言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

コメントを下さる方へ

2017年06月28日 11時59分45秒 | 日記

 わづかだが、このブログを継続的にお読みくださつてゐる方がゐる。一見さんもたくさんいらつしやると思ふが、中にコメントをくださる方がゐる。ありがたいことだと思つてゐる。

 メモ=下書きのやうな、文の整合性も取れてゐない、とにかくアイディアだけを残しておかうと思つて書いてゐるから、読みにくいこと甚だしい。私も偶然過去のものを読んで「ひどいな」と思ふぐらゐだから、人様はもつと厳しい感想をお持ちだらうと思ふ。それで、時々は過去のものを修正してゐる。文意がはつきりするやうに継続的に努めてゐる。活字でない媒体の唯一の効用はそこではないか。いつでも修正が利くといふことである。

 ところで、そんな拙文にたいして時々、それも本当に時々コメントを下さる方がいらつしやる。それについての感想を書きたくなるが、基本的に氏名をお書きいただいてゐない方のコメントには、感想を記さないことにしてゐる。私も本名で書いてゐるのであるからである。そんなに読者はゐません。本名でここに書いたからと言つて何か支障があるとは思へません。私への悪口であるのなら、なほさらのこと名乗つてほしいと感じてゐる。そこでの対話から何かが生まれるのは喜びでもあるからだ。

 

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「時間が出来たら劇場へ」とは思ふものの

2017年06月27日 21時39分18秒 | 日記

 東京にゐたころは、仕事半分、趣味半分で、毎週のやうに芝居を見てゐた。劇評を書いてゐると、あちらこちらからチケットが送られてくるし、劇場に行けばチラシが所狭しと並べられてゐたらから、次はこれを見ようかなと目星をつけて予約してといふことを繰り返してゐた。

 だから、今どんな芝居をやつてゐるかといふことが自然に情報として入つてきた。

 ところが、地方に引き越してからはさういふ機会はめつきり無くなつた。今は、知り合ひの役者が演じる舞台のみを見るといふ状況である。

 そこで久しぶりに芝居でも見ようか(ちよつと日常から離れる工夫をしないと潰れてしまひさうな気がして)と、来月上京する日程で調べたが、まつたくどれを見たらいいのか分からなくなつた。劇場の場所も見当がつかないところばかり。これでは行く気も半減してしまふ。

 やうやくこれにしようと思つてチケットを取らうとすると、すでに完売。見る人は見てゐるのだ。うらやましい限り。東京にはさういふ文化が根付いてゐる。

 それで諦めることにしようかと思つてゐる。当日券があるといふ。並んでそれでも買へないこともあると聞くと、意気消沈してしまふ。それほど見たいとは思つてゐないのだらう。

 かういふ時にも、指南役は欲しいものだ。「今はね、これこれを見たらいいですよ。その芝居は、案外空いてゐるんです」などと教へてくれる人がゐればいいなと思ふ。虫が好すぎるが、田舎から出ていく者には、さういふ人はありがたいのである。

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四半世紀振りの再会

2017年06月27日 08時02分17秒 | 日記

 先日の日曜日、東京に出張で出かけた。そこでなんと四半世紀ぶりに友人と再会した。それも二人とである。

 不思議なことである。こんなこともあるのかと、狐につままれたやうな気がした。

 二人ともそれなりに年をとり、生活の疲れが体全体に漂つてゐた。つまりは、私もさうであるといふことである。久しぶりに会ふ友人が無言で教へてくれることは、さういふことである。

 生きてゐると、かういふことがあるのだな。出会ひは一瞬である、そしてそれはいつ訪れるか分からないと常々思つてゐるが、期せずしてそれを実感する一日だつた。

 帰りの新幹線の中、再会を約すメールを送り東京を後にした。

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『いま世界の哲学者が考えていること』を読む。

2017年06月21日 16時32分14秒 | 日記

 「世界の哲学者がいまどんなことを考へてゐるのか」

 そんなことをタイトルを見て興味を持つた。私にとつて考へるとは善とはなにか、教へるとはどういふことか、自己とは何か、といふスタイルにしたがつたある種の原理的な思考のことを意味するが、実際の哲学者はさういふ思考ではなく、現実の課題にたいしてその対処法を考へてゐるのであつた。

 それがとても新鮮であつた。なるほど考へるとは何か対象があつて起きることであり、現在に生きる哲学者現実の問題を対象にするのは当然のことであるが、さうであれば経済学的アプローチも、宗教的アプローチも、科学的なアプローチもあつて当然である。

 なーんだ、さういふことが哲学なのか、といふ驚きである。無知も甚だしいが、事実だから正直に書く。

 目次を引用する。

▼第1章 世界の哲学者は今、何を考えているのか
◎ポストモダン以後、哲学はどこへ向かうのか
◎「真理」はどこにも存在しない
◎人間消滅以後の世界をどう理解するのか
◎道徳を脳科学によって説明する

▼第2章 IT革命は人類に何をもたらすのか
◎人類史を変える二つの革命
◎スマートフォンの存在論
◎シノプティコン――多数による少数の監視
◎ビッグデータと人工知能ルネサンス
◎人工知能によって啓蒙される人類?

▼第3章 バイオテクノロジーは「人間」をどこに導くのか
◎「ポストヒューマン」誕生への道
◎人間のゲノム編集はなにを意味するのか
◎クローン人間の哲学
◎不老不死になることは幸せなのか
◎犯罪者には道徳ピルを飲ませる?

▼第4章 資本主義は21世紀でも通用するのか
◎近代が終わっても資本主義は終わらない?
◎格差は本当に悪なのか
◎自由主義のパラドックス
◎フィンテック革命と金融資本主義の未来
◎グローバリゼーションのトリレンマ

▼第5章 人類が宗教を捨てることはありえないのか
◎多文化主義から宗教的転回へ
◎多文化主義モデルか、社会統合モデルか
◎宗教を科学的に理解する?
◎グールドの相互非干渉の原理
◎創造説とネオ無神論

▼第6章 人類は地球を守らなくてはいけないのか
◎経済活動と環境保護は対立しない?
◎環境プラグマティズムは何を主張しているのか
◎地球温暖化対策の優先順位は?
◎終末論を超えて

 

 それぞれの章に、世界的な哲学者が出てくる。特筆すべきことは、日本人が一人もゐなかつたといふことである。世界の哲学者に日本人はゐないといふのは驚きである。

 著者の岡本裕一朗氏が日本の哲学界の人間関係に配慮して、さういふことにしたのか。いやそんなことはないだらう。たとへば、環境問題にしても、未だに日本の言論界は気候変動を炭酸ガス由来で説明する議論にとどまつてゐる。ビョルン・ロンボルグの『環境危機を煽ってはいけない』(2003、文藝春秋)のやうな冷静な主張をする哲学者が日本にはゐないといふことである。

 現代の課題を網羅的に知るにはとても良い本である。一人の著者が書いたものであるといふのがいい。『現代用語の基礎知識』のやうな形では、視点が見えないからである。高校生でも読める。

 

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時事評論石川 6月号

2017年06月18日 20時02分23秒 | 日記

「時事評論石川」6月号のお知らせ。

 今月号の内容は次の通り。 どうぞ御關心がありましたら、御購讀ください。
 1部200圓、年間では2000圓です。
(いちばん下に、問合はせ先があります。)

 1面吉田先生の論は、亡くなつた松原正を彷彿とする斬れ味である。東大法学部の宍戸常寿氏が『正論』に書いた「これまでの憲法論議に欠けていたこと」への批判である。

 東大法学部と言へば、先日も井上達夫氏と石川健治氏との激論をBSフジで見たが、ひどい内容であつた。「リベラルのことは嫌いでもリベラリズムは嫌いにならないでください」の著者である井上氏は、改憲論者も観念的護憲論者も共にばつさりであるが、特に観念的護憲論者の権化のやうな石川氏を痛罵してゐた。石川氏は石川氏で「法哲学者気楽なことを言つてゐればよいが、憲法学者は現実の憲法を問題にする」などと懸命に井上を攻撃してゐたが、まつたく中学生のやうな詭弁を弄してゐた。

 宍戸氏のものを私は読んでゐたが、吉田先生が引用してくれたもので十分である。東大法学部といふのをひとくくりにすることはできないが、学者といふ職業が自分の専門領域への忠誠を最優先にするのは致し方なく、それを相対化できるかどうかはどうやら人格の次元の問題であるやうに思ふ。特に現実の政治にかかはる問題を対象とする法学の場合には、善(GOOD)と正(RIGHT)とをわきまへて、善に囚はれすぎて正しくない判断をすることを戒めなければならないだらう。それは人格の力であると思ふ。

 その意味で、3面の「この世が舞台」の留守先生のホーソンの『想像の見世物箱』は時宜を得た評論となつてゐた。細かい粗筋は省略するが、「なんぴとも『最も罪深い者』の『同類』たる可能性は免れない、断じて例外はない」とホーソンの主張を要約する留守氏の評言は至言である。さういふことを書ける文学を持つてゐるアメリカの本質を改めて知らされた。日本の文學のその底の抜けた貧しさを感じるのである。内村鑑三が、源氏物語を評して次のやうに書いてゐる。

「なるほど『源氏物語』という本は美しい言葉を日本に伝えたものであるかも知れませぬ。しかし『源氏物語』が日本の士気を鼓舞することのために何をしたか。何もしないばかりでなくわれわれを女らしき意気地なしになした。あのような文学はわれわれのなかから根コソギに絶やしたい」

 これを読んだ大学生の時、少し言ひ過ぎではないかと思つたが、今は内村に近いところに私もゐる。

 

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 憲法読みの憲法知らず

 東大法学部教授よ、しつかりせい

          宮崎大学准教授 吉田好克

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ヨーロッパから見た極東の慰安婦問題

          早稲田大学教授  有馬哲夫

   
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教育隨想

 天皇陛下の「ご不満」発言に想ふ(勝)

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「この世が舞台」

 『想像の見世物箱』ホーソン

       早稲田大学元教授 留守晴夫

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コラム

  九条の「御利益」がなかった証拠 (紫)

  選挙と世論調査(石壁)

  嫌な感じと好い感じと(星)

  右翼左翼の本性は同じ(騎士)

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問ひ合せ

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