今年を振り返つてみれば、まづは8月に母が94歳で亡くなつたことだらう。最後の十年ぐらゐは寝てすごすことが多かつたし、認知症も進んでゐた。何よりコロナの感染を防ぐためといふことで、施設では玄関先で5分ほどの会話しか許されなかつた。いつも「元気でね。また来るからね」と言ふばかりで、会話といふほどのものでもなく別れる。3時間かけて行き、3時間かけて帰る。それを繰り返した数年であつた。施設には感謝してゐる。それ以前は、実家は伊豆にあるので地震があれば心配し、床下に浸水する地域なので豪雨があれば心配してゐた。父は週に2日のごみ捨てがだんだんしんどくなつて来たと行つてゐたが、それを聞いて施設に入つてはどうかと話し、両親共に施設に入つてもらふことになつた。「飯がまずい」とこぼしてゐたが、その父も3年前に亡くなり、しばらく母1人で施設で過ごしてゐた。
この5年ほどは携帯電話の着信があると緊張してゐた。何かあつたのではないかとふと思つてしまふからだつた。しかし、今はもうさういふ心配はいらなくなつた。理屈の上ではさういふことなのだが、不思議なことに電話で父や母と話してゐた頃のことを思ひ出すことがある。食道楽の我が家だから、「何を食べたい?」「あれを買つて来てくれ」といふ程度の会話であるが、耳の底には今も残つてゐる。
今年もドラマをよく見た。朝ドラは見なかつた。大河は見たが、総集編を観たいとまでは思はなかつた。淀を演じた北川景子がすばらしかつた。往年の岩下志麻のやうで、化けたなと思つた。秀頼側からみた戦国時代の終焉をよく印象付けてくれた。夜ドラ「ミワさんなりすます」は面白かつた。松本穂香、堤真一が良かつた。「教場0」は楽しみに観てゐた。北村匠海のシーンはあまりに辛く救ひのない展開であるが、ここまでの悲劇を制作した英断を多としたい。主題歌「心得」は今も耳に残つてゐる。
今年のドラマではないが、家内から「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」と「きのう何食べた?」を勧められて、数話見た。恋愛といふものを男女の話にするとどうしても痴話になりがちだが、純愛といふものを描くには同性であつた方が描きやすいといふことなのだらう。とても温かい話であつた。時を同じくして、知己の方から河合隼雄の『大人の友情』を勧められ読んでみた。漱石の『こころ』について触れられてゐたからである。先生とKとの間において、Kがお嬢さんを愛してしまつたのは、Kが先生に「同一視」することで、先生が愛する存在を愛してしまつたと河合は指摘してゐた。なるほどである。『こころ』においてお嬢さんといふ存在には役割はあるが人格性が描かれてゐないのも、Kにとつて(先生にとつてもかもしれない)お嬢さんが大切なのは先生との関係においてだからといふのも納得である。河合隼雄を少しづつ読み続けてゐる。
読書については、今年もあまり読めなかつた。白石一文は欠かせない作家であるし、読み続けていくつもりである。年末に読んだ須藤古都離『ゴリラ裁判の日』も面白かつた。
読書ではないが、福田恆存について書いておく。今年の2月の入学試験の国語に福田の『演劇入門』からの出題があつた。中公文庫に最近入つたばかりなので、それを読まれた京大の先生が選ばれたのだらうが、さすが京大だと思つた。このブログでもそれについて書いたので詳しくはそれを参照してほしいが、それぞれの大学が国語を入試教科にするのであれば、どんな文章から出題するのかといふことが問はれるのだといふことを改めて考へた。京都大学が2023年に果たした快挙である。
最後に年末に同じく中公文庫に山崎正和『柔らかい個人主義の誕生』が改版されて刊行された。新たに2編加へてページ数も増えた。変化としては、仮名遣ひを新かなにしてゐること。そして解説者が代はつたといふこと。
編集付記に「本文の仮名遣いは新仮名遣いに統一し、明らかな誤植と考えられる箇所は訂正しました」と書かれてゐる。歴史的仮名遣ひを「誤植」とは言へまいが、「訂正したい」といふ意識がどこかにあるやうな書き方である。仮名遣ひと誤植とを同一文に書くといふことに違和感があつた。山崎正和は消費社会の美学を書くのに歴史的仮名遣ひを用ゐてゐたのである。存命ならこれを許したかどうか。晩年の山崎自身も仮名遣ひには拘つてはゐなかつたやうだが、山崎正和論を書くときの註として記しておきたい。
解説者の福嶋亮太の文章がいい。山崎のポジティブな(理想主義的な)消費社会論にたいして「おおむね氏のヴィジョンの逆方向へと進んでしまったように思える」と記してゐる。山崎が生きてゐれば、是非とも対談してほしい執筆者である。解説とはかういふものであるべきだと感じた。
私の生活において、最も楽しい時間とは知的に刺戟を受ける時間である。授業でさういふ時間はあまりないが、友人に会つた時やさういふ本に出会つた時、あるいは家族との会話などは至福の時間となる。今年は教育方法学会に初めて参加する機会に恵まれた。研究者たちの発表は玉石混交であつたが、時に真剣な意見交換や議論を目にすると豊かな気持ちになれた。
さういふ意味で今年も学恩に感謝の1年であつた。
皆様、佳いお年をお迎へください。年始のご挨拶は失礼いたします。