きんちゃんの観劇記(ネタバレだよ)

思いつくまま、適当に。

「みんな我が子」

2013年09月29日 | 宝塚・劇団四季以外の舞台(落語含む)
第二次世界対戦終了からまもなく。
ジョー・ケラーには2人の息子がいるが、
ラリーは戦争中行方不明になり、
ジョーの妻ケイトは、息子は生きていると信じ
帰りを待っている。
もう一人の息子クリスは父の経営する会社で働いている。
ラリーのかつての恋人のアンを愛し、
アンもクリスに応えるためケラー家に来た。

隣人達との語らい、穏やかに暮らすジョー。
平和な風景の中に秘密があった。


誰もが自分の中に真実を見出しているのに、
直視せず、楽な方向に流れて偽りの幸福に浸っている。
偽りだと他人を糾弾し、追い詰める過程が辛い。

私は絶対正義というものを持っていないし、
嘘も方便だと思うので
どうして、今の平和を壊してまで
正義を貫かなければならいのかがわからない。
「神様が見ている」ことを考え
「正しくあるべき」というのが
向こうの人の考えなのはわかるけどね。
「人間、年を取ると
 臭い物に蓋をするのが上手くなるのよ」
という言葉が好きな私には
なんでこうも正しき道を行かねばならないのか、と思う。

真実を知らない方が楽だけど、
真実に則ることこそ人の道なのだろう。
だが、隠したままでもよくないか?
終演後の友人達との話では、
家族を養う父age、
理想論を述べるくせにぬるま湯から出ない息子sageだったけど、
息子世代で見たら、大人の汚さに我慢できないと思うのかな。
私達は、良い手段でなかったとしても
家族や従業員を守ったお父さんはえらい、が結論でした。
間違ってても気にしない~~。

でも、息子達をそんなふうに育てたのも
この父であり、母なんだよね。
キリスト教的な正義が主題なのに
なぜだか「因果」という言葉が思い浮かぶ。

反発心はあくまでも主題に対してであって
作品や演出等へではありません。
こういうふうに、普段考えないことに
斬り込んでくる芝居を見るのは楽しいことです。

出演者皆さん芸達者で、台詞劇を堪能しました。

ただ、父親の罪をもう少し早く出してもいいかも。
ちょっと引っ張りすぎて、
思わせぶりな台詞にイライラするときがあったな。


配役等
ジョー・ケラー:広瀬彰勇
ケイト・ケラー:末次美沙緒
クリス・ケラー:西山聖了
アン・ディーヴァー:真家瑠美子
ジョージ・ディーヴァー:内藤大希
リディア・リュビィ:谷内愛
フランク・リュビイ:羽吹諒
ドクター・ジム・ベイリス:藤井健太郎
スー・ベイリス:かわづ恵

作:アーサー・ミラー
翻訳/演出:栗原崇
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