私の主張・ひとりの日本人として

新聞やテレビの報道で特に偏向マスコミや反日日本人などに憤慨することが多くなり、暇な時に思いつくまま書き綴ったブログです。

映画「鉄道員」を鑑賞して

2002年03月31日 20時55分00秒 | 書評・映画評
 高倉健主演の映画「鉄道員」を鑑賞してきた。映画が終わり、出演者名とスタッフ等の名前のタイトルが始まっても、席を立つ人はなかった。爽やかな感動につつまれた場内は、話しをする人もおらず、場内が明るくなって、外に出た後、すぐトイレに行ったが、私の横にいた60歳位の男の人は、風邪のひいているのか、しきりに鼻をすすってした。 

 映画のストーリーは鉄道員として定年をまもなく迎える主人公に、奇跡が起きるという物語で、 一言でいうと「こんな良い話しがあるのか」ということである。幼い時に亡くなった娘が成長し、その姿を主人公に見せに来るという物語で、そんなことはあり得ないと言えば、確かにそうだが、その奇跡の後にすぐ主人公が駅のホーム倒れて殉職してしまう訳で、その死の寸前に見た夢がこの奇跡であったのではないかと思った訳である。

 広末涼子が扮する、亡くなった雪子という名の娘が成長し、高校生の制服姿で現れ、駅で仕事をしている主人公のところに会いに来て、食事を作り、その味付けが亡くなった主人公の妻の味付けと同じであったことから、その娘が亡くなった雪子であると気づくのである。広末涼子の清楚なセイラー服姿や、「お父さん、ありがとう」には泣かせる。
(1999/05) 

この記事は「私の主張」第98号
「 映画『鉄道員』を鑑賞して 」
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「仰げば尊し」にまつわる心暖まる出来事

2002年03月31日 20時49分50秒 | 伝統・文化・歴史
 最近は卒業式で「仰げば尊し」をあまり歌わないそうだが、この歌にまつわる心暖まる出来事が以前ある新聞に掲載されていた。ある中学校で、卒業をまじかに控えた生徒の一人が、卒業式の式次第に「仰げぱ尊し」の斉唱がない事を知り、他の卒業生に「皆で仰げば尊しを歌おう」と呼ぴ掛けたそうである。  

 当然、式次第にはないことから、先生や父母には相談せず、卒業生だけで、何時どのように歌うかこっそり決めたそうである。そして、卒業式当日がやってきた訳であり、式は厳粛にうちに進み、最後に教頭先生が、「これで卒業式を終ります」と言って演壇から降りようとした時に、一人の卒業生が突然演壇に掛け上がったとのこと。先生方は驚いて、とんでもない事が始まると思ったところ、その生徒の指揮で「仰げば尊し」の斉唱が始まったそうである。「仰げば尊し、わが節の恩、教えの庭にもはや幾年、思えばいととし、この年月、今こそ別れぞいざさらば」しかし、卒業生の皆さんは曲の途中から涙があふれ出し、うまく歌うことが出来なくなり、先生方も共に感涙してしまったとのこと。

 その後、在校生と先生方が並んで卒業生を送る際にも互いに涙で目を赤く腫らしながら、抱き合ったり、手を握ったりする光景が続いたとのことである。何とも心暖まる出来事ではないか。まさに一つの曲が一生忘れられない素晴らしい思い出を作ったと言って良いであろう。

 このように、日本の抒情歌には、四季のうつりかわりや、行事、旅立ち等に因んだ美しい歌が沢山あり、日本人の心に訴えるこのような抒惰歌を聞いていていると、この国に生まれて本当に良かった思うこの頃である。
(1999/05) 

この記事は「私の主張」第97号
「『仰げば尊し』にまつわる心暖まる出来事 」
としてHPに掲載されていたものです。
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賢明な国民の選択

2002年03月30日 20時45分40秒 | 政治
 2月18日に行われた90年代のわが国の進路を占う衆議院総選挙は、自民党の絶対安定多数、社会党の大躍進、公明・民社・共産は惨敗との結果に終わった。この国民の選択について様々な論議が行われているが、昨年(平成元年)の夏に行われた参議院議員選挙で、自民党が大敗をして、与野党の勢力が逆転した状況となっていて、今回の総選挙でも、それが予想されたにも関わらず、この様な国民の審判が下った結果はどの様な理由であろうか。

 今回の衆議院総選挙では消費税、体制の選択論、政治倫理などの問題が焦点になったのであるが、昨年の参議院選で投票した有権者が、今回の総選挙では別人であったならともかく、僅か半年間で同じ有権者が、逆の選択をした事が今回の結果となったことは事実であり、社会党が大躍進した事と、得票率も確かに高くなったと認められるものの、自民党の絶対安定多数という揺るぎない事実を考えると、今回の総選挙で焦点となった消費税については、ほぼ国民の理解は得られたと考えて良いのではないか。  

 野党は、自民党が体制の選択論を持ち出して国民を脅かし「消費税問題を問う選挙なのに焦点をぼかした」と騒いでいるが、有権者であれば誰でも納めている消費税が本当に許されない天下の悪税で生活を脅かしていると思うなら、衆議院でも与野党勢力を逆転させ消費税を廃止してもらいたいため、それを公約に掲げる政党に投票するであろう。しかし、多くの国民はその様な行動を取らず、野党の思惑どうりにはいかなかったのであり、野党は「消費税は国民に定着したとは言えない」とまだ言っているが、負け犬の遠吠えの様で見苦しい。

 ところで、昨年夏の参議院選の時「消費税に反対しない者は国民にあらず」とも言える反核運動にも似た大フィーバーは何処に行ったのであろうか。その理由は、この半年間に多くの有権者は、野党の消費税廃止後の代替え財源に不安を感じ、自民党の主張に耳を傾け、冷静に消費税問題を考えるようになり、今回の賢明な選択をしたのではなかろうか。  

 衆議院で自民党は絶対安定多数を得たとはいえ、参議院での与野党逆転は、今後六年間はまず変わらないのであるから、重要法案で野党が反対するものは成立しないと異常な事態は続くので国政の混乱は避けられないが、今回の総選挙の結果を思うと、国民が普段から与野党の主張に関心を持ち、それを選挙の時、自らの思考に合致する政党に投票をするということが、どれ程大切な事か今回の総選挙で分かったのではないか。信念を持たず一時の感情で選択を誤れば、国政の混乱が続くという重大な結果を招く事を思い知らされる訳で、その付けは国民の上にふりかかる事を忘れてはいけない。
(1990/02)           

この記事は「私の主張」第96号
「賢明な国民の選択」
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マスコミは言論の自由の守護者か

2002年03月30日 20時40分48秒 | 偏向マスコミ
 長崎市の本島等市長が、右翼団体幹部に拳銃で撃たれて重傷を負う、という事件が18日の午後、同市役所前で発生した。マスコミは「民主主義への挑戦」「言論の自由への挑戦」との見出しで、右翼の容認できない暴挙に対して「怒りの輪が全国に広がった」との報道を盛んに行っている。  

 「言論の自由を守る」と言うことが大切なものであるかは、マスコミに敢えて説教を受けなくても、良識ある人々は十分に認識していることである。それを「言論には、言論をもって争うべきこと」「自分と異なる意見を持った人がいても、その反論は言論をもってすべきであり、暴力で封殺することは許せない」と言うことであろうが、マスコミがそれほど説教を垂れるからには「マスコミこそ言論の自由の守護者だ」と言いたいのであろう。だが、マスコミこそ言論の自由を守らず、ご都合主義で変説を繰り返した歴史を私達は忘れてはならない。  

 本島等市長は「昭和天皇には、戦争責任がある」と市議会で発言した事が、右翼の反発をかった訳で、そのように「昭和天皇には、戦争責任がある」と主張する人もいれば「昭和天皇には、戦争責任はない。しかし責任は取ろうとしていた」と、主張する人もおり、異なるこれらの人々の主張を公平にマスコミは取り上げ、尊重してきたとは思えないので憤慨するのである。  

 「天皇制に反対で、明仁陛下の即位の礼、大嘗祭の中止を求める」と主張する勢力にとって、原爆の投下を受けた長崎市の本島市長の嬉しくなる様な今回の発言を、マスコミを利用して拡大しようと考えることは当然である。「言論の自由を守れ」と書かれたプラカードを持ってデモ行進しているこの様な勢力の行動がテレビ放送されていたが「天皇制はいらない」などのプラカードも目立つ事から、この問題について、どんな小さいデモや集会でも報道するマスコミの余りにも肩入れしたやり方が、結果的にこれらの勢力に加担するのみで、自由な言論を守れないのみか、我が国の歴史、文化、伝統を破壊する事になりかねない重大な問題をはらんでいると言わざるを得ない。
(1990/01)        

この記事は「私の主張」第95号
「マスコミは言論の自由の守護者か」
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天皇陛下崩御を悲しむ

2002年03月29日 20時35分18秒 | 皇室
  昨年の9月に大量の吐血をされ、絶対安静の状態が続いていた天皇陛下は、1月7日午前6時33分、十二指腸乳頭周囲腫瘍(腺がん)のため、ご快癒を祈る国民の願いも虚しく、皇居・吹上御所にて崩御された。歴代天皇の中では最長のご在位で、その飾らない人柄から多くの国民の敬愛を受け、喜びも悲しみも国民と共に歩んでこられた。  

 陛下は、国民の努力によって成し遂げた戦後の復興を心から喜び、また戦争による国民の犠牲を最も悲しみ、昭和61年に行われたご在位60年記念式典の際、お祝いの式にもかかわらず「先の戦争による国民の犠牲を思うとき、なお胸が痛み、改めて平和の尊さを痛感します」と述べられたことから、戦争責任について、常に胸を痛めておられた。吐血された前月の8月15日に行われた「全国戦没者追悼式」に洋服を作り替えねばならないほどおやせになり、明らかに症状が進んでいると思われる痛々しいお姿でご出席になられ、それが公式行事に出席された最後のお姿になるとは思わなかった人も多いことであろう。  

 わが国が国家として尊厳を保っていられるのは、ひとえに皇室の存在を上げる人がいるが、私もそのように思っている一人である。わが国の伝統文化を守り、後世に伝えていく事ほど大事なことはない。その事を使命と考え、守りぬいているのは皇室以外にはないと言っても過言ではないであろう。皇室の存在を否定することは、わが国を否定することであり「天皇制はいらない」と叫ぶ人々は、昨年の9月19日の大量の吐血以来、崩御されるまで100日以上に及ぶご闘病生活の間、全国で誰にも強制されることなく、多くの国民がご快癒を祈る記帳をされている事実をどうとらえているのか。  

 皇室の存在を認めるか認めないかなどの論議を、言論の自由が十分過ぎるほど認められているわが国ではしてはならないと言うことはない。皇室の存在を認めない連中は、氷雨が降るなか崩御を悲しみ、弔問記帳に訪れる人波を見ても「俺も行かなくては」と思わなくてもよく、どこかに集まって勝手に「困ったものだ」と愚痴をこぼしていれさえすればいいのであり、そのような連中に私の悲しみの気持などわかろうはずがない。
(1989/01)      

この記事は「私の主張」第94号
「 天皇陛下崩御を悲しむ」
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海上自衛隊による護衛は当然

2002年03月29日 12時40分42秒 | 防衛省・自衛隊・安全保障
 核燃料のプルトニウムの海上輸送護衛を、前回の1984年には米、仏海軍の支援が得られたが、不足が生じる1992年には、海上保安庁の大型巡視船に加えて、海上自衛隊の護衛艦を使う構想が政府・自民党内に浮上している、との報道がなされている。

 プルトニウムが、もしテロリストなどに奪われることになれば、取り返しのつかない重大な事態に陥ることは明らかであり、その護衛には万全を記さなければならないことは当然であるが、野党の一部に「自衛隊の海外派兵に道を開く」との理解しがたい理由から、大きな論議が起こるであろうし、実現にはかなりの曲折が予想される。

 私はプルトニウムの海上輸送の護衛を、海上自衛隊の護衛艦が行うことの決定を、わが国政府がためらうことはないと考える。護衛には失敗が絶対に許されないことであり、もし万一の事態に陥ったとき、野党の連中は政府を非難することだけでは事がすまないのである。

原子力発電所の安全性を大きな声で追求はするが、その燃料であるプルトニウムの護衛を、失礼ながら海の警察程度の能力しかない海上保安庁に任せるだけで充分である、と主張することは矛盾ではないか。

 例えば、ハイジャック防止のため、空港で行われている乗客の荷物や身体の検査は、確かに不愉快なものかもしれないが、万一のためにやむを得ないもので、不愉快と感ずる人々ほど、ハイジャックが発生したとき真っ先に警備の不手際を追求するようで、野党の主張はこれに似ていると思う。

 野党の一部には、自衛隊を弱体化させることを政策にし、色々と難癖をつけては自衛隊員の士気を喪失させようとしている。厳しい訓練によって尊い殉職者や、負傷者を出しながらも、なぜ訓練を繰り返すのか考えたことがあるのか。あってはならない万一の事態のためではないのか。その万一が許されないプルトニウムの海上輸送の護衛任務を、海上自衛隊の護衛艦に与えることは、自衛隊員の名誉であり、士気の向上に役立つことは間違いなく、私は海上自衛隊が立派にその任務を果たしてくれる事を期待する一人である。
(1989/01)

この記事は「私の主張」第93号
「海上自衛隊による護衛は当然 」
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少年非行を助長させる人々へ

2002年03月28日 20時00分34秒 | 社会問題
   両親をバットで殺してたり、喫煙を注意した教師を逆に殴るなど、恐るべき事件を最近の子供は起こしている。「少年非行が増え、困ったものだ」と嘆いてみてもなんら解決しないし、これからの日本の将来を担う子供達をどのように教育し、人格を形成して良識ある社会人として通用する人間にするのは大人の義務であると思う。

 少年非行の原因は、「親だ、教師だ、社会だ」と騒いでみても仕方ないし、こんな事を言うと反発があるかもしれないが、戦後の誤れる民主主義が招いた結果といっても過言ではなく、要するに誰の責任でもない。しかしそう言っても、付け上がる子供達をどうするか、反省すべき点は大人にはないのか普段から私は考えていた。と言うことは付け上がるように仕向け煽動している事が大人側にあるという事実である。その典型的な記事が11月26日の朝日新聞に掲載されていたので批判をしたいと思う。

 それは「中学生たちに反逆のススメ」との見出しで東京弁護士子どもの人権救済センタ-が、「子どもの人権ってなーに」とのパンフレットを発行したとの記事である。その恐るべき内容の記事を見落とした人もいるであろうから紹介すると、「校則は必要最小限に。理由のない決まりは本来守る必要がない」「公立校の制服のほとんどは実は標準服で、着なくてもいい」「服装は他人の迷惑にならないかぎり自由にして良い」「自分に似合った髪形を決めるのは当然のこと」などと解説し、さらに不登校に関して、「義務教育は大人たちの義務であり、自分にとって学校がどうしても必要か、もう一度、じっくり考えてみよう」と、学校なんて行っても行かなくても良い事だと説いているのである。

 子供のうちからル-ルを守ることや、親や教師の監督に服さず、反逆をすすめて学校など行かなくてブラブラしていればいい、体罰を受けたら弁護士に相談しなさいとの事であろうが、まともな教育を受けていない無知な子供を増やそうとする弁護士会の目的は何であろうか。それにしても戦慄すべき内容である。
(1988/12)

この記事は「私の主張」第92号
「少年非行を助長させる人々へ」
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原子力発電所の問題について

2002年03月28日 19時40分01秒 | 社会問題
   人間は当たり前のことが当たり前でなくなる出来事を体験するとショックを受けるものである。例えば、電気についても、事故等で停電になった時、産業や日常生活に与える影響は計り知れないものだ。停電にならなければ電気の有難さは分からないのは、故障して初めて自動車の便利さが分かるのと同じで、今や我々の生活は、たとえ数秒間の停電であっても起きてはいけない状態となっている。

 「いま使っている電気はいま発電している電気です」という電力会社のコマ-シャルが時々流れているが、わが国の電力会社は、電気の安定供給のために、安全性を最も考慮しつつ今後とも原子力発電所の建設を進めるとの方針をとっており、現にわが国の総発電量の約30パ-セントは、原子力発電によるものだそうで、今後もその割合は増加することになるとのことである。  

 ところが残念な事に、わが国は唯一の被爆国であるという特殊な事情からであろうか根強い反対運動があることも事実である。彼等は、その安全性に様々な疑問を抱き、まるで新興宗教に凝り固まった人みたいに「嫌のものは嫌です」と、どんなに安全性について説明しても事故を心配して話しを聞こうとせず、操業停止を求める訴訟を各地で起こしている。

 確かに、もし原子力発電所が放射能を外部に出すような事故を起こしてしまっては困るが、水力や火力発電が、いずれも自然は破壊と安定供給の面から問題があることから、安全性を最も優先して推進していくことはやむを得ない事だと思う。

 ところで10月21日の読売新聞の夕刊に、国際原子力機関(IAEA)の運転管理調査団が、わが国では初めて実施していた福井県高浜町の関西電力高浜原子力発電所3、4号機の調査で「完ぺきでかつ細部にわたって可能な限り最高水準の安全性をもって運転されており、人材、資金が安全な操作を確保する上で、十分投入されている」見解を示し、「運転管理状況が世界的にも最優秀」と満点の評価をしたとの記事が掲載されていたが、見落としてしまいそうな小さな記事なのである。このようなな大事なことを大きく報道しないで、大した事でもないことを針小棒大に報道してひんしゅくを買っているのマスコミの姿勢は情けない。
(1988/11)

この記事は「私の主張」第91号
「原子力発電所の問題について 」
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自衛隊の士気を低下させたマスコミの誤報

2002年03月28日 19時20分28秒 | 偏向マスコミ
 わが国のマスコミのいい加減さを表す最大の特徴は、誤報・虚報を繰り返すことで、誤報と分かった時点で直ぐ訂正すればまだ良いが、誤報と分かっても訂正しないばかりか、頬かむりを決め込んでしまうのが悪い点であると思う。  

 本年7月に横須賀沖の東京湾で発生した、海上自衛隊の潜水艦「なだしお」と釣り船「第一富士丸」の衝突事故で、わが国のマスコミは、また大変な誤報をしてしまった事がこのほど明らかになった。私も当初から「第一富士丸」の乗員の言い分を鵜呑みにして、自衛隊叩きをしているマスコミには、事故原因を判断する資格もないにもかかわらず、自衛隊側を黒と決め付けた報道に疑問を感じていた。  

 その誤報とは、海に投げ出された「第一富士丸」の女性乗組員の「潜水艦乗組員は溺れる人を目の前にして何もしなかった」「助けてと言いながら、何人も海に沈んでいった」などとの事故当時の記者会見の席上での衝撃的な証言は誤りである事が分かったことである。

 この証言内容が事実ならば、普段から自衛隊に対して冷淡な態度をとり、自衛隊員の士気を失わせ、わが国の防衛力を弱体化させようと画策している人々や、マスコミが飛び付くような証言であった事は否めない。だからと言って、衝突事故の一方の当事者である「第一富士丸」の女性乗組員の「10メ-トル位の所に潜水艦がいたのに助けてくれなかった」との証言を聞いて、何ら信ぴょう性を確めることなく、疑問を持たずに報道したことは許しがたいことだ。

 今回の衝突事故で、自衛隊の士気の低下が心配されるが、「第一富士丸」の乗組員の証言は誤りであった事が最近になってやっと分かったとしても、事故当時の凄まじい自衛隊叩きの報道は、一つの事実として残ってしまうのである。

 誤った証言をした「第一富士丸」の女性乗組員は、事故直後で興奮していたとはいえ、大変な証言をしたものだが、私はこの女性乗組員を責めることはしたくない。それよりも証言の裏をとることなく、その何倍かで自衛隊を叩いて国民の自衛隊に対する信頼を低下させ、何ら恥じることないマスコミの厚顔無恥の態度に呆れている。 
(1988/10) 

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潜水艦衝突事故に思う

2002年03月28日 19時00分43秒 | 偏向マスコミ
 海上自衛隊の潜水艦「なだしお」と釣り船「第一富士丸」の衝突事故を捜査中であった第三管区海上保安本部は9月29日、潜水艦の山下啓介艦長と「第一富士丸」の近藤万治船長を業務上過失致死傷、業務上過失往来妨害罪の容疑で横浜地方検察庁に書類送検した。

 事故発生から約2カ月が経過しているが、前にも書いている通り、事故当時の新聞を初めとするマスコミの自衛隊叩きは凄まじいものがあり、特に「第一富士丸」乗員の言い分を鵜呑みにして、様々な疑問があったにもかかわらず、故意に無視したとしか思えない数々の誤報、虚報を繰り返し、冷静さを失い、まるで予め出来上がっているスト-リ-を現実の衝突事故にダブらせ、報道番組を題材にしたドラマを見ているようであった。

 マスコミの誤報、偏向報道は今に始まったことではないが、後日誤りであったことが分かっても、読者に謝ったりすることはせず、頬かむりを決め込むのが悪い手口で、「自衛隊が関係した事故は、自衛隊が側が悪いに決まっている。その方針で報道せよ」とのあらすじが初めから出来上がっているのではないかと勘繰りたくなり、衝突事故の原因が明らかになっていないにもかかわらず、早々と「潜水艦側の責任を問う」との社説を掲載している事からしても、その疑問は払拭出来ない。

 ところで今回の衝突事故に関して「戦時国際法研究会」は「公海に関する条約」によって自衛艦が国際法上「軍艦」として認められているにもかかわらず、これに見合う国内法はないと指摘し、一般商船と「軍艦」との間の権利義務を区別した法規を整備してなかっのは政府当局の「不作為の罪」である等の意見書まとめ、その質問状を海上保安庁長官に提出したとの事である。

 確かに戦闘を目的とし、訓練中の艦艇とレジャ-に行く漁船が同じ「海上衝突予防法」等を適用される事は無理があり、国際的判例には「軍艦」に航路優先権がある事になっているはずであり、この送検によって明らかにされるであろう国際法を無視した、わが国の軍艦の航路優先権についての国内法の不備は、国際的にも注目を集めるだろう。マスコミはこのような問題から今回の衝突事故をとらえて報道すれば、いつものパタ-ンである自衛隊イコ-ル悪、民間イコ-ル善との図式にはならなかったであろう。
(1988/09)  

この記事は「私の主張」第89号
「潜水艦衝突事故に思う 」
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天皇陛下のご回復を願う

2002年03月28日 18時40分51秒 | 皇室
 天皇陛下は9月19日の深夜、皇居・吹上御所で吐血され、本日(27日)に至も、体温、脈拍、血圧などは安定しているも、体内出血が止まらず、憂慮される病状が続いている。

 陛下の御長寿と御回復を祈るため、皇居や全国の宮内庁施設で受け付けられている陛下に対する一般国民からの、お見舞い記帳は25日は皇居・坂下門だけでも、あいにくの雨にもかかわらず10万人を数えたそうであり、2時間も待たなければ記帳が出来ない、という状態も一時あったとの事である。

 皇室について、わが国の一部ではあるが、さまざまな論議がされているものの、大勢は皇室の存続を支持している事は間違いなく、日本国民であるならば陛下のご健康を心配するのは当然であると思うし、特に昭和21年に始まった全国ご巡幸は、敗戦のショックで虚脱状態の国民を慰め、戦後復興に大いに貢献し、また園遊会などで陛下に直接お目にかかった人は、人間天皇として、そのお人柄に心を打たれた国民は多かったのである。しかし、誰からも強制された訳でもなく、ごく自然な気持ちで多くの国民が記帳に訪れている事に対して反対の態度をとり、記帳所の撤廃を叫ぶ人々がいるという事は驚くべき事だ。

 陛下の御回復を祈る国民の心に水をさし、自らの主張を押し付けようとする事は問題であり、神奈川県議会が「天皇陛下のご快癒に関する決議」を行ったところ「このような決議は平和憲法の精神に反する」とは、私にはとても理解できない。

 さらに各地でお祭りなどの中止や自粛がされているが、これに対しても抗議を行っており、その中で東京都新宿区の「大新宿区まつり」実行委員会が、同まつりの中止を決めたことについて、同区の共産党議員団が、まつりの中止撤回を求める抗議文を山本克忠新宿区長に提出したことに対して、同区は「まつり中止の撤回は考えていない。共産党には回答しない」としている、との報道がなされていた。

 陛下のご回復を願い、また記帳に訪れる人々の気持ちを解しておまつり騒ぎは止めよう、との同委員会の方針を同党は逆撫でしているとしか思えないが、「共産党には回答しない」とは、訳の分からない事を言っている共産党は相手にしない、と言うことだろうが誠に痛快である。
 (1988/09) 

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「天皇陛下のご回復を願う 」
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潜水艦事故報道について

2002年03月28日 18時10分03秒 | 偏向マスコミ
 神奈川県横須賀沖で発生した海上自衛隊の潜水艦と大型釣船「第一富士丸」との衝突事故について再び述べたいと思う。衝突事故の原因は自衛隊側にあるとして批判が高まっているが、そのお先棒となって世論を煽っているマスコミには疑問を感じてならない。

 衝突事故の件が新聞、テレビで連日のように報道されている時、自衛隊員は、住民登録や子弟の入学を拒否されたり、社会的にも低い地位にみられ、名誉も与えられていないことや、日航機墜落事故の際に、多くの怪我人を出しながら、黙々と救助や遺体収容活動に従事しているのに、マスコミは現場到着が遅いなど様々な批判を加えていたことを思い出した。それは殉職者を出しながらも、日夜猛訓練に励んでいるのは何のためか。国の安全のため志願して働いている人々に対する態度とは思えなかったからである。  

 今回の衝突事故が自衛隊側にはまったく過失はないとは言えないが、事故が起きるとマスコミは「自衛隊側が黒」と初めから決めつけていて、それに沿った報道には疑問を感じる。

 今回の潜水艦衝突事故の報道によって、私たち日本人は自衛隊に対する考えを改めなければならない多くの事柄を提起した。それは自衛隊の責任を免責にすることではなく、軍人(自衛隊員)に対しては敬意を現すのは当然であると言う国際社会では当たり前のことが、わが国では行われておらず、日陰者扱いしてきた事である。

 海上自衛隊の艦艇とすれちがう外国の船舶は掲げている国旗を下ろして敬意を表すそうだが、わが国の船舶はほとんどやらないと聞いた事がある。海上自衛隊の艦艇と出会った場合は、その進路を横切ったりせず、譲るべきであり、それは何も自衛隊がわがもの顔に行動したり、傲慢な態度をとっても責めるべきではないと言うことではなく、私たちの安全を守ってくれる人々へのせめてもの敬意と感謝ではないか。

 自衛隊員の住民登録や子弟の入学を拒否する人々を批判せず、今回の衝突事故を、雫石事故以来の自衛隊の大事故と嬉しそうに報道するマスコミは、重大な誤りを犯していると言わざるを得ない。
(1988/08)

この記事は「私の主張」第87号
「潜水艦事故報道について 」
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潜水艦衝突事故報道は冷静に

2002年03月28日 17時50分17秒 | 偏向マスコミ
 神奈川県横須賀沖で発生した海上自衛隊の潜水艦「なだしお」と大型釣り船「第一富士丸」の衝突事故は、多くの犠牲者を出したが、事故当時は視界も良く海も比較的穏やかであったとのことであり、「それなのになぜ衝突したのか」との印象を多くの国民は持ったことであろう。

 事故が発生した浦賀水道は、世界で最も多くの船舶がひしめく”海の銀座”と呼ばれる所であるそうで、私も数年前、久里浜から金谷を結ぶフェリ-に乗ったことがあるが、大型船の間をすりぬけるように進んだり、小さな漁船が航路を横切り、フェリ-に接近してきたりして、肝を冷やした思い出があり、これでは事故が起きるのは当たり前と感じた訳である。

 今回の潜水艦と釣り船の衝突について、関係機関や専門家による事故原因の調査が行われるであろうが、マスコミから受けた情報では、双方に過失があったと思う。しかし普段から自衛隊に対して冷淡な態度をとりつづけているマスコミは「潜水艦が悪い決まっている」との先入観で報道をおこなっており、たとえば政府や自衛隊を批判し、軍事力の保持さえ否定するような軍事評論家を登場させて「何がなんでも自衛隊側が悪いのだ」と決めつけているようだ。事故原因の調査結果が出ていないうちにマスコミは先走った報道は差し控えるべきでないか。

 全日空機と自衛隊機が衝突して多くの犠牲者を出した岩手県雫石事故は、自衛隊側に過失があったとして刑事処分は確定し、現在は損害賠償を求める民事訴訟が行われているとの事であるが、その過程で全日空機が航路を逸脱していることや、前方の見張りを怠り自衛隊機に追突している事などが明らかになり、自衛隊機の操縦士の処分は冤罪の恐れが出てきているのである。

 今回の潜水艦の事故でマスコミは「自衛隊側に過失あり」と決めつけた報道をして、雫石事故と同じ誤りを繰り返そうとしている。今回の事故は自衛隊側にも過失が有ると認められるが、悲しみにくれる遺族の自衛隊を批判する言葉を殊更大きく取り上げ、自衛隊批判のキャンペ-ンを行なっているとしかと思えない報道姿勢に疑問を感じてならない。
(1988/07) 

この記事は「私の主張」第86号
「潜水艦衝突事故報道は冷静に 」
としてHPに掲載されていたものです。
なお、かなり前に書いたものであるため、作成日の記録が見
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として作成年で登録するとエラーとなるため暫定的に2002年
3月に作成したものとしています。

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イラン航空機撃墜事件とマスコミ

2002年03月28日 17時20分17秒 | 偏向マスコミ
  米海軍の巡洋艦「ビンセンス」によるイラン航空機撃墜事件は、長期化しているイラン・イラク戦争のなかで起きた誠に不幸な事件であり、犠牲者に対して哀悼の意を表したい。

 今回の事件について、わが国のマスコミは「最新鋭のイ-ジス艦が、民間機と軍用機との識別がなぜ出来なかったのか」とか、「海上自衛隊が導入を予定している同艦の再検討を」などと疑問を呈していたが、わが国のマスコミに米艦のとった行動を批判する資格があるのかと言わざるを得ない。

 米国は原因究明と遺族に対する保障などは当然すべきことであるが、ソ連が1983年民間航空機であることを視認しながら撃墜した大韓航空機事件と異なり、僚艦に犠牲者が出ている戦闘区域の中で、識別不明の航空機が自己の艦船に近づいてきて、無線にも応答しなかったとすれば、艦長としてとるべき行動と言えば攻撃意図を持った戦闘機と判断して反撃することは当然であり、様々な要因が重なり発生した今回の誤射事件は遺憾ではあるが、イラン航空はなぜ民間航空機を戦闘区域の中を飛行させたのかについても明らかにする必要があると思う。

 ペルシャ湾にて米軍が行っているタンカ-護衛作戦により、もっとも恩恵を受けているのは日本であり、西側各国も艦隊を派遣し防衛の任に当たっているのに、日本だけが憲法の制約があるといって何等貢献することなく、傍観者のような態度をとっていることは許されないし、自分だけが安全な所にいて批判だけは一人前では困る。であるから、わが国のマスコミには今回の事件を批判する資格はないと言うのである。

 米軍は多くの犠牲者を出しながらも護衛作戦を続けているのに、掃海艇の派遣を断ったわが国政府はマスコミの批判を恐れたからであろうが、軍事的な貢献をせず、航行安全装置の設置で、お茶を濁しているようでは大国日本が泣くというものである。
(1988/07)

この記事は「私の主張」第85号
「イラン航空機撃墜事件とマスコミ 」
としてHPに掲載されていたものです。
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法廷内帽子着用はマナ-違反

2002年03月28日 17時00分52秒 | 偏向マスコミ
  世の中には法律に明文化されておらず処罰を受けない行為であっても、他人に対し不愉快な思いをさせたり、時と場所によっては大変失礼になる事は数多くある。また、最近の日本人の中には、自らの権利のみを主張する事のみに奔走し、そのために他人の権利が侵害されているなど意識せず、また「思いやりの心」など持たない人が増え、そのため権利と義務の対立によって、ギスギスした国なってしまったことは残念でたまらない。であるから、わが国が戦後失ったもので最大のものは「他人を思いやる」という精神をあげる事が出来るであろう。

 ところで、7月1日の読売新聞を読んでいて、大変面白い記事が掲載されてので感想を述べたいと思う。それは6月30日福岡地裁で開かれた「九州靖国神社公式参拝違憲訴訟」の原告で傍聴席にいた渡部多賀子さんが、帽子をかぶっていたため谷水裁判長が脱ぐように指示したところ、拒否したため退廷を命じられたとの記事であり、渡部さんは「帽子は女性のファッションです。納得できる説明がない限り、これからもかぶります。権力で脱がせるのはおかしい」と反発しているとのことである。

 谷水裁判長は「日本では屋内では帽子をかぶる習慣がない。不体裁なことで、指示に従わなかったので退廷してもらった」と説明しているが、私は谷水裁判長の行った退廷命令を支持する。

 裁判所傍聴規則第三条には「不体裁な行状をしないこと」「傍聴人は、裁判長の命令に従わなければならない」との規定があり、谷水裁判長は「室内で帽子をかぶることは不体裁」と判断したからあろうが、教員をしているという渡部さんは自宅にいるときは勿論、学校の授業中でも帽子をかぶっているのか。想像しただけでも滑稽な姿であり、そのような馬鹿な事は普通の人はやらない。

 自らの意見・主張に合致しないと、即訴訟を起こす人が多くなり、疑問を感じることがあるが、勝訴するために裁判に訴えているのに裁判長の指示に従わず、「権力で脱がせるのはおかしい」と反発し、裁判長の心証を害してしまってなんの得があるのか。

 裁判所が自らの意見・意見を取り上げてくれる唯一の機関と考え訴訟を起こしているにも関わらず、その裁判所に対して、ある時は救済を求め、都合が悪くなれば反発し、新聞にまでニコニコした顔写真入りの記事を無料で掲載してもらい得意になっている渡部さんの姿を見て、生徒は何と感じるだろうか。

 裁判所の法廷内は極めて厳粛な場所であり、帽子をかぶったままでいることは、大変失礼になることは当然ではないか。人と挨拶を交わすときは帽子は脱ぐのが礼儀で、握手する時も手袋を脱ぐのと同じである。
 このような考えの持ち主が教育に携わる教師であるとは、なんとも情けないではないか。戦後教育の典型的な見本を見るようである。
(1988/07)  

この記事は「私の主張」第84号
「法廷内帽子着用はマナ-違反 」
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