小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

森友学園問題は財務省の陰謀?

2017年03月18日 13時25分35秒 | 政治




 北朝鮮の核ミサイル問題、韓国の親北政権誕生問題、中国の領土侵略問題、アメリカ通商省の対日FTA交渉問題と、国政全般に関わる喫緊の課題が山積しているにもかかわらず、日本国会村は、森友学園問題という矮小な村内スキャンダルで時間と税金を空費し続けています。
 これについて書くつもりはありませんでしたが、あまりのくだらなさを見ているうちに、ふとあることに思い至り、一度は触れておいたほうがよいと考えるに至りました。

 推測のかぎりを出ませんし、裏を取る力もありませんが、この問題は、次のように考えると、妙に符合します。
 籠池泰典理事長は、なぜ昭恵夫人をたらしこみ、さらにフリージャーナリストの菅野完氏に、安倍首相から数百万円(?)単位の寄付を受けたというようなことを言ったのか。
 国交省大阪航空局が地下埋設物撤去という籠池氏の言い分を聞いて、1億3000万円という破格の値段で国有地払い下げ契約を結んだのは2016年3月。しかしこの値段での売却を認可したのは近畿財務局でしょう。財務省がこの一件に大きく絡んでいることは確実です。
 さて財務省は、消費増税を安倍首相に2度延期されています。2度目は2016年6月。これ以前に財務省は安倍首相が再び延期する意志を固めていたことをキャッチしていたはず。これを何としても阻止するために、安倍落としを狙った。この時点で落とせなくても、安倍首相のイメージをダウンさせて首をすげ替えることに成功すれば、彼以外には増税を阻止できる首相候補は他にいないと考えた(これは実際そうでしょうね)。
 籠池氏ははっきり言って愚かな安倍信者であり、金さえつかませれば何とでもなると財務省は睨んだ。

 ここ数日の籠池氏の言動を見てみましょう。
・「財務省からしばらく身を隠すように言われた。10日間身を隠していた」と菅野氏を通してマスコミに発表(財務省はこれを否定)。
・塚本幼稚園での記者会見で息子を同席させ、もし開校が認可されなければたいへんな負債を抱えることになると言わせている(これも事実でしょうね)。
・その夜、籠池夫妻はうれしそうな顔をしながら帰宅したところをテレビカメラにキャッチされている。
・東京での記者会見をキャンセルしておきながら上京し、菅野氏と会い、その後菅野氏に、「現職閣僚から数百万円の金銭供与があった」旨を記者たちに語らせている。
・証人喚問を受けて立つと言い、「安倍首相から昭恵夫人を通じて2015年9月に百万円受け取った」と発表。

 この一連の言動の中には、思わず本音が出た部分と誰かから言わされている部分とが混在しているようです。
 さて誰かとはだれか。
 やはり財務省ではないか。
 籠池氏に、ある時点で相当のモノをつかませて口封じを試みたが、おっちょこちょいな籠池氏は、けっこうボロを出している・・・。
 つまりこの騒動の背景には、消費増税を何としてでも実現させたいという気〇いじみた財務省の執念と、これに精一杯の抵抗を試みている安倍首相との暗闘があるというのが、私の推理です。

 私は、周回遅れのグローバリズムの道を邁進する安倍政権の政策にはまったく賛成できませんが、財務省のウソまみれの緊縮財政路線圧力に抵抗している安倍首相の姿勢には賛同します。もしこの推測が当たっているなら、ここには財務官僚の救いようのない腐敗が現われています。
「将を射んと欲せばまず馬を射よ」。それにしても一連の報道が事実とすれば、昭恵夫人は少々軽率でしたね。

 好きではない陰謀論を試みました。好きではないのに、やらずにはいられない気持ちにさせる何かが私の中でうごめきます。
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「新」国家改造法案

2017年03月14日 14時11分36秒 | 政治




安倍政権になってから、というと、まるで安倍さんだけが悪いように聞こえたり、民主党政権時代のほうがましだった、といっているように聞こえますので、どこを節目にしたらよいのか困るのですが、ともかく、ここ数年、日本の政治はひたすら亡国の道を歩んでいるように思います。
どこを向いても状況はかなり絶望的です。
当ブログを読んできてくださった方々なら、きっとこの私の感想に同意してくださるでしょう。
この感想の論拠をいちいち述べていると長くなりますので、ここではとりあえず政策とそれがもたらした結果、または予想される結果だけを列挙するにとどめ、それについて少し違ったことを述べます。

◆経済政策
「国の借金1000兆円」のウソによる緊縮財政の正当化積極財政が抑制される。投資が減退する。デフレ不況の悪循環が続く。
消費増税実質賃金が低下し、個人消費が下落する。投資が減退し、貧困層が拡大する(エンゲル係数の急騰)。富裕層、公務員らへのルサンチマンが高まる。
外国人労働者(移民)拡大・外国人への規制緩和政策賃金低下競争が激化し、労働の質が低下する。中国人の経済侵略が進み、技術が流出する。文化摩擦が拡大し治安が悪化する。内部から安全保障が脅かされる。
公共投資の抑制交通インフラの整備の遅れにより東京一極集中が強まり、地方がますます疲弊する。各種インフラの劣化が放置される。大災害のリスクに対応できない。
電力固定価格買取制度(FIT)利益本位の未整備業者が続出する。電気料金の値上げ。再生可能エネルギー推進の困難がかえって露呈する。
農協改革株式会社や外資の自由参入を許す。土地利用の勝手な転換。遺伝子組み換え食品などにより食の安全が脅かされる。日本農家が壊滅的な打撃を受ける。
労働者派遣法改悪非正規社員比率が増大し、若者の生活難、結婚難が深まる
年金改革法高齢者の生活難深まる。現役世代の不安が増大する。
カジノ法案国会通過経済政策の失敗が糊塗される。外資が乱入する、低所得層の生活が乱れ、社会秩序が混乱する。
TPP批准アメリカの撤退によって無意味化し、対米二国間交渉がかえって難航する。アメリカの要求への屈従が強まる。
⑪水道事業の民営化が閣議決定→水道料値上げ。リスク管理が不安定化する。

◆外交・安全保障政策
尖閣問題への無策中国の対日侵略意図が増長する。
慰安婦問題、南京事件問題への無策中韓の反日政策を助長する。有力国間で日本のイメージがダウンする。戦勝国包囲網による日本の孤立化の危険。
対プーチン外交四島返還の不可能が確定的となる。ロシアペースでの「経済協力」が推進される。
対トランプ外交相変わらずの対米依存姿勢が露出し、自主防衛能力のなさを印象づける。
南シナ海問題への無策日本の資源獲得の根幹が揺らぐ。日本に対する東南アジア諸国の信頼が失われる。
防衛予算不拡大中国との格差が拡大し、日本はますます軍事的脅威にさらされる。
不動産に対する外資規制の欠落中国による領土の現実的支配が進む(特に北海道)。

これらは、もうほとんど実際に結果として現れています。
しかもこれらは、はっきり言って、すべて国民を苦しめるだけの「悪政」であり、「バカ政」です。
数少ない心ある人たちは、もちろん日本が直面しているこの危機に気づいており、早くから政策の誤りや無策の落とし穴を指摘してきました。
政治がなぜこういう過ちを犯すのかについてもさまざまに説かれています。個別的には処方箋も出されています。
つまり警鐘はもう十分鳴らされてきたのです(もちろんこれからも鳴らし続ける必要がありますが)。
ところが、です。
事態はいっこうに変わる気配を見せません。
なぜなのでしょう。
いろいろと原因を挙げることができますが、あまり詳しい原因分析をしても仕方がありません。
要するに権力者が、物事を総合的に考える能力と、国民のために尽くす意志とを失っているのです。だから「悪政」や「バカ政」がはびこるのです。
それには理由があります。
主権者である国民を代表するはずの代議員による政治が行われておらず、真の権力者が別にいるからです。真の権力者とは、オタク化した官僚であり、御用学者であり、「民間議員」と称する内閣傘下の会議委員であり、アメリカの圧力であり、彼らの言うことをそのまま垂れ流しているマスコミです。

ではどうすればこの「悪政」あるいは「バカ政」を少しでも修正できるのか。
二つの条件が必要です。
一つは、自ら権力を獲ること
もう一つは、権力に強い影響を与えること
とにかく権力に食い込めなければ、少数派は永遠の少数派であり、片隅で不平を唱えているだけの集団と見なされてしまいます。
一つ目は、たいへん難しい。社会の仕組みが複雑になっていて利害関心が個人化し、多くの同意を勝ち取ることが困難だからです。でも何かうまい手を考える必要があるでしょう。
二つ目は、言論を続けることも有力な手ですが、それだけでは不足です。みんながそれぞれの「信仰」に染まっていて、聞く耳を持たないからです。学者・知識人たちも自分を批判する議論から逃げていますね。テレビ討論などはみなその場限りです。これについても新手を考える必要があります。

これから、二つの条件を満たすために三つのアイデアを提示します。これらはさしあたり「夢物語」です。でも実力と気力ある賛同者が増えれば実現に向かって二歩も三歩も踏み出すことができます。

一つ目。超教育論
年少の青年子女を育成するのではありません。官僚の既定路線を変えるために、新しく官僚になった人たちを二年間くらい、庶民の生きている現場に出向させてそこで働いてもらうのです。財務省の役人は中小企業や商品市場に、経産省の役人は町工場に、国交省の役人は地方の過疎地域に、文科省の役人は小中学校に、というように。
一部で試みられているようですが、はなはだ不十分です。制度として徹底させる必要があるでしょう。これは、庶民の生活実態を肌で知ってもらい、そこで常に一般国民の幸せについて考える想像力、構想力を養ってもらうためです。

二つ目。超シンクタンク論
日本の民間シンクタンクは個別企業の利害に奉仕するだけか、公共政策に関与している場合でも、単発・シングルイシューで終わっているケースがほとんどで、権力との恒常的な連携があまり保たれていません。横の連携も脆弱で、活発な意見交換、議論も行われているように見えません。
経世済民の志をもった優れた人々が結束して日本の政治経済の総合的なヴィジョンを打ち出せるような統合組織が必要です。これは時の政権のアド・ホックなあり方を超越していなくてはなりません。そのためにはオーソリティとして認められる必要がありますね。
また、単に議論をしたり調査をしたり報告書を出したりするだけではなく、広く大衆に存在意義を知ってもらうために、映画などの文化事業と有機的に連携する必要があります。

三つ目。超選挙制度改革論
選挙制度改革というと、一票の格差がどうの、区割りがどうの、すべて比例代表制にしろだの、中選挙区制に戻せだのと、表面的・形式的な議論にとどまっていて、真に優れた政治家が選ばれるようにするにはどうしたらよいかという問いが欠落しています。
私のアイデアは、有権者と立候補者それぞれにテストを課して、参政権保持者をある程度まで絞るというものです。有権者には、健康な常識人ならまあだいたいが合格できるような易しいテストを課します。ただし、高得点者には複数投票権を与えるような「差別的」な選挙もあえて視野に入れるべきでしょう。また立候補者のテストは政治的見識を問う難しいものにします。ただしイデオロギー色があってはなりません。
これは、悪平等主義の弊害や組織ぐるみの半強制的な動員やポピュリズム政治を避けるためです。形の上だけの公正さは、真の公正さではありません。

そんなことができるわけがない、と思った方も多いでしょう。猫に鈴をつけるのは誰だ、金と力は誰が提供するのだ、どうやってコンセンサスを勝ち取るのだ、と。
なるほどこの提案自体が言論の無力を示していると考えることもできますね。日本には寄付文化もありませんからね。
でも、絶えず具体的な政権批判を繰り広げる一方で、これくらいのことを理念として掲げるのでななければ、今の日本の絶望的な政治実態に対するあきらめとニヒリズムが残るだけです。
何しろ、これだけ東アジアの安全保障が脅かされていながら、防衛予算の増加には75%が反対するお国柄です。政策レベルで安倍政権を対等に批判できる健全野党は存在せず、国会はやるべきことをやらず、くだらない足の引っ張り合いで時間と税金を空費しています。日本国民の大方は、GHQや財務省がかけたマインドコントロールにいまだに呪縛されている始末です。
 危機をしっかり見つめている覚めた人たちの結束を促すべく、また少しでも意気に感じてくれる有力者が現われることを願いつつこれを書きました。まだ生煮えです。ご意見、反論をお寄せください。







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誤解された思想家・日本編シリーズその6の③

2017年03月09日 00時44分13秒 | 思想
      




兼好法師③(1283?~1352?)

 翻って、初めの四つを世俗的な関心に由来するものと見てまとめれば、全体の六割近くを占めることになります。この書物の本領は、こうした世俗的、現世的な事柄について持ち前の批評精神をたくましく展開した点にあると言ってよいでしょう。明恵のように、堅苦しく純粋な僧の見本のような人をからかったとしか思えない段(一四四段)もあります。
 さてその批評精神の主潮は、現世で生き抜くことに開き直った一種の「明るいニヒリズム」と、それに裏打ちされた合理主義、現実主義ともいうべきものです。それは、先に挙げた石清水八幡宮の話や出雲大社の獅子・狛犬の話のように、いわれなき権威主義に対する抗いや皮肉の表現としても現れています。
 また、「心は必ず事に触れて来たる」と説いて、かりそめでもいいからまずは実践することが大事だという次の段などは、高尚ぶって空疎な観念に耽ることを否定したプラグマティズム、あるいは心理学的な行動主義といってもいいでしょう。

心さらに起らずとも、仏前にありて数珠を取り経を取らば、怠るうちにも、善業おのづから修せられ、散乱の心ながらも、縄床に座せば、覚えずして禅定成るべし。》(一五七段)

 また、牛が床に入り込んでしまったので人々が陰陽師に牛を渡して占ってもらおうと騒いでいるのを、徳大寺右大臣殿が「牛に分別などない。どこでも上がり込むさ」とさらりと片付け、「あやしみを見て、あらしまざる時は、あやしみかへりて破る」と言ってのけた記事(二〇六段)には、兼好の合理を尊ぶ面がよく出ています。さらにたとえば次の段などはどうでしょうか。

文・武・医の道、まことに欠けてはあるべからず。(中略)次に、食は人の天なり。よく味はひをととのへ知れる人、大きなる徳とすべし。次に、細工、よろづに要多し。
 この外の事ども、多能は君子の恥づるところなり。詩歌に巧みに、糸竹に妙なるは、幽玄の道、君臣これを重くすといへども、今の世には、これをもちて世を治むる事、漸くおろかなるに似たり。金はすぐれたれども、鉄の益多きにしかざるがごとし。
》(一二二段)

 ここであえて「明るいニヒリズム」と呼んだのは、世間に伝わることの多くは嘘っぱちだと喝破した七三段、この世の中で頼むに値するものなど何もないと言い切った二一一段などにそれをうかがい知ることができるからです。
 しかし何といっても、終わり近くに人間の心を鏡にたとえてそのうつろなさまを語った二三五段が、その思想の中核をなしています。これは厭世哲学ではなく、人はそのように現に生きているという事実をありのままに肯定する姿勢の表れでしょう。

虚空よく物をいる。われらが心に念々のほしきままに来たり浮ぶも、心といふものなきにやあらん。心にぬしあらましかば、胸のうちに、若干のことは入り来たらざらまし

 しかしまた兼好には、貴族趣味的なロマンティシスト(美学的生き方)の傾向もふんだんにあって、有名な一三七段では、「花はさかりに、月はくまなきをのみ、見るものかは。雨にむかひて月を恋ひ、たれこめて春のゆくへ知らぬも、なほあはれに情けふかし云々」とか、「逢はで止みにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、長き夜をひとり明かし、遠き雲井を思ひやり、浅茅が原に昔をしのぶこそ、色好むとはいはめ。」などとあります。
 また見合い結婚の味気なさを指摘した二四〇段、妻帯や家族生活を否定した六段、一九〇段などにもそれがあらわれているでしょう。
 ちなみにこれらの段は、家族の恩愛の大切さを説いた一四二段と明瞭に矛盾しますが、おそらく兼好なら、自分の美意識に添った生き方の表明と、世の人倫がどうあるべきかを客観的に説いたくだりとはおのずから別だ、と答えたことでしょう。ここらに、当時の知識人の孤独を見る思いがします。

 兼好の思想をあえてひとことでまとめよとならば、要するに、愚かな跳ね上がりを排して、寂かに伝統と向き合う健全な常識に還れということに尽きるでしょう。しかしそれを説くことの思わぬ難しさに気づいていた彼は、多くの矛盾をも顧ず、具体的なあの場面、この場面を持ち出しては、それにあくまでも即しつつ鋭い批判、批評を加えたのだと思います。
 最後に一言。彼がこの作品を書くにあたって、『枕草子』を強く意識していたことは、そのズバズバと切っていくいさぎよい価値判断のスタイルからして明白です。しかし、清少納言がもっぱら女性的な美意識とセンスの良さを価値判断の基軸に置いていたのに対して、兼好の場合はそれだけではなく、人間の生き方全体を対象とした思考の道筋を切り開いて見せたところに特色があります。小林秀雄が「空前の批評家の魂が出現した」と評した所以でもありましょう。


(この項了)
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誤解された思想家・日本編シリーズその6の②

2017年03月06日 17時15分27秒 | 思想

      






兼好法師②(1283?~1352?)

 この作品の思想性をうまくつかまえるために、私は自分なりのやり方で、各段が何を主題にしているかを類別し、どこに何段入るかを数えてみました。もとよりこれは単なる便宜にすぎず、分類に迷うものも多くあります。なお序段と最後の二四三段は除きます。
①世間的・世俗的な知恵、世界観と思われるもの。略号「」と記す。以下同じ。
②「をかし」「あはれ」「おくゆかし」など、風雅な興趣あるさまを語ったもの。「」。
③人間関係のマナーについての美意識、センスを語ったもの。これは『枕草子』のように、女性的なきめ細やかさを示す。「」。
④奇譚、エピソード、滑稽譚に類するもの。「
⑤仏教的な無常観の表現。「」。
⑥有職故実について語っているもの。「

結果は以下の通り。
 五一――初めにはほとんどなく、中間部から後半に多い。
 三三――初めの方に集中しているが、後半にも散見。
 二〇――初めと終わり近くに分かれる。
 三六――中間部よりあらわれ、終わりに近づくと少なくなる。
 三五――初めにやや集中し、中間部から後半にも散見される。
 六七――初めにはなく、中間部からあらわれ、後半に集中する。一か所にまとまって出てくるケースが多い。

 もし段の順序と書かれた順序が同じだと仮定すると(定説ではほぼそのようです)、若い時には、求道の心、美を愛する心、人付き合いにおいて上品であろうとする心などがせめぎ合って現れ、中年では、世間知や人生上のエピソードなどに関心が移り、老いてからは、職業意識や倫理意識が支配的となるということが言えそうです。
 なお、兼好が出家したのは三十歳以前と考えられており、同じ「仏」でも、初めの方と後半とでは、ニュアンスの違いが感じられます。端的に言えば、前半は出家の強い志を自分に言い聞かせているふうで、後半は他人に説教しているような調子が強い。
 いずれにしても、「仏」は全体として約15%を占めるにすぎないので(文字数としてはもっと多くなりますが)、このことからも『徒然草』を仏教的な無常観を説いた書と見るのは不適切であることがわかるでしょう。
 先に述べたように、この時代には、知的な階層にとって、できるだけ俗事に紛れず死の事実を直視する心構えを日ごろから養っておくというのは、共通の大前提でした。鎌倉末期から南北朝時代という乱世にあって、百姓でも荒武者でも高貴な身分でもなく、知性だけは優れていた人にとって、出家することは、それ以外には道のない当然の生き方でした。
 兼好が早々に出家したのは、彼もまた己れの運命に自覚的だっただけだと言えます。その上で、生き延びるためには実質的に還俗ともおぼしき道を選ばざるを得なかったのだと思われます。
 こうした前提に立って該当箇所について述べるなら、たしかに四九段、一〇八段、一一二段のように、いつ死が襲ってくるかわからないといった妙に切迫した語り口も見えますが、これと似たようなことは隋唐時代の高僧でも既に言っている常套句の部類に入ります。一方では、次のように、偉い坊さんの寛容で人間味のあるさまをほめたたえている段もあるのです。

ある人、法然上人に、「念仏の時、睡りにをかされて行を怠り侍ること、いかがしてこの障りをやめ侍らん」と申しければ、「目の覚めたらんほど念仏し給へ」と答へられたりける、いと尊かりけり。また、「往生は、一定と思へば一定、不定と思へば不定なり」と言はれけり。これも尊し。また、「疑ひながらも念仏すれば、往生す」とも言はれけり。これもまた尊し。》(三九段)

法顕三蔵の、天竺に渡りて、故郷の扇を見ては悲しび、病に臥しては漢の食を願ひ給ひけることを聞きて、「さばかりの人の、無下にこそ心弱きけしきを人の国にて見え給ひけれ」と人の言ひしに、孔融僧都、「優に情けありける三蔵かな」と言ひたりしこそ、法師のやうにあらず、心にくく覚えしか。》(八四段)

 つまりは、兼好のような資質の人間の人生にとって、自分が出家僧であることは、それほど重い意味を持たなかったと言えます。


(以下次号)
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誤解された思想家・日本編シリーズその6

2017年03月05日 01時00分11秒 | 思想
      






兼好法師①(1283?~1352?)

 今回は『徒然草』を取り上げますが、作者名を「吉田兼好」とせずに「兼好法師」としたのには理由があります。
 長い間この名随筆の作者は、神祇にたずさわる卜部氏の系統で京都吉田社の祠官・吉田家に生まれ、五位に叙されて左兵衛佐に任じたとされてきました。これは『尊卑文脈』にもとづく風巻景次郎の推定により、60年以上も定説とされていたのです。
 ところが、二〇一四年の三月、小川剛生氏が発表した論文「卜部兼好伝批判―『兼好法師』から『吉田兼好』へ」によって、この出自・経歴が戦国時代の吉田家当主・吉田兼倶の捏造であることが実証されました。
 小川説が正しいとすると、兼好の生国・出自・経歴はまったく不明だということになりますが、兼好の約百年後に生まれ、『徒然草』の発掘者とも言われる僧・正徹の記載によれば、兼好は「滝口」(禁中警衛の武士)であったとあります。警衛の武士ではなくとも、同じように天皇のお側に仕える所衆(掃除などの雑用係)か出納(文書などの出し入れ係。皇室の図書館司書のようなもの)の役回りであった可能性が高いと小川氏は推定しています。そして勅撰集に入集された彼の歌の扱われ方から見ても、六位以上には上らなかったとも(『新版・徒然草』角川ソフィア文庫)。
 これに私の想像を付け加えるなら、おそらく出納だったというのが、一番真相に近いように思われます。小川氏は研究者の誠実さから、そこまで言い切ることに禁欲的ですが、ここではあえてそう言ってみたい。
 この推定には『徒然草』を読む素人読者にとっても、説得力があると思います。
その理由としては、第一に、作品からはこの作者がたいへんな古典教養の持ち主であり、しかも有職故実の記述が随所に見られ、それらが単なる無用のメモ書きではなく発表することで実用に役立てたフシがみられることです(二三八段の七つの自慢話には有職故実にかかわる事項が四つまで含まれています)。
 第二に、こういう立場であればこそ、やんごとなき人たちの行状が手に取るように見え、しかも重職にはできない自由な立場からそれを観察しひそかに批評眼を養うことが可能となりますが、『徒然草』は、まさにそのような立場にいないと書けないような辛辣な調子が躍如としていることです。
 第三に、古風を尊び、大衆のバカ騒ぎや分不相応な振る舞いを嫌い、奥ゆかしく繊細な態度をしきりに推奨するその筆致は、出納のような職に就く人の性格にまことにふさわしいことです。
 最後に、作品中に出家遁世を勧めて仏道の尊さを説くくだりは数多く出てきますが、神道について真面目に言及した記述はほとんどまったく見られないこと(石清水八幡宮の話〈五二段〉、出雲大社の獅子・狛犬の話〈二三六段〉は、いずれも滑稽譚です)です。
 
『徒然草』を思想書と見立てて論じようとする拙論の冒頭に、なぜこんなに彼の出自・経歴にこだわったのかというと、この作品が一見するところあまりに多面性を持ち、ある一つのアングルから光を当てようとしても、しょせんは読者・批評者の我田引水に終わるのではないかという謎めいた印象を与えるからです。
 随筆とはもともとそうしたものだ、本人も「心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば」と初めにことわっているではないかという反論があるかもしれません。しかし、この冒頭の一句は、必ずしも本文の内容と一致せず、本文には、全体としてやはりこの人ならではの確固たる思想性というべきものが感じられるのです。
 とはいえ、たしかに記述する対象や方法があまりに多様に散乱しているので、その思想性を短い言葉でつかまえるのは至難の業です。そうなると、そのよってきたるところを少しでも探り当てようと思い、どうしても彼の出自・経歴を一つの補助線として問い尋ねてみたくなります。こいつはどういうやつだったんだろうというわけですね。
 で、先述のとおり、高僧のような当代一流の知識人でもなく、権勢を手にしているわけでもなく、しかし古典教養、有職故実の知識はふんだんに持ち、しかも宮中の側用人として上から下まで人間の生き様を自由に鋭く観察できる立場にいるという条件が、この稀有な書物の誕生にかなり貢献していると考えると、いかにも人と作品とがぴたりと一致して鮮明なイメージを結ぶと思うのです。
 小林秀雄がこの書について、「空前の批評家の魂が出現した文学史上の大きな事件」と書き、兼好には物や人間が見え過ぎていると評しています(『無常といふ事』)が、たしかにそういうところがあって、それが可能になったのは、上記のような条件が関与していると考えれば、得心がいくのではないでしょうか。

 ところでこの作品が広く普及したのはようやく江戸時代になってからのようですが、その享受のされ方にはまた、時代時代に応じた変遷があったそうです。
 一番初めの正徹の場合には、歌詠みのための指南書としての要素が強かったらしく、それは風雅や物のあわれとは何かという問いに明晰に答えてくれている面があるからでしょう。
 また江戸時代の町人文化のなかでこの書が受けたのは、処世訓的な部分で読者にピンとくるところが多かったせいだと思われます。日常生活に根差した滑稽譚の部類から読み取れる教訓も、さぞかし庶民に人気を博したことでしょう。
 近代になると、ことさら仏教的な無常観を強調した部分が好まれるようになり、現在に至っています。しかし『徒然草』をこの見地だけから特別に評価するのは、「近代日本知識人」という、特殊な存在形態の特殊な志向に適合したからだと考えられます。その特殊性とは、ダイナミックな現実社会からはじかれた存在のゆえに、その精神的なよりどころを現実に対する観念的な批判に求めざるを得なかったという点です。
 後述するように、仏教的な無常観や出家遁世の志を示しているのは、平安貴族以来、室町時代に至るまでの知的階層の伝統的メンタリティと言ってよく、何も兼好に限ったことではありません。『往生要集』にも『源氏物語』にも『古今和歌集』にも『方丈記』にも、このメンタリティは通底しています。ですから私は、『徒然草』にことさら無常思想を読み取るような近代知識人の、郷愁による片思い的な評価にあまり賛成できません。
 これら時代時代に応じた多様な享受のあり方は、要するに「群盲、象を撫でる」のたぐいと言ってよいでしょう。


(この項、3回続けます。)
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「聖徳太子」を「厩戸王」に!?

2017年03月01日 15時06分10秒 | 思想

      




 文科省が今回の小中学校指導要領改訂で、「聖徳太子」の名を「厩戸王」と改めようとしていることは、みなさんご存知ですか。理由は、聖徳太子の名は一世紀ほど後でつけられたものだからだそうです。まったく釈然としません。
 ただし、文科省では、2000字以内でパブリックコメントを求めています。締め切りは3月15日まで。窓口フォームは、
https://search.e-gov.go.jp/servlet/Opinion
 私もコメントを送りました。以下、それに若干アレンジを加えて思うところを述べます。

 このたび学習指導要領改訂にともない、歴史的分野において、「聖徳太子」の名を「厩戸王」に変更するとの提案がなされていますが、断固反対します。聖徳太子が後世の呼称だからというのはまったく理由になりません。歴代天皇の名も多く諡名(おくりな)が使われています。

 そもそも歴史とは単なる一回的な事実ではなく、それを共有する共同体のメンバーにとって、今とこれからを生きていくために、受け継ぎ伝えていかなくてはならない必要不可欠な物語、history(英)、histoire(仏)、Geschichte(独)です。だからこそ神話と歴史とのあいだにも精神の連続性が存在するのです。
 聖徳太子の名は、わが国の精神的・社会的秩序の礎を築いた人として、永らくすべての国民の間に浸透し、親しまれ、紙幣の肖像にも使われてきました。この名を変更することは、日本の歴史の重要な部分を抹消するにも等しい愚挙と考えます。

 科学の時代となり、人文系の学問にもその方法をそのまま適用すべく、実証主義的歴史学が主流となっています。事跡をなるべく正確に定めるためにこの方法を駆使することを認めるのにやぶさかではありません。しかし何事も過ぎたるは及ばざるにしかず。個々の些末な「事実」に過度にこだわると、その学問固有の基本特性を毀損しかねません。歴史学は時間的連続性の概念を基軸として一定の事象を総合することによって初めて成り立つ学問ですから、個々の要素に分断してとらえてしまうと、学問としての意味がなくなります。個物をあれこれ抽出して研究する自然科学的な分析とはそこが違うのです。
 今回のような提案をする現代日本の歴史学者たちは、このことがまるで分っていないようです。過度な実証主義は学問のオタク化を招きます。

 また、ことさら聖徳太子を選んで、それにかかわる当代の断片的事実のみに固執し、その後の人々のとらえ方を無視するような変更を提案する今回の試みのうちには、このオタク化した現在の実証主義的傾向を利用して、天皇家の歴史をなきものにしていこうとする歪んだ政治的意図が感じられます。
 将来の日本人のために特に公正中立を期すべき文科省が、このような提案を大真面目に取り上げる試みそのものをたいへん残念に思います。

 ついでに申し添えますが、いつのころからか「士農工商」が小中学校の教科書から消えました。私は大学で「江戸時代の身分制度を表す四字熟語は?」と質問したら、ほとんどだれも答えられず、びっくりしたことがあり、それでその事実を知ったのです。
 これもまったく納得できません。
 この言葉が消えた理由は、当時の厳しい身分制度や序列を表す公式の用語ではなかったというところにあるようです。それはおそらくそのとおりでしょう。しかし、言葉自体は人口に膾炙して存在したのですし、実際にこの言葉を用いる当時の人々の意識の中で、身分(アイデンティティ)感覚が自覚されていたことは疑いないところです。
 およそかつてあった言葉を抹殺することは、歴史に思いをいたすことにとって大きな障害になります。キーワード的な言葉がないと想像力のはたらきようがないからです。

 今回の指導要領改訂案では、「鎖国」の表記も消すことになっています。たしかに中国やオランダを通して外国と通商していたのですから、完全に国を閉ざしたのではありません。けれどもそれに近い状態であったこともまた事実です。
 この言葉はオランダ語の訳語だそうですから、他国から日本を見た時の否定的な形容なのでしょうが、おそらく明治近代以降に、日本人自身が過去を否定的に振り返ることによって日本語として定着していったのでしょう。否定的に見ること自体には確かに問題があります。しかしこの言葉は、幕末に西洋文明に触れた衝撃の大きさをきっかけとして、日本の近代化が急速に成し遂げられた過程を理解するのに象徴的な意味を持っています。

 士農工商にしろ鎖国にしろ、たとえそれらの言葉がどれほどネガティブなニュアンスを連想させようと、人々の間でそれらがごく普通に用いられたという事実は消えません。要は、いつごろ、どのような仕方で使われたのかということも合わせて学ぶようにすればよいのだと思います。
 現在の時点から見たいわゆる「史実」と異なるからといって、かつて人々の生活史の中で深い意義をもっていた言葉を抹殺してしまうというような現在の歴史学界の傾向には、とうてい賛成できません。
 文科省には猛省を促したいと思います。当ブログ読者の皆さんも、パブリックコメントを送ってみてはいかがでしょうか。
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北海道というエアポケット

2017年02月27日 23時47分09秒 | 政治

      





 尖閣、辺野古基地移設、高江ヘリパッド騒動と、いま日本国民の視線は沖縄に集まっていますね。中国が沖縄を自国の領土として狙っていることは、いまや周知の事実です。私たちはもちろん、この安全保障上の危機に真剣に立ち向かわなくてはなりません。
 しかし産経新聞が以前から連載している「異聞 北の大地」というコラムがずっと気になっていたのですが、北海道にも由々しき問題がじわじわと進行しつつあります。
 水源の所在地や森林や広大な土地が中国資本によって買い占められているのです。しかもリゾート施設だの別荘地だのゴルフ場だのと言った名目で、実際には何をやっているのか役所も近隣の人たちもしかとつかんでいません。中国の「サラミ・スライス」戦略は日本人の油断をよそに、着々と本土に及んでいるのです。
 最近3回にわたって掲載された第4部には恐るべきことが書かれています。以下要約。

①中国は、釧路を国防、経済両面で海洋進出の拠点として狙っている。すでに付近には中国資本の貿易会社やメガソーラー発電所が建ち、日中友好協会主催による「一帯一路」構想についての勉強会が開かれ、孔子学院の講座や小中生を対象とした中国語教育も。
 道東は自衛隊の基地が密集し、国防上の要衝であるにもかかわらず、釧路市では「中国資本が急に活発化したという実感はない」などとのんきに構えている。
http://www.sankei.com/world/news/170224/wor1702240016-n1.html

②平成17年、北海道チャイナワークの張相律社長が「北海道の人口を1千万人に」と提言し、(1)海外から安い労働力を受け入れる(2)北海道独自の入国管理法を制定するとぶち上げた。「不動産を購入した裕福な外国人には住民資格を与える」と強調。
 北海道で中国資本に買収された森林や農地などは推定で7万ヘクタール。山手線の内側の11倍以上。森林の多くは伐採され太陽光発電所として利用されているが設置されていない所もある。また太陽光発電の寿命は20年で、跡地を何にするかは自由。経産省によると、土地の後利用は企業側が決めるが「個別の問題なので把握していない」という。
 夕張市は観光4施設を元大リアルエステートに売却する契約を締結。4月に現地法人「元大夕張リゾート」に引き渡す。中国系企業なのに同市では「日本の会社と認識している」と説明。
http://www.sankei.com/world/news/170225/wor1702250023-n1.html

③国土交通省が国内での外国人不動産取引の手続きを円滑化するための実務マニュアルを作成。国会でようやく外国資本の不動産買収に規制を設けようという議論が起きている時に、「どんどん買ってください」と言わんばかりに日本の不動産を外国資本に斡旋する国交省の姿勢には唖然とする。マニュアルには、外国人に対して取引や賃貸を拒絶することは「人権に基づく区別や制約となることから人種差別となる」と明示している。
 日本は外国人土地法の第1条で「その外国人・外国法人が属する国が制限している内容と同様の制限を政令によってかけることができる」としているが、これまで政令が制定されたことはない。ちなみに中国では外国人の不動産所有は基本的に不可。諸外国と比べ、全く法規制をしいていないわが国では、国籍を問わずだれでも自由に土地を購入できる。
http://blog.goo.ne.jp/sakurasakuya7/e/884073e66a98c0319f25170316a099a9

 いやはや驚きですね。日本人の油断をいいことに、本土に対する経済的文化的実効支配がどんどん進んでいるのです。この「油断」には次の4つが含まれているでしょう。

①北海道経済全体の地盤沈下を引き起こしたデフレ促進の政治
②特に道東部のインフラ未整備
③本州、特に首都圏住民の北海道に対する軽視
④外国資本に対する規制の欠落


 ①②③については、北海道に住む方の次のような嘆きの声もあります。

《衰退著しい北海道の地方都市の中でも、釧路はそれが顕著なところ。(中略)帯広の底堅い景気とは対照的に、非常に景気が悪く、人口流出も止まりません。
そんな衰退激しい都市に中国資本が進出するのは容易と思われます。
そしてこれに、先日、JR北海道が発表した道内の鉄路の維持困難路線の問題が加わります。道東のほとんどがJR北海道単独での維持が困難、と判断され、北海道外の経済人、コメンテーターの多くの方々が「採算が取れないなら廃線にすべき」と語っていました。もし、釧路が中国の影響下になることになれば、北海道内の鉄道網も中国の影響を受けることが考えられます。
東京や大阪の方々に考えていただきたいのは、道東で採れる野菜の多くが東京や関西に向けて出荷されている、ということです。首都圏での野菜の安定供給、価格の維持に道東の野菜が貢献しています。そしてその農産物の輸送は、鉄道が主力なのです。もし(中略)道東の鉄道網を中国が握ることになれば、首都圏の食糧供給の一部が中国に握られることになります。
どうか短区間の採算だけで北海道の鉄路を判断しないでいただきたいし、日本国内で「切り捨て論」が高まれば、中国が虎視眈々と狙っていることも考えていただきたいのです。》

http://shiaoyama.com/essay/detail.php?id=597

 まことに的確な、また切実な訴えというほかはありません。
私たちは(私自身もそうですが)首都圏で暮らしていると、海を隔てたあの美しく広大な北海道をロマンチックな観光の対象としか考えず、そこで暮らす道民の方たちの悩みなどにあまり思いをいたしません。「採算が取れないなら廃線にすべき」などと平気で語る無責任なコメンテーターがたくさん出てきてしまうのも、じつに残念な話です。同じ日本人でありながら、まるで化外の地を見るようなまなざしではありませんか。
 実際、地図を見るとすぐわかりますが、道東部(にかぎらず地方)の交通インフラの整備状況はお粗末としか言いようがありません。交通インフラ未整備→産業衰退→人口流出→一層の過疎化→さらに廃線の増加という悪循環に陥ってしまうわけです。
 
 ④の不動産に対する外資規制の欠落ですが、これが何と言っても問題ですね。私は以前から、なぜ外国人に勝手に国土を買わせるのだろうと不思議に思い、憤ってもいたのですが、ここ数年の中国の侵略的意図を見るにつけ、その思いがいよいよ募ってきました。
 上記要約に記したように、地方官僚も中央官僚も、やっと動き出したという国会議員たちも、そのノーテンキぶりと鈍感ぶりにはあきれてものが言えません。これでは中国に国土を蚕食されつくしても自業自得だと言いたくなりますが、迷惑を被るのは、普通の庶民です。
 先の外国人土地法では「その外国人・外国法人が属する国が制限している内容と同様の制限を政令によってかけることができる」と謳っているのですから、中国に対して一刻も早く法的な規制をかけるべきですが、どうもあまり期待できそうにありません。
 というのは、安倍政権全体がグローバリズムの道を周回遅れで突っ走っているからです。またアメリカ様に貢納する金はすぐに出すが、デフレ脱却のためにぜひとも必要な公共投資は一向に実施しない。安倍首相は財務省の財政均衡主義に洗脳され、しかも何でも世界に開くことがいいことだと信じている人です。こういう人を総理大臣に戴いているうちは、事態は変わりません。中国は日本のそういう弱点をよく見抜いているのです。
 ちなみに、釧路を中国が狙っているのは、北極海航路の拠点(不凍港)として目をつけているからです。海洋軍事国家を目指している中国は、今後、本気で領有に乗り出してくるでしょう。そうなると、ロシアとの間の確執も生じます。要するに平和ボケ国家・日本の国土は両大国の恰好の餌場としてコケにされる公算が強いのです。
 日本を守るために、沖縄だけでなく北海道にもぜひ真剣な関心を向けましょう。

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ヨーロッパの深刻な危機に学べ

2017年02月18日 19時19分47秒 | 政治
      


'Refugees' battle in Paris after jungle camp is closed


【助けてください!】ドイツ人少女が語る移民問題の陰惨な現実



 EUはいま、グローバリズムの構造的欠陥と移民・難民問題のために、まさに風前の灯火です。ヨーロッパの主要都市では、至る所で難民、偽装難民、移民によるデモ、暴動が起きています。
 2015年の9月にドイツのメルケル首相は、難民受け入れに上限はないと宣言しましたが、これは空想的なヒューマニズムであると同時に、異常なPC圧力でもあり、また廉価な労働力獲得という財界の意向を反映した政策でもありました。ところがドイツに流入した難民のうち、じっさいに職を得たのは、わずか一割に過ぎないそうです。九割はドイツ国民の税金で賄われているわけですね。
 またパリでは何と警察官のデモまで起きています。連日取り締まりに駆り出されるものの、少しでも手荒なことをすればスマホで撮影されてしまうし、すでに死に体のオランド政権が大統領選での社会党政権の敗退を恐れて、真剣な規制に乗り出さないので、現場の警察官としては、「やってらんねえ!」という感じなのでしょう。
 さらにみなさんご存じのとおり、欧州の主要国では、イギリスのブレグジットをきっかけとして、EU離脱の国民的機運が盛り上がっています。言うまでもなくデモは、移民・難民側、新たに流入したムスリム側だけでなく、これに対してNOを突き付ける団体によっても盛んにおこなわれています。
 ここに経済評論家の三橋貴明氏の2月17日付ブログ記事がありますので、その一部を引きましょう。

さて、英王立国際問題研究所、通称「チャタムハウス」が、2月7日に発表した「What Do Europeans Think About Muslim Immigration?」の調査によると、「イスラム圏からの、これ以上の移民流入を停止するべきか」 という問いに対し、欧州十カ国の調査対象者(約1万人)の実に55%が停止すべきと回答し、衝撃が広がっています。特に「停止すべき」が多かったのが、ポーランドです。ポーランドでは、調査対象者の七割以上が「停止すべき」と回答しました。

 3月のオランダ総選挙、4、5月のフランス大統領選挙、10月のドイツ総選挙では、国民主義政党の躍進が予想されています。もしフランス国民戦線のルペン党首が大統領になれば、EU残留か離脱かの国民投票が行われます。そうなるとほぼ間違いなく離脱派が勝利するでしょう。フランスががEUから離脱すれば、その時点で、EUは終わりです。
 このように、ヨーロッパはいま、過熱した国論四分五裂の状態で、いつ何が起きるかわからない大混乱の状況に置かれています。
 こういう状況に対し、この事態を自ら招いたEU当局は、各国にその解決を丸投げし、なすすべもなく指をくわえています。「ヨーロッパは一つ」がEUの理念ではなかったのでしょうか。無責任極まりない態度だと言えましょう。経済を低迷させている張本人であるどこかの国の財務官僚にそっくりです。
 当ブログでは、3年前に「EU崩壊の足音聞こゆ」と題してEUモデルが初めから破綻している事情について書きました。その中から一部を抜粋してここに掲げます。
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/3249423496d0112f3d568fc9b6fda158

 EUモデルがもともと破綻しているというのは、金融政策と財政政策の担い手を、EU中央銀行(ECB)と各国政府に分裂させているからです。これはユーロという統一通貨を用いながら、その使い方は各国の方針に任せられるということを意味します。しかしより厳密に言うと、この財政政策でさえ、各国の自由に任せられているわけではありません。

 現にギリシャは財政破綻し、イタリア、スペイン、ポルトガルなどは破綻しかけていますが、危機を自国の金融政策で乗り切ろうとしても、それができない構造になっています。そこで、EU(実質的にはドイツ)に何とかしてくれと縋るわけですが、EUとしてはその要請をただで聞いてやるわけにはいかない。結果、要請国に厳しい緊縮財政を強いることになります。これがまた、その国の国民の不満を買います。

 この厳しい緊縮財政の縛りについては、次のようなからくりがあります。
 1993年に発効したマーストリヒト条約には、EU加盟の条件として「年間財政赤字額の名目GDP比が3%を超えず、かつ政府債務残高の名目GDP比が60%以内であること」と謳われています。同条約成立後に多少緩和されたようですが、文言としては生きています。この文言が生きている限り、EU諸国がデフレ傾向を脱却するために積極財政に打って出るのは極めて困難になります。

 ちなみに、けっして財政赤字や債務残高の割合だけがその国の経済状態の健全・不健全を測る指標ではないのですが、この種の数字だけの尺度を金科玉条のように用いるところに、EUエリート集団の浅はかさが象徴されていると言えるでしょう(この点は、そのまま日本の「財政健全化」路線にも当てはまります)。

 こうして、EUの未来は暗いのです。
 この構想は、集団心理学的には、二度の世界大戦で勝者も敗者もひどい目に遭ってこりごりしたそのトラウマに発していると言えるでしょう。「民族」の汚点をなるべく消したい。そのためには統一ヨーロッパという消しゴムが必要だ――しかしこの消しゴムは、それぞれの国の伝統を消し去ることはできませんでした。いまその矛盾が噴出しつつあるわけです。

 ところで、「対岸の火事」ではないと述べた最大の理由は、次の点です。
 域内グローバリズムを理想と考えたEUモデルは、そのまま世界のグローバリズムの縮小版なのです。新自由主義者たちが理想と考えるように、域内でヒト、モノ、カネが極端に自由に行き来するようになると、結局はどういうことになるか。各地域や国の特殊性、伝統、慣習、そして文化までもが蹂躙され、そのことによって多極化したエスニックな情熱がかえって奮然と盛り上がるのです。
 それが人性というもので、人性をきちんと織り込まない理想は必ず失敗するというのが歴史の教訓です。共産主義の理想が一番わかりやすいですね。EUの黄昏は、世界資本主義の未来を不気味に暗示していると言えるでしょう。

 最後に、経済政策においてどこまでもおバカな日本政府に一言警告。
 新自由主義の申し子であるアベノミクス第三の矢・成長戦略などにうつつを抜かしていると、第一と第二の矢の連携の重要性を忘れ、一国内でも、EUと同じような金融政策と財政政策の深刻な分裂をきたしますよ(もうきたしているか)。
 EUモデルの破綻は、単に世界のグローバリズムの縮小版であるだけではなく、一国内の経済政策運営に対する強い警鐘の意味も持つのです。


 以上が抜粋ですが、ここで予告したことはまずます真実味を帯びています。これを書いた時点では、あれほどの難民が押し寄せる事態はまだ想定外でしたが、こういう事態になるのも、域内グローバリズムとしてのEUが自ら招きよせたものであることは疑いありません。
 EUの崩壊はもう間近です。トランプ米大統領が「アメリカ・ファースト」を謳って行き過ぎたグローバリゼーションに歯止めをかけつつあるのと同じように、EU諸国も、遅かれ早かれ、とりあえず元の国民国家に戻っていくでしょう。そのために、EU統合本部は、まっさきに自らの失敗を認めるべきなのです。それをしないと、事態はますます混乱し、ヨーロッパ国民に多数の犠牲者が出るでしょう。

 いま世界は、大きく変わろうとしています。新自由主義がもたらしたグローバリズムのひどい弊害が草の根レベルから見直されつつあるのです。ところが日本の政府・マスコミは、いまだに「グローバリズムは善」なる幻想に浸っています。マスコミは、ヨーロッパの深刻な危機をきちんと報道しませんし、政府は。周回遅れでグローバリズム路線を突っ走っている体たらくです。緊縮財政、自由貿易礼讃、移民政策、農協解体――こんなことを続けていると、日本はやがて、アメリカによる通商交渉での厳しい攻勢と、中国による政治的・経済的侵略の挟み撃ちに会って間違いなく亡国の道を歩むでしょう。
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トランプ氏の移民制限政策と「自由」の両義性

2017年02月14日 16時01分11秒 | 政治

      




 さる1月27日、トランプ米大統領が移民・難民の入国制限を謳った大統領令に署名したことで、全米が、いや世界中が大騒ぎとなりました。
 2月3日、シアトル連邦地裁が大統領令を差し止める仮処分決定を下し、サンフランシスコ高裁は6日、仮処分決定の効力即時停止を請求した米司法省の訴えを棄却しました。
 もし事案が最高裁にまで持ち込まれると話が厄介です。たまたま最高裁判事に一人欠員がいて、リベラル派4人、保守派4人で拮抗しています。トランプ大統領はすでにゴーサッチ氏を新判事に指名しましたが、彼が職務に就くのは2か月後だそうです。
 下馬評的に言えば、ゴーサッチ氏が命令の合憲性を決めるカギを握っていることになります。でも連邦最高裁は一般に法律や命令の合憲性にかかわる訴訟を取り上げたがらないそうです。すると、ここにも、長きにわたる選挙戦の再来のような事態が出現します。

 いずれにしても、米国内では、これからも行政府と司法の権力分立そのものが、深刻な分裂を引き起こしかねないわけです、巷の国論分裂だけでなく、権力の中枢部もその可能性があるということは、米国の民主主義体制が根本的に先行き不透明な運命を抱え込んでしまったことを意味するでしょう。

 ところでこのたびの移民・難民にかかわる大統領令ですが、リベラル派が騒ぐように、本当にムスリムに対する「人種差別」「宗教差別」的なものなのでしょうか。トランプ氏は、本当にアメリカの国是であり最高の価値である「自由」に対する裏切りを行ったのでしょうか。
 まずはこの大統領令の中身をきちんと調べてみましょう。これは大きく言って次の四つです。
①シリア難民受け入れの無期限禁止
②その他の難民受け入れの120日間凍結と年間5万人の上限設定
③シリア、イラク、イラン、リビア、ソマリア、スーダン、イエメン七か国の一般市民に対するビザの発給の90日間凍結
④難民入管審査が再開した際には、難民発生国において宗教的迫害を受けている少数派宗教のメンバーが最優先される


 ①ですが、これには「シリア難民の入国が国益に沿うとUSRAP(合衆国難民入管プログラム)が保証するのを確信するまでは」という条件がついています。オバマ政権が2016年よりも前にやっていたことに戻っただけのことです。
 オバマ政権は、シリア内戦が激しさを増しISが急速に台頭してきたころ、シリア難民の入国をほとんど拒絶していたのに、政権末期の16年になって突然13000人以上のシリア難民を受け入れました。明らかに民主党政権を存続させるための人気取りでしょう。
 シリアは現在も全国土が戦闘地域といっても過言ではありません。またISの「ジハーディスト」がいくらでもいます。「難民」に紛れ込んだテロリストを平和な市民の中に招き寄せることが国益に叶うと考える国家のリーダーがいるでしょうか。もっともメルケル氏のような超理想主義者なら別ですが(彼女は見事に失敗しましたね)。

 ②ですが、120日間の凍結というのは、2016年にオバマ氏が劇的に受け入れ数を増やして入国管理をずさんなものにしてしまった状態を、もう一度正常に戻すための見直し期間という意味があります。
 5万人という数ですが、これもブッシュ政権の時より多く、オバマ政権の安定期よりやや少ないといった程度です。トランプ氏がごくバランスある政策を取っていることがわかります。

 ③が一番問題になりましたね。七か国の一般市民のビザ発給を凍結するとなると、それはやり過ぎなんじゃないの、と民主国家の住人ならだれでも言いたくなるでしょう。私もメディアから流れるニュースを聞いたときにはそう思いました。
 ところが、これにも例外条件がちゃんと付いています。
「国務長官と国土安全保障省は時と場合によって、また国家の利益に沿うものであれば、ビザ(中略)を禁止された国からの国民に対してもビザの発給を行うことができる
 しかも例の七か国は、ジハーディストのテロに深刻に悩まされているか、または政府そのものが彼らの影響下にあるかどちらかに属する国ばかりです。
 マスメディアでは、グリーンカードの持ち主までが対象にされたと大騒ぎしていましたが、それは入国管理の現場における、命令周知の不徹底が招いた事態でしょう。そういうところばかりことさら取り上げて印象操作をはかる反権力メディア、リベラルメディアの常套手段です。
 
 ④が非難の対象になっているのはまったく解せません。
 連邦難民保護法によれば、「難民」の定義は、「宗教もしくは別の理由によって迫害される、またはされる恐れがあるために自国に戻れない人物」ということになっています。トランプ氏の大統領令は、この法律に完全に則ったものです。しかもオバマ氏が16年にシリア難民受け入れを劇的に増やした時には、少数派のクリスチャンは後回しにされ、13210人のうちたったの77人だったそうです(シリア人口の約1割はクリスチャン)。

 要するに、今回の大統領令には「ムスリムの入国を禁止する」などとは一行も書いてないのですね。その証拠に世界にはインドネシア、サウジアラビア、トルコ、エジプト、アラブ首長国連邦、クウエートなどムスリムが主流である国はいくらもあり、そこからの入国は制限されていません。

 もともとアメリカは、星条旗に忠誠を誓い英語を話すという条件を満たせば、移民の「自由」が寛容に認められてきた「移民国家」です。「なのになぜ制限するのか」ではなく、逆にそうだからこそ、入国管理がいったんルーズになってしまうと「不法」入国者が後を絶たない状態が日常化します(現にしています)。テロに対する厳重な対策がなされなくてはならない切迫した状況を考えれば、今回のトランプ氏の措置は、ごく妥当なものだと言えるでしょう。
 こうした現実をよくふまえずに、トランプ氏に「差別主義者」「自由の裏切り者」といったレッテルを貼るのは、感情的な反トランプ・キャンペーン以外の何ものでもありません。極端なPC(ポリティカル・コレクトネス)を傘に着たこの種のマス・ヒステリア現象に私たちはけっして巻き込まれてはならないのです。
 ちなみに私は格別トランプ氏を擁護しようと思っているわけではありません。まず冷静に事態を認識してから、起きていることの意味を判断しようと呼びかけているだけです。

 ここで、旗を掲げる者の都合でいかようにも使える「自由」という言葉のあいまいさ、両義性について考えてみましょう。

「仕事が終わったら自由に外出していいよ」――これが普通の使い方ですね。個人の意志が自分以外には束縛されない状態を指しています。でも時間帯や行ける場所は限られていますね。いつまでもどこまでもというわけにはいかず、生活の規範に従わなければやがては身を滅ぼすことになるでしょう。

「あそこは、意見が違う者どうしが自由な雰囲気で討論できる」――とてもいいことですね。しかし討論にはおのずからルールというものがあります。みんながてんでに言いたいことをしゃべって相手の言うことを聞かなければ、討論は成り立ちません。しかもある意見の持ち主自身がほとんどの場合、自分では気づかずに誤った認識や偏った感情や誰かから刷り込まれた考えに拘束されていますから、そこから「自由」になるのは至難の業です。

「中国は独裁国家だから、自由に思想を表現できない」――これは困ったことです。こういうところから「自由」の大切さが叫ばれる必然性が育っていくわけですね。それはとても大切なことです。しかし、だからといって、どんな表現でも許されるわけではありません。社会的な自由は他者に相渉る行為の形を取ります。そこで、よく言われるように、自由の行使には必ず責任が伴います。誰が、誰に対して、どんな環境の下で、どういう形で「自由」を行使したのかが絶えず問われなくてはなりません。

「国家からの個人の自由(人権)は最大限保障されなくてはならない」――これが近代国家の法的な建前です。近代化された日本もこれを法で謳っています。しかしさあ、どうでしょうか。この原則は無条件に正しいでしょうか。
 日本国憲法でも「公共の福祉に反しない限り」という但し書きがついていますね。公共の福祉とは、メンバー全員の自由がなるべく守られるために必要な概念装置です。国家は個人の自由を制限しますが、同時にそれを守ってもいるのです。
 このことは国家の保護を失って裸の大地に放り出された個人が、いかに苛酷な侵害に曝されるかを経験してみれば、すぐにわかるでしょう。

「TPPなど、貿易の自由の拡大はよいことだ」
――本当でしょうか。すでに終わったのに、いまだにどこかの国の首相は(政府もマスコミも)このグローバリズムの典型を信じているフシがあります。
 経済協定とはそもそも衝突する利害の調整にすぎません。ですから経済的国境を低くすることは、現実には強国の言い分を弱小国が呑まされることになります。そういう政治的背景抜きに「経済協定の自由」など成り立たないのです。歴史を見てもウィンウィンになることはめったにありませんでした。強国の自由はすなわち弱小国の不自由です。
 ですから、それぞれの国情に合った適度な通商関係がよいので、保護貿易は悪、自由貿易は善などという単純図式が成り立つはずがありません。

「自由は人間の普遍的な価値だ」――これが欧米的な理念ですね。でも。ここまでくると、ちょっと待てよと言いたくなります。トランプ氏は大統領という権威と権力によって、アメリカ国民の生命と財産の「自由」を守るために、「普遍的な価値」としての「自由」に一時的な制限を加えました。

 何が話を混乱させているのでしょう。
 いま述べてきたことをまとめてみます。「自由」について議論するときには、最低限次のことを踏まえておかなくてはなりません。
①無限定の自由というものはあり得ず、人は必ず制約の中で、制約を通して自由を実現する。
②自由の行使とは、人から人へ相渉る関係行為なので、相手の自由を奪うことになりうる。
③「自由」が主張されるときにその背景や文脈を見ずに、ただ抽象的にそれを善とすることはできない。


 ちょっと迂遠なことを言います。これらをきちんと踏まえるためには、言葉の使われ方を注視することが大切です。上に挙げたいくつかの例を順にたどっていただくとわかりますが、下に行くほど、「自由」という言葉を取り巻く具体的な文脈が脱落して、その抽象度が高まっています。
 この抽象度の高まりは、「自由に」とか「自由な」といったように、副詞や形容詞としてこの言葉を使っている間は、さほど発生しません。名詞として固定化するやいなや、一気に抽象的になります。
 副詞や形容詞だと必ず前後に別の言葉が張り付いていて、全体で具体的な状況を説明するように使われます。ところが名詞として自立させると、そこに何か「自由」というモノ(実体)が存在するかのような錯覚に導かれるのです。
 個人の自由、貿易の自由、普遍的な価値としての自由――そんな「モノ」があるわけではありません。でもあると思ってしまうと、それをいつの間にか神かイデーのように崇めてしまう心理にかられるのですね。みんながそれに勝手なイメージを描きます。バベルの塔の混乱はここから始まります。
 こういう心理からなるべく「自由に」なって、現実の状況に即して具体的に物事を語ることが、混乱を避ける第一歩だと思います。
 トランプ氏は「普遍的価値としての自由」に一時的な制限を加えました。しかし見方を変えれば、これは、アメリカという国家が国際社会の中で持つ「主権の自由」を行使したとも言えるわけです。
 一方から見れば自由の侵害である行為が、他方の立場からは自由の行使でありうる。こうした複眼的な見方を常にキープすべきでしょう。そうすれば、デモ隊のプラカードみたいに「自由を返せ! 自由を奪うな!」などと単純なスローガンをいくら投げつけても問題は解決しないということがわかるはずです。
 

 *参考資料
   https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-02-05/OKX8HA6TTDSF01
   http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/post-6908.php
   https://www.facebook.com/michio.ezaki/posts/1268894393227055?pnref=story






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誤解された思想家・日本編シリーズその5

2017年01月31日 11時15分30秒 | 思想

      



日蓮(1222~1282)


「日蓮」と聞くと何を連想しますか。
元寇を予言した人?
時の政権を批判・告発し危うく斬首されかけ、二度の流罪に処せられた受難の社会派僧侶? 
当時の仏教界に新風を吹き込んだ改革者?
戦前の国柱会に見られるような国家主義者? 
それとも創価学会のような大衆折伏主義? (ちなみに「折伏」は本来は、慈悲によって相手の心を包む「摂受」の対義語で、相手の悪を打破して圧伏することを意味します。) 
さてこれらの観念連合は、どれも一面だけを誇大にとらえたきらいがあり、またそこには誤解もあるようです。

 日蓮は、安房の国(千葉県南房総)の漁民の出ですが、『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』などを見ますと、自分がそうした「下賤の出自」であることを相当気にしていた様子がうかがえます。この書は彼の他の著作と同じように、汚辱にまみれた末法の世から衆生を救う教典は法華経を置いて他にないということを繰り返し強調した著作ですが、最後に近くなるにしたがって、どうして邪教の誘惑から衆生を救う菩薩が出てこないのかと自問します。そしてさんざん躊躇した挙句、ついにわれ日蓮こそはそれであると宣明するに至ります。
 この前に書かれた有名な『開目抄』では、まだそこまで明瞭に宣言するには至っていません。しかしこれらはいずれも佐渡流罪の際(日連五十一、二歳)のかなり孤独な境涯の中で書かれており、熟成してきた執念をこの二作で一気に集中させた趣きがあります。
 つまり『開目抄』の時点から、じつはひそかに「われこそ末法の世を救うために釈尊より遣わされた菩薩なり」という観念を温めてきたのだと思われます。この執念の異常さは、一種のコンプレックス(矛盾した複合観念)の表れであり、そこにはたまたま辺境で低い身分として生い育った「麒麟児」に特有の、誇大妄想癖とナルシシズム、マゾヒズムが感じられます。
 もっともこれは、古今東西、強固な意志を持った宗教家、思想家に共通する側面でもあります。自分の反時代的な言動によって引き起こされた迫害や弾圧や無視を、「自分が本当のことを言ったからこそこのような目にあうのだ。これは自分に予定されていた運命である」というように自己肯定の糧に思い替えてゆく心術です。迫害されればされるほどその事実そのものを、喜悦の感情とともに、神仏によって選ばれた証しとして規定し、それを基盤として自分の宗教的、思想的使命をいっそう確固たるものとしてゆく。
 この心術は、民族レベルでは古代ユダヤ教の聖典である『旧約聖書』に顕著に表れていますし、初期キリスト教徒にもそれが見られます。近代では、ニーチェなどにも明らかに通ずるものがあります。選民思想の心理的源は、世俗に受け入れられず迫害されるという経験そのものに宿っているといっても過言ではないでしょう。
 この心術にはどこか依怙地で不健全な、ねじくれたものがあり、現実との闘いに敗れなければ生じ得ないものです。しかしまた、敗れて追い詰められても意志を放棄しないかぎりは、どんな人でもある程度そうなるという人間共通の傾向を表してもいます。
 日蓮の場合は、もともとの資質の激越さに加えて、佐渡流罪以降にこの誇大妄想癖(ナルシシズム=マゾヒズム)がかなり強まったようです。というのは、彼が幕府当局から公式的に受けた扱いは、あの荒々しい当時の東国の風潮にしてみれば、さほど苛酷なものとは思えないからです。
主著『立正安国論』(日連三十九歳)を北条時頼に上進した時に時頼はこれを無視しました。一カ月後、日蓮の草庵が暴徒による焼き討ちに逢いますが、日蓮はこれを逃れます。ここに幕府の陰謀の匂いを嗅ぐこともできなくはありませんが、むしろ『立正安国論』に盛られた過激な法然批判の内容が念仏宗徒たちに漏れ出て恨みを買ったと見るのが自然でしょう。
 翌年、日蓮は伊東に流罪となりますが、これも、秩序を騒がせるうるさいやつを追っ払うといった感じのもので、一年半余りで赦免されます。
 懲りない日蓮は、五年後、モンゴルの使者の大宰府来訪をきっかけとして、時宗以下、諸大寺に「十一通御書」を送り付けて公開討論を持ちかけますが、これも無視されます。
 さらに三年後、再び『立正安国論』を幕府に提出しますが、逆に捕らえられて佐渡流罪が決まります。流罪の道行きの途中、鶴岡八幡宮に向かって大音声で「日蓮、今夜首斬られて、雲仙浄土へ参ったときは、まず天照太神・正八幡こそ誓いを果たさぬ神である、と、名を指して教主釈尊に申し上げるぞ」と呼ばわったそうです。日本古来の神にまでたてついているのですね。やがて龍口の刑場で処刑されることになりますが、その間際に異変が起こって処刑は中止となり、結局佐渡に流されます。中止はあらかじめ決まっていたのかもしれません。
 日蓮は後に、法華経のために命を捨てるのは日本国でただ一人だと、その覚悟を語る言葉を残しています(『種種御振舞御書』日蓮五十四歳)が、後付けで見栄を切っている印象が拭えません。また佐渡流罪もわずか二年半で赦免となっています。

 以上の経過を見るに、次のことが言えそうです。
 第一に、処刑の手は困り者の日蓮を排除しようとする他宗派の差し金であった可能性が高く、鎌倉幕府ははじめから厄介ごとに手を染める気はなかったのではないか。当時の幕府は、世俗の権力争いでは仮借なく殺戮の手を伸ばしますが、すでに各宗派融和の時代になっていた仏教に関しては、よほどの擾乱の兆しがない限り宗派争いには真剣な関心を示さなかったでしょう。ましてエキセントリックな日蓮一人の運命など、支配的な宗派(禅宗、浄土宗、真言宗など)の決済あるいはその筋の陰謀に任せていたのではないか。
 第二に、同じことを裏側から言えば、一連の経緯は、たぶんに日蓮の独り相撲の気配が強く、彼が鎌倉でやっていたこと説いていたことはほとんど相手にされていなかったのに、後の彼自身の述懐では、それらがさも大きなことであったかのように肥大化して把握されているということです。迫害されればされるほど自分は選ばれた民である証拠なのだというのは、ただ日蓮の心の中の劇にすぎなかったということになります。
『立正安国論』における元寇の予言にしても、薬師経にある「他国侵逼の難、自界叛逆の難」の経文を頼りに、現世の腐敗堕落を怒り嘆くために唱えていたのが、たまたま的中したというにすぎません。一度目の来襲(文永の役)では予言が当たったことを彼は喜んでおり、次はこんなことでは済まされず必ず本土が侵されると意気込んで言っていました。が、二度目の来襲(弘安の役)でモンゴルが上陸すら果たせなかった時は、老日蓮は身延山で沈黙を守っただけでした。
『立正安国論』に登場する「客」の「先ず国家を祈って須らく仏法を立つべし」という有名な言葉も、国家主義を謳ったものではなく、すぐその前に「夫れ国は法に拠つて昌え、法は人に因つて貴し」とあるところから見て、正しい仏法を守ることこそがすべての基本であるという原則を述べたものにすぎないでしょう。もともと仏教が日本に取りいれられたのは、鎮護国家のよりどころとしてだったのですから、仏教の原点に戻れと呼びかける日蓮が、「国家」を口にするのも不思議ではありません。この場合の国家とは、仏法秩序の支配する理想世界というほどの多分にイマジネイティヴなもので、格別日蓮を社会派の僧侶と見なす根拠にはならないと思います。行基のように土木事業に身を投げ出したわけでもないのですから。
 この点では、佐藤弘夫氏(『立正安国論』解説・講談社学術文庫)の説くところが正しいと思います。

 それでは、日蓮が終始一貫して執着したことはいったい何だったのか。それはひとことで言えば、当時の諸宗派混淆の妥協的実態に何としても我慢がならず、法華経を根本教義とする天台宗の初心に立ち返れと訴えることでした。

≪但此の経(法華経――引用者注)に二十の大事あり。……律宗・法相宗・三論宗等は名をもしらず。華厳宗真言宗との二宗は偸に盗て自宗の骨目とせり。一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり。……但我が天台智者のみこれをいだけり≫(『開目抄』一の四)

 天台宗は隋の智顗が確立した宗派で、わが国では最澄(伝教大師)が八百六年に開山しています。最澄は、それまでの奈良仏教の権威主義に旺盛な対抗心をもって立ち向かい、この中国伝来の新知識を広めようとしたのです。
 しかし時代は移り、日蓮の活動の時代までにすでに四百五十年を閲しています。他宗も次々と起こってもはや開山時のフレッシュな雰囲気は影を潜め、天台比叡山は、よく言えば寛容な大御所、悪く言えば純粋性を失って世俗や他宗と妥協する惰性態と化していました。一徹な日蓮は、この状態を根本から建て直すことにこそ自分の存在意義を見出したのです。さてそう自らの立ち位置を定めた時、最も邪悪な連中と映ったのが、念仏宗徒たちの跋扈でした。
 折から鎌倉大地震が起こり、飢饉、疫病が蔓延していました。自然災厄や社会悪をそのようなものとして対象化できずに、仏法を破壊し衆生を惑わす邪教や先祖の祟り、前世の因縁や狐・天狗などのせいにするのはこの時代の習いでしたから、そのこと自体は別段特記すべきことではありません。
 しかし日蓮の眼には、念仏宗徒たちの振る舞いが何とも忌まわしい悪魔の仕業と映ったのです。彼らは、天台宗を含めた古くからの諸宗を聖道門としてひと括りにして捨て、専修念仏のみを推奨する浄土門を選択している。知識のたゆみない研鑽や厳しい修行を成仏の条件とする難行を斥けて、南無阿弥陀仏を称名することのみを勧めている。そうしてそれだけを本行として尊び、他を雑行として軽んじている。これこそは滅ぼすべきものだ、これを滅ぼさずしてどうして日本国の衆生が救われようか。ではその悪魔の本体は誰か。言うまでもなく浄土宗の開祖・法然である……。
 こうして法然が無間地獄に落ちるべき対象として真っ先に選ばれたのでした。いまでこそ浄土宗、浄土真宗と日蓮宗とは穏やかに棲み分けていますが、日蓮の主著『立正安国論』とは、なんと法然に対する憎悪を爆発させるために書かれたようなものです。
 日蓮は言います。法然は主著『選択本願念仏宗』において、あまたある経文から浄土三部経だけを絶対視し、聖道、難行、雑行のすべてを「捨て・閉じ・閣き・拗って」念仏行のみを「選択」する道を唱道したが、これは人を迷わすとんでもない間違った道である、と。
 この捨・閉・閣・拗の四文字は、『選択本願念仏集』の文章から日蓮自身が恣意的に抽出したもので、そこには批判のための批判の趣きが無きにしも非ずです。このシリーズの第一回で述べたように、法然自身は、聖道門をすぐにでも捨て去れとはけっして述べていず、それぞれ分に応じて入り口はいろいろあってよいが、最終的には念仏行こそが救いをもたらすのだと寛容に説いているだけです。知識や修行を積むことなどやめてしまえなどと言っているわけではありません。
 いっぽう日蓮のほうも、『観心本尊抄』のなかで、「衆生にはもともと仏の知が具わっている」と説いていますし、無量義経や最澄の言葉を引いて、「この経を信じさえすれば六波羅蜜を修行しなくても六波羅蜜は自然に前にある」とか「釈尊は、私たちが妙法蓮華経の五文字を受持しさえすれば、自然にかの因果の功徳を譲り与えてくださる」などと説いています。これは、弥陀の救済を信じて南無阿弥陀仏を心から唱えれば必ず往生できると説くのといかほどの違いがあるのでしょう。
 法然と日蓮の間には、その活躍期に七十年から八十年の開きがあります。日蓮は、法然の融通無碍の人格や、彼がなぜ難行をくぐりぬけた果てに易行こそ本行であるという結論にたどり着いたのか、その生きたモチベーションについて知りません。日蓮が目の前にしていたのは、おそらく、菩提心(成仏を心から願う志)そのものに重きを置かない当代の多くの念仏者だったのでしょう。

 やがて日蓮は、念仏者だけではなく、先の『開目抄』の引用で見たとおり、真言宗、禅宗をも公然と批判するようになります。それは、彼からすれば法華経こそ唯一信奉するに値するのに、他の宗派がそれを部分的に取り入れたり軽視したりしているので、そのさまを見て憤懣やるかたない思いに駆り立てられたからです。
 この原理主義的傾向は時間が経つにつれて高じていきます。こうなると、むしろ法華経(特に寿量品に書かれた一念三千の観念)をかくされた秘儀として周囲の眼から閉ざしていくことになります。
 さらに、『開目抄』では、異教徒や論敵に対する態度を、「摂受」に対するに「折伏」をもって正当化しています。先に述べたように、「折伏」とは本来は、慈悲によって相手の心を包む「摂受」の対義語で、相手の悪を打破して圧伏するという、きわめて攻撃的な姿勢を意味しています。
 この問題は日蓮自身が苦悶したらしく、『立正安国論』では、苦しい矛盾として現れています。
 すなわち、第七段では、正法を誹謗する者を殺しても罪には問われないとして武装(殺生)をこの場合に限り肯定しているのですが、第八段で「客」が殺生の是非をもう一度問うと、主人は「私はただ謗法者への供養を止めよと主張しているだけであって、けっして念仏の僧を力づくで弾圧せよといっているわけではない」と微妙に調子を和らげた答え方をしています。
 ここには南都北嶺の武装した「悪僧」の存在という無視し得ない現実が反映していると言えるでしょう。彼らは平然と「敵」を殺していました。天台宗徒とて例外ではありません。そうした現実を目の当たりにしていた日蓮にとって、己れの奉ずる唯一の正法が、悪僧たちの狼藉を許すか許さないかは、真剣に悩むに値する思想的課題でした。現実と理想のはざまで、日蓮自身は引き裂かれており、問題は未解決のまま残されたのです。
 結局、日蓮は己れの純粋一途な激しい気質と、天台宗の正統性を守らんとする固い意志とを重ね合わせて、これを汚すものは許せないと一貫して主張していたことになります。
 つまり彼は、日本仏教の新しい道を切り開いたのではなく、むしろ時代に逆行する道を「選択」したのです。彼の頭の中には、膨大な諸経(学問)の文字が絶えず満ち溢れていましたが、ついに具体的な民衆の生活像を、その苦しみの相貌とともに思想的な視野に収めることはありませんでした。その意味で、やはり法然とは反対の方向を向いていたと言えるでしょう。
 私たちは、武家社会の勃興を背景に立ち上がった鎌倉仏教のなかに、単に一つの方角から吹き寄せてきた新しい時代の風を感じ取るのではなく、道元らの禅宗も含めて、いくつもの異質な思想体質を読むのでなくてはなりません。






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トランプ次期大統領に日本はどう対応すべきか(その3)

2017年01月19日 16時24分02秒 | 政治

      




⑦オバマケアの破棄と新しい保険制度の創出
 アメリカの医療保険はすべてが民間保険会社に牛耳られていて、日本のような皆保険制度はありません。しかも各州で一社が独占していて、加入すると高い保険料を払わせられます。医療費は異常に高額で、低所得層は満足な医療を受けることができません。
 そこでオバマ大統領は低所得階層にも十分な医療をという名目で、オバマケアを通しました。一見良い方向に向かっていたかのようですが、日本人の多くはその実態についてあまり知らないようです。
 オバマケアは、オバマ氏の出身州で独占的に運営している保険会社の保険を全米に拡張して、強制的に加入させたものです。したがって高額の保険料を取られるという状態が少しも改まったわけではなく、かえって全米の低所得者層が生活難に陥るという事態を招く一因となったのです。
 トランプ氏がプア・ホワイトの支持を得るためにオバマケアの廃棄を訴えたのにはそういういきさつがありました。ただ、これからどんな保険制度を提案するのかは、今のところ未知数です。

⑧いわゆる「移民排斥」と「メキシコ国境に壁建造」
 トランプ氏は、一般的に移民を排斥しようとしているのではありません。中南米からの不法移民を受け入れないと言っているので、「不法」であるかぎり、法治国歌の長として正当な言い分です。また次の三つの事実を知る必要があります。
 一つは、実際にメキシコから国境を超えてやってくる不法移民の数は膨大で、しかもその中にはコロンビアなどからの麻薬密売人が数多く含まれており、限られた国境警備隊員たちはとても取り締まり切れずに音を上げているという事実。二つ目に、米国内に入ってから犯罪を犯すヒスパニックの不法移民たちは、その犯罪対象に、白人を選ぶのではなく、むしろすでに米国民として公認されている同じヒスパニックを選ぶことが多いという事実。そして三つ目に、ムスリム移民の中にテロリストが紛れ込んでいる可能性が高いという事実。
 これらの事実にオバマ大統領を含む民主党陣営およびその傘下にあるほとんどのマスメディアは目をつむり、何一つ有効な対策を打てませんでした。代わりに硬直したPC(ポリティカル・コレクトネス)の理念を振りかざしてトランプ発言を歪曲し、「差別主義者」「排外主義者」というレッテルを貼りつづけてきたのです。
 評論家の江崎道朗氏によれば、いまアメリカの白人たちは歴史教育の領域で幼いころから「ホワイト・ギルト」と呼ばれる自虐史観を叩きこまれているそうです。黒人やヒスパニックやムスリムやインディアンなどこれまでマイノリティと見なされてきた人たち、あるいは女性に関して、少しでも「公正」とみなされない言葉を出すとPCに反するとされます。この厳しいタブーによって、アメリカ社会はまことに息苦しい雰囲気に支配されています。「メリークリスマス」はキリスト教だけを称揚するから「ハッピー・ホリデイ」と言わなければダメ、「天にましますわれらの父よ」は男性優位を示す思想だからダメ、といった具合です。アメリカが最も尊重しているはずの「言論の自由」はいったいどこに行ったのでしょう。トランプ氏は、この不自然極まる風潮に対してNOを突きつけました。
 しかも確かな入国手続きも施さずに、ヒューマニズムと過剰な平等主義に裏打ちされたPCの原則だけで無条件に移民を受け入れてしまうことは、麻薬禍や犯罪の増加だけでなく、アメリカ全土に賃金低下競争を引き起こし、階層間格差をますます広げる結果を生んでいます。これはEUの現状と同じですね。国民の間に文化摩擦や被抑圧感を高め、ルサンチマンを蓄積させ、国民間の分断をもたらします。硬直した理想主義・形式的な平等主義が生み出す弊害です。
 国境に壁を築くことは、費用をメキシコにもたせるという案はともかくとして、特に突飛な計画ではなく、こうした悲惨な状況に根差した現実的な計画なのです。これはまさに安全保障策であって、国防費の拡大と同じ意味を持っています。しかもこれも雇用創出という経済効果が見込まれるわけです。

 ここでトランプ氏の内政面における人事に着目してみましょう。
 財務長官には元ゴールドマンサックス幹部のムニューチン氏、商務長官には知日派で著名投資家のウィルバー・ロス氏、国家経済会議(NEC)委員長にはゴールドマン・サックス社長兼COO(最高執行責任者)のゲーリー・コーン氏、主席戦略官・上級顧問には同社で勤務経験のあるスティーブ・バノン氏が起用されました。「トランプ政権はさながらゴールドマン・サックス政権のようだ」との声が上がっているそうです。
 これは一見、マクロ経済にあまり明るくないトランプ氏が、グローバリズムに妥協・迎合しているように感じられます。たしかに人事だけを見ると、そういう懸念を感じさせます。
 しかし私の推測では、これらの起用には二つの理由が考えられます。ひとつは、彼の親ユダヤ感情やこれまでのビジネスを通して築き上げたユダヤ人との親密な人間関係の表れです。もう一つは、金儲けがうまく利にさといユダヤ人金融資本家を多く高官に起用することによって、私的利益の追求から離れさせて国富の増大に専念させようとの腹ではないかと考えられます。
 新財務長官・ムニューチン氏は、「法人と中間所得層を対象とした減税、規制緩和、インフラ投資、二国間の貿易協定を通じて、米国は3~4%の経済成長を達成できる」「法人税の引き下げによって米国に大量の雇用が戻ってくる」との見方を披露したそうです。この点では、トランプ氏の考えに一致しています。
 ムニューチン氏は同時に、リーマンショック後に銀行規制のために制定されたドッド・フランク法(DF法)が複雑すぎて融資を抑制する要因になっているとして、これを解体するとも述べています。
 銀行と証券取引とを分離するために1933年に制定されたグラス・スティーガル法(GS法)は資本移動の自由を阻害しているとして1999年にその一部が廃止され、代わってグラム・リーチ・ブライリー法によって、銀行の資金運用が大きく自由化されました。しかしその結果リーマンショックが起きたため、このような事態を防ぐべく2010年オバマ政権の下でDF法が制定されました。
 DF法は主として巨大金融機関の動きを監視することを目的としていますが、金融機関の抵抗が大きく、実際には骨抜きにされていると言われています。またこの法によって、かえって小規模金融機関が廃業に追い込まれた例も多いそうです。
 トランプ陣営は、選挙運動期間中にGS法の復活を訴えていましたが、これはザル法と化しているDF法の解体というムニューチン氏の主張と同一方向です。しかしGS法の復活やDF法の解体という過激な規制の方向は、おそらく金融機関の抵抗があまりに大きいでしょうから、結局DF法の修正という形に落ち着きそうです。
http://www.dir.co.jp/research/report/law-research/securities/20161115_011406.pdf
 いずれにしても、トランプ氏の反ウォール街の姿勢は、この人事によって覆されるというわけではないと考えられます。ただしなにぶん複雑な意向が錯綜する金融界のこと、ミイラ取りがミイラになる危惧は拭えませんが。

 以上、トランプ次期大統領の政策を検討してきましたが、繰り返すように、これらが彼の思ったとおり、すべて実現するわけではありません。議会には反対党がいますし、同じ共和党でも反トランプ派は多いでしょうから。また仮に実現したとしても、本当に国内に好影響を与えるのか、世界にどういう波紋を引き起こすのかは今のところ未知数です。
 しかし一つだけ確かなことがあります。それは、彼が取ろうとしている政策が矛盾しているように見えながら、じつはすべて思想的な一貫性を持っているということです。その一貫性とは、すでに述べたように、グローバリズムの行き過ぎた流れを押しとどめて、アメリカのナショナリズムの再建(アメリカ・ファースト!)を目指していることです。それは同時に、形骸化した民主主義をもう一度健全なものに戻す試みでもあります。なぜなら国家統合が崩れたところによい意味での民主主義体制は成り立ちようがないからです。
 冷戦崩壊後のアメリカの政権は、莫大な財産や資金を自分たちの周りに集めながら貧困層を救えず格差問題を解決できず、いたずらにPC、人権、自由などの空疎な精神論を振りかざしてきました。好景気はあったものの、すべて富裕層に吸い取られてきました。国民の多くはその欺瞞性に気づき、それがグローバル金融資本体制に本気で殴り込みをかけるトランプ氏を支えたのでしょう。それはいうなれば、ソフト・クーデターであったといっても過言ではありません。これが新しいアメリカの統合を作り出すかどうか、超格差社会の是正を成し遂げることができるかどうか。敵の多いトランプ氏のかじ取りは荒海での航海に似たものとなるでしょう。

 最後に、日本との関係についてまとめます。
 日本人のなかには、選挙期間中にマスメディアによって流されたトランプ氏のイメージのために、何となく彼に対して「政治経験のない乱暴な人」という軽蔑的な印象を抱いている人がいまだに多いようですが、これまで述べてきたように、それはまったくの誤りです。トランプ侮るなかれ。
 彼の政策を見ると、政治的にはこちらによい風が吹いてくる可能性が高いですが、それは日本側がいかに彼の意向にきちんと応えるかにかかっているとも言えます。また経済的には、よほどきつい闘いを覚悟しなければならないでしょう。何しろ相手は強力な国益第一主義をもって攻めてくるのです。グローバリズムの夢に酔っ払い続けて、TPP批准だの、アメリカ流規制緩和だの、移民政策だの、農協改革だの、混合診療だの、電力自由化だの、英語第二公用語化だのと、いつまでもバカげた周回遅れをやっていると、日本の健全なナショナリズムは崩壊し、遅かれ早かれ、アメリカの属州になるか、中国に併呑されるか――要するに亡国の道を歩むほかはないでしょう。
 トランプ大統領の登場は、英国のハード・ブレグジットと同じように、グローバリズムの弊害を除去して健全なナショナリズムを建て直す大胆な試みの意味を持っています。それは、世界の不安定化と格差拡大に抵抗する一つのお手本なのです。願わくはわが日本もこのお手本から多くの教訓を学び取らんことを。
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トランプ次期大統領に日本はどう対応すべきか(その2)

2017年01月19日 00時40分58秒 | 政治

      



 それでは、経済に関わるトランプ氏の政策姿勢から、日本は何を読み取るべきでしょうか。
 彼が公約として掲げている経済政策の主なものは次の通り。

①TPPからの離脱
②NAFTAの見直し
③ラストベルト地域を中心とした製造業の復活による雇用の創出
④劣化したインフラ整備のために10年間で一兆ドルの財政出動
⑤米国企業の外国移転の抑制とグローバル企業の国内還帰のための法人税の値下げ
⑥トヨタなど外国有力企業からの輸入に高関税
⑦オバマケアを破棄し新たな保険制度を創出

⑧ついでにリベラルからPC(ポリティカル・コレクトネス)に反する差別だとして悪名の高い、いわゆる「移民排斥」「メキシコ国境に壁を建造」も挙げておきましょう。これは労働政策であり、労働政策はすなわち経済政策だからです。
 
 さてこれらがすべて実現可能であるかどうか、また適切であるかどうかは別として、その姿勢は見事に一貫しています。狙いをひとことで言えば、グローバリズムがもたらした弊害を一掃することであり、同時に国内需要を増大させて経済的利益を少しでも一般国民に還元させ、超格差社会を是正しようという考え方に立っています。
 一つ一つ検討してみましょう。

①TPPからの離脱と②NAFTAの見直し
 これはTPPやNAFTAに盛られた関税撤廃・自由貿易の促進がアメリカの主要産業をますます弱体化させ、またさせてきたという認識にもとづくものですが、その根には、アメリカの経済的パワー、特に製造業がなぜこんなに衰えてしまったのかという嘆きがあります。その原因を自由貿易促進を謳う各国間協定という外部要因に求めるのは、やや不適切の感無きにしも非ずですが、とりあえず、⑤や⑥と相まって、国内産業保護の効果を持つことは明らかで、グローバリズムを善と考えるイデオロギーに対しても強力なアンチテーゼになっています。その意味で経済思想として評価できます(日本にとって有利という意味ではありません。後述)。
 なお、アメリカのTPP撤退はトランプ氏が当選した時点で決定的で、すでにTPPは死んだので、その後日本国会がこれを批准したことはアホの極みですが、いまだに政府内には、「TPPの対中戦略の側面を理解すれば(トランプ氏の)立場に変化があるかもしれない」(産経新聞1月16日付)などという超アホなことを言う人が政府内にいるそうです。それぞれの国の利害の調整によって成立する国際的な経済協定が軍事同盟の絆を固くするなどということはあり得ません。むしろ経済関係が深まれば深まるほど、その内部で軋轢の可能性も増すと考えるのが自然です。
 また逆にTPPのお流れを喜ぶ向きもあるようですが、ことはそう簡単ではありません、これからの対米通商交渉において、日本における協定の批准は、かえってガンになりかねないのです。というのは、あのアメリカ流規制緩和・各分野における制度変更・国家に対する企業優先の姿勢を謳ったTPPを批准してしまった日本は、これらの拘束条件を前提として対米交渉に臨まなければならないからです。アメリカはそれにうまく便乗して、さらに厳しい条件を要求してくる可能性があります。

③ラストベルト地域を中心とした製造業の復活による雇用の創出
 これは解説するまでもなく、ニューディール政策と同じ性格のもので、⑤や⑥と連動しており、トランプ氏が彼の支持層に応えるべき最も重要な政策と言ってよいでしょう。うまく行けばトランプ氏の国内人気は一気に高まるものと思われます。

④劣化したインフラ整備のために十年間で一兆ドルの財政出動
 アメリカのインフラはその劣化が日本よりもひどいそうです。この政策は乗数効果も見込まれ、たいへん有意義な政策です。
 日本のインフラがまだ一定水準を保ちえているのは、50年以上前の高度成長時代に大規模な公共事業を徹底して行ったからで、半世紀も前のインフラがまだもっているからといって、少しも威張れません。
 すでに笹子トンネル事故、常総市堤防決壊、博多駅前陥没事故をはじめとして、全国の橋やトンネル、道路、堤防、水道管などはあちこちで壊れていっています。これからどんどん劣化の度合いは進むことは必定で、おまけに日本は屈指の災害大国ですから、トランプ政策を大いに見習って、一刻も早く大規模な公共事業の拡充に乗り出すべきです。
 ところが土木学会による点検作業はまだ始まったばかりで、橋梁で9%、トンネルで13%しか進んでいません。こんな状態でわかっただけでも橋梁、トンネルいずれも五段階評価でD(「多くの施設で劣化が顕在化。補強、補修が必要」)という危険な状態です。これから10年先が思いやられます。
http://committees.jsce.or.jp/reportcard/system/files/shakai.pdf
 しかもいまだに日本には、財務省を筆頭として公共事業アレルギーが蔓延しており、公共事業予算は1998年のピーク時に比べて現在はなんと五分の二以下に減らされています。http://www.mlit.go.jp/common/001024981.pdf
 日本にトランプ氏のような決断力のある政治家がいれば、と羨望せずにはおれません。

⑤米国企業の外国移転の抑制とグローバル企業の国内還帰のための法人税の値下げ
 これはタックスヘイヴンに大量の資本が逃げている現在、企業を国内に呼び戻そうと思ったら法人税減税競争に与さざるを得ないので、やむを得ない措置として当然ではあります。しかし税収減を消費増税のように他の面で補うとしたら、一般国民にしわ寄せがいくことは当然で、国民経済はデフレから脱却できないでしょう。無条件で減税するのではなく、国内設備投資減税、雇用促進減税、賃金値上げ減税などの条件を付けるべきでしょう。
 世界経済を健全化させるというマクロな面からは、いずれタックスヘイヴンを一掃して法人税減税競争をどこかで食い止めるような国際ルールを作る必要があります。
 しかし応急手当としてはこの政策は間違っているとは言えません。事実、フォードはこの政策を呑み、その他の有力企業の中にもこの国家的方針に従う流れが出始めています(アメリカでは国内にタックスヘイヴンが存在し、おそらく大企業はそちらのほうに逃げるのでしょうが)。

⑥トヨタなど外国有力企業からの輸入品に高関税
 これまた製造業の復活と雇用の創出を目指すアメリカの側に立てば当然の措置と言えます。しかしもちろん日本企業にとってこれはシビアな問題です。①と並んで、これから世界各国の企業と米企業との間でさらに熾烈な競争が起きるでしょう。TPPとの関連で言えば、もはやTPPは死滅したのですから、この協定のISD条項を使って合衆国政府を訴えるわけにもいきません。その意味で、トランプ氏は国益を守るためにじつに巧妙な政策を打っていると言えます。トヨタなど日本のグローバル企業はよほど臍を固める必要があるでしょう。

 ちなみに、トランプ氏のこれらの姿勢に「保護主義」というレッテルを貼る人たちが多いようですが、それは間違いとは言えないものの、単純に決めつけすぎています。彼は貿易の自由を認めていないわけではありません。TPP離脱にしても、高関税の主張にしても、自国の弱体化した部分の補修を優先的に考えているというだけで、二国間の取引に限定してそれぞれについてことを有利に運ぼうとしているのです。どこの国でもやっていることです。第一、いまさらこれだけグローバル化(グローバリズムではありません)してしまった経済を元に戻すなど不可能だということくらい、ビジネスマンのトランプ氏が知らないはずはありません。自分もそれによって大いに恩恵を受けてきたわけですから。
 要はバランスの問題なのです。

 長くなりましたので、続きは明日アップすることにします。

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トランプ次期大統領に日本はどう対応すべきか(その1)

2017年01月15日 23時52分30秒 | 政治

      



 トランプ氏の大統領就任もあとわずかに迫りました。彼のデビューが世界にどんな衝撃をもたらすのか、いろいろと取りざたされています。ここでは国際政治と世界経済の二つの面から、今後予想される趨勢と、それについて日本がどう対応すべきか考えてみましょう。

 まず国際政治ですが、彼が「アメリカ・ファースト」を強く訴えていることから、保護主義に走り、内政面に精力を集中して中東問題や東アジアの緊張から手を引くのではないかと見る向きもあるようですが、それは当たらないと思います。
 対外関係に関わる重要ポストの人事を見ると、次のような戦略が見えてきます。
 国務長官に決定したティラーソン氏はエクソンモービルの元CEOで、エネルギー面でロシアと太いパイプを持っています。彼が政治面ではなく、経済的にロシアと関係が深いという点が重要です。よく知られているように、トランプ氏は選挙運動期間中からロシアに対するこれまでの敵対姿勢を根本から見直すことを訴えています。おそらく彼が対露経済制裁を解除することは確実でしょう。
 アメリカはこれまで、人口一憶四千万、GDP12位と、さほどの大国ではないロシアにことごとく敵対姿勢を取ってきましたが、現在自由主義対社会主義といったイデオロギー上の対立は意味を失っていますし、経済的な利害も特に衝突しているわけではありません。ただしサイバー攻撃など、情報戦争の面でいまだに黒い探り合いが続いていることは確かですが、これは冷戦時代を引きずったアメリカの側の過剰なロシア危険視によるところが大きい。
 ロシアのクリミア併合に対して、アメリカは欧州諸国(および日本)を巻き込んで厳しい経済制裁を課してきましたが、クリミア併合はロシア側からすれば当然の措置と言ってよく、しかも、一応公式的には国民投票という民主的な手続きを取っています。これはアメリカおよびNATOの東進政策の脅威に対抗したもので、事実グルジア(現ジョージア)のバラ革命、キルギスのチューリップ革命、ウクライナのオレンジ革命などには、アメリカの強い関与があったことは周知の事実です。ロシアがこれに脅威を感じて対抗意識を燃やさないはずはありません。
 要するに、自国の「自由と民主主義」イデオロギーを普遍的価値として世界全体に押し広げようとしてきたビル・クリントン政権以来のアメリカの独善がもたらしたものといってもよいのです。そこには実質的には、各地域の特殊事情を無視した身勝手な覇権拡張の意思以外、何の必然性もありません。
 オバマ大統領は、彼特有の理想主義から、「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言して徐々にこの戦略から身を引く構えを取りましたが、ロシアとの間に融和の関係を打ち立てるには至りませんでした。それどころか、オバマ氏も含めた民主党陣営は、トランプ候補攻撃のために、しきりにロシアの介入を喧伝してきました。
 ところがトランプ氏は、ロシアとの積極的な協調体制を考えています。大統領選に敗れた民主党陣営のほうがロシア敵視にいまだに固執しているのです。その表れの一つが、大統領選にロシアが関与しており、しかもそれにはプーチン大統領自身の指示があったという国家情報長官室の報告書です。これは事実かもしれませんが、真相はわかりません。
 いずれにせよ、最近のトランプ氏に関するつまらぬ「セックス・スキャンダル」についてのBBCやCNN報道と合わせて、ここにはロシアとの関係改善を目論むトランプ氏を追い落とそうとする勢力の強力な動きが感じられます。おそらくこの勢力の中には、民主党のみならず、共和党のエスタブリッシュメント、つまり反トランプ派も含まれているでしょう。報告書やスキャンダルの出現は、事実の存否の問題であるよりは、アメリカの政治社会がいろいろな意味で分裂状態にあることを意味します。言い換えるとそれは、民主党対共和党というわかりやすいヨコの対立であるよりは、理念派対現実派、富裕なエスタブリッシュメント対トランプ支持層、グローバリスト対ナショナリストといった複雑な乖離現象や亀裂現象であり、それがいよいよアメリカ統合の危機をかつてないほど深刻なものにしている状態と捉えられるでしょう。
 トランプ人事に話を戻しましょう。
 ティラーソン氏はトランプ氏と同じようにビジネスマンですから、ロシアが経済制裁で苦しんでいる現状を軽減して、その見返りにロシアとの協調関係を作り上げる目論見にとってまさに適役というべきでしょう。トランプ氏は、この経済交渉という手を使って、すでに意味のなくなった米露の政治対立を解消に向かわせようとしているのだと推定されます。なぜそうするのかは後述します。
 次に国防長官に任ぜられたマティス氏は、「mad dog」の異名をとっていますが、これを「狂犬」と訳すのは適切とは言えません。要するに戦争において作戦能力や戦闘能力に秀でていて、部下の士気を高めるのがうまい「荒武者」と呼ぶのがふさわしい人です。彼は、後に仲たがいはするもののすでにオバマ大統領によって中央軍司令官に任ぜられており。その軍人としての力量は誰もが認める所なのでしょう。
 つまりトランプ氏はオバマ大統領の平和主義志向に飽き足らず、戦闘的な実力者を復活させて、安全保障上の最重要ポストに配置したということが言えます。これを見ると、トランプ氏が「敵」に対して容赦しない構えを固めていることがうかがえるでしょう。
 では「敵」とはだれか。いうまでもなく中国です。
 彼は一方で、駐中国大使に、習近平氏の「旧友」であるアイオワ州知事のブランスタド知事を起用しています。ブランスタド氏は中国指導部とのつながりが深いため、国営新華社通信は米中関係にとって前向きだと歓迎しているそうですし、専門家の間では、米中間の貿易摩擦の逓減に寄与するとの見方が出ているそうですが、私は、これらの見方は甘いと思います。
 国防面で有事における体制をがっちりと固め、外交面では相手国の指導部に深く食い込んでパイプを太くしておく。中共政府の本音を探り、時には巧妙に懐柔し時には断固たる対抗措置を取る。この硬軟両面での作戦はすぐれた戦略的思考の表れで、いわば中国との緊張した知恵比べ、力比べがこれから始まることになるでしょう。親中派のヒラリー氏が大統領になっていたら、およそ考えられないことです。
 そこで先ほどのティラーソン氏の国務長官起用の狙いは何かといえば、これまでの米政府の惰性によるロシア敵視を清算し、その経済的関係を深めることによって、中露分断の意図を鮮明に打ち出すものだと考えられるわけです。
 以上のことから、トランプ氏はけっして内向き志向になっているのではなく、むしろ無駄な方向に戦費や国民の生命を費やすことを停止し、「敵」を一本に絞ってエネルギーをそこに集中させることを考えているのだと思われます。
 それは、オバマ氏の優柔不断さが、シリアの反アサド勢力(≒反ロシア勢力)に加担しながら結果的にISのような過激派の跋扈を許し、ロシアにIS対策をゆだねる格好になった事実、また中共の強引な南シナ海侵略に対してほとんど口先だけの「航行の自由」作戦を唱えただけで、ずるずるとアジアにおける中共の覇権主義を許してきた事実などに対する、明確な批判を意味しています。
 じっさい、トランプ氏は、「アサド政権は悪いが、ISはもっと悪い」と表明してIS掃討を優先させ、ロシアとの間でこの問題で協力しあう約束をしています。中東情勢を安定化させる主役をロシアに託したのです。そこには、アラブ諸国の混乱からイスラエルを守るという思惑も見え隠れします。イスラエルのネタにエフ首相は、プーチン氏とトランプ氏の両方と会談しています。
 またトランプ氏は、中共に対しては、南シナ海での膨張主義を許さない姿勢を鮮明に打ち出し、さらに台湾の蔡英文総統と電話会談を行って、中共の意図を挫く挙に出ています。
 トランプ氏のこうした安全保障政策は、日本にとって好都合で、日本は彼が日本に対して発信しているもろもろの自主防衛の要請を奇貨として、中共の脅威に自ら対処するために、国防体制をいち早く整えるべきなのです。基地費用など細かい点で認識の齟齬があるものの、それはよく説明して理解してもらえば済む話です。基本線において、トランプ氏の東アジア問題、対露問題に対する発言は、中国を共通の敵として真に対等な同盟関係、協力関係を築く方向に大きく一歩を進めたものと理解できます。日本はこれに対して国防費の倍増をもってきちんと応えなければいけません。それは投資や消費を活発化させ総需要の増大をもたらすので、デフレ脱却にも寄与するでしょう。しかし情けないことに、いまの日本政府にそれを期待するのはどうも難しそうです。
 一方、世界経済に関する彼の姿勢は、日本にとって安穏としていられない厳しい面を示していますが、これについては、次号で展開しましょう。

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誤解された思想家・日本編シリーズその4の②

2016年12月22日 13時57分35秒 | 思想

      



親鸞②

 ここで、いささか余談めきますが、親鸞の妻帯について指摘しておくべきことがあります。
これも法然の項で当然の事実のように触れたのですが、そのいきさつは、佐々木正氏の『親鸞・封印された三つの真実』(洋泉社)という本に詳しく説かれています。
 まず親鸞の伝記についてですが、明治後期からの実証主義偏重史観によって、覚如(親鸞の曾孫)作の『親鸞伝絵』と、大正十年に発見された親鸞の妻(じつは後妻)・恵信尼が娘に宛てた『恵信尼消息』だけが決定的証拠と見なされてしまいました。
 しかし佐々木氏によると、それ以前は真宗高田派による『親鸞聖人正明伝』の記述がそのまま受け入れられていました。しかもこちらの方があらゆる面において親鸞の生涯を生き生きと伝えており、しかも『伝絵』では意図的に抹消されている親鸞の結婚の事情が『正明伝』には詳しく書かれているというのです。
『正明伝』によれば、親鸞はじつは二度結婚しており、最初の妻は権勢をふるった関白・九条兼実の娘・玉日姫でした。ちなみに山形大教授・松尾剛次氏も、仏光寺派の説話『親鸞聖人御因縁』等により、親鸞と玉日姫の結婚説を肯定しています。さらに『恵信尼消息』発見のわずか五年前に書かれた『出家とその弟子』にも玉日姫が親鸞の妻として出てきます。
 これはまことにありうべきことと思われます。親鸞二十九歳、六角堂への百日参籠の折、救世観音から受けた「女犯偈」の夢告によって妻帯を許された話は有名ですが、それ以前に親鸞は比叡山を降りて吉水の法然のもとに帰依しています(『恵信尼消息』では順序が逆)。ですから法然は、当然「女犯偈」の夢告について親鸞から聞いていたでしょう。
 私はこれらの説を正しいものとして、以下、論を進めます。

 さて兼実は失脚して後、法然に深く帰依し、凡夫こそ救われるという彼の説に強い探究心を示します。そこで、僧に妻帯が許されるというあなたの持論が本当なら、私の娘をあなたの弟子と結婚させてみてくれと、法然を一種の試練にかけます。法然はこれを承諾し、ただちに愛弟子の親鸞に白羽の矢を立てました。親鸞は、たとえ尊敬する師の命令とあってもそれはできないと拒否するのですが、そこで法然から「女犯偈」の話を持ち出され、悩んだ挙句これを受け入れるのです。
 当時、僧侶の妻帯はじつは公然の秘密でした。また遊女との関係も盛んだったに違いありません。親鸞の悩みは、単に不婬戒を破る罪を犯してもよいのかという倫理的な点にあったのではなく、位の高い貴族や高僧の並み居る「世間」を前にして、しかも最高位の貴族の娘と公式的に婚姻するなどということが許されるのかという点にあったと思われます。近現代人が想像するような、性に対する禁欲と恋愛感情との葛藤に悩んだというようなことではないのです。ですから、「女犯偈」は恵信尼との恋愛が成就したなどという話には結びつきません。
 たとえば五木寛之氏の大作『親鸞』は、こうした事情を無視しており、親鸞が不婬戒を破らなくてはならないところに追い込まれた時の苦悩を恵信尼との恋愛関係にそのまま結びつけています。おそらく『正明伝』の存在を知らなかったか、知っていてもあえてそれを斥け、それまでの定説を基礎に物語を仕立てたのと、ストーリーテラーとしての強いサービス精神とがそうさせたのでしょう。
 現代読者を相手とするエンタテイメントとしてはそれで一向にかまいません。しかし指摘しておきたいのは、親鸞の妻帯に絡む苦悩を、個別の男女の単なる恋愛の問題としてとらえることは、単に近代人のロマンをそこに投影する試みであり、その分だけ時代に対する想像力を欠いたものに他ならないということです。

 さて玉日姫との間には、長子・範意が生まれます。これは貴族・日野家(親鸞は日野家の系統)の系図に「母、兼実の女」とちゃんと書かれています。結婚から六年後、建永の法難によって法然は土佐(じつは讃岐)、親鸞は越後へ流罪と決まります。この後の親鸞の足跡については定説がないので自由に想像をめぐらせてみます。
 法難を契機に玉日姫とは離縁することになった。あるいは玉日姫は第二子の出産の際、産後の肥立ちが悪く死んでしまった。また再婚相手の恵信尼は、玉日姫に仕える女房であった可能性が高い。親鸞と恵信尼はその関係でつながりができた。恵信尼の故郷が越後だったという説も有力なので、付き添う女の出身地を流罪先として選ぶ配慮が上部ではたらいたと考えれば自然です。
 私の想像は飛躍します。
 東国での布教から帰京して何年もたったころ、親鸞のいないのをいいことに、関東に派遣された息子の善鸞が勝手な振る舞いに走ります。悪人正機説を歪曲して「悪いことをすればするほど救われる」という、いわゆる「造悪論」を流行らせるのですね。その折、善鸞は、恵信尼はじつは継母で自分は貴種の出なのだという説を主張し、自らの権威づけに利用します。
 東国の忠実な弟子からこの情報を受け取った親鸞は激怒して善鸞を義絶します。親鸞激怒の理由はいろいろ考えられます。真相を突かれてうろたえた、当時男子は身ごもりや出産・育児にはかかわらなかったので真相を知らなかった、など。しかし、この善鸞の主張は、あながち嘘八百とも思えません。というのは、善鸞は、範意と同一人物だった、または玉日姫との間の第二子だったという説もあるからです。前者なら法難に遭ってから親鸞と恵信尼が結婚した時、五歳くらいにはなっていたはずで、記憶が残っていた。こう考えると、話が妙に符合するのですね。

 益体もないことを書き連ねましたが、親鸞という人が、人間としてそれほど特異な個性ある人ではなく、ごく几帳面でまじめな日本人だったと言いたかったからです。
 もちろん卓越した資質と燃えるような向学心、教えに対する敬虔で一途な心根、そして情熱的な布教精神の持ち主であったことは確かでしょう。しかし伝えられる行跡から浮かび上がってくるのは、貴族社会から武家社会に移っていく時代の激流に不可避的に流されて生きたひとりのまっすぐな「凡夫」の姿です。だからこそ、東国から弟子たちが上洛した時も、「念仏を信じること以外にさして申し上げることはない」と何のてらいもなく答えたのでしょう(『歎異抄』二節)。
 また反抗息子には世の親と同じように怒りをあらわにしたところにも、その愚直なまでに忠実に教えを守る性格がよく表れているのではないでしょうか。じっさい善鸞に対する親鸞の怒りは尋常でなく、書簡の中で教えを曲げることは五逆の罪に値し、父殺しに等しいとまで言っています(「古写書簡」第三書簡ほか)。
 思想家の故吉本隆明氏は、親鸞関係の書物で、親鸞その人に「造悪論」を許すだけの根があったと頑なに主張していますが、書簡の文面にまったく合わない強引な説です。
 親鸞をことさら偉大な存在として神格扱いせず、その等身大の姿をよく見つめることこそ、彼自身の本意に叶うように思えるのです。

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誤解された思想家・日本編シリーズその4の①

2016年12月20日 14時31分15秒 | 思想
      




親鸞(1173~1262)①

 親鸞については、すでにこのシリーズの一回目で法然を扱った際、親鸞人気の絶大さに比べて、彼の直接の師である法然の、思想家としての真価が正当な評価を受けていないと述べて、両者の比較検討を行いました。
そうして私個人としては、その宗教革命家としての偉大さにおいて、法然は親鸞に優るという結論に達しました。

 よく知られているように、親鸞の弟子・唯円は、親鸞の没後三十年ほどを経て、師の言葉を思い出しながら『歎異抄』という書物を著しました。この書の中に、師である親鸞の、人をハッとさせる逆説的な言葉がいくつも登場しています。
 近現代の大方の読者は、難しい教典や経典の注釈書(たとえば法然の『選択本願念仏集』や親鸞の『教行信証』)を通して彼らの思想を読み取るより、『歎異抄』に出てくるアフォリズムのような逆説的な言葉に魅せられて親鸞ファンになったのでしょう。かくいう私も例外ではありませんでした。
 私が最も印象づけられた親鸞の言葉は、『歎異抄』十三節の「わが心のよくて殺さぬにはあらず」でした。世の中のすべては「業縁」によるのであって、人を殺さないでいられるのも自分が善意志を持っているからではない、どんなに善意志を持っていても、ある「業縁」(現代なら「状況」というべきでしょう)に置かれれば千人でも万人でも殺してしまうことがある……。
 この思想は、人が道徳的であるためには何が必要かという倫理学的な問いそのものを相対化しています。個人の自由意志で「善」が実現できるわけではない。その意味で、たとえばカントの個人主義的な道徳論の枠組みなどに見られる近代人のさかしらをはるかに超えた深みを湛えている――私はそう感じて、永らく座右の銘としてきたのです。
 現在でも、親鸞の残した言葉のなかで、少なくともこの一句だけは名言中の名言と思っています。もちろん彼はこの言葉を阿弥陀仏への絶対的な帰依という宗教的な文脈の中で用いているので、その他力信仰をそのまま近代人の意識に適用することには無理が伴います。そこには中世という時代がもたらした一種の仏教的ペシミズムが濃厚に漂っています。ですから、近代がもたらした紛れもない光明――平和でさえあれば普通の人が簡単には死ななくなったこと――を経験した地点から見れば、苛酷な現実に対する諦念をただ合理化する説教と見えるかもしれません。しかし他方では、近代社会は複雑で巨大な暴力的システムと化しており、個人の無力や不安や煩悩を実感させる場面にも事欠きません。そのことに思い至るとき、親鸞のこの言葉が俄然現実味を帯びてきます。現代人の心の奥底でもこの言葉は鳴り響いており、その力はけっして衰えてはいないのです。

 けれども『歎異抄』成立のいきさつや、ここに書かれた親鸞自身の言葉とされるもの、また『歎異抄』全体の構成などによく目を配りますと、それらの言葉だけをよすがとして親鸞の思想に傾倒する前に、いくつかの留保をつけなくてはなりません。
 第一に、唯円のこの書は、老い先の短くなった(と自ら記しています)自分が、念仏宗徒たちの間に異説がはびこっている状態を憂え、将来を案じて三十年前の記憶を懸命に掘り起こし、親鸞上人の「お言葉」によってもう一度自ら信ずるところを権威づけようとしたものです。これは親鸞の書ではなく、何よりも老唯円の書なのです。
 老いぼれているから記憶が正確ではないなどと言いたいのではありません。そうではなく、登場する親鸞の言葉が唯円自身の切実な動機に大きく囲繞されている点を見逃してはならないと言いたいのです。そういう彼の一種の強烈な編集意図に思い及ばずに、ただ親鸞の言葉の断片だけを抽出してありがたがると、九十年も生きた親鸞の人となりが浮かび上がらず、彼の思想はただこれだけのアフォリズム的表現に凝縮されているという思い違いをしてしまいます。またここに盛られた唯円独特の思想をも読み落とすことになりかねません。
 事実この作品で、親鸞自身の「お言葉」が直接紹介されている部分は、全体の四分の一に及ばず、唯円の語りの中に出てくる親鸞の言葉を全てこれに加えても、全体の36%にすぎません。いま唯円の思想がどんな性格のものであるかについては割愛しますが、ご関心のある方は拙訳『歎異抄』(PHP研究所)の解説部分をお読みください。ともあれ、この一事をもってしても、『歎異抄』一篇の中に親鸞の思想や人間性をすべて読み取ったと考えることがいかに片手落ちであるかがわかるでしょう。

 留保の第二点目。
 その鋭いアフォリズム的表現のいくつかですが、これらの中には、前後の文脈との関係で読むと、自分の尺度や好みに合わせた近現代人の解釈が必ずしも適切ではないことに気づきます。宗教的言語以外に知の言葉を持たなかった当時の社会背景の下ではごく当然のことを言っているにすぎないものがけっこう多いのです。具体例を挙げましょう。

①「とても地獄は一定すみかぞかし」【二節】。
 この前後には、自分は師である法然の言葉を正しいと固く信じているので、たとえ法然上人の専修念仏の教えを信じたために地獄に落ちたとしても騙されたとは思わないし、後悔もしないと書かれています。
 つまりこれは、ごく単純に念仏信仰の揺るぎなさを強調した言葉であって、自分の罪深さの自覚や末法の世のありさまを表現したものではありません。デスペレートなニュアンスは少しもないのです。

②「親鸞は、父母の孝養のためとて、一返にても念仏もうしたること、いまだそうらわず」【五節】。
 これは一見、個人主義的な信仰心を述べているようですがまったく違います。生きとし生けるものはみな生死を離れられず互いに父母兄弟となってきたのであって、往生して仏になってこそ、まだ仏になりきらない人を救うことができる。だからこの世にある間に父母を救おうと念仏を唱えても、それは自力のはからいにすぎず、他力浄土門の教えからすれば不可能なことなのだという理法を語っているのです。
 この言葉は、まだ世俗との妥協に至っていない新しい宗派というものがもつ一種の普遍的性格を物語っています。そもそもどんな宗教も、その勃興期には世俗道徳や惰性化した社会慣習に叛逆する要素を不可欠としています。仏教の場合には、眷属の絆をまずいったんは断ち切って、同じ教えのもとに結ばれた師弟関係を何よりも尊重します。
 釈迦も王族の身分を捨てることによって初めて自分の信念を貫き、その教えを広めることができました。法然に始まる念仏宗も、親鸞が生きた時代にはまだ新興宗教でした。ですから親鸞のこの言葉は、堕落した日本仏教界を見直して、もう一度釈迦の教えの本源に帰れという一つのメッセージの意味を持つのです。

③「親鸞は弟子一人ももたずそうろう」【六節】
 これは、人はそれぞれだから各人信ずるがままに行くがよいと言っているように聞こえますが、前後を読むと、弟子の取り合いをするような争い事を、専修念仏の教えに背くものとしてきつく戒めていることがわかります。つまり弥陀のはからいによってこそ念仏を唱えることができるので、自分の弟子として囲い込んで念仏行を指導するなどという態度こそは、自力を恃んだ傲慢だというわけですね。これも他力の教えに忠実な言葉と言えます。

④「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり」【後序】
 これも信仰は一人ひとりの心の中にあるものという個人主義的な態度の表明のように見えます。しかしそうではなく、自分を含めた誰もが煩悩具足の凡夫であって、阿弥陀様はそういう人にこそ目をかけてくれるのだという第十八願の真実を象徴的に語っているのです。つまり自分自身を前世からの業がかくも深い凡夫の一人であると見立てて、その自覚を告白したものだと解釈できます。

 以上を要するに、これらの言葉は何か新しい「思想」を開示したものではなく、むしろ他力浄土門の教えを、親鸞一流の端的な表現でそのまま踏襲したものなのです。その意味で法然のそれを一歩も出るものではありません。親鸞自身が甦ったら必ずそのとおりと言うでしょう。

 留保の第三点目。
『歎異抄』の中で「悪人正機説」として最も有名な「善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人をや」【三節】という逆説表現ですが、法然を論じた時に言及したように、これは親鸞の独創ではありません。くどいようですが、ここでもう一度、法然の『一期物語』から引きましょう。

≪われ浄土宗を立つる意趣は、凡夫の往生を示さんがためなり。……善人なお生る。いわんや悪人をや。……この宗は悪人を手本となし、善人まで摂するなり。≫

 悪人(=煩悩を抱えているために積善をまっとうしえない人、凡夫)がまず手本(弥陀の救済の第一の対象)であって、そのうえで善人も摂取してくれる――この鮮やかな思想的転回は、すでに法然が完全に成し遂げているのです。
 悪人正機説を親鸞の独創と誤解している人は、次の二つの歴史的経緯に無意識に影響されているのです。
 一つは「浄土真宗」中興の祖である蓮如によって、親鸞の開祖としての盛名が定着したこと。同時代から室町時代にかけて、親鸞の名はほとんどまったく知られていませんでした。
 二つ目は、大正五年に発表された倉田百三の『出家とその弟子』が大ヒットしたために、それ以降、短くて読みやすい『歎異抄』への関心が一気に高まったこと。
 ここには歴史の皮肉ともいうべき事態とともに、「宗教」ではなく「思想」好きの近代人の、片思い的な深読みの現象が見られます。
 こう言ったからといって、私は親鸞を貶めようという意図を持っているわけではまったくありません。ただ、文献とそれが生まれた歴史的背景とを誠実にたどる限り、法然をさしおいて親鸞だけを特別の宗教改革者(革命的思想家)とみなす理由は何もないということを強調したいだけです。

 人間的魅力としてはどうか、という問いが持ち上がるでしょう。親鸞はたしかに法然と違って公然と肉食妻帯に踏み切りました。ところがじつは後述のように、彼は妻帯に主体的に踏み切ったのではないのです。
 また越後流罪以降、東国で精力的に布教につとめたという、法然にはない行跡があります。つまり実践的宗教改革者としての側面ですね。東国は荒々しい「もののふ」たちが跋扈し、賎しい身分の者たちがその日その日を暮らす社会です。そうした地域でこそ、「非僧非俗」に自ら身をやつした親鸞の本領が発揮されたに違いない――この見立ては、おそらく正しいでしょう。
『歎異抄』にも、親鸞の言葉として、漁師や猟師や商人や農民など、みな同じで、「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」【十三節】というくだりが出てきます。これは殺生戒の空しさを突いた言葉ですが、いかにも庶民の中に入って生きたのでなければ出てこない具体性が感じられます。
 そこがほとんど貴族や高僧たちの取り巻く「世間」の中で一生を過ごした法然との違いといえばいえます。しかし法然の説法を聴きに集まった人々には多くの一般庶民が含まれていましたし、晩年の土佐流罪(じつは讃岐)の際には、じかに民衆に念仏宗を説いてもいます。(つづく)
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