私の主張・ひとりの日本人として

新聞やテレビの報道で特に偏向マスコミや反日日本人などに憤慨することが多くなり、暇な時に思いつくまま書き綴ったブログです。

自民党総裁選で野党に応援された石破氏ならば

2019年02月14日 21時35分03秒 | 政治

【自民党大会】石破茂氏、首相の民主政権批判演説に不快感

2019/02/10

 自民党の石破茂元幹事長は10日、都内で開かれた党大会で安倍晋三首相が「悪夢のような旧民主党政権に戻すわけにはいかない」と訴えたことについて「過去の政権を引き合いに自分たちが正しいと主張するやり方は危ない」と批判した。党大会後、記者団に語った。

 石破氏はまた、首相と石破派を除く6派閥の事務総長が6日に首相公邸で会食したことに対して「意図は分からないが堂々とやるべきだ。(公邸)裏口から(各派事務総長が)入る姿勢はいいとは思わない」と述べ、不快感をみせた。
(産経新聞)

(引用終了)


  10日に開かれた自民党大会に、自転車事故により大怪我をした谷垣禎一前幹事長が車いすで登壇し、「突然、仕事が出来なくなり、迷惑をかけたことを、なによりもまずお詫びする」と述べたそうであり、谷垣氏は既に政界引退を明言しているが、安倍総理が演説で「リハビリを乗り越え、再び私たちに勇気を与えてくれた」と訴えると会場は拍手に包まれたそうである。

 平成21年(2009年)8月の衆院選で大敗し、野党に転落した自民党を立て直すために、翌9月の自民党総裁選挙で谷垣氏は総裁に選出され、苦しい野党時代を経験している訳だが、そのような時に敢えて総裁を引き受けた谷垣氏の真摯な姿勢が、自民党が再び政権政党として、復帰を果たす原動力となったのではあるまいか。

 そのような谷垣氏と異なり、自民党総裁選挙に何度か立候補していた石破茂氏は、偏向メディアから立候補を有力視されていたにも関わらず、なぜか立候補しなかったが、その前の総裁選の推薦人であった議員の多くが落選し、推薦人が集められなかったからだとされているが、そうではないと思っている。

 総理を目指していた石破氏となれば、自民党が野党である限り、総裁になっても総理になれず、だから総裁選に出る意味はないとして、推薦人を集める努力すらしなかったのであろう。平成5年(1993年)8月に細川連立政権が誕生し、自民党が野党に転落した際に、石破氏は自民党を離党した過去があり、その後の平成9年(1997年)3月に復党している出戻り議員となれば、他の同様な議員と同じように、いつ裏切るか分からないからである。

 産経新聞によれば、その石破氏が、10日に開かれた自民党大会で、安倍総理が「悪夢のような旧民主党政権に戻すわけにはいかない」と訴えたことについて「過去の政権を引き合いに自分たちが正しいと主張するやり方は危ない」と批判したそうであり、まさに、後ろから撃つことを得意とするいつもの石破氏だと言えるし、安倍総理の失脚を狙っての批判としか思えず、これでは旧民主党から送り込まれた工作員も同然ではなかろうか。

 石破氏とすれば、先の自民党総裁選で野党に応援された恩があることからだろうが、自民党所属議員でありながら、自民党にとってプラスになるような発言をせず、野党を持ち上げるようなことをしているならば、立憲民主党にでも移籍した方が良いし、自身が何処の党に所属しているかの自覚もなく、批判ばかりしているから人望がないのである。

 3年3か月続いた民主党政権時代は悪夢であったことは間違いないし、それを多くの国民がすぐに実感したことから、政権交代後の選挙で、民主党は惨敗続きだったのであり、いまでは立憲民主党や国民民主党などに旧民主党の生き残りの連中がいるようだが、党名をいくら変更したとしても、旧民主党の肩書は永遠に消えないし、どの党に所属したとしても「確か貴方は民主党にいた」と言われるだろう。

 石破氏が悪夢の民主党政権時代を擁護するような発言をしたのは驚く他はないが、今回のような自民党よりも野党に軸足を置いた発言が多いようでは、自民党総裁になる資格はないし、野党に行けば安倍総理に批判的な元自民党議員として歓迎されるだろうから、また小澤一郎あたりにくっついた方がお似合いではなかろうか。
(2019/02/14)

写真:自民党の石破茂元幹事長