福田恆存の生誕百周年である。生まれたのは1912年8月25日、そして亡くなられたのが1994年11月20日。したがつて、誕生日から命日のこの期間にいろいろなところで、その記念の行事が行はれる。すでに案内した通り、今月30日には、「福田恆存とその時代」と題されたシンポジウムが新宿の紀伊國屋サザンシアターで催される。それぞれの福田恆存が語られるこの機會をたいへんに嬉しく思ひ、楽しみにしてゐる。そして、11月10日には國語問題協議會主催で講演會を開き、金子光彦さんにお話をしていただくことに決まつた。金子さんの福田恆存の年譜作りは、今はまだひろく知られてゐないが、いづれ公開されることになるだらう。今もなほ毎日補充され續けてゐる資料の数数の多さは、金子さんの福田恆存への思ひの強さであり、驚嘆するばかりである。当日のお話がどのやうなものになるのかは分からないが、楽しみにしてゐる。
さて、私の福田恆存についての思ひであるが、それはすでにいろいろと書いて来たので今は改めて書くことはない。「論」についてはすでにその興味を失ひ、ますます福田恆存の文章を讀むことにのみ心がけてゐる。聖書を讀むやうに今も福田恆存を讀んでゐる。先日も、「自由について」を讀み、生徒たちにも与へた。宿命と自由といふ、福田恆存讀みならどなたも知つてゐる内容であるが、改めて感じるところがあつた。
最近の内外の情勢を見ると、気鬱することが多い。秋空のすがすがしい空が、却つて心に影を落とすのである。
人間が
こんなに
哀しいのに
主よ
海があまりに
碧いのです
東シナ海を背にして建てられた遠藤周作文学館の碑には、自筆でそのやうに書かれてゐた。語りかける主人を持つた遠藤には、絶句せざるをえないやうな人間世界の悲惨を訴えることができた。しかし、それを持たない人びとはどうだらう。ますます気鬱することしかできないのではあるまいか。人を呪ひ、あげつらひ、力を用ゐて人を平伏させ、溜飲を下げることで満足してゐる一群もゐるだらうが、それも一時の気晴らしにすぎない。あるいは、耐へて耐へて耐へて生きることを選んだ一群もゐるであらう。しかしの抑圧が心を解放する日は来るのだらうか。心理学が人の心を解き放たうとしても、哲学がいくら人間を精密に解釈しても、倫理学が正しい道を探るための熟議を奨励しても、肝心の良心が発動しない人間が大量に誕生してゐる現在には有効な手立てを提示できない。
旧約聖書の「伝道の書」にはかうある。
伝道者が、世の中を見まはして感じたことは、「曲がつたものは、まつすぐにすることはできない、欠けたものは数えることができない」といふことであり、自分の内に向かつて言ひ聞かせたことは「知恵が多ければ悩みが多く、知識を増す者は憂ひを増す」といふことである。
伝道者とは、エルサレム王であつたソロモンのことである。栄華を極め、地上世界のすべての栄光を得た人物が憂ひたことは、人間の、良心が発動しない、といふことである。知恵や知識が何の救ひももたらさないといふことである。
ソロモンから三千年、沈黙の日は今も續いてゐる。