大福 りす の 隠れ家

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みち  ~道~  第232回

2015年09月01日 14時37分15秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第230回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 ~道~  第232回



「琴音が営業所から本社に来たときに、人事に知り合いが居たから聞いたの」

「そうなの? 私、結果なんて知らないわよ。 ね、どうだったのか詳しく教えて」

「えー、何百年前の話よ。 詳しく覚えてるわけないじゃない」 

「何百年って・・・妖怪じゃないんだから」 その話を聞いていた暦が

「それってどうなの? 人事が漏らしていいの?」 目を丸くして聞いた。

「いいわけないんだけどね、自分の成績が気になって教えてもらったの。 そのついでに琴音のも聞いたら教えてくれちゃったの。 成績が良かったから教えてくれたんだと思うわよ」 

「でも、その時には私たち知り合いじゃなかったはずよね? どうして私のことを知ってたの?」 文香のとった行動の意味が分からない。

「え? 覚えてないの?」 口にしかけた紙コップ・・・ワインを口から離した。

「なに?」

「入社試験のとき隣同士で、シャーペンの芯をもらったじゃない」

「誰が?」 何のことかと問う。

「私が試験に来る時に鞄を落としちゃって、シャーペンの芯が全部ボキボキに折れちゃったから、隣に座ってる暦に予備がある? って聞いたら・・・」 文香がここまで言うと暦が

「え? 鞄を落としたくらいで芯が折れちゃったの?」

「そうなの。 信じられないでしょ? 机からペンケースを落としても普通折れないじゃない? それなのに鞄の中って他のクッションになるものもあったはずなのに、ペンの芯がボキボキに折れちゃってたの」

「予備の芯も?」

「そう。 全部」 やっとワインを口にした。

「最初っから折れてたとかじゃなくて?」

「試験じゃない? 前の夜に確認をしていたし、鞄を落とした以外何もなかったから、他に考えられないもの」

「へぇー、そうなんだ。 でも、それが切っ掛けで文香さんと琴音が知り合ったのね」

「そう。 あの一件がなかったら、会社の中で見かける人くらいだったんじゃないかしら。 琴音って暗かったし」

「え? 琴音が暗かったの?」

「そうなのよ。 でね、さっきの続きで私が予備の芯ある? って聞いたらありますよって言ってくれたのね」

「そんなことあった?」 琴音が驚いて言うと

「もう! こんな大事な事を覚えてないの? だからその時の恩返しで、営業所から来てずっと寂しそうな顔をしてた琴音に近づいたんじゃない」

「え?」

「でね、近づくにはどんな人か知りたかったから成績を聞いたわけよ」 すると暦が

「成績を聞いてどう判断しようとしたの?」 

「琴音ってホントにずっと沈んだ顔をしてたのね。 でもそれが沈んだ顔なのか、ちょっと感覚の違う人か分からなかったのよ。 
で、判断の一つとして成績を聞いたらちょっとは分かるかなって思ったの。 
だって、誰とも喋らないし、琴音の情報が何もなかったんだもの」

「文香そんな事を考えてくれてたの?」

「恩を仇にして返すような人間じゃありませんからね」

「文香・・・天然なんていってゴメンー」 琴音が文香に抱きついた。 

暦が不思議に思ったように、鞄を落としたくらいで中にあるシャーペンの芯は簡単に折れない。 文香のシャーペンの芯は、折られるようになっていたのだろう。

琴音と文香の縁を繋ぐ為に。 

 
深夜0時を越した。

「あ、もうこんな時間。 帰らなきゃ」 

「明日も仕事? よね。 平日だもんね」

「うん。 でも明日の朝はゆっくりできるから、ちょっと余裕。 あっと・・・ゴミどうする? 持って帰ろうか?」

「タクシーで帰るんでしょ? いいわよ、実家に持って帰るから。 今タクシー呼ぶからね」 キッチンに置いてある電話のほうへ歩いて行った。

「うん、お願い」 それを聞いていた暦が

「私が持って帰るから心配しないで」

「そぉ? じゃ、お願い。 暦さんは今日泊まるのよね。 明日はどうやって帰るの?」

「主人が迎えに来るの」

「わ、主人かぁー。 その言葉、何年言ってないだろう」

「文香、タクシーすぐ来るって」

「あ、それじゃあね。 また会いましょうね」 琴音と暦を見て言うと

「ええ、また会いましょうね。 お仕事頑張ってね」 

「文香、有難う。 またね」 文香を玄関まで見送り、二人で和室に戻ってきたが

「急に寂しくなった感じがするわね」 ポツンと暦が言うと

「騒がしい文香が居なくなったからね」 二人で座る。

「あ、そう言えば文香さんって、文が香るって書くのよね?」

「うん、そうよ。 文字にするとしおらしいでしょ。 名前負けって言うの?」

「やだ、叱られるわよ。 でも・・・」

「何?」

「ほら、琴音も私も名前の一番最後に“日”って書くじゃない?」

「ひ?」

「そう、琴音の“音”の字は 立つの下に日でしょ?」

「あ、暦は 林に日」

「そう。 で、文香さんも」

「ああ、禾に日だわ!」

「面白いわね」

「本当。 この事を文香の居る時に話してたら、また五月蝿かったわよー」

「分かる気がする」 顔を見合わせて笑った。

「ね、どうする? お風呂に入る? 用意しようか?」

「いいわ、一日くらい入らなくても臭ってこないで・・・臭わないでしょ?」 腕をクンクンとする。

「大丈夫よ。 それに臭っても二人なんだから嗅ぎ合おうよ」 

「やだ、止めてよ!」

「嘘に決まってるでしょ」 クスッと笑って 

「どう? 寝る? って、お布団が1組しかないけど」

「うーん、眠いといったら眠いけど、寝るのももったいないかなぁ」

「それじゃあ、ここを片付けて お布団だけ敷いておいて一緒にゴロゴロしようか」

「うん。 修学旅行みたいね。 枕投げする?」 片付け始めながら暦が言うと

「残念ながら枕も一つしかないわよ」 そして二人で布団に横になると、ワインも手伝ってかすぐに眠りに入ってしまった。



翌朝、暦の携帯が鳴り二人とも飛び起きた。

「きゃー、もうこんな時間になってたの!? 絶対に主人からだわ」 暦が携帯に出ると

「うん、うん。 分かった。 それじゃあね」 携帯を切ると

「9時って、こんなに寝坊したのは何年ぶりかしら」

「旦那さん何時に来るって?」

「電気屋さんの都合がつき次第だけど、午前中には来るって」

「そう。 じゃ、朝ごはんはどこかにモーニングに行くのは恐いわね」

「うん。 なんか・・・朝ご飯いらないかな?」

「え? 暦にしては珍しいわね」

「昨日のワインがまだ残ってるみたい」

「ああ、そういうこと? それじゃあ、お味噌汁でも飲めればいいんだろうけど・・・どうしようか?」

「いいわよ、ペットボトルのお茶飲んでいい?」

「うん。 持って来るわね。 それにしてもよく寝たわよねー」

「本当、一度も起きなかったわ」

「大体寝たのが遅かったわよね。 暦はいつももっと早く寝てるんでしょ? はい、お茶」

「有難う。 遅くても11時には寝てるものね。 早かったら9時とかだし」

「暦は朝が早いものね」

「うん。 いつになったらゆっくり寝られるのかしら」

「早寝早起きでいいじゃない。 三文の徳って言うじゃない」

「何の徳もないわよ。 さ、お布団上げて掃除でもする?」

「そうね。 軽く掃除機でいいわよね」

「うん・・・琴音が掃除機をかけた後を私が雑巾掛けするわ。 昨日のドンチャンもあるからね、立つ鳥後を濁さずってね」

「はーい。 暦おばあちゃん」

「それを言うんじゃないってば! 手伝わないわよ!」

「ごめん、ごめん。 じゃ、顔を洗って掃除しようか。 拭き掃除お願いね」 すぐに掃除を始め、区切りがついた時また暦の携帯が鳴った。 

暦が携帯に出るとあと30分で着くという連絡だった。

「旦那さん、ナイスタイミングね。 どっかで見てるんじゃない?」 

「やだ、やめてよー」 

その後、電気屋を引き連れてやって来た暦の旦那。 サッサと電気屋がエアコンを外すと

「それじゃあね、また連絡するわね」 

「うん」 ゴミは旦那が両手に抱えて車に乗せ終わっている。

二人が乗った車を見送って部屋に帰った琴音。 エアコンを外した後の掃除をしてカーテンを外し袋に入れた。

「さ、私も行こうか」 車に荷物を全部積み込み、また部屋に帰ってくると部屋中を歩いて

「ありがとう、ありがとう」 と何度も言った。

そして玄関で靴を履きドアを開けると 振り向き、もう一度「ありがとう」 と言い残し、玄関のドアを閉めた。


マンションの階段を下りて最後にポストを覗いた。

「あら? もう住所変更を出していたのに誰からかしら?」 差出人の名前を見る。

「あら? 理香ちゃんからだわ」

表書きに理香の住所が書かれているがその横に『驚かせたくて内緒にしてました』 と書き添えてあった。

「内緒って?」 ハガキの裏を見てみると

「まぁ、理香ちゃん・・・」 一瞬にして琴音まで幸せな気持ちになった。 

理香が満面の笑みで、熊のように丸い耳のついた可愛らしいベビー服を着せた小さな赤ちゃんを抱っこし、その理香の顔に頬をくっつけている喜びに満ち溢れた桐谷の顔がある。

家族三人の写真。

「可愛らしいベビー服。 ふふ、大きなお腹を隠すために会えないって言ってたのね。 もう、理香ちゃんの大きなお腹も見たかったじゃない」 クスッと笑って

「理香ちゃん、おめでとう。 ママになったのね」 ハガキをじっと見ていたが、そのハガキを大切に鞄に入れマンションを出て空を見た。

「綺麗な青空」 旅立ちの日に似合う青空が広がっていた。

「理香ちゃんがママ・・・。 ママか・・・そうよね、私も一時だけでもワンちゃんたちのママになれるようになりたいな」 一つ大きく息を吸い、続けて大きく息を吐いた。 

そして前を見据えて、大きな一歩を踏み出した。

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