言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

言葉の救はれ――宿命の國語31

2005年08月28日 22時03分51秒 | 日記・エッセイ・コラム
 明治二十三年ヨーロッパに派遣され、二十七年に歸國した上田萬年はかう記してゐる。

 予が明治二十三年に文部省から留學を命じられて、博言學の研究の爲に、獨逸及び沸蘭西に往つたのも、實は日本の此の重大なる問題を解決する爲に必要なる知識を得させようと言ふ當局の考から出たものだと予は記憶する。
               「國語及び國字の將來」『國語學の十講』

 文中、「博言學」とあるのは今日の言語學のことであり、「此の重大なる問題」とは、國語國字問題つまり近代化を進める上で日本の國語をどうするかといふ問題である。
 上田は歸國後、東京大學に博言學の講座を開き、國語研究室を創設した。また、國語會議の設立を提唱し、國語調査委員會の設立を實現することに努力するなど、國語國字の改革を進めようとしたのであつた。
 しかし、上田が學んだ博言學が、國語國字の改革に有效な手立てを示したかと言へば、それは「否」である。なぜなら、西洋の言語と私たちの國語とは根本的に性格が異なるからである。
 近代言語學は、十八世紀の後半に、インド古代言語であるサンスクリッド語が、イギリスのウィリアム・ジョーンズによつて紹介されたときより始つたとされてゐる。今日、インド=ヨッロッパ語族と人類學では統括されるほど、二つの言語は似てをり、それらはもともと一つの共通言語から分派したものであらうと考へられた。
 したがつて出來たばかりの言語學は、その「共通言語」を探すこと、それを復元すること、そしてどのやうに枝分かれしてきたのかといふことを明らかにするのがテーマであつた。また、それらの言語はいづれも表音言語であり、言語は音と意味とに分けられると考へるのであり、文字は表記の手段としてしか考へられない傾向があつた。これを見ただけでも、私たちの國語とはまつたく異質のものである。
 時枝は、當時の言語學の特徴をかう記してゐる。

 文字は、言語の附加物として考へられ、言語を覆ふ衣服か、實物の摸寫である寫眞と同じやうに考へられた。文字は、言語的事實の眞相を誤らせる有害なものとされ、事實の眞相を表示する時にだけ、その價値が認められた。文字が、言語の附加物であり、衣服であるならば、これをどのやうなものに取替へても、ものそのものの本質に關係するものではなく、もし取り替へるならば、言語の眞相を表示する表音文字が適當であるとする考方が出て來るのは見易い道理である。
                    (『國語問題のために』)

 言ふまでもなく日本語を含めた東洋の言語は、インド=ヨーロッパ語とは違ふ。このことは明らかである。表音言語ではないし、そもそも東洋において共通性を明らかにすることは困難である。中國語と日本語は全く異なるし、ハングルと日本語は文法的には似てゐるし、日本書紀には當時の兩國人が通譯なしで會話したとの記述があるが、實態は不明である。比較の問題ではあるが、ヨーロッパ諸國言語の相似性にくらべて、日本語とハングルとは、同質性よりも差異性の方が大きいと言へるだらう。



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言葉の救はれ――宿命の國語30

2005年08月25日 14時42分24秒 | 日記・エッセイ・コラム
 「開國」といふ言葉が明確に示してゐるやうに、日本の近代は西洋に向つて「國を開く」ことによつて成立した。開いて何をするか。新しい文物を入れるのである。もちろん、文物にはそれぞれ名前があるから、それを入れる際に日本名をつけなければならない。つまり、飜譯の作業が同時に行はれたのである。
 この際に、對象が物質なら目に見えるから誤解は少ない。機關車も電燈も電報も燈臺も、「五感に訴へ得る具體的なものは殆ど問題は無い」と、福田恆存が「新漢語の問題」で書いた通りである。
 ところが、目に見えないもの、例へば、文化、人權、自由、民主主義、理性などといふ言葉は、實體が伴はないから、人によつて解釋が異なつてしまふ。漢語をあてはめても、その意味に幅がありすぎる。外延がひろがれば、内包が曖昧になるのは言葉の性質であるが、これら新漢語の場合には、それぞれの人の持つニュアンスと言葉の意味との誤差が非常に大きいのである。
 新しい概念である新漢語は、もちろん、わたしたちが發明したものではなく、西洋にあつたものの飜譯である。飜譯の問題については、『文學の救ひ』でも論じたし、福田恆存はなにより飜譯家であるから、飜譯論も書いてゐるぐらゐで大きな問題を提起してゐるが、ここでは詳細には論じない。が、飜譯する過程において語義のずれが生まれ、それにともなつて出來上がつた社會に混亂を來たしてゐるといふことは一言しておかなければらない。
 自由といふ言葉はその典型である。平成十一年六月十二日付の産經新聞の「正論」の欄に大阪大學名譽教授の加地伸行氏が記したところによれば、英語のリバティ・フリーダムの意味ならば、「自由」はあきらかに誤譯であり、むしろ「道理」と譯したはうが正確であるのだといふ。なるほど、言論の自由といふよりは言論の道理といふ方が、集會の自由といふよりは集會の道理と譯せば、組織や社會はもつと正常に機能するであらうし、今日の混亂は少なくなつたのではないか。自由といふのは元來は「勝手氣まま」といふ意味である。それをリバティ・フリーダムの譯語としたところに今日の混亂の原因がある。かうした指摘は、じつにまつたうなもののやうに思はれる。單に言葉の問題といふ勿れ。言葉が社會を作つてゐるのである。
 また、自然といふ言葉も自然科學といふときの自然と、自然主義といふときの自然とは全くことなるわけで、「NATURE」の意味の多重性を新漢語の「自然」は表してゐない。『リア王』を譯した福田恆存は、シェイクスピアがそのなかで「NATURE」といふ語をおよそ四十囘繰り返し出てくることを題材に、言葉と意味との關係を深く考察してゐるが(「唯一語の爲に」)、それほどの緊張した精神において譯語を使へば、私たちの社會の問題の殆どは解決するであらう。
 しかし、ここではそれ以上にはこの問題には立入らない。
 ただ、開國の過程で、あらゆる學問が西洋出自のものに染つてしまつた。いや正確には西洋式の研究を學問といふやうになつたのである。
 言語學もその一つである。生き方あるいは文化そのものである言葉の研究が、全く性質のが異なる西洋の言葉を對象とした研究スタイルによつてなされたのである。そして、その言語觀によつて國語政策が採られるやうになつたのである。


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言葉の救はれ――宿命の國語29

2005年08月17日 08時09分58秒 | 日記・エッセイ・コラム
 アメリカに負けたのではなく、勝つていただいたのである。それは、相手の軍事力・經濟力に屈したといふよりも、國運を引き受ける覺悟がなかつたのである。良いときも惡いときも私たちは日本國の國運を引き受けるのだといふ、愛國の精神が失はれてしまつたのである。「貧して鈍した」國民の淺はかな感覺が愛國の精神を失はせたのである。貧しいことは辛いことである。食べるものがないことは苦しいことであらう。しかし、そのときこそ精神が垂直に屹立するときでもあるのだ。
 ところが、私たちは敗戰を僥倖として受け容れ、經濟的復興を以て戰後の目標とすることを、いち早く決めてしまつたのである。戰後處理を通じて、今こそ日本人としての、あるいは自立した個人としての氣概を取り戻さうといふ精神の垂直運動が始まるのではなく、はやくこの苦しみから逃れようといふ、水平化の感情が動き出してしまつたのである。吉田内閣を支へたのは、さういふ國民の聲であつた。
 またしても、私たちは「自立した個人」を發見する機會を失つてしまつたのである。いや「自立した個人」など、それこそ西洋近代がうみだした迷妄であり、そんなものは存在しないといふ方もゐるであらう。確かにさうである。個人などといふもの、あるいは近代的自我などといふものが果たしてあるのかといふことは、今日の哲學の水準はもはや結論を出してゐる。しかし、今もつて近代的自我といふもの、自立した個人といふもを觀念としてまもり育てようといふ意識は西洋にはある。つまり、理想として觀念としての自我や個人を持ち續けるから、現實のあいまいな自我や不安定な個人を辛うじて保ちえてゐるのである。ところが、觀念としても理想としても個人や自我を持たうとしない者は、ただその場の雰圍氣とそれを内面に映し出した氣分によつて動くだけである。
 「自分の考へを持て」とは、學校でも家庭でも言はれることであるが、以前よりも他人の考へを意識し、迎合していくやうになつてしまつたのが私たちの戰後の社會であらう。それは「觀念」を育てるといふことをしてゐないからである。個性重視などと俗受けする聲はよく聞くが、個性とは磨かなければ出てこないものであるといふことを少しも考へないから、自己慾求の擴張を個性と勘違ひしてゐるだけである。個性とは何かといふ觀念作業をおろそかにしてゐるから、さういふ誤解が生じてゐる。
 近代社會は、じつに二百年前の産業革命によつて生まれたものであるが、その背景はそれよりもさらに二百年前の宗敎改革である。いはば觀念としての個人が誕生して、實際の個人が誕生したのである。ところが、私たちの近代化は、觀念としての個人の誕生を見ぬままに、形だけの個人を作り出して滿足してゐるのである。
 觀念とは何か。言葉である。言葉をつくして個人も家庭も組織も社會も作り上げていくといふのが近代の根本原理である。しかしそれもわきまえずに、「近代めいたもの」を作り出したのが、明治以來の私たちの歴史であると言つてよい。そして、その「近代めいたもの」の最たるものが、「現代かなづかい」なのである。


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言葉の救はれ――宿命の國語28

2005年08月16日 09時57分45秒 | 日記・エッセイ・コラム
 前回見たやうに、私たちの近代文學は、理想主義と現實主義とに引き裂かれてゐる。戲作文學と政治小説とで始まつた日本の近代文學が、その後寫實主義と浪漫主義、自然主義と反自然主義、新現實主義とプロレタリア文學、と言つた相反する二つの思潮を生み出していつた。しかし、それらは右往左往してゐる一人の人間のやうでもあり、その精神には成熟は見られず、文化としては蓄積するものの少ない歩みであつた。それぞれの文學理念は、竝列的に存在してゐるばかりで、西洋文學が見出した近代の主題、「個人」は引き裂かれたままで放置され、生活と理念とから侵蝕を受けるだけで、一向に成熟を見せてゐないのである。
 
 「日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない國だ。それでゐて、一等國を以て任じてゐる。さうして、無理にも一等國の仲間入をしやうとする。だから、あらゆる方面に向つて、奧行を削つて、一等國丈の間口を張つちまつた。なまじい張れるから、なほ悲慘なものだ。牛と競爭をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。其影響はみんな我々個人の上に反射してゐるから見給へ。斯う西洋の壓迫を受けてゐる國民は、頭に餘裕がないから、碌な仕事は出來ない。悉く切り詰めた教育で、さうして目の廻る程こき使はれるから、揃つて神經衰弱になつちまふ。話をして見給へ大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考へてやしない。考へられない程疲勞してゐるんだから仕方がない。精神の困憊と、身體の衰弱とは不幸にして伴つてゐる。のみならず、道徳の敗退も一所に來てゐる」
                           夏目漱石『それから』

 この「代助」のせりふを笑へる者は、今日もゐないだらう。いや、この小説が書かれた明治四十二年よりも、今日の状況は後退してゐるとさへ言へる。さうであれば、一向に私たちに成熟は訪れてゐないのである。
 なるほど、それが日本の近代であれば、戰後のあり方だけが問題ではないのかもしれない。いつもと同じやうな歴史が繰返されただけであるといふことも可能であらう。しかし、それではいつ私たちに自己が確立できるのであらうか。
 國難といふ時代に唯一僥倖といふものがあるとしたら、成熟の契機となるといふことであらう。もしかしたら國が無くなつてしまふのではなかといふ危機のなかで、自己を見つめ歴史を訪ねるといふ、自己否定と自己肯定の激しいせめぎ合ひを見せるのが、國難のときである。しかし、六十年前の時には、それが見えなかつた。
 その端的な例が、言葉を蔑ろにしたといふことである。自ら歴史とのつながりを斷ち、相手にすり寄らうとしたのである。するりと新しい衣裳に着替へるモデルよろしく、私たちは振る舞つてしまったのである。そこには、一かけらの精神も感じられない。あるのは、自己保身のいやらしいしたり顏である。自己保身は、自己肯定ですらない。自己を隱すから、肯定もできないのである。



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芥川賞『土の中の子供』を讀む。

2005年08月15日 14時08分54秒 | 日記・エッセイ・コラム
 中村某の芥川賞受賞作を讀む。銓衡委員諸氏の言は、あまりかんばしくなく、しかたなく出したやうな印象であるが、私は良かつた。近年では、吉田修一以來のものだと思ふ。例の女の子二人や、『介護入門』などといふふざけた小説や、薹が立つた阿部某よりもずゐぶん良い。
 何が良いか。次の言葉が、彼の姿勢であり、それを素直に讀み取れたからである。このことに盡きる。

「常に内向的に成長し続けた私は、本を読むようになった。先人の書いた物語を読みながら、この世界が何であるのかを、この表象の奥にあるものが、一体何であるのかを探ろうとした。」

 村上龍がコメントに、「虐待を受けた人の現実をリアルに描くのは簡単ではない」だらう、だから「誠実な小説家は」そんなものを書くことは「不可能だと」と書いてゐたが、讀者はそこに「虐待のリアル」を求めて讀むのではない。現實を乘り越えようとした一人の青年のリアルが私には傳はつてきた。さうであれば、それで良いと思ふ。その意味では、石原が書いたやうに「この作者には将来、人間の暗部を探る独自の作品の造形が可能だと期待している」といふ方が確かである。
 それにしてもひどいのが(相變らず)池澤夏樹である。そのコメントのトンチンカンは讀んであきれる。「ここには真の他者がいない」などといふことを書くのだからどうしやうもない。「他者」などといふものを描かずして小説には成り得ないなどと『スティル・ライフ』の作者に書いてほしくない。あの小説のどこに「他者」がゐたのか。私は何も他者がゐなければ小説にならないといふ立場ではない。でも、新人にさう言ひ放つのだから、その言は自分も受けなくてはいけない。
 いや、私にはむしろ、この小説にこそ「他者」が表はれてゐるやうに思へた。主人公を生理的に受け容れない彼女・白湯子は、他者であるし、自分自身が何だか分からない主人公は他者そのものであらう。白湯子は、「ユング的な意味での主人公の影でしかない」などと池澤は言ふが、それが何を言つてゐるのか分からない。ここには、「ロラン・バルト的な意味で」は明確な他者はゐる。主人公は、苦しんでゐるぢあないか。それを讀み取れないのなら、仕方ないけれど。
 中村さんの、次の作品を期待する。

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