言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

何が大事なことなのかが分かりにくい時代

2017年12月26日 14時59分30秒 | 日記
 今年も暮れようとしてゐる。12月は仕事が立て込み、ブログを開くことさへできなかつた。

 いはゆる通知表といふものに生徒一人ひとりへのコメントを書くのも時間を要することがらである。文章を書くことは一向に苦ではないが、わづか300字くらゐの文章の中で何か自分でもしつくりとくるやうな一句を見出すことがとても困難であるからだ。もちろん、自分がさういふ一句を見出したと思つてもそれを読む生徒にとつては「しつくりとはこない」といふことだつて十分ある。いやそれの方がむしろ多いんぢやないかと思ふ。これまでの教員暦のなかで、通知表の文章について話題に出たことはほとんどない。それでも、私にとつては手の抜けない一大行事である。
 そして、三者面談。これもまたたいへんな仕事である。お医者さんは、このやうな面談を一日に100組もこなす日もあるのだらう。それをいつも思ふ。たいへんなお仕事である。私は、それほどではないが、一日に7組をこなす。1組一時間。日曜日はそれに当てる。かつては一日15組の面談をしたことがあつたが、だんだん誰に何を話したのか、誰からどんな話を聞いたのかも分からなくなつてくる。これは問題だと思つてから、最大7組と決めてゐる。面談の質を維持するための最大組数である。面談の合間を縫つて調査書の発行。書類を作るといふこと自体はたいへんなことではないが、それを全く違ふ仕事をしながら進めていくといふのは存外に気を遣ふことで、その辺りを現場を離れた人や未経験の人には分かつてもらへないところで、やれやれといふところである。
 そして、冬期講習。そして2回の入学試験と採点。その間には、採用面談や試験などもあつた。昨日は、終日お世話になつた予備校や出版社の方にお礼のご挨拶。浪人生も含めて、いろいろな方にお世話になつてゐることを感じた一日であつた。

 今日からやうやく休みに入つた。
 左膝が10月から痛み始めてゐたので、午前中通院。触診や問診でだいたいの目星をつけていただいた上で、レントゲン撮影。さらに詳細な説明があつたが、確定するためにMRIを撮るといふことになり、後日また通院。リハビリを受けて筋肉の硬化を指摘された。まつたくその通りである。運動不足もその通りである。これまた「参つたな」といふところである。

 忙しかつた12月にもかかはらず原稿依頼が来た。寝る時間を削つて書いたのが、「謝罪会見への違和感」である。原題は「そんな謝罪で赦されると思ふのか」である。テーマは編集部から示されたもの。是非ご一読いただきたい。そして感想を編集部宛にメールでも葉書きでも送つていただければ幸ひである。

正論2018年2月号
日本工業新聞社
日本工業新聞社


 今年の最大の事件は、今上陛下のご退位が決まつたことである。ついに天皇といふ神事も職能になつてしまつたといふことである。定年制度といふのは職能において成り立つ事柄である。天皇といふ神事さへ職能として認められ、国民もそれを良しとする時代である。これでは何が大事なことであるのか、ますます分からなくなつてしまふ。
 昭和天皇は、病床にありながらも天皇でありつづけた。そして国民もそれを静かに耐えつづけた。過剰な自粛が問題になつた。それは問題である。しかし、一人の方の病状を国民が日々心配し、祈り、心を鎮めるといふ行事は、天皇がそれまで国民にほどこされてきた慈愛にふさはしい返礼である。それなしに次の御世を迎へてもカレンダーをめくるほどの意味も感慨もなくなつてしまふのではないか。私はさう思ふ。

 何が大事なことなのか。

 それがいよいよ分かりにくくなつて来る。来年はさらにそれが広まつていくのだらう。教育を巡る事柄においても然りである。心して新年を迎へねばと感じてゐる。

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東京ぶらり旅 二日目

2017年12月05日 18時33分57秒 | 日記
二日目は渋谷、恵比寿、新橋、台場と移動した。
渋谷の東急本店にジュンク堂があることを知り、出かけた。学生時代、上京しては四日間ほどこの辺りをうろついてゐた。友人に会ひ、先輩に会ひ、アルバイトをし、勤しんだ場所である。もちろん貧乏学生には東急百貨店本店はまつたく縁のない場所であつたが、あの上品な雰囲気に引かれてゐた。流通企業好きとしては渋谷の街は楽しい街であつた。
ゆつくり楽しんで二冊本を買ひ、次の恵比寿に向かつた。

ビストロ風のレストランを予約して知人に会つた。私の知り合ひで官僚はこの男だけである。色々と話を聞けて面白かつた。ステーキが美味しかつた。駅からお店まで徒歩五分であるが、坂を登る場所であつた。改めて東京は坂が多いことに気づいた。

別れて新橋のPanasonic美術館に行つた。前からここのルオーコレクションが見たかつた。しかも今回はカンディンスキーも見られるといふのだから行かない訳には行かない。こぢんまりとした会場であつたが、濃厚なルオーの油絵を堪能することができた。カンディンスキーとルオーとはその画風はまつたく異なるが、この企画展通り繋がりは深いやうだ。


そして台場へ。トヨタの試乗センターのやうなものがあつて、そこでカムリの試乗を予約してあつた。ディーラーでも乗れるのだが、買ふ気もないのに営業マンの時間を奪ふのはさすがに気がひける。それで行くことにした。室内の静かさと取り回しの良さには驚いた。五年の進歩はすごい。

そして東京へ。だいぶ寒くなつて来た。
東京の冬を満喫した。
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東京ぶらり旅

2017年12月04日 17時19分01秒 | 日記
あんまりにも愉快でないことが続いてゐるものだから、上京して美術館巡りと知人訪問をしてゐる。
政治主義にとらはれてゐる人々が、勢力争ひを目の前で繰り広げるのを見てゐると、心が苦しくなつてくる。

かつて福田恆存が平和論争の折に、「平和論の進め方についての疑問」を書かれたが、その折の心情を伺ひ知ることができた。平和論とは平和を実現するための議論ではなく、ソ連の世界戦略に加担する進歩的文化人の主張を受け容れろといふことにすぎなかつた。「平和論にたいする疑問」としなかつたのは、さういふ理由からである。議論の対象の中身を論じる前に、その論じ方がをかしくありませんか、といふことである。えらいことになつてしまつた。




で、安藤忠雄である。
潔い。そして勝手者である。建物は建築家のものであると言ひ切る。住みにくければ、我慢しろ、さう言ふ。この光の教会も十字架の部分にはガラスを入れたくなかつたといふ。しかし、それではあまりに寒いと教会側が言つて来たので仕方なくガラスを入れた。しかし、いつかはガラスを取つてやらうと言ふことで、新国立美術館に設置された実物大の物からはガラスを取り除いた。寒い。しかし、これが良いのかな。

政治主義とはまつたく縁のない人のやうに見えた。自我をむき出しにして前進してゐる。そんな魅力があつた。あちらこちらでぶつかつて来ただらうが、それは勢力拡大を図る闘争ではなく、自我の発露であつた。だから、痛快である。激情家であらうが、誰よりも自分が傷ついてゐるから、その激情は叫び声となつた。コンクリートの地肌は美しくない。しかし、その化粧つ気の無さは、作られたものといふよりも自然な感触の形象だらうと思ふ。安藤の思想が見事に結晶化してゐる。


大都会の美術館は平日も超満員であつた。安藤忠雄に憧れて見る人はこんなにもゐるのであつた。建築家の生き方に学ぶことは、自我の純粋化あつた。
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