石垣は、神吉頼経の遺構
社務所で、神主さんと石垣のお話をしている時です。
Kさんの、「アッ」という声です。
なんと、社務所の入り口の壁に「石垣の拓本」が掛かっているあではありませんか。
神主さんに尋ねると、「ずいぶん昔からかかっています。でも、何が書いてあるか知りませんでした」ということです。
だいぶ以前にとられた拓本らしく、文字もはっきりして、次のように読めます。
此石垣天文年中神吉城主
中務少輔神吉頼経公之所築
也恐後世失願主之名茲記之
≪意 味≫
この石垣は、天文(てんぶん)のころ、神吉城主の中務少輔、神吉頼経公が築造したものです。
後世、そのことが失われるのを恐れて(心配して)ここに、その名を記しておきます。
めざめた石垣の文字
この石垣の文字は、以前に知られていたのでしょうが、人が入りにくい場所にあり、その上に松葉などが落ち、文字を隠し、やがて人々の記憶から消えていったのでしょう。
それが、時々見つかっては忘れられることを繰り返し、今に至っているようです。
ともかくも、現在この文字は、ほとんど知られることなく、眠っていました。
それが、おじいさんの話から目覚めたのです。
またまた偶然です。
この垣根は、改築の話が出ています。あやうく、失われる運命でした。
このタイミングで、この石垣の文字が顔を出したのは、きっと「神吉八幡さんのお告げ」だったのでしょう。
今日は、12月28日。今年もあと3日。初もうでは、孫と一緒に神吉八幡宮へ出かけることにします。(no3070)
*写真:石垣の文字のある拓本