ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

四季の草花(7) オシロイバナ:Four o'clock

2017-08-25 07:03:41 | 四季の草花

         オシロイバナ

 オシロイバナは園芸種でしょうか、それとも雑草の仲間でしょうか。

 園芸種にしては、たくましい生命力を持っています。

 自宅の前にもこんもりとオシロイバナが咲いています。

 いい香りを放っています。

 水をやったり、肥料をやったことはありません。

 でも、毎年見事な花をつけています。その勢力範囲も広げています。

 散歩の途中でも、よく見かけます。

      英語ではFour o'clock

 オシロイバナの説明をウィキペディアでは、次のようにあります。

 ・・・全体にみずみずしい緑

 花は赤、黄色、白や絞り模様(同じ株で複数の色のものもある)などで、内、白と黄の絞りは少ない。

 花は夕方開き、芳香がある。

 このため和名としてユウゲショウ(夕化粧)とも呼ばれる。

 

 高校時代の同窓生(女性)のブログを読んでいました。彼女は、現在自宅で英語を教えておられます。

 花も好きでブログではよくは、花について投稿されています。

 あるとき、オシロイバナの英語名について投稿されていました。

 「Four o’clockといい、夕方から花が開く・・・」と。

 以来、この花を見るとFour o’clockの単語が浮かびます。

 そういえば、昼間は花弁を閉じています。

 ブログのオシロイバナは、22日の午後7時ごろに撮りました。

 Four o’clockは、機械的な呼称で、私はオシロイバナの方が好きですが、夕方の涼しい風を感じますね。(no3698)

 *写真:自宅前のオシロイバナ

 ◇きのう(8/24)の散歩(10.344歩)

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四季の草花(6) 平荘湖の白いユリ

2017-08-23 10:13:02 | 四季の草花

 太宰治は「富士には月見草がよくにあう・・・」といっていますが、富士山を借景にすると、どんな物でも似合いますよ。

 富士は、そんな山です。

 歩きながら「ふと」太宰治の文章が浮かびました。

   平荘湖には白いユリがよくにあう

 いま、平荘湖の遊歩道ではで白いユリの花が見事に咲いています。

 自宅でも同じ種類のユリが咲いていますが、ビオトープ状態の我が家のユリはあまりきれいとは思いません。

 でも、富士山を借景にした月見草ほどではないでしょうが、平荘湖の湖面を借景にした白いユリは絵になります。

 期間限定の風景ですので是非、お出かけください。

 平荘湖にはユリがよくにあうようです。

 写真の場所は、第三堰堤を東へ100㍍ほど行ったところです。

 さいわい、自動車が禁止されている散歩道ですので、歩く方のみが鑑賞できる花園です。

    提案です

 どこの都市でも新しい観光地をつくろうと一生懸命です。でも、そのためにはアイディアと場所と費用がかかります。

 平荘湖の周辺にユリの種を蒔いておきませんか。その種は、ことし咲いている種を集めて蒔くだけでいいんです。

 きっと来年には、よりみごとな花園が誕生すると思います。

 その時、新聞は「平荘湖には白いユリがよく似合う」と大きく報道しますよ。

 そして、散歩する人も増えるでしょうね・・・

 歩きながらそんなことを考えました。(no3696

 *写真:ユリの花(平荘湖第三堰堤の東100㍍:22日撮影)

 ◇きのう(8/22)の散歩(10.943歩)

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四季の草花(5) カラスウリ

2017-08-22 07:41:22 | 四季の草花

    

  

    カラスウリ

 童謡「真っ赤な秋」の歌詞の2番を紹介しておきます。


  まっかだな まっかだな
  からすうりって まっかだな
  とんぼのせなかも まっかだな
  夕焼雲(ゆうやけぐも)を ゆびさして
  まっかなほっぺたの 君と僕
  まっかな 秋に よびかけて いる

 

 カラスウリが登場しています。

 今の小学生に、カラスウリといっても知らないと思います。

 山で遊ばないし、遊んでも最近カラスウリを見つけることはほとんどなくなりました。

 カラスウリの実は秋の草が枯れるころ、赤い実が印象的です。

 最近は、珍しくなったカラスウリですが、なんと新幹線下のネットにびっしり咲いているんです。

 もっとも、今は緑の実です。

 その代わり、カラスウリの花も見ることができます。

 不思議なフリルを持ったような不思議な花です。

 散歩では、こんな町場では珍しくなった植物を見つけることがあります。

 秋が楽しみです。私の秘密の場所です。(no3695)

 *写真上:カラスウリの実(まだ緑です)

   同下: カラスウリの花 

 ◇きのう(8/21)の散(13.882歩)

 

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四季の草花(4) ヒルガオ

2017-08-16 07:28:39 | 四季の草花

 

     ヒルガオ

 ヒルガオの名前は、以前からよく知っていました。

 名前に何の不思議も感じませんでした。

 アサガオは、朝に咲いて、午後にはしぼみ、ヒルガオは昼から咲く花と考えていました。

   「ヒルガオは昼になっても咲いている」から

 朝咲いて昼にしおれるのをアサガオといい、昼から咲くのをヒルガオと信じていたのです。

 長らくこの思いこみを疑いなく信じ込んでいました。

 インターネットで調べてみました。

 ヒルガオは「ヒルガオ科の植物で、アサガオ同様に朝に開花するが、昼になっても花がしぼむことがないためこの名がある」とあります。

 先日、朝の6時ごろ散歩をしました。

 新幹線の下のフェンスにアサガオのような花(写真)が咲いているのです。

 アサガオより、どこか野性味があります。

 このあたりをよく自動車で通ります。午後の遅い時間でしたが咲いていました。間違いなくヒルガオです。

 ヒルガオといえば、ハマヒルガオも思いうかべます。

 6月ごろ、ヒルガオが加古川の河口あたりで絨毯のように期間限定の見事な風景をつくります。

 ハマヒルガオは潮風に花を揺らして咲きます。(no3690)

 *写真:ヒルガオ(新幹線下の金網のヒルガオ)

 ◇きのう(8/15)の散歩 万歩計を忘れ須磨へ出かけたため、記録なし。

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四季の草花(3) 余話として・福田寺の層塔

2017-08-15 08:18:31 | 四季の草花

  余話として、福田寺の層塔に触れておきます。

 でも、唐突に、文観・後醍醐天皇・層塔の話が出てきましたので、筋が追えないと思われます。

 詳しくは「ひろかすのブログ」のカテゴリーで「東播磨の石塔と文観」をお読みください。

 

   

      余話として・福田寺の層塔

   稲屋は、『日本書紀』に「鹿子の水門(かこのみなと)」が加古川の河口部にあったという場所です。

 研究者は、「鹿子の水門」は、現在の稲屋(加古川市加古川町稲屋)辺りで、当時は、このあたりまで海が迫っていたと推定しています。

 稲屋の近くにある泊神社は、地域の氏神であり、古代の港(水門・みなと)の守護神であったと考えられています。

 この稲屋に福田寺という古刹があります。。

 福田寺の山門をくぐるとすぐ左(西側)に、現高355㎝の花崗岩製層塔があります。

 現在は十一重ですが、本来は十三重であったと思われます。

 塔身(初層軸)には、三面に如来像を浮き彫りされています。

 この反対の面の如来像両協に銘文があり、銘からこの層塔は、正和二年(1313)に、尼西河弥陀仏を願主として造立されたものであることがわかりました。

 大野の常楽寺の宝塔と比較すると格狭間の下端幅は福田寺噌塔の方が狭いことが判明していますが、研究者は、「この層塔の格狭間(こうざま)は、常楽寺宝塔の基礎格狭間と酷似しており、格狭問が入る区画の規模は両者でまったく共通し、かつ格狭間自体も酷似ている」と指摘されています。

 したがって、「その地理的・時期的近さを考えると福田寺層塔と常楽寺の宝塔は同じ石工(集団)によって造立されたとみなしてよい」とされています。

西大寺と後醍醐天皇は密接な関係を持っています。その西大寺で文観は一時籍を置いています。

 ここでも、西大寺・後醍醐天皇・文観の結びつきが浮かび上がってきました。(no3689)

 *写真:福田寺の層塔(周りにユリが咲いています。3/13日撮影)

 *「東播磨の中世石塔と文観」(山川均論文)参照

 ◇きのう(8/14)の散歩(11.001歩)

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四季の草花(2) 福田寺のユリ(2)

2017-08-14 10:27:53 | 四季の草花

   福田寺のユリ(2)・地蔵堂横のユリ

 きょうも福田寺(ふくでんじ)のユリの話です。

 山門をくぐると、境内いっぱいにユリの花が咲いています。

 突き当りは本堂で、その西に地蔵堂があり、通路は西に折れています。

 その突き当たるところの門まで、境内と同じようにユリの花がいっぱいです。

 名前を知りたいのですが、知識がありません。

 図鑑で調べてみました。ユリはテッポウユリのようですが、葉がテッポウユリのように広くありません。

 タカサゴユリではないかと思われます。

 違っているかもしれません。ご存知の方は一報ください。

 福田寺は曹洞宗の小さな寺です。

 白いユリは、ぴったりとしているんです。

 きのう(13日)は昼間の熱い時間のせいか、お参りもなく、境内には静まり返っていました。

 ユリだけの世界のようでした。

           福田寺・宮崎奕保(みやざきえきほ)

 福田寺は、曹洞宗の寺です。

 曹洞宗といえばすぐ永平寺が思い浮かびます。

 なんと、福田寺の住職、宮崎奕保(みやざきえきほ)氏は、1993年、永平寺の貫主に就任されています。

 ウィキペデアでは宮崎氏を次のように説明しています。

 ・・・・

 厳格な仏教僧として知られ、肉は一切食さず生涯独身を貫いた。史上最高齢の住職として100歳を過ぎても若い僧と修行を続けた。

 2004にはNHKにて、立松和平がインタビュアーを務めたドキュメンタリー「永平寺 104歳の禅師」で取り上げられ、大きな反響を呼んだ。(no2688)

 *写真:福田寺地蔵・地蔵堂横のユリ

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四季の草花(1) 福田寺のユリ

2017-08-13 12:41:53 | 四季の草花

福田寺(ふくでんじ)のユリ(1)

 散歩中に見つけた「四季の草花」を歴史から始はじめます。

 『日本書紀』応神天皇13年の条に、次のような話があります。

 ・・・天皇が淡路島に狩に出かけた時に、多くの鹿が「鹿子水門(かこのみなと)」に入るのを見たので、調べてみると、日向(宮崎)の豪族の娘(髪長媛-かみながひめ-)が都に仕えるために東上するための一行だった。

 彼らが鹿皮の衣を着ていたので、鹿と見あやまったのだった・・・

 これは、地名説話ですが、九州と畿内を結ぶ瀬戸内海の泊()のひとつに、「鹿子水門(かこのみなと)」があったことを物語っています。

 古代には河口が港として利用される場合が多かったが、航海に必要な水や食料も得やすかったし、それに、木造船に穴をあけるフナ虫の害を少しでも少なくするためだったのでしょう。

 また、加古川の河口は内陸部と結ぶ重要な拠点でした。

 「鹿子水門」がどこにあったかは、明らかではないが、加古川東岸は西岸と比べ若干土地が高く、加古川の流れは西岸より安定していました。

 古い古墳も東岸に集中しています。そんなことを総合して考えると、現在の稲屋(加古川市加古川町)辺りが、「鹿子水門」であろうと考えられています。

 現在の稲屋は、やや内陸部になっていますが、当時はこの辺りまで海が迫っていたと思われます。

  この稲屋に曹洞宗の福田寺があります。

 散歩中にみつけました。今、福田寺の境内にユリが見事に咲いています。(次回も福田寺のユリの話を続けます)(no3687)

 *『加古の流れ(市史余話)』『加古川市史(一巻)」

 *写真:福田寺とユリ

 ◇きのう(8/12)の散歩(10.526歩)

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