言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

国語問題協議会の講演会

2014年11月02日 21時11分02秒 | 日記
小学校国語副読本―英才を育てるための
石井 公一郎,萩野 貞樹
PHP研究所
 久しぶりに国語問題協議会の講演会に参加した。
 丸の内の日本倶楽部、あの重厚で低層のビル群の一室は、いつも厳粛な雰囲気である。
 福田恆存先生がいらした頃も、そこで会が催されてゐたのかは分からないが、国語を語るにはとても相応しい場所であると感じてゐる。

 今回は、谷崎昭男氏と石井公一郎氏の講演であつた。
 
 谷崎氏は、あの谷崎潤一郎の甥であり、早稲田大学の碩学谷崎精二の息子である。現在は相模女子大の学長とのこと。話は、国語の伝統についてであつたが、福田恆存について言及されることが多く、会へのオマージュであつたか。私にはややすり寄りのやうな気がして余計な言及のやうに思へた。氏は、福田恆存よりも保田與重郎の研究者であり、浪漫主義である。福田恆存の西洋由来の絶対主義とは相容れまい。福田恆存への追悼文にも保田の視点からの批判があつたやうに記憶する。ただ、最後に語られた「表現に、私は美しさを第一に要求しない。美しいことより、生き難い人生を何とか生き抜いていく力を与へてくれる作品、それを文學における至上のものとする」との言は、良いと思ふ。美と生とを同列に論じることが浪漫主義らしくていい。やはり福田恆存とは違ふといふ尻尾を出してくれてゐた。おまけに「さういふ意味では、谷崎よりも佐藤春夫の方がいい」といふのも、頷ける話であつた。

 石井氏は、『今昔秀歌百撰』のスポンサーでもある。ブリジストンの専務まで務められた方で私財を投じて国語問題に取り組まれてゐる型である。この方なくして、この会はない。帝国陸軍軍人らしく九十歳を過ぎてなほ凛として大きな声で典範令を讀まれた。途中、特攻隊として出発する中尉に、整備兵が「中尉、出発に当たり何かお言葉がありますか」と訊かれたときに、「俺のシラミよ、これから死出の旅に出るが、お前も俺と一緒に行くか」と残した兵がゐた、その坦々とした振る舞ひが……と話されたときに、少し涙ぐんでゐたやうに聞こえた。かういふ軍人が戦後の社会をつくつたといふことは間違ひない。そのことを知ることができただけで、今回の上京は十分であつた。

 国語の正統表記を守る、それはこれからの私たちの責任である。
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