言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

?――ここにゐて七年

2012年07月29日 21時06分13秒 | 日記・エッセイ・コラム

 街まで買ひ物に降りて行つた帰り道で?が横たはつてゐるのを見た。いつものやうに考へごとをしながら歩いてゐたので、それまで気が付かなかつた?の声にも、それで気が付いた。うるさいとは感じなかつた。

 ?の死骸を見てゐると、七年前に産み落とされたのかと思ひ、さう言へば私自身もこの町に来てこの七月で七年になるといふことがつながつた。地中にゐた七年は、この夏の太陽に出会ふためだけに費やされたのであらうが、私自身はそれほどの大きな目的を達成するために月日を生きてゐない。ただ、過ぎた七年が思ひ出されただけだつた。

 そして、今年産み落とされた卵は静かに七年後の太陽に出会ふ日を待つのであらう。?の死骸の乾燥してじつに軽い質感は、死の悲しみを和らげてくれるが、待つといふことだけに費やされてゐる七年間の重みをずしりと感じてしまつた。

 そのあと?の死骸を見ぬままに上り坂を登つて行つたが、蝉の声は今も聞こえてゐる。

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「福田恆存とその時代」を玉川大学出版部が開催

2012年07月24日 10時31分36秒 | 告知

玉川大学出版部のホームページから。

『福田恆存対談・座談集』(全7巻)の刊行を記念して、「福田恆存とその時代」と題したイベントを開催します。

生誕100年。昭和を代表する批評家・劇作家、福田恆存とはいかなる存在であったか。思想、演劇、そして人間──その多面的な姿に迫ります。

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福田恆存生誕100年
『福田恆存対談・座談集』(全7巻)刊行記念

福田恆存とその時代

■ 日時:2012年9月30日(日)13:30~16:00(13:00開場)
■ 会場:紀伊國屋サザンシアター(紀伊國屋書店新宿南店7階/JR新宿駅南口より徒歩8分)
■ 料金:1,500円(税込)

■ プログラム
【第一部】講演 山田太一(脚本家)「福田恆存を読む」
【第二部】パネルディスカッション「いま、福田恆存から考えること」
  遠藤浩一(拓殖大学日本文化研究所長/コーディネーター)
  新保祐司(都留文科大学教授)
  中島岳志(北海道大学准教授)
  福田 逸(明治大学教授・現代演劇協會理事長)

  *内容は都合により変更となる場合があります。

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チケットは8月1日(水)から、予約・前売りとも開始します。

■ 電話予約
 紀伊國屋サザンシアター TEL 03-5361-3321/10:00~18:30

■ 前売り
 紀
伊國屋サザンシアター(紀伊國屋書店新宿南店7階/10:00~18:30)
 
キノチケットカウンター(紀伊國屋書店新宿本店5階/10:00~18:30)

みなさまのご来場をお待ちしております。

主催:玉川大学出版部 / 共催:現代演劇協會 / 協力:紀伊國屋書店

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『平成猿蟹合戦図』を讀む

2012年07月22日 16時55分32秒 | 本と雑誌

平成猿蟹合戦図 平成猿蟹合戦図
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2011-09-07

 吉田修一の本を久しぶりに讀んだ。この人はやはり長編がいい。映画になりさうなものばかり書いてゐるけれど、言葉も結構いいものだ。

「私、思うんです。人を騙す人間にも、その人間なりの理屈があるんだろうって。だから平気で人をだませるんだろうって。結局、人を騙せる人間は自分のことを正しいと思える人なんです。逆に騙される方は、自分が本当に正しいのかといつも疑うことができる人間なんです。本来ならそっちの方が人として正しいと思うんです。でも、自分のことを疑う人間を、今の世の中は簡単に見捨てます。すぐに足を掬われるんです。正しいと言い張るものだけが正しいんだと勘違いしてるんです。」

 この「私」とは、騙された親の子供である。この小説は、さうした騙されたものたちへの吉田修一の応援歌である。

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『人間は弱い』か――福田恆存論の新刊

2012年07月13日 21時08分26秒 | 日記・エッセイ・コラム

 福田恆存についての新刊が出たやうだ。未讀なのでよく分からないが、讀んでみたいと思ふ。

福田恆存: 人間は弱い (ミネルヴァ日本評伝選) 福田恆存: 人間は弱い (ミネルヴァ日本評伝選)
価格:¥ 3,150(税込)
発売日:2012-07-31
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『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』を観る

2012年07月11日 22時06分47秒 | 日記・エッセイ・コラム

11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』を観た。

若松孝二11・25自決の日三島由紀夫と若者たち 若松孝二11・25自決の日三島由紀夫と若者たち
価格:¥ 1,000(税込)
発売日:2012-06

 二年ほど前に持丸博氏(「楯の会」を三島とともに作つた人物だから、当然この映画にも登場してくる)と佐藤松男氏の対談『証言 三島由紀夫・福田恆存』を讀んでゐたので、楯の会の設立目的が、左翼運動に対する対抗であり、昭和44年10月21日の左翼闘争が警察の圧倒的な力の前に不発に終はつたことを以て、その目的が意味のないものになつてしまつたことを知つてゐた。そして、そのエネルギーの持つて行き場がなくなり、言はば暴発するかたちで、あの自衛隊への突入といふ事態になつた、どうやら監督の若松氏は、さう見てゐるらしい。

 三島の構想は、確かに左翼勢力の伸長による革命的状況によつて、自衛隊の治安出動を促し、クーデターに持ちこまうといふものであつたやうだ。だから、自衛隊が出動することなく警察力によつて左翼勢力が押さえつけられる事態は、皮肉なことに絶望的な状況である。そこで、左翼の伸長によるクーデターではなく、自らの手で戦後社会を顛覆しようといふやうに戦略を変へていつた。

 少なくとも政治的な文脈からすれば、三島の行動は以上のやう要約できるであらう。

 しかし、実際の三島の内心と行動とは分からない。映画では、総監を人質にして市ヶ谷で最期の演説をする三島は悲壮感にあふれてゐたが、実際の映像の三島はもつとからりとしてゐるやうに見えた。誰も三島と決起する者などゐない、さう断念してゐる風である。

 刀一本で起こすクーデター、その益荒男ぶりによつてのみ未来の日本人の誰かがこの日本の伝統を守つてくれるであらうといふことを信じてゐるやうでさへあつた。しかし、これは福田恆存が書いてゐたやうに、「憂国」と結びつけるものではない。政治的なものではなく、人間として、この肉体をもつた存在として、生まれた土地、文化、風土、言葉、さういふものへの親しみ、誇り、そこに通じてゐるものやうに思はれた。

 ところで、映画の中で、昭和43年2月20日に起きた立て籠もり事件(金嬉老事件)の報道を新聞で読む三島の姿があつた。「たつた一人でこれだけのことができるのか」とつぶやく三島は、クーデターを思ひ、福田恆存は『解つてたまるか!』の芝居を構想した。両者とも孤独を深く噛みしめてゐるといふことは共通であるが、その行動の違ひを改めて感じるエピソードであつた。

 

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