第二次世界大戦、アメリカ参戦直前の
1937年から20年に渡る、ひとつのカップルの物語り。
上流階級で、勉強もスポーツもでき、小説の才能もある男ハベルと、
苦学生で、ロシア系ユダヤ人で、小説家志望だけど彼ほどの才能がないとわかるケイティ。
政治に興味はないが所属する階級としては保守の男と
部屋にスターリンやフランコの写真を飾り、左翼運動を続ける女。
時の流れの中で、ある時は寄り添い、ある時は離れ、
結局は、根底にある二人の主義(というか、ライフスタイル)は
二人の間を埋めることができなかった。
女性は外見が変わるのに
男性は変わらない。
学生時代も海軍時代も小説家時代も
まったく同じなのは、
(演じる役者が)スターだからなのか、
それとも、男は変わらないと提示しているのか。
と思いつつも、
自分にない部分に惹かれながらも
絶対に相容れないと思っているので
女の誘いを断ろうとしてる男に、
猛烈なアタックをかける女。
逃げて~~っ
と心の中で叫んだよ。
やっぱり捕まっちゃったけど。
私はぽややんとしている人間なので、
政治活動をやらずにいられない人、って、わからないわ。
言わなきゃ伝わらないし、
世界を変えるには行動も必要なのもわかるけど、
すべてにそれを結びつけて、
どこでも議論をふっかける、ってのがわからないの。
そこで言わなきゃダメ?
って思うことがしばしば。
それは、世のためではなく、
自分の主張を押し通したいだけの
エゴなんじゃないの?
誰かのためじゃなく、自分が満足したいだけの
超パーソナルな欲望にも見えるときがある。
(そう「も」見えるからこそ成り立つ話なんだけど)
政治的なポリシーって、
宗教並みに相容れないんだなあ、
と、しみじみ思いました。
というか
変えるべきではない、と訴えたいのかなあ。
あの時代、女性があそこまでやらなければいけないのはわかるけど、
それでも見ていて辛い。
あと「階級」ね。
越えられない壁が、ヨーロッパだけじゃなく
アメリカにもあるんだなあ。
というか、日本が無さ過ぎなんだろうけど。
(元々の)ロミジュリと同じく、
自分の所属する世界の中でしか
幸せは掴めませんよ、っていう教訓にも思えたなー。
いろいろ書いたけど、恋愛映画としては
とても良かった。
思い合っていても、埋めきれない部分がある。
最後の別れと最後の再会が静かであるのが
とても切なかった。
続けてみたせいか、
ロバート・レッドフォードが
格好良く思え始めてきた。