試験監督の話の続き。
相変はらず、机上には文房具が並ぶ。シャープペン4本、芯ケース1つ。消しゴム4個。あるクラスの生徒の机の上である。
今日は、さらに面白いことがあつた。消しゴムが床に落ちた。さつと手を挙げ、「消しゴムを落としました」と伝へてきた。つまり、拾つてくれといふ依頼である。しかし、机上にはもう一つ消しゴムがある。そこで、「目の前の消しゴムはいつ使ふのか」と訊いた。すると、不満げな表情でこちらを見つめた。私が見つめ返すと(イヤなおじさんですね)すごすごと机上の消しゴムを使ひ始めた。
何かあつた時に困らないために、その子は消しゴムを2個用意したのではないか。そして、時は、今、まさにその「何かあつた時」ではないか!
なのに、「消しゴムを落としました」である。
思考が固まつてゐる。消しゴムを2個準備したときの思考が、消しゴムを1個落としたときには動き出さないのである。
これは結構厄介だな、と思つた。
消しゴム集めがフェティシズム(物神崇拝)になつてゐる。文房具好きはいつかうに構はない。しかし、道具としての物の価値を忘れて、試験中の机上で物への執着心を広げられてはたまらない。
一度、文房具の数を抑制するといふことをやつてみようか。
そんなことを考へた。監督といふ仕事は思考が弾みます。