言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

記述力を鍛へる

2016年06月30日 22時57分42秒 | 日記

 今回の試験では、従来「~字以内で書け」と出題してゐたところを、「~字で書け」といふやうにした。正直に言へば、印刷した段階では「~字以内で書け」のままであつたが、試験の前日に訂正用紙を作成し、「~字で書け」といふことにしたのである。

 そのことの意味を「考へる」前に、私の授業で実践してゐる。具体化記述の7段階をお示しする。

1 主語を明らかにする。

2 傍線部を要素に分解する。

3 それぞれを具体化する。

4 具体化が難しい場合には、理由を考へる。

5 以上をまとめる。

6 字数を解答に合はせる。

7 自分で納得できるかどうかを確認する。

 代々木ゼミナールにゐたときに、笹井先生の授業から示唆を受けたもので、その慧眼に驚き、体が震へるほどの感動があつた。

 授業では、1~5を中心に取り組む。そして、6はほとんどやらない。生徒に書かせた文章を2,3人指名して白板に書かせて添削するといふことをした後に、「模範解答」を書くといふことを繰り返してゐる(今は、添付した写真のやうにノートをカメラで写し、プロジェクターで映し出してゐる)。

これまでずつとさうしてきた。しかし、内心では「6」が重要なのにと思つてゐた。そこで、今回、試験でそれを試してみようと思ひ、「~字で書け」とした。

 試験が終はると、外で待機してゐた私に血相を変へて「文句」を言ひにきた生徒がゐた。「あんなことをして意味があるのですか。入試に出るんですか」。実にいい質問である。嬉しくなつた。さういふ「文句」が出てくるとは、真剣な証拠である。怒りながら50分の試験を受けてゐたのだらう。それに我慢ができず、終はるや否や発言してきたのである。

 私はかう答へた。「もちろん、出ないよ。でもね、意味があるとは思はないか。事実、下書きを入念にしただらう。そこに既に意味があるぢやないか」。

 納得しない表情であつたが、「こいつには何を言つても分かるまい」といふ不満顔で終礼の教室に入つて行つた。その後ろ姿に「根拠となる論文があるから、それを今度見せるよ」と声をかけたが、果たして聞いてゐたかどうか。次に引くのが、その「論文」である。私の印象とはだいぶんニュアンスが違つてゐるが、参考にはなるだらう。

「一字詰めるためには、『しかし』を『だが』に変えるとか、『・・・・・・なければならない』を『・・・・・・べきだ』に変えるとかいう工夫が必要になってくる。その反復練習によって、文章には、けっこう贅肉があること、姿勢を引きしめて書くと意外に簡潔的確にいえること、書き手が言い換えのさまざまの型を心得ることの必要性が分かるようになるでしょう。」(大野晋『日本語練習帳』)

 最後の一文は、とても大事なことである。それが分かれば、記述力は鍛へられていく。

 いつもならプロの作家のやうにいきなりマス目に書き出す生徒たちが、何度も書き直す姿が試験中に見られた。嬉しかつた。「さうだ。さうだ。さういふ過程が大事なのだ。その時間こそ、自分の頭を作動させ、言葉を磨いてゐる時間なのだ」。

 さて、採点はたいへんだ。明日から「採点天国」が始まる。

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読解を妨げてゐるもの

2016年06月29日 20時24分49秒 | 日記

 今は、期末試験の真つ最中。本日は私の担当する科目の試験である。題材は中島敦の『山月記』である。

 試験前の最後の授業の折、この小説の主題は何かといふことを「考へ」て書かせた。

 直接的な問ひではなく、なぜ作者は『人虎伝』(中島敦が参照した中国古典籍の名前)ではなく、『山月記』といふ名前にしたのかといふことを通じてである。

 そのことを「考へる」には、どうしても「主題」について「考へ」なければならない。ところが、さうはいかなかつた。300字ほどで書かせたが、多くの解答が「虎になつたことを通じて理不尽な人生を歩むことになり、その孤独を伝へるために対比的に自然の象徴である『山月』を使つた」と答へた。なるほど、一所懸命に「考へ」た様子である。変はらない自然と移ろいやすい人間の生、その対比をとらへたのである。

 しかし、もう一歩深く「考へ」てほしかつた。虎が人になる理不尽さであれば、『人虎伝』でも十分ではないか。『狼男』も『エレファントマン』もある。そこには不条理があつた。李徴自身も虎になつた理由を三つ「考へ」てゐたが、「理不尽」はその内の一つにすぎなかつた。さうであれば、直ちに自分の「考へ」に修正を加へ、残りの二つの理由と題名との整合性を「考へる」といふ方向に行くべきであつた。しかし、さうはいかなかつた。なぜだらうか。

 さういふ疑問をもつて、生徒の書いた文章を讀み返すと、理由のやうなものが見えてきた。それは「李徴=作者」といふ思ひ込みである。これは『山月記』といふ小説に限つたことではない。これまでにもさういふことがしばしばあつた。「文章といふものは、作者が書いたものだ」といふ図式から、「作者が作つた登場人物は作者自身の分身である。特に主人公は作者自身である」といふスキーム(枠組み)を作り出すのはほとんど直線的なのである。生徒たちがあまり小説を読まないからさう考へるのか、あるいは作者=主人公といふ読み方で日常の読書は一向に問題ないからか、そんなことが思ひ浮かんだ。

 もちろん、これまでの国語の授業を通じて、彼らは作者と登場人物とは異なることを聞いてきたはずだ。しかし、「感情移入」して読むことによる心情読解を奨励されてきてしまつた生徒には、「作者=主人公」といふ図式を壊すのは相当に難しいやうである。感情が込められて作られたものには、その作者の感情がしみこんでゐる。だから、こちらの感情を通じて理解される感情は、登場人物のものであると同時に作者の感情であるといふことだ。それでは言葉は符牒に過ぎなくなる。言葉と意味との関係は一体であり、それ以上でも以下でもなくなる。そんな言語観から導かれる読解法なのである。

 「暑くないですか」が気温を表す言葉であると同時に、「エアコンをつけてもいいですか」といふ確認を意味することを理解するには、「暑い」といふ言葉の意味から離れなければならない。それを可能にするのは、「感情移入」ではなく、レトリックの観点である。文脈と言つてもいい。言葉から意味を引き剥がして、もう一度「考へる」といふことが必要なのである。

 あるいは、こんなところに私たちの近代文学の「伝統」たる「私小説」の弊害があるのかもしれない。

 中島敦は、李徴の人物像を造型するにあたつて、自分の心理を深く分析したはずである。あの有名な「臆病な自尊心と壮大な羞恥心」といふねぢれた心理を表現したのは、空想してのことではない。自分の心を一すくひずつ掘り下げながら、書き留めたものである。しかし、さうだとしても李徴=中島敦ではない。敦の中には、袁傪もゐれば妻も子もゐる。だからこそ、小説が書けたのである。作者と登場人物との距離感を理解しながら、読み取るといふ作業は、どうやら難しいことのやうだ。私の反省としては、作者は自分の体験を下に、李徴の精神を分析したといふことを言つたことである。

 この小説を最初に教へた二十年前の生徒には、きつと理解し得た内容であると思ふが、今日ではそれが出来にくい状況である。私の技量の低下を棚に上げて言へば、今どきの生徒たちは、文章を通じて作者と対話するといふよりも、作者はどこか別の場所にゐて、登場人物との会話の世界で楽しむことが読書であると思つてゐるやうである。もちろん、登場人物=作者であるから、作者と話してゐるといふ意識でゐるとは思ふが。しかし、外から見ると、それはテキスト論の位相である。彼らには全く聞いたことも意識したこともない領域である。ところが、そこは紛れもなくテクスト論の場所であらう。テクスト論などは学問の世界ではとうに吹き去つてしまつたのであるが、高校生の読書空間にはそれが残つてゐるのであらうか。柳田國男は蝸牛論で、都から言葉が伝播していく過程を説いたが、同じやうなことが言へるのかもしれない(真面目には「考へ」てゐませんが)。

 

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「考へる」といふこと。

2016年06月29日 08時04分57秒 | 日記

 福田恒存の『論争のすすめ』は、昭和36年刊で、私が生まれる前の本である。この本の変はつたところは、前書きも後書きもなく、それぞれの論文の初出掲載記録もない。ただ寄せ集めて本にしたといふ体裁である。収録した論文の選別にはもちろん福田も関はつたはずだらうが、忙しすぎたのか、編集者とあまり関係がよくなかつたのか、その辺りは不明である(ただ、この本には新潮社の「新潮」編集部の「辣腕家」Q氏といふのが出てきて、その人に向かつて「文藝批評家失格」=「私=福田」にはもう文藝時評を書く資格はない。もし書くなら日本近代文学史を書き直すぐらゐの覚悟が必要だが、それは無理だ。いや文藝時評をこの時代に書く必要はないのではないかといふ文章、を書いてゐる)。

 本書の冒頭にあるのは、「考へるといふ事」である。その中にかうある。

「解決を求めて出口のない迷路を駈けずり廻り、しかも當人だけは出口が見つかつた気でゐる、さういふ影のやうな一生を過すことこそ、自己欺瞞ではないだらうか。さらに、出口のない迷路を駈けずり廻ることのうちに誠実を見出し、そこに悲壮趣味の満足を求めるなら、そのとき自己欺瞞は二重になる。それよりは、まづ解決を目的とせず、解決はないかもしれぬと覚悟しておくなら、少くとも解決はついたとだまされるおそれはないはずである。さうして始めて、私達は人生を「明らめ」ることが出来、、影ではない本當の人生を生きることが出来るのではないか。そのやうに自分の置かれた場を、(中略)そしてさらに大きな社会や自然との関りを、「明らか」に見つめること、それが「考へる」ことなのである。」(漢字は、そのままではありません)

 写してゐて、頭がくらくらした。かういふ文章を写して「解決した」と思つたら、自己欺瞞は三重になつてしまふ。そしてかう書いて満足したら、四重に、・・・・・・無限である。

 それでも「考へる」といふことを解決法を見出すことだと早合点してゐる向きには有効である。現実直視、それが大事であり、「逃げるな」といふことである。「解決などない」と自覚することなしに「解決」はないといふ逆説を、福田はここでも展開してゐる。言葉を使つて自分の精神を何とかコントロールしようとしてゐる。そのアクロバティックを可能にするには、強い支点(今時の言葉なら鍛へられた体幹)が必要なのだらう。

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勝負としての讀書ーー『対話の害』を讀む その2

2016年06月28日 05時40分35秒 | 日記

 本書の著者の宇佐美寛氏は、かう書いてゐる。

「対話は、ときに不自然であり、思考の妨げである。/その場の他者に理解させるように話さねばならない。そのために、自分がもともと考えていたことを変形させた形で表現する。相手には通じない論点はあきらめて、言うのを避ける。相手にわかる程度に表現するために、厳格さは捨てる。・・・・・・要するにコミュニケーション用の思考を働かせているのである。自分が独りで黙って思考したものとは違う。他者との妥協が有り、変形が生じる。」

 中等教育において「考へる」といふ作業は、主に文章を理解するといふ場面で行はれる。自分の感覚に沿つて讀みながら、何とか理解しようと格闘する。時に自分のよく知る言葉に出会ひ、その言葉によつて固い岩に穴を開け、そこに棒を差し込んでぐりぐりと回しながら穴を大きくしていき岩を割る。そんな作業に似てゐなくもない。岩にレントゲンを当てどこが弱いかを知り、計量器で重さはどれぐらひなのかを測り、棒をドリルに代へて一気に割るなりし、割る技術自体もうまくなつていくといふ工程は、「考へる」といふ作業の熟達に比喩することができる。それは確かに「自分が独りで黙って思考」することであらう。私もまたさう思ふ。

 意見を交はすといふことの重要性は、きつとその後の話ではないか。この考へるといふことの熟度がないままに話せば、思ひつきが宙を舞ふばかりである。

 「話し合ひ」といふことがよほど好きな人が多いといふことだ。しかも、その「話し合ひ」は多数の意見を察知して、それを言葉にして確認し合ふといふことに過ぎず、何かを生み出すものではない。

 福田恆存はかつて「論争のすすめ」にかう書いてゐた。

「今日、民主主義は『話合ひ』の政治だと言ひ、暴力の防波堤だと言ふ。しかっし、ディアレクティックとレトリックを欠いた言論は暴力であり、暴力を誘発する。私は力と力との衝突を目的と目的との衝突と解するから、それを否定しない。だから、それを論争といふ代償行為に流し込めと言ふのだ。民主主義といふのは論争の政治である。それを『話合ひ』の政治などと微温化するところに、日本人の人の好さ、事なかれ主義、生ぬるさ 、そして偽善があるのだ。私としての『話合ひ』ではない、勝負としての論争が必要なのである。」

 「考へる」といふことの不徹底で、きつと私たちは大きな財産を見失つてゐると思ふ。これまで讀んできた本を、もう一度読み直す。そして考へる。これだけでも大きな収穫を得られるはずである。だらだらと話し合ひをしてゐる場合ではない。勝負としての讀書、これまた重要だ。

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『対話の害』を讀む

2016年06月27日 09時55分28秒 | 日記

 二三か月前に久しぶりに名古屋の大きな書店に行つた折に目に入つた。ずいぶん思ひきつたタイトルをつけるなと思ひ手にしたが、購入するまではいかず、そのままにしてあつた。著者の宇佐美氏も池田氏も知らないし、「さくら舎」といふのもよく分からない。しかし、サンデル教授の「白熱教室」には違和感があつたし、そこで取り上げられてゐた電車で何人の命を奪ふかなどといふ滅茶苦茶な例で倫理を論じるといふ授業の無意味さを感じてもゐたから、やはり気にはなつてゐた。

 そして四月から授業を初めて、アクティブラーニングである。急にさういふことに取り組むといふことが校内の流れとなつた。昨年度はやらないといふことになつてゐたが、急にやれと言ふ。授業改革、大いに結構なので、少し取り組むことにした。

 合はせて、私個人の今年のテーマは自習力をいかにつけさせるかといふことである。

 その二つのことを考へてゐて、どう結びついたのか、この『対話の害』を讀みたくなつた。慌てて取り寄せて讀んでみた。アマゾンのレヴューには、「サンデル教授の扱う「トロッコ問題」(trolley problem)は倫理学上の有名な思考実験で、Philippa Foot が提示して以来、多くの論者によって検討されている問題を扱ったものである。サンデルの授業には、優れた学問的裏付けがある。学生を正義論の世界に導く正統な講義に対して、浅薄な授業論レベルで批判するのは全くの筋違いである」といふ酷評もあるが、一読して感じたのは、このお二人には、授業の目的(学生に身につけさせたいものの明確化)があるといふことであつた。サンデルに対する批判の根本もそこにあつた。

 宇佐美氏はかう書いてゐた。

        学校での至上な授業には、『学習指導案』が機能している。なぜ、この目標なのか。その目標だと、なぜこの教材・方法なのかが書かれるはずである。つまり、教師自身の自覚の内容が書かれるはずなのである。それなのに、サンデル氏には、そのような文書が無い。また、拙著『教育哲学問題集』の「第7章 『子どもと哲学対話を』を批判する」で批判した人たち(河野哲也・森田伸子・土屋陽介・村瀬智之の四氏)も、同様である。「なぜ対話なのか。」の理論を示そうとしない。根拠の自覚が欠けていると見られて当然である。諸氏も、学習指導案という、まさに哲学的な文書を書くべきだったのである。

 大学の先生が「学習指導案」を書いてゐるとは思はないが、さういふ明確な目標がある授業とさうでないものとに違ひがあるのは確かなことであらう。そして、中等教育においても「哲学的な文書」にまで高められた「学習指導案」を書ける人がどれぐらゐゐるのかも疑問であるが、それでもさういふものを書いてゐる人と書いてゐない人とでは授業の中身が変はつて来るはずだといふことは分かる。

 サンデル氏の授業が、その場かぎりのものではなく、大学院生をチューターとした少人数の対話と必要文献の読了が必須であるとも言ふが、それにしてもあの授業で「考へる」といふことが尊重されてゐるとも思はない。一対多の構図では、考へることは始まらない。読み込む作業の熟度を高めることが何より「考へる」ことの質を高める作業となる。そして、自習力を高めるためには、この読書の質の向上にかかつてゐる。

 池田氏は、きちんと本を読んでゐるかどうかを「視写」といふ方法で確かめるといふ。本文をひたすら写させるといふのである。これがどういふものかは未だ分からないが、興味は沸いた。

 

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