大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第3回

2016年08月29日 21時39分34秒 | 小説
- 映ゆ -  ~Shou~  第3回




授与所の窓口に立つと、宮司と父親らしい男性が押し問答している横に立ち

「ちょっと、よろしいですか?」 と二人の間に入った。

「あ、これはすみません。 なにか?」 宮司が父親に声をかけると、男性は軽く頭を下げてサッと身をよけた。

「そのお守り」 男性の手の中にあるお守りを見て言葉を続けた。

「6つ・・・ですか?」 

「え?」 男性が答える間もなく、父親がその内の2つを手に取り、宮司に向き直り言った。

「この2つを下さい」 宮司も男性も呆気にとられた顔をしている。

「おいくらですか?」 そのやり取りの後ろで、母親と母親に手を引かれた渉が歩み寄り“しょう”と呼ばれていた女の子の母親に声をかけた。

「こんにちは」

「あ、はい、こんにちは」

“しょう”と呼ばれていた女の子は、ふてくされて母親の肩に頬を預け、今はじっとしている。

「あれ、私の夫なんです」 ニコリと笑うと、女の子の母親は驚いたように慌てた。

「あ、あの、お守りは我が家で頂きますので」

「しょうちゃん、って仰るんですね。 うちの子も渉っていうんです。 何かのご縁と思って、2つだけ我が家に分けて頂けませんか?」 その様子を見ていた宮司が、両家の親を見渡した。

「これは、珍しい出会いですな。 休日ならまだしも、平日に当社にお越しいただいたことでも珍しいですのに、ご家庭のお子達のお名前が同じとは。 お守りが導いてくださったのでしょうかな? 
そうであったなら是非、この出会いに私も参加させていただけませんか?」 皆が首を傾げると、宮司は父親と男性の前に手を差し出した。

「お守りを・・・」 その言葉に促され二人とも宮司の手にお守りを乗せた。

受け取ったお守りを横に置くと、新しいお守りを1つずつ袋に入れ、二人の男性に差し出した。

「落ちた方のお守りが貴方がたを呼んで下さったのでしょうから、本当はそちらをお授けしたらよいのでしょうけど、やはり一度土がつきましたのでね、神社からお授けするわけにはいきませんから」 そう言うと二人の目を順に見て「どうぞ、お納め下さい」 と言った。

「あ、いや・・・」 男性がここまで言うと、渉の父親が口を切った。

「有難く頂きませんか? 神主様のお立場もおありでしょうから。 では、こちらのお守りを頂きます。 おいくらでしょうか?」 父親の顔を見て宮司が笑みを返した。

「私も参加させていただきたいと、先ほど申しましたでしょう?」 え? という顔をした渉の父親を見て宮司が言葉を続けた。

「どうぞ。 ご縁を繋いだ当社のお守りでございます」 簡単に言うと初穂料はいらないと言っているのだ。

「それは・・・」 渉の父親が、どうしようかと一瞬迷ったが素直に受け取った。

「それでは、有難く頂きます。 有難うございます」

お守りを受け取った渉の父親の姿を見て、どうしたものかと男性が考えている後ろで、渉の母親が女の子の母親を微笑みで促した。 

その笑みにコクリと頷き、男性の横に歩み寄るとそっと言った。

「アナタ、甘えさせていただきましょう」 その途端、抱いていた“しょう”がまたお守りに手を出そうとした。

「あ! しょうちゃん!! ダメ!!」 渉がちょっと嫌な顔をした。



この時を切っ掛けに家族での付き合いが始まったが、結局“しょう”と呼ばれていた女の子はしょう子ではなく“翔(しょう)”という名前と分った。 

そして二家庭でこの神社へも時折訪れるようになり、階段を上がってすぐ右手にある宮司の家に上がらせてもらう事もあった。



付き合いを重ねるうちに子供同士での呼び名に渉が困っていたとき、ふと母親と話していたことを思い出した。

「渉ちゃんの渉っていう字は、読み方を変えると“ワタル”って読めるのよ」 と、母親が言っていた。  だから

「ねぇ、翔ちゃんのママ、渉は“しょう”って読む他に“ワタル”って読めるんだって。 翔ちゃんはどうなの?」 屈託のない質問だったが、翔の母親はとても喜んだ。

「渉ちゃん、あのね、翔ちゃんは本当は生まれる前は男の子のつもりだったの」 

あれ? お名前のことを聞いているのに・・・と思いながら首を傾げると、翔の母親はそのしぐさに微笑みかけて話を進めた。

「お医者様から男の子って聞いていて、生まれる前にお名前を決めたのね。 “翔”って書いて“カケル”って読むつもりだったの」

「え? カケル?」 

「そう、カケル。 でも女の子にカケルって可笑しいでしょ? だから“しょう”って読むようにしたの。 天高く翔(か)けて行ってほしかったの。 だから漢字を変える気はなかったからね」 聞いた渉、詳しいことは分からなかったが、とにかくカケルという名を聞いた。

「ふーん・・・じゃあ、翔ちゃんのことを、カケルちゃんって呼んでいい?」 それを聞いて渉の母親、真名(まな)が驚いて言い正した。

「渉ちゃん、ダメよ。 お名前はとっても大切なんだから、翔ちゃんのパパとママが決めたお名前で呼ばないと」 するとそれに返事をしたのが、さっきまで渉と話していた翔の母親、希美(きみ)だった。

「真名さん、渉ちゃんにはカケルって呼んでもらえないかなぁ? ねぇ、アナタ、いい切掛けだわ」 え? と驚いた顔をしたのは一番に翔であったが、声を出したのは真名だ。

「え? でも、希美さん翔ちゃんは翔ちゃんじゃない?」 その真名の返事に答えたのは翔の父親であった。

「そうだな。 渉ちゃんだけにはカケルで呼んでもらおうか?」 うん、と希美が頷き、真名に話した。

「真名さん、あのね、翔が女の子でも本当はこの人・・・主人はカケルって呼びたいの。 主人ね、幼い時から苦労してきたの。 だから子供には翼をもって天高く自由に翔(か)けて欲しいっていう思いがすごく大きいの。 だから渉ちゃんだけにはカケルって呼んでもらえないかしら?」

「え?」 どうしようという真名の顔を見て、渉の父親が頷いて翔に尋ねた。

「翔ちゃんはどうなんだい?」

「翔はずっとカケルって言って欲しかった。 カケルっていう方がいい」 真名と渉の父親にとって、思いもしない返事が返ってきた。

「どうして?」 おもわず真名が聞いた。

「カッコイイもん」 真名と父親が顔を合わすと、苦笑いにも似た笑いをこぼした。

翔は両親から名前の由来を聞いていて・・・いや、聞かなくても“しょう”と“カケル”どっちがいい? と聞かれれば、“カケル”と呼んで欲しかっただろう。

「それじゃあ、今日から・・・これから渉がカケルちゃんって呼んでいいかい?」

「うん」 目を輝かせて返事をした。

その会話を聞いて

「ねぇ、じゃあ渉はワタルなの?」 真名と父親ならず、希美と父親も顔を見合わせた。 すると渉の父親が白状するかのような顔を真名に向けると、真名が頷いた。

「渉ちゃん、実はね、渉ちゃんも翔ちゃんと同じだったんだ」 驚いて聞いたのは渉は勿論だったが、誰よりも希美だった。

「同じって?」 その質問を聞いて真名が答えた。

「うちも同じなの。 生まれる前に男の子って聞かされてて、生まれる前に決めていた名前なの。 渉と書いて“ワタル”って読んでね。 水のある所を歩いて渉(わたる)っていう意味で付けたの。 翔ちゃんは空、うちは水ね。
ほら、川の向こう、水の流れの向こうって違う世界があるじゃない? 川って国境になってたり、川を隔てた向こうって文化も違ったりするじゃない? 色んな世界を見て欲しくてね、自分の足でしっかりとその流れを渉(わた)って欲しかったの。
で、さすがに女の子にワタルはね、ってことになったんだけど、この字がどうしても離せなくなっちゃって・・・女の子でもこの字でいこうって話になってね、“アユミ”とか“アユム”って読もうかって話してたんだけど、どれもしっくりこなくて、結局女の子っぽくないけど、一番気に入った“しょう”って読むようにしたの」

「へぇー・・・そんな偶然ってあるんだぁー」 希美が真名の顔から目が離せない。

その会話を聞いていたカケルが、希美を見て言った。

「ねぇ、ねぇ。 じゃあ、渉ちゃんはワタルちゃんでいいの?」 カケルの聞いた声に、渉がすぐに答えた。

「やだ! ワタルなんて男みたいな名前はヤ! 渉(しょう)じゃないとイヤ!」 その声にすぐに答えたのは希美だ。

「そうよね。 渉ちゃんは渉ちゃんよね。 翔、今まで通り渉ちゃんって呼んで」

「うん、分かった」



今は出会いから20年足らずの時が流れていた。

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--- 映ゆ ---  第2回

2016年08月25日 09時52分19秒 | 小説
- 映ゆ -  ~Shou~  第2回




父親が先に歩き、母親に手を繋がれて3人で歩いていると、大きな平地が目に付いた。

「あそこで少し休もうか?」 若い者ならひとっとびで飛べるほどの、短いが急な下り坂。

渉にとっては少しキツイその下り坂を降りると、平地に入られるようになっている。

「そうね、あの切り株に座って、ゆっくりとマイナスイオンを吸収して帰りたいわ」 

「さ、ここは危ないからパパが抱っこしようね」 渉に手を伸ばすとサスガにこの坂は怖いのだろうか、父親の出されたその手に素直に手を出した。

父親が足元に注意しながら数歩坂を降りるとその手から渉を降ろし、次に母親に手を添えた。

「ありがとう」 スニーカーであれば一人で降りる所だっただろうが、生憎とスニーカーではなかった。

先に降ろされた渉はチョコチョコと歩き出し、辺りをウロウロすると右手奥に小さな水の流れを見つけた。 
その水は磐座(いわくら)の後ろから、ぐるりと大きく回って流れ出ていた。

「あ、お水!」 駆け寄って水の際に座り込むと、すぐさまカニを探し始めた。

「やっとお水を見つけたな。 カニさんいるかな?」 父親が渉の横に同じように座り込むと二人で沢蟹を探し始めた。

渉がふと、その流れの元を目で追うと磐座が目に入った。

「パパ、あの大きな石のところにカニさん、沢山いるかな?」 渓流でカニを探していた時、石の下や近くにカニが隠れていると父親が教えた事を覚えていた。

「どうだろうね。 でもね、あそこには入っちゃいけないんだよ」

「どうして?」

「ほら、ずっと紐が引いてあるだろ? 入っちゃ駄目ですっていう事なんだよ」 

小さな水の流れの向こう側、1メートルほど向こうには長くロープが張られ、進入禁止となっていて、その先は大人の膝の高さほどの段があり、急に高くなっていた。 その先は緩やかな上りになっていて、磐座は段差のある所から2メートルほど奥に鎮座していた。

「あの大きな石はとても大切な石なんだよ。 神様が降りてこられる石なんだ。 だから近寄ってはいけません、って紐が引いてあるんだよ」 

磐座には麻で出来た縄が掛けてあり、その麻の縄に紙垂(しで)が挟み込まれている。 そして石の周りには生き生きと雑草が生えていた。

「ふーん・・・それじゃあ、大きな石の近くにある、あのお花も見に行っちゃいけないの?」 指差す先には可愛らしい花が咲いていた。

「ああ、可愛らしいお花だね。 でも、紐の中に入っちゃいけないんだ。 ここからだけ見ていようね」 

父親は渉に甘い。 でも、父親が駄目だという事を犯すとキッチリ叱られるという事を渉は分かっている。

「うん、ここでカニさんがいなか探す」 そう言うとしゃがみ込み、目を凝らして水の流れを見た。 

「じゃ、パパは向い側から探そうかな」 そう言って立ち上がると水の流れを一跨ぎし、渉の向いにしゃがんだ。

「あ! パパだけずるい」 

「なんだ? 渉もこっちに来たいのか?」

「うん。 近くでお花見る」

「そっか、それじゃあ、ほら、おいで」 片足だけ水の流れをまたいで両腕を渉にさし出すと、嬉しそうに手を出してきた渉を抱っこしてまた元に戻り、向きを変えた。

「どう? お花がよく見える?」

「うん」 最初は嬉しげに見ていたがすぐに 「お花・・・一人で寂しくないかな?」 そんな言葉が出てきた。

花は雑草に囲まれ、一輪だけ咲いていた。

「大丈夫だよ。 近くにお花は咲いてないけど草と一緒にいるからね」 こういう所は母親の血を引いていると、改めて思いながら返事をした。

「そっか。 それなら寂しくないね」 父親を見ると満面の笑みを返した。

「そうだよ、お花は寂しくないから、渉はカニさんを探そうか」 父親が渉を降ろし、二人でしゃがみこむと、カニを探しだした。

「さぁ、渉はカニさんを見つけられるかなぁ?」 

二人の様子を見ながら母親は少し離れた平地の入り口に近い方の切り株に座った。 

「ああ、美味しい空気だわ」 

母親は両手を斜め下に伸ばして、深呼吸をするように深く息を吸った。 次々と風が運んでくる新鮮な空気、何とも贅沢である。

「渉、ママが美味しい空気を吸ってるぞ。 若返るかもな」 イタズラな目をして母親を見ながら言う。

「ワカ?」 何のことかと首を傾げ、母親を見た。

「パパ、なに要らない事を渉ちゃんに教えるのよ」 呆れた顔で父親を見ると「あら?」 と一言いって切り株を立った。

「なんだ?」

「何か聞こえない?」 母親の耳をそばだてる仕草を見ると、父親が立ち上がり同じようにするが何も聞こえない。

「何も聞こえないぞ」

「そうね・・・でもさっき聞こえたんだけど・・・」 父親が水の流れを跨いで母親の方へ歩み寄り、もう一度二人で耳をそばだてた。

「あ、やっぱり聞こえる」 母親が言うと父親にも聞こえたようだ。

「笛の音かしら?」

「そうみたいだな」 

「綺麗・・・とても澄んだ音色ね」 今、笛の音は耳をそばだてなくても充分に聞こえたが、風の流れで大きく聞こえたり、小さく聞こえたりした。

「何処で吹いているんだろうね」 辺りをキョロキョロした後、二人でもう一度耳をすました。

「上の方かしら?」 

「そうみたいだなぁ」 父親が斜め上に見える木々の中を見ながら、平地の入り口の方に歩き出すと、それに続いて母親も歩きかけ、振り返り渉を見た。

「渉ちゃん、お水にドボンしないでね」

「うん」 返事はするが、顔は水の中のカニを探している。

ほんの数メートル、8メートルくらいだろうか、父親と母親が渉から離れたが、同じ平地の中、出入り口は今、両親が立っているところだけ。 誰に誘拐される事もない。

渉が少しずつ移動しながら目を凝らして水の中を見ていると、後ろでカサっという草を踏む音が聞こえた。

立ち上がり振り返ると、磐座の横に同じ歳くらいの男の子が立っていた。

「あ・・・」 渉の口から一言漏れたが、男の子は渉に気付かず目を丸くして辺りを見回している。

(変わったお洋服・・・) 渉には見慣れない服を着ていた。

生成り色の襟ぐりの浅い合わせの上に深緑色のベストのような物を着ていて、ズボンは生成り色の筒ズホン。 そのズボンの上はバンドではなく紐で括られている。 その括られている紐に巾着がぶら下がっているのが見える。 おまけにベストの上に分厚い青い色の上着を着ている。 そして手には草が握られていた。

「そこに入っちゃいけないんだよ」 ビックリして男の子が渉を見た。 

「大きな石は神様が・・・えっと・・・お座りするお椅子なんだよ。 だから入ったら駄目なんだよ」 そう言われても男の子はピクリとも動かず、濃い茶の瞳を渉に向けるだけだった。

「・・・パパとママは?」 だが、余りの驚きの目にそれ以上どう言っていいのか分からない。

「えっと・・・パパとママに叱られるよ」 頭を絞って出た言葉がこれだった。 

じっと見られて、これ以上どうしようかと下を向いて考えているとき、後ろから声が聞こえた。

「渉、どうだ? カニさんを見つけたか?」 いつの間にか水の流れの向いに戻ってきていた父親に声をかけられて、思わずビックリして振り返った。

「おい、おい、どうしたんだ? そんなにビックリして」 

(男の子が渉のパパに叱られる) 不意に男の子をかばいたいと思った。

「どうだ? カニさんは見つかったか?」 父親がその場にしゃがみ込み、渉と向い合わせとなった。

「マ・・・ママは・・・?」 

「うん? ママは笛のするところに行っちゃった。 すぐ帰ってくると思うよ」 カニを探すのに、下を向いたまま返事をしている。

その様子を見て渉が振り返ると、男の子は居なくなっていた。

(叱られるって言ったから、大きな石の後ろに隠れたのかなぁ・・・)

少しして母親が笛の音が止んで、探すことが出来なくなったと帰ってきた。

風が四方八方から流れてきた日。 音の元の場所を探すのは困難であったようだ。

暫くカニを探していたが、やはり涼しくなってきていたからか、カニは見当たらなかった。



山を降りて参道に戻ろうと思ったら

「しょうちゃんダメ!」 という声が聞こえてきた。

前を歩いていた父親が振り返ると、渉の手を引いていた母親が自分が言ったのではないといった具合に、空いている手を顔の前で振った。

「だから、しょうちゃん・・・ダメだって・・・アナター!」 声は参道を挟んだ向こうに見える授与所の方から聞こえてきた。

母親と父親は目を合わせ、声のする方にソロソロと歩き始めた。 すると授与所に向って、拝殿の方から小さな男の子を抱っこしている、父親らしい男性が砂利を走ってくるのが見えた。

「もう、ホントにすみません」 ストレートのオカッパ頭の女の子を抱っこしている母親が、ひたすら授与所の窓口に頭を下げているが、女の子はまだ母親の腕の中で授与所の窓に手を伸ばしている。

「しょうちゃん、ダメなの、ジッとして!」 渉の耳に改めてその母親の声が聞こえた。

「しょう? 渉ちゃんダメなの?」 渉が母親の手を引っ張って聞くと、母親はニコリと笑って答えた。

「あの抱っこされている女の子が、渉ちゃんと同じお名前みたいね。 渉ちゃんじゃなくてあの女の子に言ってるのよ。 歳も渉ちゃんと同じくらいかしらね」 屈んで渉の目の高さにあわすと、先に見える親子を小さく指差した。

「ふーん・・・同じお名前?」 母親を見ていた目を、まだジタバタと暴れている“しょう”と呼ばれている女の子に向けた。

「うんそうみたいね。 でもどうかしら? しょう子ちゃんとかなのかしらね?」 そう言うと、渉の後ろに宮司が足早に授与所に向っていくのが見えた。

女の子を抱く母親の声が聞こえてやってきたのだろう。

男の子を抱っこしていた男性が“しょう”と呼ばれる女の子の母親の元に立つと、どうしたんだ? と聞きたかったのだろうが

「どうし・・・」 言葉が途中で止まってしまった。 

授与所の窓口にあるお守りが散乱していたのだ。 男の子を片手に散らばったお守りを丁寧に寄せ始めた。

「アナタ、足元にも・・・」 足元を見ると幾つかのお守りが落ちていた。

「あ・・・」 屈んですぐに手に取ったが、さすがに落ちたお守りを返すわけにはいかない。

「すみません、このお守りは頂いて帰ります。 おいくらでしょうか?」 男性が手に取ったお守りを見せている。

母親は男性が足元のお守りをすべて拾い上げたのを見て、これで動いてもお守りを踏むことがないと思うと、これ以上“しょう”が荒らすことのないように、すぐに後ろに下がった。

その様子を少し離れたところから見ていた渉の父親と母親は目を合わせフッと笑った。

「こんな時、知らない顔して逃げる人もいる世の中なのに、なんだか嬉しいわね」

「そうだな」 父親はこの先の母親の言葉を考えると面倒臭いと思い、それ以上の口を閉じた。


宮司が社務所から続く授与所に入ってきた。 窓口の女性の横に座ると

「和室へ茶を持って行っておくれ」 そう言われた女性が、事の流れを説明すると、その場を宮司に預けて席を立った。

女性は宮司の奥さん、雅子(みやこ) であった。

「でも、お守りって幾つも要らないわよね?」 父親は知らない顔をしている。

窓口に座った宮司は買い上げなくともよいと、返事をしているのが聞こえたが、どちらも引く様子のないのが見てとれた。

「ね、嬉しいと思える一瞬を見せてくれたお礼と、もし、渉ちゃんと同じお名前ならこれもご縁じゃないかしら?」 母親がここまで言うと、父親が諦めて分かったと言わんばかりに、先に歩き出した。

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--- 映ゆ ---  第1回

2016年08月22日 23時29分18秒 | 小説
- 映ゆ -  ~Shou~  第1回




「あのクソジジィのせいで遅くなったわよね。 いつか仕返ししてやるんだから。 ね、ランチなんてどう?」 スカートのホックをとめながら話しかける。

「あ、ごめん。 今日は約束があるんだ」 手を合わせて謝る仕草をしたかと思うと、その手はすぐに次の動作に移った。 

そして思い出したように、手は動かしたまま続けて言った。

「来週のお茶当番の時、コーヒーの中に雑巾の絞り汁でも入れようか?」 背伸びをして小さい鏡に映った襟元を正すと、ロッカーの中の一番下からヒールを出し、さっきまで履いていた社内用の太いローヒールの靴を入れ替わりに入れると、バッグを手に取った。

「それ、賛成。 じゃ、ランチはまた今度ね」 ロッカーに吊るしてあった薄手のジャケットを手に取る。

「うん。 ゴメン急いでるから先行くね」

「急いでこけるんじゃないわよ」

「こけるわけない。 じゃね」 敷かれていたスノコから慌てて片足ずつヒールを履き、手を振ってロッカールームを後にした。

「なんか、最近ずっと走ってない?」 同期の渉(しょう)の残像に話しかけるが、返事なんてあるはずもない。

「まっ、こけなきゃいいけど」 その姿を見送ると樹乃(じゅの)はゆっくりジャケットを羽織った。



早朝から11時まで出勤の土曜日。 渉は幼なじみの翔(しょう)と神社で待ち合わせてをしていた。 

久しぶりに神社で過ごしてから、親元を離れて一人暮らしをしている翔のマンションに泊まってくだを巻く予定であった。

翔が短大1年の冬、3年間の父親の転勤が決まった。 短大の編入なんて考えられないし、せっかく入学をしたのに辞める気はない。 翔はついて行かないことにした。

短大には時間をかけて電車で通っていたが、両親が居ない家から通うくらいだったら、短大の近くに引っ越して一人暮らしをしたいと両親に申し出た。

翔の通う短大は両親の信用の厚い宮司のいる神社と同じ駅で降りる。 神社へ行くには駅からバスに乗らなくてはならないが、全く知らない土地に行かれる事を思うとまだマシか、と了解をしたのだ。 それからは短大を卒業後も、両親が転勤から帰ってきても、バイトをしながら一人暮らしを続けている。

ちなみに弟の翼(つばさ)は高校受験の頃だった。 短期で転勤先がコロコロ変わるかもしれないという事で、全寮制の高校に入れられた。



渉と翔、同じ呼び名であるが故、渉は翔を“しょう”とは呼ばず、“カケル”と呼んでいる。


「樹乃じゃないけど、あのクソジジィ! 待ち合わせの時間に遅れたら、いったいどうしてくれるのよ!」 腕時計を見るとふと、カケルのあの切れ長の目をもってスッと横目で見られる冷たい顔が浮かんだ。

「ああ、あの無言の目が恐い」 とにかく今は駅まで全力で走るしかない。




~~~初めての出会い~~~

渉(しょう)の幼少期、父親の有給休暇の消化で、平日に今まで来た事のない山の中を家族でドライブしていた。 

「渉、そろそろ疲れたんじゃないか?」 父親がハンドルを握りながら助手席にいる母親に話しかけた。

母親が助手席から後ろを振りかえり、チャイルドシートに座っている渉を見ると、ボォ~っと窓の外に見える風景を見ているようにも見えたが、飽きた・・・という感じを受けた。

「そうね、どこかで休みましょうか」 後部座席の渉から目を移し、ハンドルを握る父親の横顔に言った。

「そうだな。 どこかいい所で停めようか」 暫く走ると父親がフロントガラスに顔を近づけるように背を曲げた。

「あれ? 神社かなぁ? ほら、あっちに鳥居が見えない?」 そう言われて母親が指差された方向を見ると、たしかに山の中に石で作られた鳥居があった。

「あ、ホント、鳥居があるわね。 緑に囲まれているみたいね。 寄ってみない?」 運転席に座っている父親に目を向けた。

「それじゃあ、あそこで休憩しようか」 父親は鳥居めがけてアクセルを踏んだ。

山道を走り目的の鳥居に着くと、その鳥居は階段の上にあった。

「結構長い階段だな」

「だからよく見えたのかしら」

「そうかもな」

鳥居へ続く階段の横に入った奥が駐車場になっているようで、数台が停まっていた。 階段の横は崖の様になっているため、石垣になって続いている。

駐車場に入ると車を停め運転席のドアを閉めた父親が、何気なく隣の車のナンバープレートを見た。

「あれ? 俺達と同じ所から来ているみたいだ」

「そうなの?」 助手席から降りてきた母親がそう言うと、後部座席のチャイルドシートから渉を降ろした。


晴れた空、遠目に見ていた鳥居の先は、木々が茂っているだけのように見えていたが、長い階段を上り鳥居の前に立つと綺麗な石畳が拝殿まで続いて、その横には大きな砂利が敷き詰められてあり、鳥居から拝殿までは思いのほか距離があった。

「あら? 鳥居の向こうはすぐに小さな拝殿と、木があるだけと思っていたのに違うのね」 母親に手を引かれ、ドライブに飽きた渉も、アチコチをキョロキョロとしながら歩いた。

そのまま参道を歩き、先に見える拝殿に向かうとお賽銭を入れ、手を合わせた。

手を合わせ終わった母親がふと横を見ると <山へはあちらから> と矢印が書かれた立て札が目に入った。 

今いる場所も充分山の中だが、まだ山の奥へ入ることが出来るようだ。

その矢印は今歩いて来た石畳の参道を外れて斜めに戻る方向を指していた。

「ねぇ、山の中に入る道があるみたいよ」 立て札を指差すと父親と渉がその指先を見た。

「ああ、ホントだ」 父親はそれ以上何をいう事も無く、家族は今来た参道を戻りながら歩いていたが、母親がキョロキョロしていると手水舎の横に案内板が見えた。

手水舎は参道から離れた拝殿に向って右側にあり、そこまで行こうとすると石畳を降りて、砂利の上を歩かなくてはならない。

「あら? ね、あそこの横から山の中に入ることが出来るんじゃないかしら? 入ってみない?」 指差された所には歩いていた参道のずっと左手に <こちらから> と矢印の書かれた小さな誘導案内板があった。

「そうだな、行ってみようか」 父親がそう言うと、母親に手を繋がれていた渉を見た。

「な、渉。 お山だって。 渉も行ってみたいか?」 

「お山? カニさんいる?」 先月、両親と渓谷で川遊びをしたときに、沢蟹を見て楽しんだ記憶がある。

屈託の無い返事を返してきたのを聞いて、両親が渉を見て微笑んだ。

「カニさんにとっては涼しくなってきたから、隠れているかもしれないけど、探してみようか? お山のお水は綺麗だからね。 お水を見つけたらカニさんが居るかもしれないね」 

「うん、カニさん探しに行く」 渉の返事を聞き、三人で砂利道を歩き誘導案内板の横にある細い道を入っていった。


山の中に入ると必要以上に手は入れられていなく、自然のままを感じさせるが、草がボウボウといった具合ではない。 人が二人並んで歩ける程度の幅には足元に草が無く、横から飛び出しているような草や木の枝もない。 緩やかな上り坂で、自然を感じながら余所見をしていても歩きやすくなっている。

歩いていると時々休めるようになっているのか、少し広がった所に腰を下ろせるように木の切り株や、ちょっと歪な面を上にして切り株と同じ大きさくらいの石が置かれている。 

両親が木々や草花に目をやっている横で、渉は下を向いてキョロキョロと地面を見回していた。

サワサワと山の中の涼しい空気を風があちらこちらから運んでくる。 ジメっとかいていた汗が優しく拭われていくようだ。

「渉、疲れただろう? 抱っこしようか」 父親が母親に手を引いてもらっている渉に両手を差し出した。

「渉、一人で歩く」 抱っこをされたら地面が遠くなる。 そしたら、お水を探せない。

「そうか? じゃ、抱っこしてほしくなったら言うんだよ」 少し寂しそうな顔をして差し出した手を引く姿を見て母親がポソリと言った。

「パパ、渉ちゃんはいつまでも赤ちゃんじゃないのよ。 ね、もう4歳だもんね」 そう言われてクセ毛のあるショートヘアーの渉が口の端を上げてコクリと頷いた。

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