言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

「俺には関係ない」か?

2013年04月28日 21時30分53秒 | 日記・エッセイ・コラム

 先日、テレビを見てゐたら、荻上チキといふ評論家が「自分たちが経験してゐない大東亜戦争で亡くなつた人を祀る意味があるのか」といふ疑問を語つてゐた。まつたくついていけなかつた。「自分の経験」といふことがそれほど大事であると感じるぐらゐに大した経験をしてゐるのであらうか。しかし、300万人以上の国民を失つたあの大東亜戦争以上の経験をたぶんしてゐないだらう。さうであれば、「自分の経験」では分からない「歴史の経験」といふものがあるぐらゐの見識は欲しいですね。

 どんな評論をなさつてゐるのか知らないけれども、その一言でもう知る気がなくなつた。いろいろなところで名前を見た気がするけれども、人は歴史の中に生まれる、といふ歴史の恐ろしさに気づかない人物の評論は、きつと歴史に飲み込まれてしまふのではないかな。

 遺産を相続するといふ言葉がある。それは正の場合のみでなく、負の場合にもさうである。戦争が正であるか負であるか、はたまたさういふ二項では判別できないものであるかは置くとしても、そこで亡くなつた人を弔ふことは今ゐる者の務めである。自分の親族が戦争で亡くなつたからとか亡くなつてゐないからといふ条件が、歴史の引き受け方を決定するのではない。今の私たちの生活と、68年前の戦争とは、間違ひなくつながつてゐる。そのことの理解は、若手の評論家と言はれる人びとも当たり前のこととして引き受けていいのではないか。

 何だか歴史から自分ひとり自由であると宣言してゐるやうな口ぶりには、幼稚さしか感じなかつた。

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時事評論 四月號

2013年04月20日 11時03分59秒 | 告知

○時事評論の最新號の目次を以下に記します。どうぞ御關心がありましたら、御購讀ください。1部200圓、年間では2000圓です。 (いちばん下に、問合はせ先があります。)

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   4月號が発刊された。新年度の最初である。そして私の新年度最初のブログもこの「告知」から始めることになつた。実はこの四月に大阪を離れ、愛知県に移住することになつた。家庭の事情と体の不調とでこの結論を出したのだが、五十歳を目前にしてのこの「激変」に今のところ四苦八苦といふところで、不調は続いたままである。そこにきて最近の気温の変化も激しさも手伝つて、体がその変化について行かないやうな感じである。そして、書斎の本がまだ未整理であるのもなんだか不調を助長してゐるやうだ。あれがどこにあるか、あれはどうなつたか、一向に分からず、頭の中が混乱したり気持ちがイライラしたりといふのも、引越しの常であらうとは重々分かつて覚悟はしてゐたつもりだが、いさ実際に引つ越しをしてみるとしんどさはきつかつた。甘えではあらう。昨日も半日、ある物を捜してゐて結局見つからなかつた。やれやれの一日が暮れた。

 

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  さて、「時事」であるが、アベノミクスとやらで経済は好調のやうである。バブルの再来を期待する向きもあるし、経済成長とは程遠い「気」の高揚に過ぎないと否定する論調もある。ただいづれにしても、「失はれた近代」を取り戻す気概はなく、戦後レジームからの脱却とやらは、所詮景気の復調といふことなのであらう。安倍首相には全く期待してゐないし、彼がやらうとする教育政策は一貫して間違つてゐるから、それについては期待しないどころではなく、反対である。橋下大阪市長も安倍総理も、どうしてあれほど教育に口を出したがるのか分からない。

 

 拉致問題の解決は、重大事である。しかし、それは安否の確認からまづ求めたい。北の国民の解放と同時になされるべきであらう。日本人を返せといふ主張だけで、ロシア、中国、韓国、アメリカが動くとは思へない。核の問題を契機に、その解決の負担を各国が分かち合ふことを目指し、たとへば金一族の亡命をロシアとアメリカとに求め、その後の経済負担を中国、日本が担当し、韓国がインフラの整備をするといふのはどうだらうか。安倍政権には「大きな政治」を求めたい。

 2面の三浦小太郎氏の論考は面白かつた。先にも書いたが、私は安倍氏には期待してゐない。それでも評価する人が多くゐるといふ事実は変はらない。三浦は、「ナチスやスターリンの行つた国内での大量虐殺は、国内では自由や進歩を謳ひ、貴族伝統や栄光ある祖国の歴史を讃へながら、植民地で民衆を奴隷労働として働かし、抵抗する者は虐殺する欧米植民地主義の裏返し」といふ指摘はなるほどと思ふ。遅れた者が、先に行く者を乗り越えるには、さういふ逆手に取るといふことが必要になる。今日の環境問題における南北問題もさういふ構図であらう。ただ、歴史伝統への謙虚さだけで、「今やいかなる国家も、グローバリズムと完全に無縁で存在することはできない」といふ危惧を払拭できるかどうか。文明の背後にある歴史の縦軸に言及してほしかつた。

 今月の「この世が舞臺」はアイスキュロスの『ペルシャの人々』である。人間の傲慢を戒め、夜郎自大を批判することがいかに難しいか。特に仕事がうまくいき、何でもことが順調に運んでゐるときに、その人に「わきまへ」の大事を説くことのできる従者はゐない。「現代人の言葉が軽くなつた」とはよく聞かれるセリフであるが、さういふことであらう。       

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特攻と拉致問題

――「救出しない」と言うのが政府の方針なのか――

       拓殖大学教授  荒木和博

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安倍政権の文明史的意義

――戦後の偽善と共に自由と民主主義を乗り越えよ――

            評論家  三浦 小太郎

教育隨想       

      4月28日を「主権回復の日」にするなら5月15日も祝ふべきだ (勝)

『極東国際軍事裁判審理要録』第1巻を編訳刊行して

                   國士館大學特別研究員     松本 直歳

この世が舞臺

     『ペルシャの人々』アイスキュロス                              

                     圭書房主宰   留守晴夫

コラム

        連合は解散したらどうか  (菊)

        「護憲」とは? (石壁)

        教へるべきは何か(星)

        覇權國は野盗の親玉(騎士)   

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