大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

国津道 を書き終えて

2021年09月06日 22時00分00秒 | ご挨拶
全66回、国津道を読んでいただきまして有難う御座いました。


この国津道を書きだした切っ掛け(思い立ったこと)は二つありまして、それを一つにしました。

一つは
田舎道。 膝くらいまでの高さの雑草の合間を縫うようにある道を歩き続ける道に迷った姉弟。 目に映るのは雑草と井戸、そして井戸の近くにある一本の大木だけ。
弟は自分は男だからと、分からない道を必死に姉の手を取り誘導する。
「姉ちゃん、こっち」

もう一つは
時代を飛んできた女性が意志を持って、無意識に咳で阻む一人の女性の中にようやく入る。 そして一番先にした事が、あるはずのない着物の裾や襟を整えようとした、というところでした。

ここは一夜がした事なのですが、その先がかなり違っていました。

思いの中では

そのまま駅に向かって歩き、駅で身体を持つ女性の知人とぶつかり知人が声をかけると
「これは借りの身、わらわに気安う声をかけるでない」
というところまでを思いたっていました。

結果はかなり違ってしまいましたが。


今回は名前の苦労はなくスラスラと出ましたが、唯一 最初は”志甫” と書いていたのを”詩甫” と書き替えました。




次回よりタイトルは変わりますが『虚空の辰刻 (こくうのとき)』 の続編となります。

第一回の前には『虚空の辰刻』 を、もうお忘れかもしれないので、簡単なあらすじと登場人物の名前などを書き記します。
そしてヘタッピこの上ないのですが、イメージを伝えたくてペンタブなるものを教えてもらい、ちょっとした絵を描いています。
(本当に下手です。 すみません。 イメージが伝わらなかったらどうしよう、と思っています)


前回投稿よりしばらくPCを触れない環境に移っておりますので、未定ではありますが、アップ開始は早ければ9月半ばから10月になるかと思います。
(この記事は予約投稿となっております)

こちらも引き続きお読みいただければと思います。



国津道、お読み頂き有難うございました。

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国津道  第66最終回

2021年09月03日 22時11分06秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第66最終回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


     『国津道』 リンクページ




                                   



- 国津道(くにつみち)-  第66最終回



浅香と詩甫の間からスッと次郎が声をかけてきた。

「そろそろ時間だがどうする?」

電車の時間がある。 次郎には事前にその時間を告げていた。

「あ、じゃ、そろそろおいとまを」

詩甫を見ると詩甫も頷いている。

さすがに飲酒運転には警察のお目こぼしは無いのであろう。 次郎は駅まで送って行くからと一滴も酒を呑まなかったようだ。 長治を見るともう真っ赤になっている。

男衆女衆に礼を言うと礼を返され、瀬戸に手を上げ、部屋で休んでいた大婆にも挨拶を済ませるとアルファードに乗り込んだ。 サードシートには既に三太が乗っている。

駅に着くと「またいつでも来てくれ、迎えに来るから」 と次郎に言われ、名残惜しげな顔をしている三太と祐樹が手を振り合った。

電車に乗り込むといつものように祐樹が浅香と詩甫に挟まれるように座り、真ん中の席で祐樹がどんな風に小川でみんなを止めていたかを話した。

「大変だったんだな、ギリセーフってところだったよ。 いや大役お疲れで御座いました」

真面目な顔をして頭を下げたというのに、祐樹からの返事がない。 頭を上げ祐樹を見てみると、浅香が労ったというのに眉間に皺を寄せているではないか。 なにか失敗した言い方をしただろうか。

「浅香・・・」

「なに?」

「酒臭い」

言い方の問題ではなかったようだ。

「・・・それは失礼」

思わず口に手をやったが、そんなもので口から出る酒臭を消せるわけはない。

「で? 姉ちゃん朱葉姫と話せたの?」

「うん」

詩甫が思っていたことを告げたということ。 だが朱葉姫はこれからも社に残ると言ったこと、その朱葉姫に覚悟は出来ている、と聞いたことを話した。

「覚悟って?」

酒臭い浅香の代わりに祐樹が訊く。

「最後の一人を見送ったらお社があっても帰るところに戻るって」

「それじゃあ、三太たちが大人になってお社に行っても朱葉姫は居てくれるんだね?」

「うん」

詩甫と祐樹の方を見て話を聞いていた浅香が考えるように手を口に充てたまま前を見た。 その浅香の体勢が変わったのに祐樹が気付いた。

「浅香? どうした?」

顔を横に向け祐樹に一度目を合わせると次に詩甫を見る。

「もしかして、大婆さんの家に着いた時・・・いや、大婆さんの部屋で何か話をしたんですか?」

詩甫は大婆の家に着いた途端、軽トラから下りる大婆に走り寄っていた。 そしてその後、三太の母親に大婆のことを任され部屋まで付き添って行ったが、すぐには戻っては来なかった。

浅香の言葉に、え? という目をして祐樹が詩甫を見る。
詩甫は朱葉姫のことを大婆に話したのだろうか。 大婆のことは嫌いではない。 でもこのことは、朱葉姫のことは三人の秘密のはずだ。 いや、願弦が増えて今は四人になった。 それは致し方ない。 願弦に相談しなくては前に進まなかったからだ。 その願弦の助言で大婆たちを説得することができ前に進めた。 詩甫から聞いて祐樹もそれは知っている。 だが大婆に話さなければいけない理由などある筈はない。

「姉ちゃん、朱葉姫のことを言ったの?」

詩甫が首を振る。

「言ってないよ。 ただね、代々伝えて欲しいって言ったの」

何代先になるかは分からないが、もう社に足を運ばなくなるようなら、その時には千年の昔、そして今再び社に足を運びだした朱葉姫への想いを持って社を閉じて欲しいと。

「大婆さんがね、そうだねって。 もうあんなに朽ちた社に朱葉姫を閉じ込めることはしたくないって。 心から朱葉姫を想うことを伝えて、責任をもって大婆さんの子孫に伝えていくって。 そう言ってくれたの」

そんな話をあの時にしていたのか。
浅香が口に充てていた手を外して腕を組むと後頭部を窓に預け上を向いた。 そこには車内に吊られた広告や蛍光灯しか見えなかったが、それを見るために上を向いたのではない。

「じゃ、朱葉姫のことは話してないんだね?」

「うん」

詩甫と祐樹の声が遠くに聞こえる。
大婆は詩甫が頼んだことを必ず子々孫々伝えていくように言うだろう。
軽トラの荷台の上で三太が祝詞をちゃんと覚えたいと言っていた。 昔の言葉が入っていたり、言い回しが難しいらしいが、少なくとも三太の代までは社を閉じるということは無いだろう。

―――曹司、終わったよ。 曹司の見込んだ瀞謝は見事に終わらせたよ。

今は何も考えられない。

曹司が選んだ詩甫・・・瀞謝にこの大役は間違いなかった。 曹司が言っていた、瀞謝に芯があるとか真心があるとか、そんなことが頭の片隅を通り過ぎていくが、それを留めて実感として感じることなど出来なかった。
ただただ、曹司に終わったことを、曹司の見込んだ瀞謝が終わらせたことを感じることしか出来なかった。

詩甫と話していた祐樹が浅香の声が聞こえない事に気付いた。 その浅香は腕を組み窓に頭を預けて上を向いている。
瞬きをしているのだろうか。

「浅香? どうした?」

祐樹の声が聞こえた。 一度瞼を閉じ再び開くとゆっくりと顔を戻す。

「うん? 何でもない」

「だから、酒臭いって」

祐樹が鼻をつまんで席を移動し、詩甫の反対側に座った。

「祐樹?」

「浅香、酒臭いからな。 姉ちゃん、詰めてよ。 誰かが間に座ってくるかもしれないだろ」

これだけ空いているのだ、この一両に祐樹たち三人を含め五人しか座っていない。 次の駅に着いても誰も祐樹の座っていた空間に座っては来ないだろう。
それなのに祐樹が尻で詩甫を押してくる。

「なに? 祐樹、どうしたの?」

祐樹に押され詩甫が段々とずれていく。 その詩甫の身体が浅香にあたった。

「あ、すみません」

「いえ、僕の方こそ」

浅香が横にずれて座り直す。

祐樹が尻攻撃を止めると詩甫を見上げる。

「ん? どうしたの?」

「お社もそうだけど」

チラリと浅香を見る。

「え? なに? 僕?」

「浅香じゃないよ」

「だよね」

「曹司だよ」

「は?」

“だよね” どころではないではないか。

「花生さんも」

祐樹は何を言いたいのであろうか。 浅香と詩甫が祐樹を凝視する。

「曹司の子孫は浅香だろ? 花生さんの子孫は大婆、三太だってそうだろ?」

花生は大婆たち本気筋の分家の先祖である、厳密に言うとどうだろうかというところだが、遠い血縁関係にはある。 それに花生も大婆たちを子孫と認めてくれた。

詩甫と浅香が頷く。

「神様も大切だけど、ご先祖さんも大切なんだな、って」

浅香は最近になって曹司のことを “害虫” と言っていた。 悪意が無かったとは言えない。 曹司には散々な目にあわされたのだから。
だがついさっき、何も考えられなかった。 単に一人心の中で曹司に話しかける以外は。

「そうね」

浅香は無言だったが、詩甫が祐樹に応えた。
詩甫は花生が社の前に立つ大婆を見て喜んでいると朱葉姫から聞いていた。

『お姉さまも喜んでいらっしゃるわ』 と。

朱葉姫の家の子孫のことは調べられなかった。 そういう風に事が運ばなかったというところだが、大婆が子孫のことを知っていれば教えてくれただろう。 そう思うともしかしたら朱葉姫の筋は途絶えたのかもしれない。

「オレと姉ちゃんのお父さんは違うでしょ? それに・・・えっと何だったけか、生まれた時の神様? 生まれたところの神様? それも違うでしょ?」

図書館で借りた神様の本に書かれていた。

「産土(うぶすな)の神だね。 産まれた土地の神様」

「ちぇっ、なんで浅香が知ってんだよ」

「願弦さんに教えてもらった」

「ふーん・・・ま、浅香が知っててもいいけど」

願弦のその話は詩甫も一緒に聞いていた。 願弦に助力を請うたときに浅香と一緒に聞いたのだから。

「それがどうしたの?」

「オレ、姉ちゃんのお父さんのご先祖さんと産土の神様にお礼を言いに行きたい」

「え?」

「姉ちゃんがオレの姉ちゃんであってくれたことにお礼を言いたい」

三太がどれほど姉弟を羨ましがったか。 詩甫が居てくれたことを当たり前だとは思っていなかった。 詩甫の存在は心配でもあったが、嬉しくもあった。 だがどこかで当たり前と思っていた部分があったかもしれない。

「祐樹・・・」

浅香が祐樹の気持ちに気付いた。
あの地域で生まれた者たちにも産土神が居る。 そしてどこかで産土神と朱葉姫を同じように感じている。 たとえ朱葉姫が神ではなくとも。 祐樹はそれを肌で感じたのだろう。

「連れて行ってあげればどうですか?」

詩甫の生まれ故郷は海を渡らなければいけないが、それでも国内、九州と聞いている。 行けなくはない。

「なんだよ、それ」

「へ?」

祐樹の希望に後押ししたというのに、どうして物申されなければいけないのだろうか。

「浅香も来るんだよ」

「は?」

「ね・・・姉ちゃん・・・姉ちゃんをお嫁さんにしたいんなら、浅香も来いよな」

浅香は学校の話を聞いてくれなければ、アニメの話も出来ないような父親とは違う。 行きの電車の中では新しい学年のことを訊いてきたし、一緒に御節や詩甫の作った弁当を食べながら学校の様子も訊いてきたし、アニメの話もした。
それにカブトムシを捕まえるし、サワガニも祐樹より数段上手に捕まえる。 兄ちゃんが居たらこんなだったのかもしれないと思ったことは覚えている。

それになにより祐樹が大切に思う詩甫を浅香も大切にしてくれているし、その詩甫はきっと浅香のことを好きなはずだ。 大婆の家で浅香に彼女がいないのかと訊かれた時、詩甫は浅香の返事を気にして浅香を見ていた。

そしてなにより詩甫は浅香を信じている。 思い返せばずっとそうだった。
浅香のことは認める。 詩甫も浅香が好きだ。 浅香が詩甫のことをどう思っているのか、それは二の次である。

「え!?」

「祐樹っ」

詩甫が真っ赤な顔をして顔を下げる。

「あー・・・えーっと・・・」

どうしてそんな話になるのだ。 散々、軽トラの荷台や大婆の家で言われたというのに。 ましてやその時の話を祐樹は聞いていたではないか、否定していたではないか。

「オレは・・・浅香しか兄ちゃんって呼ばないからな」

どうしてそんなことを祐樹が言い出したのかは分からないが、あまりにも一方的ではないか。

「いや、それは・・・有難いと言えるけど。 でもほら、野崎さんの気持ちってものがあるから」

「姉ちゃんのことならオレは何でも知ってる」

「祐樹っ・・・何を言ってるの」

更に顔を赤くした詩甫が更に下を向いていく。

「オレは浅香にしか姉ちゃんをやらないからな。 オレは言ったよ。 浅香はどうなんだよ」

「あ・・・」

「姉ちゃんが好きじゃないのかよ」

「いや・・・それは・・・」

「祐樹、もういいから・・・」

願弦に言われてそうなのかなと思い始めてはいたが、大婆の家で浅香は詩甫との関係を先輩後輩であると言っていた。 それを聞いた時には少しショックだった。 あの時に自分の気持ちに改めて気づいた。

浅香がふうーっと長い息を吐いた。

「まぁ、お兄さんと呼んでもらえるかどうかは置いておいて」

「兄ちゃんだよ」

どこか不貞腐れていっている祐樹に目を合わせると、顔を下げている詩甫の後頭部に向かって言う。

「野崎さん、祐樹君に脅されたことを差っ引いて、僕もご一緒させてもらえませんか?」

「え・・・」

「ご迷惑でなければ」

赤い顔をした詩甫が小さく頷いた。



梅雨が明けセミが大きく鳴き始めていた。 あといくらかすれば祐樹が夏休みに入る。 その祐樹の夏休みであり、詩甫の長期盆休みの時期が浅香の休みに合わせやすいと、詩甫と一緒に祐樹と浅香とで九州に行くことが決まっていた。 もちろん日帰りである。

祐樹に言われてからは短い期間ではあったが、互いを知ることはそれよりももっと前からであったのだから気心は知れている。 特に緊張したものはなかった。

詩甫の生まれ故郷に行くということを含めて一人報告をしたい人があった。

浅香からラインを受けた願弦が詩甫と三人で居酒屋で会った。 二人の話を聞いた願弦が「やーっぱ、俺には見る目があるな」 と一人納得をしていた。 そして「早くガヤにも相手を見つけなくちゃな」 ということから「あ、すみません、説明忘れてました」 と浅香が言い出し、祐樹の担任が願弦の弟であると詩甫が初めて知った。

その詩甫が願弦に労務課の加奈はどうかと言い出すと、願玄が「その手もあるな」 と手を打った。
加奈も願弦のお眼鏡に叶っているようだった。



廊下の窓から空を見ると、楕円形になった一塊の雲がゆっくりと流れている。

「良かったな、仲良くなって」

祐樹と日向の目の先の廊下で脇田と花瀬が話していた。

「職員会議は連日大変だったってよ。 脇田や甲斐の親もそうだけど、花瀬と花瀬たちの周りの親も呼び出されたらしい」

「いろいろ情報持ってんな」

脇田たちから目を話して窓に腕を置くとその腕に顎を乗せる。

「情報ついでに」

日向が祐樹と同じようにする。

「なに?」

「今回のことがあって花瀬が受験止めるらしい」

「へぇー」

「なんだよ、興味ないのかよ」

「別に」

「同じ中学に行くんだぞ? 毎年バレンタインに渡されるかもしれないのに?」

「どっちかってったら、賭けのことを考えてるんだろ? それも花瀬がオレにチョコを渡すかどうかとかって」

「あ、分かった?」

「言っとく。 それはないからな。 女子ってさ、中学に入ったら中学の先輩を好きになるらしい。 花瀬だってそうだよ」

楕円形の一塊になっていた雲がゆっくりと形を変え、横に長くなっていく。

「あー・・・特に花瀬は有り得るかも」

「そうだよ。 いいか、オレを出汁に賭けなんてやめろよな」

日向が腕を外すと窓に背を預け、窓のサンに肘を置いた。

「でも甲斐は違うな」

「甲斐?」

顎を乗せていた腕に頬を乗せ横を向く。

「受験迷ってたらしいけど、やっぱり受けるって」

それのどこが先輩を好きになるとかって話と繋がるのか。 だがそこはもういいか。

「迷ってたのか?」

「うん、甲斐の姉ちゃんに受験が全てではないって言われたらしい」

「優香ちゃんが?」

「そっ。 で、甲斐がどういう意味か考えたけど分らなくて姉ちゃんに訊いたんだってさ」

「優香ちゃんなんて言ったんだ?」

日向が祐樹を見てニヤリと笑う。

「なんだよ」

「祐樹、言ったんだってな」

何のことだ。 祐樹が眉間に皺を寄せる。

「受験しないって、甲斐の姉ちゃんに言ったんだろ? 四年生の時」

記憶を遡ってみる。 そういえば優香とそんな話をした。 たしかこの日向から賭けのことを聞いた登校の時だったはずだ。

「あー、そんな話したっけか」

優香と聞いて星亜のことも思い出した。 優香は星亜の後を追って高校受験をすると言っていた。

「その時、つくづく感じたんだってさ。 受験をしたあとの友達作りは大変だったって」

そういえばあの時、優香がそんなことを言っていたと思い出す。

「中学に入ってからも気を許せないって。 ほら、結局はいい高校、いい大学に行くための中学だろ? 女同士で色々あるらしいよ、腹の探り合いとか。 全員がそうでないけど、その中から友達を見極めるってのは、甲斐の性格を考えると心配だったんだってさ」

大学、そうだ、優香から星亜が東大を受かったと聞いていた。 優香も先には東大を目指しているとも言っていた。

「ふーん」

自分との会話が優香にそんな風に考えさせていたのか。 思いもしなかった。

「だからあんな性格の甲斐だろ? もし受験に合格して中学が離れても、先輩どころか祐樹のことを好きでいるだろうな」

「は?」

思わず腕から顔を上げる。

横長になっていた雲が綿菓子を分けるように二つに分かれた。



夏休に入り祐樹が詩甫の部屋に泊まっている。 今日は土曜日。 詩甫も会社が休みである。
そこに仕事を終わらせた浅香がやって来た。 詩甫の盆休みに合わせられる日の確認であった。 シフトはずっと前からは分かっていたが、具合を悪くした者が居ればいつどうなるかは分からなかったからである。

「多分変更はないと思いますので、この日の確定で」

特に何か大きなことが無ければシフト通りだということだ。

「でも次の日出勤じゃないのか? 疲れない?」

行く日には二十四時間勤務を終えてから行くのである。 予定では少々の観光も兼ねているので戻ってくるのが遅くなる。 戻って数時間寝てからの出勤となるのではないかと、祐樹なりに気を使っているらしい。

「ちゃんと選んでるよ。 行く日が非番でその次の日が休日」

戻って来てから一日ゆっくり出来るということである。

「なんだよややこしい」

顔を歪めた祐樹に面白そうに続ける。

「で、その次の日が出勤」

「だからー・・・」

「そ、だから僕の健康の心配をしてくれなくてもいいよ。 祐樹君が心配してくれただけで僕は嬉しいからね」

「・・・心配なんかしてないし」

詩甫がアイスコーヒーを座卓に置いた。 もう浅香の好みは分かっている。 フレッシュもシュガーも付けることは無い。

有難うございます、と浅香がグラスを持つとカラリと氷が音をたてて位置を変える。

「あの、浅香さん」

ずっと気になっていたことだった。 それをいつ訊こうかと思っていた。
訊いたところで何が変わるわけでは無いし、首を縦に振られ、それで? と訊かれでもすれば、心の中で恥ずかしいと思っていただけでは済まない。

「はい?」

言いにくそうにしていた詩甫が意を決したように浅香を見る。

「どうしました?」

祐樹は黙って二人を見ている。

「その・・・朱葉姫が来られた時には・・・私は瀞謝になります」

「え?」

「花生さんの時にもそうです」

「姉ちゃん・・・なに言ってんの?」

祐樹の言葉に詩甫が驚いた顔を見せる。

そうだった。 ずっと浅香の目ばかりを気にしていて、祐樹にもその姿を見られていたことを失念していた。 祐樹の前でも朱葉姫と花生に会っていたのだから。

「だって、朱葉姫や花生さんがいらした時には私は瀞謝の姿になってるでしょ?」

詩甫は間違いなく我が身が瀞謝の姿になっていたのを目にしていたし、朱葉姫も花生も瀞謝の姿を見ていた。

「そんなことないよ、姉ちゃんは姉ちゃんだよ?」

「え?」

思わず浅香を見る。 浅香も頷いている。

浅香と祐樹、そしてこの二人の前に姿を現した朱葉姫と花生。 その時の詩甫は瀞謝の姿だったはずだ。 朱葉姫も花生も詩甫を見て瀞謝と言っていたし、詩甫自身も自分の姿を瀞謝と見ていた。
ずっと心に思っていたこと、浅香に幼い瀞謝の姿を見られたことをどこか恥ずかしく思っていたのだが、そうではなかったということか。

不思議なことだが朱葉姫と花生には詩甫の姿が瀞謝に見えていた。 詩甫もそうであったが、同時にそこに居る浅香と祐樹には詩甫の姿として見えていたようだ。

「そうなんだ・・・」

「どうしました?」

「いえ、何でもありません。 ちょっと勘違いをしていたみたいです」

浅香が笑みをこぼす。

浅香には曹司との世界がある。 何かを分かってくれたのだろうか。

「何でも言って下さいね」

自分達は思いもしなかったことを見聞きし経験したのだから。 それはこれからも続くのだから。

「はい」

詩甫に向けていた視線を祐樹に戻す。

「夏休みに入ったから朝からアニメやってるけど見てる?」

浅香は詩甫に考える時間を与えようと思っているのだろう。 さっきの浅香の一言で何となくそう感じた祐樹が浅香の話に乗る。

「見てる。 家じゃお母さんが見せてくれないけど姉ちゃんの部屋では自由だからな」

祐樹のジュースと詩甫のアイスコーヒーは既に置かれている。

詩甫が座って何気なく二人の声に耳を傾けていると、そう言えば・・・以前に似たようなことがあった、ふとそんなことを思った。

あれは、祐樹が家から御節を持ってきた時だ。 あの時には駅で祐樹に捕まった浅香も一緒だった。
御節を食べながら浅香と祐樹が学校の話や、仮面ライダーやアニメの話をしていたのだった。 あの時もこうして詩甫は二人の会話を聞き笑んでいた。

一月の寒い時だった。 部屋には暖房が効いていたがそれと違う暖かな・・・ポカポカとした陽射しが柔らかく当たっているような気がした。 座っているこの部屋に花が咲いてきそうな気さえした。

これが家の中なら、温かい家庭で家族団らんのお正月を迎えていて、これが家の外なら、暖かい陽の下でピクニックにでも来たようだとも思った。

(あの時の感覚は間違いなかったのかな)

浅香と何の約束をしたわけではない。
だがこれから先にそんなことがあるのだろうか。
もしそんなことがあるのなら・・・。

「ねー、姉ちゃんってば、聞いてる!?」

祐樹のボリュームアップされた声で我に返った。

「あ? え? なに?」

「もー、だからー、今から紅葉姫社に行こうって」

「サワガニを捕って観察日記をつけるらしいですよ」

「浅香はザリガニの観察日記をつけてたんだって。 脱皮、脱皮、脱皮が見られるんだって!」

二人でそんな会話をしていたのか。

「そっか、じゃプラスチックの虫籠を買わなくっちゃね」


もしそんなことがあるのなら・・・。

瀞謝として生きていた時には、親に無理矢理に結婚させられた時には、幸せとは言い難かった。 それに朱葉姫にも最後の挨拶も出来ず紅葉姫社に行けなくなってしまっていた。

でも今度こそは。

朱葉姫の目には瀞謝と映っているこの身に朱葉姫と同じ赤色の打掛を纏おう。
紅葉姫社の前で朱葉姫に見てもらおう。

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