明治二十三年ヨーロッパに派遣され、二十七年に歸國した上田萬年はかう記してゐる。
予が明治二十三年に文部省から留學を命じられて、博言學の研究の爲に、獨逸及び沸蘭西に往つたのも、實は日本の此の重大なる問題を解決する爲に必要なる知識を得させようと言ふ當局の考から出たものだと予は記憶する。
「國語及び國字の將來」『國語學の十講』
文中、「博言學」とあるのは今日の言語學のことであり、「此の重大なる問題」とは、國語國字問題つまり近代化を進める上で日本の國語をどうするかといふ問題である。
上田は歸國後、東京大學に博言學の講座を開き、國語研究室を創設した。また、國語會議の設立を提唱し、國語調査委員會の設立を實現することに努力するなど、國語國字の改革を進めようとしたのであつた。
しかし、上田が學んだ博言學が、國語國字の改革に有效な手立てを示したかと言へば、それは「否」である。なぜなら、西洋の言語と私たちの國語とは根本的に性格が異なるからである。
近代言語學は、十八世紀の後半に、インド古代言語であるサンスクリッド語が、イギリスのウィリアム・ジョーンズによつて紹介されたときより始つたとされてゐる。今日、インド=ヨッロッパ語族と人類學では統括されるほど、二つの言語は似てをり、それらはもともと一つの共通言語から分派したものであらうと考へられた。
したがつて出來たばかりの言語學は、その「共通言語」を探すこと、それを復元すること、そしてどのやうに枝分かれしてきたのかといふことを明らかにするのがテーマであつた。また、それらの言語はいづれも表音言語であり、言語は音と意味とに分けられると考へるのであり、文字は表記の手段としてしか考へられない傾向があつた。これを見ただけでも、私たちの國語とはまつたく異質のものである。
時枝は、當時の言語學の特徴をかう記してゐる。
文字は、言語の附加物として考へられ、言語を覆ふ衣服か、實物の摸寫である寫眞と同じやうに考へられた。文字は、言語的事實の眞相を誤らせる有害なものとされ、事實の眞相を表示する時にだけ、その價値が認められた。文字が、言語の附加物であり、衣服であるならば、これをどのやうなものに取替へても、ものそのものの本質に關係するものではなく、もし取り替へるならば、言語の眞相を表示する表音文字が適當であるとする考方が出て來るのは見易い道理である。
(『國語問題のために』)
言ふまでもなく日本語を含めた東洋の言語は、インド=ヨーロッパ語とは違ふ。このことは明らかである。表音言語ではないし、そもそも東洋において共通性を明らかにすることは困難である。中國語と日本語は全く異なるし、ハングルと日本語は文法的には似てゐるし、日本書紀には當時の兩國人が通譯なしで會話したとの記述があるが、實態は不明である。比較の問題ではあるが、ヨーロッパ諸國言語の相似性にくらべて、日本語とハングルとは、同質性よりも差異性の方が大きいと言へるだらう。
予が明治二十三年に文部省から留學を命じられて、博言學の研究の爲に、獨逸及び沸蘭西に往つたのも、實は日本の此の重大なる問題を解決する爲に必要なる知識を得させようと言ふ當局の考から出たものだと予は記憶する。
「國語及び國字の將來」『國語學の十講』
文中、「博言學」とあるのは今日の言語學のことであり、「此の重大なる問題」とは、國語國字問題つまり近代化を進める上で日本の國語をどうするかといふ問題である。
上田は歸國後、東京大學に博言學の講座を開き、國語研究室を創設した。また、國語會議の設立を提唱し、國語調査委員會の設立を實現することに努力するなど、國語國字の改革を進めようとしたのであつた。
しかし、上田が學んだ博言學が、國語國字の改革に有效な手立てを示したかと言へば、それは「否」である。なぜなら、西洋の言語と私たちの國語とは根本的に性格が異なるからである。
近代言語學は、十八世紀の後半に、インド古代言語であるサンスクリッド語が、イギリスのウィリアム・ジョーンズによつて紹介されたときより始つたとされてゐる。今日、インド=ヨッロッパ語族と人類學では統括されるほど、二つの言語は似てをり、それらはもともと一つの共通言語から分派したものであらうと考へられた。
したがつて出來たばかりの言語學は、その「共通言語」を探すこと、それを復元すること、そしてどのやうに枝分かれしてきたのかといふことを明らかにするのがテーマであつた。また、それらの言語はいづれも表音言語であり、言語は音と意味とに分けられると考へるのであり、文字は表記の手段としてしか考へられない傾向があつた。これを見ただけでも、私たちの國語とはまつたく異質のものである。
時枝は、當時の言語學の特徴をかう記してゐる。
文字は、言語の附加物として考へられ、言語を覆ふ衣服か、實物の摸寫である寫眞と同じやうに考へられた。文字は、言語的事實の眞相を誤らせる有害なものとされ、事實の眞相を表示する時にだけ、その價値が認められた。文字が、言語の附加物であり、衣服であるならば、これをどのやうなものに取替へても、ものそのものの本質に關係するものではなく、もし取り替へるならば、言語の眞相を表示する表音文字が適當であるとする考方が出て來るのは見易い道理である。
(『國語問題のために』)
言ふまでもなく日本語を含めた東洋の言語は、インド=ヨーロッパ語とは違ふ。このことは明らかである。表音言語ではないし、そもそも東洋において共通性を明らかにすることは困難である。中國語と日本語は全く異なるし、ハングルと日本語は文法的には似てゐるし、日本書紀には當時の兩國人が通譯なしで會話したとの記述があるが、實態は不明である。比較の問題ではあるが、ヨーロッパ諸國言語の相似性にくらべて、日本語とハングルとは、同質性よりも差異性の方が大きいと言へるだらう。