~テロに屈せず、勇気ある日本人としての誇りを取り戻せ~
11月29日から3日間雨が降り続いたが、今日12月2日は久しぶりの快晴であり、我が家の二階からは六合目当たりまでであろうか冠雪をしている富士山の姿がくっきりと眺められた。
ところで小泉総理も今朝の富士山の姿を官邸から眺められたであろうが、総理として重大な決断をしなければならない時であるので、今日の天気にように爽やかな気分ではないであろう。11月29日にイラク在住の外務省の外交官である奥克彦在英国大使館参事官と井ノ上正盛書記官の二人がテロリストと思われる者に殺害されるという事態を受け、自衛隊をイラクに派遣する閣議決定を「派遣する意志には変わりがないが、現地の情勢を慎重に検討している」と言明し、その決定を先延ばしにしている。
イラクには国会議員や外務省、また派遣が予定されている自衛隊の調査団などすでに20回以上も派遣しているのに、いまだにダラダラと結論を出せないでいる。アメリカにはすでに「日本は当てにならない」と言われ、欧州各国のメディアは「日本は派遣を断念した」との報道もなされている。
外交官二人が殺害されたことで、今週中にも自衛隊をイラクに派遣する閣議決定をする予定であったが、また12月中旬ごろにずれ込むようである。もう何回ずれ込んでいるのであろか。こんなにずれ込んでいたら「日本は自衛隊をイラクに派遣する意志がない」と言われても仕方ないであろう。
イラクへの自衛隊に派遣に反対する人は、今回の外交官二人が殺害された件を受けて政府に自衛隊を派遣しないようにさらに圧力を掛けてくることだろう。日本はテロリストの脅迫に屈しても構わないと思っている訳であり、そこには世界平和のために国際社会と連携するなどとの考えはなく、平和のために命を失うなどまっぴら御免だと思っており、危険なことは他国に任せておこうというものだ。
朝日新聞は今回の事件を受けて、自衛隊に派遣に反対する論調を一転させ「外交官が殉職する事態を受けて、同胞を守れないようでは国家ではない。自衛隊を早期に派遣して外交官ら同胞を守れ」と論調を変えるかと思ったが、それは無理であったようだ。
12月1日には「二人の外交官の死??たじろぐなでは済まぬ」、同2日には「イラク派遣??重大事を国会で論じよ」と2日間連続して「自衛隊の派遣に反対」の社説を掲げている。1日には「首相は日米同盟とともに国際協調も大事だと言う。日本には独自に築いた中東外交の実績もある。ならば、米国にものを言いつつ、イラク復興と反テロ協調の旗を振ることはできるはずだ。ブッシュ政権の要請に基づく自衛隊派遣だけにとらわれた狭い視野から抜け出さなければならない。それが本当の意味でテロに対抗し、イラクの復興に資することになるのではないか」と書き、2日には「イラクに派遣した兵員から犠牲者が出る国が増えている。どこも国論は大揺れだが、いまのところ兵を引いた国はない。いったん出せば引きにくくなる。幸い日本はまだ自衛隊を出していない。そして、日本はそうした国々と同じ『軍隊』をもつ国でないことを忘れては困る」と言っている。
要するに朝日の言わんとすることは「自衛隊は軍隊ではない。だから犠牲者が出るような所には行けない。派遣しない方が本当の意味でテロに対抗し、イラクの復興に資することになる」と言うのであろうか。では日本はイラク復興や人道支援には一切手を貸さないと言うことで、尊い犠牲となられたイラクの復興に貢献されていた二人の外交官の遺志はどうなってしまうのか。自衛隊派遣をしないことは、その遺志を無駄にすることで日本はテロリストに屈したことになり、イラク復興支援に掛ける国際協力体制から日本は外れることになってしまう訳である。それはテロリストの勝利であり、日本は脅かせば、それに屈してすぐにカネでも出すのではという情けない国になり下がってしまうことになるのである。
「イラクに自衛隊を派遣せよ」と何度も主張やコラムに書いているが、小泉総理が決定を先延ばししているために同じようなことを何度も書かざるを得ないとは困ったものである。過去にダッカにおけるハイジャック事件で、日本はテロリストに屈したことを忘れてはならない。テロリストを世界に拡散させ、世界から大きな批判された苦い過去の再現をするつもりであろうか。小泉総理にはテロリストに絶対に屈服しないという強い意志を世界に示して、勇気ある日本人としての誇り取り戻すかの決断を待っている。
(2003/12/03)
この記事は「私の主張」第192号
殉職された二人の外交官の遺志を無駄にするな
~テロに屈せず、勇気ある日本人としての誇りを取り戻せ~
としてHPに掲載されていたものです。
11月29日から3日間雨が降り続いたが、今日12月2日は久しぶりの快晴であり、我が家の二階からは六合目当たりまでであろうか冠雪をしている富士山の姿がくっきりと眺められた。
ところで小泉総理も今朝の富士山の姿を官邸から眺められたであろうが、総理として重大な決断をしなければならない時であるので、今日の天気にように爽やかな気分ではないであろう。11月29日にイラク在住の外務省の外交官である奥克彦在英国大使館参事官と井ノ上正盛書記官の二人がテロリストと思われる者に殺害されるという事態を受け、自衛隊をイラクに派遣する閣議決定を「派遣する意志には変わりがないが、現地の情勢を慎重に検討している」と言明し、その決定を先延ばしにしている。
イラクには国会議員や外務省、また派遣が予定されている自衛隊の調査団などすでに20回以上も派遣しているのに、いまだにダラダラと結論を出せないでいる。アメリカにはすでに「日本は当てにならない」と言われ、欧州各国のメディアは「日本は派遣を断念した」との報道もなされている。
外交官二人が殺害されたことで、今週中にも自衛隊をイラクに派遣する閣議決定をする予定であったが、また12月中旬ごろにずれ込むようである。もう何回ずれ込んでいるのであろか。こんなにずれ込んでいたら「日本は自衛隊をイラクに派遣する意志がない」と言われても仕方ないであろう。
イラクへの自衛隊に派遣に反対する人は、今回の外交官二人が殺害された件を受けて政府に自衛隊を派遣しないようにさらに圧力を掛けてくることだろう。日本はテロリストの脅迫に屈しても構わないと思っている訳であり、そこには世界平和のために国際社会と連携するなどとの考えはなく、平和のために命を失うなどまっぴら御免だと思っており、危険なことは他国に任せておこうというものだ。
朝日新聞は今回の事件を受けて、自衛隊に派遣に反対する論調を一転させ「外交官が殉職する事態を受けて、同胞を守れないようでは国家ではない。自衛隊を早期に派遣して外交官ら同胞を守れ」と論調を変えるかと思ったが、それは無理であったようだ。
12月1日には「二人の外交官の死??たじろぐなでは済まぬ」、同2日には「イラク派遣??重大事を国会で論じよ」と2日間連続して「自衛隊の派遣に反対」の社説を掲げている。1日には「首相は日米同盟とともに国際協調も大事だと言う。日本には独自に築いた中東外交の実績もある。ならば、米国にものを言いつつ、イラク復興と反テロ協調の旗を振ることはできるはずだ。ブッシュ政権の要請に基づく自衛隊派遣だけにとらわれた狭い視野から抜け出さなければならない。それが本当の意味でテロに対抗し、イラクの復興に資することになるのではないか」と書き、2日には「イラクに派遣した兵員から犠牲者が出る国が増えている。どこも国論は大揺れだが、いまのところ兵を引いた国はない。いったん出せば引きにくくなる。幸い日本はまだ自衛隊を出していない。そして、日本はそうした国々と同じ『軍隊』をもつ国でないことを忘れては困る」と言っている。
要するに朝日の言わんとすることは「自衛隊は軍隊ではない。だから犠牲者が出るような所には行けない。派遣しない方が本当の意味でテロに対抗し、イラクの復興に資することになる」と言うのであろうか。では日本はイラク復興や人道支援には一切手を貸さないと言うことで、尊い犠牲となられたイラクの復興に貢献されていた二人の外交官の遺志はどうなってしまうのか。自衛隊派遣をしないことは、その遺志を無駄にすることで日本はテロリストに屈したことになり、イラク復興支援に掛ける国際協力体制から日本は外れることになってしまう訳である。それはテロリストの勝利であり、日本は脅かせば、それに屈してすぐにカネでも出すのではという情けない国になり下がってしまうことになるのである。
「イラクに自衛隊を派遣せよ」と何度も主張やコラムに書いているが、小泉総理が決定を先延ばししているために同じようなことを何度も書かざるを得ないとは困ったものである。過去にダッカにおけるハイジャック事件で、日本はテロリストに屈したことを忘れてはならない。テロリストを世界に拡散させ、世界から大きな批判された苦い過去の再現をするつもりであろうか。小泉総理にはテロリストに絶対に屈服しないという強い意志を世界に示して、勇気ある日本人としての誇り取り戻すかの決断を待っている。
(2003/12/03)
この記事は「私の主張」第192号
殉職された二人の外交官の遺志を無駄にするな
~テロに屈せず、勇気ある日本人としての誇りを取り戻せ~
としてHPに掲載されていたものです。