言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

あの日から2年

2013年03月11日 22時11分36秒 | 日記・エッセイ・コラム

 あの日は、家にゐた。居間に来てテレビをつけた直後だつた。大阪の制作してゐる番組だから、東京とは反応が違ふ、途中から東京の報道スタジオに放送は移り、例のやうな津波の模様をくぎ付けになつてみてゐた。まさか大阪の揺れが東北地方を震源とした地震であるとは信じられず、しばらく揺れてゐるマンションの中で、恐ろしさを感じてゐた。

 

 何かできないかといふ思ひで、震災直後は考へ拙い行動にも出た。しかし、体は関西を離れるわけにはいかない。春休みにボランティアをといふほど、経験も活力もない。約束してゐたオーストラリアの友人に会ひに予定通り旅行に行つた。成田空港で激しい余震に遭ひ、出発時間が遅くなつた。あの空港の建物が大きな音を立てて揺れてゐるのを経験して、かういふものかと改めて感じた。

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  そのうちに、国語問題協議会の谷田貝常夫先生から、歌による復興をといふ提案があり、ブリジストン自転車の石井公一郎元会長の篤志により、『今昔秀歌百撰』を出版することとなつた。私も十人ほどの撰者を担当し、昨年の一月に発行できた。「勧進」といふ言葉を谷田貝先生は言はれた。原稿料もいただいたし、その費用も含めてすべての経費は石井氏が出された。だから、私には「勧進」といふ言葉は重い。ひとへに、何とかしたいといふ石井氏の強い思ひがあつてのことである。ただ自分で言ふのも何であるが、とても良い本である。私は歌を解説したのみであるが、歌といふものを通じて歴史とつながつて来た私たちであるといふことを思ひ出すことは、現実的な復興策に負けず劣らず大事なことである。

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 「悲しみをととのへる力が歌にはある」とは小林秀雄の言葉であるが、悲しみを拭ひ去る力はなくとも、先人の歌には力があることを感じるだけで、私たちは救はれるものであらう。救はれなければならないほどの悲しみが東日本を覆つた日から、今日で丸二年。思ひ出すべき日々である。

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 私の引いた歌は、凡河内躬恆の歌。

憂きことを思ひつらねてかりがねの鳴きこそわたれ秋の夜な夜な

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