私の主張・ひとりの日本人として

新聞やテレビの報道で特に偏向マスコミや反日日本人などに憤慨することが多くなり、暇な時に思いつくまま書き綴ったブログです。

「2行で書く今日の主張」(2002年6月分)

2002年06月30日 18時22分42秒 | 「2行で書く今日の主張」過去ログ

◆不審船を引き揚げたら積載物の武器などを公開して下さい。有事法制や自衛隊反対の左翼の連中に是非見てもらいたいと思います。(2002.06.30)

◆防衛庁よ!情報公開を求める人の身元調査は、今後もしっかりやるべし。でも、それが漏れないように、情報管理を適正に行って欲しい。(2002.06.28)

◆沖縄全戦没者追悼式会場で、「有事法制反対」「小泉首相帰れ」と叫んだ男よ。死者を弔う厳粛な式典を破壊した左翼思想は恐ろしい。(2002.06.26)

◆中国政府は、亡命者連行事件で、韓国には謝罪したが、同じ事で、わが国には「冷静になれ」と言い張り謝罪をしない。なめられたものだ。(2002.06.24)

◆横浜市議会で国旗の掲揚に反対し、議長席を占拠し「私達の責任ではない」と反論する井上さくら、与那原寛子市議の除名処分は当然だ。(2002.06.22)

◆田中真紀子前外相よ!党員資格停止処分を重く受け止め、議員を辞職し、次の選挙に無所属で立候補して審判を受けるのが筋でしょう。(2002.06.21)

◆中国は不審船の引き揚げに伴う漁業補償の請求先を間違えている。日本ではなく、不審船を自沈させた北朝鮮へ請求すべきである。(2002.06.20)

この記事は
「2行で書く今日の主張 」としてHPに掲載されていたものです。
なお、作成した各月の分をまとめて当該月の最終作成日に登録しています。

コメント

厳しい任務に赴く、対潜哨戒機の若き隊員たちを思う

2002年06月28日 22時18分22秒 | 防衛省・自衛隊・安全保障
~花火大会が始まった、夏の日の夕方に空を見上げて~  

 うっとうしい梅雨空が明けて、暑い夏が訪れると、各地で花火大会が行われるようになる。夏の日の夕方、まだ西の空に、やや明るさが残るころから始まる花火大会は、一時の涼を求める人々が多数集まり、打ち上げ花火や仕掛け花火などに喚声を上げる光景は、夏の風物詩の一つと言えるであろう。

 花火大会と言えば、もう10年以上前のことだが、神奈川県の江ノ島で行われた花火大会を見物に行った時のことでひとつの思い出がある。次第に日が暮れてきて、辺りが暗くなりだす頃、打ち上げ花火が、ドンーと上がり出し、回りの人々は、その度に喚声を上げ始め、私も当然、花火が打ち上がる方向を見上げていた。

 すると、会場西側の空に北の方向からプロペラ機を思われる爆音が聞こえ機影が近付いて来たのでふと見ると、それは海上自衛隊の厚木基地所属のP3C対潜哨戒機であった。私は、その機影を目で追っていると、真っ直ぐ相模湾に向かって南下しており、同機はこれから太平洋上に遊弋する潜水艦の情報を収集するために、長時間の厳しい任務に赴く隊員が搭乗しているであろうと思った。

 その対潜哨戒機の窓からも、次から次と打ち上がる花火の様子は良く眺められるであろうし、出来れば上空を数回ほど旋回して、花火大会を見物したかったであろうが、厳しい任務の途中では、それは出来ないことである。もし、そのようなことをしたら、左翼の連中から「自衛隊機が上空から花火見物」などと批判することは目に見えている。

 私は花火を見ずに、その機影が相模湾上に見えなくなるまで、しばらく眺めながめているうちにふと思った。あの対潜哨戒機に搭乗している隊員の中にも、この花火大会を見物にきている若者と同じ年ごろの隊員もいることであろうから、できれば、仕事を休んでここに花火を楽しみに来たいと思っているかもしれない。

 そのような夏の日の花火を楽しむ若者たちの中で、何人がその機影に気がついたことであろうか。いや、若者に限らず、多くの者は気づいていないであろう。このような花火大会を楽しむことが出来るのは、わが国が平和で安全であるからに他ならず、それには、警戒監視活動を片時も怠ることが出来ないからして、その任務を遂行するこのような自衛隊員の努力があることを私たちは決して忘れてはならない。花火大会が始まった夏の日の夕方に空を見上げて感じた訳である。
(2002/06/28)  

この記事は「私の主張」第123号
「厳しい任務に赴く、対潜哨戒機の若き隊員たちを思う」
~花火大会が始まった、夏の日の夕方に空を見上げて~
としてHPに掲載されていたものです。

コメント

不審船引き揚げで漁業補償を求める中国政府

2002年06月22日 22時25分21秒 | 支那関連
~不審船は中国政府にとってやっぱり金のなる木だった~

 昨年12月に、奄美大島沖の東シナ海で自沈した北朝鮮の不審船の引き揚げのめどが、この程ようやくたったそうである。ここまで時間がかかった理由は、沈没地点が中国の排他的経済水域であるため、わが国政府は、中国側に必要以上に気をつかい、国際法では必要がないことだが、すでに実施された不審船の水中調査、潜水調査の際に、わざわざ中国側に了解を求めるなど、もたついていたことからである。

 引き揚げ計画についても、政府は中国側と折衝した結果、中国側は奇妙なことに、海洋資源や環境の保護の視点から色々と注文をつけ、漁業補償を求めているという。その訳は不審船の沈没海域付近で海上保安庁などの巡視船が監視活動をしているために、中国漁船が近付くことが出来ないことから、操業が出来ず損害が生じたので、そのため漁業補償をわが国政府に求めており、政府も、それに応じるようである。

 まことにもって、このような中国側の要求は理解に苦しむのである。今日まで中国の海洋調査船が沖縄近海で、日中の中間線を越えて、わが国の排他的経済水域に侵入し、海洋資源の調査を行っており、海上保安庁の巡視船は警告はするが、強制的な排除活動は控えている。そのような中国の海洋調査船が遊弋する海域は、わが国の排他的経済水域でありながら、日本漁船が近付くことが出来ないでいることのへの漁業補償について、請求をしないでいるわが国政府も対応も情けないが、逆に中国側が操業が出来ないので損害が生じたことのみに対しての漁業補償を行うとすることはおかしいではないか。不審船を引き揚げて、北朝鮮籍と判明した時点で漁業補償は北朝鮮に請求すべきであり、中国は請求先を間違えていると言わざるを得ない。

 わが国近海でも船舶の坐礁事故が時々あるが、その坐礁した船から油などが流失し、海洋汚染が生じたら、その責任はその船舶の船主にあり、その船籍の国にあるのではないだろうか。不審船は、巡視船が撃沈したのでなく、自沈したのであるから、もし油などが流失し、海洋汚染が生じたのであれば、船籍の国である北朝鮮が負うべきあると思う。中国が漁業補償を求めているとの報道に、私はやっぱり請求してきたかと思い、金になることは何でも請求する中国政府のやり方に驚いている。

 わが国は、また中国に言いなりになろうとしている。今度こそ、中国に 「日本に請求するのは間違いだ。北朝鮮に漁業補償を請求して欲しい」と言うべきではないだろうか。中国は、何だかんだ言っても、転んでもただでは起きない。今回の不審船は中国政府にとってやっぱり金のなる木だったと言えるであろう。
(2002/06/22)     

この記事は「私の主張」第122号
「不審船引き揚げで漁業補償を求める中国政府」
~不審船は中国政府にとってやっぱり金のなる木だった~
としてHPに掲載されていたものです。

コメント

国立慰霊施設の新設は不要

2002年06月18日 22時49分06秒 | 靖国神社問題
~中国、韓国の干渉に靖国の英霊が泣いている~  

 現在、靖国神社に代わる国立の慰霊施設を新設する必要があるかを検討している福田官房長官の私的懇談会「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」において、追悼対象に外国人も含めるかなど色々な論議がされているそうであるが、中国や韓国の内政干渉にも等しい圧力があったからといって、新たに国立の慰霊施設を作る必要がどうしてあるのか、私にはまったく理解できない。

 靖国神社は明治2年に戊辰戦争で倒れた人たちを祀るために創建されたものであるそうで、外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた人達を祀ることになった、わが国唯一の、その御霊を慰める施設であり、全国各地の市町村などの鎮守様と言われる神社とは性格を異にしている。

 あの戦争で「靖国で会おう」の合い言葉で、多くの者が散華していったが、靖国神社に来れば、英霊となった夫や息子、兄弟などに会うことが出来ると言って、いまでも、多くの遺族の方々が参拝に見えられる。今年は例年よりも早く桜が開花したが、その桜が満開になった3月21日に私は靖国神社を参拝しているが、境内は多くの人で混雑しており、社頭の掲示板には、祖国を愛しつつ戦歿された英霊の御心に触れていただきたいとのことで御祭神の遺書・書簡等が掲示されており、当日は、わずか24歳で硫黄島で戦死された広島県双三郡三良坂町出身の陸軍中尉吉森美之命の「大望の第一線に征く」との遺書が掲示され、多くの方が、足を止めて見入っていた。

 このように靖国神社が、わが国唯一の過去の戦争により犠牲となられた多くの英霊や戦没者の慰霊施設として、多くに参拝者でにぎわっているにもかかわらず、また別の慰霊の施設を税金をかけて作る意味はないと言って良いであろう。総理が靖国神社を参拝すると、中国と韓国だけが決まって抗議してくるが、いずれも国でも、その国の代表者が定期的に戦没者が埋葬されている墓地や慰霊施設に赴き、その御霊を慰めることは、普通に行われており、また、国の代表者して外国を訪問した場合など、このような慰霊施設に献花することも外交儀礼として行われている。

 ところで、この程、在日米軍横田基地の空軍将校で組織する「将校会」のメンバーが靖国神社を参拝され献花・敬礼・黙祷されたとの報道がなされていたが、本当にありがたいことであり、日本国民の一人として心から謝意を表したい。このような外国武官たちによる靖国神社に眠るわが国の英霊への鎮魂の祈りが行われていることは、靖国神社が宗教施設であるからに他ならず、今論議されている新しい国立の慰霊施設が、宗教的性格を帯びることがない、石碑等になれば、とても慰霊の施設とは言えず、単なる橋や道路の建設記念碑のような存在に等しい。

 このように、わが国を代表する戦没者の慰霊施設は靖国神社以外に考えられないのに、「中国や韓国から抗議をされたから新たな施設をつくろう」と言う発想をする人は、国家主権を守る気概もなく、日本人の英霊、戦没者を冒涜し、国民感情より、外交に配慮して、また、その遺族の心の安らぎの場とも言える130 年余の歴史を有する靖国神社を無視することであり、絶対に許すことが出来ない暴挙である。中国や韓国の内政干渉に屈して新たな慰霊施設を作ろうとする動きに、靖国の英霊は泣いていることであろう。
(2002/06/18)   

この記事は「私の主張」第121号
「国立慰霊施設の新設は不要」
~中国、韓国の干渉に靖国の英霊が泣いている~
としてHPに掲載されていたものです。

コメント

福田官房長官の非核三原則見直し発言について

2002年06月12日 23時06分18秒 | 政治
~危機的な情勢や、国民世論の変化により、見直しは当然~  

   福田官房長官が、5月31日に行われた担当記者団との「懇談」の席で「これまで非核三原則は憲法に近いものだったが、憲法も変えようとする時代だから、国民が(核)を持つべきだとなったら、これからは分からないかもしれない」と発言したとのことで、野党や左翼マスコミは、有事関連法案の審議中であることや、防衛庁の情報公開請求者のリスト作成問題で国会が揺れていることにかこつけ、早速騒ぎ出した。

  私は福田長官の発言のどこがいけないのか、全くわからない。非核三原則は憲法に書いてある訳でないし、法律でもないので、かならず守らなければならないものではなく、ただ、わが国の政策として「核兵器を作らず、持たず、持ち込ませず」との非核三原則があるだけで、わが国を取り巻く情勢が危機的になったり、核兵器を持つべきとの国民世論の変化があれば、非核三原則の見直しがなされるのは当然である。

 将来、わが国が核兵器により攻撃の脅威にさらされた時、わが国独自で核兵器を保有しているか、米国の核の傘が存在しないかぎり、「核兵器を打ち込むぞ」との電話1本で、わが国は戦わず負ける訳である。

  福田長官の政策としての非核三原則は現内閣では堅持すると言っている訳であるから、将来、わが国を取り巻く情勢がどうなるか分からないのに、その時でさえ見直しがなされず、相変わらず、非核三原則は絶対変えてはいけないものとしていては、わが国の安全は保てないと福田長官が思ったうえでの発言であろう。

  わが国は、広島、長崎に原爆を投下された世界で唯一の被爆国であるので、核兵器に対して拒否反応があることは理解出来るが、核兵器廃絶平和都市宣言をしたり、核兵器の廃絶を訴える署名運動をしたりしても何の役にもたたない。それは、今でも世界中の多くの地域で紛争の種があっても、相互確証破壊兵器としての核兵器が存在する限り、大規模な紛争を抑止していることは紛れもない事実であろうから、逆にその抑止力としての核兵器が、その均衡を失った時の方がかえって危険である。

  あの戦争の末期に、当時のわが国は核兵器を保有していなかったのに広島、長崎になぜ原爆を投下されたのか。仮定の話しだが、もし報復手段として、わが国が核兵器を保有していたら、米国はわが国に原爆を投下したであろうか。当時、わが国でも原爆の研究をしていたそうだが、核兵器の使用は人類滅亡の危機になるとの昭和天皇の指示により、その研究が途中で中止されたと伺っている。

  私は、核兵器が現に存在し、その廃絶が不可能に近いと考えるならば、核兵器をわが国独自で保有することの国民世論の形成は無理としても、米国の核の傘に依存して、核兵器の攻撃による脅威を防ぐために「(核兵器を)持ち込ませず」は、撤廃すべきであると思う。

  非核三原則は変えてはいけないと騒ぐ、野党、左翼マスコミより、わが国の将来を思い、硬直した政策を続けていては、激動する世界情勢に取り残されると考え、このような発言をした福田長官の方が一枚上手である。
(2002/06/12)         

この記事は「私の主張」第120号
「福田官房長官の非核三原則見直し発言」
~危機的な情勢や、国民世論の変化により、見直しは当然~
としてHPに掲載されていたものです。

コメント

感動的な「国歌・君が代」の斉唱

2002年06月09日 22時52分17秒 | 伝統・文化・歴史
~私達が日本人であることを意識するワールドカップ大会~  

 日韓共同開催によるワールドカップ大会が始まった。このような国際大会では、試合がはじまる前に対戦する両国国旗の掲揚と、国歌の斉唱があるのが慣例となっている。  

 ところが、わが国では教育に携わる先生方の中に、サヨクイデオロギ-に毒された人が多く、教科書には国歌・君が代は掲載されているが、生徒・児童に敢えて教えないということが散見されると言う。

 私の娘が小学生だった時、教科書に国歌・君が代が掲載されていたので、私が「君が代は覚えたか」と聞くと、娘は「この歌は両親に教えてもらいなさい」と先生に言われ、学校の授業では教わらなかったそうである。私は、そんなことでは、日本人として恥ずかしいと思い、正しく歌えるまで教えた覚えがある。

 であるから、親にも先生にも教わらない子供は、日本人でありながら、国歌・君が代を知らず、国際試合などで対戦する両国の国旗の掲揚や国歌の斉唱の際のマナーも知らず、起立しなかったりして、他国の観客のひんしゅくをかっていることも決して不思議ではない。  

 しかし、そんな先生方の努力?も空しく、6月4日に行われたワ-ルドカップ大会の日本の初戦となった対ベルギ-戦での会場全体に響き渡る「国歌・君が代」の斉唱には感動した。観客が「にっぽん、にっぽん」を連呼して、手作りの国旗・日の丸を掲げ、また振り、応援をする様子に、試合会場にいる人は勿論、テレビで見ている人も、私達が日本人であることを最も意識する時であった思う。

 試合の様子は、海外にも中継されたであろから、特に、遥か異国の地で、この中継を見ていた在留邦人の方の中には、試合をご観覧されておられた皇太子同妃雅子殿下のお姿や、会場を埋め尽くす、国旗・日の丸に感涙された方もいたのではあるまいか。  

 日本人であれば、自国のチ-ムを応援し、「にっぽん、にっぽん」を連呼し、国旗・日の丸を振ることは、当然のことだが、君が代も日の丸も認めないサヨクの連中は、この熱狂的なサポ-タ-の姿を見て、どう思っているであろうか。

 素晴らしい国歌・君が代、美しい国旗・日の丸を持つ日本に生まれ、本当に幸せで、また誇りに思う。今回のワ-ルドカップ大会を機会に、国歌・君が代を日本人として胸を張って高らかに歌い、国旗・日の丸に頭を下げ、また大事にする人が一人でも増えることを願って止まない。
(2002/06/09)   

この記事は「私の主張」第119号
「感動的な『国歌・君が代』の斉唱」
~私達が日本人であることを意識するワールドカップ大会 ~
としてHPに掲載されていたものです。

コメント

防衛庁の個人情報漏洩問題について

2002年06月06日 23時11分36秒 | 防衛省・自衛隊・安全保障
~情報開示を請求する者の個人情報収集は当然~  

 有事法制の国会審議中の最中、防衛庁に情報公開法により資料などを請求した者の個人情報のリストを、海上幕僚監部の三等海佐が作成していたということが明らかになった。防衛庁が、その任務遂行のため、あらゆる情報を収集することは当然であり、今回の件は、情報公開を請求した人の個人情報がリスト化されていたことが問題ではなく、このようなリストを作成していたことが漏れたことが問題であると思う。  

 私は、防衛庁に対して、情報公開法により資料を請求する人物が、どのような考えの持ち主で、過去の経歴や、所属している組織などを防衛庁側でも把握しておくことは当然であると思っている。防衛庁が情報公開法により公開する情報は、防衛機密などであるわけなく、部隊の会食費など大した情報ではないだろう。それでも防衛庁として、そのような情報でも知りたがる人が、どのような人か、調べておくのは当然で、請求者の中には、身元を調べられては困る人でもいるのか言いたくなるが、いるから、騒いでいるのではなかろうか。

 この三等海佐が作成したリストの中には、反戦自衛官、反戦地主、市民オンブズマンなど、決して自衛隊・防衛庁にとって、大きな声では言えないが、内なる敵ともいうべき請求者がいるそうである。

 情報公開法も結構だが、このような人たちでも、請求があれば公開しなければならないのは疑問である。自衛隊・防衛庁を貶め、批判し、様々な方法での嫌がらせを行い、自衛隊員の士気を喪失させて、わが国の安全に危険を及ぼし、喜んでいる人達にまで、情報公開法により請求があれば、公開しなければならないとは、なんともやりきれない。

 このような自衛隊・防衛庁にとって内なる敵は、情報公開法の都合の良いところは利用し、そのようなこと知ってどうするのかと言うような情報の公開を請求し、公開されたはされたで、黒塗りが多くて、分からないと文句をつけているようだ。情報公開法は左翼思想を持つ連中にとって便利な法律で、この法が成立したために、各官庁は情報公開室を設置して、ただでさえ人出不足なのにやりくりして人員の配置もしなければならない。作成される文書も、情報公開に耐えるようにしなければならず、良いことはない。

 ところで、6月3日の朝日新聞に「危機の備えとプライバシ-」との題名で東京都世田谷区にお住まいの福岡みどりさん(37歳)の投稿が掲載されていた。 その投稿は、  「…今回の防衛庁の職員による個人情報のデ-タ化の問題も、官による民の権利の侵害という構図がクロ-ズアップされすぎている。扱い方に問題はあっても、何のために情報が必要なのか、それが一般市民の安全を守るためにどう有効なのかについて、論じられる必要はないだろうか。市民の敵は、一般市民の中にも潜在する。悲惨な事件が起きると、事前の危機管理が問われるが、もし防衛庁の情報公開を求めた人間の中に、後でテロや市民を巻き込むような犯罪を起こす人物がいたとしたら、その時、世論は何と言うだろう。防衛庁に情報公開を求めに来ていながら、その人物の個人情報をなぜ収集していなかったのかと、逆に問題とすることはないだろうか」 と書かれている。  

 私は、これを読んでいて、よく朝日新聞がこの投稿を掲載したものだと思っている。間違えて掲載したのではないだろうか。

 まさに福岡みどりさんの言う通り、国の安全を担う、自衛隊・防衛庁が今回の問題で萎縮して情報収集を怠ることがあれば、わが国の安全に重大な危機を招くことになりかねない。私は、今回の海上幕僚監部の三等海佐の行った行為を擁護する。しかし、情報管理の徹底を欠き、これが漏れたことが問題で、処分されるのは仕方ないであろう。自衛隊・防衛庁よ。今回のことくらいで、ひるむな!。今後とも情報収集をしっかりやって内外の敵から国民の安全を守ってもらいたいと思っている。
(2002/06/06)   

この記事は「私の主張」第118号
「防衛庁の個人情報漏洩問題について」
~ 情報開示を請求する者の個人情報収集は当然~
としてHPに掲載されていたものです。

コメント

新首相官邸の公開を要求する、大学院生

2002年06月01日 21時47分39秒 | 偏向マスコミ
~投稿を利用して、取材制限の撤廃を求める朝日新聞の魂胆~

 5月27日の朝日新聞の声欄には、大学院生である谷田川知恵氏の「新首相官邸を見学したいが」との投稿が掲載されていたので、世間には色々な考えの人がいるのものだと思い、このあさはかな、また自己中心的な大学院生と、その論調に迎合するような意見を掲載する朝日新聞を批判したいと思う。

 投稿の内容は要約すると「新首相官邸では報道機関は3階までしか行けないので、権力中枢の動きが見えない。一般国民の立ち入りはどうして認められないのか。正門の警官に告げたら、『そんなことやっていない』と言われ驚き。内閣府に電話したら、『なぜ見学したいのか』と聞かれまた驚いた」とのことである。

 さらに「税金で建てた日本の最高権力者の執務施設に興味を持つのは当然ではないか」と言っても問答無用に断られたという。また、この投稿主は「恐らく警備上の理由から一般国民を排除しているのだろうが、国民の知る権利の応えようとする視点があれば、日時や人数、コースを制限しても公開する方策はいくらでもあるはずだ」と結んでいる。

 このあさはかな、また自己中心的な大学院生は、新首相官邸への一般国民の立ち入りが認められないのに驚いたとのことだが、私は、その大学院生がわざわざ新首相官邸に出向いて、警備の警官に尋ねたり、内閣府に電話して、見学を要求するなどの言動や行動に驚いている。

 首相官邸の他にも、国家の中枢施設の全部は、この大学院生の言う通り、税金で建てたものであろうが、警備上の問題や防衛・外交機密などの関係から一般国民には公開出来ない施設や部分はあるだろう。

 この大学院生は「恐らく警備上の理由から一般国民を排除しているのだろう」と言っているが、まさにその通りで、情報公開も結構だが、いくら首相が不在で執務していない時間であったとしても、ツアーみたいに、ぞろぞろと一般国民が首相官邸の中を歩きまわられては、国家の中枢施設の安全を考えると問題がある。 

 私には、このような投稿を掲載した朝日新聞の魂胆がよく分かる。それは、新首相官邸になってから、旧官邸より3倍の広さになったことから警備の万全を図るために、内閣府がマスコミが取材出来る範囲を制限していることに、いらだちを募らせた朝日新聞が、読者の投稿という方法で、新首相官邸の取材制限撤廃を求めていることに他ならない。税金で建てたものであれば、何でも公開しろと言わんばかりの、このあさはかな大学院生の投稿を採用し、掲載した朝日新聞の見識を疑わざるを得ない。
(2002/06/01)         

この記事は「私の主張」第117号
「新首相官邸の公開を要求する、大学院生」
~投稿を利用して、取材制限の撤廃を求める朝日新聞の魂胆~
としてHPに掲載されていたものです。

コメント