ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

瀧瓢水研究⑥・瓢水の父(仲春)、母(参)の墓標③

2011-10-29 12:15:10 |  ・加古川市別府町を歩く

 

 瓢水の母(参)の墓碑②

前号で瓢水のお母さんの墓標(写真)を紹介しました。今回も同じ写真です。

現在、お父さん・お母さんの墓標は、西町の墓地の中央部にある瀧家の墓所ではなく、少し離れて、同墓地の南東隅あたりに置かれています。

001今回と次回は、瓢水のお母さん(参)の墓標を調べてみます。

墓標は砂岩の笠塔婆で、中央に割れた跡がくっきり残り、文字等もかなり傷んでいます。

まず、墓標の文字を読んでおきます。

現在、左側面の文字は他の墓標のために読めませんが、さいわい以前に郷土史家の木戸正氏が書き写されていますので、お借りします。

(正面) 

 癸享保十八年丑七月廿九日

 勝林栄舜之墓

(右側面)

 母神成孀不妍四十余歳不出外在乎内守

節忌享楽、不聞淫聲後世以我母為主矣

(左側面)

 一代新右衛門元春

  二代与一右衛門清春

   三代新右衛門仲春之妻

   姓三木福田与六郎娘名参

    四代目新右衛門恒春建之

 仏は、三代目新右衛門仲春の妻で瓢水のお母さんです。

 お母さんは、三木町の福田与六郎の娘で名前を参(さん)といいました。

 この墓を建てたのは四代目新右衛門恒春です。

 恒春については次号で考えます。

 

   母は母神

右側面の文章は、少し難しい文字が使われていますので一緒に読むことにします。

まず、単語の意味を調べておきます。

・成孀(やもめ)   独身

・不妍(ふげん)   化粧をしないこと

・淫聲(いんせい)  みだらな音楽

意味は「母はヤモメとなり、化粧もせず、四十年間外出することなく、内にあって節操を守っています。

享楽を避け、みだらな音楽を口にすることもなく、聞くことすらしませんでした。

母こそ、ひたすらに一家の主人として、瀧家を守った母神様です。

*『ふるさとの文化遺産(第二巻)』参照

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瀧瓢水研究⑤・瓢水の父(仲春)、母(参)の墓標②

2011-10-29 07:14:34 |  ・加古川市別府町を歩く

 

   瓢水の母(参)の墓碑

032  写真は、瓢水の母・参(さん)の墓碑です。

またまた余話になってしまいますが、ご了承ください。

別府町西町の墓地に瓢水の墓碑がることを知ったのはもう25年ほど前のことです。

郷土史を研究されている木戸正氏は、昭和60118日発行で『ふるさとの文化遺産(第二巻)』を発行されています。

その第一章で瀧瓢水について述べておられるのを読んだときです。

三節が「瓢水関係の石造物」です。

どんな経過か忘れましたが、二巻を木戸氏からいただきました。

木戸氏のサインもあります。

生前、木戸氏と直接お話をしたことはありません。

もちろん、私は地道に郷土史の研究をされている木戸正氏のお名前は知っていましたが雲の上の方でした。

 Mさんのこと

そして、最近高校の同窓生のMさん(女性)とあることで、よく話をするようになりました。

県立高校であるのに男女別々の教室でした。

気弱なために、ほとんど学校で女性と話したことはありません。

それに加えて、数学が病的にできなくてコンプレックスがあり、きっと女の子は私ごとき者を、きっと無視していたと思います。

最近は年(68)のせいか、若干あつかましくなりました。

Mさんと話している時、何かのきっかけでお父さんの話になりました。

途中で、話の内容があやしくなりました。

「もしや、Mさんのお父さんは『木戸正さん』ではないですか」と尋ねると、ビックリされていました。

話がどんどん進み、「私も地域史に興味を持っています。生前にお父さんから『ふるさとの文化遺産(第二巻)』をいただきました」と話をすると、Mさんから一巻から六巻まで全巻が届きました。

本当にありがとうございました。

 

   『ふるさとの文化遺産』からの報告

話が横道にそれてしまいました。話を瓢水のお母さん・お父さんへ戻します。

次回から報告しようと思っている、瓢水のお父さんとお母さんの話は、『ふるさとの文化遺産(第二巻)』の木戸正氏の研究によるものです。

若干、私見を添えさせていただきます。

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