私の主張・ひとりの日本人として

新聞やテレビの報道で特に偏向マスコミや反日日本人などに憤慨することが多くなり、暇な時に思いつくまま書き綴ったブログです。

除夜の鐘がうるさいと感じる寂しい人たちへ

2019年12月31日 23時04分08秒 | 伝統・文化・歴史

除夜の鐘って、うるさい? 札幌の大覚寺、苦情受け中止 市内寺院「伝統行事」継続が大半

2019/12/27

 大みそかの夜の除夜の鐘について、市民からの「うるさい」という苦情で、札幌市内の寺院が今年初めて中止を決めた。除夜の鐘の中止は全国的に増えているが、市内では「大切な伝統行事。やめないで」という声から続ける寺院が大半。社会の寛容さが失われつつあると心配する声もある。

 1907年(明治40年)建立の大覚寺(東区北10東11)は今年、除夜の鐘の中止を決断。寺院前に中止を知らせる看板を立て周知している。今春からは朝6時に突いていた鐘もやめた。荒木道宗住職(47)は「数年前から数十件、匿名の苦情が届いていた。継続を望む声も同じくらいあったがやむを得ない」と話す。
(以下略、全文はソースで。北海道新聞)

(引用終了)


 これは聞いた話しだが、ある香料会社が製造工場を新たに建設する計画を立てて土地を物色し、付近に人家はなく、田や畑が広がっているだけの適地があったことからそこに工場を建てたそうだ。何年かしてから周囲に人家が建ち始めたところ、付近の住民と称する者から、工場から出る甘酸っぱい匂いが我慢出来ないとして「なんとかしろ」と苦情が出始めたそうである。
 
 香料を製造する工場だから、匂いが出るのは当然で、だから付近に人家がない場所に工場を建てた訳であり、それを承知で引っ越して来たのに「苦情を言われましても」とその香料会社は反論したとのことだが、確かに、その工場がある前の道路を車で通ると甘酸っぱい匂いがするので、人によっては不快に感じるかも知れないが、なぜ事前調査もせずに、その工場の近くに家を作ったのであろうか。
 
 世間にはこの香料会社と同様な話しが良くあるようで、例えば、付近に空港があるのに引っ越して来て、「飛行機の騒音が酷いので何とかせよ」と訴訟を起こした例がある。また保育園から聞こえる園児たちの声がうるさいとの苦情や、農村地域に家を建てて、もみ殻を焼く煙が我慢出来ないから燃やすなと苦情を言う例など、人間は一人で生きている訳ではないのに、自分の気に入らないことは何でも苦情を言って止めさせることが良いと思っているようである。
 
 北海道新聞によれば、札幌市内にある1907年(明治40年)建立の大覚寺が、12月31日の大みそかの夜の除夜の鐘について、市民からの「うるさい」という苦情で、今年初めて中止を決めたそうであり、同寺の荒木道宗住職(47)は「数年前から数十件、匿名の苦情が届いていた。継続を望む声も同じくらいあったがやむを得ない」と話していると報じられている。
 
 除夜の鐘がうるさいと思うような者は心の病気にかかっているとしか思えず、苦情を入れているのは匿名となれば、一人なのか、あるいは何人もいるのか分からないが、匿名での苦情は卑怯と言うべきで、まず名前を名乗るのが礼儀だと思うし、大覚寺としても、匿名での苦情は受け付けないと拒否し、除夜の鐘を中止すべきではなかった。

 大みそかの夜には除夜の鐘が付きものだし、数年前までは苦情はなかったとなれば、最近引っ越してきた新住民と思われるが、大みそかの夜の風物詩になっているのを知らない新住民となれば、日本人かどうか分からない。札幌市内に住んでいる者ならば、寒さが厳しい大みそかの夜は寒冷地仕様になっている窓を閉めている筈で、また雪が積もっていれば音が吸収されて、除夜の鐘程度の音は、我慢出来ない騒音とまでは言えないだろ。
 
 大覚寺に苦情を言っているのは匿名のため日本人か、それとも外国人かは不明だが、大みそかの夜は除夜の鐘を聞きながら一年を振り返る風習が日本にあり、その伝統行事が今日まで続けられてきた歴史に重みを無視してはならず、だから少数意見に合わせて止める必要はないし、除夜の鐘を騒音と捉える寂しいと言うか、可哀相な人たちがなぜか世間にいることを憂うものである。
(2019/12/31)

写真:今年から除夜の鐘の中止を決めた大覚寺の鐘

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韓国謝罪旅行を続けたい智辯学園となれば

2018年07月19日 21時38分08秒 | 伝統・文化・歴史

「日本の植民地支配を謝罪したい」=修学旅行で毎年韓国を訪れる日本の高校が話題

2018/07/11

 2018年7月11日、韓国・インサイトによると、「過去の日本の植民地支配を謝罪したい」との理由で、生徒たちを毎年韓国に送る日本の高校が話題になっている。

 韓国の慶州市は9日、智辯学園傘下の和歌山高校・奈良高校・奈良カレッジの生徒43人が同市を訪問したことを公表した。同学園は1975年から毎年、生徒たちの修学旅行先に同市を選んでいる。その理由について、記事は「同学園の設立者である故・藤田照清初代理事長の『歴史を正しく学ばなければならない』という信念のため」とし、「正確には、日本の韓国植民地支配を謝罪し、日本文化の起源が新羅と百済であることを教えるため」と説明している。智辯学園傘下の高校では、これまでに約2万1000人の生徒が修学旅行で韓国を訪れたという。

 同市市長は「両国の生徒の交流が増えるほど日韓関係の未来は明るくなり、発展的な関係につながる」と述べ、日本の生徒たちの訪韓を歓迎しているとのこと。

 この報道を見た韓国のネットユーザーからは「歓迎する」「行動する良心に感動した。安倍首相も見習ってほしい」「感動。正しい歴史を学んだ智辯学園の生徒たちが大人になり、韓国の友人と共存できたらいいな」「韓国の子どもたちにとっても明るいニュース」「同じ考えを持つ高校がもっと増えてほしい」など、喜びのコメントが寄せられている。(翻訳・編集/堂本)
(レコードチャイナ)

(引用終了)


 今では、海外旅行も国内と同じように気軽に行くことが出来るようになり、良い時代になったものだと思っているし、だから、未だに海外に行ったことが一度もない方は極めて少数であろう。海外に行く目的は各人様々で、日本にはない雄大な風景や、伝統的建造物、また美味しい食べ物などであろうが、時間とカネを掛けてわざわざ行くのに、期待外れだったとならないように渡航先を誤らないようにして欲しいものである。

 かって偏向メディアが捏造した韓流ブームの時に、何度か海外旅行に行っている女房が「今度は韓国に行って見たい」と言ったことは一度もないし、ネットをまったくやらなくとも、韓国がどんな国か理解していたようで、また知り合いの女性に韓流ドラマを見ているかどうか尋ねたところ、あからさまに嫌なは顔をして「見ていないし、見たいとは思わない」と言っていたが、この方もテレビは見ているもののネットをまったくやらないが、韓国には関心がなかったようだ。
 
 学生時代の思いでの中で、最も楽しかったのは修学旅行であろうが、最近は海外旅行が普通になったと言うのだから、私の学生時代には考えられないことで、海外となると費用もかかるし、親は大変だろうが、それでも修学旅行に相応しく、一生思いでに残るような国に是非とも行って欲しいものである。
 
 レコードチャイナによれば11日、韓国・インサイトが「過去の日本の植民地支配を謝罪したい」との理由で、生徒たちを毎年韓国に送る日本の高校が話題になっていると報じているとし、慶州市は9日、智辯学園傘下の和歌山高校・奈良高校・奈良カレッジの生徒43人が同市を訪問したことを公表したとのことだが、それにしても参加者が3校で計43人とは少ないようであり、要するに韓国行きを辞退した生徒の方が遥に多かったのではあるまいか。
 
 この生徒たちは、朝鮮半島を日本が統治したのは誤りであったとして、その謝罪のために韓国に行った訳だが、現代の高校生に統治の責任がある訳ではないのに、智辯学園はそれでも日本人だから謝罪しなければならないとの歴史教育を行っているようである。
 
 当時の日本は朝鮮半島を搾取するだけの植民地にしたのではなく、借金の肩代わりや、膨大な資金を投入して朝鮮半島の近代化を行うと共に、学校を作って教育に尽力するなどしており、もし日本が謝罪するのであれば、石器時代のようだった朝鮮半島を近代化させてしまったことであろう。
 
 だから日本の朝鮮半島統治は与えるだけの統治であって、反対に日本が得たものはなく、アジア・アフリカ諸国で行われていた欧米列強による植民地支配とは明らかに異なるのである。同じく日本が統治した台湾からは日本に感謝する声は聞こえてくるが、恩を仇で返すことしかしない民族性がある南北朝鮮からは恨みしか聞こえて来ないのに、それでも智辯学園として韓国謝罪旅行を続けたいのであれば、生徒を連れて行くなと言いたい。
(2018/07/19)

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温泉マークは既に定着しており変更する必要はない

2016年12月09日 20時30分01秒 | 伝統・文化・歴史

”温泉マーク” 今のデザイン存続の方向で検討へ

2016/12/06

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、公共施設などの案内用のマークの見直しを検討している政府の会議は、温泉のマークについて、国内にデザインを変えないよう求める意見が多いことなどから存続させる方向で検討することになりました。

 政府は、JIS=日本工業規格として標準化されている案内用のマークを外国人旅行者にわかりやすいものに見直そうと、国際規格とデザインが異なる90種類の案内用のマークについて変更を検討しています。

 このうち、湯気をデザインした今の温泉マークについては、外国人に温かい料理を出すレストランと誤解されるおそれもあるとして新たに親子3人が湯船につかる様子を描いたデザインへの変更が検討されています。

 6日に開かれた政府の検討会議では、アンケート調査で、外国人の7割が新しいマークの案が理解しやすいと答えた一方、日本人の6割がいまの温泉マークのほうが理解しやすいと答えたという結果が示されました。

 一方、出席した大分県や群馬県の温泉地の関係者からは「今のマークはすでに駅や看板、お土産のパッケージにも使われている」などとして存続を求める意見が出されました。

 こうしたことを踏まえて6日の会議では、温泉などのマークは日本人にとってなじみが深く、変更すると混乱するおそれがあるとして、今のデザインを存続させる方向で検討することになりました。政府の会議は、新しいマークについても使えるようにするかどうか検討を続け来年3月までに最終案をまとめる方針です。
(以下略・全文はリンク参照。NHK NEWS WEB)

(引用終了)


 最近は畑仕事が忙しいので、旅行に行く暇もないが、日本人ならば、旅先で温泉に浸かって、日頃の疲れを取りたいもので、だから、温泉もない観光地に行く気はないし、家で毎日のように入っているお風呂と異なり、体の芯まで温まる温泉は格別で、最初は少しぬるいと感じても、後になってポカポカしてくるのは不思議でならない。  

 温泉は日本固有の文化であり、外国によっては温泉どころかお風呂に入る習慣もない国があるようで、日本人からすれば理解出来ないが、それも文化であり、批判してはならないし、日本人の場合は毎日のようにお風呂に入って体を洗い清潔にすることが文化なのだから、外国からとやかく言われる必要はないだろ。

 温泉に入る習慣もない外国人がいわゆる温泉マークを知らないのは当然であり、知る必要もないのだが、来日外国人にも判るように変えようとする動きがあるのは理解し難く、日本で温泉に入るのはほとんど日本人なのだから、なぜ、そこまでして外国人に気を使わないといけないのか。

  NHK NEWS WEBによれば、東京五輪に向けて、公共施設などの案内用のマークの見直しを検討している政府の会議は、温泉のマークについて、国内にデザインを変えないよう求める意見が多いことなどから存続させる方向で検討することになったそうである。当たり前であり、いくら外国人にも判るようにするためだとしても変更するかどうか検討すること自体がそもそも間違いで、温泉文化は日本独自のものであり、温泉マークや類似したものも外国にはないのだから、今の温泉マークを諸外国に広めれば良いだろう。

 今の温泉マークは、外国人に温かい料理を出すレストランと誤解されるおそれもあるとして新たに親子3人が湯船につかる様子を描いたデザインへの変更が検討されたそうだが、これも温泉文化がないから誤解している訳で、ならば、外国人に判るようにガイドブックやパンフレットなどで広報すれば良い話である。また、誰が考えたか知らないが親子3人が湯船につかる新デザインは、3人しか入れない家族風呂か、混浴温泉と誤解される恐れがあり、既に朝鮮人は日本の温泉は混浴が標準だと勘違いしてるようだ。  

 すでに定着している温泉マークを含む案内用のマークを変更するとなると、日本人も覚え直す必要があるが、ここは日本なのに外国人のために日本人が苦労することになる訳で、こんなアホは話はない。それより、外国人が日本の温泉に入る場合に刺青をしている場合は拒否されることを周知徹底させ、いくら来日外国人を増やすためだとしても、日本の温泉文化と秩序は守るべきある。
(2016/12/09)

写真:定着している温泉マーク(左)と検討された新デザイン(右)

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明治日本の産業革命遺産が世界遺産登録されたとしても

2015年07月06日 20時26分26秒 | 伝統・文化・歴史

審査持ち越しに日本困惑=日韓首脳会談に影響も

2015/07/04

 ドイツで開かれている世界遺産委員会で、日本が推薦した「明治日本の産業革命遺産」の審査が持ち越されたのを受け、政府内には戸惑いが広がっている。6月の日韓外相会談で尹炳世韓国外相が登録に協力を約束していただけに、韓国側の強硬な態度は予想外だったようだ。
 外務省幹部は4日、「外相同士が協力で一致したのだから、まだその努力を続けている」と言葉少なに語った。
 審査持ち越しは、戦時中の強制労働の歴史をめぐる日韓の調整が難航していることが原因とみられる。政府関係者によると、世界遺産委での韓国代表が行う発言内容などに関し、なお両国に隔たりがあるという。話し合いが付かない場合、委員国による投票に持ち込まれ、韓国は反対に回る可能性が高い。
 政府は、安倍晋三首相と韓国の朴槿恵大統領による初の首脳会談を今年秋に行うことを目指している。世界遺産委での調整が決裂すれば、首脳会談開催に向けた動きに水を差すのは避けられない。政府関係者は「韓国の裏切りだと日本人には映るだろう。日韓関係への影響は計り知れない」と懸念している。
(時事通信)

(引用終了)


 世間には誰からも相手にされない嫌われ者がいるようで、例えばゴミ出しのきまりを守らず、燃えるゴミの日に不燃ゴミを出したり、缶の日に瓶を出すなど、回収作業をしている行政を困らせている訳で、その出す日ではないゴミに「ルール違反」の張り紙が貼られて、当然ながら回収されず、それが、あらかじめ決まられた日まで放置され街の美観を損ねているのは困った問題である。

 わが家の近くに「ルール違反」の張り紙が貼られたゴミがいつも放置されて集積所があるが、その近くにゴミ出しのルールも守らない者が住んでいるのであろう。また他の集積所には「ゴミ出しのルールも守らな方が一人いますので、必ず出す日は守って下さい」と書かれた張札があり、それが何年も前からなので、未だ守っていないのであろうし、おそらく、その家も出す人も近所の方は分かっているであろうが、注意してもルールを守る人ではないとして嫌われているのではなかろうか。  

 嫌われ者が世間にいるように、嫌われている国も世界にはあるようで、それがまとまって日本の隣国だと言うのだから、「それはお困りですね」と日本に同情してくれる国もあるだろうし、日本の不幸は隣国に恵まれないことであり、その一つが韓国で、日本を貶め、平然と嘘を付き、「謝罪と賠償を」と言わない日はないほど、日本にカネをたかることに奔走している国なのである。  

 詐欺師の言うことを信用してはいけないのと同様に、韓国の言うことを信用してはならず騙されるだけであり、なにせ息を吐くように嘘をつくのが朝鮮人であるからで、時事通信によれば4日、ドイツで開かれている世界遺産委員会で、日本が推薦した「明治日本の産業革命遺産」の審査が5日に持ち越されたそうで、その理由は戦時中の強制労働の歴史をめぐる日韓の調整が難航していることが原因らしい。

 6月に韓国の尹炳世外相が来日し、岸田文雄外相と日韓外相会談が行われた際に日本の「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録に関して、韓国として反対しないとしていたので、政府は登録されるものと安心していたようだが、それが間違いであった訳で、当初は日本の「明治日本の産業革命遺産」の後になっていた韓国政府が推薦した「百済歴史地区」の同遺産への審査がなぜか先になり、登録が決まった途端に韓国は裏切って反対表明した訳である。  

 韓国がどのようなものを世界遺産として推薦するかは外国である日本が口を出すのは失礼であり、日韓外相会談でも、登録に関して両国がに協力することで一致していたので韓国推薦の「百済歴史地区」の登録を日本は支持したのであろう。だが韓国は自国の世界遺産登録には協力させておきながら、日本の登録に反対と言う暴挙に出たことになり、そうなると韓国の尹外相は日本を騙し、嘘をつくために来日したことになるだろう。  

 5日に持ち越された審査で、日本の「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に登録されるかどう不明だが、もし登録されたとしても韓国は協力するという約束を反故した事実は消えることはないし、日韓友好などあり得ない話になるだろう。また、日韓首脳会議など断じて行うべきではなく、平然と嘘を付き、裏切るような国と話をしても無駄ではなかろうか。  

 また韓国が戦時中の強制労働の歴史がある遺産に、それを記述すべきだとして登録に賛成する条件としているようであり、そうなると明治時代から強制徴用があったとする証拠を探す必要があるが、朝日新聞ならば何とかしてくれるかも知れないので、頼んでみたらどうか。徴用は国民徴用令によって昭和時代に実施されたもので昭和20年8月の終戦で終わっており、朝鮮に適用されたの昭和19年からの僅か11カ月だったそうであり、明治時代の話ではないのである。

 ともかく韓国に譲歩して、ありもしない明治時代から強制徴用があったことを記述をすれば、それをネタにしてし、元徴用工が補償と謝罪を要求するようになるだろうから、何を言われても韓国に妥協してはならない。現時点では「明治日本の産業革命遺産」が登録されるかどうか分からないが、もし登録されたとしても日本国民の嫌韓感情は高まるであろうし、特に登録を心待ちにしていた日本各地の各資産の地元は韓国への怒り相当なもので、今回の件で朝鮮人の本質がわかり、困っていても助けず、一切関わらない方が良いことが分かったのではあるまいか。
(2015/07/06)

追伸

 既に報道されているように、5日に「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に登録されたようだが、韓国は登録を支持する条件として、遺産とされている一部の施設で、強制徴用があったことを認めるように執拗に要求したようであり、登録が決まったあと、日本の佐藤地ユネスコ大使は「1940年代に一部の施設で大勢の朝鮮半島の人々などが意に反して厳しい環境下で労働を強いられた」として「この犠牲者のことを忘れないようにする情報センターの設置など、適切な措置を取る用意がある」と述べたそうである。

 韓国に譲歩しても良いことは何もないし、それは今までの歴史が証明しているではないか。何度も何度も騙されているのに学習してこなかったのかと言いたくなる。これででは慰安婦に続いて、元徴用工が謝罪と賠償を要求し始めるであろうし、日本からカネを引くためには何でもするのが韓国であり、今回の譲歩は痛恨の極みで、登録を手放しで喜ぶような気持ちにはなれない。

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夫婦別姓は日本の伝統文化と家族制度を破壊する

2015年02月22日 21時32分26秒 | 伝統・文化・歴史

夫婦別姓へ法改正を=井上公明幹事長

 公明党の井上義久幹事長は20日午前の記者会見で、夫婦別姓を認めない民法の規定をめぐり最高裁が憲法判断を示すことに関し、「最高裁の判断を待つことなく、選択的夫婦別姓を認める法改正を実現すべきだ」と述べ、別姓実現のため早急に民法を改正すべきだとの考えを示した。(2015/02/20-12:16)
(時事通信)


(引用終了)


 女房と結婚してから約40年になるが、結婚の際に私の姓になることに不満を言ったことはなく、むしろ喜んでいたし、新婚時代に一緒に買い物に行けば店員から「奥さん」と声を掛けられて恥ずかしそうにしていた覚えがある。女房とは何の血の繋がりもない訳だが、結婚して同じ姓を名乗ることで、私の一族として迎え入れられ、親戚なども私の女房として認めてくれて今までと同様にお付き合いをしてくれるのではなかろうか。

 結婚の際に妻が夫の姓を名乗るようになるのがほとんどだが、反対に夫が妻の姓を名乗ることも出来る訳で、結婚とはお互い両親から独立し、新たな戸籍を作ることで、だから本籍も好きな所におくことも自由であり、現に天皇皇后両陛下のお住まいの皇居の所在地(東京都千代田区千代田1−1)を本籍にしている方もおられるらしい。

 今まで別姓の夫婦に出会ったことは1度だけあり、確か子供は2人いた覚えがある。そうなると子供の名前は夫婦どちらを名乗っているのか気になるところだが、それを尋ねるのは失礼だと思ったし、また、なぜ夫婦別姓なのかも尋ねることも同様で、何か特別の事情でもあるのだろうと思った次第である。  

 時事通信によれば公明党の井上義久幹事長は20日午前の記者会見で夫婦別姓実現のため早急に民法を改正すべきだとの考えを示したそうであり、これは夫婦別姓を認めない民法の規定をめぐり最高裁が近く憲法判断を示すことに関したものであり、夫婦別姓が文化である支那や朝鮮ではあるまいし、夫婦とその子供が同じ姓を名乗ることで家族を形成するとの日本の文化とは異なるもので、日本人からすれば、夫婦別姓など想像することも出来ない話だ。  

 公明党・創価学会とすれば支那や朝鮮の文化を取り入れたいであろうし、また朝日新聞も夫婦別姓を推進しようとしているとなれば、これは日本の伝統文化と家族制度を破壊するもので断じて反対であり、公明党・創価学会が民法を改正してまで夫婦別姓にこだわるのは、夫婦別姓だと朝鮮人だと分かってしまうので、それを隠すためのものとしか思えず、だから朝鮮人にとって都合が良いだけであり、それより、朝鮮人は本名を隠し、通名を使って日本人に成りすますなと言いたい。
(2015/02/22)

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東京裁判を批判しているのはパール判事だけではない

2014年09月05日 22時28分24秒 | 伝統・文化・歴史

「東京裁判で果たしたパール判事の役割忘れない」 モディ首相

2014/09/02

インドのモディ首相は1日夜の安倍晋三首相との夕食会で、極東国際軍事裁判(東京裁判)で判事を務め、被告全員の無罪を訴えたパール判事の話題に触れ、その功績をたたえた。

 モディ氏はスピーチで「インド人が日本に来てパール判事の話をすると尊敬される。自慢できることだ。パール判事が東京裁判で果たした役割はわれわれも忘れていない」と述べた。

 首相は第1次政権時代の平成19年8月にインドを訪問した際、パール判事の長男、プロシャント・パール氏と面会している。首相の判事への思い入れは強く、両首脳は「歴史」を通じてさらに友情を深めた。

 インドのパール判事は東京裁判に対する意見書で、戦勝国が事後法により敗戦国を裁くことに疑問を提起し、原爆投下を批判した人物として知られる。
(産経新聞)

(引用終了)


 昭和58年(1983年)に公開された小林正樹監督によるドキュメンタリー映画「東京裁判」を鑑賞した記憶があるが、私が生まれた昭和21年に始まった東京市ヶ谷の旧陸軍参謀本部で行われた極東国際軍事裁判(東京裁判)の模様を、アメリカ国防省の撮影班による記録フィルムを主に構成されたものであった。

 ともかく長い映画であったが、途中で退屈することもなく、スクリーンを注視していたし、調べたところ全部で4時間37分に及ぶ超大作であったようで、2年以上続いた裁判で、それを記録した映画となれば長いのは当然かも知れない。

 この映画の中で印象に残ったのはアメリカ人のブレイクニー弁護人による「原爆」発言であり、それはアメリカは広島・長崎への原爆投下によって「一般市民に対する非人道行為」を犯した国であるのに、日本人を裁く資格があるのかと追及する場面である。そして戦争による殺人は合法であって、戦争自体が犯罪ではないのに何の罪科で、いかなる証拠で、戦争による殺人が違反になるのかとした訳で、連合国からすれば東京裁判の威信を傷つけるものだと判断され、日本語に通訳されることはなかったのである。

 また、この映画の中では、法廷場面以外の世界各国のニュースなどがおりまぜてあったが、衝撃的であったのは南京大虐殺の様子だとして、日本軍兵士によって生き埋めにされる女性や子供を含む市民であった。だが、その場面は実際に記録したものではなく、支那共産党が日本を批判する政治的宣伝のために後日製作された映画の一場面であることが判明したことから、映画「東京裁判」の評価を落としたとして批判されたのである。

 記録映画の中に捏造された映画の一場面を挿入し、それも実写であるかのように観客を騙そうとした訳で、朝日新聞もそうだが、サヨク思想を持つ小林監督ならば捏造はお手の物であったのであろう。

 この「東京裁判」ではインドのパール判事が、裁判が始まって、しばらくして加わっているが、映画の中でも、その説明があり、横並びの判事席の向かって左端であった。パール判事は他の判事と異なり唯一の国際法の専門家であり、要するに他の判事は国際法に関しては素人であった訳で、だから、パール判事が戦犯とされた日本人の被告全員を無罪としたのは、国際法の真理に基づいたもので、これはパール判事が日本びいきではなく、ただ法を正しく適用したに過ぎないのである。

 日本人として「東京裁判」とは、事後法で戦犯とされた日本人が裁かれたデタラメな裁判であることを知っておくべきで、また無罪判決を下したパール判事のことも忘れてはならず、敗戦国だけに戦争責任があり犯罪とするのは間違いであったと指摘した外国人識者もいるからである。  

 産経新聞によれば、インドのモディ首相は1日夜の安倍晋三首相との夕食会で、極東国際軍事裁判(東京裁判)で判事を務め、被告全員の無罪を訴えたパール判事の話題に触れ、その功績をたたえ、「インド人が日本に来てパール判事の話をすると尊敬される。自慢できることだ。パール判事が東京裁判で果たした役割はわれわれも忘れていない」と述べたそうで、今まで現役の外国首脳が東京裁判を批判した例はないが、これは画期的なことではあるまいか。モディ首相におかれては再来日の際に靖国神社にあるパール判事の顕彰碑を訪れて欲しいものである。

 イギリスの植民地であったインドが独立を果たしたのは、欧米列強からの解放を目的として戦った日本のおかげだとして、感謝しているインド国民も多いのであり、また、支那と南北朝鮮以外のアジア諸国のほとんどが親日国であるのはその証左ではあるまいか。

 インドのような親日国の首脳が来日し、日本のおかげだとして感謝しているのに、今まで売国政治家は親しくすべき国を間違え、絶対に感謝されずに仇で返される国ばかり援助してきたのは税金をドブに捨てたも同然である。

 戦勝国による歴史観がすべて正しいとは思えないし、敗戦国になったとはいえ日本にも言い分がある筈であり、モディ首相がパール判事の話を出して見解を述べるのは日本人としても嬉しいことで、日本を侵略国家だとして糾弾した東京裁判を批判しているのはパール判事だけではなく、外国人有識者さえも連合国の戦争責任を問うているのである。戦争は違法でもなく犯罪でもないのに日本だけが戦争責任をいつまでも追及されているのは納得出来ない。
(2014/09/05)

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日本国民としての誇りは胸を張って国歌を堂々と歌う時

2010年04月01日 23時10分22秒 | 伝統・文化・歴史

【新年度】橋下知事が任命式の君が代斉唱に「声が小さい!」

2010.4.1 12:04

 大阪府の新規採用職員任命式が1日、大阪市中央区の府庁新別館で開かれた。今年度から式典の開会にあわせて国歌斉唱を導入。橋下徹知事は「声が小さい」と一喝。「みなさんは国家のもとで仕事をするのだから、思想信条の自由とかいっている場合ではない。国歌はきちんと歌うのが義務」と早速、新職員に橋下流の洗礼を浴びせた。

 ■橋下家の子供も歌えず…/市長「大阪市こそ中心」

 任命式では例年、国歌斉唱は行われていなかったが、橋下知事からの指示を受けて実施することに。今年は新たに137人が入庁。国歌を歌っている職員も、そうでない職員もいたが、みな緊張した面持ちで式典に臨んでいた。

 訓示のなかで、橋下知事は「うちの子供が国歌を歌えなくてびっくりした。みなさんは公務員になって憲法を順守すると誓った。国家のもとで仕事をするのだから、国家国民を意識しないといけない。これからはことあるごとに国歌斉唱をしていきます」と訴えた。

 これまで国歌をきちんと歌ったことがないという男性職員は「学校などで国歌を学ばなかったので、歌えなかった。日本人なのでこれからは歌えるようにしたい」。別の女性職員は「歌えるけど、恥ずかしくて声が小さかった」と話した。
(以下略)

(産経新聞)  

(引用終了)



 自国の伝統文化、歴史などに誇りを持つことは、どこの国であろうが、当然のことと言えるし、少なくとも自国の過去をあげつらい、足蹴りするような人間は外国から信用されないし、バカにされるだけであり、また、そのような人間に共通するのは、それが恥ずかしいと思っていないから始末が悪いのである。

 人間であれば恥ずかしいと言われることはしないものだが、にも関わらず平然と行っているのは日本を貶めている反日日本人と言われている連中であり、日本国民でありながら、日本が嫌いなどと言うのだから話にならず、まさに、一種の精神的疾患と言えるし、現代医学では治癒は困難で、直ったと言えるのは、この世にいなくなった時しかないと思っている。

 日本人であれば、国旗日の丸に敬意を示し、国歌君が代を歌うことが出来なければ、いくら「憲法を守ろう」と言っても信用出来ないし、また、国旗国歌に嫌悪感を持っているようでは、日本と言う国も嫌いなのであろうからして、間違っても国家・国民のために働く公務員になるべきではない。

 報道によれば、大阪府の新規採用職員任命式が1日、大阪市中央区の府庁新別館で開かれたとのことある。今年度から式典の開会にあわせて国歌斉唱が導入されたことで、橋下徹知事は「みなさんは国家のもとで仕事をするのだから、思想信条の自由とかいっている場合ではない。国歌はきちんと歌うのが義務」と述べ、今後もことあるごとに国歌斉唱をする考えを示したそうである。  

 橋下知事の言うことはまさに正論であり、全体の奉仕者たる公務員は国家・国民のために働くのであり、思想信条の自由を理由に国歌を歌えないとなれば、公務員しての資格もないし、本当に日本人なのかどうか疑わしいと思っている。  

 学校などで国歌を学ばなかったとして、歌えなかった男性職員もいたようだが、自分の国の国歌も知らず歌えないのは恥であり、学ばなかったならば歌えるようにすべきで、まして公務員になろうとする者が知らなかったでは済まされない。また、ある女性職員は「歌えるけど、恥ずかしくて声が小さかった」と話したそうだが、国歌を歌うことがなぜ恥ずかしいのか理解出来ず、日本国民としての誇りは胸を張って国歌を堂々と歌う時ではなかろうか。   

 国歌君が代は世界各国の国歌の中で一番良いとされており、格調が高く、荘厳であり、軍歌調の国歌が多い中、お互いの長寿を祈ると言う何とも平和的な国歌で、婚礼を祝う歌とされていたこともあり、ある結婚式場では今でも新郎新婦入場の際に流れされていると新聞で読んだことがある。  

 国歌を歌うことになったことが報道されるとは異常の何者でもなく、また国歌斉唱の際に起立しないで処分される教職員もいるようだが、国歌を巡って、いまだに論争が続いているのは日本国民の国家意識が未だに希薄であるとしか思えず、あの鳩山総理が「国と言うものが良く分からない」と地球市民的な恐るべき発言をしているのだから、大阪府の職員となった者が国歌を知らなかったとしても何ら不思議ではない。
(2010/04/01)  


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昔のものでも良いのものは残しておくべきだ

2009年04月27日 23時56分30秒 | 伝統・文化・歴史

   先日、ある和菓子の店に孫を連れて買い物に行ったが、人通りが多い所にある店ではなく、駐車場もないので「これで商売になるのか」と思ったほどだが、昭和30年代頃の雰囲気がある店構えから、後日近所の方の話を聞いたところ、かなり繁盛しているとのことであった。

 5種類位の和菓子を選び、「全部でおいくらですか」と言うと、若い店員は今では珍しくなってしまった「そろばん」を使って代金を計算していたことから、私は「レジが使われるのがあたり前の時代に、そろばんとは驚きました。ですが、この店にはレジより、そろばんの方が似合いますね」と話したが、何でも新しいものが良いのではなく、この和菓子の店のように、何年も使われているであろう「そろばん」をこれからも大事に使っていくことの方が良いと思う。

 カメラにしても、今や「デジタルカメラ」が主流となり、フイルムを入れて撮影するスチルカメラを使うことは少なくなったが、それでも、スチルカメラを捨てずに、時々出してはシャッターを切る音を楽しみ、レンズの汚れをクリーニングペーパーで取っているが、もう使うことはないだろうと思っても、アナログ物には捨てがたい味があるのは、デジタル物と異なり、まだ何年も使えるからではなかろうか。

 富士五湖の一つである西湖の近くに茅葺きの集落「西湖いやしの里根場」があり、先日友人と行ってきたが、日曜日のせいか多くの観光客で賑わっていた。この場所にはかって茅葺きの集落があり、それが昭和41年に起きた土石流によって大きな被害を受け、ほとんどが流失してしまったそうで、それから40数年の歳月を経て、昔懐かしい茅葺きの集落が再建されたとのこと。

 今風の近代的なものを作り、観光客を呼び込もうとしても、最初は良くても、すぐに飽きられてしまい観光客も遠のいてしまうようだが、「西湖いやしの里根場」のように再建されたものであっても、日本の古き時代を思わせるものは、その時代を知らなくとも、また来たくなるし、現に「重要伝統的建造物群地区」などに指定され、古い街並みが今でも残っている所に多くの観光客が訪れているのである。

 映画「三丁目の夕日」がヒットしたのは多くの方が郷愁を覚えたからであり、何でも新しくすれば良いのではなく、今の日本にとって大事なのは、昔のものでも良いのものは残しておくことではなかろうか。
(2009/04/27) 

  写真:茅葺きの集落「西湖いやしの里根場」
   

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インドネシア独立のために戦った残留日本兵

2007年08月23日 01時41分26秒 | 伝統・文化・歴史

 安倍総理は8月19日から25日までの予定でインドネシア、インド、マレーシアの3カ国を訪問しているが、偏向マスコミは支那、韓国への訪問時の報道と比較 して扱いが地味であり、安倍総理が今回訪問しているのもアジア諸国だが、これではアジア重視を叫び続ける偏向マスコミにとって特亜だけがアジアだと思って いる証左である。

 今回、最初の訪問国となったインドネシアで安倍総理は21日、ジャカルタのカリバタ英雄墓地を訪れ献花したとのことであり、同墓地にはオランダとの独立戦 争で命を失った兵士や、特に国家に対する功績があった政治家、軍人、文官らのほか、独立戦争に参加した旧日本軍兵士27人も埋葬されているそうである。

 諸外国を訪問した場合は、その国のために亡くなった方が埋葬されている墓地などを訪れて献花することが外交儀礼となっているからして、今年4月の訪米時にも安倍総理はバージニア州のアーリントン国立墓地を訪問し献花をしている。

 だが、わが国では国のために亡くなった方が神として祀られている靖国神社に総理だけでなく、政治家が参拝することすら批判の的になっているとは奇妙の他は なく、日本の政治家が外国にある慰霊施設を訪問するのは良いが、靖国神社に限ってはダメだとするのでは、国のためにたった一つしかない命を捧げた英霊達は 無駄死にだったと言っているのも同然ではなかろうか。

 映画「ムルデカ17805」にもなったが、日本の敗戦後、オランダはインドネシアを再び植民地にしようとして侵攻して来たが、残留していた旧日本軍兵士約 2000人が、インドネシア人と共に対オランダ独立戦争を戦い抜き、そのうち半数は戦死したと言われており、最近でも独立戦争を戦った残留日本兵が亡く なったが同様に国立英雄墓地に埋葬されていることからして、これはインドネシアが残留日本兵の協力なしには独立を成し遂げることが出来なったことに感謝 し、敬意を表しているに他ならない。

 安倍総理が対オランダ独立戦争を戦い抜いた残留日本兵が埋葬されているカリバタ英雄墓地を訪れたことで、オランダは文句の一つも言いたいところだが、それでは例の国と同じになってしまうのでグッとこらえているのであろう。

 インドネシアを330年に渡り植民地にしていたオランダだが、欧米列強の植民地政策はともかく本国の国益が中心なのであり、だから植民地からしぼれるだけ しぼることしか眼中にないのだから莫大な富を築くことも出来た訳で、、インドネシアに本国の40倍に相当する面積を植民地にしたと言われているオランダだ が、それをインドネシアが独立を果たしたことですべて失ったのだから、オランダの落胆は大きかったことは間違いなかろう。

 そのようなオランダだから、反日感情があるだろが、だから1991年にオランダ王室のユリアナ女王が来日した際に宮中晩餐会で日本の戦争責任に言及する異例のスピーチを読み上げるなどの非礼を働いたのであろう。

 わが国は戦争に負けはしたが、アジア諸国はすべて独立を果たし、戦勝国の持っていた植民地はすべてなくなった訳であり、そのような中で、終戦後に帰還でき たにも関わらず、インドネシア独立のために戦い戦死した残留日本兵がいることを同じ日本人として誇りに思って良いのではないか。

 「かって日本はアジアを侵略した」と言う国や人がいるが、少なくともインドネシアでは対オランダ独立戦争に参加した残留日本兵に感謝していることは間違いないことは国立英雄墓地に埋葬され、鎮魂の祈りが捧げられていることからして明らかである。

 戦争の是非はともかくとして、国家の礎となられた方を英雄として祀り、感謝の誠を捧げることは世界の国々は当然のことと捉えていると思うし、それがわが国では未だに論議の対象となっているからこそ特亜の内政干渉を受けるのであるまいか。
(2007/08/23)

写真:映画「ムルデカ17805」のポスター

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軍命令による集団自決は慰安婦と同じ構図

2007年06月22日 20時57分44秒 | 伝統・文化・歴史
   戦時中に日本軍兵士を相手にした慰安婦の存在を否定している訳でもなく、軍によって強制連行された慰安婦がいたことを示す証拠はないとの政府見解が示されたにも関わらず、「慰安婦の存在そのものを否定している」と騒いでいる連中もいるようだが、そのような連中にとっては何でも日本軍が悪かったことにしなければならない「決まり」のようなものがあるらしい。

 その慰安婦問題では「強制連行された慰安婦はいないと言うならば、いないとの証拠を出せ」として、なかったことを証明せよと騒いでいる訳で、あったことは資料などで証明出来るかも知れないが、なかったことを証明出来る訳はなく、これこそ悪魔の証明と言わざるを得ない。

 例えは適切ではないかも知れないが、研究によって、ある動物の分布の北限が関東地方で、東北地方にはいないとされているならば、「東北地方にもいる筈だ」と思っている人が、必死になって、その動物が東北地方にもいることを証明すれば良いことだ。

 慰安婦問題で形勢不利となったことを悟った反日サヨクは、今度は沖縄のおける集団自決の問題を取り上げているようで、要するに「集団自決は軍によって命令されたものだ」と騒いでおり、これも慰安婦問題と同じ構図で、集団自決は軍の命令によるものでなく、年金を貰うために、軍命令であったと嘘を付いていたと証言する者が現れたことから、反日サヨクは慌てている訳である。

 今まで軍の命令による「集団自決があった」とされていたことが否定されてしまっては反日サヨクにとって都合が悪いに決まっており、だから「集団自決などなかった」と誰も言っていないのに、集団自決そのものを否定する声があるのは驚くべきことだと嘘をついて、何が何でもでも旧日本軍が悪かったことにしなければと必死になっているのであろう。

 高校日本史の教科書検定では、「集団自決は軍による強制であった」とする表現に検定意見が付いたのは、前述したようでに、年金を貰うために、生き残った人が嘘を付いていたことが明らかになったからであり、曖昧なことを教科書に載せる訳にはいかないとして修正が求められるのは当然である。

 沖縄県議会の議員団が22日、文科省などを訪れ「日本軍による関与なしには起こり得なかったことは紛れもない事実」として検定意見の撤回と、記述を元に戻すことを求める意見書を提出したそうだが、自決命令などなかったと証言している人もいるのに、軍による自決命令は「紛れもない事実」と断定するからには確たる証拠を沖縄県議会の議員団は持っているのであろうから、それを出せば良いではないか。

 「軍による自決命令はあった」と言うのであれば、あったことを証明すれば良いのであって、色々調査しても「なかった」となれば、「あった」ことが証明されるまで「なかった」と考えるしかないと思うが、にも関わらず「あったことは紛れもない事実」と言っているだけでは話にならない。
(2007/06/22)

この記事は「今日のコラム」
「軍命令による集団自決は慰安婦と同じ構図」
としてHPに掲載されていたものです。

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興亜観音例大祭と守る会の懇親会に参加して

2004年05月18日 23時00分10秒 | 伝統・文化・歴史
 毎年5月18日には礼拝山興亜観音の例大祭が挙行されるとのことで、今まで何度か参拝はしたことはあっても、例大祭には参加したことはないので、今回初めて参加することにした。興亜観音は静岡県熱海市伊豆山にあり、JR熱海駅から9番バス乗り場から伊豆山行きのバスに乗り、終点の伊豆山(身代不動尊前)で降り、湯河原方面に向かい200メートルほど国道を歩き、左手に見える急坂を登ったところにある。

 熱海駅でバスを待っていると、黒の礼服を着た紳士がおり、どこかのテレビで見たような人だなあと思いつつ、名前を思い出せない。バスの終点の伊豆山から、興亜観音へ向かう急坂を、その紳士と共に登り始めたが、私の方が先にどんどん登ってしまい、興亜観音像と七士之碑などの前を通り本堂脇に設けられていた受付を済ませたところに、先ほどの紳士が来られたが、そっと受付の記帳簿を見たところ、前拓殖大学総長の小田村四郎先生であられた。それから本堂脇の休憩所でお茶を飲んでいると、小田村先生が入ってこられ、私の前に座ったが、偉い先生なのでとても話しかけることなど出来なかった。

 例大祭は午後1時から始まったが参列者は150人位であろうか、まず僧侶による支那事変初期に於ける日中両国戦没者、大東亜戦争全戦没者(戦争犯罪人として殉難された方も含む)の諸霊法要とイラクに派遣された自衛隊全員の任務完遂、無事帰還を祈願し、法要の後は、関東戸山流居合道会会員による奉納居合が行われ、居合の形の後、真剣でござを丸めたものをスパッと切る様子を披露してくれた。初めて目の前で見たが凄いものである。すべての行事が終わったところで急に雨がぱらぱらと降ってきた。このような法要を喜んだ戦没者が喜んで流した涙だったのか。とても偶然だったとは思えない。

 午後3時からは、紀州鉄道熱海ホテルに於いて総会・懇親会が行われるため急坂を下り、身代不動尊前からタクシーに乗って向かった。受付で出席者名簿、会計報告書、事業報告書を貰いましたが、名簿を見て知っている人はいるか確認したところ、なんとの名越二荒之助高千穂商科大学前教授(現講師)のお名前があった。名越教授の著書は何冊か読んでいるが、ロビーを見渡したところ名越教授がソファーに座って他の方と談笑しておられるお姿を拝見することが出来た。

 懇親会は興亜観音を守る会が主催するもので、会場正面には国旗が掲げられており、まず国歌・君が代の斉唱と戦没者に対して黙祷が行われた。最初は会計報告と事業報告があり、それから興亜観音を守る会々長の板垣正氏の挨拶、小田村先生の乾杯の音頭で懇親会が始まった。理事の方から「もっと会員を増やして下さい」「興亜観音ってなぁーにとのパンフレットが好評です」などとのお話があり、昨年より参加者が増えたと話されていた。

 興亜観音を守る会の方は戦争体験者も勿論おられるでしょうが、戦争を知らない私と同じ年代か、またもっと若い方もおられるようである。皆さんは祖国日本の行く末を思い、戦没者に感謝する心を人一倍持っている方と見受けらる。ただ、戦没者の追悼施設と言うと勿論靖国神社が日本を代表するもので交通の便も良いことから参拝者も多いようだが、それに引き替え興亜観音は交通の便は良くなく、急坂を登らなければならないので、それが残念なことである。だが私が初めて参拝した時に比べて、何回か参拝をしていると、急坂を登ることに慣れと言うか、また興亜観音のお顔と、それをお守りする伊丹姉妹のお話を伺うのが楽しみになった。

 興亜観音は合掌されたお姿で支那の方に向かい、支那事変初期に於ける両国戦没者を慰霊されている。他に敵国の戦没者を慰霊して国があるだろうか。日本は敵味方を問わず戦没者の御霊をお慰めしているまさに武士道の国と言って良いであろう。
(2004/05/18)  

この記事は「今日のコラム」
興亜観音例大祭と守る会の懇親会に参加して
としてHPに掲載されていたものです。

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唱歌・童謡は歌い継がれてきた「日本の心」

2004年04月28日 21時47分09秒 | 伝統・文化・歴史
 来年の春から使われる小学校の音楽教科書になつかしい唱歌・童謡が約13曲ほど復活することが今日(28日)の産経新聞に掲載されていた。現在では9年間の小中学校通して60曲くらいしか登場しないとのことであり、復活する曲は「夏は来ぬ」「月の沙漠」「あの町この町」「七つの子」「みどりのそよ風」「いぬのおまわりさん」「鞠と殿さま」「からたちの花」などで、これまで「蛍の光」と「仰げば尊し」すら扱わなかった教育芸術社がこの2曲を復活させたそうである。

 この記事を読んだ時、「今の時代に合わず古めかしい」「歌詞の意味が難しい」などの理由と言うか屁理屈で、次世代に歌い継がせるべき「美しい日本の唱歌・童謡」を次第になくしていこうとの勢力の浸透が音楽教科書まで及んで偏向させているとは聞いていたが、僅か13曲ほどの復活ではあるが非常に嬉しく感じた。

 最近は唱歌の本が多く売れ、コンサートも頻繁に開かれていることや、中高年の「自分たちが学び親しんだ唱歌・童謡を子供や孫が全然知らない。日本人の心のふるさと喪失だ」という不満は教育現場に向けられ、そのような時代の空気に教科書会社は敏感に反応したのではと産経は指摘している。

 私はコラムは書くときは、何時も「日本の叙情曲」をBGMとして流しているが、毎日聴いても飽きないし、このような「美しい日本の唱歌・童謡」を子供達が知らないままでいることは非常に残念なことであり、音楽がすべてではないとしても、最近の子供たちのすさんだ心を唱歌・童謡を聴き、また歌うことによって取り戻すことが出来るのではないかと思っている。

 最近の唱歌・童謡ブームに、昭和40年代から続いていたという教科書から消して行こうという傾向に歯止めがかかった教科書会社の方針転換について産経は「学習指導要領は、長い間親しまれてきた唱歌、わらべうたや民謡など日本のうたを取り上げるよう求めており、この観点を重視した。正しい日本語を音楽を通じて歌い継ぐのが学習と考えた」(教育芸術社)。「14年度教科書から設けた『日本の歌 心の歌』というコーナーが好評だった。今回は地域とのかかわり、異なる世代でコミュニケーションを図ることの大切さを考慮して唱歌をふやした」(東京書籍)。「時代や地域を超えて歌い継ぐ曲を見直して選んだ。唱歌・童謡は学校で教えないと、教わる機会のないものだ」(教育出版)との教科書会社のコメントを掲載している。

 「美しい日本の唱歌・童謡」が見直されてきたから方針転換したとはおかしいではないか。教科書出版会社は「今の時代に合わず古めかしい」として、最近の日本語としても意味不明な歌詞の歌を載せて、美しい日本語で歌い継がれてきた唱歌・童謡を少しずつ消してを失わせようとしたことが、そもそも間違いではなかったのか。

 唱歌・童謡は昔から歌い継がれてきた「日本の心」と言うべき次世代に絶対に残さねばならないものあり、それがなくなる時は日本人が心を失う時である。日本の唱歌・童謡を聴いていると本当に心が癒され、日本人として生まれて良かったとつくづく思う。さあ間もなく5月。この季節にふさわしい「春が来た」「春の小川」「春の唄」「背くらべ」「朧月夜」「みどりのそよ風」などを皆で歌い、日本人として生まれた喜びを感じたいと思う。
(2004/04/28) 

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「唱歌・童謡は歌い継がれてきた「日本の心」」
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どうしても土俵に上がりたい太田房江知事

2004年03月13日 22時02分13秒 | 伝統・文化・歴史
 大相撲春場所の優勝力士へ大阪府知事賞を授与したい太田房江知事に対し、大阪府監査委員は12日に、日本相撲協会から、知事が女性であることを理由に土俵へ上がることを拒まれているとして、知事賞の授与停止を検討するよう求める監査報告を大阪府に提出したそうである。これに対し、太田知事は「総合的な判断」としてこの勧告に従わず、例年通り男性の副知事に代理で授与させる考えを示したとのこと。

 太田知事が男女共同参画の観点から知事賞を授与する際に土俵に上がることを求めていることはかねてから知られているが、日本相撲協会は、土俵へ上には男性しか上がれないという伝統を破りたくないとして「伝統を大事にし、日本にもそのような所があっても良いのでは」との見解を示したことがあると記憶してる。

 大阪府知事賞を授与する時は、知事本人が行うのが筋であろうし、毎年のように男性の副知事が代理で授与していたのでは、知事賞だか副知事賞だか分からなくなってしまう。また、土俵には女性は上がれないのは「明らかな性差別。憲法違反だ」とか言って人もいるそうである。

 男女共同参画の趣旨は理解出来ないことではないが、それ以上に長年に渡り継承されてきた伝統文化を大事にする必要はないのかと言いたくなる。であるから男女共同参画社会の実現のために伝統文化など破壊しても良いとして、それが何故か男だけの世界に女が入り込んで来る一方通行のように思うのである。

 社会的な性差をなくすことが男女共同参画なら、女だけに認められる伝統文化の世界に男が入り込んで行っても良い訳だが、それは男としてしたくないし、したいとも思わない。各地の自治体には、この男女共同参画社会の実現のためか「女性センター」のような建物が建設されているが、おかしなことに「男性センター」が建設されたとは聞いたことがない。

 太田知事サン。土俵に上がるのは男だけに認められる伝統文化の世界なのだ。男は女だけに認められる伝統文化の世界を侵害することなど考えていないから、男の世界を侵害することは止めた方が良いのではなかろうか。そのように考えると土俵に上がるのは男だけという伝統文化が憲法違反と言うのも私には理解出来ないのである。
(2004/03/13) 

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涙なしには読めない英霊たちの遺書

2003年08月19日 21時06分18秒 | 伝統・文化・歴史
  真夏だと言うのに今日19日で、連続6日間うっとうしい日が続いている。セミの声もあまり元気がないようで、夏は何処へ行ってしまったのだと思うこの頃である。さて我が国の偏向マスコミは15日の終戦記念日には、閣僚の誰が靖国神社に参拝したか、またしなかったかを検証し、また石原都知事は参拝して、どんな発言をするかを注目し、石原氏の「外国がガタガタ言うことはない。内政干渉どころか失敬だ」との発言を「問題発言だ」と報道している。

 何で石原氏の発言が問題なのだろか。まっとうな事を言っているのに、その発言を支那や韓国にご注進するマスコミの方がよほど問題である。ところで、この石原発言について文句が来たのであろうか。マスコミはちゃんとご注進してあるのか。文句が来ないのはおかしいではないか。

 小泉総理は、今年はすでに靖国神社に参拝しているとして15日の参拝はしなかったが、総理が靖国神社に参拝するという気持ちを持つようなったのは鹿児島知覧町にある知覧特攻平和会館を訪問し、神風特別攻撃隊として散華されたまだ10代、20代の若者達の遺書を読んだことからだと言われている。 私も、昨年12月に訪れる機会があり、あどけなさが残る特別攻撃隊の若者達の遺影や遺書を読んでいると、頬を何度が涙が伝い、このような若者達が「自分達が死ぬことにより、日本を誇りある国として残すことが出来る」と言って散華されたことを忘れるべきではないと思った。特攻は決して、「狂気の沙汰だ」とか「無駄死だ」ではない。そんなことを言っているのは反日日本人だけではないか。崇高な自己犠牲の精神によって、祖国の安泰を願い散華された特攻精神が受け継がれている限り、日本は世界から尊敬され滅びることはないであろう。

 英霊の遺書と言えば、自宅から車で10分位のところにある古本屋で先日「昭和の遺書」という本を見つけた。373点に及ぶ全国の一般家庭から募集したという手記、書簡、日記などが掲載されており、そのどれを読んでも涙が出てしまう。まだ17歳の若者や新婚の妻を残してたまま、また幼い子供を残して戦死された英霊たちの国や家族を思う切々とした気持ちに衝撃を受け心を打たれる。

 その中で、特に涙が出てとまらなかった昭和20年7月5日フィリピン・ルソン島マニラで戦死された埼玉県出身・陸軍少尉北岡徳之助さん(40歳)の遺書を紹介する。
 それは、航空便と船便の2通で送ったうちの1通で、この手紙を書いて半年後戦死したと言う。遺書は娘・澄江、長男・隆、次男・博さん宛のものですが、長男の隆さんは当時9歳だったと言う。

此の手紙は私の戦死公報の入った時に子供達に見せて下さい。

澄江、隆、博、お父さんは祖国の隆盛を祈りて潔く死んで行きます。

お父さんの亡き後は澄江は女学校を卒業して学校でも会社、工場で

好む処に就職して家計を助け弟達の面倒を見る事。

隆と博は学校がすきでしたから中学校専門学校を卒業する事。

隆は気分が落ちつかなくてそわそわして居るのが心配です。

身体を丈夫にしてしっかり勉強して下さい。

隆と東京駅でわかれる時に隆がお父さんと呼んだ声は、お父さんの

耳にまだ残っております。

博はお父さんの顔も知らないので一番可愛いさうです。

博と東京駅でわかれる時にお前はニコニコとハイチャチャをして

おりましたのが、お父さんの目に残っております。お父さんを知ら

なく共決してひがんではいけません。お父さんはお前達3人の大

きくなったのを遠くの方から何時でも見て居ります。

(後略)

昭和20年1月21日

                       お父さんより
澄江、隆、博へ

(2003/08/19) 

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涙なしには読めない英霊たちの遺書
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58回目の終戦記念日に思う

2003年08月17日 22時54分49秒 | 伝統・文化・歴史
~今後も支那の陰謀に乗せられる国になり下がるのか~  

 終戦記念日を挟んで、14日から今日17日まで4日間連続に雨が降っている。特に15日は、かなりの雨が降った。例年ならギラギラした真夏の太陽の光が照りつけ、汗がしたたり落ちる時期だが、今年はどうなってしまったのか。15日には靖国神社に参拝するつもりであったが、今年になり身内で不幸が重なり、新盆の供養とか、墓石のことで石材店との打ち合わせなど色々と用事があり、靖国神社に行くことが出来なかったが、近日中に必ず参拝したいと思っている。

 今年の8月15日は58回目の終戦記念日だそうだが、かって悲惨な戦争があったことすら忘れ去られようとしている。300万人以上と言われる戦争による犠牲者のことをいつまでも忘れることがないように、8月15日でなくてもせめて年に1回位は靖国神社に参拝し、英霊の御霊をお慰めすることは国民の義務ではないであろうか。

 支那共産党は、終戦記念日が近づくと「日本の指導者が靖国神社に参拝をしてはならない」として未だに文句を言ってくる。また「小泉首相が靖国神社に参拝を続けるようでは中国訪問は歓迎できない」と言っているそうだが、では小泉首相がアメリカのブッシュ大統領にワシントンのアーリントン墓地に行くなと言えるであろうか。

 支那共産党は、抗日戦を戦ったのは共産党軍のように言っているが、政府軍(国民党軍)を率いる蒋介石と日本軍と戦闘をあとになって共産党軍が戦ったと創作したとのことであり、それは、改訂版・蒋介石秘録(下)に「公式に残る戦史では中国軍と日本軍の戦闘は、小戦闘38.931、重要戦闘1.117、大会戦 22の計47.000回(管理人注:合計が合致しませんが原文のままです)に及ぶが、第八路軍(共産軍)が戦闘に参加したのは平型関(1937年9月、1個師団)と山西南部遊撃戦(1938年春、2個師団)のたった2回にすぎない。このことは、連合軍参謀長ウェデマイヤーの報告によって確認されている通りである」と書かれているからである。

 また、同秘録には「毛沢東の思想を吹き込まれた第八路軍(共産軍)が、まともに抗日戦を戦うはずがない。彼らは兵力の損耗をおそれて日本軍とは正面から戦わず、政府軍(国民党軍)の力で勝とった戦果を横取りし、あたかも彼らが勝ったかのように宣伝することのみ力をそそいだ」と書かれているが、日本が政府軍(国民党軍)との戦闘に続いて大東亜戦争によるアメリカ、イギリス軍などの連合軍との戦闘により大きな損害を受け、降伏寸前に、まだ有効であった日ソ中立条約を破棄して満州に攻め込んだソ連と手口と同じではないか。

 日本がアメリカと戦うようになったのはソ連のスターリンの陰謀と言われており、本当は敵なのであるが、その一方に味方のようにして近づき、その敵同士を戦わせて、双方の兵力が損耗した時に、良いとこだけ横取りしてしまう共産党の手口は昔から変化していない。

 共産党が率いる支那は相変わらず、日本と戦ったことなどほとんどないにも関わらず、蒋介石の国民党軍と日本軍との戦いを後になって自分たちが戦い勝ったように宣伝し、戦勝国のような顔をして日本に様々な要求を突きつけている。支那共産党は、このようにねつ造と創作の名人であって、シナ事変での支那側の死傷者数が何故か年々増えて行くのが不思議であり、また、南京事件と言われるものが本当にあったのか。自分達は戦わないのに後になってあれは自分たちが戦ったと宣伝し、戦争により支那人民に多大な損害が出たなど良く言えるものだ。

 蒋介石は、戦後、共産軍により台湾に追いやられたからと言っても、その恨みから「共産軍は戦わなかった」と嘘をついているとは思えない。蒋介石については色々と評価が分かれているようだが、戦後「徳を以て怨に報いる」という名せりふで日本軍将兵の帰国を円滑に進め、どこかの国みたいに、武装解除した日本軍将兵を騙して、シベリアの奥地に拉致抑留したこととに比べれば良かったではないであろうか。だが、蒋介石のこの名せりふも、日本軍の武器弾薬などが欲しかったので謀略であるとの説もある。

 次に日本軍が遺棄したという化学兵器のことだが、日本軍は武装解除された時、武器弾薬などはすべて没収されている訳であり、であるから今日発見されている化学兵器は没収した支那軍が遺棄したものではないであろうか。使える武器は頂き、使えない武器は捨てたのであろうから、いい加減な捨て方をしたことへの責任は支那にあるのではないか。

 それを今頃になって、「日本軍が遺棄した化学兵器が出たから日本で処理しろ」では変である。日本はそのような化学兵器の処理のため現地に処理場を建設したというが、その施設は役目が終われば解体するのであろうか。また支那の関係者も自由に出入りができるのか。もし、その施設や処理技術が支那側に渡れば、化学兵器の製造に使われるのではなかろうか。これは明らかに武器輸出となることに国民は知るべきである。

 これからも、8月15日の終戦記念日が近づく度に、日本は支那の言うことは何でも聞かなければならない情けない国になり下がるのであろうか。あの戦争で日本は負けたが、散華された英霊達は無駄死だったと言えるのか。その英霊達の自己犠牲の精神が受け継がれているからこそ、今私たちが平和な生活が出来るのではないであろうか。そんな英霊達の御霊をお慰めし、感謝する心のよりどころである靖国神社を大切にしないで平和を祈念することが出来るとは思えない。

 支那の陰謀に乗せられ、英霊達の誇りをなくす新追悼施設建設の動きや、総理大臣の参拝どころか天皇皇后両陛下のご親拝も再開できないとは日本は独立国とは思えない。今年の8月15日に靖国神社のある東京は大雨であったのは偶然だったのであろうか。
(2003/08/17)  

この記事は「私の主張」第180号
  58回目の終戦記念日に思う
~今後も支那の陰謀に乗せられる国になり下がるのか~
としてHPに掲載されていたものです。

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