言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

『師弟のまじわり』を読む

2020年04月29日 09時05分45秒 | 本と雑誌

 

 

 ジョージ・スタイナーが亡くなつた。当代の最高の知性であつたこの文藝評論家は、毒舌家でもあつた。私は原文で読めないから、専ら日本語でそれを読んで来たが、それでもその毒舌ぶりは印象に残る。そしてその鋭い毒舌(分析)は、きつと自分自身にも向けられてゐたであらうから、学問の厳しさを自づから追究する姿勢を体現することになつたのではないかと思ふ。

 博覧強記ぶりはつとに有名であるが、それがディレッタント(衒学的=ひけらかし)でないのは、これ以上ないほどの的確な場面や分量で記されるからである。

 例へば、「建国神話を盛る叙事詩文学は、書記化の『進歩』とともに衰退に向かった。これらの事柄すべてを考慮するならば、今日の学校教育における記憶の無視と排除は、野蛮な蛮行と言わざるをえない。」(46頁)

 これなどは、各国の建国神話を巡つて論じてきた後に記される「箴言」のやうでさへある。書記化の進歩の極致とも思へるディジタル文明、直近の話題で言へば「オンライン授業」などは、ますます「記憶の無視と排除」へと向かつてゐるやうに見える。もはや「野蛮な蛮行」と発言することなど、このブログのやうな極めて少数者の読者しかゐない言語空間の中だけでしか許されない「毒舌」であらう。「書く」は想起と共に行はれてきたが(漢字テストをイメージしてもらへばよい)、それがもはや必要なく「写す」か「見る」かになつてしまふ。さらには「映る」で学習が成立してゐるやに思はれるほど学びは後退してゐるのである(現今の話題を再び引けば、オンライン授業を見てゐて、ときどきそれをメモしたり、あるいは見てゐるだけで、授業を受けたことになつてしまふのである)。「放送」で学びが成立するのは、せいぜい「大学」であらうが、今や小学校からそれでよい。もはや学校といふ空間すらいらないとまで言はれてゐる。これが「野蛮な蛮行」と言はずしてなんであらう。随分アナクロニズム(時代錯誤)を言ふなといぶかしがる人もゐるかもしれないが、遠慮なく書かせてもらふ。

 さて、本書はソクラテスやそれ以前の思想家の時代から「師匠と弟子」との交はりについて述べたものである。一言で言つてそれらの間にあるものは決して美しい物語ではない。反逆や猜疑心や嫉妬や裏切りが渦巻いてゐるのである。改めて詳細を知ると、なるほどと思はれた。もちろん、それは師弟関係のみに現れる現象でもない。

「それは世代間に生起せざるをえない人間存在の様態であると言ってもよく、美術、音楽、工芸、科学、スポーツ、軍事教練、これらすべてに共通して求められる訓練や技能伝達と切り離すことができない。」(192頁)

 そんな中で唯一例外としてスタイーナーが言及するのが、バアル・シェム・トーブとその弟子たちとの関係です。ユダヤ教の「ハシディズム」と呼ばれる宗教運動で、18世紀のポーランドにおいて設立された。マルティン・ブーバーやレヴィナスと言はれれば、私にもその傾向は多少は分かるが、トーブその人自身は初めて知つた。しかし、その思想は現代思想やポスト構造主義にも影響を与へてゐると言ふ。

「バアル・シェム・トーブの弟子のなかで、師の精神と生き方に最も忠実であったラビはといえば、ピンハスであった。同時代の人々から畏敬され、『この世の頭脳』と彼は呼ばれた。彼とその弟子のベル斜度のラファエルとの関係は、個人的にも教義のうえでも、相互信頼に立つ美しいものであった。歴史の流れにあって、師弟関係はしばしば荒れ模様を示すが、彼らのそれはつねに快晴の下にあるといった、稀有な例であった。」(223頁)

 スタイナーの狩猟する範囲は、これを見ても分かるやうに広い。それらすべての内容について「了解」することは私にできることではない。しかし、読書の幅を広げ未知の世界を知らせてくれることは、文藝評論家のなすべき最良の仕事であり、読者としては感謝を述べればよい。もちろん、スタイナーの弟子でもない私は、彼の思索を遠巻きに眺めるだけであるから、そこには反逆や猜疑心や嫉妬や裏切りはない。読書の幸福を味はへば良い。スターナーには弟子がゐるのかゐないのか、それすら私には分からない。

 本書のなかで最も魅力ある師であつたのは、アランであつた。スタイーナーは「大思想家の古典を二読、三読しなければならない。」(158頁)として挙げたのは、プラトン、アリストテレス、モンテーニュ、デカルト、スピノザ、ライプニッツ、ヘーゲル、コント、そしてマルクスである。前の二つはともかく、私ににはそれら以上にアランである。「アランにとって、生きることはすなわち考えることであった」(152頁)人の姿勢を求めたい。アランの「意識の唯物論」とは、生き方の血肉化のことであつたのだらう。

 

 

 

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追悼 久米明さん

2020年04月26日 15時17分44秒 | 日記

 俳優の久米明さんが亡くなられた。

 私にとつての久米さんの印象は、アーサー・ミラーの『セールスマンの死』の63歳のセールスマン、ウィリィ・ローマン役の姿である。妻役の新村礼子さんとの名演は、彼ら以外の役者ではこの芝居を見たくないと思へるものだつた。今どきの言葉で言へば「セールスパースン」なのだらうが、さういふ現代のふやけた言語感覚ではなく、家長としての厳しさを感じさせるローマン役には「セールスマン」がふさはしい。久米さんの低音の響きが狭い三百人劇場に響いてゐた。震えるやうな新村さんの声も私の耳に今も残つてゐる。

 お亡くなりになつたことはとても残念だが、かういふ芝居を見られたことの喜びが大きく、そのことに感謝をしたい。ご冥福をお祈りします。ありがたうございました。

 NHKニュースより

(引用はじめ)

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久米明さん死去 俳優 ナレーター 声優として活躍 心不全

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数多くのテレビドラマや映画に出演したほか、ナレーターや声優としても活躍し、90歳を過ぎても活動を続けてきた久米明さんが23日、東京都内の病院で心不全のため亡くなりました。96歳でした。

久米明さんは東京の出身で、終戦後、東京商科大学、今の一橋大学に復学し、演劇研究会を立ち上げて俳優の道に進みました。

その後、演劇以外にも活動の幅を広げ、昭和43年から放送されたNHKの連続テレビ小説「あしたこそ」など、数多くのテレビドラマや映画に出演しました。

ナレーターや声優としても活躍したほか、日本大学芸術学部で教授を務めるなど後進の育成にも力を入れ、平成4年に紫綬褒章、平成9年には旭日小綬章を受章しています。

久米さんはNHKのバラエティー番組「鶴瓶の家族に乾杯」のナレーションを務めるなど、90歳を過ぎても活動を続けてきましたが、家族によりますと、去年体調がすぐれないことからナレーションを降板し、東京都内の高齢者施設に入っていました。

その後も「いつでも復帰する」と意気込んでいたということですが、23日未明、搬送先の病院で心不全のため亡くなったということです。96歳でした。

(引用終はり)

 

 

 

</section>

 

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時事評論石川 4月号

2020年04月23日 20時48分57秒 | 告知

 まさか1面に載るとは思はなかったが、学校休校について書かせてもらつた。4月1日に投稿したものなので、その後「緊急事態宣言」は発出することになった。その点は訂正しなければならないが、考へは今も変はらない。

 今回の武漢肺炎について恐怖すべきは死者の数である。感染者の数は問題にならない。「人→人」と共に「人→物→人」を恐れなければならない。「密集」「密閉」「密接」を避けても、物の介在は抜け落ちてゐる。8割減の主張もそれを見てゐない。

 対策において、学校休校がどれほどの意味があるのか。しかも全国一律にすることについての意味だ。首都圏や関西圏や愛知や福岡などの大都市を包囲する圏域においてはそれが必要だといふのならまだ分かる。しかし、地方の学校まで休ませるとはどういふことか。しかもその説明がない。説明の欠如と施策の重大さとのアンバランス、安倍政権の政策にいつも付きまとふ問題である。こんなことが許されるのなら、今後この政権はどんなこともやるし、どんな大事なこともやらないで済ませるやうになる。何となれば、やることに(あるいは「やらないこと」に)説明がいらないからである。

 今月号は、武漢肺炎についての話題が多い。その中でも留守先生の『死の家の記録』はそれとは関係ないが、いつもながら人間といふ存在の両極端を示してゐる作品をまた一つ記してくれてゐる。劣化する政治、国民性、意識を鍛へてくれるのは真正の文学だらう。

  今月号の内容は次の通り。
 
 どうぞ御關心がありましたら、御購讀ください。  1部200圓、年間では2000圓です。 (いちばん下に、問合はせ先があります。)
                     ●    
学校再開の後に到来すること

  ――短慮を勇断と見る軽薄な時代  文藝批評家 前田嘉則

            ●
中国におもねる姿勢が生んだ人災
  ――武漢発新型コロナウィルスとどう闘うか
   元中村学園大学教授 青木英実
            ●
教育隨想  学習指導要領の欠陥が露呈した教科書検定(勝)

             ●

憲法に「緊急事態条項」を明記すべきか

   福山市立大学講師 安保克也

            ●

「この世が舞台」
 『死の家の記録』 ドストエフスキー
        早稲田大学元教授 留守晴夫
 
            ●
コラム
  パンデミックと家庭の役割(紫)

  ”武漢肺炎″後の展望(石壁)

  哀悼 G・スタイナー(星)

  カミュ『ペスト』に学ぶ(白刃)
           

  ● 問ひ合せ 電話076-264-1119  ファックス 076-231-7009

   北国銀行金沢市役所普235247

   発行所 北潮社

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「平常の心の静けさを失ひたくないものと思つてをります。」

2020年04月19日 17時43分57秒 | 日記

 晴天の一日であつた。外出自粛の日が続いてゐるなかで、私の日常はいつも通りである。住居と職場とが同じところにあるので、何も変はつてゐない。

 しかし、世の中はこれまでとはまつたく違つた日常が始まつてゐるやうだ。これまでにも「日常」が変化したことは何度もあつた。冷戦時代の日常もソ連崩壊で変はつた(それは言葉にしにくいが、この変化に勝る変化は今のところ私にはない)。ポストモダンの「まつたりとした日常」が訪れたのはその後である。失はれた二十年とグローバリズムに支配された「日常」もそれ以前とは異なる。そんな中で起きたのは、阪神大震災であつたが、それと共にといふかそれよりはオウム真理教の地下鉄テロの方に衝撃があつた。ごみ箱が町中から消えるといふ日常の変化は今も続いてゐるのではないか。ごみ箱の数は少なくとも以前よりは少ない。

 それから東日本大震災である。あの揺れは大阪にゐても感じたが、大きな地震は列島を揺らすのだといふことを実感した。今後来るだらう南海トラフ地震は私のゐる地域が震源であるが、想像するだに恐ろしい。しかし、それよりも驚いたのは、あの原発事故とその対応の無様さである。今回のコロナの対応振りを見ても危機に対する私たちの社会の脆弱振り、指導者の無能振りは関東軍の暴走を止められなかつた大東亜戦争時の状況を思つてしまつた。それが私たちの日常を大きく揺さぶつてゐるやうに感じてゐる。

 ついこの前まで、勝ち組や負け組などといふ言葉が当然のやうに言はれ、私の周囲にはグローバリズムで勝ち抜くためには「英語力をつけ、高偏差値の大学へ入学させることが大事」と真顔で訴へ、さう実践してゐる同僚がゐた。「経済とは富んでゐる者が世の中を豊かにする仕組みであらう。そのことを伝へるのが教育の目的では」と反論しても鼻であしらはれてゐたのがつい二か月前のことである。

 そして、世は「閉じろ」の時代である。また大きく日常が変はつた。もちろん、これは瞬間風速の事態であつて、永遠に続くものではない。したがつて、また市場原理の渦巻くグローバリズムでいかに勝ち残るかといふことが社会のゴールになるのであらうが、「閉じてゐる」時代だからこそ閉じてゐることの意味を深めるのが、私たち教育や文学を志す者の役割である。

 福田恆存に「荷物疎開」といふ文章がある。昭和20年3月に発表されてゐるから、東京大空襲の直前ではないかと思はれる。そこで福田は精神の営みを維持するために物は邪魔になると思つて大量の本を売却した。すると、物がじつは精神のよりどころであつたといふ事実に気づいたのであつた。戦争の緊張感が物への蔑視となり、必要最低限の物さへあればいいと考へたが、精神は物に復讐されると知らされたのであつた。それは貧すれば鈍すといふことではない。物が精神を支へ、物に精神が宿る。「物に対する愛着こそほんたうに建設的な僕たち日本人の心情ではありますまいか」といふのが福田の思ひであつた。

 なんでこの文章を読み直さうと思つたのかは分からない。しかし、この「閉じた」時代が戦争末期の不快な感じとつながつてゐるといふ予感がしたからであらうか。もちろん、苦痛も不安もまつたく異次元である。あの時代とは比ぶべくもない。それどころか、今度は逆に精神が物を求めすぎてゐるのではないかといふ不快である。補償をしろ、家賃が払へない、マスクがないと叫ぶ心に生活にたいする愛着がないのではないかと思ふのである。「ほんたうに建設的な僕たち日本人の心情」はこんなにとげとげしいものであるはずはない。私はさう思ひたい。

 少なくとも「僕たち文学者はいついかなるときにも、この平常の心の静けさを失ひたくないものと思つてをります」で福田のこの文章は終はる。それから5か月後に終戦を迎へた。その後の高度成長期にあつて物への執着を持たなかつた人は、物に対する愛着を抱いた人であつた。福田先生の家の客間には物はなかつた。仏間も整然としてゐて書斎もじつにさつぱりとしてゐた。先生の履かれた下駄を拝見したが、それは大事に履かれたものだつた。戦時中に書かれた文章と、その後の先生の生活とは何一つ齟齬がないのであつた。

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コロナウィルスを恐れてゐるといふよりも

2020年04月12日 20時14分54秒 | 日記・エッセイ・コラム

 大都市の繁華街は閑散としてゐる。緊急事態宣言といふもので、不要不急の外出は避け、人と人との交はりを8割削減してほしいとの要請である。

 ところが、公園やスーパーには人は集まつてゐると言ふ。当たり前だ。「生活」があるからである。すべてをネット通販にするわけにもいかず、家にじつとしてゐるわけにもいかない。重要緊急でなくても「生活」はある。

 本当にそのウィルスを恐れてゐるのは、誰であらうか。もちろん知人や家族がそのせいで亡くなり、身に染みてその恐怖を感じた人は恐れてゐよう。しかし、それほどの人がどれぐらゐゐるのであらうか。

 市内で一人出たといふ話は聞いたが、それは一カ月も前のことである。芸能人が亡くなつたことのショックは大きいが、それでもたぶん多くの人の「生活」は変はらない。身に染みて感じてゐないからだ。

 主にテレビは、感染者の増加を強調する。しかし、問題は死者の数であらう。4月12日現在で135名。それを1億2,300万人で割ると、0.00011%である。そのことの恐怖に本当に私たちは慄くことができるだらうか。「これは抑へ込んでゐるからだ」と言ふかもしれない。しかし、そのことのコストと見合ふものであらうか。

 アメリカやイタリアのやうになつてからでは遅いと言ふかもしれない。しかし、なつてゐない。安倍政権がこんなにもたもたしてゐるのに、この数である。それは「抑へ込んでゐる」のではなく「拡げない」私たち日本人の「生活」習慣なのではないか。あるいは、「感染した時の近所の目」を恐れるといふ私たちの「生活」にも起因するのではないか。

 アフターコロナ、ポストコロナを早速取沙汰する人がゐるが、それを考へる次元は、私たちの「生活」の次元ではないだらう。あの東日本大震災で原発にたいしてあれほど騒ぎ、至るところで太陽光パネルが建設されたが、エネルギーの消費量が減つたといふことは聞かない。私たちの「生活」は変はつてゐない。産業の空洞化でマスクが中国製であつたことも今回初めて知つたが、今急拵への日本製は二年後には再び駆逐されてゐるだらう。

 世界の変化は経済に大打撃を与へてゐるが、この機会に誰かは儲けてゐるのだから、そこから立て直していくしかない。

 長期戦になると言ふ。なるほどその通りである。失はれた20年を驀進中の日本であつてみれば、失はれていくものが大きくなるだけで、長期戦の延長である事実は変はらない。

 何より収穫なのは、安倍政権の無能ぶりである。何かの情報があつてこれだけモタモタしてゐるのかと思つたが、もう一か月以上経つたのに、やつたたのは学校休校とマスク2枚である。東日本大震災時の菅政権のモタツキ振りを笑つたが、今度も同じ絵を見てゐる感じである。

 何をやつてゐるんだ。そんな声が思はず口に出てしまふ。

 コロナウィルスを通じて、私たちの近代がどれほど間抜けなものであるかを痛感した。マスクをして、手を洗つて、少し運動をして、本を読む。仕事があれば外出する。用がなければ家にゐる。しかし、それが出来ないやうである。

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