大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第1回

2024年06月24日 20時55分02秒 | 小説
孤火の森    第1回




下生えの草がそよ吹く風に身体を預けゆらゆらと揺れている。
深く息を吸えば少し冷たいが、その分ゆらゆらと揺れている爽やかな緑に満ちた空気が口腔一杯に広がることだろう。
そこは山の中の広い草原、どこまで走ってもずっと緑が続いていくようにさえ感じる穏やかで豊かな草原である。
草原から四方を見渡すと遠くに連山が見える。 それだけ山に囲まれた草原。 その中で昔は草原の奥に大きな森が泰然としていた。 だが今その森は森とは言えない姿をしている。


白い月が顔を出してきた。 いくらかすると月夜の刻となる。

広い草原の中、一ケ所を除くと全く同じ姿をした二つの小さな影が下生えの草を蹴って走っている。
右前の衿合わせの裾は尻をすっぽりと隠し帯の代わりに縄を巻き、その下には膝下迄の筒の下衣を穿いている。 足元はわらじが簡単に脱げないように工夫されている。

「ポポ、まだ追ってくる」

チラリと後ろを振り返った片方の影が言った。
追っ手は馬に乗っている、すぐに追いつかれることは火を見るより明らかである。

「しつこい奴ら」

ポポと呼ばれた一つの影が走りながら懐に手を入れた。 懐に入っているのは粉状の石炭を三重に包んだ物である。 それを懐から出す。 その袋は外側の一重目を簡単に結び紐から引き抜けるように工夫をされている。

「そんなのを持ってきてたのか?」

これは仲間の大人たちが猟に出る時に万が一を考えて懐に入れるもので、大小さまざまな大きさがある。 最も大きな包みはクマ狩りに出る時に懐に入れて出ている。

「万が一があるからな。 野孤(やこ)は居ないか?」

「だから! 野孤って言うなって! そんなことを耳にしたら孤火(こび)が怒って出てこないだろ!」

孤火、それは野孤のように尻尾に小さな炎を持ち怯えて群れを成している狐とは違う。 人間から見て感覚的に野良の狐ではなく、尻尾に立派な炎を持ち己が決めた主(あるじ)に付くと言われその矜持は高い。 主に付くまでは野良ではあるが、その矜持の高さから野良とは別と考えられ、立派な狐火(きつねび)をもつ狐の総称である。

「分ってるよ! ちぇ、走りながらはやりたくないんだけどな」

簡単とは言え、袋を包んでいる内側の三重目を引き抜くに失敗すれば手の中で爆発してしまう。 ましてや今日持ってきたものは大きいものである。
三重目を引き抜くと二重目の包みは落ちると簡単に破れ、尚且つその衝撃で静電気が発生しやすい仕組みになっている。 静電気が発生するとそれが着火源となり、中にある粉状の石炭が爆発する。 いわゆる粉塵爆発である。 懐に入れている間はそれを避けるために一重目と三重目の包みがある。

ポポが一番の外側、一重目を取り払った。 そして三重目の包みをそっと引き抜こうとした時、ポポと一緒に走っていたブブの横で草原の草が踊った。

「ポポ待て!」

包みに集中するあまり足の運びが遅くなっていたポポに踵を返す。
馬に乗り剣を腰に佩(は)き雄叫びを上げている追っ手がどんどん近づいてくる。

「こんな時に待てるか!」

「孤火だ!」

訊き返す間もない。 咄嗟に結び紐を解き二重になったままの袋を後方に投げつけた。 勢いよく投げられた包みが石炭を散らせながら、すぐそこまでやってきた追っ手の前で広がる。

「孤火、頼む!」

ブブが石灰弾の方を見て叫ぶと、草原の中から薄茶色の孤火が顔を出し、高く跳躍するとその立派な尾を振る。 尾に点いていた炎から粉火が飛び、ポポの投げた石炭が爆発を起こした。
怒号絶叫の中、馬のいななき、馬上から人の落ちる音が聞こえる。
それを確認した二人が再度草原を走り出す。

草原を抜け、岩を跳び、走り、山道を下っていく。
息を上げ、後ろを振り向くともう追っ手が追ってくる様子はない。 ポポの投げた一発で何とかしのげたようである。
二人が足を止め膝に手を着いた。

「なんだよ、あいつら!」

息を上げながらも怒りに任せて怒鳴る。 いったい誰に追われていたのかが分からなければ、どうして追われたのかも分からないのだから。

「なんで追われなくちゃなんないんだよ!」

怒り任せに怒鳴るポポを尻目に、足元にやって来た孤火にまるで背丈を合わすかのように座り込み、肩を上下させながら孤火の背中に礼を言うように撫でてやる。

「なんでって、入っちゃいけないって言われてた森に入ろうとしかけたからだろう」

「うっ・・・」

「ポポも孤火にちゃんと礼を言えよ」

「わ、分かってるよ!」

背中を撫でられている孤火に向かうと 「孤火、さっきは助かった」 そう言ったのだが、孤火はちらりとポポを見ただけである。

「ちぇっ、なんで孤火はブブにしか懐かないんだよ」

今日だけではない。 二人でふらふらと歩いていると孤火が寄っては来るが、ポポのことをちらりと見るだけでブブには身体を摺り寄せる。
はたから見て背も顔も、まだ声変りをしていない声も、それこそ指の一本まで全く同じなのに。 ただ一つ違うのは、ポポは黒い髪の毛を襟足の下で一つに括り小鳥の尻尾のようになっている。 対してブブは黒い髪の毛を後頭部で一つに括っている。
これは仲間から二人が見分けられるようにとしていることだが、髪の毛の長さも同じこの二人は時々括り方を交換し仲間をおちょくる時がある。
それ程に似ている二人なのに、孤火にはどちらがブブか分かるようであった。

「孤火に見る目があるからだろ。 それより、もう月が出た。 どうする? お頭になんて言おうか」

常から月が出る前に戻って来いと言われているのに。 それに森には入るなと口が酸っぱくなるほど言われているのに。
ポポが口を歪めて腕を組む。

「嘘ついてもすぐにバレるからなぁ・・・」

どうしてかあのお頭は勘がいい。 それに若頭も。

孤火の背を撫でていた手を止め「今日は助かった、もういいよ」と孤火に言うと立ち上がり尻に着いた砂を落とすにパンパンと叩くと、まるでその音が合図になったように孤火が坂を上って帰って行った。

「オレらの嘘は見切られてるからな。 嘘をついて怒られるより怒られても・・・正直に言うしかないな」



岩屋の中のお頭の部屋(穴)で正座をしているポポとブブ。
岩屋の外では何人ものざわめきが聞こえ金物の音も聞こえてくる。 あと少しで晩飯が始まる。

「で?」

細身で白髪交じりの六十五に手が届きそうなお頭が言う。

で? と言われても。 ちゃんと正直に言った。 これ以上何を言えと言うのか。 下を向いているポポとブブが目を合わせる。

「どうして森に入った」

それは言っていなかった。

「えっと・・・」

ポポが口淀んで止まってしまう。

「行くなと言われたから行きたくなったか」

「・・・お頭」

言い淀んでいるポポを置いてブブが上目遣いにお頭を見ながら口を開いた。

「なんでぃ」

お頭に睨まれた気がして肝が上がるが、どうしても訊きたいことがある。

「その・・・、馬に乗った奴らに追いかけられた」

「それはさっき聞いた」

ブブが一つ頷くと目を下に向け続けて言う。

「あいつらって、いったい誰なんだ?」

「オメーらが知る必要はない、と言いたいがな」

え? っという顔をして二人が顔を上げる。
目の前には腕を組み睨みを利かせているお頭が座っている。 その目が二人を順に見る。

「あいつらはあの森を見張ってる州兵だ」

「州の?」

「兵?」

「分かったか、分かったらもう二度とあの森に行くんじゃねぇ、いいな」

行きたいと思っていても兵と聞けばもう二度と行きたいとは思わない。 お頭の言うように州兵であるのならば、これ以上なにを訊くことも必要ない。
だがポポとブブにすれば、分ったか、と言われても到底納得のいくものでは無い事柄があった。

「待って、お頭。 兵って、州兵って・・・兵の鎧(よろい)なんてつけてなかった」

「そうだよ、オレらと変わんない格好をしてた」

「目くらましだよ」

その声はお頭の口からではなかった。 後ろから声がした。
二人が振り返ると布を持ち上げて二十代後半の頬に傷のある男が入ってきた。 長髪が好みなのだろう、他の仲間たちと違って背の後ろに三つ編みを垂らし、獣を追っている時に怪我でもしたのだろうか、左の肩に近い腕の付け根にはただれた跡がある。 顔の造形は男前なのだが、そういった傷跡がモノを言うのか、滅多に笑うことがなく笑ってもニヤリとする程度で、内から出るものがあるのか風貌がどことなく恐い。

「晩飯の用意が出来ました」

「そうか」

お頭が腰を上げると男に顎をしゃくる。 あとはお前から言っておけということである。
ポポもブブも今日の晩飯にはありつけないと分かっている。 何度も喰らったお仕置きだ。
お頭とすれ違った男がその場に座り片方の口の端を上げるとやはりニヤリと笑う。

「若頭、どう言う意味だ? 目くらましって」

同じ顔をして同じ姿勢で身体を振り向かせた双子の二人。

「そういう意味だよ」

「そういう意味って・・・そんなんじゃ分かんないだろ」

「あの森は州が密かに手にしてんだよ」

「密かに?」

「ああそうだ。 いつ兵に殺(や)られても誰にも分かりゃしない。 だからお頭もあれほど入るなってお前たちに言ってたんだ」

二人を順に見据えてから「何度もな」と付け足し、二人が口を歪めたところで続けて言う。

「お前たちが今までに散々やってきたことと、あの森に入ることは全然違うってことだ」

若頭の言う散々、それは流れの激しい川に入るなと言われていたのに、二人でどちらが対岸まで泳ぎ着けるかと競争をし流れに押し流されたり、崖から飛び下りるなと言われていたのに、大きな布を広げて四辺の角を持ち崖から飛び下りたり、その度に大人の仲間に助けられていた。

「いいか、今日お前たちが捕まっていても、お前たちに何かあっても、俺たちにそれを知る術はない」

「でも・・・でもなんで密かになんだ? 州なら堂々としてたらいいだろう?」

「州つっても色々あるんだよ、言えないこともな」

「それをお頭も若頭も知ってるのか? その言えないってことってのを」

「知るわけねーだろが」

ポポとブブ、交互に訊いてきてくれる。 目を瞑って聞いているとどっちが喋ったのか分かりゃしない。 いや、一人が喋っているとしか思えない。

「あの森には森の民が居ないのか?」

若頭が二人から目を外し大きく息を吐いた。 まだ話を続けたいと言うのか。
だがそれに答えたのは双子の片割れだった。

「居ないから州の兵が居るんじゃないのか?」

「なんで森に森の民が居ないんだよ、それっておかしいだろ」

「そりゃそうだけど・・・まぁ、どこの森にも森の民が居たしな」

自分達は山の民だ。 だから山に住んでいる。 森には森の民が住んでいるはずだ。 実際にどこの森にも森の民が住んでいた。 それを知っている。 この目で見てきたのだから。

勝手に話し出した双子の会話を聞いて若頭の眉がピクンと動いた。

「お前ら・・・他の森にも行ったのか」

この山から一番近いのが今日この二人が行った森であった。 だが近いと言ってもすぐ近くにあるわけではない。 ましてや他の森となると危険な場所もあれば、獣が居る場所を横切らなければいけないこともある。 そしてそれだけでは無い、他の民のテリトリーにも知らず足を入れていたかもしれない。

二人が一瞬固まり勢いよく首を左右に振る。
正直な嘘と丸分かりである。
ゴン、ゴンと鈍い音が二つ鳴った途端、二人が頭頂部を押さえて悶絶しだした。

「森には行くなと言ってあっただろうが!」

今日二人が行った森ほどには行くなとは言わなかったが、それでもどこの森にも行くなと言っていた。

「座れ!」と怒鳴られ、まだ頭頂部を押さえている涙目の二人が胡坐をかいて座る。

「いいか、今度どこかの森に行ってみろ、この群れから出すからな」

若頭の低い声が頭頂部に疼く。
あまりの痛さに声も出ないのか何度も頷いていたが、この二人は何をしでかすか分からない。 それに、もうそろそろ放ってはおけない年齢になってきた。

(お頭に相談か・・・)

双子にすればここから出されてはどこにも行くところがない。 お頭に拾われて親もいなければ双子の片割れ以外、肉親もいない。

ここの連中はみな似たようなものだった。 お頭に拾われたり、勝手にお頭について来た者達の集団、群れであったがそれは全て山の民であった。 山の民であるお頭に他の民はつかないし、お頭とて山の民以外は受け付けない。 例外がなくはないが、それはどこの民の中にもある暗黙の決まり事である。

初めて若頭に本気で怒られた。 大人たちに助けられてはいつも呆れて笑っていただけの若頭なのに。

「穴に戻ってろ」

二人が頭を抱えたまますごすごとお頭の部屋を出て行く。
見張など必要ない、この二人が今日これ以上何をするではないということは分かっている。 それはお頭に怒られた時のいつものことである。 腹を空かせて穿(うが)たれた二人の岩屋の寝床に寝るだけである。



部屋(穴)の中でパチパチと火のはぜる音がする。 その火に照らされゆらゆらとお頭と若頭の影が踊っている。

「まだだ」

「ですけど、あの二人はいつ何をしでかすかわかりませんぜ」

二人が他の森にも行っていたと話していた。 どこからもそれらしいことが何も聞こえてこないということは、森の民に見つかったわけでは無いのだろうが、これからもそうとは限らない。 それなのにどうして。

「まだおれの聞いた時期じゃねー」

「けど、何かあってからじゃあ」

お頭がちらりと若頭を見る。

「ああ、それが二番目に怖い。 だが一番怖いのは時期を誤まるこった。 そうさな、檻に入れとくわけにもいかねーし・・・」

「ですから、それこそ檻に入れてでもあそこに移動させればそれなりに―――」

「場所が変わったくらいで、あの二人にそれなりなんてもんがあるわけねーだろ。 ったく、そろそろだとは思うんだが、どうしたもんかい」

「そろそろ? どこをどう見て。 まだ前兆も見えませんぜ?」

「分ってるよ! かぁー、とっととくりゃいいのによー」

「だから場所を移動して・・・って、でも穴はまだ掘れてないか。 今こられちゃあ、にっちもさっちもいかなくなる、か」

お頭は毎日こっそりと穴を掘りに出かけている。 その間の群れのことは若頭が見ているが、夜になって仲間が寝静まると再びお頭が穴掘りに出かける時には若頭も手伝っている。

「テメーはどっちを言いたいんでぇ」

「まぁ・・・まずは穴ですか」

「だろうが。 とにかくあの二人を当分大人しくさせな」

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ハラカルラ を書き終えて

2024年06月21日 20時24分41秒 | ご挨拶
ハラカルラをお読みいただき、本当に有難う御座いました。


八、九年ほど前に、いつかこの世と重なっている水の世界を書きたいと思い始めましたが、そう思っただけで想像は広がりませんでした。

六年ほど前、夜車を運転している時、ふと、今度書く主人公の名前は ”水無瀬” という名前にしよう、と頭に浮かびました。

そしていつかは忘れましたが ”クナイ” の登場する場面をいつかは書きたいとも思っていました。

以上三つが重なり、ハラカルラが出来ました。


いつも何かを書く時には、あるシーンが浮かび、そこから考えがスタートをするのですが、ハラカルラを書くにあたり、一番最初に浮かんだのは、目の端に何かが見えるというシーンでした。 そこからストーリーがスタートしました。

次回から書くお話しほど、あまり生みの苦しみはありませんでしたが、ハラカルラを荒らすのをどうやって止めればいいかと水無瀬が考えていましたが、海上保安庁や警察の他に思い当たるところがなく、頭を捻っていたことはあります。  
手が止まったのはその時くらいです。



次回からは

『辰刻の雫 ~蒼い月~ を書き終えて』で書いていましたが

『次回からは先に書き出していたものが完全にストップしてしまい、次に書き出したものをアップしていきたいと思います。
(今頑張って書いていますが、なかなかストップした先が浮かんでこない状態です)』

こう書いていましたが、長い時間をかけてようやく書き終えることが出来ました。
ハラカルラの前に書き始めていたものをアップしていきたいと思います。


最後にもう一度。

ハラカルラを読んでいただき、本当に有難う御座いました。

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ハラカルラ 第72 最終回

2024年06月17日 20時19分18秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第72 最終回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第72 最終回




「では今日からよろしくです、黒門の皆さん。 で、俺は黒門の守り人になったんだから、守り人として黒門の皆さんに言わせてもらいます」

黒門の誰もが何のことだという顔をしている。

「青門と仲良くしてください。 コレが二つ目の話しです」

高崎が驚いた顔をしている。

「水無ちゃ・・・水無瀬もそうだし、青門の守り人もそうですけど、守り人は門同士の争いを良しとはしていません。 いま白門に守り人は居ませんからこれは守り人の総意です」

(戸田君・・・)

「戸田は昔の話を聞かなかったのか」

思わずプラスティック面が下を向く。

「聞いてますよ、守り人になれば一番に聞かされるんだから。 でもそれって同じ過ちをおこさないようにっていう戒めであって、ハラカルラを大事に思う烏の気持ちからのもの。 決して青門を責めるものではない。 それに・・・」

黒門が青門に圧をかける、それはざわつきとなって表れる。 それでなくても忙しいのに忙しくなる原因を作らないでほしいと言い、黒門はハラカルラを大事に思っているのだろう、そのハラカルラの中で青門の人間に圧をかけるようなことをするのはどうなのか、と雄哉が問う。

「昔を塗り替えることは出来ない」

「ああ、事実は事実」

カオナシの面の下でそれぞれに言っている。

「だから? だから何だってんですか。 青門に圧をかけて追い回して昔の黒門の兄妹が戻ってくるとでも言いたいんですか。 違うでしょう、黒門はもう昔の兄妹の事なんて考えていない、盾にしてるだけ。 単なる苛ついた時のはけ口にしているだけでしょう」

「なっ! 何を言うか!」

「黒門の守り人がそんなことを言ってどうする!」

「まず守り人として現状注意。 大声を出さないでください、それでなくても烏は忙しいんだから」

カオナシの面の下で誰もが口をひん曲げている。

「今ここで約束してほしい。 二度と青門に変な手を出さないって。 そして村に戻ったらこのことを長に伝えて黒門の総意としてもらう。 でなければ守り人全員、ハラカルラを訪れない」

「全員って・・・」

さっきも雄哉が言っていたが、烏だけでは到底水を抑えきれないことは分かっている。

この話の持っていき方は水無瀬から聞いた。 黒門は歪んではいるがハラカルラのことを想っている、だからそこを突けば簡単に揺れると。

「あ、言っとくけど俺はちゃんと約束は守るよ、あくまでも黒門の守り人となる。 だけど守り人として守り人の総意が重いってのは分かるでしょ?」

黒門の誰もが黙る中、一人が歩を出してきた。 雄哉に向って何かを言うのかと思えたが、その身を振り返らせる。

「ハラカルラのことで守り人の言うことは長の言葉より重い」

水無瀬の時には無理強いをしたが、あれは異例なことである。

「それにいくら戸田が黒門の守り人といっても、ハラカルラを訪れなくてはまた守り人を失ったことと同じだ」

ここに水無瀬が居ればこの声の主が誰か分かっただろう、水無瀬がおじさんと言っていた相手なのだから。

“守り人を失う” その言葉は黒門にとっては大きなことである。

「俺は黒門の人間として、黒門の守り人の言うことを飲む」

このおじさんは今までに一度も青門に圧をかけたりしていない、簡単に約束が出来る。 それにさっき雄哉が言ったように、圧をかけている連中は苛ついた時のはけ口に青門をいたぶっているだけだということも知っている。

「俺も」

雄哉にはおじさんの声に覚えはないが、この声には聞き覚えがある。 誠司だ。

(ふーん・・・)

「生意気を言うようですが、青門に圧をかけている姿は見られたものじゃないと思います」

「誠司! お前、なんてことを言うんだ!」

雄哉が口の前に人差し指を立てる。 声を荒げたカオナシ面の下から舌打ちが聞こえた。

「だって・・・戸田君が言ったように完全にはけ口にしてるだけじゃないですか。 それって大人としてどうなんでしょうか。 自分の子供に見せられますか?」

水無瀬からはこの誠司は大人しいと聞いていたが、何の何のなかなか言うではないか。

(水無ちゃんに報告だぁ)

少し面白くなって心の中でそう思うが、この短時間で雄哉は子供であるのならば嫌気も差さないが、大人であるのに建設的な話が出来ないことに嫌気がさしてきていた。 この何倍もの時間をかけて水無瀬は白門と話をしたのかと思うと気が遠くなりそうである。

「どうするんだ、少なくともここに居る全員が納得しなければ守り人を失うことになる」



「で? 結局?」

ライの家の水無瀬の居る部屋である。

「不承不承って感じで承諾した。 高崎さんも納得して頷いてくれた。 それと高崎さんに持ってきてもらった面の効果もあったな」

水無瀬からこの話を聞かされたあと、すぐに高崎に連絡を入れた。 青門の誰かが黒門の面を持っているはず、それをこの日持ってきてほしいと言っていたのである。 そんなことを知らなかった高崎が村でその話をしたときに、カオナシの面が出されたのには驚いたそうであった。

穴でその面を高崎から受け取り、雄哉が腰に挟んで持っていた面を黒門に差し出した。

『青門の人が拾ってくれてたんだって。 青門の守り人さんから預かってきた。 誰のかは知らないけど大事な物なんだから失くしちゃダメでしょ』 と言って渡したのだった。

「かぁー、取り敢えず何もかも落ち着いたか」

頭の後に両手を当てるとゴロリと転がる。 卒論を書きながら、烏のところに通いながら、いつも心の隅にあったことがこれで何もかも落ち着いた。

「高崎さんがくれぐれも水無ちゃんに礼を言っといてって」

「ん、まぁこれで青門も黒門も落ち着いてくれたらいいんだけどな」

高崎を見ていると心が締め付けられるようだったのだから。

「上手くいくっしょ。 帰りに高崎さんが言ってたけど、歴代の守り人で守り人同士がこんなに話すなんてことは無かったんじゃないかなって。 俺もそう思う。 まずは守り人同士が上手くいかなきゃな」

「そうだな。 そう思うと白門の守り人が居ないのが気になるなぁ」

「それは要らない心配だろが。 何でもかんでも背負(しょ)いこむなよ」

言ってみれば青門と黒門のことは水無瀬には関係のないこと、それなのに背負いこんだ。 だがそれはこれから黒門の守り人となる雄哉のためであり、高崎のためでもあることは分かっている。 そして守り人としてであることも。 でもこれ以上はもういいだろう。

「まぁ、な」

「で? 進路は決まった?」

「ああ、それな。 決まったわけじゃないけど雄哉に話しておかなきゃだな」

「うん?」

そこで高崎おススメの株式会社Odd Numberである開発部部長、一ノ瀬潤璃が今回の白門の件で助力を得た相手だと話した。

「うわ、なにその縁」

「縁? えー、縁なのかぁ?」

やはり偶然ではなく必然なのだろうか。


『やだぁー、なに遠慮してるのよぉー』

ライの母親にバンバンと背中を叩かれた雄哉が、ライの家で夕飯を食べると護衛となる三人に送られて帰って行った。 白門のことは落ち着きを見せたとはいえ、まだ雄哉のことは放っておけないと長が決めたのである。

そして今日もライの父親であるモヤはキリの家で夕飯を食べているということで、ライ曰く、兄弟水入らずということではあったが、それはとんでもない水入らずであった。

「だから言ってんだろ、ナギはナギで自分で探させる」

「こっちこそ言ってんだろ、お前、父親なんだからナギの性格が分かってんだろ、あれについてこられる男なんかいないだろうが」

「兄弟揃って毎日毎日同じことをよく言い合えるもんだわ」

呆れたようにキリの嫁さんが言い、卓にアテを置く。

「それにナギのあの顔だぞ、伯父としてナギには男前をつけたいって思うだろ」

「だからって何で泉水なんだ」

「俺の抑えが利くからに決まってんだろ、それにナギの年ごろと合う男前ってのは泉水だけだろ」

キリはどうしてもナギと泉水をくっつけたいらしい。

「モヤさん、諦めんか? こん人は言い出したら聞かんで」

「絹代までそんなことを」

本来なら義理の姉にあたるのだから絹代さん、若しくは絹代姉さんとでも呼ばなければいけないが、小さな頃から絹代と呼んでいた。 急に変えられるものでもなく絹代自身も気にしていない。

「うちには子供がおらんから力(りき)が入るんだわ」

今日も大きな溜息をつくモヤであった。



翌日、ようやく練炭が水無瀬と会わせてもらった。

「わーい、水無瀬だ水無瀬だ」

二人が喜んでハモリながら水無瀬の周りをぐるぐると回っている。

「こら、お前ら、水無瀬さんと呼べと言っただろうが」

「言ってない」

怖い父ちゃんが言うが、父ちゃんは『水無瀬君を水無瀬と呼び捨てにするのはやめろ。 それとバカと言うのもだ』と言っただけである。

「呼び捨てが駄目って言っただけ」

腕を組んだ父ちゃんが考える。 そんな気がする。

「なら今日から水無瀬さんと―――」

「ねぇ、水無瀬の名前は何て言うの?」

「下の名前」

「鳴る海って書いて鳴海だけど?」

「んじゃ、鳴海」

「今日から水無瀬は鳴海」

「だからお前ら呼び捨ては駄目だって言ってるだろうが!」

いや、それ以前にどうしてお兄さんと呼べって教えてくれないのか? と思うが・・・もう今更どうでもいいか。

「いえ、いいです。 それで」

練炭が水無瀬にうちに泊まりに来いと言ったが卒論のことがある。 そっち方面の勉強をしていかなくてはならなく、練炭と遊んでいる暇などない。 丁寧にお断りをした上で練炭のジップ付き袋とメモがとても役に立ったのだ、この日一日は二人の相手をして過ごした。



一か月が経った。 潤璃からの連絡で白門は落ち着きを見せているということで、雄哉からの連絡では高崎から連絡があり、黒門が何かをしてくる様子はないということであった。 その連絡を聞いてようやく水無瀬が落ち着くことが出来た。 卒論の方はかなり進んでいるが、落ち着けたのだ、次は就活を考えなくては。

「もう一度アパートに戻って教授に相談をしようかな」

だがもう八月も半ば。 遅いだろうか。 頭をよぎっているのは株式会社Odd Number。 決して潤璃が居るからではなく、雄哉が言っていたように調べたところかなり水無瀬の理想に近いからである。 だが守り人としてどうなのだろうか。 それを考えると雄哉おススメが一番理想になってくる。

「でも」

水無瀬は決して朱門の守り人になるとは言っていない。

「俺・・・どうしてこんなにのんびりしてるんだろ」

入社試験の日程もあるというのに。
『一緒に村に戻ろうって言った』 ライが言っていた。 水無瀬がそう言っていたと。



秋となり稲刈りが終わり今は田んぼに藁が干されている。 朱門の山の中では随分と前から秋の虫の音が毎晩聞こえてきていた。

黒門との確執が無くなったということで鍛錬の必要がなくなったというのに、高校生からライたち二十代と三十五歳ほどまではまだ自主鍛錬を積んでいる。 それ以上になると『三十五を越してみろ、全然違うからな』という常套句を使ってくるが『バカヤロ、それを言うなら四十からだ』『甘いな、四十くらいで言うな』などと醜い年齢争いをしている。



「内定もらって良かったな」

ピロティである。 雄哉は黒の穴から入ってきていた。

「まぁな。 雄哉も無事教育実習が終わってほっこりだな」

「おお、可愛かったなぁ、小学生」

“戸田先生” 始めて呼ばれた時には照れたとラインに書かれてはいたが、一か月間の教育実習はかなり楽しかったようで、それなりにしなくてはならないことがあるだろうに毎日ラインが入ってきていた。

「で? 黒門はどんな感じ?」

「週一に関してはやっぱりいい顔してないな。 大学卒業したら村に来ればいいとかって言ってるな」

「それって取りようによれば在学中は目を瞑るってこと?」

「だろな。 で、これから週に一、二回は来られるようになった」

日曜のみか土日の連日ということなのだろう。 今日は土曜日、雄哉は昨夜の内に黒門に迎えに来てもらっていたはず、となればどこに泊まったのだろうかと思って訊くと、水無瀬が泊まっていた家だということだった。

「大分落ち着いたのか? 大学の方」

「まぁな、休み返上までとはいかなくなった。 これからは卒論にかかる。 水無ちゃんはもう提出したんだよな?」

「ああ、提出さえすればいいってことだから卒業は出来るな」

「いいなぁ、俺なんて一講義も落とせない。 風邪もひけない」

自業自得とまでは言わないが、それは仕方のないことである。

「あ、そうだ、一ノ瀬さんなんだけど」

「うん」

雄哉は会ったことは無いが高崎からも聞いているし、今回白門のことで助力をもらっていたと水無瀬からも聞いている。

「プロポーズを受けてもらったって」

「え?」

潤璃は村のことがあってどうしても踏ん切りをつけることが出来なかった。 だが今回のことがあってようやく自分の選ぶ道に進むことが出来たということであった。
お相手は木更彩音。 彩音は潤璃が村に居る時から恋心を抱いていた。 だから高校を卒業するとすぐに潤璃を追いかける様に村を出た。 潤璃に教わり奨学金で大学を卒業し、Odd Number に入社したということだった。
噂の色恋ごとというのは真実であったというわけである。

「うわぁー、じゃあその木更さんって人、めっちゃ待たされたんだなー」

木更彩音の歳がいくつかまでは聞いていないが、かなりの年月を待っていただろう。

「こりゃあ、いつまで話しておるか。 さっさと来んか」

水無瀬と雄哉が顔を合わせた。 二人でゆっくりと話が出来るのはこのピロティだけである。

「はーい。 よし、今日こそ見るぞ!」

気合は十分のようである。
そして「よし、明日こそ見るぞ!」と言って帰って行った。

その日の夜、またドッペルゲンガーかと思わせる夢を見た。 以前見た夢と同じようにドッペルゲンガーが静かな視線を送ってきている。 ただ静かなだけの視線。 そしてまた同じように背中を向けて歩き出した。
ホーストコピー。 アイデンティティを持った自己像。 そう思った時にこれが夢であることを認識した。

(君はどんな自我を持っている)

後をつけようとして目が覚めた。 その夢が忘れられないが二度と見ることは無かった。



除日を迎えようとする十二月も中旬になった。 雄哉はこの頃にやっと水鏡に映るざわつきが見えだしたと張り切っているが、まだ宥められるには遠そうである。

水無瀬がじっとスマホを見ている。

「やっぱ、そうだよな」

あの夢を見てからずっと考えていた。 あれはドッペルゲンガーでもホーストコピーでもない。 自分の深層心理なのだと。 あの視線が語っていた、水無瀬がどうしたいのかを、何を選んでいるのかを。 その方向に向かっていない自分を静かに見つめていた。 そしてようやく決心がついた。
登録している番号をタップする。


「おっ、これからか?」

雑巾とバケツ、それに脚立が置かれている。 今日はライがお獅子拭き拭き当番であるようだ。 奥に鎮座しているお狐様もそうなのだろう。

「うん」

カンという音が聞こえた。 その音はここに来るまでも聞こえていた。

「ナギ、弓が好きなんだな」

もう必要がないというのに練習をしている。

「みたいだな。 それかまだ一射絶命を追ってるかってとこかな。 あいつ頑固だから」

頑固と言われれば納得がいくが、そうだな、なんて言ってしまったことがバレれば後でどんな目に遭うか分かったものではない。 取り敢えず笑顔で応えておく。

「んじゃ、行ってくる」

朝食を食べているときに連絡したいところがあるからと、今日は遅めに出ると言っていた。

「ご苦労さん」

「ライもな」



『お早うございます。 Odd Numberで御座います』

『お早うございます。 内定通知をいただいた水無瀬と申します。 採用担当人事部の荒木さんをお願いいたします』



「久しぶりに今日穴まで迎えに行く」

「うん、一緒に村に戻ろう」

そして朱門の守り人になると長に言おう。

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ハラカルラ 第71回

2024年06月14日 20時36分16秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第70回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第71回




守り人としてこれで終わりと言えばいいのだろうが、このことを切っ掛けに放ってはおけないことが発生してしまっていた。

「確か一番最初にこちら側に来てくださった方ですよね」

水無瀬は玻璃の声に気付いていないのだろうか、それとも気付いていて敢えて知らないふりをしているのだろうか。
白々しく言う水無瀬に玻璃が応える。

「ああ、一ノ瀬玻璃だ」

「では一ノ瀬さん・・・ああっと、一緒に来た方の中にも一ノ瀬さんがいらっしゃいますので、下のお名前、玻璃さんとお呼びしてもいいですか?」

この言い方・・・やはり玻璃が名乗る前から気が付いていたな、かなりの狸か、などと思う玻璃であるが、正解である。
玻璃が頷く。

「さっきの大学院生の方が学校を辞めると仰っていましたし、現在特進科に進んでいる高校生の事なんですが、村からの援助なりなんなりを続けるということは出来ませんか? 例えばのちの出世払いとか。 人生をトカゲの尻尾切りと同じ扱いにするのはどうかと、それに彼らが村おこしを考えてくれるかもしれません」

「金のことは俺には分からんが・・・トカゲの尻尾切りとはな」

「水無瀬さん」

玻璃の横に誠がやってきた。
周りに注意しながら誠に答える。

「やぁ、誠君」

え? 玻璃が目を大きく開けた。 息子である誠の紹介はまだしていない、名前など知らないはず。
驚いている玻璃に水無瀬が笑みを見せる。

内通者とは・・・息子だったのか。
何故だろう、息子の勇気に腹の中が温かいもので満ちていき鼻の奥が痛くなる。

「この馬鹿野郎が」

息子の頭を大きな両手でワシャワシャとかき回した。
この日の夕食の席で、時々一緒に卓を囲んでいた後藤智一も内通者と知ることになるとは思ってもいなかっただろう。



後(のち)の話にはなるが、潤璃からの連絡でそれぞれが受けていた学費は援助として出していくということを聞いた。 ただ、借りを作ったままで村に貢献することがないのは気が引ける、村に向ける顔がないという考えの者は、出世払いで返していくということであった。

潤璃曰く、潤璃自身も奨学金を使って大学に通っていたという。 返済もきちんと終わらせ、やろうと思えば出来ないわけではないということであった。



「無事に戻ってきたな」

いつもはお疲れと言うのに台詞が違う。 それほど心配をかけていたのだろうか。

潤璃達はまだ村に残っている。 これ以降のことに水無瀬が口を出す必要はない。 全てを潤璃達に託して村を後にし水無瀬一人で戻ってきた。

「一緒に村に帰ろうって言ったろ」

「そんなこと言ってない」

え? 言ったはずだ。

「一緒に村に戻ろうって言った」

「細かすぎだろ」

笑いながらドアを閉める。 その手がドアから離れない。

(そうか、無意識に一緒に戻ろうって言ってたのか)

「ん? どした?」

何でもないと言い、ようやく手を離した水無瀬。

「昼何か食べたか?」

ライがエンジンをかける。

「いいや」

本当にずっと車の中に居たのだろう。 もう二時を過ぎている。

「何か食べてこう」

「いいけど、早く戻らなくていいのか? 今からならぶっ飛ばして間にあわせるぞ」

絶対に間に合わないだろう。 何キロで走ろうとしているのやら。

「雄哉一人で大丈夫だろ」

雄哉とは昨夜じっくりと話をした。

『オッケー、俺一人でおちゃのこサイサイ。 水無ちゃんはこっちのことを考えずに白門に集中しろ』 と言っていた。

車が発進をした。



「ぐわぁー、今日も見えなかった」

「だからそんなに早くは見えないし出来ないって。 もし出来たら僕の方がショックだ」

「水無ちゃんは出来てるのに」

「鳴海は例外だと何度も言っとるだろ」

「ああ、あんなにあっさりとやられればショックもないけどね」

「そっかー。 んじゃ、またしばらく来られないけど」

高崎の前に座る雄哉が腰を上げる。

「早く切り上げる上にまた来られんとは。 出来るだけ来るようにする方が、それなりがそれなりになるというのに」

今日は早めに切り上げると烏に言っていた。

「それなりって・・・まぁいいか。 高崎さん話があるんですけど、ちょっといいですか?」

二人が話しながら穴を出て行く。 白烏が横目でそれを見ている。 そして黒烏は今日も今も、溜息と呻き声を出している。

「え? 青の穴を抜けたところで?」

「はい」

「でも場所を知らないよね?」

知らないはずであろうし、たとえ気心が知れたと言っても村として村の場所を知られるわけにはいかない。

「安心して下さい、青門の村を探そうとか、青の穴を探そうとかって思っているわけではありませんから。 場所を移動していてもいいです、探しますから。 キツネの面を着けた人を見かけたら声をかけてください」

キツネ面があちこちを歩いているのは高崎も何度か見かけて知っている。
青門の守り人である高崎は青の穴から入ってきている。 従って青の穴しかくぐれない。 朱門の穴から入ってきた雄哉にしても然りである、朱の穴しかくぐれない。 その穴をくぐると全く違った場所に出る。

高崎にはいつも通りの時間くらいまでここに居てもらい、雄哉は青の穴まで行くには時間がかかるということで、早めに切り上げたということであった。

朱の穴をくぐると既にキツネ面を着けたおっさんや若い者達、合わせて三十人以上が雄哉を待っていた。
ゾロゾロとハラカルラの中を歩いていたが、一人二人と次々に違う方向に歩いて行く。 高崎を見つける為であるが、朱門の誰もが高崎の顔を知っているわけではないし、素顔の誰かを見かけて高崎かどうかの確認をするのは雄哉から止められている。 厳密に言えば水無瀬であるが。

素顔ということは白門か青門のどちらかになる。 白門に高崎と言う名を聞かせるわけにはいかないということであるが、青門と白門の村の位置は遠くに離れている、白門が居る可能性はまずゼロに等しい。 だが万が一にも面を着けていない黒門が居ればそれは特に避けたい。 黒門と青門の村は近い、近いでは収まらないほどに近すぎる。 大きく高い岩を挟んでいるだけに過ぎないのだから。

雄哉が見つけられればそれでいいのだが、ハラカルラは広い。 だから高崎からキツネ面に声をかけるようにと頼んだのである。 そのキツネ面が黒門の穴がある大きく高い岩の反対側を散り散りに歩く。

「パトロールでここまでも歩いてくるんですか?」

ハラカルラの中である、足こそ疲れてはいないが相当に歩いてきた気がする。

「ああ、毎回ってことは無いけど来るな」

人間の世界でいうところの高速を使っての距離ほど離れているのだから、そう簡単に来られる距離ではない。 但し、ハラカルラには岩があるとは言えど、大きく迂回しなければならない山も川も大きな障害物もない。 簡単に言ってしまえば直線距離である。

キョロキョロとしていたキツネ面に声がかけられた。

「あの、声をかけるようにと聞いたんですけど」

「ああ、やっと見つけた。 一応確認で名前を聞かせてもらえるか? こっちから名前を出さないように言われてるから」

「高崎、です」

「オッケー、じゃ、戸田君のところに案内する」

戸田と聞いてホッとする。

歩きながら高崎が見つかったと、まだ探しているキツネ面に合図を送る。
雄哉も移動しながら高崎を探している。 その雄哉の居るところを順々に指差し方向を示している。

「あ、高崎さん」

「戸田君、いったい・・・」

ゾロゾロと集まったキツネ面の多さに驚いた顔をしている。

「朱門の皆さんです」

「それは分かっているけど、いったい何を?」

朱門は昔からキツネ面を着けている。 それはどこの門も知っていることである。 そして黒門のカオナシの面も知っている。
二人の会話にキツネ面が先を促す。

「戸田君、移動を始めよう」

キツネ面がぞろぞろと歩き出す。

「とにかくついて来て下さい。 それと、朱門の方々は高崎さんの味方ですから。 何かあった時には高崎さんを守ってくれます」

「何かって・・・」

「安心して下さい。 朱門の皆さんと俺に丸投げってことで高崎さんは居てくれるだけでいいですから。 あっと、納得した時には返事は欲しいですけど」

いいタイミングで雄哉に面が渡される。

「それと高崎さんの顔が知られるわけにはいきませんから、これを着けていてもらえます?」

高崎にキツネ面を渡す。

「プラスティックの面・・・」

ライのプラスティック面が大活躍である。
言われるがままにプラスティックの面を着けるが、朱門には既に素顔を晒している。 どういう意味だろうか。

高崎と雄哉が話をしながらかなり歩いてきた。

「水無ちゃんまだ決めかねてるみたいなんですよねー、せっかく高崎さんがいい所を見つけてくれたんですけど」

「そりゃ彼なら迷うだろう。 もしかしたら烏と同等の力があるんじゃないか?」

高崎の言葉にキツネ面の下で誰もが驚いた顔をしている。

「ショックだな、同じ時に異変を感じたってのに」

「戸田君が普通なんだよ。 それにあの穴をくぐれるだけでもいくらも居ないんだから」

黒烏の力によって穴をくぐれるようになったことは秘密である。 黒烏に止められているというのもあるが、自分でもあまりの情けなさに口にしたくはない。

「来たな」

キツネ面の男の声に前を見ると、カオナシの面がぞろぞろと歩いて来ている。

「黒門・・・」

今キツネ面の男は “来たな” と言った。 目的がこの黒門だったのか、それとも運悪く会ってしまったのか。

「安心して、高崎さん」

雄哉の声に、そうだ今はキツネ面を着けているのだ、言わば朱門の一員となっているのだと思い直る。
黒門も朱門に気付いたようで面の下で何か言っているようだ。

二つの門の足は止まらず互いに対峙する形となった。

「これはこれは朱門の、今日はまだ黒門の番だが?」

番とはどういう意味だろうかと高崎が首を捻る。 それに朱門と黒門の仲の悪さは代々から聞いて知っている。 それなのにどういうことなのだろうか。

「話があってここまで来た。 話は二つ」

前に出たおっさんが言い、このハラカルラで滅多なことがないのは分かっているが、高崎の周りを他の者達が固める。 それを肌で感じた高崎。 これが雄哉の言っていたことか、では偶然でも運悪くでもなく目的が黒門だったということなのか、と頭の中で考えている。

「一つに、水無瀬君から連絡を受けた」

「水無瀬? 水無瀬が見つかったのか!」

(見つかった?)

どういうことだと、またしても高崎が首を捻る。 雄哉と水無瀬が連絡を取り合っていることは知っているし、今日水無瀬は来なかったがずっと毎日来ていると烏から聞いていた。 その水無瀬は朱門の穴から出入りしていると言っていた。 朱門の穴から出入りしようとするなら朱門の村を通らなくてはならないはず、そうなれば朱門の誰もが水無瀬を確認しているはずだ。 それなのに連絡があったとはどういう事なのだろうか。 話が全く読めない。

「連絡を受けただけだ。 白門との話はついた、もう見張らなくていいということだ」

雄哉を迎えに行く前に水無瀬から白門のことが無事終わったと連絡を受けていた。 そしてまだ朱門と水無瀬を切り離して話をしてほしいとも言われた。

「え? どういうことだ」

「守り人である水無瀬君が白門のことでずっと動いていたということだろう。 見張のことも知っていたようで、手間をかけさせて悪かったということだ」

黒門たちがカオナシの面の下でそれぞれに何か言っている。 その内の一人がはっきりと声に出す。

「白門のことが無くなったということは」

「ああ、そうだ。 今日からこの戸田君が黒門の守り人になる」

黒門の間からどよめきが起こる中、プラスティックの面の下で高崎が大きく目を開けている。 どういうことだと雄哉を見かけたが、その雄哉が歩を出した。

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ハラカルラ 第70回

2024年06月10日 20時29分49秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第60回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第70回




「僕がハラカルラの水を動かしました、その水の力で押し戻されてきたんです。 ここは白門の村でもありますがハラカルラでもあります。 それくらいご存知でしょう」

余裕綽々を見せて言うが心の中では、良かったー、良かったーと叫んでいる。
白烏に教えてもらった二つ目の理由は、守り人の存在を、力を見せる、そして最後の理由は村とハラカルラの繋がりを切に感じさせるため。

「あなたたちは高校生ではありません、ここに居てもらいます」

長をはじめ誰もが息を呑んでいる。 水無瀬の言う通り村とハラカルラは重なっているのだから、ここは村でもありハラカルラでもある。 それは知っているが、ハラカルラで起こったことがここに、村に影響するなどとは考えられない。 それに水見の書き残したことにそんなことは書かれていなかった。
だが今目の前で現象を見た。

「あなたたちは代々聞かされてきてはいませんでしたか、門のある村としての在り方を。 ハラカルラを守らねば、共に居なければいけないということを」

水無瀬がぐるりと見まわす。 目の合った者が顔を下げる。 その水無瀬の後ろでは玲人もまた顔を下げている。

『いいかい玲人、白門の村はハラカルラを守り、ハラカルラを守ってくれている守り人の手助けをせにゃならん』

「あなたたちは門のある村ではないのですか、その矜持はないのですか。 守り人に門は関係ありません、守り人は守り人です。 ハラカルラを守るだけ。 そして皆さんもそうでしょう。 あなたたちはハラカルラのことを何と思っているんですか、何を誤解しているんですか、いつからその誤解が始まったんですか」

疑問符など付けない、責めるように言う。

「あなたたちが魚を獲り藻を獲る、甲殻類もそうなのではないのですか。 ハラカルラが泣いているのをご存知ですか」

思ってもいなかったことを聞かされ高校生たちの表情が曇る。

「あなたたちが気付いてくれることを泣いて待っています」

水無瀬がわざと間を開け、次に口を開こうとしたときに長の声がした。 水無瀬がそちらに顔を向けると、いつの間にか椅子が用意されていたようでそこに掛けている。

「ハラカルラの力を使った暴力の次は泣き落としか。 それにそんな暴力などに村は屈服などせん」

「暴力、屈服、泣き落とし。 もっと他に言葉はないんですか」

「そう言わせているのはオマエの方だろう!」

少し前にミニチュア獅子にやられた啓二が叫んだ。

「・・・情けない」

「え?」

玲人が歩を出す。

「おい、玲人」

「屈服というのなら、あなたたちが村の方々を屈服させ、言いなりにさせているだけではないのですか。 村のみんなの意思と誇りを放棄させているだけではないのですか。 どうして守るという言葉が出てこないんですか。 みんなでハラカルラを守ろうとしないんですか。 村おこしだそうですね、ハラカルラを使って。 村が活性化するのはいいことです、悪いことではありません。 ですがそれはその村から発展させていくもの、重なり合っているとはいえハラカルラはあなたたちの村ではありません」

歩いてきた玲人が潤璃達の横に着くと啓二を見てみんなに聞こえるように言う。

「俺は大学院を辞める。 そして村に戻ってこないと言いたいところだったが、こんな村を放ったまま知らぬ存ぜぬは出来ない。 長、長が考えを改めてくれるまで俺が白門の手を止める。 魚を獲らせない」

水無瀬が玲人を見る。 覚えのある顔である。 水無瀬がブチ切れて『あなたに説教される覚えはない!』と言った相手であった。

「玲人! お前なんてことを言うんだ!」

「そうだ! 勝手に学校を辞めるなんて、誰がそこまで行かせてやったと思ってる!」

「ここで研究をするのがお前たちの役目だろうが!」

水無瀬にとって思わぬ伏兵が居た。
その玲人の横に四人が歩み寄ってくる。

「俺たちはあんたたちの言いなりになっていた、いい加減もういいだろう」

最初は大学院を辞めることに意見が割れていた四人だったが、車の中で話し合い全員が納得をしていた。

伏兵たちの考えていることが分かった。

「な、なんだ、勉強が嫌になったのか、それとも結局は出来が悪かったのか! それじゃあ今までお前たちに掛けた金を返せ!」

特進科の高校生がびくりと肩を震わせる。

「勝手なことを言わない方がいいんじゃないですか? あなたたちは彼らの青春を奪ったんじゃないですか? 奪っておいて金を返せとはおかしな話ですね。 それにこれからの子供たちの青春も奪おうとしている。 それはあなたたちの罪であり彼らの罪ではありません。 あなたたちが彼らの意思を村という大看板に屈服させ、言いなりにさせていただけじゃないですか」

小中学生が互いを見合い、親を見る。 目を逸らす親、抱きしめる親、首を振るだけの親とそれぞれの反応の仕方が違う。

思わぬ伏兵にこれ以上水無瀬の存在は要らないだろうと、最後の言葉を投げかける。

「大人の方も高校生も、子供たちは・・・難しいか。 だけど・・・」

中学生はあと一、二年で道を決めなければいけない、まだ難しいとは思うが考えてほしい。 そして小学生は大人たちを見てほしいと続け、最後の最後の言葉を口にする。

「この村でハラカルラの生き物たちを獲らないことに賛成の方はこちら側へ来てください」

「何を勝手なことを言うか!」

すると玻璃が歩を出して水無瀬の方に歩きだした。

「玻璃! お前何を考えてる!」

「今さら言うのも情けない話だが俺はずっと反対だった。 満場一致などとは思っていない」

「親父・・・」

父親がそんな考えだったとは知らなかった。 一度下を向いた一ノ瀬誠が顔を上げる。

「俺もいく。 智一は無理しなくていいから」

立ち上がり父親の元に走って行った。

「誠・・・」

一ノ瀬誠は父親が立ち上がったことで同じように立ち上がることが出来るかもしれないが、後藤智一の両親は立ち上がっていない。 後藤智一の顔がだんだんと下がっていく。

玻璃に続いて高校生である誠まで水無瀬側についた。 村の中で玻璃と接触をしていたアンチの考えを持っている者達は、玻璃から息子も同じ考えだとは聞いていなかった。 それに今、玻璃は驚いた顔をしている。 きっと互いに知らなかったのだろう。 自分たちの家もそうだ、夫婦、家族とはいえ誰にもアンチであることを言っていない。 それなのに誠が立ち上がった。

誠が立ち上がったことは大きい。 それを称賛したい。 先程で最後にしようとしていたがオマケが付く。

「高校生が立ち上がりました。 大人の方々はどうですか?」

まったく水無瀬の言う通りだ。 玻璃と話をして褌(ふんどし)を締め直したというのに、二の足を踏んでいてどうする。
玻璃の持つ相関図に書かれていた者たちが次々と立ち上がり水無瀬側につく。

「な! お前たちなにを考えてる!」

引き留めようとする手とそれを拒む手が絡み合う。

水無瀬が振り返り潤璃に後を頼む。

「一ノ瀬さん、後をお願いできますか」

「ああ、溜まっていたことを言わせてもらうよ」

そこからは杏里を最初に順々に言いたいことを述べていったが、それを聞いてぽつりぽつりと水無瀬側に移動してくる者がいる。 だがやはりそれを止めようと手が伸びてくる。 その内に怒号も飛び交い、止めようとして伸びてきた手をはじいたのが切っ掛けで取っ組み合いさえ始まってきた。 その取っ組み合いを止めようとする者はいなく、反対に手を貸す者がいる。

水無瀬としてはやりたいだけやればいいと思っているし、それこそこれは村の問題だと思うが、見て見ぬ振りはどうかと後を頼んだ潤璃を見る。

「気が済むまでやらせればいいよ」

笑みを添えてそう言った。

最後は潤璃でしめたが、部下を導くだけの能力だけではなく、プレゼンなどもしてきたのだろうか、間の取り方から話の持っていき方からやはり潤璃の説得力は大きく、最後の最後まで迷っていた者たちが水無瀬側についた。 そして無関心だった者たちは多数を選んだようでこれまた水無瀬側についた。
結局水無瀬側についたのは、というより、村側に残ったのは長と長の周りに居る者と現在研究を重ねている者、そして全員とは言わないが多くの年寄りたちと数十人の中年男女で百人を割ることとなった。 3分の2以上が水無瀬側についたということである。

現在研究を重ねている者は心の底から研究をしていきたいのか、ハラカルラの生き物のことを何とも思っていないのか、それともこの研究を終わらせることで収入がなくなることを危惧しているのか。 研究を終わらせると働かなくてはならないが、農業など出来ないことは分かっている、そんな経験も無ければ力もない。 そうなれば村を出て就職先を見つけなければいけなくなるが、今さらどんな仕事に就くことが出来ようかと考えているのだろう。

「おおよそ村の75%ほどが反対のようですね」

水無瀬が長に話しかける。

「そ、それがどうした」

「それでもまだ続けると仰いますか」

「村には村の、代々の考え方がある」

「それは代々ではなく水見さんからでしょう、決して代々からではない久遠の真理ではありません。 どこの門であろうとも守り人はそれを知っています。 白門は途中から歪んだものとなった。 代々はハラカルラを守ってきたはずです。 ですからハラカルラは考えを改められるのを待っているんだと思います」

「・・・」

後ろで杏里の声がする。
振り返ると地べたに座っている兄の頭をペシペシと叩きながら「楽ばっかりしようとして、覇気のない顔をして、もっと人生を生きなさいよ! お母さんが甘やかすからこうなるんじゃない! これじゃあ、嫁のきてもないわよ!」 と叫んでいる。

その少し離れた場所では後藤智一とその父親だろう二人が、智一の祖父母を説得している。 その光景が他にも見える。
村の中で互いが意見を言い合うようになってきた。 それは水無瀬が望んだ図である。

「水無瀬・・・水無瀬君」

横からかけられた聞き覚えのある声に顔を振り歩み寄る。

「長がどう思おうと、残りの奴らがどう思おうと、俺らが獲ることを止める」

水無瀬が頷く。 それが一番いい方法だ。

「はい、それを何よりもハラカルラは望んでいるでしょう。 それと、ご存知でしょうが朱門と黒門が見回りをしていましたが、それを止めてもらいます」

玻璃が驚いた顔をする。 朱門と黒門が見回っていたことは知っている、だがこの水無瀬がそれに関与していたのか。 いや・・・言い出しっぺ、なのだろう。 潤璃から今回のことは水無瀬が話を持ってきたと聞いている。

「ああ、手を煩わせたな、謝っておいてくれ」

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ハラカルラ 第69回

2024年06月07日 21時11分12秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第60回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第69回




水無瀬が先頭を切って村に入った。 潤璃が考えるにこれから作業に入る時間になるはずだということだったが、まさにその通りで村の中を何人もが農具を担いで歩いている。
その中の何人かが、集団の足音に気づいて振り返る。

「み、水無瀬!」

水無瀬の知らない顔である。 一ノ瀬誠や後藤智一の時もそうだったが、水無瀬は顔を見たことがないのに相手は水無瀬の顔を知っている。 どこで見ていたのだろうかと思う。

数人の男が水無瀬の名を呼んだことで気付いていなかった者達も振り返りだした。 そして口々に水無瀬の名を言い、その内に後ろに居る者達にも気付いてきたようである。

「潤、璃・・・か? どうしてお前が水無瀬と居るんだ」

高校を卒業してすぐに村を出てからは一度も戻って来ていないというのに、それほど顔が変わっていないということなのだろうか。 もう四十五になろうとしているのにそれは少々ショックである。

まだ口を開く気はないと示すかのように潤璃が横を向いた。。

水無瀬がどんどん村の中に入って行く。 一番広いところに行くつもりである。 その場所は事前に潤璃に聞いている、足が止まることは無い。
水無瀬達に気付いた者たちが長の家に走り、まだ出てきていない他の家の男達を呼んでいる。
集まっている男達から水無瀬にも、水無瀬の後方に立つ潤璃達にも野次のようなものが飛んでくる。

「水無瀬、こっちに来てもらおう」

男が農具を置き水無瀬に近づいてくる。 水無瀬の後ろで誰もが息を吞んでいる。

「僕に近づかない方がいいって広瀬さんに聞きませんでした?」

「聞いたよ」

更に男が近づいてきて水無瀬に手を伸ばしてくる。

「何をふざけたことを言ってるのかって思っ―――」

最後まで言えなかった。
身体が前から押されるように足を滑らせて後退していく。

「うわっ!」

声を上げてもずっと誰かに押されている感覚は消えない。 五メートルほど後退して最後にはバランスを崩して尻もちをついた。 白門の者達はあまりの出来事に途中で助けることが出来なかったどころか、押される男に道を譲るかのように避けていた。

「他の方も同じようになりますから僕には近づかないでください」

白門の誰もが驚いた目で水無瀬を見、水無瀬の後ろに立つ者達も潤璃から聞いてはいたが、初めて見る現象に驚きが隠せないようである。
丁度広い所に出た時だった、今のパフォーマンスで白門の誰もの口が塞がれている。 ラッキーである。

「これからお仕事のようですがお話があります。 この場で座って頂いても立ったままでも構いません、僕の話を聞いてもらえませんか」

あくまでも水無瀬は下手に出て話すようだ。 顎に手を置いた潤璃が次に眼球を動かす。 玻璃が歩いてきた。

「村の皆さんはまだ全員お揃いではないようですが、少しづつ話していきます」

(電話の相手は水無瀬だったのか・・・)

想像もしていなかった人物に玻璃が驚いている。 潤璃の方をチラリとみると当の潤璃は目を合わせないようにしているようである。 兄弟が何十年ぶりかに会うというのに、その態をとっていいものかどうかと思うが、ここは潤璃に合わせておこう。 それに潤璃は村を嫌って村を出た、村の誰もがそう思っているし、そしてそれは正解である。 玻璃から近寄ることは憚られる。 それに村には秘密だが、まったく会っていなかったわけではなく連絡もしていた。 ハグの必要もない。

一ノ瀬誠と後藤智一が私服を着て水無瀬の横から走ってきた。 そのずっと後ろにジャージ姿の高校生らしき姿が何人も見える。 これから部活にでも行こうとしていたのだろう。 つくづく潤璃の時間決めに感心する。

「君たち、高校生かな?」

白々しく訊いてきた水無瀬に一ノ瀬誠と後藤智一が頷く。

「高校生は全員揃って村に居るみたい?」

二人が一度顔を合わせてから答える。

「これから部活に行くやつらがいるけど」

「それ以外は―――」

「智一、誠! 何を勝手に喋ってる!」

怒声が飛び、二人が肩を上げ小さくなる。

「彼らは僕の質問に答えてくれただけです。 それを非難する権利はあなたにはありません」

「村の中のことをペラペラ喋るのは言語道断だって教えてやってんだよ!」

「おい、茂三、お前がうちの息子に勝手なことを言うな!」

(この声は玻璃さん? うわぁ、潤璃さんより一回り大きい)

これでは声に圧があっても納得できる。

父親が助けてくれたことに安心できたのだろう、委縮していた二人の体が戻ってきたようである。

(ナイスフォロー玻璃さん)

ジャージを着た高校生たちが何事かという目をして集まってきた。 そして水無瀬を見ると口々に「水無瀬さんだ」と言っている。 そちらに首を振った水無瀬が言う。

「ジャージを着ている君たち部活なんだって? 悪いけど今日の部活を休んでもらえないかな、強制はしないけど村のことで話がある。 高校生と言えど村のことだ、参加をしてほしい」

誰もが、え?っという顔をしている。
基本高校生は特進科に進んでいる者以外は小間使いのような扱いであり、だいいち高校生が村の話に参加ということはない。

「これから君たちが担っていく村なんだ、君たちが居ないと始まらない。 立っているのも疲れるだろう、座っていいからね」

ジャージを着ているのだ運動部であろう。 地べたに座るくらい何ともないはず。

潤璃がへぇーっとした目で水無瀬の後頭部を見ている。 潤璃の頭の中にそういうセリフはなかった。

ジャージを着た高校生たちがスマホを出し操作している。 欠席を告げる連絡をしているのだろう。

「そこそこ集まられましたでしょうか」

老若男女問わず、まだ奥から走ったり歩いたりして来ている者、横から来ている者達も居るが、すぐにこの場に来るだろう。

「長がまだのようですが、これは村の皆さんの意識の問題ですから皆さんと始めます」

これも潤璃とは考えが違った。 村のことは何事も長が居て始まる。 水無瀬は村出身ではないと言っていたから、村の基本を知らないのかとは思ったが、いま水無瀬は意識の問題と言った。 個人の意識に長は関係ない。

高校生たちがスマホをジャージのポケットに戻しその場に座り込む。 それを見た一ノ瀬誠と後藤智一といった私服組も座る。
大人たちも順々に座っていくが、聞く気のないものは立っているといったところか、だがその場に留まっているのは有難い。 それに次の水無瀬の一言で聞く耳を持つだろう、それも反骨心いっぱいで。

「もうご存知だとは思いますが、改めまして、水無瀬と言います。 僕がしばらくこの白門の村に居たことは皆さんご存知のようですが、その時に知ったことに対して単刀直入に申し上げます。 ハラカルラを守る守り人として、ハラカルラに生きる生き物たちの捕獲をやめていただきたい」

「な、何を言うか!」

「そうだ! それに勝手にこの村を出た上に勝手なことを言うな!」

「それになんだ、その後ろに居る村を出たモンたちは!」

「お前らが今まで水無瀬を匿(かくま)っていたのか!」

水無瀬の後ろでは、吐きたい息を抑えている者や、言い返したい気持ちでいっぱいになっている者達が居る。 だがまだ自分たちが言い返すタイミングではないことは分かっている。 口をひん曲げたり横を向いたりと、それぞれがそれぞれの態度で示している。

「何とか言え!」

「お言葉を返すようですが、いま僕の後ろに控えていただいている方々のことを、どうこう言う資格はあなたたちにはありません」

「なんだと!!」

「若造が何を言いやがる!!」

まだまだ走ってきている人たちが居る。 腰を曲げた年寄りが走っているつもりだろうか、手は振れているがスピードは歩いているのと変わらない。 明らかに走るつもりを諦めているだろう年寄りが腰に手を回しゆっくりと歩いて来ている。 家の用事の途中だっただろう割烹着を着たままの女性が、小さな子の手を引いて歩いて来ている。 村の朝は早い、これから一緒に遊ぼうとしていたのか、小学生が数人で固まって走ってきている。

「たしかに僕はまだ若造です。 ですが守り人です。 それにこの村を勝手に出た、ですか? 勝手に連れてきたのはあなたたち白門でしょう。 いいえ、連れて来たではない。攫ってきた」

高校生たちが驚いた顔をして互いに見合い合っている。

(聞かされていなかったのか)

遥か後方で車が入ってきた音がした。 ライではないだろうが、こんなに朝早くからどこかに出かけていた村人が居たのかと思うと、ライと一緒に居なくて良かったと思う。

「そして後ろに控えていただいている方々に匿ってもらっていたということはありません」

「どうやって信じろってんだ!」

「おう、今そうやって一緒に居るのが何よりもの証拠だろうが!」

「話が進みませんね、肯定はしませんが、それでは勝手にそう思っていて下さい」

「なんだと!」

高校生たちがざわざわとしだした。 粋の良い反骨精神の持ち主たちから目を外し高校生たちの方を見ると、長と思われる年寄りが歩いてきた。

「長でしょうか?」

「そうだ。 わしの村で何を勝手なことをしておる」

「勝手と言われましても、守り人としてのことは勝手ではないですよね」

「お前はこの村の守り人ではない、逃げたのだろうが」

「さっきもその話をしましたが、逃げたのではなく戻った、です。 いつまでも攫われの身は御免ですから」

「戸田はどうした」

「雄哉ですか? ここに居るんじゃないんですか? そう聞いていましたけど」

「・・・」

「長が訊いてるんだ、訊き返す話じゃないだろ!」

長と一緒に歩いてきた数人の内の一人が水無瀬の胸ぐらをつかもうと手を伸ばしたが、先ほどと同じように見えないモノに押され後退していき最後には尻もちをついた。

「玲人、いいのか助けに行かなくて」

尻もちをついたのは玲人の父親の啓二である。

「・・・いい、自業自得だ」

車でやって来たのは玲人たち五人であった。



三日前、玲人から連絡があった。 更に三日前には五人が二組に分かれて杏里と勝彦のマンションを訪ねていた。 その帰り道にそれぞれがそれぞれの思いを持ってしまっていた、それを口に出してしまっていた。 そこから何かが変わった。 一番変わったのは玲人かもしれない。 他の四人に連絡を入れたのだから。

『どうした、こんな時間に』

『あの時話してたこと』

『え?』

『杏里が奇麗になったのは、生き生きしてたのは化粧のせいだけじゃないよ、な』

『今さらかい・・・そうだろ』

持っていたシャーペンを指ではじく。 はじかれたシャーペンがコロコロとノートの上を転がりノートから落ちると机の上で止まった。

『俺らはもう青春を村に捧げたよな』

『え? ああ、そういうこと。 青春を捧げたんだから返す必要は無いってことか? 現段階でフィフティーフィフティーって言たいのか?』

『征太はハラカルラのことをどう考えてる、このまま俺達も手を染めてもいいと思ってるか?』

『手を染めるって・・・それだけで玲人の考えていることが分かるわ。 ・・・俺も、同じだよ』

他の三人にも同じことを言うと同じ返事が返ってきた。 だが玲人の最後の一言には四人の返事は割れた。

『大学院・・・辞める勇気あるか』

授業料は村が出しているのだから必然的にそうなってくる。 そして卒業後はハラカルラから獲ってきた生き物たちを解剖する。

『取り敢えず今度の休みに村に戻ってみる。 そこで長に言ってみる』



返事の割れていた四人だったが、友達の車を借りた玲人と一緒にやってきた。
複数の足音に杏里が振り返り玲人たち五人を見てほほ笑んだ。

さっき見た者達はそれなりに免疫があるが、今初めて見た者達は驚きに目を丸めている。

「な、何をした!」

尻もちをついている男から目を外した長が言う。

「さっきもお一人同じ目に遭われましたが広瀬さんから聞いているでしょう、僕に近寄るとああなります。 でもこれって手加減している範囲だと思いますよ」

「それは・・・烏か」

「はい、烏が作ってくれました」

「言ったのか」

水無瀬は作ったと言った。 それがどんな物なのかは分からないが、それなりな理由を言わない限り烏がそのようなものを作るはずがない。

広瀬と同じ質問をしてくる。 それほど門を閉じられたくないのならば大人しくしていればいいのにとは思うが、この村は大人しくしないために門を閉じられては困るのだ。

「何をです?」

「・・・」

「どこかに掛けられてはどうですか? まだ話の途中ですので」

長から目を外すと正面に向き直る。

「話を戻します。 この村の考えとして満場一致でハラカルラに生きる生き物たちを獲るということであれば、それなりの手段を取らせてもらいます」

水無瀬の正面でざわめきが起こる。

「しゅ、手段ってなんだ!」

「それはその時に。 どうですか? 満場一致ですか? 高校生の君たちは?」

水無瀬に顔を振られ高校生たち全員が顔を下げる。

(うん、一ノ瀬君、後藤君、今はそれでいい)

「君たちがこれから担っていく村をどうしたいかよく考えてからでいい。 門のある村は門のない村とは違う、ハラカルラから恩恵を受けているからね。 君たちがそのハラカルラをどう思っているのかよく考えてほしい」

水無瀬が高校生たちから目を外して正面に向き直る。

「デモクラシー、日本は民主主義ですがこちらの村はどうなんですか? 独裁体制ですか?」

こんな言葉は玻璃の調べが無ければ出ない。 アンチが一人も居なくその上で独裁体制であれば言っても何も響かない。 裏に玻璃の調べがあってこそ言えるものである。

「独裁などと! それこそさっき水無瀬が言ったように満場一致だ!」

「一人としてハラカルラの生き物たちを獲ることを反対していない、ということですね」

「そうだ! だからと言って守り人の力を振りかざすのはどうかと思うがな! いや、水無瀬の力じゃない、烏の力だ、烏の力を借りねば何もできない守り人など守り人とは呼べないだろうが!」

そうだそうだ、と声が上がる。 ミニチュア獅子の力に頼れば、こういう風に言われるだろうことは計算済みであった。 だから白烏に教えてもらった。 ただ理由はそれだけではない。
水無瀬がチラリと高校生の方を見ると下げられていた顔は上がっていたが、誰一人として大人たちの言っていることに賛同している様子はない。 だがこの中には特進科の生徒が居る。 その生徒はどう思っているのか。

「さっきの烏が作ってくれた物のことを仰っているのでしょうか、ですがそれはあなたたちが僕を攫おうとするからです。 それに今後いつ僕が烏の力を借りると言いました? 想像の域で話をしないでください」

「じゃ、じゃあどうするって言うんだ」

「ですから、それはその時に」

「吹っ掛けてるだけだろ、みんなのせられるんじゃない!」

「ああ、そうだ、そうに違いない。 水無瀬の言うことに耳を貸すんじゃない、時間の無駄だ戻ろう!」

数人が奥に向かって歩き出す。

「戻られては困ります」

そう言って水無瀬が手を動かした。
ぶっつけ本番である、成功するかどうかは分からない。 朱門の村を出る前に練習をしたかったが、白烏に必要以上に迷惑をかけたくはなく練習は出来ていない。
水無瀬に言われ、歩きながら振り返り文句を言おうとした男たちが、柔らかい何かに押されるように押し戻される。

「え? え?」

「なんだ!?」

「うわ!」



「おかしな動きが始まりました」

高崎が白烏に言う。 いつもと違う水のざわつきがあればすぐに呼ぶようにと言っていたからである。 すぐに白烏が心鏡から身を翻し雄哉の横につく。

「ほほぅ、鳴海がやっとるの」

「え? 水無ちゃんがなに?」

白烏が羽の先で水鏡に映る水を宥めていく。

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ハラカルラ 第68回

2024年06月03日 21時08分03秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第60回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第68回




「彩音を?」

昨日訪ねるつもりだったが、どこか胸糞悪く今日の朝、木更彩音の家を訪ねた。 その時に聞いた話では噂の色恋ごとというのは全くの出鱈目で、どこからそんな噂が出たのかと母親が憤慨していた。
木更彩音が村を出た理由は大学を出て大企業で働きたかったということで、今でも結婚もせず大企業で働いているということであった。

『確かに農作業やないけど、それでも働くことが好きな子なんに色恋やなんて、誰がそんなことを言ったんか!』

この時は憤慨が治まることなく、すごすごと木更の家を出たが、またやって来なければならない羽目になってしまった。
その日の夕刻、長の家を訪ね木更彩音が村を出た理由を報告すると『出鱈目の噂をわしに聞かせたということか』 と言われてしまい、とにかく長自ら木更彩音に話を聞くということになり、彩音を村に呼び出すことになった。

「仕事もあるだろうから近く都合のいい日でいいということだ、連絡をしておいてくれ」



「あと三日」

具体的に何をどうする、何をどう言う、そんなことが頭に浮かんでいるわけではない。 言ってしまえば潤璃に丸投げした方が事がスムーズに運ぶと思う。 社会経験も豊富で管理職であるのだから、人を動かす言葉の引き出しを沢山持っているはずである。
だがそれでは途中下車になってしまいそうな気がしてならない。 火を点けておいて高みの見物をしているようでしかない。 それに守り人としての責任を果たしたい。 稚拙な言い回しになろうとも説得できなくとも、自分の言葉でハラカルラを守りたい。

「傲慢だとは分かってる」

自分の下手な言い回しや言葉で失敗に終わってしまっては、ハラカルラを守れたことにはならない。 それを分かっていて自分が前に立ちたい。

「いや、立つ」

ハラカルラを守ることは当然だが、それだけではなくもう一つ理由がある。 守り人という存在を分かってもらう。 だから守り人として先頭に立たなければならない。
もう白門には来ていないと言われている守り人。 一体どういうことをしていたのかは知らないが、水見ほどの力はなかったはず。 もしそれなりの力があったとすれば烏から聞くはずであろうし、それ以前に白門が利用していたはず。 だが白門からそれらしい話は聞かなかった。

白門は守り人を足蹴にしている。 いや、そこまで酷くはないだろうが、水見のDNAを探すだけの道具にしていた。 その守り人が今の白門には居ない。

「どうしようか」

白烏は守り人が居れば村の人間を正すだろうといったことを言っていた。 水無瀬自身のことを考えると、あながち間違いではないと思う。 まさに今の水無瀬がそうなのだから、 ましてや水無瀬に関係のない門の事なのに。

「いや、関係なくなんてない」

どこの門であろうともハラカルラの守り人なのだから。

「どうしようか」

同じ言葉が出てしまうだけであった。



スマホが鳴った。 画面を見ると玲人からである。 右手にはシャーペンを持っている、左手でスマホを手にする。 デスクスタンドで手元を照らしているだけの一室、スマホの画面の明かりがぼんやりと顔を照らす。

「どうした、こんな時間に」



「鳴海、アヤツに教えてもらって新たな道具を作らんか?」

「はい?」

「オマエ、何を勝手なことを言うか。 道具が簡単に作れるはずがなかろう」

白烏がチラリと黒烏を見て水無瀬の方を見たかと思うとまた黒烏の方を見る。

「オマエ、鳴海に身の周りの水を宥めることを教えたか?」

「は? いんや」

「鳴海はそれが出来る」

黒烏が水無瀬を見てまた白烏に向き直る。

「オマエが教えたのか」

「そんなわけがあるまい」

指を止め二羽の烏の会話を聞いていた水無瀬と黒烏の目が合った。

「鳴海、どうして知っておる」

「え? どうしてって・・・水鏡とか心鏡と同じですよね? っていうか、道具を扱う全部とそう変わりませんよね?」

「・・・わし、い―――」

「嫌というなよ」

言わせてもらえなかった。

「確かに鳴海の言うようにそう変わりはせん。 だが・・・」

道具には黒烏の力が込められいて、それだけではなくハラカルラの文字が入れられている。 それがあるからこそ人が扱えるという。
だが紡水で大きく歪みが出たことを知ると紡水では対処できなく、烏が穴を出て直接直しに行っている。 黒烏の力も込められていなく、ハラカルラの文字も入れられていない風景の中の歪みを人が直せるはずがないのだから。 だが水無瀬にはそれが出来ると白烏が言う。 そして水見もそうだったと。

「うそん」

白烏への返事はしばらく保留としてもらい、またもや黒烏が陰気オーラを放つこととなってしまった。


ライの家に戻ると一ノ瀬誠と後藤智一にラインを送った。 内容はいつか水無瀬が白門の村に入る時があるが、その時には素知らぬ顔をするように。 水無瀬が何を言っても自分たちの思うままに行動をするように。 水無瀬に会う前の二人でいるようにということであった。 それは斟酌(しんしゃく)も何も要らないということである。 そして日付をわざと教えなかった。

「構えられても困るもんな」

スマホを置きパソコンに向かっていると、二人から了解したというスタンプでの返信があった。

「なんだ? この “押忍” ってのは」

“押忍” の意味が分からないのではない。 可愛い系でもなくカッコイイ系でもなければキモカワ系でもないキャラクターが “押忍” という文字と共に居る。
雄哉なら知っているだろうかと思う水無瀬だが、今現在、距離的にもっと近くに知っている人物が居る。 それは茸一郎である。
茸一郎が『押忍』キャラチャームを落としたときに、一ノ瀬誠と後藤智一が声を合わせて『あ』と言ったのは、二人の間でブームになっていたキャラクターだったからである。

「あー、俺もおっさんの仲間入りになってきたかぁ?」

高校生が好むスタンプが理解できない。



スネている黒烏には頼めないことを白烏に頼んでご教示願った。
以前、白烏が鳴海になら出来ると言っていたことがある。 あっちの世界にいるつもりでも、水無瀬であれば重なり合っているハラカルラの中に居ることが可能である。 早い話、水無瀬はいつでもハラカルラに居ることが出来るということで、同時に二つの世界に存在することが出来るということであった。
それを思い出し、水の流れでどうにか出来ないかと白烏に相談したところ「練習が必要となるが鳴海になら出来るだろう」ということでこの流れとなった。

「そうそう、上手いもんだ。 そのままをあちらでもすると同じ現象があちらに出る」

気になるのだろう、チラチラと黒烏がこちらを見ているが、完全無視して白烏に色々と訊く。

「うーん、そうだの。 ハラカルラとしては歓迎せんが、言ってみれば吾がこちらで宥められる範囲、気にすることは無かろう」

「では明日だけ、すみませんがお願いします」

「鳴海には借りがあるようなもの、気にせんでいい」

「借り?」

貸しなど作った覚えはない。

「雄哉に教えることがなくなったのは大きい」

雄哉・・・いつまで言われるのだろうか。

黒烏をチラリと見る。 目が合った。 すぐに黒烏が目を逸らせ大きな溜息をつく。

「だーかーらー、烏さん。 烏さんのせいじゃありませんから、その溜息とかどこからか漏れる声とかやめてもらえませんか?」

「いつわしが、わしのせいだと言った」

「ですよね、誰も言ってませんよね、だから元気にいきましょう」

横目で見ていた水無瀬から視線を外し、また大きな溜息を吐く。

「だからぁ、それ・・・」

「鳴海、放っておけ。 ボケとるのだからそのうち忘れるわい」

「ボケとらんわ」

明日は来られないと言い残し、暗い一日を終えた。


ライの家に戻ろうと歩いていると既に雄哉が来ていたようで、おっさんたちと話している。 

「久しぶり~水無ちゃん」

すぐに雄哉が腕を組んでくる。

「いつ着いた?」

「ちょっと前。 ギリギリまで教授とサシで向かい合ってたから」

「悪いな、無理言って」

「白門か黒門の事でなにかあったのか?」

雄哉も板についてきた。 問題が起きているのは白門のことで雄哉もそれは知っている。 だが雄哉が呼ばれたということは黒門のことだろうかと思ったのだろう。

「黒門と青門の事」

「え?」



翌早朝。 水無瀬にとって勝負と言っていい日が来た。

「水無瀬君、本当にライ一人でいいのか?」

朝、長に出かけると言いに行った。 どこに出かけるのか、その理由も長は知っている。 だから車に乗り込む段になってもまだ言っている。

「言い方は悪いですけど、運転手が居てくれればそれでいいんです。 何かあれば獅子が居ますから」

確かめるようにポケットの中のミニチュア獅子に触れる。

「運転手のライでーす」

運転席に乗り込んだライが、開けられたままになっている助手席のドアに向かって言っている。

「いや、そういう意味じゃなくて」

水無瀬も屈んでライに言うが、はっきりと運転手と言ったのは水無瀬である。

「長、しつこすぎると嫌われるよ」

嫌われる好かれるなどとはどうでもいいことだが、ライの言う通りしつこすぎてもいけないかもしれない。

「分かった。 だが何かあったらすぐにライに連絡を入れてくれ。 ライ、頼んだぞ」

「お任せ」

「それじゃ、雄哉のことはお願いします」

「ああ、安心してくれ。 水無瀬君が間に合わなければ必ず送り届け、無事連れ帰る」

アクセルが踏まれライタクシーが発進をした。
水無瀬からは絶対にキツネ面もライの素顔も晒さないでほしいと言われている。 それは朱門が絡んでいることを避けるため、そしてライ自身を守るためであることは分かっている。

「だけどなぁ」

「いや、ほんっと、このミニチュア獅子凄いんだってば」

「確かにそれもあるけど、敵陣に水無瀬一人を放り込むってのがなぁ」

「陣地は敵陣かもしれないけど、居る人間は敵だらけじゃないって」

それは知っている。 水無瀬からちょくちょく聞いていたのだから。

「うー、でもなぁ」

「ライ、長と変わらないくらいだぞ」

決してしつこいとは言わないが心配が過ぎるだろう。

水無瀬とて不安であれば朱門のみんなについてもらいたいと考えるだろうが、ミニチュア獅子もさることながら潤璃達が居る。 潤璃とはほんの二度顔を合わせただけで、ネットワークの人間とは一度だけ。 玻璃にしては通話という手段で話をしたことはあるが、顔を合わせた事などない。 高校生の味方が居ると言っても所詮高校生、それに水無瀬を見ても素知らぬ顔をするようにと言っている。
だが誰もが信頼できる、それはみんながハラカルラを想っているから。 みんながハラカルラを守ってくれる。 水無瀬の言うことを分かってくれている。 決して敵ではない。

白門の村近く、おっさんたちが停めていたパーキングに車を停める。

「早目に着いたな」

その方が都合がいい。 潤璃達が車で来るのか電車で来るのかバスで来るのかは分からない。

「お茶でもする?」

「いや、いい」

白門の村を出た者達もこの辺りに集まるはず、いつどこに誰が居るか分からない。 個人では信用しているが村同士のことがある。 今はまだライと一緒に居るところで鉢合わせをしたくない。
それに村を出た者だけとは限らない。 今も村に居て魚を獲ることに賛成している者もどこかに居るかもしれない。
水無瀬と一緒に居ることでライの顔が覚えられ、どこかの町中で万が一にもライを見かけられた時、後を付けて村の位置を知られたくない、若しくはライに危害を与えられない為でもある。

こんな心配もなくハラカルラを守る者どうし仲良く出来ればとは思うが、そう簡単にはいかないだろう。
水無瀬が車を降りる。

「待ち合わせにはまだ一時間半ほどあるから時間つぶしにウロウロしてる。 ライはどこかでお茶してて。 どれだけかかるか分からないし」

「いい、ここで待ってる。 何かあればすぐに連絡を入れろよ」

「ケツ痺れるぞ」

「痺れてでも何でも、待つことには慣れてるって言ったろ」

「・・・分かった」

ドアを閉めかけた時、ライの声がした。

「絶対戻ってこいよ」

水無瀬の頬が緩む。

「ああ、一緒に村に戻ろう」


三十分ほどが経過した。

「水無瀬君」

潤璃である。 その後ろに見覚えのある顔とない顔が並んでいる。

「お早うございます」

「お早う、早いね」

「一ノ瀬さん達こそ、まだ一時間ありますよ」

「電車の本数が少ないからね。 水無瀬君はこの前の電車で来たのかい?」

「いいえ、友達に借りた車で来ました」

ペーパーではないが車は持っていないと言っていた。 真実、学生の身であるのだ、簡単に車など買えるわけがない。 だがもっと言った真実ではペーパーであるし運転もしていない、こうして噓を重ねたくないものだと思う。

「時間もあることだし、まだ会っていない連中を紹介するよ」

潤璃が身体を半分開き後方に居る者達に「噂の水無瀬君」と言って、まだ水無瀬が会っていなかった一人ずつを紹介する。 一人も欠席者が無かったようである。 木更彩音という人物もこの時に初めて顔を合わせた。 柔和な顔をした美人で潤璃と同じOdd Numberに勤めているということであった。
数では分かっていたが実際の人数を見て水無瀬が潤璃に対して思う。 これだけの人数を短期間でチョイスし、まとめ上げるというのは容易なことではない。 改めて潤璃の統率力の凄さを知った。

「水無瀬と言います、今日初めてお会いして実践に移さなければならないというのは僕への不安もおありでしょうが、守り人として精一杯白門の皆さんに分かっていただけるようお話します」

「潤璃から聞いてる、不安なんてないさ」

「そうそう、守り人が俺らの村のために立ち上がってくれたんだ、信頼してる」

「白門がどうにかならないかって、思ってるだけじゃダメって教えてくれたんだもの」

「感謝こそあれ、不安なんてないわ」

誰もがこれからのことを思いながら水無瀬に対しての思いを口にする。

「有難うございます、そう言っていただけて僕も心強いです」

「玻璃にも誰にも今日のことは言っていない。 村に突入は奇襲のような形にしている」

水無瀬も一ノ瀬誠と後藤智一にはその手を打った。 潤璃も同じように考えたようである。 一つ頷き続ける。

「最初は僕が前に立ってもいいですか?」

「勿論。 誰もが水無瀬君に賛同している、いや、ずっとそう考えていた、思っていた。 ただ行動に移すこともなく不服ばかりを心の中で言っていただけ。 だが水無瀬君は行動に移した。 みんなに伝えたのは私だが、それは水無瀬君の代弁でしかない。 みんなは水無瀬君の背中を見ているんだから、こちらとしても君に前に立ってもらいたい」

潤璃の言うことは表だけを聞けば全くその通りだろう、だが裏を覗けば守り人の存在をこれから行く白門の者達、そして今目の前に居る者達に印象付けようとしているのではないだろうか。 水無瀬としてそれは有難いことだが、この人数をまとめ上げた潤璃に言われるとプレッシャーを感じてしまう。 なにせ “どうしよう” で止まったままなのだから。

「紹介をしている間に時間を取ったな、丁度頃合いか。 それじゃあ行こう」

まるで偶然のように言うが、きっと潤璃はこの時間を含めて待ち合わせの時間を決めていたのだろう、そして水無瀬が待ち合わせの時間より早く来ることも計算に入れていたはずである。

年齢がバラバラな全員が頷いた。

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