小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

誤解された思想家たち・日本編シリーズその7

2017年04月27日 19時28分03秒 | 思想

      




北畠親房(1293~1354)


 北畠親房の『神皇正統記』は、その考え方にいくつも屁理屈や矛盾があって、突っ込みどころ満載の書ですね。主なものを挙げておきましょう。

①皇統の正統性の根拠を三種の神器(八咫鏡、八尺瓊勾玉、草薙剣)の継承に置いているにもかかわらず、三種の神器を具した安徳天皇が海の藻屑と消えて以後、後白河院の「伝国詔宣」のみによる後鳥羽天皇践祚を認めています。
 これについては原文を引用しておきましょう(第八十二代・後鳥羽院の項)。

≪先帝(安徳天皇――引用者注)三種の神器をあひぐさせ給ひし故に践祚の初の違例に侍りしかど、法皇国の本主にて正統の位を伝えまします。皇大神宮・熱田の神明かにまぼり給ことなれば、天位つつがましまさず。≫

 格好さえつければ何でもいいと言っているみたいですね。

②一方、後醍醐天皇が三種の神器を押さえていたために、北朝方の光厳天皇践祚も後伏見天皇の「伝国詔宣」によって行われましたが、親房はこれをまったく認めていません。しかも光厳天皇は、建武の新政までの二年間、正式に在位していたのです。

③武家政権を否定して、天皇親政の昔に還れと呼びかけているにもかかわらず、頼朝の幕政をほめたたえ、かつ北条泰時の秩序維持の政治をひたすら高く評価しています。

④親房の思想によれば、善政を行った家系は天照大神のみそなわしにより必ず長く続くが、悪政を行なった家系は必ず絶えることになるはずです。ところが、善政を敷いたはずの頼朝の家系は頼家・実朝の暗殺によってわずか三代で滅んでいます。しかし親房はこの事態をどう見るかについてきちんと触れておらず、実朝暗殺は鎌倉幕府に背いた者のわざではないとして、素通りしています。

⑤承久の乱における義時の平定を肯定すると同時に後鳥羽上皇を批判しながら、一方で、足利尊氏を暗に「朝敵」と呼んで非難し、同時に後鳥羽上皇と同じようなことをやった後醍醐天皇を擁護しています。

 以上の③④⑤についてはほぼ一続きの文章で確認できるので、これも原文を引用しておきます(「廃帝・仲恭天皇の項)。なおカッコ内は、引用者の補注。

≪頼朝一臂をふるひて其乱をたひらげたり。王室はふるきにかへるまでなかりしかど、九重の塵もおさまり、万民の肩もやすまりぬ。上下堵をやすくし、東より西より其徳に伏せしかば、実朝なくなりてもそむく者ありとは聞えず。(中略)頼朝高官にのぼり、守護の職を給、これみな法皇の勅裁也。わたくしにぬすめりとはさだめがたし。後室その跡をはからひ、義時久しく彼が権をとりて、人望にそむかざりしかば、下にはいまだきず有といふべからず。一往のいはればかりにて(後鳥羽上皇が承久の乱を起こして敗れた後)追討せられんは、上の御とがとや申べき。(尊氏のように)謀反おこしたる朝敵の利を得たるには比量せられがたし。かかれば(後鳥羽上皇が乱を起こしたのは)時のいたらず、天のゆるさぬことは疑ひなし。但(尊氏のように)下の上を剋するはきはめたる非道なり。≫

 これらは、よく読めば子どもでも分かる撞着や偏向であって、すでに早くから指摘されています。しかしこの書の成立事情や親房の動機を考える時、共感できるとは言わないまでも、なるほどそういうわけか、と納得することはできるのです。
 まず、よく知られているように、北畠親房は、鎌倉幕府が滅んだ後、短い建武の新政が終わり、やがて南北朝時代に移って行くときに、後醍醐天皇とその子孫を皇統の正系として擁した南朝方の有力リーダーです。ですから、南朝に有利な記述に偏するのは当然と言えば当然でしょう。
 また、親房は、庶流とはいえ、村上天皇の血筋を引くプライドの高い貴族の末裔です。しかもその才能によって早くから後醍醐天皇のおぼえめでたく、若くして正二位、大納言にまで昇りつめています。
 彼は、心情的には明らかに武家を下品で賎しい身分として軽蔑していました。そうして当世をその賎しい身分によって乱された末法の時代と考えていました。それなのに、頼朝治世の称賛や、泰時に対する異常なほどの高い評価は、いったいどこから来ているのか。
 それは、ひとことで言えば身びいき感情です。というのは、まず親房は、村上源氏(より詳しくは久我源氏)の流れを汲んでいます。頼朝は清和源氏の流れなので、だいぶ系統が異なりますが、それにしても天皇家の皇子が賜った臣籍として同じ源姓を戴いていることのうちには、おのずからな共感ともいうべきものがはたらいていたとみるのが自然です。
 次に持明院統(第八十九代・後深草天皇)と大覚寺統(第九十代・亀山天皇)との間に皇位継承争いが発生する前、皇統は廻り持ちでそれなりに安定していました。その中に、第八十三代・土御門天皇とその嫡子である第八十八代・後嵯峨天皇がいます。この二人の天皇の母はそれぞれ村上源氏(より詳しくは久我源氏)の通親、通宗の娘であり、共に親房の先祖に当たります。つまり彼は、単に遠く村上天皇の末裔であったばかりでなく、この二人の天皇とたいへんゆかりの深い外戚だったのです。
 ところで、後嵯峨天皇の践祚に大きな力を及ぼしたのが、なんと泰時でした。親房は、自分の家系である村上源氏が天皇家と深く結びつくことに貢献してくれた泰時に、感謝の情を強く抱いていたわけです。
『神皇正統記』の土御門院、後嵯峨院の項を読むと、土御門院が承久の乱に関して父の後鳥羽院や弟の順徳院を時期尚早と諌める英明ぶりや、その温和で思いやりの深さが強調されており、また、泰時をべたほめしている調子が露骨に出ているのがわかります。

 さて『神皇正統記』の史実としてのいかがわしさや記述の矛盾について長々と述べてきましたが、私は、親房の記述のこうした傾向を、偏った見方をしているからよくないとか、自分勝手な歪曲があるから客観的視点から見て価値が低い、などと言いたいのではありません。歴史とはもとより、それを記述する者が創り出す物語の集積と絶えざる改編(改竄)の過程にほかなりません。
 このブログの他の記事でも書きましたが、フランス語では、「歴史」も「物語」も同じhistoire、英語のhistoryにもドイツ語のGeschichteにも両様の意味合いが含まれています。
 また私たち日本人にとっては、きわめて不快なことではありますが、東京裁判史観なるものがアメリカが創り出したインチキに他ならないことは、今日心ある日本人の間では常識となっています。中国の「南京大虐殺」説がでっち上げであることは明らかなのに、ユネスコ記憶遺産に登録されてしまいました。さらに韓国の「従軍慰安婦強制連行」説が欧米でまかり通ってしまっていて、改められる気配もありません。こうした光景を見ていると、そもそも歴史とは捏造の歴史であると言いたくなってきます。
 その場合、歴史改編(改竄)の成否のカギを握っているのは何かといえば、それはさまざまな意味での「力」にほかなりません。より具体的に言えば、軍事力、政治力、外交力、経済力、情報発信力、知力、創造力、演出力、勝者特権や被害者特権を利用した説得力、などです。戦後日本が、これらのうち、経済力以外のすべてにおいて負け続けてきたことは言うまでもありません。
 こういうと、それはあきらめのニヒリズムだと評されそうです。しかしそうではなく、私は、歴史とは本来そうしたものなのだと開き直ることこそが大事なのではないかと言いたいのです。
 この覚悟を固めることがまず歴史戦において「負けないこと」「勝つこと」の第一歩なのです。粘り強く誠実さを貫いてゆけば、いつかは相手もわかってくれる、などという日本人好みの倫理観は、国際社会では通用しません。私たちも彼らを見習って大いにでっち上げをやれとまでは言いませんが、少なくともマキャヴェッリが言うように、「誠実らしく見せること」「見くびられないようにすること」が何よりも大切です。歴史とはそれを紡ぐ共同体自身を利するための不断の闘いにほかならないのですから。

 北畠親房に話を戻しましょう。
彼はなぜ『神皇正統記』を著したか。出家僧でもあった彼は、この書の中で、三種の神器(鏡、玉、剣)のそれぞれに、仏教倫理としての「至誠」、「慈悲」、「智慧=決断力」を対応させて、この三つが具わっていれば、必ず自分の主張する皇統の原理は「正理」として認められると強調しています。本地垂迹をテクニックとして用いているのですね。
 しかし実際の中身は、いま見てきたように、矛盾だらけです。これらを親房自身がまったく自覚していなかったとは考えられませんが、闘いの情熱のあまりの大きさがそれらを小さなこととしてやり過ごさせてしまったのでしょう。
 この山っ気たっぷりの闘争精神がどこから出てきたのか、後醍醐天皇という変人めいた天皇の生き様と照らし合わせてみる時、親房は、天皇の一種の宗教的カリスマのような人格にかなりいかれていたのではないかという推測が成り立ちます。
 ちなみに建武の新政で後醍醐天皇が採用した人事が、自分が気に入った者ならやたらと重用してしまうきわめて衝動的で不公平なものであったことはよく知られています。この点に関しては、さすがの忠臣・親房も『神皇正統記』のなかで、徳も品格も地位も備わっていない人間をむやみに重用すべきではないと、暗に後醍醐天皇を批判しています。
 後醍醐天皇という人は、倒幕計画が事前に発覚した正中の変(一三二四年)では、自分は無関係としらを切り、また、同じく討幕を企んだ元弘の乱(一三三一年)では、捕縛された時、面通しを依頼された西園寺公宗に「魔がさしたので、どうかお許しください」と泣きつき、穏やかで教養豊かな花園院の眉を顰めさせたそうです。
 どうもあまりほめられた君主ではありませんが、親房にとっては若くして抜擢された御恩もあり、最後まで忠誠を尽くすつもりだったのでしょう。

 ところで、『神皇正統記』が書かれたのは、京都や吉野ではなく、常陸国・筑波山麓の小田治久の館においてでした。親房は、建武の新政の破綻後、劣勢明らかな南朝方の起死回生を期すべく、東国の武士たちにテコ入れするために難儀をしながらようやく小田城にたどり着いたのです。
 彼はここに三年近く滞在しますが、その初めの一年にこの書が大急ぎで書かれたようです(一三三九年秋ごろ完成)。じつはこの一年の間に、京都では北朝方についた尊氏が征夷大将軍に任ぜられて幕府を開き(一三三八年八月)、いっぽう吉野では後醍醐天皇が没します(一三三九年八月)。
 この因縁めいた事実を私は重く見たいと思うものです。というのは、草深い東国の閑居で、この二つの重大なニュースを知った親房の胸の内を想像すると、その孤独な執念の由来が見えてくるような気がするからです。
 陸奥白川の結城親朝に七十通を越す勧誘の手紙を書く傍らで、彼はおそらく、はるかに都を臨みながら、また吉野での主君の崩御に涙しながら、宿敵・尊氏の京都制圧に対して、怨念に打ち震え、歯噛みしながらこの書を一気に書き下したものと思われます。参考書として使用したのは、簡略な王代記ただ一冊でした。

『神皇正統記』には、古くから、誰に宛てて書いたものかという論争がありました。それは、最古の写本「白山本」の奥付のなかに「為示或童蒙所馳老筆也」(この書は、ある童蒙に示すために老いたる筆を走らせたものである)とあって、この「童蒙」がだれを指すのかをめぐって諸説が唱えられてきたからです。
 かつては後醍醐天皇の子、義良親王(後の後村上天皇)を指していると考えられていましたが、「童蒙」という言葉は蔑視のイメージが強いため、それは否定され、いまだに説が定まっていません。
 しかし親房自身の生きた乱世のありさまと、それに対する激しい義憤の念、尊氏のような「逆賊」に支配されている現状への怒りと、それをどうすることもできない焦慮、などのことを考えると、さしてその対象を絞る必要もないのではないか。
 つまり「童蒙」とは「正道を知らぬわからずや」といった程度の一般的な意味に解釈しておけばいいのではないでしょうか。親房は、「バカども、よく目を見開いてみよ、この私が正統を示してやる!」と怒れる仁王のように傲然と自ら信ずるところを獅子吼している――そういう姿を思い浮かべたほうが、この反時代的な書物の執筆動機をよく示していると思われるのです。

 親房はやがて吉野に帰り、後村上天皇の践祚を見届けます。そうして一度は入京を果たし、尊氏を後村上天皇に降伏させ、しかも北朝方の光厳・光明・崇光の三院を南朝・賀名生に幽閉するという挙にまで出ています。さらに足利尊氏・直義兄弟の対立につけ込んで交渉を重ねるといった政略家ぶりも見せています。
 これらは結局失敗に終わるのですが、ここに見られるのは、なんとしても権力を奪取しようという、貴族にはふさわしからぬ飽くなき執念です。こうした背景の中に『神皇正統記』を置いてみる時、この書が単なる皇統の通史を綴ったものではなく、時代と強く切り結ばれた「実践の書」であるさまがくっきりと浮かび上がってきます。
 突飛な連想ですが、それは西欧における旧教と新教の争いにも比すべき一種の宗教戦争だったと言ってもよいでしょう。だからそこには、どうにもならない著者(=信徒)の熱い思いが込められています。したがって、論理的な矛盾を突いても、じつはあまり意味がありません。むしろそれらの矛盾のうちに、激しい情念と執着とを読み取るべきなのです。もっとも、そこに盛られた「天皇親政に還る」という理念は、もはやどうみても時代に逆行する性格を免れなかったのですが。
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日本学術会議というアホ集団

2017年04月25日 00時59分10秒 | 思想

      




北朝鮮の核実験やミサイル発射が度重なっています。
アメリカはこれを阻止すべく、「あらゆる選択肢をテーブルに乗せている」として、空母カール・ビンソンを朝鮮半島沖に近づけつつあります。日本の自衛隊もアメリカのこの動きに対して協力体制を固めています。
また日本本土への北朝鮮のミサイル攻撃に対して、政府をはじめとした国民の間に、防衛意識が一気に高まっています。

一方、中国の大連では、国産初の空母「山東」の進水を間近に控えています。「山東」は台湾や日本近海、第二列島線周辺の海域を航行することが確実視されています。
さらに上海でも二番目の空母が建造中であり、これはおそらく南シナ海やその外側を主要な航行海域とするのでしょう。

さて、朝鮮戦争以来、かつてない東アジアの軍事的緊張が高まっている状態をよそに、さる4月14日、日本学術会議が京都内で総会を開き、科学者は軍事的な研究を行わないとする声明を発表しました。
この総会では、ミサイル防衛を否定するかのような発言まで飛び出し、自由討論では研究者9人のうち8人までが声明に対して支持を表明したそうです(産経新聞4月15日付)。
この総会に先立って、2月4日、日本学術会議はシンポジウムを開きました。
これは2016年度からスタートした防衛省の公募制度「安全保障技術研究推進制度」に対してどう対応すべきかを討論したものです。

学術会議は2016年5月、「安全保障と学術に関する検討委員会」なるものを設置し、「軍事的安全保障研究について」という報告書を、総会前日の4月13日に提出しています。
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-h170413.pdf#search=%27%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E7%9A%84%E5%AE%89%E5%85%A8%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%27
この報告書では、次のようなことが謳われています。

①防衛省の制度によって学術の本質が損なわれかねない。
②科学者コミュニティが追求すべきは学術の健全な発展である。
③科学者コミュニティによって研究成果の公開性が担保される必要がある。
④防衛省の制度は研究委託の一種である。
⑤軍事的安全保障研究の可能性がある研究には技術的・倫理的に審査する制度を設ける必要がある。


まあ、なんて浮世離れした殿上人の集まりのお話なんでしょう、と失笑を禁じえなかった読者もたくさんいるのではないでしょうか。
「学術の本質」「学術の健全な発展」「研究成果の公開性」――抽象的な用語の羅列ばかりですね。ご本人たちに「学術の本質」って何? と聞いてみたくなります。
特に最後の「公開性」は、国家機密や企業秘密に触れるものでもなんでもグローバルに共有しようという理念であって、リスク管理の意識がまったくないことを証明しています。きわめて危険であり、また技術流出が経済的な意味での国益を毀損する可能性に対してもてんで無頓着です。
こんな組織が大手をふるって存在するんですね。

しかし日本学術会議というのは、内閣府に所属するれっきとした国家機関です。政府への政策提言を行うことを任務の一つとしており、2017年度予算では国庫から10億5千万円が拠出されています。
日本の安全保障がこれだけ脅かされている時に、こういうサロンでの空想的平和主義のお話を、国費を費やして許しておいてよいのでしょうか。

この報告書では、ある研究が軍事目的であるか民生目的であるかの線引きが困難であることを認めています。
素晴らしくよく切れる包丁はよい料理を作るのに役立ちますが、凶器にもなりうることは子どもでも分かります。核物質の研究成果も平和利用が可能だし、インターネットやGPSが軍事利用目的から生まれたことは有名です。ネジ一つだって、どちらにも使えますね。
学術会議は、それを知っていながら、軍事的な研究であるかそうでないかをどうやって審査するのか、その基準については何も述べていません。基準などできるわけがないのに、言葉で逃げているだけです。
目的の如何は、技術研究そのものに存するのではなく、それを運用する人間、もっと言えば個々の局面での政治的な判断のうちにあります。

防衛省の制度が研究委託だというのもウソです。きちんと公募という手続きを取って、安全保障に役立つと思われるものを採用しているのです。2年間で153件の応募があり、採択されたのは19件です。必ずしも軍事用というわけではありません。
たとえば現在のガスマスクは有毒物質をフィルターにため込んでしまうため、これを分解・除去する技術の開発を目指した研究があります。これなどは、当然、農薬の被害や自然災害を避けるのに役立つわけですね。
先に述べたように、軍事用から民生用へ〈スピンオフ〉、民生用から軍事用へ(スピンオン)の転用というのは、技術というもののもつ本質的な特性ですから、学術オタクたちが個々の技術研究だけを取り出してそれらを軍事用、民生用と腑分けすることは不可能だし無意味でもあります。彼らに要求したいのは、いま日本がどういう緊迫した状況に置かれているかということについて正しい感度と認識を持ち、それにもとづいて、「何をしないか」ではなく、「何ができるか」を考えてもらうことです。期待しても無理かもしれませんが。

結局のところ学術会議は、防衛省の制度に全面的に反対するほかなくなるわけですが、ではそれを「政策提言」として政府に具申するのか。その働きかけが有効だとでも信じているのでしょうか。
もちろんそんな気はさらさらなく、安全圏にいて自分たちの幼稚な空想が満足させられればいい、ということなのでしょう。これでは話になりません。

また学術会議の考え方に従えば、武器や兵器についても一切研究してはならないということになりますが、これもバカげた考えの極みです。こういう「お花畑」志向はじつはたいへん有害なのです。
第一に、国民を守らなくてはならない時に、それに何ら貢献しなくとも、「学術」の権威の下に国費を費やすことが許されてしまいます。
第二に、それによって現実を見ようとしない幼稚な平和主義が民間の間に存続し、助長されます。いざ自分たちの身を守らなくてはならない時にその用意ができていない事態を招きます。
第三に、敵国が着々と軍事研究を進めている、その技術水準がまったくわからなくなります。まさかその部分だけは、敵国に「研究成果の公開性を担保」してもらうことを期待するのではありますまい。どこかの国の憲法の前文のように。
第四に、軍事研究から手を引くことは、技術全般における退歩をもたらし、民生用の技術においても世界に遅れを取ってしまいます。欧米やアジア諸国には、こんな軍事アレルギーは全然ありません。

こうして学術会議の今回の声明は、国民としての、また専門家としての義務を放棄した、きわめて無責任な振る舞いなのです。
どうせ危機対応など何もできない殿上人の集まりで、現実的な安全保障のことなど考えていないのだから、こんなのは無視してしまえばよい、とも思います。
しかし日本学術会議は「アカデミズムの国会」と見なされており、大学に対して強い影響力を持っています。現に今回の「検討委員会」の流れをよいことに、全国のいくつもの大学(関西大学、関西学院大学など)が、学者たちに防衛省の制度に応募することを禁止しています。
http://www.sankei.com/west/news/170226/wst1702260012-n1.html
これは、憲法で保障された「学問の自由」「思想表現の自由」が侵されていることになります。憲法を守りたい人たちが、その憲法を率先して破っているのです。
それでも象牙の塔にこもりたい方はどうぞ、というほかありません。ただ、こんな百害あって一利なしの組織に政府が予算をつけることだけはやめてほしいものです。
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カジノ法案――米中のはざまで亡びの道を歩む日本

2017年04月04日 15時19分14秒 | 政治

      





政府は4日午前、カジノを含む統合型リゾート(IR)導入に向けた推進本部の初会合を首相官邸で開きました。
以下、日経新聞電子版4月4日付より、一部を引用します。

推進本部の本部長を務める安倍晋三首相は「世界最高水準のカジノ規制を導入する」と表明。政府はカジノの運営方法や入場規制について本格的な検討を進め、秋の臨時国会にIR実施法案の提出を目指す。ギャンブル依存症対策なども議論し、詳細なルール作りを急ぐ。
首相はIRについて「大規模な民間投資がおこなわれ、大きな経済効果・雇用創出効果をもたらすことが重要だ」と強調。カジノに関しては「国民の幅広い理解を得られるようクリーンなカジノを実現する」と述べ、法案提出へ向けた作業の加速を全閣僚に指示した。
(中略)
 政府はIRを経済成長の起爆剤としたい考え。カジノ解禁を巡ってはマネーロンダリングなどの犯罪防止策や暴力団対策が重要課題となる。(以下略)


経済成長の起爆剤としてIR法とは! 
何と愚かしい正当化とごまかしでしょう。
政府はデフレ脱却のためにやるべき財政政策をなんら打たず、「経済成長」を観光収入やカジノに依存しようとしています。
ちなみに、やるべき財政政策とは、言うまでもなく、まずは交通インフラ整備のための大規模な財政出動です。これによって大きな需要を作り出し、デフレのために疲弊しきっている地方に活力を甦らせること。

カジノについてですが、この法案に対しては、すでに米在日商工会議所が露骨な要求を押しつけてきています。「進出企業の税率を10%以下の低率にせよ、日本人の誰もが利用できるように高額の入場料検討はやめて無料とせよ。東京や大阪にはリゾート施設に複数併設せよ」等々。
http://www.jcp.or.jp/…/aik14/2014-12-21/2014122113_01_1.html
カジノでの収入は当然、米国を中心とした進出企業の手に落ちるので、この要求を呑めば、低い税収以外には、何ら日本の経済成長には寄与しません。また大都市圏に複数のカジノを併設すれば、いろいろな意味で都市と地方の格差はますます開きます。しかしアメリカの属国化している今の日本の状況からして、この米在日商工会議所の要求を、政府は結局は呑むことになるのでしょう。
安倍首相は「最高水準の規制を導入する」などと言っていますが、全然信用が置けない。なぜなら、TPPでは農産品の関税率は死守すると言っておきながら、結果は軒並み大きく下げられてしまった<からです。

これがアメリカ発グローバリズムの恐ろしさなのです。
もちろんアメリカは、TPPから離脱した今でも、個別の通商交渉でさらに厳しい条件を日本に突きつけてくるでしょう。トランプ大統領は、国益を最優先する生え抜きの「ビジネスマン」ですから。
いま日本は、従来のよき慣習を次々に捨て、悪い意味でアメリカ化しつつあります。外国人メイドさんOK、非正規社員増大OK,全農、農林中金潰しOK。国家戦略特区での英語使用、すべてはアメリカの思うツボです。
安全保障のためにアメリカに縋りつきたい安倍政権の気持ちはわからなくはありません。
衰えたとはいえ、アメリカはやはり超大国です。対ロシア外交で中露分断を狙っても、両国の相互依存関係は、容易には断ち切れません。
また、東南アジア諸国は中国と経済的な結びつきが強い上に、その軍事的脅威を恐れているので、対立をできるだけ避けようとします。現にフィリピンのドゥテルテ大統領が、中国に対して事実上の敗北宣言をしたことは記憶に新しいところです。ですからアジアの親日国はあまり当てにならないのです。頼みの綱はアメリカだけということになります。
しかし個別政策課題でアメリカに追従することが、必ずしもわが国の安全保障に貢献するとは限りません。アメリカの通商戦略関係者が日本のそういう意向を読み取って、ちゃっかりつけ込んでいるにすぎないのかもしれないのですから。いや、おそらくこの推測は当たっているしょう。
なるほどアメリカは、日本の完全な自立(たとえば核武装)をけっして許しません。日米同盟とは親分子分の関係ですから、日本の国家としての自立行動は、子分の分際を守る限りで、つまり監視付きで許されているのです。しかし、軍事問題ではなく、個別の経済問題に関してだったら、交渉次第で断固たる抵抗を示すことは可能なはずです。要は、時の政権がどれだけ国民の利益に重きを置いて、毅然として交渉に当たるかなのです。
安倍政権は、この区別をせずに、経済交渉と安全保障とを一括して捉え、とにかくアメリカの意向に逆らうなという姿勢ですから、少しも「戦後レジーム」からの脱却が果たせないのです。

じっさい、トランプ政権の対日姿勢は未知数です。いつ日本という「財布」を、中国と分け合おうという協定を結ばないとも限りません。この場合、「財布」とは、金融や実体経済の面だけを指すのではなく、領土・領海の意味も含みます。
先の安倍・トランプ会談では、安倍首相がワシントン行きの飛行機に乗っている最中に、トランプ・習近平電話会談が行われています。何を取引したやら。
政府は、安倍・トランプ会談で、トランプ氏が100%日本の側に立って尖閣を守ることを保証したような発表をしていました。マスコミは右から左まで、これを聞いて、会談は大成功だったと浮かれていましたが、事実は異なります。
トランプ氏は、「The United States of America stands behind Japan , its great ally, 100%.」と言ったのです。「stands behind Japan」――つまり「日本の後方に立つ」、言い換えれば「後ろから支援する」と言ったにすぎません。(月刊Voice 四月号・中西輝政「米国は100%後方支援だけ」)
要するに、安保条約第五条を守るというこれまで何度も繰り返されてきた既定路線に、多少社交辞令としての粉飾を施して再確認を示しただけのことです。
自ら喜び、日本国民をぬか喜びさせるマスコミは、バカというかなんというか、じつに罪が深い。

先に当ブログに投稿したように、中国は尖閣・沖縄を狙っているのみならず、わが日本列島の後頭部(あまり政治的経済的関心の対象にならない部分)に相当する北海道で、土地買収により着々と「実効支配」を実現しています。
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/aaf36ed3b0d0adf5a081f1cc4a8861be
また、安倍政権は、EUの悲惨な状況にもかかわらず、「技能実習生」「留学性」の名目で、率先して移民政策を進めています。この該当者のうち半数以上が中国人です。
グローバリズムをヒト、モノ、カネの自由な移動を積極的に進める考え方と定義するなら、いま日本は、ヒトとモノ(土地)の面において主として中国に、カネの面において主としてアメリカに浸食されつつあるわけです。日本はすでにグローバリズムから国民を守る戦争に巻き込まれているのです。ドンパチだけが戦争ではありません。日本は経済戦、情報戦、歴史戦、領土・領海戦において、じわじわと敗北し続けている。この事実を国民がしっかり自覚しなければなりません。

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大岡 信 編訳『小倉百人一首』はすごい

2017年04月01日 00時58分55秒 | 文学

      





季節外れの話題で申し訳ありません。
詩人の大岡信さんが40年近くも前に編んだ『小倉百人一首』(1980年・世界文化社)が書棚にあったので、たまたま読んだのですが、これ、すごくいいですよ。さすがは一流の詩的センスと深い教養の持ち主と感心することしきりでした。
百人一首って、日本人ならかなり耳になじんでいますよね。でもその一つ一つの意味や歌心、背景などをしっかり考えてみた人はあまりいないんじゃないでしょうか。
実際、百人一首の歌は、すぐ意味の通ずる歌もあれば、こちらに教養がないせいか、ちょっと見には何を歌っているのかわからない歌などが混在しています。しかも、指示的な意味が通ずるからと言って、その奥に歌い手の複雑な心の屈折があるということにまではなかなか思い及びません。

ところが今度大岡さんの本を通読して、ああ、そういう歌心が隠されていたのか、とか、えっ、そうだったのかといった発見がいくつもあったのです。
この本を読むと、歌の意味を原典の「注釈」や「大意」に求めて辿るのとはずいぶん違った印象を受けます。詠んだ人の思い、趣向、機知、切実さ、場面、状況などにぐっと近づける感じがしてくるのですね。
これには編集上のちょっとした秘密があります。
1ページに一首を取り上げ、その下に大岡さん自らの手になる現代詩の形での訳。その左に短い解説と批評が載っています。そうして、ところどころに見開きで、小野小町、在原業平、紀貫之、和泉式部ら、有名歌人たちの評伝が綴られているのです。
大岡さん自身の述懐によれば、幼いころから親しんではいたものの、箱入り百人一首などに付属している釈文がみな「……であることよ」式の無味乾燥な散文であることにずっと不満を抱いていたそうです。なるほどそういう執着がこのユニークな試みに彼を誘ったのかと、深く納得するものがありました。

たくさん紹介したいのですが、紙数の都合もありますから、数首に限りましょう。

 わたの原八十島かけてこぎ出ぬと
       人には告げよ海人のつり舟

                     参議篁

(訳)大海原に横たわるあまたの島を経めぐって
   はてに配流の身を横たえるため
   この篁(たかむら)は舟に乗り揺られて去ったと
   告げてくれ海人のつり舟よ
   都に残るあの人にだけは

遣唐使拒否をめぐる争いに敗れて隠岐に配流される時の歌だそうです。
何となく読んでしまうと、旅の別れをさらりと歌っているように聞こえます。少なくとも私自身はそう思っていました。
が、じつは、「八十島」と「人」の二語に歌心の鍵があります。瀬戸内海のいくつもの島を経て、関門海峡を通り、山陰地方西部の沿岸を経てはるばる隠岐までたどり着かなくてはならない。地の果てに追いやられる思いだったことでしょう。いやがうえにも募る心細さを、せめて妻(おそらく)にだけはわかってほしい、この思いを伝えてくれと、途中まで篁を乗せてすぐ帰ってしまうつり舟に向かって、切々と呼びかけているわけです。
ちなみにこの時代、「人」とは、多くの場合特定の親しい人や愛する人、つまり「背」や「妹」と同じ意味を表していました。

 忘らるる身をば思はずちかひてし
       人の命のをしくもあるかな
                      右近


(訳)私はいいのです 忘れられてしまおうと
   わが身のことは いいのです
   でもあなた あれほどに変らぬ愛を
   お誓いになったあなたのおいのち それが
   ひとごとならず心にかかってなりません

この訳はちょっと演歌調で素直に受け取れるようですが、むしろ怨歌というべきかもしれません。きれいごとを並べて皮肉っているとも取れると大岡さんは解説しています。
しかもさらにその先があります。「ちかひてし」までの三句切れとすると、その場合は、「あんなに誓っておきながら破るなんてきっと天罰が下るでしょう、あなたが命を落としてしまわれるのが惜しまれますこと」という意味になるそうな。げに女心の複雑さ恐ろしさよ。

 有馬山猪名(いな)のささ原風吹けば
       いでそよ人を忘れやはする
                    大弐三位


(訳)私があなたに「否」などと申したでしょうか
   有馬山 猪名のささ原 風ふきわたれば
   ささ原はそよぎ それよそれよと頷きます
   そうでしょう この私が
   なんであなたを忘れたりするものでしょうか

作者は紫式部の娘だそうです。男が自分の無沙汰を棚に上げて、私をお忘れかと詠ったのに対して、やはり少しばかり皮肉を込めて、しかし先の歌よりはやんわりと繊細な調子で返した歌です。
「猪名」と「否」、風で笹が「そよ」とささやく音と「そうよ、そうよ、忘れるはずがないわよね」という作者への相槌とをかけたとても技巧的な歌です。けれども、そうした技巧の用い方そのものに、この女性の何とも優しい人柄が現われているように感じられます。これも、そんな複雑なからくりがあるのかと驚きました。返しを受け取った男はたまらなくなって会いに行った、と思いたい。

 夜もすがらもの思ふころは明けやらで
        閨(ねや)のひまさへつれなかりけり
                    俊恵法師


(訳)夜ごとわたしはまんじりともせず
   つれない人を待ちつづける
   物思いに更ける夜の なんという長さ
   早く白んでくれればいいのに
   ああ戸の隙間よ そなただけでも白んで…

この歌の「閨のひま」という言葉ですが、戸の隙間とは気づきませんでした。「がらんとした寝間の空間が寂しさをいっそうかき立てる」と、何となく解釈して済ませていたのです。
ところが、室内より早く明るくなるはずの「戸の隙間」さえ白んでくれようとしない、なんて恨めしい事態だと、その「わび」の心を強調しているのですね。細かい対象をわざわざ取り上げて歌いこむことによって、誰もが詠う「わびしさ」一般から抜きんでたユニークな味を出しているわけです。
作者は男性ですが、人を待っているのですから、女性の立場に立って詠んだ歌です。でも、主情を表出するのではなく、客観的なものにあえて目を馳せた男性的な技巧と言えるかもしれません。

 見せばやな雄島の海人の袖だにも
       濡れにぞ濡れし色はかはらず

                  殷富門院大輔


(訳)見せてあげたいこの袖を あの方に
   雄島の磯で濡れそぼっている漁夫の袖さえ
   どれほど濡れても色まで変りはしないのに
   わたしの袖は濡れに濡れて
   紅に変ってしまった 血の涙いろに

「色は変はらず」の部分、濡れつくして袖の色が褪せたのだと思っていたのですが、じつは逆で、血の涙で赤く染まってしまったのでした。ずいぶん激しい歌いっぷりです。
でも「血の涙」というのは当時の常套句だったそうなので、特にこの歌の独創というわけではありません。
大岡さんはむしろ誇張が目立つと評しています。つまり歌会などで、一つみんなをあっと言わせてやろうというけれんみが強い歌だということなのでしょうね。

 いかがですか。平安時代に作られた歌の多くは歌会の題詠でフィクションなのですが、いずれにしても歌は歌。そこに作者の真情が込められていないはずはありません。もやもやした思いに工夫と装いを凝らしてエイッと突き出す。ちょうど、シェフが腕によりをかけてこしらえた料理のようなものです。つくられて初めてその鮮やかさが目を射る。

古代人が歌文学にこめた深い魂のありかとその精力のすごさを手軽に味わうために、みなさんもぜひ大岡版百人一首を手に取ってみてください。
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森友学園問題は財務省の陰謀?

2017年03月18日 13時25分35秒 | 政治

      




 北朝鮮の核ミサイル問題、韓国の親北政権誕生問題、中国の領土侵略問題、アメリカ通商省の対日FTA交渉問題と、国政全般に関わる喫緊の課題が山積しているにもかかわらず、日本国会村は、森友学園問題という矮小な村内スキャンダルで時間と税金を空費し続けています。
 これについて書くつもりはありませんでしたが、あまりのくだらなさを見ているうちに、ふとあることに思い至り、一度は触れておいたほうがよいと考えるに至りました。

 推測のかぎりを出ませんし、裏を取る力もありませんが、この問題は、次のように考えると、妙に符合します。
 籠池泰典理事長は、なぜ昭恵夫人をたらしこみ、さらにフリージャーナリストの菅野完氏に、安倍首相から数百万円(?)単位の寄付を受けたというようなことを言ったのか。
 国交省大阪航空局が地下埋設物撤去という籠池氏の言い分を聞いて、1億3000万円という破格の値段で国有地払い下げ契約を結んだのは2016年3月。しかしこの値段での売却を認可したのは近畿財務局でしょう。財務省がこの一件に大きく絡んでいることは確実です。
 さて財務省は、消費増税を安倍首相に2度延期されています。2度目は2016年6月。これ以前に財務省は安倍首相が再び延期する意志を固めていたことをキャッチしていたはず。これを何としても阻止するために、安倍落としを狙った。この時点で落とせなくても、安倍首相のイメージをダウンさせて首をすげ替えることに成功すれば、彼以外には増税を阻止できる首相候補は他にいないと考えた(これは実際そうでしょうね)。
 籠池氏ははっきり言って愚かな安倍信者であり、金さえつかませれば何とでもなると財務省は睨んだ。

 ここ数日の籠池氏の言動を見てみましょう。
・「財務省からしばらく身を隠すように言われた。10日間身を隠していた」と菅野氏を通してマスコミに発表(財務省はこれを否定)。
・塚本幼稚園での記者会見で息子を同席させ、もし開校が認可されなければたいへんな負債を抱えることになると言わせている(これも事実でしょうね)。
・その夜、籠池夫妻はうれしそうな顔をしながら帰宅したところをテレビカメラにキャッチされている。
・東京での記者会見をキャンセルしておきながら上京し、菅野氏と会い、その後菅野氏に、「現職閣僚から数百万円の金銭供与があった」旨を記者たちに語らせている。
・証人喚問を受けて立つと言い、「安倍首相から昭恵夫人を通じて2015年9月に百万円受け取った」と発表。

 この一連の言動の中には、思わず本音が出た部分と誰かから言わされている部分とが混在しているようです。
 さて誰かとはだれか。
 やはり財務省ではないか。
 籠池氏に、ある時点で相当のモノをつかませて口封じを試みたが、おっちょこちょいな籠池氏は、けっこうボロを出している・・・。
 つまりこの騒動の背景には、消費増税を何としてでも実現させたいという気〇いじみた財務省の執念と、これに精一杯の抵抗を試みている安倍首相との暗闘があるというのが、私の推理です。

 私は、周回遅れのグローバリズムの道を邁進する安倍政権の政策にはまったく賛成できませんが、財務省のウソまみれの緊縮財政路線圧力に抵抗している安倍首相の姿勢には賛同します。もしこの推測が当たっているなら、ここには財務官僚の救いようのない腐敗が現われています。
「将を射んと欲せばまず馬を射よ」。それにしても一連の報道が事実とすれば、昭恵夫人は少々軽率でしたね。

 好きではない陰謀論を試みました。好きではないのに、やらずにはいられない気持ちにさせる何かが私の中でうごめきます。
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「新」国家改造法案

2017年03月14日 14時11分36秒 | 政治

      





安倍政権になってから、というと、まるで安倍さんだけが悪いように聞こえたり、民主党政権時代のほうがましだった、といっているように聞こえますので、どこを節目にしたらよいのか困るのですが、ともかく、ここ数年、日本の政治はひたすら亡国の道を歩んでいるように思います。
どこを向いても状況はかなり絶望的です。
当ブログを読んできてくださった方々なら、きっとこの私の感想に同意してくださるでしょう。
この感想の論拠をいちいち述べていると長くなりますので、ここではとりあえず政策とそれがもたらした結果、または予想される結果だけを列挙するにとどめ、それについて少し違ったことを述べます。

◆経済政策
「国の借金1000兆円」のウソによる緊縮財政の正当化積極財政が抑制される。投資が減退する。デフレ不況の悪循環が続く。
消費増税実質賃金が低下し、個人消費が下落する。投資が減退し、貧困層が拡大する(エンゲル係数の急騰)。富裕層、公務員らへのルサンチマンが高まる。
外国人労働者(移民)拡大・外国人への規制緩和政策賃金低下競争が激化し、労働の質が低下する。中国人の経済侵略が進み、技術が流出する。文化摩擦が拡大し治安が悪化する。内部から安全保障が脅かされる。
公共投資の抑制交通インフラの整備の遅れにより東京一極集中が強まり、地方がますます疲弊する。各種インフラの劣化が放置される。大災害のリスクに対応できない。
電力固定価格買取制度(FIT)利益本位の未整備業者が続出する。電気料金の値上げ。再生可能エネルギー推進の困難がかえって露呈する。
農協改革株式会社や外資の自由参入を許す。土地利用の勝手な転換。遺伝子組み換え食品などにより食の安全が脅かされる。日本農家が壊滅的な打撃を受ける。
労働者派遣法改悪非正規社員比率が増大し、若者の生活難、結婚難が深まる
年金改革法高齢者の生活難深まる。現役世代の不安が増大する。
カジノ法案国会通過経済政策の失敗が糊塗される。外資が乱入する、低所得層の生活が乱れ、社会秩序が混乱する。
TPP批准アメリカの撤退によって無意味化し、対米二国間交渉がかえって難航する。アメリカの要求への屈従が強まる。
水道事業の民営化が閣議決定→水道料値上げ。リスク管理が不安定化する。

◆外交・安全保障政策
尖閣問題への無策中国の対日侵略意図が増長する。
慰安婦問題、南京事件問題への無策中韓の反日政策を助長する。有力国間で日本のイメージがダウンする。戦勝国包囲網による日本の孤立化の危険。
対プーチン外交四島返還の不可能が確定的となる。ロシアペースでの「経済協力」が推進される。
対トランプ外交相変わらずの対米依存姿勢が露出し、自主防衛能力のなさを印象づける。
南シナ海問題への無策日本の資源獲得の根幹が揺らぐ。日本に対する東南アジア諸国の信頼が失われる。
防衛予算不拡大中国との格差が拡大し、日本はますます軍事的脅威にさらされる。
不動産に対する外資規制の欠落中国による領土の現実的支配が進む(特に北海道)。

これらは、もうほとんど実際に結果として現れています。
しかもこれらは、はっきり言って、すべて国民を苦しめるだけの「悪政」であり、「バカ政」です。
数少ない心ある人たちは、もちろん日本が直面しているこの危機に気づいており、早くから政策の誤りや無策の落とし穴を指摘してきました。
政治がなぜこういう過ちを犯すのかについてもさまざまに説かれています。個別的には処方箋も出されています。
つまり警鐘はもう十分鳴らされてきたのです(もちろんこれからも鳴らし続ける必要がありますが)。
ところが、です。
事態はいっこうに変わる気配を見せません。
なぜなのでしょう。
いろいろと原因を挙げることができますが、あまり詳しい原因分析をしても仕方がありません。
要するに権力者が、物事を総合的に考える能力と、国民のために尽くす意志とを失っているのです。だから「悪政」や「バカ政」がはびこるのです。
それには理由があります。
主権者である国民を代表するはずの代議員による政治が行われておらず、真の権力者が別にいるからです。真の権力者とは、オタク化した官僚であり、御用学者であり、「民間議員」と称する内閣傘下の会議委員であり、アメリカの圧力であり、彼らの言うことをそのまま垂れ流しているマスコミです。

ではどうすればこの「悪政」あるいは「バカ政」を少しでも修正できるのか。
二つの条件が必要です。
一つは、自ら権力を獲ること
もう一つは、権力に強い影響を与えること
とにかく権力に食い込めなければ、少数派は永遠の少数派であり、片隅で不平を唱えているだけの集団と見なされてしまいます。
一つ目は、たいへん難しい。社会の仕組みが複雑になっていて利害関心が個人化し、多くの同意を勝ち取ることが困難だからです。でも何かうまい手を考える必要があるでしょう。
二つ目は、言論を続けることも有力な手ですが、それだけでは不足です。みんながそれぞれの「信仰」に染まっていて、聞く耳を持たないからです。学者・知識人たちも自分を批判する議論から逃げていますね。テレビ討論などはみなその場限りです。これについても新手を考える必要があります。

これから、二つの条件を満たすために三つのアイデアを提示します。これらはさしあたり「夢物語」です。でも実力と気力ある賛同者が増えれば実現に向かって二歩も三歩も踏み出すことができます。

一つ目。超教育論
年少の青年子女を育成するのではありません。官僚の既定路線を変えるために、新しく官僚になった人たちを二年間くらい、庶民の生きている現場に出向させてそこで働いてもらうのです。財務省の役人は中小企業や商品市場に、経産省の役人は町工場に、国交省の役人は地方の過疎地域に、文科省の役人は小中学校に、というように。
一部で試みられているようですが、はなはだ不十分です。制度として徹底させる必要があるでしょう。これは、庶民の生活実態を肌で知ってもらい、そこで常に一般国民の幸せについて考える想像力、構想力を養ってもらうためです。

二つ目。超シンクタンク論
日本の民間シンクタンクは個別企業の利害に奉仕するだけか、公共政策に関与している場合でも、単発・シングルイシューで終わっているケースがほとんどで、権力との恒常的な連携があまり保たれていません。横の連携も脆弱で、活発な意見交換、議論も行われているように見えません。
経世済民の志をもった優れた人々が結束して日本の政治経済の総合的なヴィジョンを打ち出せるような統合組織が必要です。これは時の政権のアド・ホックなあり方を超越していなくてはなりません。そのためにはオーソリティとして認められる必要がありますね。
また、単に議論をしたり調査をしたり報告書を出したりするだけではなく、広く大衆に存在意義を知ってもらうために、映画などの文化事業と有機的に連携する必要があります。

三つ目。超選挙制度改革論
選挙制度改革というと、一票の格差がどうの、区割りがどうの、すべて比例代表制にしろだの、中選挙区制に戻せだのと、表面的・形式的な議論にとどまっていて、真に優れた政治家が選ばれるようにするにはどうしたらよいかという問いが欠落しています。
私のアイデアは、有権者と立候補者それぞれにテストを課して、参政権保持者をある程度まで絞るというものです。有権者には、健康な常識人ならまあだいたいが合格できるような易しいテストを課します。ただし、高得点者には複数投票権を与えるような「差別的」な選挙もあえて視野に入れるべきでしょう。また立候補者のテストは政治的見識を問う難しいものにします。ただしイデオロギー色があってはなりません。
これは、悪平等主義の弊害や組織ぐるみの半強制的な動員やポピュリズム政治を避けるためです。形の上だけの公正さは、真の公正さではありません。

そんなことができるわけがない、と思った方も多いでしょう。猫に鈴をつけるのは誰だ、金と力は誰が提供するのだ、どうやってコンセンサスを勝ち取るのだ、と。
なるほどこの提案自体が言論の無力を示していると考えることもできますね。日本には寄付文化もありませんからね。
でも、絶えず具体的な政権批判を繰り広げる一方で、これくらいのことを理念として掲げるのでななければ、今の日本の絶望的な政治実態に対するあきらめとニヒリズムが残るだけです。
何しろ、これだけ東アジアの安全保障が脅かされていながら、防衛予算の増加には75%が反対するお国柄です。政策レベルで安倍政権を対等に批判できる健全野党は存在せず、国会はやるべきことをやらず、くだらない足の引っ張り合いで時間と税金を空費しています。日本国民の大方は、GHQや財務省がかけたマインドコントロールにいまだに呪縛されている始末です。
 危機をしっかり見つめている覚めた人たちの結束を促すべく、また少しでも意気に感じてくれる有力者が現われることを願いつつこれを書きました。まだ生煮えです。ご意見、反論をお寄せください。







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誤解された思想家・日本編シリーズその6の③

2017年03月09日 00時44分13秒 | 思想
      




兼好法師③(1283?~1352?)

 翻って、初めの四つを世俗的な関心に由来するものと見てまとめれば、全体の六割近くを占めることになります。この書物の本領は、こうした世俗的、現世的な事柄について持ち前の批評精神をたくましく展開した点にあると言ってよいでしょう。明恵のように、堅苦しく純粋な僧の見本のような人をからかったとしか思えない段(一四四段)もあります。
 さてその批評精神の主潮は、現世で生き抜くことに開き直った一種の「明るいニヒリズム」と、それに裏打ちされた合理主義、現実主義ともいうべきものです。それは、先に挙げた石清水八幡宮の話や出雲大社の獅子・狛犬の話のように、いわれなき権威主義に対する抗いや皮肉の表現としても現れています。
 また、「心は必ず事に触れて来たる」と説いて、かりそめでもいいからまずは実践することが大事だという次の段などは、高尚ぶって空疎な観念に耽ることを否定したプラグマティズム、あるいは心理学的な行動主義といってもいいでしょう。

心さらに起らずとも、仏前にありて数珠を取り経を取らば、怠るうちにも、善業おのづから修せられ、散乱の心ながらも、縄床に座せば、覚えずして禅定成るべし。》(一五七段)

 また、牛が床に入り込んでしまったので人々が陰陽師に牛を渡して占ってもらおうと騒いでいるのを、徳大寺右大臣殿が「牛に分別などない。どこでも上がり込むさ」とさらりと片付け、「あやしみを見て、あらしまざる時は、あやしみかへりて破る」と言ってのけた記事(二〇六段)には、兼好の合理を尊ぶ面がよく出ています。さらにたとえば次の段などはどうでしょうか。

文・武・医の道、まことに欠けてはあるべからず。(中略)次に、食は人の天なり。よく味はひをととのへ知れる人、大きなる徳とすべし。次に、細工、よろづに要多し。
 この外の事ども、多能は君子の恥づるところなり。詩歌に巧みに、糸竹に妙なるは、幽玄の道、君臣これを重くすといへども、今の世には、これをもちて世を治むる事、漸くおろかなるに似たり。金はすぐれたれども、鉄の益多きにしかざるがごとし。
》(一二二段)

 ここであえて「明るいニヒリズム」と呼んだのは、世間に伝わることの多くは嘘っぱちだと喝破した七三段、この世の中で頼むに値するものなど何もないと言い切った二一一段などにそれをうかがい知ることができるからです。
 しかし何といっても、終わり近くに人間の心を鏡にたとえてそのうつろなさまを語った二三五段が、その思想の中核をなしています。これは厭世哲学ではなく、人はそのように現に生きているという事実をありのままに肯定する姿勢の表れでしょう。

虚空よく物をいる。われらが心に念々のほしきままに来たり浮ぶも、心といふものなきにやあらん。心にぬしあらましかば、胸のうちに、若干のことは入り来たらざらまし

 しかしまた兼好には、貴族趣味的なロマンティシスト(美学的生き方)の傾向もふんだんにあって、有名な一三七段では、「花はさかりに、月はくまなきをのみ、見るものかは。雨にむかひて月を恋ひ、たれこめて春のゆくへ知らぬも、なほあはれに情けふかし云々」とか、「逢はで止みにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、長き夜をひとり明かし、遠き雲井を思ひやり、浅茅が原に昔をしのぶこそ、色好むとはいはめ。」などとあります。
 また見合い結婚の味気なさを指摘した二四〇段、妻帯や家族生活を否定した六段、一九〇段などにもそれがあらわれているでしょう。
 ちなみにこれらの段は、家族の恩愛の大切さを説いた一四二段と明瞭に矛盾しますが、おそらく兼好なら、自分の美意識に添った生き方の表明と、世の人倫がどうあるべきかを客観的に説いたくだりとはおのずから別だ、と答えたことでしょう。ここらに、当時の知識人の孤独を見る思いがします。

 兼好の思想をあえてひとことでまとめよとならば、要するに、愚かな跳ね上がりを排して、寂かに伝統と向き合う健全な常識に還れということに尽きるでしょう。しかしそれを説くことの思わぬ難しさに気づいていた彼は、多くの矛盾をも顧ず、具体的なあの場面、この場面を持ち出しては、それにあくまでも即しつつ鋭い批判、批評を加えたのだと思います。
 最後に一言。彼がこの作品を書くにあたって、『枕草子』を強く意識していたことは、そのズバズバと切っていくいさぎよい価値判断のスタイルからして明白です。しかし、清少納言がもっぱら女性的な美意識とセンスの良さを価値判断の基軸に置いていたのに対して、兼好の場合はそれだけではなく、人間の生き方全体を対象とした思考の道筋を切り開いて見せたところに特色があります。小林秀雄が「空前の批評家の魂が出現した」と評した所以でもありましょう。


(この項了)
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誤解された思想家・日本編シリーズその6の②

2017年03月06日 17時15分27秒 | 思想

      






兼好法師②(1283?~1352?)

 この作品の思想性をうまくつかまえるために、私は自分なりのやり方で、各段が何を主題にしているかを類別し、どこに何段入るかを数えてみました。もとよりこれは単なる便宜にすぎず、分類に迷うものも多くあります。なお序段と最後の二四三段は除きます。
①世間的・世俗的な知恵、世界観と思われるもの。略号「」と記す。以下同じ。
②「をかし」「あはれ」「おくゆかし」など、風雅な興趣あるさまを語ったもの。「」。
③人間関係のマナーについての美意識、センスを語ったもの。これは『枕草子』のように、女性的なきめ細やかさを示す。「」。
④奇譚、エピソード、滑稽譚に類するもの。「
⑤仏教的な無常観の表現。「」。
⑥有職故実について語っているもの。「

結果は以下の通り。
 五一――初めにはほとんどなく、中間部から後半に多い。
 三三――初めの方に集中しているが、後半にも散見。
 二〇――初めと終わり近くに分かれる。
 三六――中間部よりあらわれ、終わりに近づくと少なくなる。
 三五――初めにやや集中し、中間部から後半にも散見される。
 六七――初めにはなく、中間部からあらわれ、後半に集中する。一か所にまとまって出てくるケースが多い。

 もし段の順序と書かれた順序が同じだと仮定すると(定説ではほぼそのようです)、若い時には、求道の心、美を愛する心、人付き合いにおいて上品であろうとする心などがせめぎ合って現れ、中年では、世間知や人生上のエピソードなどに関心が移り、老いてからは、職業意識や倫理意識が支配的となるということが言えそうです。
 なお、兼好が出家したのは三十歳以前と考えられており、同じ「仏」でも、初めの方と後半とでは、ニュアンスの違いが感じられます。端的に言えば、前半は出家の強い志を自分に言い聞かせているふうで、後半は他人に説教しているような調子が強い。
 いずれにしても、「仏」は全体として約15%を占めるにすぎないので(文字数としてはもっと多くなりますが)、このことからも『徒然草』を仏教的な無常観を説いた書と見るのは不適切であることがわかるでしょう。
 先に述べたように、この時代には、知的な階層にとって、できるだけ俗事に紛れず死の事実を直視する心構えを日ごろから養っておくというのは、共通の大前提でした。鎌倉末期から南北朝時代という乱世にあって、百姓でも荒武者でも高貴な身分でもなく、知性だけは優れていた人にとって、出家することは、それ以外には道のない当然の生き方でした。
 兼好が早々に出家したのは、彼もまた己れの運命に自覚的だっただけだと言えます。その上で、生き延びるためには実質的に還俗ともおぼしき道を選ばざるを得なかったのだと思われます。
 こうした前提に立って該当箇所について述べるなら、たしかに四九段、一〇八段、一一二段のように、いつ死が襲ってくるかわからないといった妙に切迫した語り口も見えますが、これと似たようなことは隋唐時代の高僧でも既に言っている常套句の部類に入ります。一方では、次のように、偉い坊さんの寛容で人間味のあるさまをほめたたえている段もあるのです。

ある人、法然上人に、「念仏の時、睡りにをかされて行を怠り侍ること、いかがしてこの障りをやめ侍らん」と申しければ、「目の覚めたらんほど念仏し給へ」と答へられたりける、いと尊かりけり。また、「往生は、一定と思へば一定、不定と思へば不定なり」と言はれけり。これも尊し。また、「疑ひながらも念仏すれば、往生す」とも言はれけり。これもまた尊し。》(三九段)

法顕三蔵の、天竺に渡りて、故郷の扇を見ては悲しび、病に臥しては漢の食を願ひ給ひけることを聞きて、「さばかりの人の、無下にこそ心弱きけしきを人の国にて見え給ひけれ」と人の言ひしに、孔融僧都、「優に情けありける三蔵かな」と言ひたりしこそ、法師のやうにあらず、心にくく覚えしか。》(八四段)

 つまりは、兼好のような資質の人間の人生にとって、自分が出家僧であることは、それほど重い意味を持たなかったと言えます。


(以下次号)
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誤解された思想家・日本編シリーズその6

2017年03月05日 01時00分11秒 | 思想
      






兼好法師①(1283?~1352?)

 今回は『徒然草』を取り上げますが、作者名を「吉田兼好」とせずに「兼好法師」としたのには理由があります。
 長い間この名随筆の作者は、神祇にたずさわる卜部氏の系統で京都吉田社の祠官・吉田家に生まれ、五位に叙されて左兵衛佐に任じたとされてきました。これは『尊卑文脈』にもとづく風巻景次郎の推定により、60年以上も定説とされていたのです。
 ところが、二〇一四年の三月、小川剛生氏が発表した論文「卜部兼好伝批判―『兼好法師』から『吉田兼好』へ」によって、この出自・経歴が戦国時代の吉田家当主・吉田兼倶の捏造であることが実証されました。
 小川説が正しいとすると、兼好の生国・出自・経歴はまったく不明だということになりますが、兼好の約百年後に生まれ、『徒然草』の発掘者とも言われる僧・正徹の記載によれば、兼好は「滝口」(禁中警衛の武士)であったとあります。警衛の武士ではなくとも、同じように天皇のお側に仕える所衆(掃除などの雑用係)か出納(文書などの出し入れ係。皇室の図書館司書のようなもの)の役回りであった可能性が高いと小川氏は推定しています。そして勅撰集に入集された彼の歌の扱われ方から見ても、六位以上には上らなかったとも(『新版・徒然草』角川ソフィア文庫)。
 これに私の想像を付け加えるなら、おそらく出納だったというのが、一番真相に近いように思われます。小川氏は研究者の誠実さから、そこまで言い切ることに禁欲的ですが、ここではあえてそう言ってみたい。
 この推定には『徒然草』を読む素人読者にとっても、説得力があると思います。
その理由としては、第一に、作品からはこの作者がたいへんな古典教養の持ち主であり、しかも有職故実の記述が随所に見られ、それらが単なる無用のメモ書きではなく発表することで実用に役立てたフシがみられることです(二三八段の七つの自慢話には有職故実にかかわる事項が四つまで含まれています)。
 第二に、こういう立場であればこそ、やんごとなき人たちの行状が手に取るように見え、しかも重職にはできない自由な立場からそれを観察しひそかに批評眼を養うことが可能となりますが、『徒然草』は、まさにそのような立場にいないと書けないような辛辣な調子が躍如としていることです。
 第三に、古風を尊び、大衆のバカ騒ぎや分不相応な振る舞いを嫌い、奥ゆかしく繊細な態度をしきりに推奨するその筆致は、出納のような職に就く人の性格にまことにふさわしいことです。
 最後に、作品中に出家遁世を勧めて仏道の尊さを説くくだりは数多く出てきますが、神道について真面目に言及した記述はほとんどまったく見られないこと(石清水八幡宮の話〈五二段〉、出雲大社の獅子・狛犬の話〈二三六段〉は、いずれも滑稽譚です)です。
 
『徒然草』を思想書と見立てて論じようとする拙論の冒頭に、なぜこんなに彼の出自・経歴にこだわったのかというと、この作品が一見するところあまりに多面性を持ち、ある一つのアングルから光を当てようとしても、しょせんは読者・批評者の我田引水に終わるのではないかという謎めいた印象を与えるからです。
 随筆とはもともとそうしたものだ、本人も「心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば」と初めにことわっているではないかという反論があるかもしれません。しかし、この冒頭の一句は、必ずしも本文の内容と一致せず、本文には、全体としてやはりこの人ならではの確固たる思想性というべきものが感じられるのです。
 とはいえ、たしかに記述する対象や方法があまりに多様に散乱しているので、その思想性を短い言葉でつかまえるのは至難の業です。そうなると、そのよってきたるところを少しでも探り当てようと思い、どうしても彼の出自・経歴を一つの補助線として問い尋ねてみたくなります。こいつはどういうやつだったんだろうというわけですね。
 で、先述のとおり、高僧のような当代一流の知識人でもなく、権勢を手にしているわけでもなく、しかし古典教養、有職故実の知識はふんだんに持ち、しかも宮中の側用人として上から下まで人間の生き様を自由に鋭く観察できる立場にいるという条件が、この稀有な書物の誕生にかなり貢献していると考えると、いかにも人と作品とがぴたりと一致して鮮明なイメージを結ぶと思うのです。
 小林秀雄がこの書について、「空前の批評家の魂が出現した文学史上の大きな事件」と書き、兼好には物や人間が見え過ぎていると評しています(『無常といふ事』)が、たしかにそういうところがあって、それが可能になったのは、上記のような条件が関与していると考えれば、得心がいくのではないでしょうか。

 ところでこの作品が広く普及したのはようやく江戸時代になってからのようですが、その享受のされ方にはまた、時代時代に応じた変遷があったそうです。
 一番初めの正徹の場合には、歌詠みのための指南書としての要素が強かったらしく、それは風雅や物のあわれとは何かという問いに明晰に答えてくれている面があるからでしょう。
 また江戸時代の町人文化のなかでこの書が受けたのは、処世訓的な部分で読者にピンとくるところが多かったせいだと思われます。日常生活に根差した滑稽譚の部類から読み取れる教訓も、さぞかし庶民に人気を博したことでしょう。
 近代になると、ことさら仏教的な無常観を強調した部分が好まれるようになり、現在に至っています。しかし『徒然草』をこの見地だけから特別に評価するのは、「近代日本知識人」という、特殊な存在形態の特殊な志向に適合したからだと考えられます。その特殊性とは、ダイナミックな現実社会からはじかれた存在のゆえに、その精神的なよりどころを現実に対する観念的な批判に求めざるを得なかったという点です。
 後述するように、仏教的な無常観や出家遁世の志を示しているのは、平安貴族以来、室町時代に至るまでの知的階層の伝統的メンタリティと言ってよく、何も兼好に限ったことではありません。『往生要集』にも『源氏物語』にも『古今和歌集』にも『方丈記』にも、このメンタリティは通底しています。ですから私は、『徒然草』にことさら無常思想を読み取るような近代知識人の、郷愁による片思い的な評価にあまり賛成できません。
 これら時代時代に応じた多様な享受のあり方は、要するに「群盲、象を撫でる」のたぐいと言ってよいでしょう。


(この項、3回続けます。)
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「聖徳太子」を「厩戸王」に!?

2017年03月01日 15時06分10秒 | 思想

      




 文科省が今回の小中学校指導要領改訂で、「聖徳太子」の名を「厩戸王」と改めようとしていることは、みなさんご存知ですか。理由は、聖徳太子の名は一世紀ほど後でつけられたものだからだそうです。まったく釈然としません。
 ただし、文科省では、2000字以内でパブリックコメントを求めています。締め切りは3月15日まで。窓口フォームは、
https://search.e-gov.go.jp/servlet/Opinion
 私もコメントを送りました。以下、それに若干アレンジを加えて思うところを述べます。

 このたび学習指導要領改訂にともない、歴史的分野において、「聖徳太子」の名を「厩戸王」に変更するとの提案がなされていますが、断固反対します。聖徳太子が後世の呼称だからというのはまったく理由になりません。歴代天皇の名も多く諡名(おくりな)が使われています。

 そもそも歴史とは単なる一回的な事実ではなく、それを共有する共同体のメンバーにとって、今とこれからを生きていくために、受け継ぎ伝えていかなくてはならない必要不可欠な物語、history(英)、histoire(仏)、Geschichte(独)です。だからこそ神話と歴史とのあいだにも精神の連続性が存在するのです。
 聖徳太子の名は、わが国の精神的・社会的秩序の礎を築いた人として、永らくすべての国民の間に浸透し、親しまれ、紙幣の肖像にも使われてきました。この名を変更することは、日本の歴史の重要な部分を抹消するにも等しい愚挙と考えます。

 科学の時代となり、人文系の学問にもその方法をそのまま適用すべく、実証主義的歴史学が主流となっています。事跡をなるべく正確に定めるためにこの方法を駆使することを認めるのにやぶさかではありません。しかし何事も過ぎたるは及ばざるにしかず。個々の些末な「事実」に過度にこだわると、その学問固有の基本特性を毀損しかねません。歴史学は時間的連続性の概念を基軸として一定の事象を総合することによって初めて成り立つ学問ですから、個々の要素に分断してとらえてしまうと、学問としての意味がなくなります。個物をあれこれ抽出して研究する自然科学的な分析とはそこが違うのです。
 今回のような提案をする現代日本の歴史学者たちは、このことがまるで分っていないようです。過度な実証主義は学問のオタク化を招きます。

 また、ことさら聖徳太子を選んで、それにかかわる当代の断片的事実のみに固執し、その後の人々のとらえ方を無視するような変更を提案する今回の試みのうちには、このオタク化した現在の実証主義的傾向を利用して、天皇家の歴史をなきものにしていこうとする歪んだ政治的意図が感じられます。
 将来の日本人のために特に公正中立を期すべき文科省が、このような提案を大真面目に取り上げる試みそのものをたいへん残念に思います。

 ついでに申し添えますが、いつのころからか「士農工商」が小中学校の教科書から消えました。私は大学で「江戸時代の身分制度を表す四字熟語は?」と質問したら、ほとんどだれも答えられず、びっくりしたことがあり、それでその事実を知ったのです。
 これもまったく納得できません。
 この言葉が消えた理由は、当時の厳しい身分制度や序列を表す公式の用語ではなかったというところにあるようです。それはおそらくそのとおりでしょう。しかし、言葉自体は人口に膾炙して存在したのですし、実際にこの言葉を用いる当時の人々の意識の中で、身分(アイデンティティ)感覚が自覚されていたことは疑いないところです。
 およそかつてあった言葉を抹殺することは、歴史に思いをいたすことにとって大きな障害になります。キーワード的な言葉がないと想像力のはたらきようがないからです。

 今回の指導要領改訂案では、「鎖国」の表記も消すことになっています。たしかに中国やオランダを通して外国と通商していたのですから、完全に国を閉ざしたのではありません。けれどもそれに近い状態であったこともまた事実です。
 この言葉はオランダ語の訳語だそうですから、他国から日本を見た時の否定的な形容なのでしょうが、おそらく明治近代以降に、日本人自身が過去を否定的に振り返ることによって日本語として定着していったのでしょう。否定的に見ること自体には確かに問題があります。しかしこの言葉は、幕末に西洋文明に触れた衝撃の大きさをきっかけとして、日本の近代化が急速に成し遂げられた過程を理解するのに象徴的な意味を持っています。

 士農工商にしろ鎖国にしろ、たとえそれらの言葉がどれほどネガティブなニュアンスを連想させようと、人々の間でそれらがごく普通に用いられたという事実は消えません。要は、いつごろ、どのような仕方で使われたのかということも合わせて学ぶようにすればよいのだと思います。
 現在の時点から見たいわゆる「史実」と異なるからといって、かつて人々の生活史の中で深い意義をもっていた言葉を抹殺してしまうというような現在の歴史学界の傾向には、とうてい賛成できません。
 文科省には猛省を促したいと思います。当ブログ読者の皆さんも、パブリックコメントを送ってみてはいかがでしょうか。
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北海道というエアポケット

2017年02月27日 23時47分09秒 | 政治

      





 尖閣、辺野古基地移設、高江ヘリパッド騒動と、いま日本国民の視線は沖縄に集まっていますね。中国が沖縄を自国の領土として狙っていることは、いまや周知の事実です。私たちはもちろん、この安全保障上の危機に真剣に立ち向かわなくてはなりません。
 しかし産経新聞が以前から連載している「異聞 北の大地」というコラムがずっと気になっていたのですが、北海道にも由々しき問題がじわじわと進行しつつあります。
 水源の所在地や森林や広大な土地が中国資本によって買い占められているのです。しかもリゾート施設だの別荘地だのゴルフ場だのと言った名目で、実際には何をやっているのか役所も近隣の人たちもしかとつかんでいません。中国の「サラミ・スライス」戦略は日本人の油断をよそに、着々と本土に及んでいるのです。
 最近3回にわたって掲載された第4部には恐るべきことが書かれています。以下要約。

①中国は、釧路を国防、経済両面で海洋進出の拠点として狙っている。すでに付近には中国資本の貿易会社やメガソーラー発電所が建ち、日中友好協会主催による「一帯一路」構想についての勉強会が開かれ、孔子学院の講座や小中生を対象とした中国語教育も。
 道東は自衛隊の基地が密集し、国防上の要衝であるにもかかわらず、釧路市では「中国資本が急に活発化したという実感はない」などとのんきに構えている。
http://www.sankei.com/world/news/170224/wor1702240016-n1.html

②平成17年、北海道チャイナワークの張相律社長が「北海道の人口を1千万人に」と提言し、(1)海外から安い労働力を受け入れる(2)北海道独自の入国管理法を制定するとぶち上げた。「不動産を購入した裕福な外国人には住民資格を与える」と強調。
 北海道で中国資本に買収された森林や農地などは推定で7万ヘクタール。山手線の内側の11倍以上。森林の多くは伐採され太陽光発電所として利用されているが設置されていない所もある。また太陽光発電の寿命は20年で、跡地を何にするかは自由。経産省によると、土地の後利用は企業側が決めるが「個別の問題なので把握していない」という。
 夕張市は観光4施設を元大リアルエステートに売却する契約を締結。4月に現地法人「元大夕張リゾート」に引き渡す。中国系企業なのに同市では「日本の会社と認識している」と説明。
http://www.sankei.com/world/news/170225/wor1702250023-n1.html

③国土交通省が国内での外国人不動産取引の手続きを円滑化するための実務マニュアルを作成。国会でようやく外国資本の不動産買収に規制を設けようという議論が起きている時に、「どんどん買ってください」と言わんばかりに日本の不動産を外国資本に斡旋する国交省の姿勢には唖然とする。マニュアルには、外国人に対して取引や賃貸を拒絶することは「人権に基づく区別や制約となることから人種差別となる」と明示している。
 日本は外国人土地法の第1条で「その外国人・外国法人が属する国が制限している内容と同様の制限を政令によってかけることができる」としているが、これまで政令が制定されたことはない。ちなみに中国では外国人の不動産所有は基本的に不可。諸外国と比べ、全く法規制をしいていないわが国では、国籍を問わずだれでも自由に土地を購入できる。
http://blog.goo.ne.jp/sakurasakuya7/e/884073e66a98c0319f25170316a099a9

 いやはや驚きですね。日本人の油断をいいことに、本土に対する経済的文化的実効支配がどんどん進んでいるのです。この「油断」には次の4つが含まれているでしょう。

①北海道経済全体の地盤沈下を引き起こしたデフレ促進の政治
②特に道東部のインフラ未整備
③本州、特に首都圏住民の北海道に対する軽視
④外国資本に対する規制の欠落


 ①②③については、北海道に住む方の次のような嘆きの声もあります。

《衰退著しい北海道の地方都市の中でも、釧路はそれが顕著なところ。(中略)帯広の底堅い景気とは対照的に、非常に景気が悪く、人口流出も止まりません。
そんな衰退激しい都市に中国資本が進出するのは容易と思われます。
そしてこれに、先日、JR北海道が発表した道内の鉄路の維持困難路線の問題が加わります。道東のほとんどがJR北海道単独での維持が困難、と判断され、北海道外の経済人、コメンテーターの多くの方々が「採算が取れないなら廃線にすべき」と語っていました。もし、釧路が中国の影響下になることになれば、北海道内の鉄道網も中国の影響を受けることが考えられます。
東京や大阪の方々に考えていただきたいのは、道東で採れる野菜の多くが東京や関西に向けて出荷されている、ということです。首都圏での野菜の安定供給、価格の維持に道東の野菜が貢献しています。そしてその農産物の輸送は、鉄道が主力なのです。もし(中略)道東の鉄道網を中国が握ることになれば、首都圏の食糧供給の一部が中国に握られることになります。
どうか短区間の採算だけで北海道の鉄路を判断しないでいただきたいし、日本国内で「切り捨て論」が高まれば、中国が虎視眈々と狙っていることも考えていただきたいのです。》

http://shiaoyama.com/essay/detail.php?id=597

 まことに的確な、また切実な訴えというほかはありません。
私たちは(私自身もそうですが)首都圏で暮らしていると、海を隔てたあの美しく広大な北海道をロマンチックな観光の対象としか考えず、そこで暮らす道民の方たちの悩みなどにあまり思いをいたしません。「採算が取れないなら廃線にすべき」などと平気で語る無責任なコメンテーターがたくさん出てきてしまうのも、じつに残念な話です。同じ日本人でありながら、まるで化外の地を見るようなまなざしではありませんか。
 実際、地図を見るとすぐわかりますが、道東部(にかぎらず地方)の交通インフラの整備状況はお粗末としか言いようがありません。交通インフラ未整備→産業衰退→人口流出→一層の過疎化→さらに廃線の増加という悪循環に陥ってしまうわけです。
 
 ④の不動産に対する外資規制の欠落ですが、これが何と言っても問題ですね。私は以前から、なぜ外国人に勝手に国土を買わせるのだろうと不思議に思い、憤ってもいたのですが、ここ数年の中国の侵略的意図を見るにつけ、その思いがいよいよ募ってきました。
 上記要約に記したように、地方官僚も中央官僚も、やっと動き出したという国会議員たちも、そのノーテンキぶりと鈍感ぶりにはあきれてものが言えません。これでは中国に国土を蚕食されつくしても自業自得だと言いたくなりますが、迷惑を被るのは、普通の庶民です。
 先の外国人土地法では「その外国人・外国法人が属する国が制限している内容と同様の制限を政令によってかけることができる」と謳っているのですから、中国に対して一刻も早く法的な規制をかけるべきですが、どうもあまり期待できそうにありません。
 というのは、安倍政権全体がグローバリズムの道を周回遅れで突っ走っているからです。またアメリカ様に貢納する金はすぐに出すが、デフレ脱却のためにぜひとも必要な公共投資は一向に実施しない。安倍首相は財務省の財政均衡主義に洗脳され、しかも何でも世界に開くことがいいことだと信じている人です。こういう人を総理大臣に戴いているうちは、事態は変わりません。中国は日本のそういう弱点をよく見抜いているのです。
 ちなみに、釧路を中国が狙っているのは、北極海航路の拠点(不凍港)として目をつけているからです。海洋軍事国家を目指している中国は、今後、本気で領有に乗り出してくるでしょう。そうなると、ロシアとの間の確執も生じます。要するに平和ボケ国家・日本の国土は両大国の恰好の餌場としてコケにされる公算が強いのです。
 日本を守るために、沖縄だけでなく北海道にもぜひ真剣な関心を向けましょう。

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ヨーロッパの深刻な危機に学べ

2017年02月18日 19時19分47秒 | 政治
      


'Refugees' battle in Paris after jungle camp is closed


【助けてください!】ドイツ人少女が語る移民問題の陰惨な現実



 EUはいま、グローバリズムの構造的欠陥と移民・難民問題のために、まさに風前の灯火です。ヨーロッパの主要都市では、至る所で難民、偽装難民、移民によるデモ、暴動が起きています。
 2015年の9月にドイツのメルケル首相は、難民受け入れに上限はないと宣言しましたが、これは空想的なヒューマニズムであると同時に、異常なPC圧力でもあり、また廉価な労働力獲得という財界の意向を反映した政策でもありました。ところがドイツに流入した難民のうち、じっさいに職を得たのは、わずか一割に過ぎないそうです。九割はドイツ国民の税金で賄われているわけですね。
 またパリでは何と警察官のデモまで起きています。連日取り締まりに駆り出されるものの、少しでも手荒なことをすればスマホで撮影されてしまうし、すでに死に体のオランド政権が大統領選での社会党政権の敗退を恐れて、真剣な規制に乗り出さないので、現場の警察官としては、「やってらんねえ!」という感じなのでしょう。
 さらにみなさんご存じのとおり、欧州の主要国では、イギリスのブレグジットをきっかけとして、EU離脱の国民的機運が盛り上がっています。言うまでもなくデモは、移民・難民側、新たに流入したムスリム側だけでなく、これに対してNOを突き付ける団体によっても盛んにおこなわれています。
 ここに経済評論家の三橋貴明氏の2月17日付ブログ記事がありますので、その一部を引きましょう。

さて、英王立国際問題研究所、通称「チャタムハウス」が、2月7日に発表した「What Do Europeans Think About Muslim Immigration?」の調査によると、「イスラム圏からの、これ以上の移民流入を停止するべきか」 という問いに対し、欧州十カ国の調査対象者(約1万人)の実に55%が停止すべきと回答し、衝撃が広がっています。特に「停止すべき」が多かったのが、ポーランドです。ポーランドでは、調査対象者の七割以上が「停止すべき」と回答しました。

 3月のオランダ総選挙、4、5月のフランス大統領選挙、10月のドイツ総選挙では、国民主義政党の躍進が予想されています。もしフランス国民戦線のルペン党首が大統領になれば、EU残留か離脱かの国民投票が行われます。そうなるとほぼ間違いなく離脱派が勝利するでしょう。フランスががEUから離脱すれば、その時点で、EUは終わりです。
 このように、ヨーロッパはいま、過熱した国論四分五裂の状態で、いつ何が起きるかわからない大混乱の状況に置かれています。
 こういう状況に対し、この事態を自ら招いたEU当局は、各国にその解決を丸投げし、なすすべもなく指をくわえています。「ヨーロッパは一つ」がEUの理念ではなかったのでしょうか。無責任極まりない態度だと言えましょう。経済を低迷させている張本人であるどこかの国の財務官僚にそっくりです。
 当ブログでは、3年前に「EU崩壊の足音聞こゆ」と題してEUモデルが初めから破綻している事情について書きました。その中から一部を抜粋してここに掲げます。
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/3249423496d0112f3d568fc9b6fda158

 EUモデルがもともと破綻しているというのは、金融政策と財政政策の担い手を、EU中央銀行(ECB)と各国政府に分裂させているからです。これはユーロという統一通貨を用いながら、その使い方は各国の方針に任せられるということを意味します。しかしより厳密に言うと、この財政政策でさえ、各国の自由に任せられているわけではありません。

 現にギリシャは財政破綻し、イタリア、スペイン、ポルトガルなどは破綻しかけていますが、危機を自国の金融政策で乗り切ろうとしても、それができない構造になっています。そこで、EU(実質的にはドイツ)に何とかしてくれと縋るわけですが、EUとしてはその要請をただで聞いてやるわけにはいかない。結果、要請国に厳しい緊縮財政を強いることになります。これがまた、その国の国民の不満を買います。

 この厳しい緊縮財政の縛りについては、次のようなからくりがあります。
 1993年に発効したマーストリヒト条約には、EU加盟の条件として「年間財政赤字額の名目GDP比が3%を超えず、かつ政府債務残高の名目GDP比が60%以内であること」と謳われています。同条約成立後に多少緩和されたようですが、文言としては生きています。この文言が生きている限り、EU諸国がデフレ傾向を脱却するために積極財政に打って出るのは極めて困難になります。

 ちなみに、けっして財政赤字や債務残高の割合だけがその国の経済状態の健全・不健全を測る指標ではないのですが、この種の数字だけの尺度を金科玉条のように用いるところに、EUエリート集団の浅はかさが象徴されていると言えるでしょう(この点は、そのまま日本の「財政健全化」路線にも当てはまります)。

 こうして、EUの未来は暗いのです。
 この構想は、集団心理学的には、二度の世界大戦で勝者も敗者もひどい目に遭ってこりごりしたそのトラウマに発していると言えるでしょう。「民族」の汚点をなるべく消したい。そのためには統一ヨーロッパという消しゴムが必要だ――しかしこの消しゴムは、それぞれの国の伝統を消し去ることはできませんでした。いまその矛盾が噴出しつつあるわけです。

 ところで、「対岸の火事」ではないと述べた最大の理由は、次の点です。
 域内グローバリズムを理想と考えたEUモデルは、そのまま世界のグローバリズムの縮小版なのです。新自由主義者たちが理想と考えるように、域内でヒト、モノ、カネが極端に自由に行き来するようになると、結局はどういうことになるか。各地域や国の特殊性、伝統、慣習、そして文化までもが蹂躙され、そのことによって多極化したエスニックな情熱がかえって奮然と盛り上がるのです。
 それが人性というもので、人性をきちんと織り込まない理想は必ず失敗するというのが歴史の教訓です。共産主義の理想が一番わかりやすいですね。EUの黄昏は、世界資本主義の未来を不気味に暗示していると言えるでしょう。

 最後に、経済政策においてどこまでもおバカな日本政府に一言警告。
 新自由主義の申し子であるアベノミクス第三の矢・成長戦略などにうつつを抜かしていると、第一と第二の矢の連携の重要性を忘れ、一国内でも、EUと同じような金融政策と財政政策の深刻な分裂をきたしますよ(もうきたしているか)。
 EUモデルの破綻は、単に世界のグローバリズムの縮小版であるだけではなく、一国内の経済政策運営に対する強い警鐘の意味も持つのです。


 以上が抜粋ですが、ここで予告したことはまずます真実味を帯びています。これを書いた時点では、あれほどの難民が押し寄せる事態はまだ想定外でしたが、こういう事態になるのも、域内グローバリズムとしてのEUが自ら招きよせたものであることは疑いありません。
 EUの崩壊はもう間近です。トランプ米大統領が「アメリカ・ファースト」を謳って行き過ぎたグローバリゼーションに歯止めをかけつつあるのと同じように、EU諸国も、遅かれ早かれ、とりあえず元の国民国家に戻っていくでしょう。そのために、EU統合本部は、まっさきに自らの失敗を認めるべきなのです。それをしないと、事態はますます混乱し、ヨーロッパ国民に多数の犠牲者が出るでしょう。

 いま世界は、大きく変わろうとしています。新自由主義がもたらしたグローバリズムのひどい弊害が草の根レベルから見直されつつあるのです。ところが日本の政府・マスコミは、いまだに「グローバリズムは善」なる幻想に浸っています。マスコミは、ヨーロッパの深刻な危機をきちんと報道しませんし、政府は。周回遅れでグローバリズム路線を突っ走っている体たらくです。緊縮財政、自由貿易礼讃、移民政策、農協解体――こんなことを続けていると、日本はやがて、アメリカによる通商交渉での厳しい攻勢と、中国による政治的・経済的侵略の挟み撃ちに会って間違いなく亡国の道を歩むでしょう。
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トランプ氏の移民制限政策と「自由」の両義性

2017年02月14日 16時01分11秒 | 政治

      




 さる1月27日、トランプ米大統領が移民・難民の入国制限を謳った大統領令に署名したことで、全米が、いや世界中が大騒ぎとなりました。
 2月3日、シアトル連邦地裁が大統領令を差し止める仮処分決定を下し、サンフランシスコ高裁は6日、仮処分決定の効力即時停止を請求した米司法省の訴えを棄却しました。
 もし事案が最高裁にまで持ち込まれると話が厄介です。たまたま最高裁判事に一人欠員がいて、リベラル派4人、保守派4人で拮抗しています。トランプ大統領はすでにゴーサッチ氏を新判事に指名しましたが、彼が職務に就くのは2か月後だそうです。
 下馬評的に言えば、ゴーサッチ氏が命令の合憲性を決めるカギを握っていることになります。でも連邦最高裁は一般に法律や命令の合憲性にかかわる訴訟を取り上げたがらないそうです。すると、ここにも、長きにわたる選挙戦の再来のような事態が出現します。

 いずれにしても、米国内では、これからも行政府と司法の権力分立そのものが、深刻な分裂を引き起こしかねないわけです、巷の国論分裂だけでなく、権力の中枢部もその可能性があるということは、米国の民主主義体制が根本的に先行き不透明な運命を抱え込んでしまったことを意味するでしょう。

 ところでこのたびの移民・難民にかかわる大統領令ですが、リベラル派が騒ぐように、本当にムスリムに対する「人種差別」「宗教差別」的なものなのでしょうか。トランプ氏は、本当にアメリカの国是であり最高の価値である「自由」に対する裏切りを行ったのでしょうか。
 まずはこの大統領令の中身をきちんと調べてみましょう。これは大きく言って次の四つです。
①シリア難民受け入れの無期限禁止
②その他の難民受け入れの120日間凍結と年間5万人の上限設定
③シリア、イラク、イラン、リビア、ソマリア、スーダン、イエメン七か国の一般市民に対するビザの発給の90日間凍結
④難民入管審査が再開した際には、難民発生国において宗教的迫害を受けている少数派宗教のメンバーが最優先される


 ①ですが、これには「シリア難民の入国が国益に沿うとUSRAP(合衆国難民入管プログラム)が保証するのを確信するまでは」という条件がついています。オバマ政権が2016年よりも前にやっていたことに戻っただけのことです。
 オバマ政権は、シリア内戦が激しさを増しISが急速に台頭してきたころ、シリア難民の入国をほとんど拒絶していたのに、政権末期の16年になって突然13000人以上のシリア難民を受け入れました。明らかに民主党政権を存続させるための人気取りでしょう。
 シリアは現在も全国土が戦闘地域といっても過言ではありません。またISの「ジハーディスト」がいくらでもいます。「難民」に紛れ込んだテロリストを平和な市民の中に招き寄せることが国益に叶うと考える国家のリーダーがいるでしょうか。もっともメルケル氏のような超理想主義者なら別ですが(彼女は見事に失敗しましたね)。

 ②ですが、120日間の凍結というのは、2016年にオバマ氏が劇的に受け入れ数を増やして入国管理をずさんなものにしてしまった状態を、もう一度正常に戻すための見直し期間という意味があります。
 5万人という数ですが、これもブッシュ政権の時より多く、オバマ政権の安定期よりやや少ないといった程度です。トランプ氏がごくバランスある政策を取っていることがわかります。

 ③が一番問題になりましたね。七か国の一般市民のビザ発給を凍結するとなると、それはやり過ぎなんじゃないの、と民主国家の住人ならだれでも言いたくなるでしょう。私もメディアから流れるニュースを聞いたときにはそう思いました。
 ところが、これにも例外条件がちゃんと付いています。
「国務長官と国土安全保障省は時と場合によって、また国家の利益に沿うものであれば、ビザ(中略)を禁止された国からの国民に対してもビザの発給を行うことができる
 しかも例の七か国は、ジハーディストのテロに深刻に悩まされているか、または政府そのものが彼らの影響下にあるかどちらかに属する国ばかりです。
 マスメディアでは、グリーンカードの持ち主までが対象にされたと大騒ぎしていましたが、それは入国管理の現場における、命令周知の不徹底が招いた事態でしょう。そういうところばかりことさら取り上げて印象操作をはかる反権力メディア、リベラルメディアの常套手段です。
 
 ④が非難の対象になっているのはまったく解せません。
 連邦難民保護法によれば、「難民」の定義は、「宗教もしくは別の理由によって迫害される、またはされる恐れがあるために自国に戻れない人物」ということになっています。トランプ氏の大統領令は、この法律に完全に則ったものです。しかもオバマ氏が16年にシリア難民受け入れを劇的に増やした時には、少数派のクリスチャンは後回しにされ、13210人のうちたったの77人だったそうです(シリア人口の約1割はクリスチャン)。

 要するに、今回の大統領令には「ムスリムの入国を禁止する」などとは一行も書いてないのですね。その証拠に世界にはインドネシア、サウジアラビア、トルコ、エジプト、アラブ首長国連邦、クウエートなどムスリムが主流である国はいくらもあり、そこからの入国は制限されていません。

 もともとアメリカは、星条旗に忠誠を誓い英語を話すという条件を満たせば、移民の「自由」が寛容に認められてきた「移民国家」です。「なのになぜ制限するのか」ではなく、逆にそうだからこそ、入国管理がいったんルーズになってしまうと「不法」入国者が後を絶たない状態が日常化します(現にしています)。テロに対する厳重な対策がなされなくてはならない切迫した状況を考えれば、今回のトランプ氏の措置は、ごく妥当なものだと言えるでしょう。
 こうした現実をよくふまえずに、トランプ氏に「差別主義者」「自由の裏切り者」といったレッテルを貼るのは、感情的な反トランプ・キャンペーン以外の何ものでもありません。極端なPC(ポリティカル・コレクトネス)を傘に着たこの種のマス・ヒステリア現象に私たちはけっして巻き込まれてはならないのです。
 ちなみに私は格別トランプ氏を擁護しようと思っているわけではありません。まず冷静に事態を認識してから、起きていることの意味を判断しようと呼びかけているだけです。

 ここで、旗を掲げる者の都合でいかようにも使える「自由」という言葉のあいまいさ、両義性について考えてみましょう。

「仕事が終わったら自由に外出していいよ」――これが普通の使い方ですね。個人の意志が自分以外には束縛されない状態を指しています。でも時間帯や行ける場所は限られていますね。いつまでもどこまでもというわけにはいかず、生活の規範に従わなければやがては身を滅ぼすことになるでしょう。

「あそこは、意見が違う者どうしが自由な雰囲気で討論できる」――とてもいいことですね。しかし討論にはおのずからルールというものがあります。みんながてんでに言いたいことをしゃべって相手の言うことを聞かなければ、討論は成り立ちません。しかもある意見の持ち主自身がほとんどの場合、自分では気づかずに誤った認識や偏った感情や誰かから刷り込まれた考えに拘束されていますから、そこから「自由」になるのは至難の業です。

「中国は独裁国家だから、自由に思想を表現できない」――これは困ったことです。こういうところから「自由」の大切さが叫ばれる必然性が育っていくわけですね。それはとても大切なことです。しかし、だからといって、どんな表現でも許されるわけではありません。社会的な自由は他者に相渉る行為の形を取ります。そこで、よく言われるように、自由の行使には必ず責任が伴います。誰が、誰に対して、どんな環境の下で、どういう形で「自由」を行使したのかが絶えず問われなくてはなりません。

「国家からの個人の自由(人権)は最大限保障されなくてはならない」――これが近代国家の法的な建前です。近代化された日本もこれを法で謳っています。しかしさあ、どうでしょうか。この原則は無条件に正しいでしょうか。
 日本国憲法でも「公共の福祉に反しない限り」という但し書きがついていますね。公共の福祉とは、メンバー全員の自由がなるべく守られるために必要な概念装置です。国家は個人の自由を制限しますが、同時にそれを守ってもいるのです。
 このことは国家の保護を失って裸の大地に放り出された個人が、いかに苛酷な侵害に曝されるかを経験してみれば、すぐにわかるでしょう。

「TPPなど、貿易の自由の拡大はよいことだ」
――本当でしょうか。すでに終わったのに、いまだにどこかの国の首相は(政府もマスコミも)このグローバリズムの典型を信じているフシがあります。
 経済協定とはそもそも衝突する利害の調整にすぎません。ですから経済的国境を低くすることは、現実には強国の言い分を弱小国が呑まされることになります。そういう政治的背景抜きに「経済協定の自由」など成り立たないのです。歴史を見てもウィンウィンになることはめったにありませんでした。強国の自由はすなわち弱小国の不自由です。
 ですから、それぞれの国情に合った適度な通商関係がよいので、保護貿易は悪、自由貿易は善などという単純図式が成り立つはずがありません。

「自由は人間の普遍的な価値だ」――これが欧米的な理念ですね。でも。ここまでくると、ちょっと待てよと言いたくなります。トランプ氏は大統領という権威と権力によって、アメリカ国民の生命と財産の「自由」を守るために、「普遍的な価値」としての「自由」に一時的な制限を加えました。

 何が話を混乱させているのでしょう。
 いま述べてきたことをまとめてみます。「自由」について議論するときには、最低限次のことを踏まえておかなくてはなりません。
①無限定の自由というものはあり得ず、人は必ず制約の中で、制約を通して自由を実現する。
②自由の行使とは、人から人へ相渉る関係行為なので、相手の自由を奪うことになりうる。
③「自由」が主張されるときにその背景や文脈を見ずに、ただ抽象的にそれを善とすることはできない。


 ちょっと迂遠なことを言います。これらをきちんと踏まえるためには、言葉の使われ方を注視することが大切です。上に挙げたいくつかの例を順にたどっていただくとわかりますが、下に行くほど、「自由」という言葉を取り巻く具体的な文脈が脱落して、その抽象度が高まっています。
 この抽象度の高まりは、「自由に」とか「自由な」といったように、副詞や形容詞としてこの言葉を使っている間は、さほど発生しません。名詞として固定化するやいなや、一気に抽象的になります。
 副詞や形容詞だと必ず前後に別の言葉が張り付いていて、全体で具体的な状況を説明するように使われます。ところが名詞として自立させると、そこに何か「自由」というモノ(実体)が存在するかのような錯覚に導かれるのです。
 個人の自由、貿易の自由、普遍的な価値としての自由――そんな「モノ」があるわけではありません。でもあると思ってしまうと、それをいつの間にか神かイデーのように崇めてしまう心理にかられるのですね。みんながそれに勝手なイメージを描きます。バベルの塔の混乱はここから始まります。
 こういう心理からなるべく「自由に」なって、現実の状況に即して具体的に物事を語ることが、混乱を避ける第一歩だと思います。
 トランプ氏は「普遍的価値としての自由」に一時的な制限を加えました。しかし見方を変えれば、これは、アメリカという国家が国際社会の中で持つ「主権の自由」を行使したとも言えるわけです。
 一方から見れば自由の侵害である行為が、他方の立場からは自由の行使でありうる。こうした複眼的な見方を常にキープすべきでしょう。そうすれば、デモ隊のプラカードみたいに「自由を返せ! 自由を奪うな!」などと単純なスローガンをいくら投げつけても問題は解決しないということがわかるはずです。
 

 *参考資料
   https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-02-05/OKX8HA6TTDSF01
   http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/post-6908.php
   https://www.facebook.com/michio.ezaki/posts/1268894393227055?pnref=story






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誤解された思想家・日本編シリーズその5

2017年01月31日 11時15分30秒 | 思想

      



日蓮(1222~1282)


「日蓮」と聞くと何を連想しますか。
元寇を予言した人?
時の政権を批判・告発し危うく斬首されかけ、二度の流罪に処せられた受難の社会派僧侶? 
当時の仏教界に新風を吹き込んだ改革者?
戦前の国柱会に見られるような国家主義者? 
それとも創価学会のような大衆折伏主義? (ちなみに「折伏」は本来は、慈悲によって相手の心を包む「摂受」の対義語で、相手の悪を打破して圧伏することを意味します。) 
さてこれらの観念連合は、どれも一面だけを誇大にとらえたきらいがあり、またそこには誤解もあるようです。

 日蓮は、安房の国(千葉県南房総)の漁民の出ですが、『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』などを見ますと、自分がそうした「下賤の出自」であることを相当気にしていた様子がうかがえます。この書は彼の他の著作と同じように、汚辱にまみれた末法の世から衆生を救う教典は法華経を置いて他にないということを繰り返し強調した著作ですが、最後に近くなるにしたがって、どうして邪教の誘惑から衆生を救う菩薩が出てこないのかと自問します。そしてさんざん躊躇した挙句、ついにわれ日蓮こそはそれであると宣明するに至ります。
 この前に書かれた有名な『開目抄』では、まだそこまで明瞭に宣言するには至っていません。しかしこれらはいずれも佐渡流罪の際(日連五十一、二歳)のかなり孤独な境涯の中で書かれており、熟成してきた執念をこの二作で一気に集中させた趣きがあります。
 つまり『開目抄』の時点から、じつはひそかに「われこそ末法の世を救うために釈尊より遣わされた菩薩なり」という観念を温めてきたのだと思われます。この執念の異常さは、一種のコンプレックス(矛盾した複合観念)の表れであり、そこにはたまたま辺境で低い身分として生い育った「麒麟児」に特有の、誇大妄想癖とナルシシズム、マゾヒズムが感じられます。
 もっともこれは、古今東西、強固な意志を持った宗教家、思想家に共通する側面でもあります。自分の反時代的な言動によって引き起こされた迫害や弾圧や無視を、「自分が本当のことを言ったからこそこのような目にあうのだ。これは自分に予定されていた運命である」というように自己肯定の糧に思い替えてゆく心術です。迫害されればされるほどその事実そのものを、喜悦の感情とともに、神仏によって選ばれた証しとして規定し、それを基盤として自分の宗教的、思想的使命をいっそう確固たるものとしてゆく。
 この心術は、民族レベルでは古代ユダヤ教の聖典である『旧約聖書』に顕著に表れていますし、初期キリスト教徒にもそれが見られます。近代では、ニーチェなどにも明らかに通ずるものがあります。選民思想の心理的源は、世俗に受け入れられず迫害されるという経験そのものに宿っているといっても過言ではないでしょう。
 この心術にはどこか依怙地で不健全な、ねじくれたものがあり、現実との闘いに敗れなければ生じ得ないものです。しかしまた、敗れて追い詰められても意志を放棄しないかぎりは、どんな人でもある程度そうなるという人間共通の傾向を表してもいます。
 日蓮の場合は、もともとの資質の激越さに加えて、佐渡流罪以降にこの誇大妄想癖(ナルシシズム=マゾヒズム)がかなり強まったようです。というのは、彼が幕府当局から公式的に受けた扱いは、あの荒々しい当時の東国の風潮にしてみれば、さほど苛酷なものとは思えないからです。
主著『立正安国論』(日連三十九歳)を北条時頼に上進した時に時頼はこれを無視しました。一カ月後、日蓮の草庵が暴徒による焼き討ちに逢いますが、日蓮はこれを逃れます。ここに幕府の陰謀の匂いを嗅ぐこともできなくはありませんが、むしろ『立正安国論』に盛られた過激な法然批判の内容が念仏宗徒たちに漏れ出て恨みを買ったと見るのが自然でしょう。
 翌年、日蓮は伊東に流罪となりますが、これも、秩序を騒がせるうるさいやつを追っ払うといった感じのもので、一年半余りで赦免されます。
 懲りない日蓮は、五年後、モンゴルの使者の大宰府来訪をきっかけとして、時宗以下、諸大寺に「十一通御書」を送り付けて公開討論を持ちかけますが、これも無視されます。
 さらに三年後、再び『立正安国論』を幕府に提出しますが、逆に捕らえられて佐渡流罪が決まります。流罪の道行きの途中、鶴岡八幡宮に向かって大音声で「日蓮、今夜首斬られて、雲仙浄土へ参ったときは、まず天照太神・正八幡こそ誓いを果たさぬ神である、と、名を指して教主釈尊に申し上げるぞ」と呼ばわったそうです。日本古来の神にまでたてついているのですね。やがて龍口の刑場で処刑されることになりますが、その間際に異変が起こって処刑は中止となり、結局佐渡に流されます。中止はあらかじめ決まっていたのかもしれません。
 日蓮は後に、法華経のために命を捨てるのは日本国でただ一人だと、その覚悟を語る言葉を残しています(『種種御振舞御書』日蓮五十四歳)が、後付けで見栄を切っている印象が拭えません。また佐渡流罪もわずか二年半で赦免となっています。

 以上の経過を見るに、次のことが言えそうです。
 第一に、処刑の手は困り者の日蓮を排除しようとする他宗派の差し金であった可能性が高く、鎌倉幕府ははじめから厄介ごとに手を染める気はなかったのではないか。当時の幕府は、世俗の権力争いでは仮借なく殺戮の手を伸ばしますが、すでに各宗派融和の時代になっていた仏教に関しては、よほどの擾乱の兆しがない限り宗派争いには真剣な関心を示さなかったでしょう。ましてエキセントリックな日蓮一人の運命など、支配的な宗派(禅宗、浄土宗、真言宗など)の決済あるいはその筋の陰謀に任せていたのではないか。
 第二に、同じことを裏側から言えば、一連の経緯は、たぶんに日蓮の独り相撲の気配が強く、彼が鎌倉でやっていたこと説いていたことはほとんど相手にされていなかったのに、後の彼自身の述懐では、それらがさも大きなことであったかのように肥大化して把握されているということです。迫害されればされるほど自分は選ばれた民である証拠なのだというのは、ただ日蓮の心の中の劇にすぎなかったということになります。
『立正安国論』における元寇の予言にしても、薬師経にある「他国侵逼の難、自界叛逆の難」の経文を頼りに、現世の腐敗堕落を怒り嘆くために唱えていたのが、たまたま的中したというにすぎません。一度目の来襲(文永の役)では予言が当たったことを彼は喜んでおり、次はこんなことでは済まされず必ず本土が侵されると意気込んで言っていました。が、二度目の来襲(弘安の役)でモンゴルが上陸すら果たせなかった時は、老日蓮は身延山で沈黙を守っただけでした。
『立正安国論』に登場する「客」の「先ず国家を祈って須らく仏法を立つべし」という有名な言葉も、国家主義を謳ったものではなく、すぐその前に「夫れ国は法に拠つて昌え、法は人に因つて貴し」とあるところから見て、正しい仏法を守ることこそがすべての基本であるという原則を述べたものにすぎないでしょう。もともと仏教が日本に取りいれられたのは、鎮護国家のよりどころとしてだったのですから、仏教の原点に戻れと呼びかける日蓮が、「国家」を口にするのも不思議ではありません。この場合の国家とは、仏法秩序の支配する理想世界というほどの多分にイマジネイティヴなもので、格別日蓮を社会派の僧侶と見なす根拠にはならないと思います。行基のように土木事業に身を投げ出したわけでもないのですから。
 この点では、佐藤弘夫氏(『立正安国論』解説・講談社学術文庫)の説くところが正しいと思います。

 それでは、日蓮が終始一貫して執着したことはいったい何だったのか。それはひとことで言えば、当時の諸宗派混淆の妥協的実態に何としても我慢がならず、法華経を根本教義とする天台宗の初心に立ち返れと訴えることでした。

≪但此の経(法華経――引用者注)に二十の大事あり。……律宗・法相宗・三論宗等は名をもしらず。華厳宗真言宗との二宗は偸に盗て自宗の骨目とせり。一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり。……但我が天台智者のみこれをいだけり≫(『開目抄』一の四)

 天台宗は隋の智顗が確立した宗派で、わが国では最澄(伝教大師)が八百六年に開山しています。最澄は、それまでの奈良仏教の権威主義に旺盛な対抗心をもって立ち向かい、この中国伝来の新知識を広めようとしたのです。
 しかし時代は移り、日蓮の活動の時代までにすでに四百五十年を閲しています。他宗も次々と起こってもはや開山時のフレッシュな雰囲気は影を潜め、天台比叡山は、よく言えば寛容な大御所、悪く言えば純粋性を失って世俗や他宗と妥協する惰性態と化していました。一徹な日蓮は、この状態を根本から建て直すことにこそ自分の存在意義を見出したのです。さてそう自らの立ち位置を定めた時、最も邪悪な連中と映ったのが、念仏宗徒たちの跋扈でした。
 折から鎌倉大地震が起こり、飢饉、疫病が蔓延していました。自然災厄や社会悪をそのようなものとして対象化できずに、仏法を破壊し衆生を惑わす邪教や先祖の祟り、前世の因縁や狐・天狗などのせいにするのはこの時代の習いでしたから、そのこと自体は別段特記すべきことではありません。
 しかし日蓮の眼には、念仏宗徒たちの振る舞いが何とも忌まわしい悪魔の仕業と映ったのです。彼らは、天台宗を含めた古くからの諸宗を聖道門としてひと括りにして捨て、専修念仏のみを推奨する浄土門を選択している。知識のたゆみない研鑽や厳しい修行を成仏の条件とする難行を斥けて、南無阿弥陀仏を称名することのみを勧めている。そうしてそれだけを本行として尊び、他を雑行として軽んじている。これこそは滅ぼすべきものだ、これを滅ぼさずしてどうして日本国の衆生が救われようか。ではその悪魔の本体は誰か。言うまでもなく浄土宗の開祖・法然である……。
 こうして法然が無間地獄に落ちるべき対象として真っ先に選ばれたのでした。いまでこそ浄土宗、浄土真宗と日蓮宗とは穏やかに棲み分けていますが、日蓮の主著『立正安国論』とは、なんと法然に対する憎悪を爆発させるために書かれたようなものです。
 日蓮は言います。法然は主著『選択本願念仏宗』において、あまたある経文から浄土三部経だけを絶対視し、聖道、難行、雑行のすべてを「捨て・閉じ・閣き・拗って」念仏行のみを「選択」する道を唱道したが、これは人を迷わすとんでもない間違った道である、と。
 この捨・閉・閣・拗の四文字は、『選択本願念仏集』の文章から日蓮自身が恣意的に抽出したもので、そこには批判のための批判の趣きが無きにしも非ずです。このシリーズの第一回で述べたように、法然自身は、聖道門をすぐにでも捨て去れとはけっして述べていず、それぞれ分に応じて入り口はいろいろあってよいが、最終的には念仏行こそが救いをもたらすのだと寛容に説いているだけです。知識や修行を積むことなどやめてしまえなどと言っているわけではありません。
 いっぽう日蓮のほうも、『観心本尊抄』のなかで、「衆生にはもともと仏の知が具わっている」と説いていますし、無量義経や最澄の言葉を引いて、「この経を信じさえすれば六波羅蜜を修行しなくても六波羅蜜は自然に前にある」とか「釈尊は、私たちが妙法蓮華経の五文字を受持しさえすれば、自然にかの因果の功徳を譲り与えてくださる」などと説いています。これは、弥陀の救済を信じて南無阿弥陀仏を心から唱えれば必ず往生できると説くのといかほどの違いがあるのでしょう。
 法然と日蓮の間には、その活躍期に七十年から八十年の開きがあります。日蓮は、法然の融通無碍の人格や、彼がなぜ難行をくぐりぬけた果てに易行こそ本行であるという結論にたどり着いたのか、その生きたモチベーションについて知りません。日蓮が目の前にしていたのは、おそらく、菩提心(成仏を心から願う志)そのものに重きを置かない当代の多くの念仏者だったのでしょう。

 やがて日蓮は、念仏者だけではなく、先の『開目抄』の引用で見たとおり、真言宗、禅宗をも公然と批判するようになります。それは、彼からすれば法華経こそ唯一信奉するに値するのに、他の宗派がそれを部分的に取り入れたり軽視したりしているので、そのさまを見て憤懣やるかたない思いに駆り立てられたからです。
 この原理主義的傾向は時間が経つにつれて高じていきます。こうなると、むしろ法華経(特に寿量品に書かれた一念三千の観念)をかくされた秘儀として周囲の眼から閉ざしていくことになります。
 さらに、『開目抄』では、異教徒や論敵に対する態度を、「摂受」に対するに「折伏」をもって正当化しています。先に述べたように、「折伏」とは本来は、慈悲によって相手の心を包む「摂受」の対義語で、相手の悪を打破して圧伏するという、きわめて攻撃的な姿勢を意味しています。
 この問題は日蓮自身が苦悶したらしく、『立正安国論』では、苦しい矛盾として現れています。
 すなわち、第七段では、正法を誹謗する者を殺しても罪には問われないとして武装(殺生)をこの場合に限り肯定しているのですが、第八段で「客」が殺生の是非をもう一度問うと、主人は「私はただ謗法者への供養を止めよと主張しているだけであって、けっして念仏の僧を力づくで弾圧せよといっているわけではない」と微妙に調子を和らげた答え方をしています。
 ここには南都北嶺の武装した「悪僧」の存在という無視し得ない現実が反映していると言えるでしょう。彼らは平然と「敵」を殺していました。天台宗徒とて例外ではありません。そうした現実を目の当たりにしていた日蓮にとって、己れの奉ずる唯一の正法が、悪僧たちの狼藉を許すか許さないかは、真剣に悩むに値する思想的課題でした。現実と理想のはざまで、日蓮自身は引き裂かれており、問題は未解決のまま残されたのです。
 結局、日蓮は己れの純粋一途な激しい気質と、天台宗の正統性を守らんとする固い意志とを重ね合わせて、これを汚すものは許せないと一貫して主張していたことになります。
 つまり彼は、日本仏教の新しい道を切り開いたのではなく、むしろ時代に逆行する道を「選択」したのです。彼の頭の中には、膨大な諸経(学問)の文字が絶えず満ち溢れていましたが、ついに具体的な民衆の生活像を、その苦しみの相貌とともに思想的な視野に収めることはありませんでした。その意味で、やはり法然とは反対の方向を向いていたと言えるでしょう。
 私たちは、武家社会の勃興を背景に立ち上がった鎌倉仏教のなかに、単に一つの方角から吹き寄せてきた新しい時代の風を感じ取るのではなく、道元らの禅宗も含めて、いくつもの異質な思想体質を読むのでなくてはなりません。






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トランプ次期大統領に日本はどう対応すべきか(その3)

2017年01月19日 16時24分02秒 | 政治

      




⑦オバマケアの破棄と新しい保険制度の創出
 アメリカの医療保険はすべてが民間保険会社に牛耳られていて、日本のような皆保険制度はありません。しかも各州で一社が独占していて、加入すると高い保険料を払わせられます。医療費は異常に高額で、低所得層は満足な医療を受けることができません。
 そこでオバマ大統領は低所得階層にも十分な医療をという名目で、オバマケアを通しました。一見良い方向に向かっていたかのようですが、日本人の多くはその実態についてあまり知らないようです。
 オバマケアは、オバマ氏の出身州で独占的に運営している保険会社の保険を全米に拡張して、強制的に加入させたものです。したがって高額の保険料を取られるという状態が少しも改まったわけではなく、かえって全米の低所得者層が生活難に陥るという事態を招く一因となったのです。
 トランプ氏がプア・ホワイトの支持を得るためにオバマケアの廃棄を訴えたのにはそういういきさつがありました。ただ、これからどんな保険制度を提案するのかは、今のところ未知数です。

⑧いわゆる「移民排斥」と「メキシコ国境に壁建造」
 トランプ氏は、一般的に移民を排斥しようとしているのではありません。中南米からの不法移民を受け入れないと言っているので、「不法」であるかぎり、法治国歌の長として正当な言い分です。また次の三つの事実を知る必要があります。
 一つは、実際にメキシコから国境を超えてやってくる不法移民の数は膨大で、しかもその中にはコロンビアなどからの麻薬密売人が数多く含まれており、限られた国境警備隊員たちはとても取り締まり切れずに音を上げているという事実。二つ目に、米国内に入ってから犯罪を犯すヒスパニックの不法移民たちは、その犯罪対象に、白人を選ぶのではなく、むしろすでに米国民として公認されている同じヒスパニックを選ぶことが多いという事実。そして三つ目に、ムスリム移民の中にテロリストが紛れ込んでいる可能性が高いという事実。
 これらの事実にオバマ大統領を含む民主党陣営およびその傘下にあるほとんどのマスメディアは目をつむり、何一つ有効な対策を打てませんでした。代わりに硬直したPC(ポリティカル・コレクトネス)の理念を振りかざしてトランプ発言を歪曲し、「差別主義者」「排外主義者」というレッテルを貼りつづけてきたのです。
 評論家の江崎道朗氏によれば、いまアメリカの白人たちは歴史教育の領域で幼いころから「ホワイト・ギルト」と呼ばれる自虐史観を叩きこまれているそうです。黒人やヒスパニックやムスリムやインディアンなどこれまでマイノリティと見なされてきた人たち、あるいは女性に関して、少しでも「公正」とみなされない言葉を出すとPCに反するとされます。この厳しいタブーによって、アメリカ社会はまことに息苦しい雰囲気に支配されています。「メリークリスマス」はキリスト教だけを称揚するから「ハッピー・ホリデイ」と言わなければダメ、「天にましますわれらの父よ」は男性優位を示す思想だからダメ、といった具合です。アメリカが最も尊重しているはずの「言論の自由」はいったいどこに行ったのでしょう。トランプ氏は、この不自然極まる風潮に対してNOを突きつけました。
 しかも確かな入国手続きも施さずに、ヒューマニズムと過剰な平等主義に裏打ちされたPCの原則だけで無条件に移民を受け入れてしまうことは、麻薬禍や犯罪の増加だけでなく、アメリカ全土に賃金低下競争を引き起こし、階層間格差をますます広げる結果を生んでいます。これはEUの現状と同じですね。国民の間に文化摩擦や被抑圧感を高め、ルサンチマンを蓄積させ、国民間の分断をもたらします。硬直した理想主義・形式的な平等主義が生み出す弊害です。
 国境に壁を築くことは、費用をメキシコにもたせるという案はともかくとして、特に突飛な計画ではなく、こうした悲惨な状況に根差した現実的な計画なのです。これはまさに安全保障策であって、国防費の拡大と同じ意味を持っています。しかもこれも雇用創出という経済効果が見込まれるわけです。

 ここでトランプ氏の内政面における人事に着目してみましょう。
 財務長官には元ゴールドマンサックス幹部のムニューチン氏、商務長官には知日派で著名投資家のウィルバー・ロス氏、国家経済会議(NEC)委員長にはゴールドマン・サックス社長兼COO(最高執行責任者)のゲーリー・コーン氏、主席戦略官・上級顧問には同社で勤務経験のあるスティーブ・バノン氏が起用されました。「トランプ政権はさながらゴールドマン・サックス政権のようだ」との声が上がっているそうです。
 これは一見、マクロ経済にあまり明るくないトランプ氏が、グローバリズムに妥協・迎合しているように感じられます。たしかに人事だけを見ると、そういう懸念を感じさせます。
 しかし私の推測では、これらの起用には二つの理由が考えられます。ひとつは、彼の親ユダヤ感情やこれまでのビジネスを通して築き上げたユダヤ人との親密な人間関係の表れです。もう一つは、金儲けがうまく利にさといユダヤ人金融資本家を多く高官に起用することによって、私的利益の追求から離れさせて国富の増大に専念させようとの腹ではないかと考えられます。
 新財務長官・ムニューチン氏は、「法人と中間所得層を対象とした減税、規制緩和、インフラ投資、二国間の貿易協定を通じて、米国は3~4%の経済成長を達成できる」「法人税の引き下げによって米国に大量の雇用が戻ってくる」との見方を披露したそうです。この点では、トランプ氏の考えに一致しています。
 ムニューチン氏は同時に、リーマンショック後に銀行規制のために制定されたドッド・フランク法(DF法)が複雑すぎて融資を抑制する要因になっているとして、これを解体するとも述べています。
 銀行と証券取引とを分離するために1933年に制定されたグラス・スティーガル法(GS法)は資本移動の自由を阻害しているとして1999年にその一部が廃止され、代わってグラム・リーチ・ブライリー法によって、銀行の資金運用が大きく自由化されました。しかしその結果リーマンショックが起きたため、このような事態を防ぐべく2010年オバマ政権の下でDF法が制定されました。
 DF法は主として巨大金融機関の動きを監視することを目的としていますが、金融機関の抵抗が大きく、実際には骨抜きにされていると言われています。またこの法によって、かえって小規模金融機関が廃業に追い込まれた例も多いそうです。
 トランプ陣営は、選挙運動期間中にGS法の復活を訴えていましたが、これはザル法と化しているDF法の解体というムニューチン氏の主張と同一方向です。しかしGS法の復活やDF法の解体という過激な規制の方向は、おそらく金融機関の抵抗があまりに大きいでしょうから、結局DF法の修正という形に落ち着きそうです。
http://www.dir.co.jp/research/report/law-research/securities/20161115_011406.pdf
 いずれにしても、トランプ氏の反ウォール街の姿勢は、この人事によって覆されるというわけではないと考えられます。ただしなにぶん複雑な意向が錯綜する金融界のこと、ミイラ取りがミイラになる危惧は拭えませんが。

 以上、トランプ次期大統領の政策を検討してきましたが、繰り返すように、これらが彼の思ったとおり、すべて実現するわけではありません。議会には反対党がいますし、同じ共和党でも反トランプ派は多いでしょうから。また仮に実現したとしても、本当に国内に好影響を与えるのか、世界にどういう波紋を引き起こすのかは今のところ未知数です。
 しかし一つだけ確かなことがあります。それは、彼が取ろうとしている政策が矛盾しているように見えながら、じつはすべて思想的な一貫性を持っているということです。その一貫性とは、すでに述べたように、グローバリズムの行き過ぎた流れを押しとどめて、アメリカのナショナリズムの再建(アメリカ・ファースト!)を目指していることです。それは同時に、形骸化した民主主義をもう一度健全なものに戻す試みでもあります。なぜなら国家統合が崩れたところによい意味での民主主義体制は成り立ちようがないからです。
 冷戦崩壊後のアメリカの政権は、莫大な財産や資金を自分たちの周りに集めながら貧困層を救えず格差問題を解決できず、いたずらにPC、人権、自由などの空疎な精神論を振りかざしてきました。好景気はあったものの、すべて富裕層に吸い取られてきました。国民の多くはその欺瞞性に気づき、それがグローバル金融資本体制に本気で殴り込みをかけるトランプ氏を支えたのでしょう。それはいうなれば、ソフト・クーデターであったといっても過言ではありません。これが新しいアメリカの統合を作り出すかどうか、超格差社会の是正を成し遂げることができるかどうか。敵の多いトランプ氏のかじ取りは荒海での航海に似たものとなるでしょう。

 最後に、日本との関係についてまとめます。
 日本人のなかには、選挙期間中にマスメディアによって流されたトランプ氏のイメージのために、何となく彼に対して「政治経験のない乱暴な人」という軽蔑的な印象を抱いている人がいまだに多いようですが、これまで述べてきたように、それはまったくの誤りです。トランプ侮るなかれ。
 彼の政策を見ると、政治的にはこちらによい風が吹いてくる可能性が高いですが、それは日本側がいかに彼の意向にきちんと応えるかにかかっているとも言えます。また経済的には、よほどきつい闘いを覚悟しなければならないでしょう。何しろ相手は強力な国益第一主義をもって攻めてくるのです。グローバリズムの夢に酔っ払い続けて、TPP批准だの、アメリカ流規制緩和だの、移民政策だの、農協改革だの、混合診療だの、電力自由化だの、英語第二公用語化だのと、いつまでもバカげた周回遅れをやっていると、日本の健全なナショナリズムは崩壊し、遅かれ早かれ、アメリカの属州になるか、中国に併呑されるか――要するに亡国の道を歩むほかはないでしょう。
 トランプ大統領の登場は、英国のハード・ブレグジットと同じように、グローバリズムの弊害を除去して健全なナショナリズムを建て直す大胆な試みの意味を持っています。それは、世界の不安定化と格差拡大に抵抗する一つのお手本なのです。願わくはわが日本もこのお手本から多くの教訓を学び取らんことを。
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