいかない。

「アイツは何を考えてるんだ!」 ドンダダ側の男たちもシノハの意図が分からない。

村人たちがざわめく中、ドンダダの乗る馬がジッとできなくなってきたのか、足を踏み始めた。
馬を制するとずっとシノハを見据えていた目を僅かに下げると、もう一度シノハを正面から見た。

「承知した」 

寸の間ドンダダを見据えていたシノハが、礼をするように大きく顎を引いてもう一度ドンダダを見た。

「有難うございます」 小さな声でドンダダにだけ聞こえるように言うと、馬を走らせた。 

シノハが去った後も前を見据えていたドンダダがその場から馬を走らせると、どこかに走り去っていった。
ドンダダ側の男たちがすぐにあとを追おうとしたが、馬の足に勝てるはずがない。

シノハがゴンデュー村の3人の元に馬を走らせようとしたが、3人がどこにも見当たらない。
皆の元にやってきたシノハを女たちが騒いで迎え入れる。 男たちは、シノハの意が分からず、戸惑ったような顔をしている。 

「タイリン、クジャムを知らないか?」 女たちが騒いでいる中、タイリンを見つけて聞く。

「え?」 言うと、知らないといった具合に頭を振って、すぐにその頭を抱えた。

「あ、悪い。 頭が痛かったんだな。 すぐに森に帰ってトデナミに薬を塗ってもらおう。 だが、その前にクジャムに・・・」 辺りをキョロキョロするが、どこにも見当たらない。

「シノハさん」

「あ、父さん・・・」 ジャンムの父親がシノハに話しかけていた。

「あの人たちなら、多分森に帰ったはずだ」

「森へですか?」

「空を飛んでた鳥を見てたら、あの人たちが森の方に馬を走らせるのを見た」

(鳥? ああ、あの時の鳴き声・・・。 ゴンデュー村からの伝令があったのか・・・)

「有難うございます」 ジャンムの父親に一礼するとタイリンを見た。

「タイリン、一緒に森に帰ろう。 早く薬を塗ってもらわねば、引きが悪くなる」 言うとタイリンを自分の前に乗せ、馬を走らせた。

シノハと共に余韻に浸りたかった女たちが眉尻を下げた。


ピヤァーと言う猛禽類の声にピユゥーとクジャムが指笛を吹いた。 待て、という合図の指笛。
その後、馬を走らせ森の端に行くと、ピーっとクジャムが指笛を吹いた。 上空を旋回していた猛禽類、鷹がクジャムの指笛を聞きとめその姿を確認する。

クジャムが鷹を見ながら片方の腕を曲げ、肩の高さほどに上げると、鷹がその腕めがけて上空から滑空した。 グワシと鋭い爪を持つ足でクジャムの腕をつかむ。 その足には薄く鞣した皮が巻き付けられていた。 クジャムがそれを取ると【都へ出る、村に帰れ】 と書かれていた。

都以外のどこの村も文字を持たない。 何もかもが口伝であるが、都に出るゴンデュー村では文字を使う。 とは言え、都人とのやり取りでは正しく都の文字を使うが、ゴンデュー村の中では殆どが暗号であ
る。 今、巻き付けられていたものも暗号であった。
サラニンにそれをに手渡すと、代わりに既に暗号が書かれた鞣皮を受け取った。 それを先ほどと同じように鷹の足に巻き付けると、一度高く手を上げその腕を大きく振った。 鷹がバサバサと翼を煽る音を立てると上空に舞い上がり、暫く旋回するとゴンデュー村目指して飛び去った。

「婆様に挨拶をしてから発つ」 言うと森の中へ馬を走らせた。


シノハとタイリンが森の中に入り、馬をつなぐと確かにクジャムたちの馬が繋がれていた。

「タイリン歩けるか?」

「これくらい大丈夫です」 指で頭をつつくと「イテッ!」 思わず声が出た。

タイリンを気遣いながらゆっくり歩いていると何やら声が聞こえてきた。 その声が段々と何を言っているのかが聞き取れてくると、シノハがこめかみを押さえた。

「タイリン悪い、ゆっくりと歩いてきてくれ」 言うとすぐに走り出した。


「これほどに寂しい別れはない。 なぜ“才ある者” なのだ」

「クジャムどけって言ってるだろ! トデナミ、次に逢う日までせめて我の手の温もりを覚えておいてく
れ」

(ああ・・・バランガが手を差し伸べているんだろうな・・・タイリンじゃないけど俺も頭が痛くなってきた)

「ああ! 二人ともトデナミが嫌がっているだろう! クジャム前をどけ! 美し村の花のようなトデナミ―――」 までサラニンが言うと

「お前! 前は美し村の精霊のようだと言ってただろ!」 クジャムが言う。

「はぁ? 精霊も花もトデナミに劣る。 だが、それ以上の例えようがないということだ!」

「はっ! 言葉を知らぬ奴め」

「トデナミ、こ奴らのことは放っておいて、我の手にトデナミの手を置いてくれ」

シノハがやっとタム婆の小屋の前にやってきた。

「何をしているんですか!」 言うとトデナミの前に立ちはだかった。

「シノハ! 邪魔だどけ!」

「クジャム・・・」 ハァ、と大きく溜息を吐いた。

「伝令があったのでしょう?」

「お前がなぜ知っている」 ふてぶてしく眉根を寄せた。

「早く帰らなくていいんですか?」

「まだ婆様にも挨拶が出来ておらんのに、帰るはずがなかろう!」 当たり前に言う。

「婆様に挨拶が終わっていないのに、トデナミにこれですか・・・」 

「当たり前だ! 婆様をお呼びしたらトデナミが我に逢いに出てきてくれたのだからな!」

「馬鹿か! 誰がクジャムなんかに逢いたいなんて思うもんか!」

「バランガの言うことはもっともだ。 我に逢いに出てきてくれたのだなぁ?」 サラニンがシノハの後ろから顔を出しているトデナミに涼やかな顔を送る。

「ああもう! とにかく黙って下さい。 タム婆様をお呼びするのですね!?」 

3人がふてくされた顔を作る。

(・・・さっきまでと同じ人とは思えない) 額に手をやり、フゥーと息を吐くと振り返りトデナミを見た。

「婆様は?」

「中におられます」

「では、我が呼んでき・・・あ、いや、トデナミが呼んできてください」 この場にトデナミが居るとややこしい。

「おい! シノハがお呼びして来い」

「クジャム、たまにはもっともなことを言う! トデナミはこのままに我の手を取るだけでいい」

「僅かな時であっても、別れを惜しもうでないか」 相変わらずの涼やかな顔。

トデナミがどうしていいか分からずシノハを見ると、シノハが眉尻を下げトデナミの背を押すと2人でタム婆の小屋に入った。

「あ! シノハー!!」 3人が同時に言った。

タム婆の小屋に入ると声を殺し、腹を抱えてタム婆が笑い転げていた。

「ば・・・婆様・・・」 両の膝に手をつくと脱力した。

「ヒー、ヒー・・・なんと、なんと」 まだ笑いがおさまらないようだ。

タム婆の様子を見ながらゆっくりと腰を伸ばす。

「婆様、ゴンデュー村から挨拶があるそうです」 外ではまだ小競りあっている声が聞こえていたが、つと、タイリンという声が聞こえた。

「外が収まりませんから、婆様・・・」 言いかけてタイリンがやってきたのだと分かった。

「分かった、分かった」 言いながらもまだヒーヒー言っているが、なんとか身体を立てると杖をつき歩き出した。

シノハの横まで来ると、頬をパンパンと二つ叩き外に出た。

シノハがタム婆に続いて外に出ると、先程までと一転したゴンデュー村の三人が姿勢を正し、片膝を着くと拳を左胸元に当て背は伸ばしたままで顎を引いていた。

「トンデン村“才あるタム婆様” 我らに寝食を下さり、誠に感謝しております」

「ゴンデュー村の方々、我らトンデンにして頂いたことは感謝してもしきれぬ。 誠に深く感謝を申し上げる」

「村長には挨拶ができませぬが、必ずや我が村に帰り、村長がまだ動けぬ状態であられるということ、そして“才あるタム婆様” より、感謝の言葉を頂いたと、我が村長に伝えます故ご心配なされませぬよう」 

長が闇討ちされたことは黙っているということである。

「長の身体が良くなり次第、ゴンデュー村へ出向く故、もうしばらくお待ち願いたいと、くれぐれも村長に伝えてくれ」

「しかと」 言うともう一度顎を引いた。

「道中の安全を祈する」

「有難きお言葉」 頭を垂れた。

タム婆が小屋に入るのを見送ると三人が立ち上がりシノハを見た。

「勝つのは当たり前だ。 で? いつオロンガに帰る」 クジャムが言う。

「明日か明後日に」

「アイツのことはどうする」

「夜にはドンダダが小屋に来るはずです。 その時に全て話します」

「フッ、真正面からか・・・お前らしいな」

「ドンダダは・・・皆に勘違いされている所があるかもしれません。 それにガガンリのことを止めてくれると思います」 

「小屋の隅にアイツが切った勒がおいてある」 バランガが言うと、シノハが頷いた。

「せいぜい、気の済むようにしな」 バランガの言葉にもう一度頷くと、三人を見遣った。

「有難うございます。 何もかも世話になりました。 思い上がりでした、我一人では何も出来なかった」

「ああ、確かにな。 あのままの弓馬だったら見事に負けていたな」

「はい、サラニンの馬を操り、馬を見る目に改めて感謝します」 シノハの言葉に眉を上げた。

「クジャムがそう言ってくれればいいんだがな、下手を踏んだから何も言ってもらえない」 言うとタイリンを見た。

「タイリン悪かった。 我の手落ちだ」 何のことか分からないタイリンがキョトンとする。

そろそろ時を切ろうとクジャムが口を開いた。

「シノハ、念を押して言う。 オロンガに帰るのが遅くなるのは認めん。 必ず明日か明後日、帰るのだな?」

「はい」 答えるシノハを一度見据えると踵を返した。 

「行くぞ」 その言葉に慌ててシノハが言う。

「馬のいるところまで行かせてください」 歩を出しかけてタイリンに小声で言った。

「小さな声でトデナミを呼んで薬を塗ってもらっておけよ」

「小さな声?」 不思議そうな顔を向けたタイリンに頷くと三人の元に走り出した。


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--- 映ゆ ---  第69回

2017年04月20日 21時42分04秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第69回




村人たちの声が止まった。 ファブアが手に持つ旗を上げたのだ。
タイリンは石を投げ終えたが、的近くのその場を離れない。 また何か仕掛けるのではないかと自分なりに見張っているつもりであった。
シノハとドンダダが先程とは逆に並んだ。 ファブアがシノハを睨み据える。

(コイツに勝たせたくない・・・) 旗を持つ手が震える。

(くそつ! タイリンのヤツ要らないことをしやがって!) 歯を噛みしめて目先を落とした。

(何かいい方法はないのか!) 

そのファブアの様子を見ていたガガンリの口元が緩む。

(何の計画もなく、行き当たりばったり・・・簡単に潰せる奴だ)

ガガンリがファブアを見ているように、その不遜な態度を口元以外からも看破している者がいるとは知らず、緩む口元を隠すようにか、なお一層口元が緩んできたのを抑えようとしてなのか斜め下に顔を俯けた。 バランガがその陋劣(ろうれつ)な態度に冷嘲を送る。

いつまで経っても旗が下がらない様子に村人が互いを見合った。
ファブアの一番近くに立っていた確認者が「ファブア! 何をしてる!」 大声を出した。 その声に気付き、クルリと身体を反対に向けると旗を持つ手を下した。
旗を持つ者が後ろを向くということは、一旦切るということである。

(さっきのアイツの馬駆け・・・次は絶対にドンダダは抜かれる) 顔を下げ、旗の柄を折れるほどにキリキリと握る。

(アイツがドンダダに何を言うのか・・・) 

遠目にファブアを見ていたタイリンが5の的の確認者に目を送りながら、シノハの的の後ろを駆けだした。 それを見たシノハの眉が動いた。

「タイリン?」 ずっとタイリンを目で追っていると1の的と2の的の間に立ち、5の的の確認者を睨みつけている。

「ふ、タイリンはお前たちより、機転がきくようだな」 今度の嫌味は充分にサラニンに通じた。

「申し訳ありません」 サラニンが目を落とした。

シノハの走る馬筋、シノハへ反感を覚えているファブアの行動、これらを目に入れなければいけなかった。 だがトンデンの村人の前でゴンドュー村の二人が動くことは憚られる。 したがって誰が見ても不自然でないタイリンを動かすのが、サラニン達でなければいけなかった。 馬筋への妨害、そして今のタイリンの動きを本来ならサラニン達が指示しなければいけなかったのだ。

「タイリン、なにやってんだ。 ここは危ないからあっちに帰れ」 近くに居た2の的の確認者が言う。

「シノハさんなら大丈夫だよ」 タイリンの返事を聞くや、肩をすくめた。

「確かにさっきは見事だったが、万が一があっても知らんぞ」

「うん」

待っていたドンダダの馬が焦れてきたのか、足を動かしだした。
さっき大声を出した確認者がもう一度ファブアに声をかけた。

「ファブア!」 

言われ僅かに顔を上げると、ゆっくりと振り返った。 

(ドンダダの後ろ盾がなくなったら俺は・・・) 顔を上げドンダダを見ると悔しさに鼻の奥がツンとした。 

(他の奴らにエラソーになんて言われたくない・・・) 旗を持つ手をゆっくりと上げる。

女たちは両の手の指を胸のあたりで組み、男たちは腕を組む者、手のひらの汗を衣で拭く者いろいろだが、皆が一様に固唾をのんでファブアの持つ旗を見ている。

ドンダダから目を外すと今度はシノハを見た。  

(コイツは・・・) 上げられたファブアの腕が怒りに震える。

(コイツが・・・ドンダダに勝つことなんて許さない!) 思うと、旗が一気に下ろされた。

2頭の馬が同時に駆け出た。 が、すぐにシノハが僅かな遅れをとった。
2頭の馬がファブアを挟んで左右に走り抜けると、ファブアが振り返り馬上のシノハの後姿を睨み据えた。

(お前になど勝たせない)

僅かに先を走るドンダダが1矢目を射た。 遅れてシノハも射るとすぐに2矢目の矢を腰から取る。
その様子を見送るとファブアがシノハの的に向かって足早に歩き出した。

(やっぱりこっちに来た・・・) タイリンがファブアを見るともなしにシノハの馬を目で追っていたが、耳はファブアの足音に集中していた。

ファブアはシノハが最後に射る2の的、その2の的と3の的の間に立った。 僅かに2の的近くに。 2の的の確認者は2の的と1の的の間に立ってシノハとドンダダの走りを見ていた。
一瞬の隙をついてタイリンがファブアの視野から外れると、ゆっくりファブアの後ろに向かって歩き出した。

5の的にはシノハが先に射た。 前回と違って小さく左に回すと馬の腹を蹴り直線を走りだした。
遅れをとったドンダダが右に回し、直線を走らせると先に走るシノハが目に入った。

「っく!」

シノハが先に4の的を射る。 遅れてドンダダも4の的を射る。 シノハの乗る馬の足が段々と速くなる。
4の的と矢を射るシノハの姿をじっと見ているファブア。 タイリンが足音を忍ばせながら、あと少しでファブアのすぐ後ろまでという所まで近づいた。

確認者も村人たちもドンダダとシノハしか見ておらず、ゴンデューの3人以外は誰もタイリンの動きに気付いていない。

4の的を射たシノハが2の的に馬を走らせる。 それを見たファブアの手が僅かに動いた。 と、次の瞬間ファブアがその手を大きく後ろに振りかぶらせた。 目を見開いたタイリンがファブアの身体に飛びかかった。 バランスを崩したファブアの手から放たれた旗は、シノハの走らす馬に当たることなく、手前に落ちてしまった。

2の的を射たシノハは手綱を取るとそのまま馬を走らせ最初に立っていた位置を走り抜けた。
その時、ドンダダは2の矢を射ていた。 そして走り抜けた。
村人たちにどよめきが走った。 シノハの放った矢が的を外れたようには見えなかったし、明らかに馬駆けではシノハの方が早かったのだから。

「離せ! お前のせいで! お前のせいで!」

タイリンに飛びかかられて二人でともに倒れこんでいた。 タイリンも離れたいが、手がファブアの身体の下に挟まれて離れることが出来ない。

走り抜けたシノハが馬を回し、気になっていたタイリンに目をやるとファブアに拳固を食らっているのが目に入った。
慌てて馬を走らせる。 確認者と村人たちが何事かとシノハを目で追っている。 

走らせていた馬から飛び降りたシノハがタイリンにまた拳固を落とそうとしていたファブアの手を掴みそのまま腕を引っ張ると、タイリンの腕からファブアの身体を離した。 勢いよく腕を引っ張られたファブアは、後ろに大きく尻もちをつき、その勢いのまま背中まで倒れ込んでしまった。
シノハが倒れているタイリンの上半身を引き起こす。

「大丈夫か?」 片膝をついて愁眉を寄せるシノハを見ると「はい」 と答えながらも幾らか頭に拳固を落とされたのだろう、しきりに頭をさすっている。 そのタイリンの目にファブアの姿が映る。

立ち上がったファブアがシノハの後ろから後頭部めがけて拳を振りおろそうとした。 タイリンの目が見開いた。
タイリンの目と後ろの気配でシノハが低い姿勢のまま身体を回すと、左腕でファブアの握られた拳の腕をはね、己の右拳をファブアの腹にみまった。
ファブアが両の腕で腹を抱えシノハの横に膝をついて倒れこんだ。

「あ・・・」 目を見開いたままのタイリンから声が漏れた。

「大丈夫だ、力は抜いている」 タイリンがファブアを気遣ったのだろうと思いそう言ったが、タイリンからは思ったことと違う言葉が返ってきた。

「は・・・初めてシノハさんの拳を見た・・・それもこんな近くで」 

目を丸くしているタイリンの言葉に両の眉を上げたシノハが、馬の手綱を取り方向を変えさせた。

「タイリン」 言うと両の腕を合わせて見せた。

「え?」

「ほら、馬に乗れよ」 

「え・・・でも」

「いいから。 誰が見てるなんて気にすることはない。 ほら、足を乗せてみろよ」 己の腕を目で指す。

横腹も肩も腕も殴られていた。 歩くには、少々痛みが走るかもしれない。 コクリと頷くと遠慮がちにシノハの腕に膝を置いた。 馬にまたがったタイリン。 シノハがタイリンに合うようすぐに鐙を短くした。

「足を入れて」 言われ、ソロっと鐙に足を入れた。

「そんなに深く入れちゃだめだ。 もっと浅く」

「あ、そうだった」 バランガに言われていた。

「手綱も取れるな?」

「でも・・・」

「バランガに教えてもらったんだろ?」 

「あ・・・でも、あの時はバランガさんの馬だったから」

「大丈夫だ。 この馬はサラニンが躾けてくれた。 それに俺が横を歩くから。 ほら、手綱を取って、行
くぞ」

皆に見られていると思うと面映ゆいが、シノハが先に歩き出すのを見て手綱を取り、はにかみながらポンと横腹を蹴った。

呆気に取られて見ていた確認者達が慌てて自分の的の確認をし、向かい側に立つ的の確認に走った。

皆の元に帰ったタイリンが馬から降りると、ジャンムたちが寄ってきてまずはタイリンの身体を心配したが、すぐに一人で馬に乗っていたことに羨む声が上がっていた。

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--- 映ゆ ---  第68回

2017年04月17日 23時23分00秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第65回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第68回




シノハの背に馬を走らせてくる音が聞こえた。 振り返るとゴンドュー村の三人だ。
クジャムはシノハと一瞬目を合わせるとそのまま通り過ぎて行った。 後ろに馬を歩かせていたバランガが「一発で決めろよ」 と言い残す。
サラニンにおいては馬を下りてシノハに近寄ると、丹念にシノハの乗る馬の具合を見た。

「うん、どこも悪くしていないようだし、疲れも出ていないようだな・・・」 一人ごちて言うと今度はシノハに言う。

「クジャムから言われた。 我がどれだけ馬に覚えさせたか見ものだと」 片方の口の端を上げた。

「あ・・・」 

次の言葉が出ない。 己が勝てなくても馬のせいには出来ない。 勿論そんな気はないが、あまりにゴンドュー村の馬と違いすぎる。 クジャムは勝つことが当たり前と思っている。 サラニンの面目を潰すわけにいかない。 シノハの戸惑っている様子を見たサラニンがとても怖く優しい顔をシノハに向けた。

「体力のない馬だ。 一発で決めろ。 我ならこの馬でも勝てる」 眼光鋭くシノハの目を見て言うと、表情を変えて言葉をつないだ。

「勿論シノハもな」 言うと両の眉を上げ、固まっているシノハをおいてサッと馬に乗りクジャムの元に馬を走らせた。

太陽が真上から少し傾いた中、美しい栗毛が日の光で輝いている。 その馬を走らせる優美な姿を無言で見送った。


村人たちが二人の背中を見守る中、2頭が並んで立っていた。 シノハの左に3馬身ほど離れた馬上にドンダダが居る。
この並びはドンダダに決めさせた。 全てにおいてドンダダに決めさせる。 ドンダダに有利なようにさせるために。
目のずっと先、シノハの右手には角板に真ん中がどこと分るよう、板の四角(よすみ)から太く大きく【×】と書かれた的が距離を置いて5つ並んでいる。 ドンダダの左手にも同じ的が5つ並んでいる。 この【×】の交差する所、正鵠に射るに越したことはないが、どれだけ近く射るかという事だ。
その的から少し離れたところに、的の確認者としてそれぞれの的に男が立っている。

2頭の並ぶ先にファブアが立っている。 そのファブアの持つ旗が上げられた。 次にその旗が下りれば走り出す。

村人は固唾を飲んでファブアを見ている。
ゴンドュー村の二人は馬上の上でシノハの背を見ている。 残りの一人、バランガは二人とは少し違うところに馬をおいて、ガガンリを横目に見ている。 

(さすがに今更、動く気配はないな。 伏線を引いてその最後、手綱に切れ目を入れたことでヤツは全てが上手くいくと安心し切っているのだろうな。 まぁ、今更動いたところで何も変わらんからな。 手綱が切れなかったことに驚く顔が見ものだ) 舌で唇を湿しながら顎を撫でた。


ファブアの持っている旗が下ろされた。
シノハとクジャムが馬の横腹を蹴り2頭が同時に走り出したが、僅かにシノハの馬の方が遅れをとっている。
手綱を握り目の先に映る的を見ながら馬を走らせた。
ドンダダが先に腰から矢を取った。 ドンダダが矢を取ったその位置から少し遅れてシノハが矢を取る。 
シノハが弓を構え矢を放つと見事に正鵠に矢が刺さった。 
だが、遠目に見ている村人達には、板に刺さった音が聞こえるだけで、的に当たったと分かっても、どこに刺さったのかは分からない。 的近くにいる者にしか分からない。
3つの的に矢を放ったシノハ。 最初は僅かに遅れを取っていたが、ドンダダより先に手綱を取り、馬の速さを衰えさせることなく右に回した。 が、大きく回った。

「あ・・・何やってんだっ」 サラニンが思わず口からこぼした。

「お前たちの動きは足らんな。 お前たちの仕立てはあの程度のものか?」 沢山の嫌味を含めてクジャムが言ったが、今のサラニンにはその嫌味が伝わらなかった。

森の中でのシノハとドンダダの戦いを見ていた時のように、クジャムの目は真っ直ぐ前だけを見据えている。
大回りしたのは馬のせいではない。 シノハの馬を操る手綱さばきが悪いのだが、それも己の不始末かと思うと、クジャムに言われサラニンが口を歪めた。 が、

(我らの動きが足りない? どういう意味だ?) スッとクジャムを見た。 が、クジャムは前を見据えているだけだった。

シノハに遅れてドンダダが左に回して馬を走らせた。 左回りが得意であるから左をとっただけあって、シノハとのひらいていた差がなくなった以上にドンダダが先に直線に走り出した。
サラニンがクジャムに何かを言われているとはつゆとも知らず、ドンダダに遅れてシノハが的に向かって馬
を直線に走り出させた。

ドンダダの様子を見ていたガガンリが眉根を顰めた。 馬を回したときにドンダダの手綱が切れなかったからだ。 
僅かなガガンリの表情をバランガが捉えた。 

(さて、どうする? 今更何もできないだろう。 お前が誰にもわからず吹き矢を吹ければ別の話だがな・・・) と、タイリンが警戒する、とっても恐ろしく楽しそうな顔を作っている。


互いにそのまま馬を走らせ、次に4と2の的に矢を射なければならない。 
シノハの耳に先を走る蹄の音が聞こえる。

(クソッ! 遅れをとった!)

ドンダダが腰から矢を取った。 最初の1の的の時と同じようにドンダダが矢を取ったその位置から少し遅れてシノハも矢を取る。 
シノハがドンダダより矢を取るのが僅かに遅い。 僅かではあるが、それが距離を縮めることになる。
それにシノハの乗る馬は走れば走るほどに速さを増した。 最初に馬を選別したサラニンの目利きであろう。

そして最後の的へは僅かにシノハが遅れたが、殆ど二人同時に射たが、最初に立っていたところを走り抜けた馬駆けの速さは二人ほぼ同時であった。
あとは的への的中度だ。

的の近くに立っていた確認者が自分の見る的を確認し、続いて向いに立つ的に走り出す。 左右の的の確認者が互いの向かいに立つ的も確認する。 二重の確認というわけだ。
そして合わせて10個の的の確認者が集まって話をする。 
シノハもドンダダも射た矢は、ほぼ正鵠に命中していた。
それを聞いたファブアが旗を持って最初に立っていた場所に戻る。 2本目を始めるという合図だ。

シノハがドンダダと同じように馬駆けをしただけでも驚きだったが、ファブアのそれを見た村人がざわめきだした。 

「ドンダダと同じように射たってことか?」

「アイツ、日頃はズークに乗ってるっていうのにどういうことだ」 ドンダダ側から離れつつある男達が言う。

「だが、最初に来たときに馬を制した。 オロンガの村の中では乗ってたんじゃないのか?」

「イヤ、オロンガの村には馬はいないはずだ。 トワハがそれを愚痴っていたから間違いない」 男たちが目を合わせる。

その話を耳にしたタイリンが後方に立つクジャムをチラッと見た。 クジャムは素知らぬ顔をしていた。 
すると己一人がシノハの秘密を知っているようで胸から嬉しい何かがこみ上げてくる。

女たちや、シノハに拳を教えてもらっていた若い男たちも、驚きが喜びにかわって騒ぎ出したその中

「チッ、一発で決められなかったのかよ」 ずっとガガンリを目の端に入れていたバランガが一人ごちた時、ガガンリが僅かに口の端を上げた。

(フッ、次で必ずシノハが勝つと踏んだか。 それに手綱のことは証拠が残らなと安心しきったか。 つくづく痴れ者よの) 


己の得意である左回りなのに同時に走り抜けた。 ドンダダの心の焦りは大きい。
絶対に負けるわけにはいかない。 己を落ち着かそうと馬を歩かせる。


シノハは近くにいたカラジノ達の元に馬を寄せ、一緒にいるタイリンを見た。

「タイリン、ちょっとこっちに」 言うと馬を皆から離れたところまで歩かせ、寄ってきたタイリンに小声で話しかけた。

「悪いが、今俺が射た5の的の向こう側にいくつかの石が落ちている。 邪魔にならないように移動させてもらえるか? ・・・もしかしたら、その石がもう既に反対側の的の方に移動しているかもしれないが。 それと、このことを誰にも言わないように」 

シノハの言わんとすることを覚ったタイリンが頷くと、すぐに5の的に向かって走り出した。
皆が騒いでいる中、タイリンの様子に気付いた者もいたが、すぐに周りと一緒に騒ぎ出してタイリンを目で追う者はいなかった。
タイリンがファブアの横を通り過ぎた時、ファブアが怪訝な顔をタイリンに送った。
タイリンが5の的まで行くと、その先には確かに大人の拳大のいくつかの石があった。 そしてその石は次にシノハが走らせる左側の5の的の先、丁度馬を回す場所くらいに移動されていた。
タイリンが的の横に立つ男を睨んだ。 男は素知らぬ顔をして空を眺めていたが、タイリンが1つでも残すまいと、石を拾っては全く違ったところに投げる姿を顔を歪めて見ていた。

ドンダダ側の男たちが、シノハの妨害をしていたのだった。

シノハが5の的に矢を放つとすぐに手綱を持ち馬を回しかけた時、地面に転がる石が見えた。 思わず避けようと大回りになってしまっていたのだ。

今それを知っているのは仕掛けた者とシノハとタイリンと、他にクジャムだけであった。 ずっとタイリンの様子を見ていたサラニンがやっと気づいた。

「っつ、そういうことかっ!」 己の考えの甘さに歯を噛みしめて渋面を作る。

「赤子でも気づくようなことを見過ごしたな。 まぁ、お前たちは全体を見るとは言っていなかったから仕方がないか?」 タイリンをじっと見てサラニンを見ない。

森の中でのシノハとドンダダの戦いの時と同じ、クジャムが前を見据えて話すときは腹の底から叱責の思いがある時だということをサラニンは知っている。

「いえ、我らの落度です。 我らに緊張が足りませんでした」 

「何事も甘く見るな」 声音静かに言うそれが腹に肝に深く沁みる。

「はい」

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--- 映ゆ ---  第67回

2017年04月13日 22時36分41秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第67回




シノハとサラニンが弓馬に励んでいる間、バランガが小屋に戻ってきた。

「おっ、クジャムが居るのか」

「お前たちに任せたのだからな、俺は動かん」 言うクジャムの横に座るタイリンを見た。

「タイリン、クジャムは大人しくしていたか?」 クジャムの前に座りながらタイリンに問うたが、そんな問いが来るとは思わず、タイリンが目を泳がせクジャムを見た。

「何が我らに任せてるだよ」 目を眇めてクジャムを見る。 

タイリンの目の動きで大人しくしていなかったと分かる。 何やら探りを入れていたのだろうと察しがついた。 そのバランガの視線を無視してクジャムが口を開いた。

「で、どうだ。 何か動きがあったか?」 

「一つあった。 が、もうこれ以上何も仕掛けないだろう」

「仕掛けって何をですか?」 タイリンがバランガに問うと、とっても恐ろしく楽しそうな顔をタイリンに向けた。

(わわっ、バランガさんのこの顔の時って何か嫌な予感がする・・・)

「ガガンリがドンダダの手綱に仕掛けをした」

「え?」

「ドンダダが馬を乗り終えた後。手綱が切れやすいように切れ目を入れていた。 すぐには分からないようにな」 

聞いていたクジャムが鼻であしらう。

「やっと自分で動いたということか。 それにしても相変わらずだな」 

タイリンは声が出ず、段々と顔が青ざめていく。

「ああ、浅ましい」

「で? どうした」

「この村は誰の勒(ろく)とは決まっていないようだから取り替えておいた」 そして細工された勒を衣の中から出すと、それをクジャムに渡した。

バランガの言葉にタイリンがやっと口を開いた。

「あ・・・あ、それじゃ、ドンダダが馬から落ちるなんてことはないんですね」 前のめりになってバランガに詰め寄る。

「おい、そんなに近寄るな。 俺は男に興味はない」 ごめんなさい、とタイリンが身を引いたのを見るとバランガが小首を傾げた。

「タイリンはシノハの敵であるドンダダが心配なのか?」

「誰であっても馬から落ちて怪我をするなんてことは嫌です」 眉尻を下げながら言う姿を見てバランガが僅かに優しい笑みで答える。

「そうか。 ああ、大丈夫だ落ちることはない。 それに手綱が切れたところで落ちることはないだろうな。 せいぜい心が乱れて的を外す程度だろう。 ドンダダってヤツは自分に自信がある弓馬を言ってきたんだ。 馬も十分に乗れるはずだろうからな」

「それを狙ってそんな小細工をしたわけだ。 この切れ目の位置からすると、すぐに切れた手綱を持てるようにしてある」 クジャムがタイリンに説明しながら、手綱をバランガに返し顎をしゃくった。

手綱を受け取ったバランガが立ち上がり、トデナミが用意してくれた寝るための織物で手綱をくるむと、小屋の隅に置きながらタイリンに言う。

「まぁ、我らのように馬に乗れていたらの話だがな」 

バランガの様子をじっと見ていたタイリン。

「ドンダダは上手に馬に乗れますから・・・えっと、それじゃあ、ガガンリはシノハさんが、ドンダダに勝てないと思ったということですか?」

「シノハがズークに乗ればこんなことはしなかっただろうな」 クジャムが答える。

「何を焦っているのか、伏線の引きまくりってとこだな」 小屋の隅から帰ってきたバランガが座りながら言う。

「シノハを使おうと思っているのだろう。 それが一番簡単だと思っているのだろうな。 だからシノハがそろそろオロンガに帰るころだと焦りだしたんだろうし、今回のことが一番の機会だと思ったんだろう」 

クジャムの言葉を聞いて分からないといった顔を俯けたタイリン。

「・・・ガガンリの考えていることが分からなくなってきました。 ラワンさんに乗らせないようにファブアに言わなかったのに、そんなに危ない仕掛けをするなんて。 それじゃあ、最初っからラワンさんに乗ってもらって、シノハさんに勝ってもらえばいいのに」 俯き少々口を尖らせて言うタイリンにバランガが笑う。

「言っただろ。 誰が見てもドンダダが有利なように見せて完全に負けさせる。 ガガンリにとってそこが重要なんだ」 

「あの・・・?」 タイリンがバランガに顔を向けた。

「なんだ?」

「おかしなことを聞いていいですか?」

「なんだ?」

「ドンダダが馬から落ちないことには安心しました。 でも・・・」 戸惑うように目が動く。 が、意を決して問うた。

「でも、そのままにしておいたら、シノハさんが確実に勝つんですよね。 なのにどうしてバランガさんは勒を替えたんですか?」 

当たり前の問いであったかもしれない。 が、ゴンドュー村として都に呼ばれる“影の武人” として主に沿うた密偵で動く者には、問われることのない当たり前のことであった。

「シノハがそれで納得するか? ドンダダの手綱が切れたんだぞ。 我らは今、シノハの納得できるように動かねばならぬ。 もし、そのままにしておいてドンダダの手綱が切れれば、シノハのことだ、やり直しを申し出るだろう」 

言葉の意味がすぐには分からなかったが、少し頭を巡らせると、その言葉の意味が分かった。

「あ・・・そうですよね。 シノハさんはそうですよね」 言うタイリンをじっと見たのはクジャムだった。

「タイリンもシノハと一緒だな」 クジャムの言いように褒められているのか、貶されているのか分からなかったが、シノハと一緒と言われ顔がほころぶ。

「で? クジャムは何をしてたんだ? 我らに任せるって言いながら、何を嗅ぎまくっていたんだ?」 半眼でクジャムを見ると、とぼけた様な言いようで答えが返ってきた。

「なにも。 散歩をしていただけだ」

「何を隠してんだよ。 ちゃんと仕入れたことを流せよ」

「何もしていないと言ってるだろう。 仕入れたことなどない」 眉間に皺を寄せてソッポを向く。

「うん?」 バランガがクジャムの目を見ようと、身体をクジャムの目先に移動させた。

「おい、なんだ鬱陶しい。 あっちへ行け」 二人のやり取りを目を丸くしてタイリンが見ている。

「おかしいなぁ・・・」 顎を撫でながら疑いの目をクジャムに向ける。

「まさか?」 クジャムの顔の前にグイっと顔を寄せた。

「女か?」 言われ、クジャムが斜め上を見た。

「クジャム! 我らが寝るのを惜しんで動いている時に女か!」

「だからお前たちに任せると言っただろう。 その間に女と話そうが何をしようが俺の勝手だ」

「けっ! 勝手にしろ!」 

笑いをこらえるタイリンであった。



村から少し離れた砂地、シノハがサラニンと弓馬を練習していたところに村人が集まっている。
その中でドンダダ側の男たちが・・・いや、もうドンダダから離れつつある者たちも一緒に、砂地に的を刺している。
長い距離の左右に5つの的が刺されていく。

二人同時に的の間に馬を走らせる。 シノハは最初に右手に見える的、1と3の的と5の的に矢を放ち、5の的に矢を放つと馬を回して、今度は左手に見える4と2の的を射り、最初に立っていた所まで走りきる。 ドンダダは先に左手に見える1と3と5の的を射ると、馬を回して右に見える4と2の的を射って走りきる。
どちらが先に帰ってくるか、そして的をどれだけ正鵠に近く射られているか。 そこが勝負となる。
1本目で勝負がつかないときは、馬の立ち位置の左右を入れ替え勝負がつくまで何度も繰り返される。


的を用意されているのを遠目に見ながら、ドンダダとシノハが騎乗している。
最終の的の用意がされる中、ドンダダが馬に乗るシノハに問うた。 が、問うドンダダも答えるシノハも互いを見ない。 真っ直ぐ前だけを見ている。

「ズークではないのか?」

「何のことでしょうか? ファブアからは我にトンデンの村の馬を乗るようにと聞いていましたが」 

シノハの言葉にドンダダが眉根を寄せ、少し考えるようにしたかと思うと言葉をつないだ。

「お前は弓馬として馬に乗れるのか?」

「ズークほどではありませんが」

「では、今からでもズークに乗るといい」 

ドンダダの言葉になにかしら希望が持てた。

「ドンダダ・・・」 前を見ていたシノハが隣に騎乗するドンダダの横顔を見た。

「何故、村長に逆らのですか?」

「逆らう?」 思わずシノハを見た。

「長に逆らってなどいない。 我が父の想いを引きついでいるだけだ」

「ドンダダの父様の? ・・・それはどんな想い?」

「お前に言う必要はない」

ドンダダの言葉に壁を作られたかと思い、慌ててシノハが言う。 焦りを悟られないために今までと同じく静かな口調で、だがしかし、言葉尻を変えた。

「婆様から聞いた。 父様は今の村長と対立していたそうだな」

「婆様? ・・・ああ、お前は婆様とずっと一緒に居たのだからな、色んな話を聞いたのだろう。 婆様は今の長を押されていたからな」

「婆様のことをどう思っている?」

「・・・我が村は婆様に助けられた。 それはよく知っている。 婆様にはいつまでもお元気でいて欲しい。 が、それとこれは全く違う」 

シノハが何かを言いかけた時、二人の元にファブアが走ってやってきた。

「準備ができた」 ドンダダを見て言うとチラッとシノハを見てまたドンダダを見た。

「生意気な奴、思いっきり負かせてくれ」 その言葉にドンダダは無言で馬を歩かせた。

シノハが続いて馬を歩かせるとすぐにドンダダの横に付き、一言いった。

「どちらが勝とうとも、弓馬が終わったあとに話がある。 婆様の向かいの小屋に来てくれ」 

こんなことを言うつもりはなかった。 だが、今ドンダダと話していてドンダダの横顔が見えた様な気がした。 自分の知りえなかったドンダダの横顔が。
ドンダダの下瞼がピクリと動いたが、返事をすることなく馬を走らせて行った。


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--- 映ゆ ---  第66回

2017年04月10日 22時49分45秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第66回




シノハとタイリンが小屋にいると、遠くでガタガタと何かを作るような音が聞こえてきていた。

「的を作ってるんでしょうか?」

「そうだろうな」

「あの・・・シノハさんは弓馬・・・出来るんですか?」 

「ドンダダがどれほど出来るかは知らないが、俺も出来る」 

シノハの最後の言葉にタイリンが大きく安堵した。

「良かった・・・」 

タイリンのホッとした様子に両の眉を上げたシノハ。

「とは言っても・・・ドンダダの腕の程が分からないから、どうなるか分からないけどな」 

頭をかきながらお道化たように言うシノハを見て、憂慮わしげに顔を下げながら言う。

「ドンダダがどれだけ出来るかを教えてあげたいけど・・・俺は村の中しか知らないから、村の中で一番ドンダダが上手い事は知ってます。 でも、村を出るとそれがどの程度なのかが分かりません」 下げた顔の中で眉尻が下がる。

「ああ、そんなことはいいよ。 気にしないでくれ。 俺が自分でドンダダに決めるように言ったんだからな。 何を言われても受けるだけだ」

と、外でシノハを呼ぶ声が聞こえた。

「ファブア?」 言うタイリンを置いてシノハが立ち上がり戸に向かった。

戸を開けるとタイリンの言ったように、そこにはファブアが立っていた。

「ドンダダの使いだ」 ファブアにシノハが頷く。

「戦いは弓馬だ」 もう一度シノハが頷いた。

「だが、お前は馬を持っていない。 よって我が村の馬を使うといい」

「どの馬だ」

「どの馬でもお前が選べばいい。 だが、ドンダダの馬は選ぶな」

「分かった。 では今からでも馴らせてもいいんだな」

「ああ、勝手にしろ」 吐き捨てるように言うと立ち去って行った。

ファブアの背中を暫く見て振り返るとタイリンが戸口に立っていた。

「俺、たとえ弓馬だとしても、シノハさんはラワンさんに乗ると思ってました」

するとシノハの背中から声が聞こえた。

「やはり、またやったか」 振り返ると、ファブアの歩いた後を見ているクジャムがいる。

「クジャム、いつの間に!」 どこにもクジャムの気配がなかったはずなのに。

シノハに向き直ったクジャム。

「お前が馬に慣れるに時が少ない。 小屋に入れ」 

三人で小屋に入るとクジャムが座り、それに続いてシノハとタイリンも座った。 すぐにクジャムが話し出した。

「ドンダダってヤツはかなり迷って弓馬に決めた。 だが、お前には馬がない。 最初はそれに気付かなか
った。 時が経ち、ファブアってヤロウがそれに気付いた。 それをドンダダに言うと、あくまで弓馬は弓馬だ。 馬でなくてはならない、と言った」 クジャムがシノハを見据える。 シノハが頷く。

「朝、ガガンリってヤツがドンダダの小屋を訪ねてきた」 シノハの表情が変わった。

「違う小屋で寝ているヤツは夕べの話が最後まで聞けなかったから気になったんだろう。 その時ドンダダだけが小屋に居たらしい。 で、ヤツら二人で話した。 
するとドンダダが急に夕べと違うことを言い出した。 弓馬とは言え、馬に乗りなれない奴に馬に乗れというのは卑怯になると思ったのか、己が勝つに余裕があると思ったのかは分からんが、お前に弓馬のことを伝えるように言っていたファブアにズークでもいいと伝えるように、とガガンリに言った」 シノハが眉根を寄せた。

「ああ、ガガンリはドンダダの言葉をファブアに伝えていない」

「我が馬に乗れるのはドンダダは知っています。 それなのにラワンで良いと言ったのですか?」

「お前が馬に乗れることを知っている?」

「はい、我が最初この村に来たとき、暴れ馬を制しました」 

シノハの言葉を聞いてクジャムが顎鬚を撫でた。

「ふ・・・む。 ドンダダの目では馬を制しただけで、どれだけ走らせることが出来るか分からなかったのだろうな。 それにしてもドンダダってヤツは単に見る目がないのか、お前と同じで馬鹿正直なのか・・・」 シノハの眉が僅かに動いた。

「でも、どうしてガガンリが? 我に勝ってほしければ、馬に乗るよりラワンに乗る方が勝てると思うはずですが」

「どの道お前に勝たせるなら、誰が見てもドンダダに少しでも有利にさせておいて完全に負けさそうと思っているのだろう」 視線を斜めに落とすと少し考え、続けて言った。

「とにかく、勝たねばならん。 お前にとってはズークの方が扱いやすいだろうが、ファブアの伝言をそのまま受けよう。 その方がお前もガガンリってヤツの事にやりやすくなるだろう。 馬の心配はするな。 すぐに馬の所に行け。 サラニンがいる」

「はい」 立ち上がり、クジャムに礼をすると小屋を出た。

シノハの姿を見送ったタイリンが愁眉を寄せてクジャムに問うた。

「クジャムさん、シノハさんはどれだけ弓馬が出来るんですか?」

「弓馬か? そうだなぁ・・・下の上くらいだろうかな?」

「え? それでドンダダに勝てるんですか?」 心の中に大きな焦りが湧き出た。 今にも心臓が汗まみれになりそうになる。

「そうだな、ちなみに言おう。 拳は中の下、剣は中の中くらいだ」

「え? シノハさんのあの拳が中の下?! ・・・クジャムさんの言う普通が分からない・・・」 

タイリンの言葉にクジャムが大笑いをした。

「心配するな。 弓馬も我が村で鍛えてある」 驚いたタイリンの顔を見ると、続けて言う。

「オロンガの村は闘うことがないから基本武器を持たん。 だが、どうしても取りに行く事が出来ないところに生っている薬草を取るには弓を使う」

「え? 薬草を取るのに弓を使うんですか?」

「ああ、そうだ。 だからオロンガの村は弓の名手が多い」

「知らなかった・・・」

「じっと狙いをつけての弓は我ら並みに名手だが・・・いや、我らより上かもしれん。 あの細い茎を狙えるのだからな。 だが、馬の上に乗ってしまってはそれが儘ならん」

「え? でも、クジャムさん達が弓馬を教えているんですよね?」

「ああ。 だが、馬が違いすぎる。 我が村の馬をいつも乗っているが、この村の馬ではあまりに違いすぎる。 多分、一番いい馬をドンダダが乗るだろう。 
サラニンがどれだけ僅かな時に馬を教え込んでいるか・・・サラニンの腕も試せるといったところか・・・」 

タイリンに心配の種を蒔いておいて、最後には腕を組んでどこを見るともなく独語するクジャムを見てタイリンが悄悄(しょうしょう) として肩を落とした。


シノハが馬の繋がれているところにいくとサラニンは居なかったが、代わりにジャンムが居た。

「あ、シノハさんやっと来た」 ジャンムが駆け寄ってきた。

「ジャンム?」

「サラニンさんが村の方で待ってるから、どの馬でもいいからすぐに乗って来いって」

「分かった。 有難う」 言うと鞍も付けず、すぐ近くの馬に乗り駆け出した。

(乗りにくい馬だ、それに足も遅い・・・この村の馬は全部こんな感じなのだろうか) 馬上で拘泥を吐いた己に気付くと頭を振り、落ち着けと己に言い聞かす。

馬を走らせ森を抜け村に向かうと、ずっと先の砂地にサラニンが馬に乗っている姿が目に入った。

「あそこか」 そのまま馬を走らせる。

シノハがサラニンの元にいくと互いが馬から下りた。

「シノハが来たという事は、変更なく弓馬に決まったみたいだな」 

「はい」

「コイツが一番マシに走れるはずだ。 明け方から馴らしておいたが、我が村の馬とは比べものにならん。 それに体力もないから思うほど教え込めなかったがな」 言うと手綱をシノハに渡し、シノハが乗ってきた馬の手綱を受け取った。

「有難うございます」 

馬にまたがるとすぐに駈歩で馬の程を見た。

(さっきの馬よりは随分とマシだが・・・) どうしてもゴンドュー村の馬と比べてしまう。

サラニンの元に戻ると、「どうだ?」 と聞かれた。

「その馬より随分とマシですが・・・」

「だろ? これでも大分走れるようにしたんだからな」

「え?」

「我の馬を見る目と操る腕を見くびるなよ。 それにドンダダの馬と思える馬にも乗ってみたが、大体おなじ早さで走れるくらいにはなっている。 まぁ、どうしても走り出しが遅いんだがな。 だが、馬の心配は要らん。 
あとは弓だ。 どうだ、まだ少し揺れが大きいがいけそうか?」 聞かれ眉根を寄せ首を捻る。

「おい、そんな事でどうするんだ」 言うと下に置いてあった弓と矢筒を渡した。

「これは?」

「我の物だ」

「サラニンの?」

「ああ、話している時は無い。 一度試してみろ」

今まで頭の中で考え考え、己一人でやってきた。 いや、考えても最終的には答えは出なかったのだが。
だが、今は道を作ってくれるゴンドュー村の三人が居る。 それは己が考えもしない道であった。 次々と道筋が作られる、ありとあらゆる窓が開けられる。 その早さに頭がついていかない。
サラニンに急かされ、矢筒を腰に巻き弓を手に持つと馬を走らせ、どこを的にすることなく一本目の矢を放った。
だが、思ったところに放たれなかった。

(この揺れ、あまりに大きすぎる・・・) だが今は己が馬の揺れに合わせるしかない。

「もっと膝を使え!」 シノハが乗ってきた馬に乗っているサラニンの大きな声が聞こえた。

(そうか、まだ膝が甘いのか・・・) 馬から腰を浮かせ、大きく膝で揺れを吸収する。

何度も何度も矢を放った。 サラニンが走れない馬を走らせながら、放たれた矢を集めてはシノハに渡した。
膝だけでは吸収でき切れない微妙な間(ま)。 何度も繰り返しているうち、その間を感じることが出来た。

(ここか!?) 矢を放った。

見事に思うところに放つことが出来た。 見ていたサラニンがピュ~と口笛を吹いた。 サラニンにしてみればその一矢で全てが終わると思った。 だがシノハは何度もその間を確認するかのように、矢筒の最後の一本まで矢を放った。

「っとに、どれだけ慎重なんだよ・・・コッチはこの走れない馬を走らせなきゃならんだろうが」 矢を拾いまわるサラニンがブツブツ言いながら溜息を吐いた。


数刻前

シノハはすぐに寝入ってしまったが、サラニンとバランガは小屋の中で話し終えるとすぐに行動を起こしていた。 タイリンから聞いたドンダダとガガンリの小屋に二手に分かれて張り付いていた。
ドンダダの小屋の会話はサラニンが聞いていた.。
すると朝、バランガの見張っていたガガンリが、小屋を出て辺りを警戒するようドンダダの小屋に入っていった。

後をつけていたバランガが、ドンダダの小屋を見張っていたサラニンに目配せをした。
夜は少し興奮をした声で交わされていた為、小屋の横で聞き耳を立てる程度で聞こえていたが、声を静めて話されると小屋の横からは聞こえない。 声も音も横には広がらず上に向く。 バランガの目配せにサラニンが小屋の屋根に飛び上がった。 まるで猫の様に身の重たさを屋根に伝えることなく。 そこでドンダダとガガンリの会話を聞いていた。

クジャムがサラニンとバランガの二人に任せるとは言っていたが、二人はすべてをクジャムに報告していた。


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--- 映ゆ ---  第65回

2017年04月06日 21時54分48秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第65回




「チッ、面白くない」

「言ってみれば我らを呼んだ都のお偉いさんがシノハだ。 そのお偉いさんは派手を好まない。 穏便に済ませたいと思っている。 それに従うのが我らだろうが」 

サラニンが穏便に済ませたいと考えたのは、シノハと長、そして才ある婆様しか知らない話があるという事からだ。 ソイツはそれが何かを知っている。 下手をうってソイツが喋ってしまえば、シノハの顔が立たない。

「シノハがお偉いさんねぇ・・・」 ゴンドューの三人の会話を聞いて目が点になりかけたシノハを横目で見た。

「・・・え」 思いもかけないバランガの視線に思わずシノハが声を漏らす。

そのシノハにサラニンが言う。

「シノハ、一連の話とは別に、明日そのドンダダってヤツに勝て。 負けることも身体に傷を入れることも許されない。 それがゴンドューで戦いを身に付けた者の戦いだ。 分かるか?」

「はい」 シノハの返事にサラニンが頷くと言葉を続けた。

「よし、それでは後のことは我らに任せろ。 とは言っても、我らが動いている所を表立たせたくない。 我らが情報を集め、シノハにそをれを流す」 シノハが頷き、次に何か言おうとした時、その前にバランガが言う。

「お前はドンダダってヤツのことしか頭になかったみたいだからな。 ドンダダってヤツのことは表立っては明日ケリがつくだろう。 お前と長、才ある婆様が何を考えておられるのかは知らんが、それはドンダダってヤツのことほぼ全部だろう。 それはお前の好きなようにすればいい。 だが、その後ろでチョロチョロ動いてるヤツのことは我らに任せろ」 

「オイ、バランガ。 我らが手を出してはならんぞ」

「顔を見られなきゃいいんだろ?」

「ダメだ。 シノハがどうしたいのかで変わってくる。 シノハに情報を流してその上で我らがどうするのかが決まる。 それにいくら顔を隠してもここは都じゃないんだ。 小さな村だ。 簡単に手を出したら余所者がしたとすぐにバレるだろう」

「チッ、面白くない」 言うとサラニンから目を外し、今度はタイリンに視線を移した。

「我らは顔を見たが、そいつの名を知らない。 どこの小屋に居るのかも知らない。 まずはそいつが誰かだ。 心当たりはないか?」 口元に手をやると、恐く楽しそうな目でタイリンを見る。

「全然ありません。 それに皆に聞いてまわっても、誰も何処かから聞こえてきた噂が、誰が流したものかも知らないって」

「ドンダダ側の奴らには聞いたのか?」 

焚き火の周りには小屋に入らなかったドンダダ側の男たちも居た。 が、小屋に入った者はまだドンダダ側に厚くついているが、焚き火の周りにいた者はドンダダを信用しなくなってきていた者だった。

「ジャンムが聞いてくれたけど、誰も知らないってことでした」 

「それじゃあ」 とサラニンが言う。

「手っ取り早く・・・そうだな、今日の事から考えよう。 噂を流したのが誰か分からないんだったら、シノハが何故ドンダダと向かい合ったかだ。 何故急に森の中に入ったか、それは分かるか?」

「はい。 分かります」 今日の自分の見たことを全て子細に話し、二人からも少しの質問を受け、それに答えた。

「ふ・・・ん。 と言う事は」 サラニンがここまで言うと

「ああ、そいつだな」 バランガが言う。

「え?」 タイリンが目を丸くする。

タイリンは自分が見た事を言っただけだ。 そこから何が分かると言うのか、全く分からない。

「そのガガンリってヤツだ」 サラニンがタイリンを見て言った。

「なぜですか? さっきも言いましたけど、あの時はサンノイたちを遊んでくれてただけなんですよ?」 

「ああ、わざわざシノハやタイリンたちに見えるようにな」 タイリンがその言葉に納得が出来ないという顔をする。

「ああ、クソ好かねぇヤツだ。 コソコソとしやがって」 

そこに三人の会話を聞いていたシノハが口をはさんだ。

「待ってください。 ガガンリはあまりドンダダについていません、ファブアにだって。 一緒に居るからって悪い事を考えるような男じゃなさそうですし、コソコソもしていません」 

「けど? 日頃子供の相手をしないんだろう? それなのに今日に限って子供を遊ばせていたんじゃないのか?」

「それに、タイリンの話では、そいつはナカナカに戦えるそうじゃないか。 ドンダダってヤツが目の上のたんこぶだったんじゃないのか?」

二人の言葉にシノハが渋面を作る。

「まぁ、相手はわかった。 俺たちに任せな」 言うと、タイリンにどの小屋にいるのかを聞いた。

ガガンリ。 ファブアとシノハが戦った時、タム婆が現れたのに気付かなかったファブアを止めた男。 ファブアよりずっと体格が良かった男。


シノハが夜中にふと目を覚ますと、寝ているはずのサラニンとバランガがいなかった。

「あれ?」 
纏っていた織物を撥ね、身体を起こすと目を凝らして辺りを見た。 クジャムとタイリンは寝ている。 話し終えた後、全員でこの小屋で寝ることにしたのだ。

(こんな夜中にいったいどこに行ったんだろう・・・) 思いながらも、寒さに身を織物に包みゴロンと横になると、話し疲れていたのか、またウトウトとしていつしか寝入ってしまった。

声がしたような気がして目が覚めた。 身体を起こすと既にクジャムがいなかった。

「クジャムまで・・・」 まだ寝ているタイリンを起こさないようにソロっと小屋の戸を開けた。

「寒っ・・・」 

今まで、織物を纏いミノムシの様にタム婆の小屋の前で寝ていた時には緊張からなのか、これほど寒さを感じなかったが、安心して小屋の中で寝てしまっては寒さが身に染みる。
マントを取ろうとして小屋の中を振向いたが、衣は持っていたものに着替えたものの、マントの替えはない。 ドンダダの槍で切り裂かれたままだった。

(マントは着られないか・・・」 寒さに負けないようにと腹に力を込めて、そっと戸を閉めた。

小屋を出ると、夕べ皆で囲っていた焚き火のあとがうっすらと遠めに見える。

(もう少しで夜が明けるか) と、その時、僅かに何かの音が聞こえた。 空(くう)を切るような音。 
その音の先にゆっくりと歩を進めた。 
するとクジャムの姿が目に入った。 冷たい空気の中、身体からは白い湯気が上がっている。 
まるでそこに相手がいるかのように、水牛のような大きな身体を軽々と空に舞わせながら、一人力強く剣を振っていたが、その湯気を纏った姿が屈強な身体をなんとも優美に見せる。 薄暗い中でもハッキリとそれが見て取れる。 

その姿に思わず思うことがある。

(どうすればあんな風に身をこなせるんだろうか・・・) 

クジャムが誰かを教えるところは何度も見た。 だが、一人鍛える姿を見たのは初めてだった。

「起きたのか」 剣を鞘に収めると後ろに居るシノハを振り返った。

(あの集中している中、後ろに居る我が分かったのか・・・) 驚きを隠せない。

「どうした」

「あ、いえ、何でもありません」 言いながらも、己の考えの浅さを見透かされたな、と思った。

「弓馬(ゆんば)に決まるみたいだ」

「え?」 突然に言われ何がなんだか分からない。

「今日の勝負だ」

「え? あ? 弓馬ですか?」 今のクジャムの姿を見た思いに、弓馬と言う言葉が心に染みない。 まるで人事の様に返事をした。

「ああ。 シノハが馬を使うかズークを使うか・・・朝になったときが面白い」 シノハは言葉の意味が分からない。

シノハの顔を見て片方の口の端を上げると

「ああ、今日は邪魔が入った」 邪魔したのは己だとすぐに分かった。

「あ・・・すみません」 

「我が鍛錬する時はこの時だけだ。 見事お前に邪魔をされたな」

「クジャムはいつもこんなに早くから鍛錬をしていたのですか?」

「ああ、でなければ教える時がなくなるからな」 クジャムの言葉にささくれを感じる。

「ドンダダがそんな風に考えてくれるといいのですが」 

シノハの言葉にクジャムが片眉を上げた。

「お前、ドンダダってヤツをどうしたいんだ?」 上げた眉根を寄せる。

「我が勝って、我の申し出を聞いてもらいます。 その申し出に、ドンダダが考えを変えてくれるといいのですが」 シノハの言葉に思わずクジャムが溜息を吐いた。

「言って分かるやつなら、とうに変わっているだろう。 無理だ」 

「ですが、他に方法が思いつきません。 いや、ありません」 

長い目で見れば今、男たちが変わってきたのだ、他に方法があるだろう。 だが、トデナミのことがある。 今何かをしなければ。 待ってはいられない。 

「ふっ、まぁお前の気の済むようにすればいいさ。 だが、オロンガへ帰るのが遅くなることは許さんからな」

「はい」


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--- 映ゆ ---  第64回

2017年04月03日 22時11分08秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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「タイリンとシノハの言葉、それとさっきの三人の話からの憶測だ。 詳しくタイリンから聞いたわけじゃない。 それにそんなことはシノハが知っているだろうから今考えるに値しないだろう」 

「まぁそうだが、トデナミと言われれば気になる」 クジャムの言葉にシノハの頭が覚醒を戻した。

まさしくつい先ほどクジャムが言ったことを思い出す。
『何かを考えるっていうのはな、考えて何かを思いつくってことは、自分にその考えがあるからだ。 分かるか?』 という言葉を。
今のクジャムには “才ある者” を我がものにするなどと考えられない事であるから、今はその考えに及ばないかもしれないが、万が一にも事実を知ればクジャムがどれだけ暴れるかを考えると、シノハの総身の毛が逆立つ。 いや、もしかしたらそれだけでは済まないかもしれない。 暴れるだけ暴れ、トデナミを抱えどこかに消え去るかもしれない。 それにクジャムだけとは限らない。 サラニンにもバランガにもその可能性がある。

「クジャムそのことは、この村のことですから・・・」 どうやって濁そうかと思っても濁しきれず、そんな言葉しか出なかった。

「では、シノハは何故アイツに拳を向けられた? それはこの村の者ではないお前の話だ。 この村とは関係がないだろう」 問われシノハが思わず苦渋な顔を下に向けた。

シノハが何も言わない事にクジャムの表情が硬くなっていくのを見て、仕方がないといった具合にサラニンが助け舟を出した。

「いいじゃないか。 シノハもこの村に居るんだ。 村のことで動いてるんだろうさ」

「ああ、それに分かっている事に時を使いたくない。 さっさと話を終わらせてシノハをオロンガに帰すことが先決だ。 そうじゃなかったのか?」 バランガに言われ、クジャムが顔を歪めて頷く。

「ああ、まぁそうだが」 

「クジャム、すみません!」 一度クジャムの目をしっかりと見て頭を下げた。

そのシノハの姿を見ると、少し間を置いてクジャムが口を開いた。

「ふっ、お前は色々考えることがあるようだな」 

クジャムの言葉に一呼吸置くと顔を上げ、もう一度頭を下げ、サラニンとバランガにも頭を下げた。 二人がこれ以上話を長引かせないよう謀ってくれたのが分かっていたからだ。

「で、この話をシノハはどうする?」 バランガが話を急かす。

「あ・・・全然気付いていませんでしたから、まだ何も考えられません」

「ホンットにお前はっ!」 バランガの叫びにサラニンがクックと笑っている。

四人の会話をずっと聞いていたタイリン。 あのシノハがこれだけ言いたい放題にされるのを目の当たりにして目が丸くなり、何がなんだか分からなくなっていた。

「明日の戦いもどうなるか分からない、他の動きも見ていなかった。 全く考えがなってないな」 クジャムが呆れてシノハを見る。

「はい・・・」 とっても小さくなっていく。

「仕方ないさ。 戦う事のないオロンガでは考えられないことだ。 おまけに小細工なんて事をシノハは知らないだろう。 ・・・ん? シノハ、もしかして初めて戦うんじゃないだろうな?」 まさかな? という顔を向けながらサラニンが問う。

「あ、初めてです」 即答した顔が少し情けない。

クジャムとバランガが思いっきり大きな溜息をつき、そのクジャムが呆れて言った。

「お前・・・戦うだけじゃなくて、その小賢しいヤツと向き合うのか?」

「はい。 ドンダダとのことを終わらせてオロンガへ帰るつもりでしたが、まさか考えもしないことがあってはまだオロンガへは帰れません」 サラニンとバランガの口元が上がる。

「では、どうする」 問われ、まだ何も考えられないシノハ。 だが、ついさっきバランガに問われた事を今またクジャムが問うているのだ。 答えを出せという事だ。 

「その者が何を考えているのか。 サラニンが言ったように長になろうとしているのか、それが誰なのか。 まずはそれが一番かと」

「ふむ」 言うと顎鬚を撫で「答えにもなっておらんな」 言うとバランガを見た。 そのバランガがクジャムの言葉を引き継いだ。

「シノハ、それは考えずとも当たり前のことだ」 そして仕方ないと言った具合にタイリンに視線を移した。

「じゃあ、詳しいことはタイリンに話してもらおうか」 言うとタイリンをとっても不気味な目で見遣った。

殆ど脅しに近い状態でバランガからタイリンが質問攻めにされた。


「ふーん、馬か。 で? 馬はどこから迷い込んだって?」 ジャンムと共に皆に聞いてまわった事を聞かれた。

皆で焚き火を囲んでいる時に、タイリンがシノハとジャンムと共に水を汲みに行っている間にあった出来事を、村人に聞いてくるようにと言われていた。 ついでに今までタイリンの知らなかったことがあったらそれも聞いておくようにとバランガに言われていた。

「結局誰にも分かりませんでした。 それに馬が迷い込んだのを知ってるっていう女は居なかったし、男もほんの数人しか知りませんでした。 でも、どう考えても可笑しいって。 馬を見た男は馬が暴れていた風でもなかったし、走ってきた音も聞こえなかったし、それに手綱を結んでる革紐が簡単に外れるはずがないって」

「馬が迷い込んだらいつも、そのドンダダってヤツが馬を連れて行くのか?」

「まず、馬が迷うってこともありませんし、もしあったとしてもドンダダはそんなことをしません。 ドンダダの周りに居る誰かがすると思います」

「でも、今回はドンダダってヤツが森に帰しにいったんだよな」

「はい・・・。 多分、ドンダダの周りに誰も居なかったからかな・・・」

「あの噂のせいでか?」

「はい。 ドンダダ側の男たちも、まさか長を闇討ちするなんてことがあるなんて思ってもいなかったみたいで、もしその噂が本当なら、その・・・ドンダダがやったって噂が本当ならついていけないって思ってるみたいです」

「蒔いた種の芽が出てきてるってことか」 黙って聞いていたサラニンがポツンと言った。

「その馬をドンダダってヤローに上手く言って森に連れて行かせた。 ってことは、迷った馬ではない。 誰にもわからず用意をしたんだろう。 まぁ、この先は我らも見ていたからいいとして・・・。 トデナミがシノハを探してるって言うことも、馬が迷ってきたっていう事も、ドンダダってヤローが長を闇討ちしたってことも、ほかの何もかも全部一人が流した話だな。 その話にファブアってヤローがうまく使われてるんだろう」

「噂で何もかもを動かしているのか。 根性のないヤツだ」 サラニンが鼻であしらって言う。

「あの、本当にその男は長になろうとしているんですか?」

「この村を考えたときに、それ以外考えられない」

「でも、ドンダダも長になろうとしてるのに、そのドンダダをさしおいて誰も長になろうとは思わないはずです。 ドンダダに勝てる男なんていないし・・・」

「だから、シノハと戦わせたんだ。 さっきも言っただろう。 シノハと戦わせてシノハがドンダダってヤローを負かせば、みなの前で恥を晒されたドンダダってヤローは長になるとは言わないだろう。 それに村の者たちからの信用もなくしてきている。 もし、シノハに負けたにもかかわらず、長になると言い切ってみろ、村の者から白い目で見られるだけだ」

「もし・・・その、有り得ないとは思います。 でも、もしシノハさんが負けたら? さっきバランガさんが種を蒔いてるから、村の人たちの信用が薄くなってるって言ったけど、みんなの前で堂々とシノハさんと戦って勝ったら誰も何も言えなくなります」 

バランガとサラニンが目を合わせた。 そしてバランガいやな目をしてシノハを見るとそのシノハに問うた。

「どうする? この答えはお前が知っているんじゃないのか? タイリンに話してやるか?」 黙って聞いていたシノハが顔色を変えた。 

己が負けても、ドンダダが村人の反感を買うことをその男は用意をしている。
ドンダダがトデナミを自分のものにしようとしている。 いや、さっきのバランガの話だと、ドンダダがそうしやすいようにファブアにお膳立てまでさせている。 それがどれだけ村人の反感を買うことか。 それを成させようとしている。
以前のドンダダであれば、力で皆を押さえつけられただろう。 それに誰も反感をあらわにしなかったであろう。 だが、今のドンダダは村人の信用を失っている。 もし、本当にそんなことが起きれば、己との戦いにドンダダが勝とうと、今までの様に村人は黙っていないであろう。 長を闇討ちし“才ある者” を我がものにしたドンダダを許さないはずだ。
それがその男の狙い。

「タイリン、ごめん。 今は言えない」

ドンダダがトデナミを自分のものにしようとしているなどと、まだ10の歳を少し越しただけのタイリンに言えない。 ましてやゴンドューの三人の前でなど、口が腐っても言えない。
とは言ってもシノハは知らないが、タイリンはこの事を女たちと一緒にザワミドから聞いて知っていたのだが。

「あ・・・俺の方こそごめんなさい」 声が小さい。 

「ごめん。 タイリンを信用してないわけじゃないんだ。 ただ、どうしても今は誰にも言えないんだ」 タイリンが下を向いた。

(くそっ! せっかくタイリンが自信を持ち出したところなのに) 
大きな声でゴンドューの三人と話し出した。 自分に自信が持ててきたのだろう。 その持ちだした自信をまた無くしてしまうのではないかと唇を噛む。

(なにか言葉がないか・・・) 下を向いて頭の中で考える。 と、

「シノハさん、そんなに考えないで。 俺はシノハさんを信じてるから」 思いもかけないタイリンの言葉がシノハに降り注がれた。

思わず顔を上げ、タイリンを見た。 するとタイリンが顔を上げ、笑みをこぼしながらシノハを真っ直ぐに見ている。

「・・・タイリン」

「ったく、お前はどうしようもないな。 言えないならそれで上手く嘘がつけないのかよ」 
二人の様子を見ていたバランガが呆れてシノハに言うと、もう相手にもしたくないといった具合に、両の手を枕にゴロンと寝転がった。

「言ってやるな。 お前みたいに口からでまかせが言えないんだから」

「なんだよ。 俺が嘘ばっかり言ってるみたいじゃないか」 横目でサラニンを見る。

「おい、要らぬ話はいい」 二人を見て言うと、次にシノハを見た。

「我らもある程度は分かっているつもりだが、子細は分からん。 が、シノハは分かっているんだな」 

「はい。 そこは我一人で考えます」

「敢えて聞く。 それは村長は知っているのか?」 

「はい。 長と才ある婆様が知っておられます」 敢えてトデナミも知っているとは言わなかった。

が、村の女たちとタイリンも知っている話だ。 シノハはその事を知らないし、タイリンは己が知っている話だとは夢にも思っていない。

(そっか・・・。 長と婆様しか知らない話だったら俺に言えないのは当たり前か)

「では、そこのところで何かあってもシノハが一人でやるのだな」

「はい」 

「分かった」 言うと、バランガとサラニンを見た。

「お前たちでやってみろ」 

クジャムの言葉にバランガがピュ~と口笛を吹いて飛び起きた。
影の“武人の村” として動く時には、クジャムといるとクジャムが考え、クジャムの指示の元、サラニンとバランガは動いていた。 勿論、他の者が同道する時もそうだ。
だが、今回は二人で全てやれという事だ。

「サラニン、思いっきりやりたくないか?」

「馬鹿か、俺たちだけじゃないんだ、シノハがいるんだ。 派手にやってどうする」


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