高島伸欣・琉球大教授が執筆した高校の現代社会の教科書が検定を受けたことを巡り、「検定で表現の自由を侵害された」として、国を相手に100万円の賠償を求めた「横浜教科書訴訟」の判決公判が最高裁第1小法廷で行われ、横尾和子裁判長は、「検定意見はいずれも適法」と述べ、2審・東京高裁の請求棄却の判決を支持して、上告を棄却し、高島教授の敗訴が確定したと報道されている。
高島教授は「判決理由が薄っぺらで、説明責任を全く果たしていない。到底承服できない」と話しているそうだが、訴訟を起こせば必ず勝訴するとは限らないのであるから「到底承服できない」と批判しても、どうなるものではあるまい。
サヨクが絡んだ裁判の良く見かける光景だが、判決の後に「完全勝訴」とか「不当判決」などと書かれた垂れ幕を持った支援者とおぼしき者が法廷から飛び出してきて、裁判所前に集まっている仲間の前で、それを高々と掲げる映像が報道されることがある。その垂れ幕は事前に準備しておいたものであろうが、そうであれば「勝訴」関連の垂れ幕だけを準備し、「不当判決」の方は準備しておかないのではと思うが、実際は憮然とした表情で「不当判決」の垂れ幕を掲げているからして、判決内容によって掲げる垂れ幕が異なることになる訳で、そうなると、それを貸し出す業者があらかじめ待機しているのかと思ってしまう。
今回の「横浜教科書訴訟」の判決公判でも最高裁の前で「不当判決」の垂れ幕が掲げられたかも知れない。しかし、今回の上告棄却で高島教授の敗訴が確定したのであるから、「不当判決だ」と叫んで抗議をするのはまさに不当の何者でもなく、「主張が認められなかったのは残念である」と話す程度にすべきであろう。
高島教授が執筆した記述のうち、<1>海上自衛隊の掃海艇派遣に対するアジア諸国の反発<2>福沢諭吉の「脱亜論」や勝海舟の「氷川清話」の引用<3>昭和天皇崩御の際のマスコミ報道<4>湾岸戦争で多国籍軍が行った情報操作――の4か所が検定で修正や削除を求められたことから、検定の違法性を争ったものであるそうだが、最高裁は検定制度は初めて合憲と判断し、いずれの検定意見についても「裁量権の逸脱はない」としたとのことである。
サヨクの連中は教科書の検定制度そのものを批判し、憲法違反とか言っていた記憶があるが、思想的に偏向した者が現代社会の教科書などを執筆をしたら、支那や韓国でも十分使用出来る凄まじいものが出来てしまう可能性があり、だから検定制度によって修正や削除を求めて是正を図っている訳で、今回の最高裁判決は、検定を行う国側に幅広い裁量権を認めることになったことからして妥当ものであり高く評価できる。
「検定制度をなくせ」と主張していたサヨクだが、扶桑社の「新しい歴史教科書」が検定合格すると、今度は「こんな教科書を検定合格させるな」と叫んでいた覚えがあるが、「検定制度はある方が良いのか。ない方が良いのか。どっちなんだ」と言いたくなる。まだまだ高島教授のようなサヨクが教科書の執筆者となるようでは、検定制度の維持は必要であろう。
(2005/12/01)
この記事は「今日のコラム」
「「横浜教科書訴訟」で高島教授の敗訴は当然」
としてHPに掲載されていたものです。
高島教授は「判決理由が薄っぺらで、説明責任を全く果たしていない。到底承服できない」と話しているそうだが、訴訟を起こせば必ず勝訴するとは限らないのであるから「到底承服できない」と批判しても、どうなるものではあるまい。
サヨクが絡んだ裁判の良く見かける光景だが、判決の後に「完全勝訴」とか「不当判決」などと書かれた垂れ幕を持った支援者とおぼしき者が法廷から飛び出してきて、裁判所前に集まっている仲間の前で、それを高々と掲げる映像が報道されることがある。その垂れ幕は事前に準備しておいたものであろうが、そうであれば「勝訴」関連の垂れ幕だけを準備し、「不当判決」の方は準備しておかないのではと思うが、実際は憮然とした表情で「不当判決」の垂れ幕を掲げているからして、判決内容によって掲げる垂れ幕が異なることになる訳で、そうなると、それを貸し出す業者があらかじめ待機しているのかと思ってしまう。
今回の「横浜教科書訴訟」の判決公判でも最高裁の前で「不当判決」の垂れ幕が掲げられたかも知れない。しかし、今回の上告棄却で高島教授の敗訴が確定したのであるから、「不当判決だ」と叫んで抗議をするのはまさに不当の何者でもなく、「主張が認められなかったのは残念である」と話す程度にすべきであろう。
高島教授が執筆した記述のうち、<1>海上自衛隊の掃海艇派遣に対するアジア諸国の反発<2>福沢諭吉の「脱亜論」や勝海舟の「氷川清話」の引用<3>昭和天皇崩御の際のマスコミ報道<4>湾岸戦争で多国籍軍が行った情報操作――の4か所が検定で修正や削除を求められたことから、検定の違法性を争ったものであるそうだが、最高裁は検定制度は初めて合憲と判断し、いずれの検定意見についても「裁量権の逸脱はない」としたとのことである。
サヨクの連中は教科書の検定制度そのものを批判し、憲法違反とか言っていた記憶があるが、思想的に偏向した者が現代社会の教科書などを執筆をしたら、支那や韓国でも十分使用出来る凄まじいものが出来てしまう可能性があり、だから検定制度によって修正や削除を求めて是正を図っている訳で、今回の最高裁判決は、検定を行う国側に幅広い裁量権を認めることになったことからして妥当ものであり高く評価できる。
「検定制度をなくせ」と主張していたサヨクだが、扶桑社の「新しい歴史教科書」が検定合格すると、今度は「こんな教科書を検定合格させるな」と叫んでいた覚えがあるが、「検定制度はある方が良いのか。ない方が良いのか。どっちなんだ」と言いたくなる。まだまだ高島教授のようなサヨクが教科書の執筆者となるようでは、検定制度の維持は必要であろう。
(2005/12/01)
この記事は「今日のコラム」
「「横浜教科書訴訟」で高島教授の敗訴は当然」
としてHPに掲載されていたものです。













