大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第58回

2024年04月29日 20時37分58秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第58回




長たちに頼んだ白門の見張り、圧をかけるということはあくまでも時間稼ぎである。 そこのところは雄哉にも長にも話してある。 時間を稼いでもらっている間に白門を止める策を講じる。 その策の一端に白門の前に水無瀬が姿を現すということが入っている。

「一歩前進だな」

「ま、そうだな」

「で? 何か思いついたか?」

「それがなぁ・・・」

まさか水見が烏によって力を取られていた、烏はずっと白門のやっていたことを知っていた、ハラカルラが白門のしていることに我慢をしている。 そんなことを知らなかった時と今では考え方が変わってくる。 とは言っても知らないときに何か案があったのかと訊かれれば、具体的に何があったわけではない。

「え? ハラカルラが?」

この話はまだ雄哉には言っていなかったのだった。 軽く説明をすると、雄哉が驚いた顔を見せた後に腕を組む。

「なんでハラカルラが我慢しなくちゃなんないんだよ」

雄哉は水無瀬と同じ想いであった。 それは守り人だからかだろうか、それともハラカルラを知ったからだろうか。 高崎も同じように考えるのだろうか。

「あ、白烏からは青門に白門の話はしない方がいいって言われてるから、そこんとこヨロシク」

「OK、高崎さんも今以上のゴタゴタは耳に入れたくないだろう」

「だな」

もしかして白烏は高崎が頭を痛めていることを知っていて言わない方がいいと言ったのかもしれない。 以前、黒烏が青の誰かと話していたというのは誰かではなく高崎で、頭を痛めていることを相談し、相談された黒烏から白烏がその話を聞いていたのかもしれない。

夕飯の席で雄哉に付いていた若い者たちの話を聞くと、農作業をサボっていた分、働かされまくっているということであった。 雄哉が小さな声で「ご愁傷様」と言っていたのがライとナギに聞こえただろうか。

その夕飯では雄哉が持ってきた漬物の土産が大好評であった。 雄哉が土産として漬物を持ってきたのは意外だった。 もっとウケを狙えるようなものを土産にするはずなのに、そう考えた時に気が付いた。 雄哉自身もそうだろうが、水無瀬が食事の世話になっているからなのだと。

(そういえば)

自分はどれだけの間、朱門の世話に、ライの家の世話になっているのだろうか。

(最初に朱門の村に来たのが・・・二月の終わりだったか? ん? 三月に入ってたか?)

最初に朱門の村に来て二週間弱で黒門に攫われた。 その黒門にも二週間ほど居て次は白門に連れて行かれた。 その白門でも二週間ほど居て朱門に助けてもらった。 その後、身動きが取れない状態で一か月弱が経つ。 朱門の世話になっているのは約一か月半弱ということになる。

(どうする俺・・・)

無料宿泊の無銭飲食をしているわけである。 だが守り人は朝から夕方までハラカルラに居て働くことなんて出来ない。 ましてや農作業の手伝いなんて、何の知識も力もない水無瀬に出来るはずがない。
ライたちが話しているのに耳を傾けると、山を下りた裾に田んぼがあるらしく、これから田植えの準備が始まるということらしいが、とてもじゃないが邪魔は出来ても手伝など出来たものではない。

(あ、そういえば)

アパートの家賃はどうなっているのだろうか。 口座引き落としではあるが、その口座にいくら残してきただろうか。

(まだいけるだろ)

バイトを長期休みにしてもらっていたくらいだ、そこそこ残していたはずだが一度は残高を見ておきたい。 それに下着こそライの母親が揃えてくれたが、服はライのものをずっと借りている。

(このまま朱門の村に居るのなら服を取りに戻っ・・・。 え? 俺今何を考えた?)

スーツにネクタイ、ビジネスバッグはどこにいった。 それに数字にかかわる仕事をしたかったのはどこにいった。


翌日も雄哉と共に朱の穴をくぐった。 やはり昨日も水のざわつきを見られなかったようで、今日も今日こそはと言っている。 水無瀬は昨日何もしなかったからと、一日中こき使われた。 それもハラカルラの言葉を教えさせられながら。 頭でハラカルラの言葉を覚え、口でハラカルラの言葉を紡ぎ、指先で水を宥める。 聖徳太子になったような気分であるが、聖徳太子は烏に頭をはたかれなかったであろう。

翌々日も雄哉が同じことを言い、水無瀬も同じことをした。 そして烏に頭をはたかれる。

この日は少し早めに切り上げた。 雄哉が戻らなくてはならないからであるが、水無瀬も数日アパートに戻るということで、おっさんの運転する車に乗り二人でライの家を後にした。 勿論後続には雄哉に付くための若い者たちが乗っている車がいる。 水無瀬はミニチュア獅子の話をし、誰も付く必要がないことを告げていた。

ライによると水無瀬の隣の部屋は借りたままだという。 まだ身は隠しておいた方がいいだろうと、黒門のことを考えて、水無瀬の部屋に用がある以外は隣の部屋で過ごすことをお勧めすると鍵を渡された。

雄哉と後部座席で話していると「もうすぐ着くからな」と、運転席から声がかかってきた。

「え? もう着くんですか?」

そんなはずはないだろう、初めて朱門に来た時には六時間ほどかかっていたはずだ。 それを言うと運転席で笑いながらの返事が返ってきた。
あの時は黒門の姿が見え隠れしていた時だから、実際に下りる高速では下りず尚且つ高速を下りてからもかなりあちこち無駄に走っていたということだった。

約二か月半ぶりの我が部屋。

まずは奥の部屋に入って、押し入れに隠してある通帳を出そうとして気付いた。

「ん? 直ってる?」

割られた窓が直されていた。 雄哉の苦言を黒門がきいたということであるが、そんな話を雄哉から聞いていない水無瀬である。

「大家さんが直してくれたのかな」

有り得ないと思いながらもそれしか浮かばない。

押入れを開け通帳をボディバッグに入れる。 カードは財布の中に入れていて常に持ち歩いている。 必要と思われるものをボストンバッグに詰めると部屋の鍵を閉め、隣の部屋に移った。 自分の部屋の方が落ち着いて色々考えることもできるが、ゴタゴタは二度とごめんだ。 それに同じアパートである、部屋のつくりは同じなのだからそれほど違和感はない。
ボストンバッグを置くとゴロリと横になった。

「大学にも行ってみるか」

就活の相談がなくはないし、ライたちにも当分はこっちに居ると言ってきた。

「就活、か」

就活をしながら、それと並行に白門のことを考えられるだろうか。 白門のことは何よりも先に考えなくてはならないことは分かっている。 いつまでも朱門黒門に時間稼ぎをさせるわけにはいかない。

「そういえば・・・ライが言ってたか」

白門には白門のしていることを全面的に賛成していない者が居るようだと。 一枚岩ではないようだが、その全面的というのはどのあたりのことだろうか。 少しくすぐってどうにかなるような箇所ならばくすぐってみるのもいいが、そうでなければ何の期待も出来ない。
何かいい手はないだろうか。

ポケットに手を入れミニチュア獅子を取り出す。 黒烏からは必ず身に着けておくようにと言われている。 身に着けていなくとも水無瀬が不審を感じたり、不都合を感じたりすればミニチュア獅子はやってくるが、着くまでに時間がかかってしまうということであった。

「獅子・・・そういえばどうして白門の獅子は良からぬことを考えている人間をハラカルラの中に入れるんだろうか」

烏は獅子のことを『わしらの下知が飛べばすぐに動く。 それだけでは無い、ハラカルラに害を与える者が入ってこんようあそこで見張っておる』 と言っていた。
“害を与えるもの” それは村人以外の人間に限られているということだろうか、そうであれば村人には信用を置いているということになる。 だからこそハラカルラも我慢をしているということになるのだろうか。

「いや、逆か」

ハラカルラが村人を信用しているから獅子も村人を信用している。 烏がそう作った。
そうであるのならば、白門はどれだけハラカルラを裏切っていることになるのか。

「取り敢えず明日は通帳の記帳と大学だな」

翌朝、ポケットの中にミニチュア獅子が居ることを確認し部屋を出た。 駅に着くまでにATMで記帳を済ませ「うん、まだ大丈夫」と一言いい、いくらかを下ろして電車に乗り込むと大学に向かった。

大学に着くとすぐに就職室に向かう。 雄哉の土産であったパンフレットを昨夜吟味し、気になったものを持ってきている。 就職担当委員に相談もする予定である。

「よう、水無瀬君、久しぶりじゃないか」

就職室のドアを開けると、雄哉を介して何度か話したことのある教授が居た。

「あ、先生」

「就活か?」

「はい、でも迷っていて。 先生はどうしてここに?」

この教授がどうして就職室に居るのだろうか。

「戸田君が頑張ってるだろう、ちょっと協力」

「え?」

「ほら、彼、瀬戸際だろ? こっちに見に来る間もないらしいからな。 エコひいきって言うなよ」

水無瀬の手に持っているパンフレット。 雄哉は自分の就活を置いて水無瀬の就職先を吟味してくれていたということ。

「君もいいところが決まると良いな、じゃあな」

いくつかのパンフレットを持って教授が部屋から出て行った。
どうしてだろうか雄哉が言っていたフレーズが頭に浮かぶ。

『水無ちゃんはハラカルラの方が合ってると思う』

ポンと後ろから肩をたたかれた。 振り返るとそこに知っている顔があった。

「広瀬さん」

「まさかここで会うなんて思いもしなかったな。 就活? そんな必要はないのに」

「広瀬さんこそ、この部屋に来る必要はないんじゃないんですか」

教授に付くと言っていたのだ、どうして就職室に居るのか。 水無瀬がここに入るのを見かけたか、誰かに聞いてやって来たのかもしれない。 それに今何と言った、そんな必要はないのにだと? ふざけるんじゃない。

水無瀬の周りの空気が変わっていく、というよりは広瀬の周りと言った方が正解だろうか。 すると広瀬が何かに押されるように後退していくではないか。 そしてとうとうドンという大きな音を立てて背中を壁に打ち付けた。
部屋に居た何人かが広瀬の様子を見たが、単に壁にぶつかっただけと判断しその視線を元に戻す。

「く・・・」

烏の言っていた蹴散らすとはこういうことだったのか。 さほど手荒なものではないことにホッとするが、かなり不自然な動きに見えるではないか。 だがここで釘を打っておかねば。

「俺に近寄らない方がいいですよ」

「どう、いう、ことだ」

息を詰まらせている。 やはりかなりの力で背中を打ったようである。 そっとポケットに触れてみるとミニチュア獅子の形がない。 それはミニチュア獅子がポケットに居ないということ。 姿を見られないように透明になって広瀬の前に居るのかもしれない。 そうであるのならば、水無瀬が白烏に言ったそのままを黒烏が作ったということ。 白烏、ナイスパスを送ってくれた。

「そういうことになるということです。 白門のみんなにも言っておく方がいいですよ。 今はその程度でしたけど、俺に近寄るとろくなことにならないって」

どういうことだ。 それに今のは何だったのか。

「烏に・・・言ったのか」

烏に言わなければこんな芸当は出来ないはず。 水無瀬を白門に連れて行った時にはこんなことは無かったし、村に居た時にもこんなことは無かった。 考えられるのは白門を出たあと烏に何かを言って、こういう現象を起こさせるようにしてもらったとしか思えない。 その何かとは・・・。

「烏に? 何をですか」

烏に白門のしていることを言うと言っていたのは朱門と黒門。 水無瀬の知るところではない。 下手なことを口走るわけにはいかない。

「・・・」

「妄想なら勝手にしといてください。 それじゃ」

就職室を出て行こうとした水無瀬の背に広瀬の声がかかる。

「雄哉は。 雄哉はどうした」

この訊き方はまだ雄哉と学内で会っていない、見かけもしていないということだろう。 それに雄哉からもそんな連絡は受けていない。

「知りませんよ、そっちの村に居るんじゃないんですか?」

雄哉と共に逃げたことはまだ隠しておきたい。

「シラを切っているんじゃないだろうな」

「は? てことは雄哉は村に居ないってことですか。 へぇー、連れ去りの次は何かの濡れ衣ですか」

嘘を言っているのは水無瀬自身も分かっている、自分が話しているのだから。 だがあの時のことを思い出すと感情的になってきた。 するとまたもや広瀬の周りの空気が変わっていくのが分かる。 これ以上広瀬に何かをしたいわけではない。 水無瀬が就職室を出て行く。

ドアを閉めた手でポケットを触ってみると、ミニチュア獅子の形に触れた。 戻ってきたようだ。 それにしても守りは鉄壁だが、これは少々不便なところがあるなと思いながらも、ポケットの上からミニチュア獅子の頭を撫でてやる。

「ありがとな」

一歩を踏み出し気付く。

「あー、結局何も見られなかった」

Uターンをしてまた部屋に入る気など起きない。 時間をずらしてまた来よう。


コンビニ袋を手にアパートに戻ってきた。 部屋の鍵を開けるとすぐにコタツからコタツ布団を剥がす。 冬にはあれだけ恋しかったコタツ布団が見ているだけで暑苦しい。 明日は朝からコタツカバーの洗濯、そしてコタツ布団自体は・・・。

「去年ランドリーで洗ったからいいか」

干すだけのようである。 もし水無瀬に彼女が居れば許されない愚行と言っただろう。

今日の広瀬の様子から、誰にも手は出されないと判断をし、自分の部屋で過ごすことに決めた。
大学では時間をずらし就職室に再び向かったのだが気が削がれてしまったのか、集中して見ることが出来ず、すぐに部屋を出ることになってしまっていた。

コンビニ袋からおにぎり二つと茶を出す。 ライの家で過ごした日々が長かったからなのか、総菜も買ってしまっていた。
おにぎりを片手にテレビを点けるとその音声をBGMに考える。

白門に守り人が居れば変わるのだろうか。 白烏は守り人が居れば暗愚なことはしなかっただろうと言っていたが、でもそれは言い切れないところがある。 実際白門は守り人が居ても魚を獲っていたはず。 白門には今も守り人が居るのに少なくとも藻は獲っている。
それによく考えると、水無瀬に強制して水を宥めさそうとしていたほどだ。 守り人の言うことなど聞くはずがない。

おにぎりを齧りながら考える。

烏に言って白門の入り口をふさいでもらう? いや、ハラカルラが言わないことを水無瀬が言ったところで烏が何かをするはずはない。

「密漁を止めるには・・・」

まずは警察に言う。 だがその警察がハラカルラにはない。 ハラカルラの法はハラカルラ。 そのハラカルラが我慢をしている。
警察に言う以外は・・・海上保安庁? そんなものもハラカルラにはない。

「くそ!」

方法が浮かばない。


朝からカバーを洗濯し、コタツ布団を安定感の悪いベランダの手すりに干す。 日当たりは最悪だが風を通らせればそれでいい。
洗濯を終わらせ今日も大学に向かうつもりであったが、どうしても白門のことが気になり行く気にはなれない。

「あ、ライ? 教えてほしいことがあるんだけど」

昨夜、頭を切り替えるしかないと考えた。 ハラカルラに何を願おうとも、ハラカルラが決めるだけであってそこに人間の介入はない。 だが人間を動かすのである、人間を動かすには人間しかいない。 ハラカルラに頼る考えは捨てる。

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ハラカルラ 第57回

2024年04月26日 20時45分49秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第57回




「なに? 雄哉おススメ?」

「ああ、それな。 水無ちゃんご所望からすんごく外れてるけど、そこだったら出社しないでいいからいいんじゃないかと思ってな」

「リモートってことか?」

「リモートまでいかない。 たまにはあるみたいだけどな」

内容を読んでいくと中小企業や個人などの経理チェックや相談受付、コンサルティングなどその他諸々といったことだった。 水無瀬が公認会計士の資格を持っているのを知っている雄哉だからこそのおススメピックアップである。

データのやり取りだけで済むということは、時間的な拘束がないということ。 ハラカルラから戻ってきて仕事を始めればいいことである。 とは言っても朝から夕方までハラカルラに居て、その後仕事となると寝る時間がなくなってしまう。 だが読み進めていくと、単純な言い方をすれば出来高制のようなものをチョイスしてもいいらしく、担当する企業を作らなくてもよいらしい。 企業側からすれば信用のある担当者を選びたいところだろうが、担当を決めてしまうと俗にいう指名料のようなものが取られるらしく、それを避けたい企業や個人がそこそこあるようである。
ホームページがあり、そこに客から口コミのような書き込みができるらしく、信用ならないや、ミスがあるということが三回書き込まれるとすぐにクビとなるらしい。

「うーん・・・」

「気に入らないか?」

「いや、そうじゃなくて。 こうしてパンフなんか見てたらやっぱり大企業で働きたいなって思ったりして」

スーツを着てネクタイを締め、ボディバッグではなくビジネスバッグなんかを持って通勤をする姿を頭に描いていたのだから。

「このパンフが全部そうってわけじゃないけど、職種によっちゃ経済学部って営業からやらされることが少なくはないみたい。 高崎さんの話聞いてたらキツそうみたいだぞ。 それに水無ちゃんに営業は無理だし。 そうなってくると絞られてくるぞ」

営業に向いていないことは水無瀬自身も分かっている。 だから最初は現場から知れ、という企業を求めてはいない。

「そう言えば前のライン。 どうして高崎さんは矢島さんが大事にしている物を机の引き出しにしまってるなんて話になったんだ? 何か言ってなかった?」

「ああ・・・あれなぁ」

なんだろう、雄哉のこの思わせぶりな言い方は。

「その前に見つかったのか? 大事なものっての」

「見つかった。 一苦労したけどな、矢島さんから俺宛への手紙だった。 他は文具だけだったから、大事なものってのは手紙のことだったと思う」

「へぇー、手紙だったんだ、そういうことだったのか。 ま、良かったじゃん。 で、何でそんな話になったかというと、高崎さんも頭抱えててな」

高崎が言うには、青門でいざこざが起きているということだった。 そのいざこざというのが、いつまで黒門に対して下手(したて)に出なければいけないのかと言う者が増えてきたということであるらしい。

高崎自身、高校を卒業しそのまま村に残るつもりだったらしいが、不平不満を聞く毎日となり村を出たらしいが、あくまでも守り人であるのだから守り人として村に通っているということであった。 通うと言っても実家で一泊ないし二泊していたということで、それをチラリと矢島に話したとき『実家か、大切なものを預けられる家があることは羨ましいことだ』と言い『僕は穴の机にしか信用が置けないから、大事なものは机の引き出しに入れるしかないんだ』と言っていたということだった。

「そういうことか、そうか、どうしてそんな話になったのかは分かった。 でも青門のそれ、黒門は守り人のことを抜いたらハラカルラの中を歩いていないはずなんだ、それなのにどうしてそんな話になるんだ?」

「ああ、俺もよく分からないけど、時々歩いてるらしい。 それで運悪くバッタリになったら横柄な態度に出るらしい。 バッタリを期待して憂さ晴らしで歩いてるのかもしれないってさ。 とくにこの・・・あの時で半月前くらいだって言ってたから、水無ちゃんが白門に攫われてからになると思うけど特にひどくなってるって言ってたな」

不本意ではあるが水無瀬がご迷惑をかけているらしい。 その前は矢島に逃げられたからと考えられるし、高崎が高校時代ということは、水無瀬も矢島も絡んでいなくとも憂さ晴らしをしていたのかもしれない。
千住の言葉が思い出される。 『みんなでオテテを繋いでか? 反吐が出る』 それに高崎自身も黒門を避けていた。 やはりその村出身か否かで違ってくるということなのか。 そこから考えるに、憂さ晴らしに歩いているのは黒門出身者。
その黒門はカオナシの面を着けているが青門は面を着けていないはず。

「青門は顔を見られてよく村の位置がバレないもんだな」

「だからそこ、下手ってのがそこ。 すぐに後ろを向いて早歩きをして距離を取ってるらしい。 それを余裕綽々で追って来たりって。 あくまでも入り口は見つからないように気を付けてるってことで、入り口には向かわないらしい」

青門の村は黒門の村の裾野にある。 バッタリということがあっても可笑しくはない。 ただ村が近いところにあると言っても、門の入り口がかなり違っている。 青門の入り口がどこにあるか水無瀬は知らないが、黒門の入り口は黒の穴があるそそり立った高い岩で、その岩が青門の入り口と黒門の入り口とを隔てているのだろう。 そうなれば互いに簡単には出入りしている所を見ることは出来ない。

「そういうことか」

「あ、それから―――」

雄哉が言ったのは、水無瀬にとって聞き捨てならないことであった。

「このことは黒烏は知ってるらしいってよ。 矢島さんに何かあったら跡にそのことを伝えてほしいって黒烏に言ってたらしい」

「え!?」

そんな話を黒烏からは聞いていない。 もし初めて黒の穴に行った時、黒烏からそれを聞いていれば矢島が残した手紙通り、少なくとも白門からは水無瀬の姿は見えなくなっていたはずだ。 いや、どうだろうか。 白門が黒門の動きから水無瀬を探し出した。 結局、黒門にはハラカルラで捕まったが、手紙を読んでいればハラカルラには来なかったとしても、あのままバイトを続けていれば、あのアパートに住んでいればこっちの世界で捕まっていただろう。 結局は同じことになっていたかもしれない。

(いや・・・)

朱門が守り抜いてくれていたかもしれない。 そうであれば結果は大きく違ってくる、水見の血が途絶えたのだ、白門は研究を諦めていたかもしれない。

(ああ、そんなことは無いかな)

藻を採取していたのだから。 魚を獲ることを諦める程度にしかなっていないだろう。
それにしても結果がどうであったとしても。

「黒烏のヤロー!」


「うん?」

「なんだ?」

「いま寒気が・・・ん? おっ、おーおー、そうじゃったそうじゃった、思い出した!」

「なんじゃ? オマエ、ボケるより先にイカれてきたか?」

「うるさいわい」

「それより出来たのか?」

「うむ、まぁまぁの出来だろうて」

黒烏が伸ばしていた羽元にあったものを白烏の前に移動させる。

「ほぉー、まぁまぁか」

「もっと褒めんか」


朝食を済ませ、雄哉と共に朱の穴を抜けた。

「おお、雄哉、来たか」

「白烏さん、お早うございます。 黒烏さんも」

「わしはオマケか」

白烏がクイクイと羽で雄哉を呼ぶと、雄哉が白烏の前に座り水鏡を覗き込む。

「今日こそは見るぞ」

水のざわつきを見る意気込みは十分なようである。

「おい鳴海、オマエはこっち」

言われなくとも分かっている二枚貝のチェックだろ、だがその前に言いたいことがあると思っている水無瀬に、黒烏が違う方向を示しながら黒烏自身もそちらに移動している。 歩み寄った水無瀬が伸ばされた黒烏の羽元を見ると見慣れないものがそこにあるではないか。

「ん? これは?」

「鳴海のために作っておいてやった。 いくらでも感謝すると良いからの」

しゃがんで感謝しなければならないらしいそれを手に取る。

「これって・・・」

それは終貝を粉にし固めた獅子を模(かたど)ったミニチュア獅子であった。 黒烏がコソコソと何かしていたのはこれを作っていたというわけである。

「アヤツから聞いた。 ハラカルラのことで自由が利かんようだの、自由にする必要もなかろうがのぉ。 ハラカルラに毎日来ておればいいだけの話じゃがな、そこでこれじゃ」

このミニチュア獅子を身に着けていると、水無瀬にとって不都合があるとそれを払い除けるというものであった。

「払い除けるって、それって他から見てて不自然に見えませんか?」

突風が吹いた時のように飛ばされるのか、足元を引っ掛けて転ばせるのかどうなのかは分からないが、風もなければ足元に石や引っかかるものもなければそれは不自然に見えるだろう。 それに一瞬で終わられては逃げる間もないし、逃げてばかりの毎日はもうこりごりである。
だが黒烏曰く、ミニチュア獅子がその不都合を起こしてくる人間を蹴散らすということであった。

暴力に走るのか。

「蹴散らすって、相手が怪我をしたらさすがの俺も責任を感じますよ」

二羽の烏がチラリと水無瀬を見る。 迷惑をかけられているというのに、その相手を気遣うとは。 こういうところも魚たちが認めたというところなのだろうか。

「その蹴散らすではない」

またもや黒烏曰く、人知れず不都合を起こしてくる人間を水無瀬から離してくれるということらしい。

黒烏、時々言葉選びが下手である。

だが水無瀬にとっての不都合な人間というのは水無瀬にしか分からないということで、水無瀬の印(いん)をこのミニチュア獅子に入れなければならないということであった。

「印?」

印と言われて思い出すことは、水無瀬には矢島の印があるということだけである。 長から矢島の印を聞き水無瀬に矢島の印が付いたが為、魚に黒の穴まで案内をされたのだから。

「あの、俺の印って、じゃなくて、俺には矢島さんの印があるんですよね?」

そんなことも分からんのかという風に大きな溜息をついた黒烏が言うには、矢島の印はあくまでも矢島の印であり、決して水無瀬の印ではない。 本人のものではない印を一度誰かが認めると消失するということであった。 言ってみれば最初に水無瀬を黒の穴まで案内したであろう稀魚が矢島の印を認めたということになり、そこで消失しているということであった。

「あの、烏さん? 印のことは分かりました。 でも一つだけ言っておきますが、俺は矢島さんから何も聞いていないんです。 その呆れた感じの溜息やめてもらえません? 結構傷つくんですけど」

それに先代が居ない守り人にイロハを教えるのは烏の仕事ではないのか。 最初の黒の兄妹の話を聞かせるのと同じように。
水無瀬自身の口で言った矢島の名で思い出した。

「そうだ、烏さん、俺に言わなきゃなんないことがあったはずですよね」

「うん?」

「矢島さんから何か聞いてましたよねっ」

「おお、あのことか。 聞いておったおった。 黒の穴の机の引き出しの中の上を見ろとな」

「俺に初めて会った時にそれを伝えてくれるように矢島さんは言ってましたよね!」

「んー、そんな気がするのぉ」

「それを最初に言ってくれていれば、こんなことになんなかったんですけどっ!」

ならなかったか、なったかは分からない。 だが言いたいことは言う。 俗にいう八つ当たりと言われようが何であろうが言ってやる。

「ん? 引き出しの中の上を見たのか?」

「隠されていましたから今まで気づきませんでしたけど、高崎さんが教えてくれました」

「ほぉー、高崎もいい仕事をするの」

何を他人事のように。

白烏が水無瀬の周りを見る。 水に変化は起きていない。 水無瀬はそこそこ怒っているように言ってはいるが、本心から怒っていないということ。 それはハラカルラのことを考えて怒りを治めているのか、それとも魚が認めたそういう性格なのか。 いずれにしても黒烏のボケは確かなようだ。

「まさかわざと教えなかったわけじゃないでしょうね」

「何を言うかっ―――」

黒烏が言いかけると、白烏が会話に入ってきた。

「鳴海、安心せい、わざとではない」

白烏の言ったことに黒烏が、ふふん、といった顔を見せたが、白烏の言葉には続きがあった。

「ソヤツはボケとるだけだ」

「オマエ! わしはまだボケてなどおらんわー!」

ゆっくりと羽をバサバサしながら決して大きくはない声で叫んでいる黒烏を尻目に、白烏が水無瀬にひたと目を合わせて言う。

「とにかく過ぎたことは変えられん。 感謝せずとも、その獅子で許してやれ」

「何じゃ―! その言い方は!」と叫ぶ黒烏を完全に無視して「そうします」と水無瀬が言う。 白烏の言ったように終わったことは元に戻せない。 それにライの家で考えていたこともある。 矢島からの手紙を読んでいても黒門に攫われていれば結果は同じことになっていたかもしれないのだから。

「んじゃ、これもらいます」といった水無瀬の声に羽をバサバサとしていた黒烏の動きが止まる。

「うん? さっき言ったであろう、鳴海の印を入れなければならないと。 ふふん、鳴海もボケとるようだの」

“鳴海も” “も” と言った時点で黒烏は自分がボケていることを認めているのに気づいているのだろうか。

ミニチュア獅子に印を入れるには水無瀬自身がしなくてはならないということで、結局この日はハラカルラの言葉の発声の練習から始まった。 そして水無瀬の印である鳴海というハラカルラの言葉を習得し、ミニチュア獅子に鳴海という印を入れた。 水無瀬が長から聞いただけの矢島の印とは違いちょっとした儀式のようなものがあり、これで水無瀬が対人に関して感じたことに、ミニチュア獅子が感応するということであった。


「水無ちゃん、やっぱりすごいな」

穴からの帰り道である。
水無瀬と黒烏の会話を聞いていて雄哉もミニチュア獅子が欲しいと言ったのだが、雄哉にはまだまだとのことであった。 まだまだどころか不可能だろうとまで言われていた。 それは力がないということである。
『えー、水無ちゃんとの差がどんどん開いていく』 と言っていたが、守り人の平均的な力というのは高崎辺りのところで、雄哉くらいの人間が一番多くいる。 水無瀬の方が稀だと白烏に言われてしまっていた。

「自覚はないけどな」

雄哉と自分と何が違うというのだろうか。
一人の人間として考えてみれば、雄哉は自分の身を顧みず水無瀬を助けるために動いた。 だが反対の立場だったらどうだっただろうか、水無瀬は雄哉と同じように動けただろうか。

「何でだろうな、俺は雄哉みたいに友達を助けるために危険の中に身を投じるなんてことは出来ないのにな」

それに雄哉が高崎と連絡を取れるようにしていたのは、水無瀬にとって有利な情報が得られるかもしれないと思ってのことだったのだろう。 そしてそれが見事に当たった。
眉をくいっと上げた雄哉が一度水無瀬を見て前に向き直る。

「まぁ、高崎さんのことは当たらずも遠からじ。 高崎さんが変なヤツだったらさすがの俺も連絡交換はしない。 それに俺は無鉄砲なだけ、水無ちゃんなら頭を動かすだろ。 その証拠が今だしな」

水無瀬にとってはあり得ないことをいとも簡単にしてのけた雄哉が軽く言う。 そういう奴だ。

「そうかな」

雄哉の言う通り計画は思ったより早く遂行できそうである。

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ハラカルラ 第56回

2024年04月22日 21時26分46秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第56回




翌々日、昨日と同じようにライから受け取ったプラスティックのキツネ面を着け、ライと二人で黒の穴に向かって二人で歩いている。 あまり近付くと白烏の守りからライがどうなるか分からないということで、ライとは少し離れて歩いているが、話が出来ないほど離れているわけではない。 それなりの会話をしながら歩き、久しぶりの黒の穴までやって来た。

「黒に入るところを見つかっちゃヤバイからな。 俺も辺りを見てるけど、下の様子を見ながら上がっていけよ」

黒に見つかってしまえば、キツネ面が勝手に黒の穴に入っているということになる。 それは今の状態ではある意味裏切りとなってしまう。

「分かってるって」

「下りてくるときも気をつけろよ」

「俺の母親か」 と一言残して笑いながら地を蹴り上げる。 下を見ながら泳いで上っていくが黒門の姿はひとっこ一人見えない。 やはり黒門がハラカルラに入るのは、守り人に同行する時だけのようである。

水無瀬が穴に入って行くのを見送ったライ。 水無瀬からは机のチェックをするだけだからそんなに時間は取らないと聞かされている。 広い辺りから目を離すことは出来ないが、岩陰に誰か隠れてはいないかと、人がすっぽり隠れることの出来る岩に歩を出そうとした時、その岩陰から人影が出てきた。 その顔にはカオナシの面が着けられている。

(水無瀬を見られていた)

キツネ面が黒の穴に入るところを見られた。


水から顔を出すと坂を上がって行く。 目の前には例の机がある。 一歩一歩近づいていき机の前に腰を下ろす。 手を伸ばし、まずは上の段の引き出しを開ける。 やはり文房具が入っているだけ。 数本のボールペンを手に取り、何か仕掛けがないかと見るがなんということは無い普通のボールペン。 そのボールペンを引き出しに戻すことなく足元に置き、今度は小ぶりのメモを手に取る。 パラパラとめくってみるが、どこに何かが書かれているようなことは無かった。 メモの裏を見てみても何も書かれていない。 反対の手で引き出しを探ってみるが、仕掛けがあるようには思えない。

文農具を元に戻し引き出しを閉めると、今度は下の段の引き出しを開ける。 そこには前回と同じようにB5サイズの便箋しか入っていない。 便箋を手に取りメモと同じようにパラパラとめくっていき最後に裏を見たが、こちらもメモと同じで何も書かれていなかった。

「高崎さんが矢島さんから聞いた後に矢島さんが場所を変更したのかな」

だがどこに変更することが出来るのだろうか。 矢島がどうだったのかは分からないが、少なくとも水無瀬であればあの黒門の村の中に大事なものなど置かない。
それにどうして矢島はそんなことを高崎に言ったのだろうか。 どんな話の流れからそんな話になったのだろうか。

「うん? もしかして」

便箋を下に置くと引き出しを引き抜く。 いろんな角度から引き出しを見てみるが、やはり仕掛けもなければ何もない。 上の段の引き出しも引き抜き、文房具を取り出すと同じようにいろんな角度から見てみるがやはり何もない。

「違ったか」

なにかの仕掛けか、引き出しの裏にでも紙が貼ってあるかと思ったが何もない。 それに雄哉からのラインでは大事なものということだった。 それは大切にしている小物かもしれないし、紙に何か書いて貼り付けるとは限らないのだった。 矢島からはあの紙が手渡されていたから、ついメモなり書き残しなりと考えてしまっていた。

「もしかして大事なものってこの文具のことだったのかな」

もう一度文具を見るがやはり特に何もない。 どこにでも売っていそうなボールペンとメモである。 便箋は上等そうだが、それでも大事にするほどのものではないだろう。

「大切な人からもらったとかなのかな」

ライにはそんなに時間はかからないと言ってきた。 それに黒門に見つかるわけにはいかない、そろそろ引き上げなくては。 上の段の引き出しを元に戻そうとしたときに
僅かだが何か引っかかりを感じた。


「どうして朱門がここに?」

水無瀬はさっき穴に入ったばかりですぐには出てはこないだろうが、その前にまず入ったところを見られたはず。 どうすればいい。

「朱門はあちこち見回ってる」

きっとカオナシの面の下では怪訝な表情を作っているだろうが、シラを切り通す以外にない。

「黒の穴に入っていったのを見た」

やはり見られていた。 シラも何もあったものじゃなかった。


水無瀬が一段目の引き出しを引き抜き、今引き出しを入れようとしていた上部を覗くと何かがある。 手を入れて確認をすると袋が貼り付けられているようだ。 袋の端を手で触っていくと四辺がピッタリとテープで貼られている。 引っ掛かりを感じたのはほんの少しテープが浮いていて、水無瀬が数度引き出しを開け閉めしたせいでテープの端がよれて引き出しに引っかかったようだ。
人の宝箱を勝手に覗くようで気が引けるが、テープをゆっくりと剝がしていく。

万が一を考えて事前に用意をしていたジップ付きの袋に、貼られてあった袋ごと入れポケットにしまい込む。

面を手に水の中に入り縦穴を抜け横穴に入った時、先に誰かが立っているのが目に入った。

「誰・・・」

ライではない、それは分かる。
するとその誰かが片手を上げる様子見せている。 面を片手に持ったままゆっくりと歩いて行くとその顔にカオナシの面が着いているのに気づいた。

(しまった)

黒門である。 素顔を晒してしまっている。 だがここでキツネ面を着けている方が不自然であり、朱門が勝手に黒門の穴に入ったことになり朱門に迷惑がかかってしまうだけである。 そっとキツネ面を後ろ手に持ち歩を進めていく。
ライはどうしたのだろうか。 どこかに隠れているのか、それとも。 黒門の手荒さは知っている、それに今目の前にいる一人だとは限らない。 ライはやられたのだろうか。

水無瀬が近くまで来ると、その誰かがおもむろにカオナシの面に手をかけその面を外した。

「あ・・・」

「元気そうでよかった」

誠司であった。 誠司が雄哉に近づいた話は雄哉から聞いている。 そしてその時に話したことも。

ライに黒の穴に入っていったのを見た、と言った後に誠司が続けて言ったのだった。 『さっきのは水無瀬君?』と。
勝手に黒の穴に入ったことは隠しきれないが、それでも水無瀬であることは隠し通さなくてはならない。 そう思っていたライにまたしても誠司が続けて言った。

『安心して、誰にもしゃべらない。 戸田君から今は繊細な時だって聞いてるから』

『え?』

『やっぱり水無瀬君だよね。 良かった、元気にしてたんだ』


「下でもう一人の朱門が待ってたけど、今は隠れてもらってる」

そう言って誠司が着けていたカオナシの面を差し出してきた。
誠司が言うには、常なら誰も居ないが白門の動きに警戒して時折岩陰に隠れて白門が居ないかを見ているということだった。 白門は黒門が水無瀬を隠していると疑っているところもあるだろうからという理由らしい。

「今は朱門が見張ってるってのに?」

差し出されたカオナシの面を受け取る。 どうしろということだろうか。

「悪いけど、全員がそこまで何もかもを信用してるわけじゃないから」

そういうことか。

「今日は俺を入れて三人が見回っているから、ここからしばらくはその面を着けている方がいい。 黒門の穴から朱門の面を着けた人間が降りてきちゃ話がややこしくなるでしょ?」

少なくとも穴からしばらく歩いたところまではカオナシの面を着け、どこかの岩陰に隠れてキツネ面に替えるといいということであった。 そしてその岩陰にカオナシの面を置いておけば誠司が取りにいくと言う。

「俺は面を着けないでちょっと距離を置いて後ろを歩くから」

ライにもそう説明し距離を置いて歩くようにと言ったという。 それはそうだろう、キツネ面とカオナシの面が肩を並べて歩いていれば不自然この上ない。

「ありがとう」

カオナシの面を着けた水無瀬に微笑み「白門のこと、早く収まるといいね」 と言い、先に穴を下りて行った。 その誠司からどうして水無瀬がこの穴にやって来たのかとは訊かれなかった。


ライの家に戻った水無瀬がすぐに部屋に入った。 黒の穴からの帰りに朱の穴に入ろうと予定をしていたが、袋の中身を見てそんな気が失せてしまい朱の穴に寄ることなくライの家に戻ってきた。 ライは途中まで一緒に歩き、そのままハラカルラのパトロールの続きをしている。
戻る途中、ライには目的のものは見つかったとは言ったが、それが何であるかまでは言わなかった。 粗方ではあるが黒の穴で袋の中身を見たからである。

ポケットから袋を取り出すとジップを開き中のものを取り出す。 それは四方をテープに囲われた袋。 そして中に見えるのは例の便箋。 袋から取り出し折りたたんでいた便箋を広げる。

『君に跡を頼む。 君は聞いたはずだ見たはずだ、二十年前のことを思い出してくれ。 君にしか頼めない。 守ってくれ、ハラカルラを守ってくれ』

もし雄哉と話していた時に二十年前のことを思い出さなければ、何を書いているのか意味が分からなかっただろう。 だがあの時のことを思い出した、一歳の時に見たハラカルラの異変を。 矢島が書いていたように聞いた、そして見た。 異変によるハラカルラの揺らめきを目に、そして音を耳にしていた。
この便箋は矢島から水無瀬への手紙と言っていいのだろうか、それにはまだ続きがあった。

『白門がとんでもないことを考えている、それを阻止したい、いや、阻止する。 だが僕が失敗に終わった時、僕が阻止できなかったことを君に頼むのは申し訳ない思いだが、君に頼みたい、君にしか頼めない』

やはり白門のことで思い悩んでいたということである。
そして続きには白門がしようとしていることが詳しく書かれてあり、また、矢島自身のことも書かれてあった。

『君が僕のことをどう考えるかは分からないが、君も朱門から話を聞いたと思う。 僕がどうしてここに居たのかを書いておく』

やはり矢島は天涯孤独の身であったと書かれていた。 そして先々代が黒門に攫われたことを知ったのにもかかわらず、どうして朱門に戻らなかったのか。 その話は朱門に聞く前から知っていたようで、先代から聞いていたということだった。 その先代は先々代から聞いていたようで、どこの門であろうとハラカルラを守ることに違いはないと教えられ、守り人が争いの火に渦を起こしてはならないとも教えられたという。

『この考え方が朱門の守り人としての在り方であると教えられた』

先々代も先代もそして矢島も黒門の村には居たが、在り方は朱門の守り人として貫いていた。

『だが白門の問題がある。 僕が捕まるわけにはいかない、もちろん君も。 白門は僕が黒門に居ることを知っている、だから君に託した後は君の存在を白門から見えなくするようにする。 それが僕の命と引き換えになろうとも。 だが君はそのことを気にすることは無い、あくまでも僕の選んだ方法なのだから。 君にしてほしいのは僕と会ったあと二年はもうこの穴には入らないでほしい』

水無瀬が白門に拘束されている間に考えていたことと一致した。
そして水見のことが書かれていた。 矢島はハラカルラに汚点を落とした水見の血筋だと。 だからこそ矢島自身が白門を止めなければいけないのだと。 何をしても止めることが出来なかった時には、水見の血さえ途切れたと思わせれば道は変わるはずだとも書かれていた。

黒門とは在り方の考え方があまりにも違っていた。 先代に朱門としての在り方を教わらなくとも黒門の考え方は矢島の肌には合わなかったと書かれていたが、それは水無瀬とて同じように考えている。 ハラカルラを守りたいだけ、それは分かる。 だが守り人個人を全く尊重されていなかった。 ハラカルラを守るための道具としてしか考えていなかった。

矢島の本心としては出来れば朱門に身を置きたかったようだが、そうなってくると白門とのことに朱門を巻き込んでしまうと懸念していたようで、それはどうしても避けたかったが、その内に黒門の穴にまで白門が来てしまい、黒門に居たままではどうにも動けなくなり一時的に朱門に身を置かせてもらったと書かれていた。

白門が黒門の穴にまで来たということは、その時には黒門の誰もが穴の近くに居なかったということになる。 矢島は行き帰りだけを黒門に見張られていたのだろうか、それともそれさえもなかったのだろうか。 だが少なくとも水無瀬のように穴に入ったあともずっと見張られてはいなかったようだ。 ということは三百六十五日ずっとハラカルラで過ごしていただけとは限らなくなってくる。 黒門の門か他の門からしかハラカルラから出る方法がないというわけではない、矢島はダイブが出来るのだから。

(矢島さんにも自由があった)

そう思うといくらか心が休まってくる。

『その時に書面上だけではあるが朱門の村人になった。 自分が朱門の人間だという証が欲しかった、それが叶った』

そんな風に書かれてあった。 矢島が黒門での生活をどう受け取っていたのかは分からないが、水無瀬もまた黒門で数日生活をしたことがあり、黒門での矢島の生活を聞いた水無瀬には想像に難くない。

矢島がどうして朱門に来ることなく黒門に身を置いていたのか、そして何故、住民票を動かしたのか、疑問に思っていたことが全てここに書かれていた。 そして “矢島さんどうしてほしいですか” 見えない矢島に水無瀬が訊いたその答えも。


五月の連休に入り雄哉がやって来た。 大学の授業を終わらせてからの夜の訪問である。 明日から二泊三日を村で過ごし、最終日もハラカルラに行き夜に戻るという予定であるらしく、雄哉についていた若い者たちも二泊三日でゆっくり出来ることだろう。 それとも畑仕事に駆り出されるのだろうか。

連休と言っても、あくまでもカレンダー上の大型連休ではない。 カレンダー上の連休であっても大学では講義も補講もある。 雄哉が受けなくてはならない講義の無い日が大型連休の中で三日あったということでやって来たのだった。

大学での話を一通り聞くとかなり頑張っているようだった。 そして朱門の誰かが数人で常に遠目から見てくれているということだったが、白門が接触してくるような気配はなさそうだと言っていた。

「ほい、土産」

差し出されたのは和菓子でも洋菓子でもなく大学名が書かれた封筒だった。 俗にいう角型A4号サイズで、それがパンパンに膨れ上がっている。
なに? と言いながら封筒の中のものを出すと求人のパンフレットであった。

「学内に置いてあったのと、就職室のパソコンからアウトプットしてきたのを持ってきた。 水無ちゃんが好みそうなところをチョイスしたつもり。 アンド高給」

思いもしない土産である。

「面接の日程とかも書いてるのがあるから、一度大学に来て相談してみたらどうだ? 朱門の人たちも付いてくれるだろうし、そう簡単に広瀬さんに見つからないだろう」

キャンパスは広い、それに広瀬は大学で教授に付くと言っていた。 そうであればそうそうキャンパスをうろついてはいないだろうし、まずそんな暇もなく忙しくしているはずである。

「そう、だな」

「なんだよ、その煮え切らない返事」

「うーん、何だろうなぁ。 いや、雄哉が考えてくれてこうして土産を持ってきてくれたのは嬉しいんだ。 でも何だろうなぁ」

矢島からの手紙を読んだからだろうか。

「ずっとここに居るから就職熱が冷めてきたのかもな。 まっ、俺としてはどっちでもいい」

せっかく土産を持ってきたのだから、それを実にしろとは言わないという意味だろう。

「それに水無ちゃんはハラカルラの方が合ってると思うし」

「へ?」

「ってか、それだけの力を持ってるんだからそれを使わない手はないと思う。 水無ちゃんご所望の給料も昇進もない完全なマイノリティの世界だけどな。 今の水無ちゃんはまだご所望してるのか?」

「あ・・・」

すっかり忘れていた。 ただ漠然と就活就活と思っていただけだった。

「俺もさ、今までならあんなに長い間じっとしてられなかった。 ハラカルラに行くくらいだったらカラオケ行きてぇって思ってたと思う。 けどそんな風に思わない。 せっかくの三日間の連休なんだし、吞みまくろうってのも思わないしな。 それどころかハラカルラに行きたいって思ってる自分が居て、なんも出来ないのにこうしてやって来た。 なんでだろな、特に何かあるわけじゃないのにな」

「そうなんだよなぁ」

パラパラとパンフレットをめくっていると、最後に付箋の貼られたパンフレットではないアウトプットされた紙が出てきた。
付箋には『俺おススメ』と書かれている。

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ハラカルラ 第55回

2024年04月19日 21時04分49秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第55回




水無瀬の話から朱と黒は水無瀬に賛同し、ハラカルラを守ろうとしているということ。 朱と黒もハラカルラを想っているのだろう。

「ちなみに訊くが青はどうなのか?」

水無瀬と雄哉が青の守り人とここを訪れた日があった。 歴代にそんなことは無かった。 それに三人もの守り人がこの穴に入ることなどなかった。

「あ、青とはそんな話はしませんでした。 先日初めてお会いしただけで、どんな方かも分かりませんでしたので。 でもとても良い方のようでしたから、ちょっと機を逸してしまったかなという感じはもっていますが」

それに長に何も相談しないまま話していいはずはない。

「吾からの助言としては青には黙っておく方がいいだろう」

「え?」

「守り人が忙しくしておるからな。 それと・・・そうだの、ハラカルラの中では鳴海を誰にも連れては行かせん。 そこのところは吾に任せておけ」

烏が言うのを聞いた水無瀬が、誰にもではなく、白には、でお願いしますと言ったが、烏には誰が白で黒で朱なのか分からないということであった。
水無瀬にとってはハラカルラの中もそうだが、それだけではなくあっちの世界で就活をしたい。 あっちの世界でも誰にも連れ去られないようにしてほしいと言いたいが、烏があっちの世界に関与できないことは分かっている。

(いや・・・待てよ)

獅子がいるではないか。

「あの、ハラカルラの中で守って下さるのは嬉しいんですけど、あっちの世界でも、ってのは無理ですか? その、透明で見えない獅子みたいなのとかを俺につけてはもらえませんか?」

「あん?」

「無理・・・ですよね。 はい、すみません・・・」

「そんな必要は無かろう」

「はい?」

白烏が言うにはハラカルラとあっちの世界は重なり合っている。 あっちの世界にいるつもりでも、水無瀬であれば重なり合っているハラカルラの中に居ることは可能であるということであった。 早い話、矢島のように改めてハラカルラにダイブせずとも、水無瀬はいつでもハラカルラに居ることが出来るということで、意識をすれば同時に二つの世界に存在することが出来るということである。 それであるならば、烏によって誰にも連れ去らせなくするということが出来るということになるらしいが、そこには都合の悪いこともおきてくるのではないだろうか。

「友達が腕を組んできたりしたらどうなります?」

就活にそんなことは起きないであろうが、特に雄哉と会った時には雄哉は必ずそうするし、雄哉だけとも限らない。

「そりゃ鳴海の腕を取って連れ去ろうとしていると判断をする」

―――使えない。

「あの、それは遠慮しておきます。 ハラカルラの中だけでお願いします」

少なくともハラカルラの中だけを見てもらっていれば、ハラカルラの中で白門に連れ去られることはない。 そうなれば水無瀬自身の心配もそうだが、朱門の長の心配がなくなり、それでなくともこれから白門を見張らなくてはならないのだ、ライたちの護衛の必要もなくなる。

「・・・就活」

「うん? なんじゃ?」


長に明日からの護衛が要らなくなったということを告げると、その理由に納得をしていた。 詳しいことは分からないが、烏ならばそれくらい可能なのだろうということであった。 実際、水無瀬も烏がどういうやり方をするのかは聞いてはこなかった。

「話が変わりますが、以前から疑問だったんですけど」

訊くチャンスを逃していたことで、どうして矢島の住民票が朱門にあったのかを尋ねた。 今さらそれを知ってどうなるものでもないことは分かっているが、気になることははっきりとさせておきたい。

「ああ、それは水無瀬君も知っての通り」

水無瀬と同じように矢島とも接触を図った。 そして朱門と黒門との間にあったことを話したが、矢島は黒門を選んだ。

「選んだというには少々語弊があるがな」

どういうことだろうとは思ったが長の話には続きがある、全てを聞いてからでも遅くはないし、その話の中に答えがあるのかもしれない。
ある日突然、矢島が朱門に接触してきたと長が言う。 その時期からして矢島が黒門から逃げた頃だと思われる。 そして矢島自身から住民票をここに移したいと言ってきたということであった。

「理由を訊いたが教えてはもらえなかった」

長に了承をもらった矢島は自ら住民票を移動したということであった。
住民票の経緯(いきさつ)は分かった。
それからどれくらいかして矢島が朱門の村にやって来て、キツネ面に守られながら跡を探し出したということだったが、矢島は時折急に居なくなったりしていたということだった。

それがどういう意味かは水無瀬には分かる。 ハラカルラにダイブをして姿を隠していたのだろう。 どうしてそんな必要があったのか。 それは白門が強硬に出てきだしたからなのかもしれない。 黒門から逃げてきたのも、黒門に対しての考え方の違いというのもあったのかもしれないが、白門が接触をしてきたからなのかもしれない。
そして一昨年の終わり頃にとうとう完全に居なくなったということであった。

「最終的に矢島さんは朱門を選んだということになりますよね、でもどうして説明を聞いてすぐに朱門に来なかったんでしょうか」

矢島の先々代が朱門から攫われた、それを聞いたのならばすぐにでも朱門に来てもいいはずなのに。

「矢島の先代もそうだが、その門の守り人に選ばれた。 少なくとも矢島の先々代は朱門出身ではあったが、その時には黒門の守り人であったのだから、というところなのだろうな」

矢島が黒門を選んだというには少々語弊があると言ったのはこのことなのだろう。
守り人自身はどこの門であるのかなどさほど関係ない、というところだろうか。 でも確かにそうだと思える。 どこの門であろうとどこの穴から入ろうと最終的に烏たちの居る穴に行く、どこから入っても同じこと。

「そこのところの話を詳しくは訊かなかったんですか?」

「訊いたところで詮無いことであるし、訊いたところで矢島は答えなかっただろう」

矢島は口数が少なかったらしく、雑談などはしなかったということだった。 それに詮無いこと、そう言われればそれでお終いであるし、たしかに聞いたところで何が変わるわけでもない。

「前にも言ったが、矢島にもその先代にも水無瀬君にも朱門に来てくれるよう強制はしたくなかった。 特に水無瀬君は矢島との繋がりからこの朱門の村を訪ねてくれたのだからな」

長が言ったことに思い出したことがある。 黒門に居るときにずっと考えていたのだった。

長は『あるがままを見て選んでほしかった』『水無瀬君にも強制はしたくなかった』 水無瀬にも “にも” と言っていた。 その前に何を言っていたかを思い出せなかった。 だがいま長が言った、水無瀬がこの朱門の村に来たのは矢島との繋がりからだと。 そしてあの時はあとに続いた言葉もあった。 『わしらのところに来てくれた。 あるがままを見て選んでほしかった』と。

(違う、それだけじゃない、それだけじゃなかった)

今思い出した。 どうして忘れていたのか。
長は最後に言っていた『被害者面をした話をしたくなかった・・・あるがままを見て選んでほしかった』と。

水無瀬が最初に村に来た時、長やライたちが自分たちは黒門だということを匂わせていた。 それがどうしてだったのかがようやく今分かった。
矢島は黒門の守り人、その矢島との繋がりから水無瀬がやって来た。 語弊はあれど、矢島は朱門ではなく黒門を選んでいた。 その矢島に乗ったというところなのだろう。 そして被害者面を見せなかった。

矢島にしろその先代にしろ、守り人とはどういうものかを把握したうえで守り人になっている。 そしてその門は黒。 だが水無瀬は違う。 単に矢島から受け取った紙を持って朱門の村に来た。 何が書かれているのかが気になっていたということもあったし、自分が持っていても、ということもあったからである。
長が言ったように、それは矢島との繋がりがあったからこの村を訪ねたのだった。 そして守り人のことが分かったうえで黒門白門を知り、そして両門を蹴り朱門を選んだ。 水無瀬はあるがままを見て選んだ。

水無瀬が心の内で考えていることなど長の知るところではない。 その長が続けて言う。

「そうそう、ライから聞いたが黒門では矢島に親戚が居るようなことを言っていたそうだな」

昨夜ふとした話からライに訊いたが、ライはよく知らないと言っていた。 長から聞いていた話とは違うと言ったからライが話したのだろう。

「はい。 でも長は矢島さんから天涯孤独だと聞いていたんですよね?」

「そうだ。 そしてそれは間違いないはず」

そんなことで矢島が嘘をつく必要などない。 それに警察には親戚が来た時には連絡をしてくれるようにと頼んでおいたが、未だに親戚と名乗る者が警察には来ていないようだと長が言う。

「そうですか。 それじゃ多分、黒門が矢島さんの亡骸を引き取るに面倒くさがっただけか、ややこしいことに巻き込まれるのを嫌がっただけでしょうね」

黒門はニュースに流れてすぐ警察に行ったが、誰かが既に引き取ったとのことだったと言っていた。 それが親戚だろうと。
あの時は気づかなかったが、黒門の守り人として長年働いていたというのに、その縁をいともあっさりとよく切れるものだと呆れてしまう。


翌日からは水無瀬一人で朱の穴に向かった。 朱門から黒の穴はかなり遠かったが、朱の穴は遠くにあるわけではない。 白烏に守られているということもあり、何の不安もなく足を運び一週間が経った。 もう目の前に五月が待っている。 雄哉はこの間、一度も朱門の村に来なかったどころか、連絡も一切なかった。

「ん?」

ハラカルラから戻りすぐに風呂に入るとそのまま夕飯も済ませ、部屋に戻ってくると着信ランプが点滅していた。 ロックを解除し画面を開くと雄哉からのラインが入っていた。

『高崎さんから連絡があった』 という始まりである。

「高崎さんから?」

雄哉は初めて高崎にあった日に連絡先を交換していたようだ。 あの日以降、水無瀬も雄哉も高崎に会っていないのだから、そうとしか考えられない。 さすがはコミュ力の高い雄哉である。

『思い出したことがあるということで、大事なものは穴の机の引き出しにしまってあるって矢島さんが言ってたらしい』

「机の引き出し?」

それは黒の穴にあった机のこと。 その引き出しを開けたことはある。 上の段の引き出しには文房具が入っていてボールペン数本に何も書かれていない小振りのメモ帳。 下の段の引き出しにはB5サイズの上等そうな便箋が入っていた。 矢島はハラカルラの文字を書き水無瀬に渡した。 その時に渡されたと思われる紙がその便箋だった。 あの時その便箋を取り出し表紙をめくったが、何かが書かれているわけではなかったし、他に何も無かった。
それとも便箋やメモの間や最後の方に何かが書かれていたのだろうか。 そこまでは見なかった。

「黒の穴か・・・」

いくら白烏に守ってもらっているとは言っても黒の穴まで足を運ぶ勇気はない。 今自分の姿が誰かに見られると作り話が瓦解してしまうかもしれない。 そう思った時に気づいた。 よく考えると朱門の穴から出入りしているところを黒門なり白門に見つかれば、連れ去られる以前に作り話の瓦解は同じことではないか。

「あぁ、俺って考えが浅いよなぁ」

メールの続きには、忙しくしていて村には行けなかったが、五月の連休には土産を持って村に行くとも書かれていた。 今までの雄哉の行いから考えるに、連休も返上した方がいいのではないかと思えるが、時には休みも必要だろう。


「んじゃ、キツネの面着ける?」

翌日、朝食を食べながら昨日の話をした水無瀬にライが言った言葉である。

「プラスティックの面、まだ捨ててないからあるぞ」

そこへナギの声が入ってきた。

「どっちも考えもの。 水無瀬は朱門じゃないんだから面の強制は御法度。 とは言っても今は話がややこしくなるのを避けたいのも事実だけど、まずこっちに黒も白も来ないでしょ」

今は朱門が白門を見張っている。 万が一にも白門がこちらに足を運ぶようなことがあれば見張っている誰かが知らせに来る。 それに白門黒門ともに朱門の位置を知っているはずはないのだから、離れているこちらに足を運ぶはずなどないし、以前の水無瀬の話からは黒門は守り人につく以外はハラカルラには必要以上に入って来ないということだった。

頬杖をついたナギの片腕が母親によってペシリとはたかれた。 食事中に行儀が悪いということである。

「希望的観測はそれこそ御法度。 それに木の面を着けるわけじゃないんだからいいだろ。 祭りに行けば面くらい着ける、そんな気分で着ければいいだけの話」

祭りに行って面など着けたことは無いし、ましてや買ったことなどない。 だが木の面を着けろと言われれば遠慮をするところだが、プラスティックの面は一案である。 

「それ、いいかもな。 取り敢えず今は俺の姿を見られたくないってのが一番だから」

穴に入らなければ、それ以前にハラカルラに行かなければそれでいい話なのだが、烏たちの忙しさを見ていると放っておけないし、自分に出来ることはしたいと思っている。
それにプラスティックの面を着ければ黒の穴まで行くこともできる。 以前ライがプラスティックの面を着けているときに、黒門は違和感を感じなかったようだった。 思い出したくもないシチュエーションの時だったが。

「ライたちはいつ?」

ライとナギの父親であるモヤは今日白門に出向いている。

「今週は俺もナギも行く予定なし。 畑仕事と明後日のハラカルラのパトロールのみ」

「んじゃ、パトロールの時に黒門の穴まで付き合ってくれないか?」


二枚貝のチェックをし、紡水を暫く見ていたが特に変化はうかがえない。 場所を変え、数日前に黒烏から新しく教わった心鏡(こころかがみ)と名付けられている水鏡や紡水と似たような道具の前に座る。 やり方は水鏡と同じである。

こちらも水鏡と同じでざわつきを見つける道具なのだが、この心鏡は特に不浄であるところの心の闇の方に特化しているということであった。 不浄の念、黒烏は例えとして邪心を上げていたが、恐怖や人を呪ったり不安といったものも入るということである。

最初に黒烏が言っていたように軽いものにはハラカルラは反応しなく、これも同じであるということであって、少人数が恐怖を感じたり不安になったりなど、OLさんの夜のお一人ご帰還やお化け屋敷などは論外であるということだった。

心鏡を教えてもらった時に聞かされたのだが、水鏡もざわつきをキャッチするが、特に物理的な不浄や争い、ハラカルラの中での人間の動きの方に特化しているということであったが、大きな心の闇があればそれにも反応するということであった。

「水鏡と心鏡。 どうして紡水は紡鏡じゃないんですか?」

後ろ姿を見せていた黒烏が首だけ捩じり、心鏡を見やすくするために縦に置き換えている水無瀬に答える。

「ツムギカガミ(紡鏡)よりツムギミズ(紡水)のほうが語呂がいいだろうて」

語呂で命名したのか。 それならココロカガミ(心鏡)よりココロミズ(心水)のほうが語呂が良くないか? とは思うが、要らないことは言わないでおこう。

じっと心鏡を見る。 小さなざわつきがいくつも見て取れる。 人間とはどれだけ心が汚れているのかと思うと同胞ながら嫌になってくる。
すぐに指先を当てざわつきを宥めていく。 と、気付いたことがあった。

「ん? これって・・・心鏡が一番忙しくないですか?」

心鏡から目を離すことが出来なく、烏たちを見ることが出来ない。 そしてその二羽の烏からは何の返事もない。

(完全に無視してるな)

ということは、今水無瀬が言ったことは正解ということになる。 えらいものを押し付けられてしまった。

(仕方ないか・・・)

原因の張本人は日本国民なのだから。 決して代表ということではないが、一人くらい国民に代わってハラカルラへのご迷惑を少しでも消す努力をすべきだろう。

二羽の烏が水無瀬を見、そして互いに見合った。

今日一日が終わった。 結局、ずっと心鏡で水を宥めていた。 二枚貝のチェックは黒烏がしてくれていたが、その黒烏が先日からコソコソと何かをしていた。 何をしているのかと終った時に覗き込もうとしたが、黒烏に睨まれ「お疲れ様ですぅ」とすごすごと穴を抜けた。

「やはり鳴海の持っているものは力だけではないな」

「心があるのぉ。 それも植え込まれたものとは違う。 矢島と似ていると言うよりも黒の妹と・・・ん?」

「なんだ?」

「なーんか忘れとることがあるような」

「とうとうボケがまわってきたか」

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ハラカルラ 第54回

2024年04月15日 21時01分45秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第54回




それにしてもこの白烏、こうして話してみると、もしかしたら黒烏より話がしやすいのかもしれない。

「つかぬことをお伺いしますが」

「鳴海は質問が多い」

「あ・・・」

勘違いだったのだろうか。 へそを曲げてしまっただろうか。

「何をそんなに気にしておるのか」

「色々と・・・」

「水さえ宥めておればいいだけの話だろうが」

「まぁ、そうなんですけど」

「まぁいい。 そんな鳴海も魚は受け入れたのだろうからな、なんだ言うてみぃ」

有難うございます、と言って疑問を投げかけた。 それは最初の青門の出来事以降にハラカルラを荒らした者が居たのかどうかということだった。
唐突の質問に白烏が一瞬、水無瀬を見たがすぐに手元ならず羽元に目を戻す。

「居らん。 と言いたいところだが」

「え?」

「居らんことは無かった」

それは居たということ。 青門のように暴れたのだろうか、それとも白門のように・・・。

「人間とは未熟。 未熟なくせをして強欲。 それとも未熟だから強欲なのか」

その昔、ハラカルラの水を持ち帰ろうとした者が居たということだった。 だがハラカルラの水は門から出ると徐々になくなっていく。 なくなっていくというのは語弊があって、正確に言うと人間の世でハラカルラの水が見えなくなるということであり、そこに存在しているがそこに存在していないということである。 ハラカルラの水で濡れていたはずの服が完全に門から出ると乾いているのと同じである。
だが諦めなかった。 大きな樽を持って入り、水で一杯にすると蓋をして持ち帰ろうとしたと白烏が言う。

「どの色かということは言わんが、その時そこには守り人が居らんかった。 守り人が居ればそのような暗愚なことはせんかっただろうがな」

「その、烏さんたちは何か制裁を与えたんですか? ってか、どうしてそんなことをしてるって分かったんですか?」

水無瀬の質問に制裁など与えていないと白烏が言う。 何をしようともハラカルラの水は持って出られないのだから、ということであったかららしい。 そしてハラカルラのことは何でも分かるということだった。

何でも分かる、それは魚に何かあっても分かるということになる。 ではどうして水見が魚を持ち帰ったことを知らないのだろうか。 それに今も白門は少なくとも藻を獲っている。

白烏が羽を引いて水無瀬を睨むように目を合わせてきた。

「あ? なんでしょうか」

心の中を読まれたのだろうか。

「もしかして水見のことを訊いておるのか」

「え・・・」


おっさんたちが白門のハラカルラへの入り口辺りについた。 ずっと無言だったキツネ面が口を開く。

「これより先に入る必要はないだろう」

あまり先まで入ってしまうと、白門の村の中に入ってしまうことになる。 それにハラカルラの生き物たちはここには居ない。 居ないと言えば語弊があり、見えないと言った方がいいだろう。
入り口と言っても現実世界とハラカルラの重なり合っている場所はそこそこの距離がある。 水無瀬のように見る者が見ればここにもハラカルラの生き物が居るのだろうが、凡人には到底見えない。

「結構距離があったな」

かなり歩いて来た。 カオナシの面が辺りをキョロキョロと見ている。

この白門の入り口辺りで朱門黒門が交代で白門の動きを見る。 いや、こっちが見ていると圧をかける。 そうすれば生き物の捕獲などしないはずであると、朱門黒門の長が話し合っていた。

「どれくらいで交代にする」

「毎日交代もお互い支障が出てくるだろう、週ごとはどうだ。 その方が村での仕事の調整もきくだろう」

「では今日より一週間、黒門が見る」

今日の朱門の足運びは無駄となるわけだが、些末なことを言い合っても仕方がない。 それに今日一日の無駄な足運びでは終わらないだろう。

「承知した。 道程は完全に覚えられたか」

カオナシの面達が互いを見ると、少し顔を横に振る者が数人居るが縦に振るものは一人もいない。 自信がないだけなのか、本当に覚えきられなかったのか。
黒門は村から黒の穴までを歩いているだけで、朱門のようにハラカルラを歩き回ってはいない。 黒門も朱門の歩き回りを十分承知しているのか、特に突っ込んでは聞いてこない。

ここまでの道程を一度で覚えろという方に無理があることは分かっている。 それに黒門が歩き回っていれば、ハラカルラの入り口が近い青門と鉢合わせをして互いのことを知っていたかもしれない。

「では暗くなる前にこちらからまた足を運ぶ」

帰りの道案内ということである。
暗くなってからも白門はハラカルラに入り捕獲をしていることを朱門は知っているが、あくまでも雄哉が水無瀬から聞いたということで黒門の長にも話している。 ハラカルラにも夜がある。 夜のハラカルラは入るというだけで荒らすということになる。 その夜のハラカルラに入り、朱門黒門自らが荒らすことをどちらの長ともに良しとはしていない。

「そうだな、黒門の、一週間は行きも帰りもこちらが案内する。 一週間もあれば覚えられるだろう」

カオナシの面達が僅かにだが互いに頷いている。 プライドが傷ついたと言えばそうなのだが、案内なくしてはここまで来られる自信がない。 そこに一人のカオナシの面を着けた男が一歩前に出てきた。

「手間をかけさせて悪い。 よろしく頼む」

水無瀬がこの声を聞けば、名前こそ知らないが誰か分かっただろう。 一番最初に水無瀬に声をかけてきたおじさんであり、誠司と共に水無瀬を挟んでベンチに腰を下ろし話をしてきた穏健派のおじさんである。

キツネ面の下で誰もが眉を上げる。 黒門から “悪い” や “頼む” などと聞くとは思ってもいなかったからである。 その男が続けて言う。

「朱門が何人で案内してくれるのかは知らないが、一人だったとしてもこちらは絶対に手を出さない。 中には短気なのが居るが、万が一のことがあっても俺が出させないから安心してくれ」

「あ、俺も絶対に出しません」

男の後ろから歩を出してきたカオナシの面が片手を軽く上げながら言った。

(この声は・・・たしか戸田君に話しかけてきた青年?)

黒門の村に行った時、あとで雄哉から聞いたが雄哉もまた水無瀬から聞いた話ということで、悪い青年ではないということだった。

「それに戸田君をこちらに渡してもらうにあたり、そんなことをして信用を落とせませんから」

雄哉を黒門に渡すにあたり、暴力を振るわないということが条件に入っている。
五つに、暴力は絶対に振るわない。

(こいつ、遠回しに他の人間に言いきかせてるってか? それならなかなかの知能犯じゃないか。 いや、それともこの男に入れ知恵をされてたのか?)

この男、それは穏健派のおじさんのことであり、青年は雄哉からは水無瀬が言うに気の弱そうな青年だったと聞いている。 ただ、水無瀬のあらゆる怒りが収まって改めて思い出すと、この青年はいつも謝っていたとも。 それに車中にいるときには水無瀬が前のシートにぶつからないように気も使ってくれていたと聞いている。

カオナシの面の下で他の男たちがどんな表情を見せているのかは分からないが、誠司の言ったことがうっとうしいと思えばそれなりに顔を歪めているだろう。 それだけではなく、微妙にそれなりの身体の動きがあっても可笑しくはないが、指先一つ動いていない。 全員がそのつもりなのだろう。 雄哉一人の存在で朱門の安全を買えたということになる。

キツネ面が誠司に頷いてみせると「では暗くなる前にまた来る」と言って朱門が踵を返した。


白烏に睨まれている水無瀬。

「あ、いいえ、その」

水無瀬の周りの水が不自然な動きをしだしてきた。

「このハラカルラで嘘が通用せんことは知っていよう」

「あ・・・はい」

水無瀬が自分の周りの水を宥める。 それを見た白烏が片方の眉をくいっと上げる。 あくまでも眉があればの話だが。

「どうして水見のことを知っている」

「その、白の人たちと話すことがありまして。 その時に水見さんのことを聞きました。 優秀だったみたいですね」

これは嘘ではなく真実だが、白烏への質問の答えになっていないことは重々分かっている。 その白烏が半眼になる。

「あ、えっとー」

もういい、と言った白烏がこれ見よがしに溜息をついた。

「水見は白の守り人だった。 その水見が魚を持って出たのを知っていて吾に訊いてきたのだろうが」

以前、白烏は水見のことを黒か朱か青か白と言っていたのに、本当は覚えていたようである。 きっと黒烏も覚えているのだろう、どちらの烏もとんだタヌキ烏である。

「あ・・・はい」

しょぼんと肩を落とす。
水鏡の中の水がざわつき始めた。 水無瀬が指で宥めていく。

「要らんことを耳にしおってから」

白烏が水無瀬から目を外し、ぴょんぴょんと跳んで体の向きを四十五度ほど動かす。 だがその方向に用があるわけではない。

「すみません」

言ってみれば不本意に聞かされたというのに、どうして謝らなければいけないのだろうか。
もう一度溜息をついた白烏が水見の話をしだした。 この話をするに水無瀬と向き合いたいと思わなかったのだろう、だから体の向きを変えた。

白烏が言うには、水見には訓戒を与えたということであった。 だがそれを水見は無視していた。 自分は上手く水を宥め魚を持ち帰っているつもりだったのだろう。 烏は何度も忠告をするつもりなどない。 改まらないかと見ていたが水見は繰り返していた。 そしてとうとう烏は水見から守り人の力を奪った。 そしてそれから水見は来なくなったということであったが、力を奪われればここまで来ることは出来ないのだから、当たり前と言えば当たり前である。

以前、烏たちの会話で白烏が言った『どのみち吾はあの男は好かんかったから丁度良かった』 それがこのことに当たるが、そんなことは水無瀬の知るところではない。

「水見さんは力を奪われていた・・・」

だから研究に専念をしたのか。 だがそんなことを白門からは聞いていない。 もしかして水見は力を奪われたことを誰にも言っていなかったのかもしれない。

「水見が居なくなった今でもちょろちょろと獲っておるようだがな」

「え? 知っていらっしゃったんですか?」

「その口ぶりは鳴海も知っていたということか」

白烏が首を捩じって水無瀬を睨む。

「あ・・・最近ですけど」

烏たちが知っていた? それで何も手を下していない? 水無瀬の考えていた暴挙に出るということは無いということなのだろうか。

「俺、どうしてもそれを止めたくて朱と黒に協力してもらってるんですけど、白がどう出るか分からなくて」

朱門と黒門とで白門に話をしに行ってもらったが、白門の手ごたえは薄かったようだと話した。
烏に眉があったのならば、くいっと上がったのが見えただろう。

「今日から白の入り口で朱と黒が交代で見張りに立つってことになってて。 でも夜は見張ることが出来ないから夜に獲られたら俺達には分からなくて」

「そうか」

白烏がぴょんぴょんと跳び水無瀬に向きあう。 その水無瀬の指が動いている。

(コヤツは良い守り人になる)

守り人としての心根も力も。 さっき水無瀬は自分の周りの水を宥めていた。 そんなやり方など教えてもいないのに。

「吾らが色んなことを知っておるのは、ハラカルラが教えてくれておるから」

白烏が言うには水が教えてくれるということであった。 だからどこで何が起こっているのかを知っているが、それはハラカルラに関することだけ。 又はハラカルラに生きる者たちのことだけだと言う。

「水が教えてくれる・・・」

初めて聞いたフレーズであった。 そしてハラカルラに生きる者たちのことだけであるのならば、水無瀬が黒門に襲われたり白門に攫われたりしたことを知らないのは当然である。

「鳴海たちが知らんところのことも吾らは知っておる、気にせんでいい」

優しい言葉かけ。 それなのに背筋に悪寒が走るのは何故だろうか。 いやそれとも白烏にはあるまじき優しい言葉かけだから悪寒が走ったのか。

「どうされるおつもりですか?」

「白には守り人が居らんからなぁ」

たしかに今は居ないというか、歳で動けないと聞いていたがそれまでは動けていたはず。

「居れば止められたということですか?」

さっき烏は『守り人が居ればそのような暗愚なことはせんかっただろうがな』と言っていた。 だが止められてはいなかった。

「その守り人と人間との関係・・・というか、どれだけ守り人が人間をまとめられているかというところか」

それは人間の上下関係として、ハラカルラのことで守り人がどれだけ上に立てているかどうかということ。
白門の人間たちを知っている水無瀬が納得をするが、少なくともその時の守り人に烏は注意なり警告なりを促さなかったのだろうか。

「少し前までは白の守り人、居ましたよね? ここに来てましたよね?」

「ああ、何度かは来ておったがそれも最初のうちだけ。 ま、才能は無かったな。 雄哉よりマシ程度だったか」

雄哉、えらい言われようだ。 だが確かに自力でここまで来られなかったのだから仕方はない。

「その守り人をひっ捕まえて忠告するとかってことはなかったんですか? それに水見さんの時代のことを考えれば、その守り人の前にも守り人は居たんですよね? どうして止めなかったんですか?」

水見が守り人でなくなってから、どれだけの生き物たちが捕獲されたのかは知らないが、獲り続けている可能性は大いにある。

「吾らはハラカルラに言われればそうする。 だがハラカルラは涙を流しても待つということをする」

烏たちはハラカルラの生き物を守っているのではない、ハラカルラを守っているのだと言う。 そのハラカルラの意思を尊重するということであった。

ハラカルラに生きる者は言ってみればハラカルラの子供である。 その子供が攫われたというのに、涙を流してでも人間の目覚めを待つ。 自ら目覚めなければ何度も繰り返されるだけ。 ハラカルラはそう判断をしているということであった。 だが水見の時にはあまりに悪質が続き、とうとうハラカルラが判断を下したということであった。

烏からハラカルラのことを聞かされたが水無瀬は烏ではない。

「俺は今すぐにでも止めたい。 ハラカルラに我慢なんてしてほしくないし、そこに生きている者たちも連れ去られたくない」

どうして人間の犠牲にならなくてはならない。 偽善だと言われればそうかもしれない。 水無瀬だって肉を食べれば魚も食べる。 だが以前にも思ったが、このハラカルラは水無瀬達の生活している世界の海でも川でもない。 そしてそこに生きている生き物は別だ。

そこで「俺の個人的なことなんですが」と言うと、白門から受けた水無瀬に降りかかっていたことを白烏に話した。 黒門のことは関係ないと判断をしたが、それでも話の流れのつながりから黒門のことも話し、ついでに雄哉のことも話した。

「ほぅ、雄哉がのぉ」

雄哉に助けられたのだ、雄哉お気に入りの白烏にとって気分のいい話だっただろう。

「そういうわけで雄哉も俺も簡単に動けない状態なんですが、どうしても白を止めたいんです」

「なんだ鳴海、モテモテだの」

人が真剣に話しているというのに、なんだその返しは、とは思ったが、よく考えると思い当たることがある。 “モテモテ” それは雄哉が言っていた。 きっとそのワードは雄哉から聞いたのであろう。

「ふーん、そうか。 鳴海がここに来んかったのはそういうことだったか」

白烏が訳知り顔で起用に羽を曲げて嘴(くちばし)の下に当てている。 人間でいうところの顎の下に手を当てているような状態である。
烏から言えば単純に水無瀬には毎日来てほしい、役に立つのだから。 だが水無瀬にはそれ以上のものがある。

――― ハラカルラを想っている。

何よりもそれが一番。 力があろうが無かろうが関係はない。 いや訂正、力はあるに越したことは無い。

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ハラカルラ 第53回

2024年04月12日 20時37分46秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第53回




「・・・何年、何十年と研究を重ねてきたと思っているのかっ」

それが何だというのだ。

「どれだけの金をつぎ込み、大学に通わせ大学院に行かせ研究をさせ。 村にも研究施設を建てた。 それを全て棒に振れというのか!」

研究施設といっても村の金で建てたのだ、ご立派なものではなくプレハブを建て、手が出せる程度の研究機器を揃えたくらいのものである。 だがそれでも村にとっては大出費になる。

「白門の、ハラカルラを金で計るでない」


二枚貝を使って終貝がないかを見ると次に質の悪いものが入っていないかを見、そして今は今日烏から教えられたハラカルラに歪みが出ていないかを見ている。
その道具は水鏡より大きく、形としては水鏡に似ていて名称を紡水(つむぎみず)という。
歪みをそのままにしておくとツバメが入ってきた時のようになり、烏が大忙しになってしまう。

「彼、鳴海君、凄いな」

高崎の正面に座り水鏡とにらめっこをしている雄哉に小声で言った。 白烏の代わりに雄哉の指導を任されている。

「高崎さんは、あれしないんですか?」

高崎の視線に合わせて雄哉も水無瀬を見る。

「出来るわけないよ、っていうか教えてももらっていない。 まぁ、教えてもらっても出来ないけどな。 せいぜいこの水鏡と終わり貝を探せるくらい」

「水鏡、どれくらいで出来るようになったんですか?」

「半年はかかったな、十か月くらいだったかな」

「そうなんだ、じゃ、まだ焦ることないかな」

「まだまだこれからだよ。 それにしてもこんなに賑やかな中で守り人の仕事ができるなんて思いもしなかった」

賑やかと言っても騒がしい賑やかではない。 烏の話す声はいつも通りではあるがそうではなく、人の流れがあるということ、人の顔が見えるということ。

「そっか、高崎さんは黒門を避けてたんでしたね。 え? でも矢島さんとは分かり合ってたんでしょ? 一緒に仕事をしなかったんですか?」

「矢島さんは・・・いつも何かを考えてるみたいだったな。 だから一人にしてあげようと思ってここに矢島さんが居ると遠慮してた。 ピロティでばったり会った時にはちょっと話したりしたけどな」

水無瀬の肩に止まっていた黒烏が「お」と言った時にはすぐに水無瀬が歪を直していく。

「ほほぉー、十分だの」

烏が使う時には水鏡もそうだが紡水も倒して使っていたが、水無瀬が使うには立てた方が使いやすい。 よって指導係の黒烏が水無瀬の肩に止まっているということである。 その烏が水無瀬の肩から下りて少しした時だった。

「あ、大きいのが出ました」

「なに?!」

烏がまたもや水無瀬の肩に乗り紡水を覗き込む。

「大きいの、行かねばならんか」

「場所は・・・この辺りで分かります?」

紡水をまるでスマホの画面のように歪みを縮小していく。 烏であれば周りの風景で場所を特定できるだろう。

「おお、そこで分かる。 たぁー、アヤツが居らんというのに。 とにかく何か入ってくる前に元に戻してくる。 鳴海はこのまま続けておけ」

烏が言い残すとゆっくりと慌てて穴を出て行った。 その姿を見送った高崎。

「やっぱり守り人が居ないと烏だけでは不十分になるな」

水無瀬がその言葉に耳を傾け、何か言い含んでいるのだろうかとチラリと上目使いで高崎を見た雄哉。 その高崎が腰を上げ水無瀬の元に歩いて行く。

「どういう意味ですか? ハラカルラを卒業しようとでも?」

「いや、そういうことじゃないんだけど、守り人が途絶えたらって考えてな。 そろそろ僕も本腰を入れて跡を探さないとなって」

雄哉に返事をしながら紡水を覗き込み場所を特定すると元の位置に戻った。

「だけど仕事忙しいんでしょ?」

高崎は営業職だと言っていた。 そして営業を終えると会社に戻り、または出張先のホテルに戻り書類を作っていく。 まるっきり時間外労働だと言っていたが、少しでも休みの取れる日を作るためだと言っていた。 そしてその休みの日にはハラカルラに来ているということらしい。

「うん、でも二人がここで本腰を入れてくれるんだったら、仕事の合間にでも跡探しをしようかなってな。 悪い、ちょっと場所を変える」

雄哉が水鏡から目を離すと高崎が水鏡に映る場所を変える。 烏はゆっくりだが慌てて出て行った、水がざわついてくるかもしれない。

「出張先とかでってことですか?」

「ほとんど出張だからな、そうなるかな」

「営業も大変ですね」

雄哉は高崎と仕事の話までしていたのか、と二人の会話に耳を傾けながら小さな歪みを元に戻していく。

「烏が急いでいたからね、サポートに入るよ。 あ、ほらここ、ざわつきだしたのが見えるか?」

高崎の言葉にそういうやり方もあるのかと、感心させられた水無瀬である。

雄哉が指さされた場所を凝視し、目を眇(すが)めて見る。 うーん、と難しそうな声を出すが何の変化も感じられない。

「やっぱ俺って才能ないみたい」


長が爺やおっさんたちの代表数人に今日の話を聞かせている。

「最後には苦い顔を見せていたが・・・どう出るかはまだ判断がつかない状態というところか」

黒門の長も別れ際「怪しいもんだ」と言っていたと言う。 その黒門の長が白門の村を出て別れ際、水無瀬が寄こしてきた手紙のことについて言及をしてきたが、朱門の長はあっさりと手紙など存在しないと言い、雄哉から聞いた話をしただけだと言った。 雄哉と言ったところで白門は雄哉の存在を知らない、あくまでも雄哉は秘密裏に水無瀬を逃がしたのだから作り話をしていると言い張るだろう。 だから水無瀬からの手紙と言ったのだと、あくまでも白門に雄哉の存在を隠し通した。

そういえばと黒門の長が思い出す。 雄哉が黒門に来た時『水無瀬を白門からそろ~っと逃がしたのは俺。 あくまでも秘密裏にね』 と言っていた。 それで雄哉を連れてこなかったのかと納得をしていた。

「では朱門としてはこれからどうするのか」

朱門は白門のハラカルラへ入る入口の位置を特定できている。 黒門も一度は白門の者の後をつけ、ハラカルラの入り口から村に入り渓流沿いに村を出たが、その位置を覚えているか、分かっているかと聞かれれば怪しいものである。 だが決して黒門はそんなことをつゆとも口にしてはいない。 何も知らぬ存ぜぬで通している。

「ハラカルラに対してのことだけは黒門を信用できるだろう」

朱門が白門のハラカルラへの入り口を探るという態にしておき、その後、交互に見張りに立つということで話をしたということであった。

「長引きますな」

モヤである。 やはり水無瀬と雄哉を預かっているだけあって二人のことが気になるのだろう。

「水無瀬君はさておき、戸田君には念のため必ず誰かが付いて学校に行かせるってのはどうですか?」

雄哉の事情は誰もが知っている。 雄哉は口封じのために攫われるかもしれないが、水無瀬も攫われる可能性があると言っても雄哉とは事情が全く違う。 最終的に白門がどう判断をするかは分からないが、白門が思惟思考し朱門も黒門も烏に言う気はないと悟ると一日でも早く水無瀬が欲しいはずである。 そして水無瀬を手にしたならば魚を獲るのは明白。

「そうだな、戸田君が攫われる危険は少なくなったと考えていいだろう。 白門はもう朱門も黒門も白門のしようとしていることを知っていると知ったのだからな」

口封じの必要はなくなったというわけである。 だが水無瀬を逃がしたのは雄哉だという疑いは持っているだろう。 そうなれば嫌がらせに走ってくるかもしれないし、雄哉を餌に水無瀬を探そうとするかもしれない。 完全に危険性がなくなったわけではない。

「複数付かせるか」

おっさん連中が付くわけにはいかない。 それこそ泉水が言ったようにどんな職業か怪しまれてしまうかもしれないからである。 SPと思われればカッコいいではないかと少々嬉しく思うかもしれないが、雄哉にはいい迷惑になってしまう。

長からの話は、おっさんたち代表からおっさんたちに伝えられ、そのおっさんから聞いた若い者代表たちが若い者たちに伝えていく。 水無瀬と雄哉はライから聞いた。 その雄哉が翌日「ガン無視すんなよ」と言い残し水無瀬に見送られ帰って行った。 着信拒否のことをまだ根に持っていたようだ。


朱門と黒門が帰った後、白門でも話し合いがもたれていた。 長が難しい顔をして腕を組んでいる。

「朱門、黒門どちらか一つの門だけであったのならばどうにか出来たかもしれませんが、二つの門に知られては動きが取り辛い」

長が尤もだというように頷く。

「それにしても烏に言うなんて、朱門は何を考えてるんだ!」

「村に押し入ってきたのは絶対に黒門、その黒門の言う通りにするなんてことは無いでしょうな!」

「今更研究を断念するなど考えられない」

それぞれに言いたいことを言っている。

魚から抽出する部位は分かっている。 だがまだまだ研究を重ね藻や甲殻類からも抽出出来るよう研究を続けていけば水無瀬など必要ない。 藻は勿論だが甲殻類も魚ほどには水をざわつかせないはずである。 だがあくまでも “はず” である。 水鏡のことは守り人から聞いて代々から知っているが、烏自身がどんな風に何を感知しているのかまでは知らない。 守り人からは穴に誰かが入ると烏はそれを感知すると聞いている。 なにか感じるものを烏は持っているはず。

「長、どうします」

朱門から言われたように烏によって門を閉じられてしまえば何もかも泡と化し、獅子が暴れ村を壊せば村として何もかも失くしてしまうかもしれない。 それこそ村人すら。

「・・・朱門は本当に烏に言うだろうか」

重く閉ざされていた長の口が開いた。

「え? 吹っ掛けてきただけということですか?」

「いや、まったく分からん。 分からんが・・・烏に言ってその程度で終わるだろうか」

朱門は具体的な例を出してきた。 そこが腑に落ちない。 脅しているだけの可能性も捨てきれない。
白門の守り人に訊きたいところだが、残念ながら足腰どころか最近は急にボケがまわってきているらしく、家族が言うには家で見ることが出来なくなり、来週には施設に入れるということだった。

「それに黒門が水無瀬を隠しているということは無いか」

白門の何人かが黒門が渓谷の方に走って行ったのを見たと言っていた。 水無瀬が渓谷から逃げたのならば黒門に捕まっている可能性がなくはない。

「黒門を探りますか?」

腕を組んだまま目を瞑った長が一つ深い息を吐くとゆっくりと目を開ける。

「戸田が水無瀬を逃がしたというのは本当か」

誰もの口が閉ざされた。 あの時、白門の誰もが雄哉が水無瀬を逃がしたと叫んでいた。 長が一人の青年に視線を送る。

「祥貴、どうなんだ」

祥貴と呼ばれた広瀬が下に落としていた視線を長に合わす。

「それはなんとも。 結束バンドが切られていたのは確認していますが、戸田と水無瀬どちらが先に切ったのかまでは分かりません。 ですが戸田が水無瀬を逃がすことは考えにくいです」

雄哉には大学のことがある。 下手に水無瀬を逃がして広瀬の怒りを買うようなことはしないはずだ。

「では何故その戸田が居ない」

「憶測の域ですが、切るのに使ったであろうカッターが、水無瀬のくくられていた場所ではないところに落ちていました。 それから考えるに、水無瀬が先に結束バンドを切り先に逃げたのを戸田が追った。 二人がどこから逃げたのかは分かりませんが、戸田が水無瀬を見失い戻るに戻って来られなくなった、というところでしょうか」

自分で言いながらもどこか納得がいかない。 あの雄哉の性格から考えれば、見失ったとしても大学のことで広瀬に見放されたくないはず。 何なりと言い訳を考えて戻ってくるはずなのだが。

「戸田と水無瀬がグルだったということはないのか」

それに答えたのは広瀬ではなく、モニターを見ていた男の一人。

「それは考えにくいかと。 水無瀬が戸田にかなり本気でキレてましたから」

「長、戸田のことはいいでしょう、これからどうするかということを考えねば」

もう朱門と黒門に知られたのである、今さら雄哉をどうこうしても何の利益もない。

「今すぐに答えが出るようなものではない。 こちらがこれからどう動くかで烏に言うかどうかを決めるようなことを言っていた。 道が決まるまで当分捕獲の方は止めておけ」


今日も一日が終わった。 ハラカルラで働いて疲れなど出るわけではないが、こうして風呂に浸かっていると体の力が抜けほっこりとしてしまう。
青の守り人である高崎は仕事に戻るということで一週間は来ないということだった。 そして雄哉もまたハラカルラに来るのは早くて一週間後。 教授と話してこれからどう動くかを決めるということだった。

「今日話してるよな、教授と」

今晩辺り連絡があるだろうか、それともそんな上手い具合に教授の時間が空いていないかもしれない。 だがいずれにしても教授の手で履修は出されたということだった。 すでに講義は始まっているのだから、行けなかった間の講義は誰かに聞くだろう。

「レポート提出なんかあったら来週は来られないかもしれないな」

真面目に授業を受け、真面目に課題を提出してきた水無瀬である。 レポート提出ともなれば真面目に調べていた。 それを雄哉に当てはめていいものかは分からないが、雄哉は崖っぷちに立っているのだ、精一杯調べて提出するだろう。
白烏からどうして雄哉が居ないと訊かれ「ちょっとあっちで忙しくなりまして」と答えたが、それがいつまで続くのだろうか。 行く度に訊かれそうである。


それから三日後、その日が黒門の長との期日となっていた。 最初の期日は今日でその後は三日ごとと決めていた。 期日に朱門が現れなければ次の期日まで黒門が待つ。
黒門は朱門がハラカルラの中を歩き回っているのを知っている。 その関係から白門の入り口を見つけることが可能だろうと考え、朱門が白門の入り口を探すという提案を受け入れた。

最初の期日までに朱門が白門のハラカルラへの入り口を見つけたという態にしておく。 それではあまりに早すぎるのではないかと考えたが、少しでも早くことを解決したい。 朱門は既に白門の入り口を知っていたが、そんなことを言ってしまっては要らぬところを突かれるかもしれない。 黒門の長は黒門が白門にかかわったことを一切口にしていない、朱門もそのように動く。

水無瀬が烏たちと水を宥めている間、キツネ面を着けたおっさんたちが黒の穴近くに向かっていた。 そして黒の穴近くに着くと既に数人のカオナシの面を着けた男たちが待っていた。 朱門も黒門も互いに無言である。 これから朱門が白門のハラカルラの入り口まで案内するということを互いに分かっている、言葉は不要である。


二枚貝でのチェックを終えた水無瀬が紡水を見ている。 水無瀬のチェックにより黒烏が終貝を取りに出、白烏が水鏡に羽を動かしている。 この水鏡の作業はチェックというものでは終われず継続が必須である。

「歪みはどこにもないようです」

「そうか。 アヤツが戻ってくれば新しいことを教えよう、それまで休んでおれ」

まだ覚えなければならないことがあるのか、烏も忙しいわけだ、と思った水無瀬が白烏の前に座り水鏡を覗き込む。 やはり白烏はやることが早い、次々と水を宥めている。

「水鏡を見てると、人間ってどんだけ争ってんだって思っちゃいますね」

水鏡に映るざわつきは人間が起こしている争い。
白烏がちらりと水無瀬を見てすぐに水鏡に視線を戻す。

「ハラカルラのように穏やかにおればよいのだが、まぁ、それも人間と言ったところか」

「え?」

人間のそれは間接的にではあるが、ハラカルラを荒らしているようなもの。 それを白烏は肯定したということになるのか?

「未熟。 それが人間」

そういうことかと納得できる。 納得をするのではない。 微妙なところだが、それは水無瀬自身の中にあるニュアンスの違い。

「烏さん達に見放されてはいないってことですか?」

「未熟者はどこにでもおる。 アヤツとて吾よりも長く生きていおるくせにアレだからな」

返事のしにくいことを言ってくれる。 「あははは」笑って誤魔化そう。

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ハラカルラ 第52回

2024年04月08日 20時49分50秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第52回




雄哉がピロティで朱門の穴を出たところに座っている。 そこへ青門の守り人が穴から姿を現した。

「お早うございます、わざわざすみません」

「いや・・・話って」

雄哉に腰を上げる様子が見られない。 青門の守り人が歩を出す。 五歩六歩と雄哉に近づいていく。

「お話があるのは俺じゃなくて」

雄哉が青門の守り人を指さしたかと思われたが、その指をほんの少し横にずらした。 どういうことだと顔をしかめた青門の守り人がゆっくりと振り返る。

「く、黒門」

水無瀬は黒烏の文句を後頭部に受けながら、烏たちの居る穴に入って待機をしていた。 そして雄哉の声で見つからないように出てきたということである。 青門の穴に逃げ込まれては追うことが出来ない、そこで水無瀬自身の身体で青門の穴を塞いでいる。

「初めまして青門の守り人さん。 先に言っておきます、俺は黒門ではありません」

「え?」

そんなはずはない、何度か黒門の穴から出てくるのを見た。

「それに今はどこの門でもありません。 ですから逃げないでください」

「どこの門でもないって・・・その、君は優秀なんだろう? 烏から聞いている」

「まぁ、自画自賛するわけではありませんが、そうみたいです」

烏から聞いているのだ、こんな時に謙遜しても何も生まれない。

「だったらどうして」

「色んなことが絡んでしまっていて一言では言えないんですけど、とにかくお話を伺わせていただけませんか?」

青門の守り人は五十代と思われる。 少なくとも六十には手が届いていないだろう。 矢島よりは若いが、水無瀬や雄哉と比べると矢島の方が歳は近い。 矢島はこの青門の守り人と話したことはあるのだろうか。

水無瀬が名乗ると青門の守り人も高崎健吾(たかさきけんご)だと名乗った。
まず最初に青門の守り人が見ていたように、初めの頃は黒門の穴からここに入っていたと説明をしたが、それは決して黒門の人間であったからではないと言った。 そこのところを念押ししなければ、隙を突いて穴に戻るかもしれないからである。
高崎がどうしてだという風に首を傾げる。

「魚に案内されて黒門の穴に入ったんです。 魚が俺を黒門と判断したってところです」

「魚に?」

「それが間違いの始まりだったのかもしれませんが、だからと言って決して魚は間違ってはいません正しい判断でした。 そこのところは烏に確認済みです。 ただ魚と人間との間に認識の違いがあった、人間側にはあっちの世界でそれぞれ背景があったってところでしょうか」

あっちの世界と言われて分からないわけではない。 ハラカルラではなく人間側の世界でそれぞれの事情があったということだろう。

「ですから俺は決して黒門ではないんです」

「じゃあ、どうやってここまで入って来てるんだ?」

ここまで入るにはどこかの門の穴を通らなくてはいけない。 それを勝手に通って来たと言うのだろうか。

「朱門の穴からです。 俺と雄哉は今、朱門の世話になっています。 朱門の許しを得て朱門の穴を使わせてもらっています」

あくまでも今は、と付け加えたかったが、今はまだ要らないことを言わない方がいいだろう。
十秒ほど視線を下げていた高崎だったが、その視線を上げて水無瀬に合わせる。

「分かった。 話を聞こう」

高崎が言うには、水無瀬が思っていたように、青門黒門共にその門の村で生まれていた者は互いの門を意識しているという。 黒門で言うなら千住が言っていた『みんなでオテテを繋いでか? 反吐が出る』というところだろうし、高崎も青門で生まれ育ったということで、黒門を意識して顔を合わせないようにしていたということらしい。

「では黒門の守り人である矢島さんとも話さなかったんですか?」

高崎が水無瀬を避けていたように、矢島が黒門出身ではないということを知らなければ話をしていないはず。

「ああ、矢島さんね。 白門と話しているところを偶然聞いてね、それで彼が黒門の村出身でないことを知って、それからは顔を合わせると少し話をした程度ならある」

「矢島さんは黒門か白門のことで何か言ってませんでしたか?」

「うーん、特に門の話はしてないかなぁ。 守り人としての話くらいで・・・あ、でもそういえば」

ここ、コアで話したわけではなく、ハラカルラの中を歩いている時だったという。 顔色を悪くしていた矢島を見かけ、思わず肩を貸したということであった。 ハラカルラに居る以上はそこで体力が回復するのだが、矢島はそれを選ばなかったという。

「選ばなかった?」

「ああ。 少し歩いたところで矢島さんは岩にもたれたんだけど、どこか楽に座れるところはないかと辺りを見回しているうちに矢島さんは居なくなった」

ダイブをしたということだ。 やはり矢島はダイブを繰り返していたのかもしれない。

「矢島さんはハラカルラ以外で、言ってみれば人間の世界で何をしていたかとか話されていませんでしたか?」

黒門は毎日矢島を穴まで連れて行っていた。 だが烏は毎日来ていなかったと言っていた。 ということは人間の世界に行っていた、若しくは烏の居るところまではいかなかったが、黒の穴の中にいたかもしれないということになる。 だがそうなると烏が黙っていなかっただろう。

「どうだろ、跡を探しているとは聞いたけど、それはどこの守り人も同じだからなぁ。 とくに他には聞かなかったかな」

矢島は白門と黒門から逃げながら跡を探していただけということか。 “だけ” と言っても簡単なことではないと分かっている。

「黒門の先代と先々代の守り人のことは聞きませんでしたか?」

「いや? 何も聞いてないけど」

「そうですか」

「今日、これからどうするんですか?」

いつの間にかやって来ていた雄哉が高崎に問う。

「二人で入るんだよね?」

烏の居る穴に。

「はい」

「それじゃあ、僕は要らないかな」

「そんなこと言わないで一緒にやりましょうよ、せっかくお知り合いになれたんだから。 って、俺なんにもできないけど」

「え?」

「優秀な水無ちゃんとは大違いで」

自虐を言っているのは雄哉だろが、と水無瀬が心の中で言ったのには雄哉は気づいていないだろう。


朱門に指定されたSA近くのファミレスの駐車場に黒門の車が五台停まっている。

「ちっ、いちいち朱門の道案内なんていらないのによ」

黒門は白門に襲撃をかけたくらいである、白門の位置は既に知っていたが長がそれを口に出さなかった。
白門のことを知らぬ存ぜぬで通すつもりであるようだが、それが通じるとは思えない。

駐車場に車が入って来た。 黒門の男たちが入ってきた車を見る。 キツネの面を着けている。 朱門の車だ、すかさず黒門の男たちもカオナシの面を着ける。
カオナシの面を確認した朱門の車から、ついてこいと合図を送られた。

「エラそうに」

一言いった運転手がエンジンをかけた。


朱門黒門それぞれの車二台がパーキングに向かい、残りの六台が白門の村の中に入って行く。 話し合いをするのだ、必要以上の人数で押し掛けるわけにはいかない。
パーキングに停めた車から降りると白門の山の裾で待機する。 何かあればすぐに加勢することが出来るようにである。
村の中に入り面を着けた男たちが次々と降りていく中、白門の村人が集まって来た。

「こちらが白門の村だということは分かっている。 朱門と黒門から話がある。 長は居らんか」

「何を言っているのか訳が分からんが?」

「惚けていても無駄な時間を取るだけ、長は」

「惚けるも何もなんのことだかな。 それに惚けているのはそっちだろう、面など着けてどういう了見だ」

「水無瀬君を逃がしてしまったことは知っている」

水無瀬の名前を出したくはなかったが、そう言わなければ惚けられるだけである。
驚いた顔をする者、口を歪める者、こぶしを握る者、それぞれがそれぞれの反応をしている。 朱門はずっと黒門とやり合ってきた、包帯を巻いているのは黒門にやられた者だろうことは一目瞭然である。

「その水無瀬君から白門が何をしようとしているのかを聞いた。 そのことで話がある。 長は」

白門の前では決して雄哉の名前を出すわけにはいかない。 黒門とてそれを不自然には思っていないはず。 朱門の長は雄哉が水無瀬から聞いたと言っていたのだから。
一人が目配せをすると男が一人走って行く。 その様子を見ていた朱門の長。 あとは待つだけと判断をし口を閉じた。

「長が出てくるようです」

「では降りようか」

朱門に任せっきりになるようでこうはしたくなかったが、初っ端から争いごとになっては車椅子ではどうにもならない。 様子を見てから出るつもりで黒門の長は車の中で待機をしていた。
車から降りガタガタと揺られながら地道を車椅子で移動する。 黒門の長が朱門の長の隣についた時、正面から数人の男たちに囲まれた爺が歩いてくるのが見えた。 その爺が長たちの前に立つ。

「キツネ面は朱門、白い顔の面は黒門、それで間違いないか」

長二人が頷き「朱門長」「黒門長」と自分たちが長であることを口にした。 あくまでも長同士で話し合いたいということである。

「わしは白門長」

一言いった白門の長が二人の長をねめつけるように見ると踵を返す。 ついて来いということである。
一室に通された。 そこは朱門や黒門のような集会場のようなところではなく、六畳ほどの畳部屋が一つの建物であった。 黒門の長には椅子が用意され、建物の外では朱黒白の男たちが控えている。

「ハラカルラに乱れを作る気か」

開口一番、黒門の長が言った。
白門の長の眉がピクリと動く。 呼ばれた時には朱門黒門ともに水無瀬から何もかも聞いていると聞かされていた。 何を言いたいのかは分かっている。 惚(とぼ)けたところで話は収まらないだろう。

黒門の長は面を着けていて明らかではないが、その姿から白門の長とそう歳は変わらないであろう。 そして声の艶からしても朱門の長が一番若いということになる。

「乱れ? 誰もが海産物を食べているだろう、獲っているだろう、それとどう違う」

「ハラカルラがこちらの海や川とは別だと分かっているだろう、そこに生きている魚や貝も」

「黒門の」

白門の長が言い、一つ間を置いて続ける。

「先刻、こちらの村に押し入ったのは黒門か」

「なんのことだ」

白門に押し入った時には面を着けていなかったし、今回は万が一を考えて押し入ったメンバーは外している。 面を取ったとしても白門から見て見覚えのある顔はない。

「シラを切るか。 それとも朱門か」

白門の長がカオナシ面からキツネ面に視線を移す。

「訳の分からん作り話で話を逸らす気か」

作り話と言ってしまえば朱門は何も知らないと言っているようなものだが、それを真に受けるかどうかは分からない。 だがこの話はここまでにしたい。 そうでなければ雄哉の名前が出てくるかもしれない。

「作り話ぃ? 何をっ―――」

「朱門も黒門も必ず面を着ける。 その時、このどちらかの面だったか」

「面は外していた、どこの門か分からんようにだろうが」

「それはあり得ない、黒門の、そちらはどうか」

朱門は何も知らないようであると判断をした黒門の長が朱門の話に乗る。

「あり得んな。 こうして話し合いの場でも着ける。 面は取らん」

「では青門と言いたいのか」

「白門は押し入られたことを言いたいようだが、この場ではそれは二の次。 そのことをはっきりさせたいのであれば、その場を別に設けるが筋というもの」

「村に押し入った門と話など出来んと言っている。 それに水無瀬から聞いたと言っていたそうだが、それはどういうことだ。 水無瀬がどちらかの門に居るということか。 そうであればその門が押し入ったということだろう」

「どちらの門にも水無瀬君は居ない。 黒門の、そちらもそう言い切っていいな」

「無論」

「ではどうして」

「水無瀬君から手紙が送られてきた」

水無瀬は数日朱門に居たと話し、その関係から朱門に告発の手紙を送ってきた。 だがそれだけではなく水無瀬自身が白門に追われている。 姿を現し朱門に迷惑をかけたくないとも書かれていたと朱門の長が言う。
黒門の長が訝(いぶか)しむ顔をしている。 どうして雄哉の名を出さないのか。 そう思うとどうしてここに雄哉を連れてこなかったのか。 雄哉に証言させれば済む話だというのに。 それに手紙の存在など聞いていない。

「こちらが水無瀬を追っていると? 怪しい手紙話だ」

「水見のDNAを追っているそうだな」

白門の長の手がピクリと動く。

「残念ながら手紙であるが為、こちらからの質問は出来ないが色々と書かれていた」

白門の長の顔が歪んでいく。
そんな話など事前に聞かされていなかった黒門の長が朱門の長を見て疑問を呈する。

「水見のDNA? それは何のことだ」

「そこまでは書かれてはいなかった。 水無瀬君と水見という人間は親戚ではないとは書かれていたがな、どういうことか全く分からない。 白門は何を考えている」

あくまでもシラを切り手紙の存在を成り立たせる。

「今はそんな話ではなかろう」

「そう、ハラカルラの話」

白門の長がキツネ面をねめつける。

「嘘八百を並べおって、朱門に水無瀬が居るのだろう。 そうか、全て分かった、押し入ったのも朱門だな」

黒門である可能性の方が高いことは分かっている。 取られた水無瀬を取り返しに白門の村に押し入った、そう考える方が話が成り立つ。

黒門の長が面の下でほくそ笑んでいる。 このまま押し入った疑いが朱門に向けられればいい。

「先ほども言ったが作り話に付き合う気はない。 ハラカルラのことで話し合いたいと言っている」

「こちらも先に言った、押し入った門と話す気などない」

「そうか、穏やかな話にしたかったのだがな、そちらに聞く耳がないのであれば烏に言うまでのこと」

最初は何度でも足を運ぶ気でいたが、この白門の長はまっとうではなさそうである。 足を運ぶだけ無駄なだけである。

烏を巻き込む? そんな話など聞いていない。 それに烏を巻き込んではどういうことになるか分かったものではない。 面の下で黒門の長が驚いた顔をしている。

「烏に? 水無瀬は居ないと言っていた朱門に守り人は居ないのは分かっている、それに黒門にもな。 はったりばかりかましおって、どうやって烏に言うというのか」

驚いてばかりではいられない、話が進んでいく。 鼻で笑うように言う白門の長に向かって黒門の長が口を開く。

「他の門の守り人のことをよく知っているな。 ああそういうことか、うちの守り人を攫ったのは白門だと断言しているのか?」

カオナシの面の下で笑っているのが透けて見えるようだ。 白門の長が顔を歪め、やはり押し入ったのは間違いなく黒門だと断定する。

「あくまでも朱門の守り人ではないが、守り人は朱門に居る。 まだ守り人になったところだが、朱門の穴から入り今日も烏の元に行っている」

朱門の長は朱門の守り人だとは言わなかった。 あくまでも雄哉は今フリーの状態だと言っている。 それを聞いて黒門の長が面の下で口の端を上げる。 それは先刻言っていたことを覆さないということ。

「前代未聞の事態、烏が直接手を入れ門を閉じるか、白門にも獅子が居よう、獅子を動かすかどうするかは烏が決めること。 人間が口を挟める範疇ではない」

「そ、それは・・・」

まさか烏に言うなど、言える状況にあるなどとは思ってもいなかった。 もしそんなことをされて門を閉じられるか獅子によって村が襲われでもしたら。

「白門はハラカルラのことをどう思っている、どう考えている、代々どう聞かされてきた」

烏に言うなどとそんな気はさらさらない。 水無瀬から烏が知ればとんでもないことが起きるかもしれないと聞かされている、単に匂わすだけで良い。 だから話を烏から根本に戻したが白門はどう考えるだろうか。

「お前たちには関係のないこと」

「朱門はハラカルラを守りたいと思っている。 烏に言ったことで朱門も閉められるかもしれんが、それでもいいと思っている。 それでハラカルラを守れるのなら。 黒門の、そちらはどう考える」

まだ白門に口を挟ませない、このままハラカルラへの思いに話を移す。

「朱門の、ハラカルラを守りたいと思っているとは肚に力のないことよ。 黒門はハラカルラを守ると言い切る。 烏もそれを分かろう、それに初代守り人は黒門。 こちらの門が閉められることはない」

「何を勝手なことを」

「勝手? 何を言うか、知っていよう守り人が生まれた順を。 黒青朱白の順。 烏から見て最後の白を切ったとてどうということは無い。 それとも今の場所を変え新たな門を作るかもしれん。 その可能性は大きいか、のぅ、朱門の」

「さぁ、さっきも言ったが烏がどう判断するかは人間の知る範疇ではない」

「烏任せとは朱門は考えが浅いことだ」

話を根本に戻したかった朱門の長だが黒門が烏から離れそうにない。 だがそれは効き目があったかもしれない。 白門の長の顔がだんだんと下がってきている。

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ハラカルラ 第51回

2024年04月05日 21時00分18秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第51回




「くっそ、見えないなぁ」

水鏡の前で白烏と雄哉が向かい合って座っているが、雄哉に答えたのは黒烏である。

「仕方が無かろう、本来ならこちらに来る穴さえくぐれなかったのじゃからな」

「もっとパワー注入してくれたらよかったのに」

「甘えるでないわ。 才能が無ければ努力と根性で補え」

「ちぇっ」

水無瀬は前に教えられ損ねた終貝である二枚貝で、死んでしまった貝のありかを見つけるやり方を教えられ、これまたすぐに習得でき、もう一組の二枚貝と同じようにこまめに見るようにと言われた。
黒烏と雄哉の会話を聞いていてふと考え付いたことがある。

「ねぇ、烏さん。 俺の力を雄哉に分けるってことは出来ないんですか?」

今はまだ雄哉は楽しんで出来ているが、水鏡すら満足に出来なければそのうち飽きてくるだろう。 嫌気がさしてくるかもしれないし、その日が来るのはそんなに遠くない気がする。 雄哉が楽しんで出来るようにということもあるが、黒門から早々に出られては困るところもある。

「うん?」

「出来なくはない」

答えたのは白烏。

「どうすればいいんですか?」

「出来るだけ共に居る」

「共に居るって」

雄哉とは高校時代からの付き合いである。 大学に入ってからは学部が違うため、高校時代ほど一緒にいることは無かったが、それでも学食で一緒に食べたりとしていた。 それに白門に拉致られてからは一日中一緒にいた。

「結構一緒にいるんですけどねぇ。 この二十日間くらいなんてほとんど二十四時間一緒に居るし」

雄哉が黒門の村に出向いた以外は殆ど一緒にいる。

「そうか。 ではその効果であの程度までだが引き上がったということだろう」

「うわ何それ? 俺って最低じゃん」

「特に何か、何かをすればどうかなるってのはないんですか?」

「儀式ということか?」

「あー、そこまで仰々しくなくても」

「儀式ならなくはない」

「え?」

穴を通るにあたり道具を使って雄哉の力を上げたが、それは儀式によって黒烏の力を分けたということであり、水鏡の時の様子を見ていてもそうだが、今日の水無瀬の様子を見ていても、黒烏と同じことが水無瀬にも出来るのではないかということであった。 そして雄哉に力を分けたとしても、水無瀬の中ではその分が減るということは無く、決して力が枯渇するようなことは無いということである。
雄哉にしても黒烏から力をもらい、それを使ったことで使った分力が無くなることがないのと同じで、水無瀬から力をもらいそれを使っても決して力がなくなることは無い。

「あー、千佳ちゃんが修君にトリオンを分けたようなもんか。 でも俺の場合は修君と違って水無ちゃんトリオンを使っても減らない。 最強じゃん」

雄哉が意味の分からないことを言って一人で納得している。

「なんだそれ?」

「ワールドトリガー」

何のことか分からないが、きっとアニメか漫画かゲームだろう。


夜、車が停められると運転手を置いて全員が降り、その手には懐中電灯が握られている。 それぞれの運転手がパーキングに車を停める為にアクセルを踏んだ。
長が腕時計を見ながらあと十五分かと口にし、おもむろに面を着けた。 それを見ていたおっさんたちも同じように面を着ける。

今日の段階で討議・討論になるのか、結果、白門に対し共闘になるのか、それともならないのかは分からないが、いずれにしても顔を晒す気はない。
十分経った頃、畦の方からヘッドライトを上下させゆっくりと車が走って来た。

「人数を昨日のこちらに合わせたのでしょうな」

車は朱門と同じく五台である。 その車の中で次々と面が着けられていく。 畦の中央を過ぎたあたりで車が止まった。 先頭を走っていた車からパッシングが送られてくる。

「あそこまで来いということか」

朱門は面を着ける関係からこの時間を選んだ。 黒門もそれは分かっているはずだが、それでも車が通る可能性があると考えているのだろう。 何も知らない車からヘッドライトに照らされた面を見れば、何事かと驚いてハンドルを切り損ねる、又は通報されるとでも思ったのだろう。 なんであれ、この土地のことは黒門の方が詳しい。
朱門の男たちがそれぞれに懐中電灯のスイッチを入れる。 黒門の方でも各車から何人も降りてきている。 黒門の長は全く歩けないわけではないようで、手を借り車から降りると用意された車いすに座った。

黒門の者たちの元までやって来た。

「朱門の」

「決めたか」

顔が見えずとも髪の毛や手足、体全体から黒門の長の方が随分と歳が上だということが分かるが、昨日同様、朱門の長は言葉において下手(したて)に出る気はない。 どれだけ歳が違おうとも、互いに村を代表する長であり立場は同じであるのだから。

「不本意というところはある」

もろ手を挙げて協力し合うわけではない、だが雄哉は欲しいといったところだろう。 黒門とて簡単に守り人を探せない。 だがそこを言うわけにはいかなく、単に本意ではないということの念押しをしているのだろう。

「だが諸事情があり、こちらは今、怪我人が多く出ている。 人数的なこともあるが、朱門の言う通りこちらとしても一日でも早く白門を止めたい」

「では?」

「朱門と協力し合おう」

「条件をすべて飲むということでいいな」

黒門の長が頷くのを見て朱門の長が鷹揚(おうよう)に頷く。

「こちらは白門の村の場所を戸田君が知っている。 白門に入ったのはハラカルラからだったが携帯で位置情報が分かっている。 接触するにはこちらが先導しよう」

「あ、ああ」

黒門が白門の村の場所を知っているということを朱門は知っているが、あからさまにそんなことを言ってしまえば話がややこしくなってしまう。

「先に一つ訊きたい、戸田はどうやって白門の場所を知った」

「偶然にだが、戸田君がハラカルラに入った時、連れて行かれる水無瀬君を見たそうだ。 そして後をつけたということらしい」

この話を白門に聞かれると嘘八百がまるわかりになってしまうが、聞かせる気などないと思っている朱門の長である。 そして同じような手を使って黒門は白門の村の場所を知った。 その手がないわけではないことをよく知っている。

「朱門はそれを聞いて戸田と共に助けに行こうとは思わなかったのか」

「どうして? まずその時は白門が絡んでいるなどと知らなかったというのもあるが、水無瀬君は黒門に居るはずだったのだからな。 戻ってきた戸田君に聞くまではてっきり黒門と思い込んでいた」

「ハラカルラでの話を履行したということか」

「無論」

いつまでも腹の探り合いなど無意味であるが、これで朱門が水無瀬脱出のことにかかわっていないと確信しただろう。

「まずは白門と話し合いということになるが。 それで宜しいな」

暴力でねじ伏せるような話ではない。

「白門が耳を傾けると思うか。 平気でそんなことを考える輩が」

「聞くとは思わん、だが最初から話もなくどうするつもりだ、白門全員に手をかけるとでも? それこそハラカルラで復活してくるだけのこと。 それに拘束監禁など一つの村の者をどうやって食わしていく、何より法に触れる」

黒門の長が朱門の長から視線を外す。

「改めて確認をする。 朱門としてはハラカルラを守りたい、ただそれだけ。 黒門は」

「当たり前だ、本来なら黒門だけで解決したいところだ。 黒門がハラカルラを守る、そう言いたいが・・・。 いや、何を言うこともない。 こちらもハラカルラを守りたいだけ」

雄哉を手にしたいと言いかけたのか、白門との戦いで怪我人が出ていて人数が減っているとでも言いたかったのか。 黒門は力づくでやり合おうとしていたのだから。

「まずは、それを白門に告げる。 宜しいな」

黒門の長が大きく息を吐き頷く。

「一度くらいで考えは変わらないだろうが、何度でも足を運ぶつもりで」

「白門が力づくで来た時にはどうする」

朱門の長が鼻で笑う。

「それは互いに対応できよう。 だがあくまでも防御として」

「そうか。 朱門の意向は分かった。 だがいつまでも長引かせる気はない」

「こちらとて一日でも早く終わらせたい」

互いの目の中を探るように睨み合う。

「明日早々、動けるか」

黒門の長が頷く。

「では」

場所と時間を指定すると黒門の長が後ろを振り向く。 指定された場所を知っているかということである。 数人の男たちが頷く。

「それと、青門のことを知っているか」

「青門? いや、知らん。 青門がどうした」

黒門も青門も互いに気づいていないのか、若しくは黒門だけが気付いていないのか、それとも黒門が惚けているだけなのか。 どれもはかりかねるが、黒門が青門の場所を知らないのであれば言っておく方がいいだろう。

「知っておれば青門にも声をかけるかどうかと思っただけのこと」

そう言われれば黒朱青の三門が相手となれば、白門とてこちら側の言うことに耳を傾けなくてはならなくなるだろう、チラリとそんなことを思った黒門の長。

「残念だが」

だが青門のことを知らないということを心底残念になど思っていない。 訊かれたからそう答えただけのことという程度である。 朱門の長もそれを分かっている。

「いや、それは互いに言えること。 では明日。 ああ、それから、そちらの下の村は少々煩そうな」

「ああ、この時間ならそんなこともないが、いつも村を行き来する者を見張っている」

「そのようだな、一応だが、昨日は先日偶然にそちらの村と話をする機会があり、こちらでも作物を作っているということで、一度畑を見に来ないかと誘ってもらったということにしておいた。 訝しんで何か訊かれればそのように」

黒門の長が頷く。


「良かったのか?」

布団の上で二人が俯きに転がっている。
烏の説明を聞いた雄哉が水無瀬の力をもらうということにストップをかけたのである。 あくまでも今はまだということで。

「うん、もうちょっと自力で頑張ってみる」

今日も何一つ出来なかった雄哉であるが、それでも前向きにとらえている。 この千年以上の間に水無瀬ほど早くできたのは水無瀬で二人目だと白烏に言われたのも効いているのかもしれない。 そしてこの日、白烏から昔々の話を聞いた雄哉である。

「最初の黒の妹って凄かったんだな」

「そうだな、二度目の異変を体験することなく、水の赦しを得て開眼したんだもんな」

「その妹と同じ力を持ってる水無ちゃんも凄いけどな」

水無瀬ほど早く出来たもう一人は最初の黒の妹だと聞いた。 そして他の力においても妹と水無瀬は同じ力を持っているだろうとも言っていた。

「俺は二番煎じ」

「何そのレスポンス。 何言ってんだよ、それって違うだろ。 うーん、どっちかって言ったら、黒の兄ちゃんも結局二度目の異変があった後もあの穴をくぐれなかったんだろ? だからそれを言うなら、俺と水無ちゃんセットで二番煎じだろ」

ダイブが出来るほどの力を持っていながら黒の兄は穴をくぐれなかった。

「面白いこと考えるな。 でもどっちかって言ったら、って言うんだったら、力の踏襲(とうしゅう)とかって言わないか?」

「水無ちゃんが自虐的に言うからだろが」

「だってなぁ・・・なんでだろって思うだろ、普通。 俺、何も特別なことしてないんだから」

雄哉と何が違うというのか。 同じ歳に一度目の異変を感じ、二度目の異変の時には共に一緒にいた仲間だったというのに。

「持って生まれたものかなぁ。 一度目の異変って俺たちが一歳の頃だろ? それをどれだけ感じたかが問題なんだよな。 その時の記憶って俺にはないけど水無ちゃんは? 何か特別なことがあったとかさ、おばさんから聞いてないのか?」

そう言えば水無瀬が初めて黒烏にあった時、二度目の異変を感じればそこから開眼が始まるが、言ってみればそれは自動的なことだと聞いた。 そして一度目の異変は異変を感じるだけではなく、稀に揺らめきが見えたり音が聞こえるという者もいるということで、それはかなり稀なことだとも言っていた。
ゴロリと水無瀬が仰向きになる。 それを横目で見ていた雄哉が水無瀬の方を向いて横向きになる。

「以前、烏にも言われたんだけどなぁ、一歳の頃なんて記憶にな・・・」

両腕を枕に水無瀬が天井を見たまま “な” の口のままで止まっている。

「ん? どした?」

ガバリと水無瀬が起き上がる。 何が起こったのかと雄哉が何? 何? と言っている。

「あ・・・」

烏に霊を入れられた時だ。

爺ちゃんが笑っている。
爺ちゃんが俺の小さな手を取り・・・ああ、そうだ、忘れていた。 爺ちゃんが泊りで海に連れて行ってくれたんだった。 今思えば父親は泊りの仕事があったのだろう、婆ちゃんと母親と一緒に爺ちゃんの運転で四人で出かけたんだった。
あの時、あの日見た波と大海原。 そうだ、思い出した。 俺は初めて海を見たんだった。

それは霊を入れられているときに見た夢である。

(違う、そうじゃない)

俯いている額に手を当てる。

(そうじゃなくて、あの時・・・)

『どうしたの?』

『チラチラ』

遥か彼方を指さした。
目の前に水平線が広がっている。 もう陽が落ちている。 見たこともない満天の星空。

『え? チラチラ・・・ああ、キラキラね。 そう、お空を見てるのね。 ナルちゃんはお星さまが好きなのかしら? 綺麗なお星さまね』

(母親がそう言っていた。 でも今ならわかる、空を見てたんじゃない、星を見てたんじゃない、俺は・・・)

遥か彼方を指さしたのではない。

何かが聞こえた
何の音だろう
顔を巡らせる
キラキラと光るモノが見える
あの音は何処から聞こえてきたのだろうか
キラキラからだろうか
それともずっと続く広いどこかから

(俺は・・・ハラカルラを見てたんだ)

―――目の前のハラカルラを指さした。

『二十年に一度、ハラカルラの水が大きく音をたて大きく動く』 烏がそう言っていた。

(異変によるハラカルラの揺らめきと音を目に耳にしていたんだ)

目を瞑った水無瀬が大きく息を吐いた。

(だからだったのか)

そう思うと心当たりがある。 大学の学食で目の端に何かが見えた。 あの時には分からなかったが、きっとどこかで魚を認識していたんだ。 だが談笑する生徒たちや当たり前の風景を見て不自然なものはないと捉えた。 無意識にハラカルラを認識していたんだ。 認識して尚、不自然なものはないと思っていたんだ。

そしてコンビニから出てきた時に道路に泳ぐ魚がどこかに泳いでいったとか、どうしてそんな風に考えてしまったんだ、そう思っていた。 でもどうしてじゃない、どこかで俺は知っていたんだ。

それにライとナギと始めて話したとき、ライに『狂いだす者も居る』と聞かされた。 だが『狂いだすどころか慣れてきたと思っていたのに、何故か自分の思いが覆されたような気がする。 だが最初の頃を思い出すと、そうなっても不思議ではないのだろうか』そんな風に思った。 慣れてきたのは何度かハラカルラを見る内に一歳の時に見たあの光景を、少しずつ思い出してきていたのだろう。

一歳の時に見たキラキラ、あれはハラカルラの揺らめき。 何の音だろうと思ったのはハラカルラがたてた音。 俺はハラカルラを見ていた、それを記憶の奥底に持っていた。

「雄哉・・・」

「ん?」

黒の妹は揺らめきを見て音を聞いたのだろうと烏が言っていた。

「俺って、凄いのかもしれない」

自分は黒の妹と同じ。 二番煎じとかそんな話じゃない。

「なんだよそれ、少なくとも俺から見て凄いと思うけど? 自虐の次は自尊? なに? どした?」

「一度目の異変を思い出した」

雄哉が一瞬呆気にとられたような顔をした。

「うわっ! 覚えてたんだ! 神業じゃん」

「・・・引くに引けないよな」

「ん? なにが?」

「いや・・・明日、今日と同じ時間に出ればいいんだよな」

「うん」

青の守り人の話は既に雄哉から聞いている。

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ハラカルラ 第50回

2024年04月01日 21時46分15秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第40回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第50回




朱門の提案は、白門と対峙するに朱門だけ黒門だけというのは、時間という不要なリスクが出て来てしまう。 互いに手を組まないかというものだった。
ハラカルラのために動くのだ、互いが張り合っていても時間がかかるだけ。 一日でも早く白門を止めなければならない。

考える様子を見せている黒門の長。 もう一押しである。

「そちらも守り人が居なく困っているだろう」

黒門の長が何のことだと少し下がっていた顔を上げる。

「白門のことが解決した暁には、この戸田君を黒門に迎え入れるのはどうか」

「どういうことだ」

「こちらとしても手放したくはないのだが、それ以上早急に白門を止めたいということ。 条件は付けさせてもらうがな」

「条件?」

「戸田君が色々と水無瀬君から聞いていた話がある。 ずっと監視をされていたらしいな」

さっき雄哉が黒門がしてきたことを言っていた。 それは適当に言ったことではないのは誰よりも黒門が知っている。

朱門の長が人差し指を一本立てる。

「一つに、黒門は水無瀬君から手を引く」

水無瀬の言っていたことである。
雄哉を差し出すのだ、もう水無瀬が必要ではないのは分かっているが、念を押しておきたい。 水無瀬もそう考えて言ったはずである。

「・・・それから」

黒門の長の声に間をおいて朱門の長が中指も立てて続ける。 その指が一本づつ増えていく。

二つに、水無瀬の時のように見張など付けなく、雄哉は週に一度ハラカルラを訪れる。
三つに、黒門の村と雄哉のマンションまでの送迎は黒門がする。
四つに、雄哉を大学に通わせ、その後就職もさせる。
五つに、暴力は絶対に振るわない。

そして最後は上げていた手を下ろす。

「最後六つに、白門のことに黒門は朱門と協力し合う」

「週に一度? その程度でハラカルラを守れるとでもいうのか」

「あくまでも戸田君は学生だ、学業優先でなければどうする。 それにその後の就職も。 彼にはやりたいことがある、それを折ってまでとはこちらは考えていない。 そして当分は学業優先となり黒門の守り人になったとて、すぐに週に一度とはいかない。 いつから始められるかは戸田君が決める」

朱門の守り人となれば守り人個人の人生を尊重するということ。

「黒門は最初の守り人という矜持があるだろう、門によっての在り方というものがあるということは分かっている。 だが守り人自身の在り方を守るのも門の者たちのすべきことではないか」

即座に今までの考え方を変える決定など出来ないであろう。 黙ったままの黒門の長に間をおいて続ける。

「言っておくが、あくまでこちらは戸田君を手放したくはない。 その戸田君を黒門に差し出すほどに一日でも早く白門を止めたい、ハラカルラを守りたいと思っている。 明日、二十二時にこの山の向こうの道路で待っている。 来る来ないは自由だが、それを返事と受け取る」

朱門の長が腰を上げるのに続いておっさんたちも腰を上げる。 履物を履き建物を出ようとしたときに雄哉が「あ、そうそう」といって振り返る。

「壊した窓まだ壊れたままらしいから直しといた方がいいよ。 万が一にも水無瀬が黒門に戻って来た時の印象が違うでしょ。 ま、臆が一だろうけど」

カオナシの面の下で数人の男が顔を歪めている。
出て行く朱門を見送った黒門の男たち。

「長、どうします」

「簡単に飲める話ではない」

「ですが行方不明の水無瀬を探すのも、新しい守り人を探すのも簡単な話ではありません」

「分かっておる。 だが週に一日だけなどと」

「今の話を断っては年単位の話になります。 水無瀬は居所を変えるでしょう、そうなれば探すのは困難になり、何年先に守り人を見つけられるかは分かりません」

朱門が建物を出ると、外に居た男たちが一斉に建物に入って行き、中に入れなかった女たちが入り口に詰め寄っている。

朱門の男たちが黒門の村の中をゾロゾロと歩いていると、端を歩いていた雄哉に声がかかった。

「君(きみ)!」

朱門が村に入ってきて黒門の男たちが立ちはだかった時、最後列に居た男である。
雄哉が横を見るとカオナシの面を着けた背丈が同じくらいの男が立っていた。 声からするに青年だろうか。

「君、水無瀬君と一緒にいたよね? 十五人ほどでカラオケに行ってそのあと帰らないまま翌日にファミレスにも行ったよね?」

カラオケに行ったくらいではいつの時の話だろうと思うが、そのままファミレスに行ったと言われれば、そう遠くはないあの日のオールの時の話かと分かる。

朱門の男たちの足が止まる。

「あー・・・ちょっと今繊細な時だからその話内緒にしてくれる?」

水無瀬と雄哉の関係性はまだ伏せておきたい。

「え?」

「君の居るこの村にとって繊細な話になると思うんだけど。 ん? あれ? もしかして君の名前って “せ” から始まる?」

他の黒門の男たちと随分話し方が違い、声の張りの無さも水無瀬から聞いていた青年ではないだろうか。

「あ・・・」

「当たりってことかな? 誠司君だろ? 聞いてるよ。 もしかしてだけどヨロシクになるかもしれない、その時にはヨロシク。 あ、俺のことは絶対に黙っててな」

驚いた様子の誠司を置いて雄哉と朱門の男たちが歩き出し山を下りていく。 下りだからだろう、登りと違って雄哉が余裕で歩いている。
裾野の村から不審な視線を送られながら畦を歩き道路に出ると、すぐに迎えの車がやって来た。


「は? じゃあ、計画的にやったってことか?」

「まぁそんなところかな」

裾の村のお婆さんの様子が頑(かたく)なすぎた。 白門のことは身をもって知っているし、水無瀬から聞いた黒門の話、そして朱門の村の人たち。 そこにまつわる関係性。 どこをとっても雄哉にしてみれば聞いたことも見たこともない話であった。 それだけにお婆さんを怪しんでしまったということはあるが、軽トラが先を走らないというところにも引っかかった。 どうして後ろからついてくるのか。 そして水無瀬から聞かされていたその昔の黒門と青門の確執の話。

「で、これを見つけたと?」

助手席のおっさんが雄哉のスマホを手にしている。 そのスマホの画面には写真が写し出されている。 軽トラの荷台に置かれている農具の間にあるものが写っていた。
おっさんたちは雄哉が軽トラに乗り込んだ時、一言いっておけばよかったと後悔していたが、雄哉自身が判断をし軽トラに乗り込んだということであった。 おっさんたちも雄哉も軽トラがやって来た時、荷台にあるそれを目にしてはいたが、はっきりとは見えなかった。

「最初はそこに写ってる手拭いで隠してたんだろな、でもあの時急に呼ばれて慌てたってところかな」

写真の横に手拭いの端が写っている。 だが最初、雄哉やおっさんたちが見た時にはそれの四分の三ほどに手拭いが覆われていた。 雄哉が言うように最初は包んであったのだろうが、慌てて荷台に隠したときにわずかに解けたというところだろう。 そして雄哉が撮ってきた写真には全面が写っていた。

「ちゃんと包みなおしておいたから俺が気付いたとは思っていないはず。 ましてや写真を撮ったのなんてバレてないと思う」

「だがそんなぞんざいに扱うか? ましてや荷台に乗せるなんて」

「拾ってきたばかりだったとか?」

「・・・長」

長は既にその写真を見ている。

「青門かもしれんな」

そう考えると頑なに村に入らせなかった理由が分からなくもない。 おっさんが手にしている雄哉のスマホには、黒門の面であるカオナシの面が写っている。

雄哉が見たという白門が黒門を殴打した時、その時に面が飛んだ者が居たのかもしれない。 それを拾えるのはハラカルラを知っている門の者だけ。 黒門に行ったときに裾の村と黒門には繋がりがないと分かった。 そしてもし裾の村が青門だとすれば、黒門の入り口と青門の入り口はそんなに離れていないはず。 となれば黒門の穴の近くで倒れていたのだ、その面を拾っても可笑しくはない。 それに最初の守り人の話でも青門が暴れ黒門の穴まで入って来たと言うことだった。 それは互いの門が近いところにあったという可能性が高いということになる。

「ハラカルラ以外のところで面を落とすはずなどないのだからな」

朱門も然りだが、黒門が白門の村に足を入れた時には面など着けていなかった。 朱門とやり合う時にだけ着けていたはず。 それを考えるとあれから黒門とのやり合いはない。 水無瀬を探すのに懸命になっていて、面がないことに気づいていないのかもしれない。

「青門だったとして青門にも声を掛けますか?」

「それは難しいか・・・。 青門は黒門と接したくないと考えているかもしれんからな」

それにと言って続けたのは、そうなってくると青門黒門、互いの村の場所が判明するということになる。 後々何があるか分からないのだから、それは避けた方が良いだろうということであった。 そして黒門はどういう門のカラーかは昔から知っている、白門のカラーも今回のことでよくわかったが、青門がどのような考えを持っているのかは分からない。 分からないまま近付くのはリスキーなところがあるとも言った。

「そうか、結局、いま守り人が居るのはその青門だけってことか」

運転手であるおっさんがポツリと言う。 そんなことなど敢えて考えもしなかったが、まさにそうであった。


烏と共に水を宥めている水無瀬。 新しいことはまた今度教えると言っていた烏だが、黒烏も白烏も忙しそうにしている。 よって水無瀬は水鏡を見ている。

長には今朝、ライと共に朱の穴に行きたいと言った。 渋った顔を見せた長だったが、烏には借りがあると言った水無瀬を行かせないわけにはいかなかった。 その借りのお蔭で黒門と話をすることが出来たのだから。 だが今回は護衛という名のおっさん二人とナギもついてきていた。

「ねぇ、何でもよくご存知の烏さん」

黒烏が振り向く。 決して黒烏さんとは呼んでいないのに。

「なんじゃ」

返事までしてきて、ましてや何か訊けば答えてくれそうな返事。 やはり黒烏にヨイショは必要である。

「青門の守り人、俺の居ない間に来てました?」

「ああ、来たな。 アヤツも忙しいみたいで長くは居らんかったがな」

「以前、青門の守り人と話したって言っていらっしゃいましたけど―――」

「教えんと言っただろうが」

あ、ヤバイ。 機嫌を損ねただろうか。

「いいえそうではなく、青門の守り人と話がしたいなと思って。 烏さんから取り次いでもらえませんか?」

「話?」

「はい」

「気が向いたらな。 それより鳴海、どうして朱の穴から入ってきておる」

「あー・・・当分そうなるかと」

「どういうことだ」

「諸事情がございまして」

黒烏が半眼で水無瀬を見る。

「あら、可愛らしいお目目」

話をそらしたい。

「大ジジに可愛らしいとはな、鳴海もなかなか言うではないか。 それより雄哉は今日どうした?」

大ジジ言うな! と黒烏が決して大きくはない声で叫んでいる。

「あ、色々とありまして忙しいみたいです」

「何じゃお前、鳴海から雄哉に乗り換えか?」

「この色ボケ大ジジが、くだらんことを言うでないわ」

そんな時、水鏡に大きなざわつきが現れた。

「烏さん、大きいざわつきが現れました」

「ええい、この忙しい時に」

白烏が水鏡を覗き込み場所を特定すると、すぐに飛んで出て行く。

「うん? 終貝か。 そんなに離れておらんな、鳴海、取ってきてくれ」

それは困る。 白門にでも見つかっては元も子もない。

「すみません烏さん、こちらで複数のざわつきが出ていまして今手が離せません」

舌打ちが聞こえたような気がする。

「まぁ、仕方がないか」

一言残して黒烏が飛び立って行った。
白々しく水鏡に添えていた指を離す。 きっと烏はすぐに戻ってくるだろうが、千載一遇のチャンスかもしれない。 水無瀬がこの穴の入り口の青の穴の側に隠れるようにしゃがみ込む。 こうすればこの穴を見に来た守り人に見つからない。

烏の話からすると青は黒に会いたがっていないということだ、何度も黒の穴から出入りをしていた水無瀬をどこかで見ていたとしても、見ていなくとも青の守り人は白にも朱にも守り人が居ないことを知っているかもしれない。 そうなれば自分自身以外の守り人は黒の守り人だと判断し回れ右をするかもしれない。 そうされては困る。

暫く待ってみたが黒烏が戻ってくる前に青の守り人が姿を現すことは無かった。


朱門の村に戻ってくると長たちも戻ってきていたようで、雄哉がおっさんたちと話していたが、水無瀬を見ると「お疲れ」と言って腕を組んできた。

「え? それじゃあ、その裾の村って青門かもしれないってことか?」

「可能性として高いんじゃないかな」

「にしても無茶するなぁ、バレたらどうする気だったんだよ」

「俺がバレるようなことするわけないだろ、水無ちゃんとは違う。 どうせ水無ちゃんなら小心者丸出しでキョドリながらするだろうから、すぐにバレるだろうけどな」

「悪かったな」

「認めるんだー」

大笑いをしている。

「白烏が雄哉は? って訊いてきてたぞ」

「大学も気になるけど今はどうしようもないからな。 明日も行くんだろ? 俺も行く」

雄哉は水鏡のざわつきを見られないのが悔しいと言っていた。 再チャレンジするのだろうが「そう簡単には出来ん、焦ることは無い」と白烏に言われていた。 目を凝らして見るだけなのに、とついうっかりまた思ってしまっていたが、見ることが出来て宥められるようになるには何か月もかかると白烏は言っていたし、年単位もありえるとも言っていた。 やはり難しいのだろうか。


翌日、長に許可を得て水無瀬がハラカルラに向かう。 昨日と同じようにライを含む四人が護衛としてついている。 一緒に行くつもりだった雄哉は話が長引くかもしれないからあとで行くということで、教授と連絡を取っていた。

「みんな色々あるだろうから、昨日くらいの時間に迎えに来てくれたらいいから」

「だから、気にすんなって。 俺たちの仕事だって言ってんだろ」

「うーん、納得できないんだよなぁ」

「納得しろ」

ライたちに見送られて水無瀬が穴に入り、そのまま烏たちの居る穴に向かった。


「え? いいんですか? さすがは教授、教授に頼んでよかった。 あ、じゃそういうことで。 はい、有難うございます」

ライの家を出ると新緑と稲也、そしておっさんが二人待っていた。

「お待たせしましたー」

新緑たちに見送られ穴をくぐった雄哉。 一本道・・・一本穴である、迷うことなどない。 朱の穴まで来てもう一つの穴をくぐる。 穴をずっと歩いて行き穴から出た時に鉢合わせをした。

「あ・・・」

「え?」

水無瀬からどの穴が何門の穴かは聞いている。 朱門の左斜め前から男が出てきていた。

「・・・朱門?」

「そうです。 青門さんですか? 青門の守り人さん?」

男が頷く。

「えーっと明日、同じ時間にまたここに来られます?」

「え?」

「お話があるんですけど、今日は俺の方が都合悪くって」

「あ、ああ、いいけど、話って」

「色々です。 じゃ、お願いします。 あっちには黒門の守り人が居ますけどどうします? 行きます?」

青門の守り人が烏たちの居る穴に首を振る。

「いや、一人いるならそれで十分だろうから。 それじゃあ明日」

回れ右をして穴をくぐって行った。 やはり水無瀬の言っていたように青門の守り人は黒門を避けているようである。
雄哉が水無瀬達の居る穴に向かって歩を出した。

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