ストーリーは予想通りだが、その予想を裏切らないといふのが、映画そのものの魅力に繋がつたりする。それぐらゐ予想を裏切らないといふのは難しいのだ。
伊能忠敬は日本中を歩き回り日本地図を描いた人物として知られてゐる。が、実は完成した時には既に亡くなつてゐたといふのだ。歴史に詳しい人なら、そんなの知つてゐるよと言はれさうだが、知らない私は驚かされた。
忠敬の出身地千葉県香取市の地域振興策として、忠敬を主人公にNHKの大河ドラマを制作しようといふ市の職員達の会話からストーリーは始まる。担当職員役の中井貴一と松山ケンイチの軽妙な会話が面白い。役人として上長にたいしてきちんと仕事を成し遂げようとする中井の姿は「忠」である。また、原案企画を依頼するべく脚本家を訪ねるが、その偏屈な脚本家を橋爪功がまたいい。すつとぼけてゐながら史実に忠実に迫らうとするする姿は「敬」である。忠敬を描くにはかういふ趣向の二人を配置したのは、原作者立川志の輔の妙案であらう。
地図が完成して将軍にその全容を見せる場面がある。忠敬は既に死んでをり、それでも地図を作らうとすることを面白くない、いや経費の無駄使ひであるとする勘定奉行からの詰問に、将軍が忠敬に会はせよといふシーンである。忠の男中井が演じる地図制作担当の長である高橋景保は嘘はつけない。そこで「奥の間に忠敬は控へてゐる」と申し上げたからである。
このシーンは圧巻であつた。確かに忠敬はゐた。それを感じた。忠敬の使つてゐた草鞋を懐から出して将軍の前に置く。お上は、それを見てその労を慰め、ゆつくり休めと言ふ。景保が涙のうちに「恐悦至極に存じます」と語る姿には、この200年の間に私たちが失つてしまつたものを見たやうであつた。忠の志も敬の心構へももはや見つけることが難しい。
コミカルなタッチであるが、落語家の描く物語には日本人の心情が滲み出てゐるやうに思へた。(112分)
それからエンドロールに流れる玉置浩二作の主題歌「星路(みち)」が良い。
玉に瑕は、北川景子。忠敬の最後の妻であるあの役は美形である必要はない。