言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

安藤忠雄を語る

2005年12月14日 20時42分32秒 | アート・文化
 安藤忠雄氏の講演を聞きに行つた。あのコンクリート打ちつ放しといふ建築物にはどうにも馴染めないのであるが、一度は話を聞いてみたいといふ思ひはあつた。以前、司馬遼太郎記念館ぐらゐしか氏の作品は見たことがない。そして、今囘の會場であつた「近つ飛鳥博物館」は二つ目の作品である。
 ところで、コンクリート打ちつ放しといふのは、時代と共に圓熟味を出すのではなく、黒く汚くなつてゆくだけではないか。巨匠前川國男の京都會館は一九六〇年の竣工であるが、どうにも「傳統」といふものは感じられず、重くて狹くて壓迫感のある建物である。私は以前型枠大工の見習をしたことがあるから、コンクリートむき出しの建物の場合には、それなりの化粧板を使ひ、表面はきれいになるやうにはしてゐることは分かる。だが、やはり時の變化はひたすら「風化」の作用しかもたらさない。安藤氏の建築物が、今後どういふ味はひを見せるやうになるのか、じつくりと拜見することにしようと思ふ。
 さて、講演であるが、一時間たらずであるし、聽衆が地元のおじさんおばさんが主であるのであまり本格的な話はなかつた。ただ、仕事のほとんどが關東であるにも關はらず、今もなほ大阪を據點にしてゐる理由については、聞かせた。
 大阪府立城東工業高校を卒業して、獨學で建築を學んだ「素人」に、仕事をさせてやらうといふ自由な氣風が大阪にはある。その大阪への感謝の思ひが氏をこの地に留まらせてゐるといふのだ。もちろん、それだけではないだらう。仕事がやりやすいといふこともあるし、仕事がもしかしたら多いのかもしれない。それでも大阪の氣風を愛してゐることだけはよく傳はつてきた。
 その氏が、大阪驛周邊の寫眞を大寫しにして言つた次の一言も忘れられない。
 「どうですか、この樣子は。絶望的ですね。これが大阪です。一つ一つのビルは個性的なのですが、まつたく都市としての一體性がない。バラバラです。ヨーロッパの友人の建築家にこの樣子を見せると、『安藤にはかなはないな。こんなところでは我々は仕事などできない』と言はれます。」
 會場には大きな笑聲が響いた。皆さう思つてゐるのである。大阪は、バラバラなのであらう。それが魅力なのだらう。しかし、一體性、機能性、效率性を重視した都市=近代の樣式とは少し違つてゐるのだ。
 安藤氏の話を聞いて、頭の中でいろいろなことが浮かび上がつてきた。歸りに氏の『建築を語る』を買つた。東大大學院での講義を基にした本らしいが、讀んでみようと思ふ。


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