私の主張・ひとりの日本人として

新聞やテレビの報道で特に偏向マスコミや反日日本人などに憤慨することが多くなり、暇な時に思いつくまま書き綴ったブログです。

靖国神社に合祀されている英霊達は加害者か

2004年01月04日 20時12分55秒 | 靖国神社問題
  小泉総理の靖国神社参拝について、支那や韓国が抗議してくるのは、毎度のことだが、その反日国を喜ばすかのように、民主党の菅が「参拝は国益に反する」と発言し、さらには公明党の浜四津敏子代表代行まで3日に都内のJR新宿駅西口で街頭演説した際に「近隣諸国の国民感情からしても、大変残念だ。被害者の痛みをわかって、被害者の立場にたって判断しなければならない」と批判し、政府が検討している無宗教の国立追悼施設の建設を「一日も早く実現すべきだ」と訴えたとのことである。

 一昨年に国立追悼施設構想の撤回を求める国会議員の意見広告が新聞に掲載されたが、驚くべきことに公明党からは1名も参加者がいなかったと記憶している。参加していれば「靖国に代わる無宗教の国立追悼施設の建設を一日も早く実現すべきだ」とは言わないだろうが、浜四津敏子代表代行の言う「被害者の痛み」とはなんだろう。

 被害者がいれば加害者がいると言うことになる訳だが、その加害者は靖国神社に祀られている英霊達であり、だから小泉総理が参拝することは、被害者である支那や韓国の感情として問題であると言いたいのであろうか。日本では亡くなった者が生前にどんな罪を犯したとしても、それを罵ることはしないと言う宗教観があり、極東三馬鹿国家のように、死んだ人でも憎たらしければ墓を壊したり、唾を吐きかけることを平気でする国とは違うのである。

 浜四津敏子代表代行は、靖国神社に合祀されている英霊達を「加害者である」と言ったのも同然であり、日本の国会議員でありながら極東三馬鹿国家だけに顔を向け、その脅迫に屈して靖国神社に代わる国立追悼施設の建設を「一日も早く実現すべきだ」だとは何を考えているのだろうか。慰霊とか追悼と言った亡くなった人の御霊をお慰めする祀りごとを無宗教によって行うことなど出来ると本当に考えているのであろうか。であるから無宗教の国立追悼施設が靖国神社より日本人の宗教観に合致しているとはどう考えても思えないのである。

 靖国神社にはいわゆる「A級戦犯」が合祀されているからいけないのだと言われているが、日本には存在しない呼称であり、これは連合国側が、国際法に違反して行った東京裁判で、事後法である「平和に対する罪」に問われた日本政府の指導部にいた者に勝手に付けたものである。しかし、主権回復後、いわゆる「B、C級戦犯」とともに、名誉が回復され、法務死とされて遺族年金や弔慰金が支給されることとなり合祀されたとのことである。

 浜四津代表代行は靖国神社の「遊就館」を見学したことがあるのだろうか。「靖国の神々」のコーナーでの多数の戦没者の遺影を見れば、自然と手を合わせ「ご苦労さまでした。安らかにお眠り下さい」との気持ちになる。遺影にはまだ若い女性も多数飾られており、「氷雪の門」という映画にもなった樺太真岡郵便局で電話交換手として働いていてソ連軍の侵入により自決した9人の乙女達。傷病兵の看護などをおこなった沖縄のこれも映画になった「ひめゆり隊」と言われた戦没女子学徒隊。ほか女子挺身隊員や日赤救護看護婦も神となっている。  

 さらには米潜水艦の攻撃を受けて沈没した対馬丸に乗船していた沖縄の疎開学童死没者なども合祀の対象になっているとのことであり、浜四津代表代行は、このような人達まで「加害者」として参拝することは良くないと抗弁するのであろうか。

 「神棚など壊してしまえ」と言う宗教法人創価学会が母体である公明党の議員が言ったことであるから、靖国神社などなくなっても構わないと思っているようで、だから、そんな英霊達を加害者呼ばわりしたと同然な発言をしたのであろう。靖国神社は、日本における国に殉じた英霊達の御霊をお慰めする唯一の追悼施設であり、それを極東三馬鹿国家が破壊しようとしているのに抗議せず同調しているのだから創価学会・公明党は日本の文化と伝統など守らなくても良いと本当に思っているのであろうか。
(2004/01/04) 

この記事は「今日のコラム」
靖国神社に合祀されている英霊達は加害者か
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