言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

言葉の救はれ――宿命の國語10

2005年01月29日 21時28分48秒 | 日記・エッセイ・コラム
(承前)
 さらに、「人名漢字」(昭和二十六年)については、九十二字なのだが、九十二といふ中途半端な数は、百にしたかつた松坂忠則が、「空きがあるから」、国語審議会にうるさい大野晋の「晋」と、ローマ字会の会長の土岐善麿の「麿」を入れたといふのだ。
 國語は、じつに「私語」になり、「死語」になりつつあつた。豐源太氏は、當用漢字の杜撰さを具體的に指摘してゐる。

 彼はあつても誰がないのです。君があつて僕がないのです。そして僕がないのに我があり、しかし汝はないのです。犬があつて猫がない。鷄があつて兎がない。馬があつて鹿がない。好きはあるものの嫌ひがないのです。(中略)魚偏に至つては、鮮と鯨は何故かあるのですが、それ以外の字は全くないのです。
『國語の復權』

 かうした事情を知れば、心ある人々が聲をあげない譯がない。福田恆存もそのうちの一人であることは、言ふまでもないことであるが、「漢字の選定について」ははつきりと、「使用度數によつて一ゝの漢字の重要性を決める事が果して出來るのか。いや、出來ないからこそ、それぞれの中から削るべき三十一字と加ふべき四十七字を選び出した筈で、それならその基準は何處に置いたのか。またその基準が明確であるなら、八囘だの九囘だのは問題にならず、一囘でも加ふべきものがあり、十囘でも削つても良いものがある筈ではないか」と「國語審議會に關し文相に訴ふ」(昭和四十一年)の中で記してゐる。
 文中、「それぞれの中から削るべき三十一字と加ふべき四十七字を選び出した」とあるのは、昭和四十年に第七期國語審議會が出した「審議結果」を受けてのものである。「當用漢字の出し入れ」といふ、いよいよ醜惡な國語の永久革命を始めたといふことへの註である。
 それにしても、「戦後」といふ時代は、どうにも悔しいことばかりである。敗戰とは戰爭に負けたことでしかないのに、精神を懸けて戰に挑んだかのやうに錯覺してゐた人々は、それは精神のあるいは文化の戰に負けたと進んで誤解しようとした。吉田茂は戰後の首相としては最も評價されてゐる人物であるが、その時代の風に煽られては、次のやうな告示を出さざるをえなかつたのであらう。彼は、國家を守つて、文化を破壞してしまつたのである。彼もまた進んで誤解した口である。

 内閣訓令第七號 各官廳(當用漢字表の實施に關する件)
 從來、わが國において用いられる漢字は、その數がはなはだ多く、その用いかたも複雑であるために、教育上また社會生活上、多くの不便があつた。これを制限することは、國民の生活能率をあげ、文化水準を高める上に、資するところが少くない。
 それ故に、政府は、今囘國語審議會の決定した當用漢字表を採擇して、本日内閣告示第三十二號をもつて、これを告示した。今後各官廳においては、この表によつて漢字を使用するとともに、廣く各方面にこの使用を勸めて、當用漢字表制定の趣旨の徹底するように努めることを希望する。
 昭和二十一年十一月十六日 内閣總理大臣 吉田 茂

 内閣告示第三十二號
 現代國語を書きあらわすために、日常使用する漢字の範囲を、次の表のように定める。
 昭和二十一年十一月十六日 内閣總理大臣 吉田 茂
  
 當用漢字表
  まえがき
 一、この表は、法令・公用文書・新聞・雜誌および一般社會で、使用する漢字の範圍を示したものである。
 一、この表は、今日の國民生活の上で、漢字の制限があまり無理がなく行われることをめやすとして選んだものである。
 一、固有名詞については、法規上その他に關係するところが大きいので、別に考えることとした。
 一、簡易字體については、現在慣用されているものの中から採用し、これを本體として、參考のため原字をその下に掲げた。
 一、字體と音訓との整理については、調査中である。
使用上の注意事項
 イ、この表の漢字で書きあらわせないことばは、別のことばにかえるか、または、かな書きにする。
 ロ、代名詞・副詞・接續詞・感動詞・助動詞・助詞は、なるべくかな書きにする。
 ハ、外國(中華民國を除く)の地名・人名は、かな書きにする。
   ただし、「米國」「英米」等の用例は、從来の慣習に從つてもさしつかえない。
 ニ、外來語は、かな書きにする。
 ホ、動植物の名稱は、かな書きにする。
 へ、あて字は、かな書きにする。
 卜、ふりがなは、原則として使わない。
 チ、専門用語については、この表を基準として、整理することが望ましい。




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言葉の救はれ――宿命の國語9

2005年01月18日 10時14分48秒 | インポート
(承前)
 しかし、文部官僚が戰後にやつた國語政策の「仕事」がいかに杜撰であるかは、大野晉氏の、次の文章を讀んでいただければ納得いただけよう。

 何をやったかというと、結局は漢字を殺せということでした。(中略)まず世間では千八百五十字しか使ってはいけない、学校教育では八百八十一字しか使ってはいけないという規則を作りました。この八百八十一という数も、実は八百八十と考えていたのが、発表当日に数えてみたら一つ間違えていたというお粗末なものでしかありません。
(大野晉「日本語の将来」「一冊の本」平成十二年二月号)

 これと同趣旨の大野晉氏の發言は、昭和三十五年の『聲』通卷第六號に掲載された坐談會にも見られる。

 たとへば魅力の「魅」の字といふのは、組みあはせ法からいつても、ほかになかなか組みあはさらないわけです。魅惑とか魅力ぐらゐしか組みあはない。あれを決めるときに、落しちやはうかといふ案が出たときに、山本有三氏が、いや魅力の「魅」の字がはいつてゐないと、日本語に魅力がなくなるから、これは入れておかうと言はれた。それではいつたんだそうです。

 因みに、この坐談會は、「國語政策と國語問題」と題されたものである。國語政策を推進する土岐善麿や倉石武四郎や岩淵悦太郎、それに反對する山本健吉や福田恆存や龜井勝一郎や中村光夫などが出席して、總勢十三名からなるもので、きはめて興味深い内容である。同人福田恆存の後書によれば、この坐談會自體は文藝家協會が主催したものである。もともと同時期に『聲』でも同趣旨の坐談會を企畫してゐたが、重なつたので「協會」のものを載せたといふことらしい。しかし、かうして今、この記念すべき坐談會を讀んで見ると、『聲』といふ同人誌の魅力は殊のほか大であることに氣附く。
ところで、「當用漢字」(昭和二十一年)の選定に疑義があるといふだけではない。
 「當用漢字」といふ名稱も、漢字に關する主査委員會委員長であつた山本有三が、博文館の「當用日記」から借用したといふのだ(讀賣新聞社社會部『日本語の現場・第二集』)。つまり、「當座の用に當てる、日常身の囘りに置いて必要な時にすぐに役立つ」といふほどの意味である。その意圖は、當時國語審議會の委員であつた松坂忠則によれば「今後いかにして字を減らすか」といふ方向の「當座の用」なのである。假名遣ひの傳統のうちに示される國語の歴史を斷絶しておいて、そんな重大なことにたいして、その根據は「日常身の囘りに置いて必要な時にすぐに役立つ」といふ程度の説明で濟むと考へるのは笑止である。役立つか役立たぬかは「私用」である。しかし、國語は私用ではない。御小遣ひは私用だが、財政は國家のものである。自分が生活するのにこれぐらゐは必要だから、國家の財政もこれぐらゐにしろといふのは、大暴論である。經濟についてはきはめて明敏な國民は、文化についてはうとい、それでは國語はやせていくばかりである。


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最近思ふこと――假名遣ひ・朝日新聞・ダライラマ

2005年01月16日 12時50分24秒 | 日記・エッセイ・コラム
 最近、このブログの中で、假名遣ひについて「論爭」めいたことをした。年が明けてかういふことが起きたといふのは、新鮮な驚きで、年が改まつたのだといふことを感じさせてくれた。文章によつて論爭をしたことは初めてで、じつに有益なことであつた。その相手の方は、「もうやめる」と書かれて終了してしまつたが、それでも意味のないことではなかつたと思つてゐる。歴史的假名遣ひは、それ自身完成したものではないので、それを頑なに保守するのが、私の狙ひではない。不足なところは補へば良いのである。國語の傳統を守るとはさういふことである。
 新しい趣向がまつたく新しいスタイルをもつてしか起き得ない日本の文化の悲劇を、言葉においては犯したくない。福田恆存がよく語つてゐたやうに、能や狂言や歌舞伎などの傳統舞踊と、新劇はまつたく違ふものであつて、「現代日本の演劇」といふのは、それぞれに孤立したまま竝存してゐる。ありていに言へば歌舞伎は歌舞伎、能は能、新劇は新劇、オペラはオペラなのである。
 それらと同じやうに、「現代かなづかい」は「現代かなづかい」、歴史的假名遣ひは歴史的假名遣ひといふのは、國語にとつて悲劇だと思ふ。ましてや人爲的な操作によつて決められた「現代かなづかい」といふのは、言葉の成立といふものへの配慮を缺いた知的な國家虐待だと言つて良い。そのことに無關心でゐられることへの違和感が私の根柢にある。
 言論の自由や、自己の權利を主張する論者に、この假名遣ひ問題への關心がないのは、私には「閉じられた言語空間」が今も續いてゐるとしか思へない。合理性や利便性が最も優先されるのなら、世界市民主義や社會主義への道しかない。民主主義と日本を保守する人ならば、もつと國語のあり樣を正確に考へてほしい。


 ところで、その「言論の自由」を楯に安倍晉三氏への攻撃をしてゐる朝日新聞の「謀略」は、常軌を逸してゐる。先入觀たつぷりのプロパガンダでしかない。そして、テレビ朝日と東京放送との掩護射撃も見てゐて、よほど安倍氏が憎いのだらうといふ感想しか抱けない。「事實」は何かといふことからどんどん逸脱して、「安倍を攻撃せよ」との目的先行の政治宣傳になつてゐる。あれは報道の假面をかぶつた犯罪である。
 まあ、結論的には、今囘は朝日が墓穴を掘つたといふことになるだらう。それほどに杜撰だからである。そして、世の中はどんどん右傾化してゆくのである。馬鹿な話だ。テレビ朝日は古館氏を報道番組に器用して失敗し、東京放送は筑紫氏を降番させる時期を逸して失敗してしまつた。安倍人氣はますます高まるだらうが、それもまた感情的な要因による。
 日本をどうするのかといふことは、この度も話題にはならないのである。


 ところで、昨年末にダライラマにインドで御會ひして來たといふ方と御話する機會がつい先日あつた。私はチベット佛教について知るものではないので、一方的にうかがふだけであつたが、なかで日本にダライラマが來られた時の話が印象的であつた。それは東大寺の僧侶を前にしてダライラマが説法したときの話である。ある人が(あるいはその方が)かう質問したさうだ。「日本の佛教を御覽になつてどう思はれますか」と。するとダライラマはかう語られたといふ。「戒律に若干問題があるが、同じ先生に學ぶ者である」とおつしやつたさうだ。
 私は、いつぺんにこの方が本物であるなと直觀した。私ごときが言つても大したことではないが、「同じ先生」つまり佛陀に學ぶものとしては同じであるといふことだ。さう言はれて日本の佛教徒は安心したに違ひない。自分たちのやつてきたことに「御墨付き」をいただいたやうなものだからである。ダライラマは、日本の僧侶を救つたのである。日本佛教の戒律には若干どころが根本的な問題があるのは分かりきつてゐる。ダライラマは妻帶せず、東大寺の僧侶は妻帶してゐる。そのことを見ても戒律の差は明らかである。ダライラマはそれらを越えて、同じ先生に學ぶ者として切磋琢磨をしようと言はれる「愛」の姿勢に私は眞實みを感じたのである。
 佛教には、私は根本的な疑問があるが、それでも思想を越えた「愛」には打たれる。佛陀の生き方には心惹かれるのである。


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謹賀新年

2005年01月07日 23時14分06秒 | 日記・エッセイ・コラム
謹 賀 新 年 

 昨年の收穫
一、書籍の部  
  小谷野敦『すばらしき愚民社会』(新潮社)・山折哲雄『さまよえる日本宗教』(中央公論新社)・村上春樹『アフターダーク』(文藝春秋)今囘の三册にはどれにも不満があります。ですが、不満は期待の裏返しであると一人合點しました。

二、購入品の部
 太陽の塔のレプリカ(大阪萬博當時のもので、三菱製のテレビのノベルティグッズとして配られたものです。ネットオークションといふものを初めて體驗しました)。

三、趣味の部
 年の瀬に福田恆存先生が揮毫された萬葉歌碑の拓本取りに奈良に行きました。寒い日でしたが、とても充實した一日でした。歸りに寄つた聖林寺の國寶の十一面觀音像も素晴しかつたです。

  さて、今年はどんな出會ひがありますやら、樂しみにしようと思ひます。


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