言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

補足・福田恆存鼎談

2006年02月26日 22時03分06秒 | 福田恆存

鼎談「ホンネ時代を切り拓こう」(辻村 明・鹿内信隆)『正論を拓く』(鹿内信隆著)に所収。昭和五三年・サンケイ出版

「民主主義への懷疑」といふ、福田恆存の年來のモチーフが語られてゐる。印象的な言葉を列擧する。

「日本では、力の行使を誰かに委ねるのは民主主義じゃないと思っている。だから政府は力を持ってはならん、権力は悪で民主主義と相反するものだと思っているんですね。民主主義を一番最初に発達させた英国では、十三世紀末にエドワード一世という強力な王が出た。そのことについて、英国人はその昔から今日まで、最も強力に自分を守ってくれる中央政府を望んでいることが書かれています。王と民主主義は別に矛盾しないんですよ。一つの政府の形態なんですから。一体誰が、どの王や政府が、自分を強力に守ってくれるか、それを選ぶ権利は国民にある。それが民主主義なんです。」

「民主主義、自由主義ですべて解決するだなんて思い込むと、ちょうど紙の裏表みたいに、天使と悪魔がついてくるんですよ。(笑)裏と表ははがすことができないんです。その点が大事です。」

 民主主義とは、國民が第一權力者であるといふことだ。從つて、その權力を監視する機關が必要である。それが政府であらう。「選擧で民意を問ふ」などといふことがよく言はれるが、政治の主體は國民であるとすれば、じつは選擧によつて國民の權利のどの部分を制限するかといふことが問はれてゐるのである。

  福田恆存の主張は、國民が自己を否定する媒體をどこかに持たなければ國家自體が危うくなつてしまふといふ制度が民主主義であるといふことだらう。それが政府であるか、王であるかは歴史や傳統を受けついだ國民が決めることなのである。唯一絶對の、完全なる民主主義制度などといふものなど存在しないといふことでもある。

  ところで、蛇足を一つ。福田恆存先生でも話し言葉では「一番最初」などと言つてゐるのが發見であつた。「一番」はいりませんね。あるいは「一番初め」で良いでせう。

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言葉の救はれ――宿命の國語56

2006年02月23日 20時47分39秒 | 福田恆存

福田恆存が、「消費ブームを論ず」を書いたのは、もはや「戰後ではない」とは言へ、東京オリムピックも迎へてゐないし、「バブル」などといふ文字どほり破廉恥な空騷ぎとは程遠い、未だ落ち著きのあつた頃のことである。それでも「人間は生産を通じてでなければ(人と)附合へない。消費は人を孤獨に陷れる」(括弧内は前田插入)と喝破したのである。刹那的で小さな自我にもとづいた孤獨な消費人からはまともな倫理など生まれない、といふ健全な人間觀が提出されてゐる。

消費社會の再檢討――これが當時もそして今日においても解決すべき課題として殘されてゐる。そこから美學を見出さうとするのは、土臺無理なことである。

したがつて、作法や落ち著きを、あるいはそれを美學と言ふことは良いとしても、昔の人々の生活から發見しようとするのが正しい在り方なのである。

さてさう言へば、あの生物の細胞の核でさへ、その構成要素であるDNAは過去も現在もそして未來も變はらないものであること(「進化」しなければの話である。もちろん、今日のていたらくを「進化」とは言ふ人はゐまい)をここで想起すれば、精神の核においても何らかのものが時代を越えて存在してゐると考へても、まんざら見當違ひであるとは言へないだらう。もちろん、生物のDNAは、個人の努力なしに受け繼がれるが、精神のDNAは、さうはいかない。維持していかうといふ意識のないところでは、傳統は捨てられてしまふのである。

 傳統は、これを日に新たに救ひ出さなければ、ないものなのである。それは努力を要する仕事なのであり、從つて危險や失敗を常に伴つた。これからも常にさうだらう。少なくとも、傳統を、さういふものとして考へてゐる人が、傳統について、本當に考へてゐる人なのである。

小林秀雄「傳統について」

假名遣ひのありかたを探る仕事は、「努力を要する仕事なのであり、從つて危險や失敗を常に伴つた」仕事なのである。過去に固執し過ぎて舊弊に閉ぢこもる「危險」も、利便を第一に考へて破壞に突きすすむ「失敗」も、そこにはある。しかし、それを越えて、國語のあり方、つまり傳統の知惠を「日に新たに救ひ出さなければ」ならないのである。そして、その道は、藤原定家、契冲、本居宣長、森鴎外、さうした先人が歩んだ道である。亂れていく國語を前にして、何とか傳統を救ひださうとして、歴史に尋ねた精神の軌跡がそこにはある。したがつて、現代に生きる私たちが「傳統について、本當に考へてゐる人」であるならば、まづは、その精神に尋ねてみるべきであらう。

國語とはなにか。

日本とはなにか。

そして、私とはだれか。

福田恆存の『私の國語教室』は、その良き教科書である。

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時事評論――最新號

2006年02月19日 18時17分24秒 | 本と雑誌

時事評論 最新號

     目   次

平成宰相の品格――『フランス敗れたり』に學ぶべき政治家と國民

                評論家 三浦小太郎

「情緒と形」を取り戻せ――藤原正彦『國家の品格』を讀む

                文藝評論家  前田嘉則

今年もアメリカに振り囘されるのか(上)

                評論家  植田  信

臨界點超えた中國經濟――佐中明雄

つい先日のことなのに――柴田裕三

侵略から目を逸らすな――(菊)

朝日の「私たち」は誰?――(蝶)

(問合せ)

電話 076(264)1119   ファックス 076(231)7009

       定価 一部200円  年間2,000円

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絲山秋子『沖で待つ』を讀んで

2006年02月17日 21時48分41秒 | 文学

 第134囘芥川賞が、絲山秋子さん『沖で待つ』に決つた。これまでに芥川賞に三囘ノミネートされてゐたといふことで、受賞のことばも冷靜で氣負ひもなく、もらふべくしてもらつたといふ氣持があるやうに見えた。

 その肩の力の拔き具合は、作品にもちやんと現れてゐて、手練れといふほどではないものの、少少薹が立つた感じは否めなかつた。いつもながら、選評が面白かつた。

『沖で待つ』を一番に推してゐる河野多惠子さんの選評は、やはりどうかしてゐる。「純文學のおいしさ」などといふ言葉を話し言葉ならともなく、書き言葉において、しかもかうした文學の質を云云する評言において使用するといふのは、どうしても私にはなじめない。「職業を見事に描いた小説」はこれまでになかつたのではないかなどとボヤくのは、丸谷才一さんではないが、それほどに日本の作家は「風俗が描けない」といふことを自稱してゐることになる(もちろん、風俗小説をめざしてゐる丸谷さんを批判してゐることになる。『女ざかり』の新聞編輯者なぞ、職業人ではないのだらう。河野さんは勇氣がおありだ)。

 石原愼太郎さんの選評も、愚癡でしかない。『沖で待つ』の文章に相ひ渉るところなぞ一つもなく、石原さんのそのトンチンカンさに「戰慄」を覺えた。

 さて、この小説についてであるが、私は面白く讀んだ。登場人物の唐突な死は正直不自然さを覺えたし、「、わからない」といふのがいくら「しゃっくりが止まら、ないんだ」としても違和感がある。死んだ人も「しゃっくり」をするのは面白いが、それが文章の面白さかと言へば、違ふと思ふ。

 それでも良かつた。作者には失禮かもしれないが、短いのが良い。何も書きたいことがないのにだらだらと描くのが新人の誠意と思つてゐる近年の芥川賞候補作にあつて、この短さは秀逸だ。

 そして、哀調があるのが良い。決して暗鬱とした作品ではないし、笑ひもあるが、輕い文章によつて靜謐な空氣を描いてゐるのは、描けてゐるのは流石であらう。かういふ文章を書くのは、殊の外難しいだらうと想像する。その意味で、河野さんの評言には一理ある。

 私は不勉強だから、絲山さんの他の作品を知らない(それでよくこれだけ偉さうなことを言へたものだ)。機會があれば讀んでみようと思ふ。

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言葉の救はれ――宿命の國語55

2006年02月14日 10時39分50秒 | 福田恆存

何のことはない、山崎正和氏自身は、消費社会の美學にもとづいて生き方を決めてゐるのではない。歴史を研究し過去の人々の生き方を學び、そこから生き方の手本を探してゐるのである。ところが、他者には消費社會の美學などと言つて媚びるのだから、欺瞞である。歴史を見よ、そこに生き方があると言ひきれないところに、山崎氏の最大の弱點がある。生き方とは、文化のことである。文化は、過去の知惠の結晶である。倫理とは、人々が長い時間をかけて築いた生き方の手本である。それのみが現代人の生き方の指針になる。

私たちの國には保守すべき歴史があり、それを自分自身は十分に御存じでありながら、他人には消費社會の美學として傳へようとする。不思議である。なまじつか二十世紀の學問の成果を知つてゐるがゆゑに、この簡單な眞理を單刀直入に言ひ出せないでゐるのである。

その意味で、次の福田恆存の言葉を讀み返したい。そこには生活を見つめた本物の思想がある。少し長いが、お讀みいただきたい。

 私達の文明社會では、生産はあくまで消費の手段なのだ。自動車の部品を造つてゐる職工は、自動車の部品を造るために働いてゐるのではなく、自分の家に電氣洗濯機を備へるために働いてゐるのであり、電氣洗濯機を備へようとするのは、下著をきれにするためではなく、麻雀をする時間を捻出するためなのである。麻雀だからいけないと言ふのではない。讀書でも何でも同じことである。

 文明といふものはさういふものなのだ。何かのために何かをやり、その何かのためにまた何かをやりたいといふ風に、最後の目的を殘して、その他のものはすべてそれを實現するための手段になつてしまふ。手段である以上、常にもつと有效で能率的なものは無いかと迷ふのは當然である。

 昔の人の生活が、今日では免れてゐる日々の雜事に追はれながら、それでも落著いて見えるのは、さういふ迷ひが無いからである。

(中略)

 文明とは、自然や物や他人を自分のために利用する機構の完成を目ざすもので、決してそれを丹念に附合ふことを敎へるものではない。それは當然「インスタント文明」を招來する。人々は忙しさと貧しさとから逃げようとして、ひとでを煩さず、自分の手も煩すまいとし、さうするために懸命に忙しくなり、貧しくなつてゐる。もちろん、今さら昔に戻れない。出來ることは、ただ心掛けを變へることだ。人はパンのみにて生きるものではないと悟ればよいのである。さうしないと、パンさへ手に入らなくなる。別に脅迫する氣ではないが、自由、平等、民主主義、平和といふ徳目が戰後の日本人にやうやく根づいたなどと夢を見てゐると、とんでもないことになる。消費ブームが怪しくなれば、そんなものは一度に吹飛んでしまふであらう。

 「消費ブームを論ず」

これが書かれたのが昭和三十六(一九六一)年である。「消費ブーム」といつても東京オリムピック以前の經濟成長期のことである。

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