私の主張・ひとりの日本人として

新聞やテレビの報道で特に偏向マスコミや反日日本人などに憤慨することが多くなり、暇な時に思いつくまま書き綴ったブログです。

中国残留孤児国家賠償訴訟と残留孤児の偽者

2019年06月15日 16時49分13秒 | 掲示板抜粋

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掲示板 2003年9月分過去ログ (1264~1291)


1271.中国残留孤児国家賠償訴訟と残留孤児の偽者
名前:forest 日付:9月27日(土) 23時7分

管理人のforestです。中国残留孤児の帰国が始まりもう何年も経過しますが、最近では肉親との再会を果たしているケースはあるのでしょうか。肉親に再会するために帰国することは同じ日本人として拉致被害者と同じで早期に実現できるように政府の取り組みを期待しますが、私は最近の残留孤児を見ていると「本当に日本人なのか」との疑念を抱かざるをえないのです。
今回、その残留孤児が生活を保障して欲しいと言って国家賠償訴訟を起こしましたが、中には事業に成功し立派にやっている方もいるでしょう。疑いたくはないのですが、国家賠償訴訟を起こした残留孤児は本当の残留孤児とその家族なんでしょうか。

何年前か忘れましたが、以前、中国残留孤児として肉親との再会のために日本に来たものの再会を果たせずまた中国に帰る人もいたのですが、どこからでるお金は分かりませんが政府は一人10万円を渡していたそうです。その時の残留孤児の笑顔といったら思わず「んー」と考え込んでしまいました。中国では当時の10万円と言ったら数年分の年収ではないでしょうか。

そうすると、残留孤児はお金になるとして、中国人民の中には多くの即席の残留孤児を仕立てケースがあったのではと思っております。
そんなことから今回の訴訟はサヨクのバックアップがあることは間違いないでしょうが、仕事をしないで損害賠償金で生活しようという魂胆がありありです。その賠償金の何割かはサヨク弁護士に取られてしまうでしょう。
と言っても大変な苦労をした本当の残留孤児には国として拉致被害者と同じに手厚い保護が必要でしょう。
最近は肉親と再会できない残留孤児も日本に帰国させているのでしょうか。では政府は本当の残留孤児と偽者の残留孤児とどうやって見分けているのでしょうか。

犯罪国家支那のことですから、偽者の残留孤児を仕立ててお金をせびることなど朝飯前でしょう。

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世界の常識とかけ離れている軍人に対する敬意の表し方

2019年06月06日 20時00分20秒 | 掲示板抜粋

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掲示板 2006年5月分過去ログ (13044~13074)

 


13074.世界の常識とかけ離れている軍人に対する敬意の表し方     
名前:forest(管理人)    日付:5月19日(金) 16時13分
>ナポレオン・ソロさん

イラクに派遣される自衛隊員が日本の航空会社の航空機に搭乗出来たことは一度もないようです。最初はJALかANAが分かりませんが、チャーター機で派遣 する予定が組合の反対があるとかで、政府専用機になったいきさつがあります。

普段「差別だ」と騒ぐ連中は、自衛隊員は明らかに差別されているのですから、この時とばかり存在感を示す意味から問題にして欲しいものですが、いまだに沈 黙しております。

日本の航空会社は「危険なことはしない」とテロに屈している訳であり、制服で空港の出入りも差し止められるなど、まさに国防や国際貢献を担う自衛隊員を貶 めている訳です。自衛隊員が自国の航空会社の航空機の搭乗出来ないとは正に異常であり、世界の人々の目にどう映るでしょうか。制服を脱いで私服になって、 他の乗客の混じってイラクに派遣されるとは情けない話です。

以前、どこかで読んだのですが、外国の航空会社で名前は忘れましたが、イラクに派遣される自衛隊員が搭乗していることを機長が機内アナウンスをしたところ 乗客から拍手がわき起こったそうです。それが世界の常識ではないでしょうか。

PKOで自衛隊が最初に派遣されたのはカンボジアですが、停戦監視要員として成田空港からパキスタン航空機で向かおうとしてエコノミークラスに座って離陸 を待っていたある自衛隊員の元に、機長が挨拶に来られ、「PKOという尊い職務に就かれる軍人をエコノミークラスに搭乗させるのは当パキスタン航空の手落 ちです。エクゼクチィブに移って下さい」との申し出があり、離陸をして水平飛行に移ってから、スチュワーデスの案内でエクゼクチィブの二階席に案内された そうです。

国連から送られてきたエコノミークラスのチケットで搭乗したのですからパキスタン航空には手落ちなどある訳ないのですが、何とも感動的な話です。軍人に対 する敬意の表し方はまだまだ日本は世界の常識とかけ離れているようですね。

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阪神大震災時の兵庫県知事貝原俊民の不作為について

2018年12月13日 22時02分57秒 | 掲示板抜粋

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1576.阪神大震災時の兵庫県知事貝原俊民の不作為について
名前:forest(管理人) 日付:11月8日(土) 21時33分

平成7年1月17日午前5時46分に発生した阪神大震災の際に、兵庫県知事であった貝原俊民が自衛隊への災害派遣要請が地震から4時間以上も経過した午前10時であったとのことです。この貝原知事は自衛隊嫌いであることは有名だそうで、そんな訳で普段でも自衛隊との交流もなく、地震による被害予測地図を作製した自衛隊との共同防災訓練も断り、地震を想定した訓練など行っていなかったとのことで、これでは地震が起きた時に知事としてどうしたら良いかなど分かるはずはありません。ですから当時の社民党村山総理と同じ「なんせ初めてのことですから」と言い訳をするだけで、知事としての責任を果たしたとは言えないのです。

阪神大震災は6000人以上の犠牲者を出していることや自衛隊への災害派遣要請がなぜ遅れたのか貝原知事ははっきりと答えていませんが、私が録画していた地震直後からのニュース番組のビデオがありますので、ある報道番組に出演した兵庫県の貝原知事と野口一行防災係長が話していることは次の通りですので紹介します。
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番組の質問者「知事から自衛隊を派遣するように求めてくれと指示があったのか?」

野口一行防災係長「いいえ。私の方から時間がたつに従い被害が大きいとわかったことから、向こう(自衛隊)の提案があったことを覚えており、(自衛隊側から)『この電話をもって派遣要請と受け止めて良いか』と申し出をされて、私はそれでお願いしたいと返事し、そのことをすぐに知事に報告しました」

番組の質問者「すると知事には後で説明をしたのですか?」

野口一行防災係長「そうです。事後です」

ナレーター「事後承諾。つまり貝原知事は担当係長の判断をそのまま後追いしていたのです。最後まで決断出来なかった知事。そこには情報がないまま自衛隊に白紙委任してはならないというシビリアンコントロールの大原則と、すぐ救援を求めた方が良いと現実との狭間で迷い続けていた姿があったのです」

貝原知事「10時の段階では本当に私としては超法規的な白紙委任みたいな派遣だからぎりぎの選択だったですね。これは法律論からすると私は枠に外れた行動だったと非難をされると思いますよ。私自身は私がとりうる最大の選択だったなと言うように思います。だた強弁しているつもりはありませんよ。5000名以上の方が亡くなっているのですから、私としてはもっと他にやることはなかったのかと今も自問自答していますけどね」
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以上です。
自衛隊を「向こう」と言う野口一行防災係長もおかしな人ですが、貝原知事は地震から4時間以上経過した時点でも「ぎりぎりの選択だった」と言い、また以上のやりとりでは自衛隊への派遣要請を貝原知事や野口一行防災係長が行ったとは言えないでしょう。これでは、自衛隊からの再三再四の派遣要請を貝原知事らは検討中と言って無視続けて、しびれを切らせた自衛隊が「この電話をもって派遣要請と受け止めて良いか」と言わざるを得なかったのでしょう。

貝原知事は「私がとりうる最大の選択だった」と言っていますが、自衛隊に災害派遣を要請することは、それほど大きな枠に外れた決断なのでしょうか。自衛隊が嫌いという思想を持っているからこそ派遣要請の決断ができないという不作為が多数の犠牲者出したと言っても過言ではありません。

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