言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

「戦前の文部大臣は陪食大臣に過ぎなかつた」

2016年08月31日 21時17分19秒 | 日記

 福田恆存の言葉である「陪食」とは、身分の高い人と一緒に食事をすることを言ふ。今風なら、「ご相伴に預かる」とでも言つたらいいだらうか(「いやいやそれも使ひませんよ」、と突つ込まれるかもしれない)。

 つまり、文部大臣といふのは、政治的な権力をまつたく持つてゐなかつた。ところが、今や大きな力を持つてゐる。学習指導要領を定期的に改変し、大学入試を「多様性の確保」といふ名で画一化を図らうとし、一元管理して世界に伍する特権大学を作らうとしてゐる。さういふグローバルスタンダードといふものが、多様性の確保と正反対にあるものであることを見ようとしない。

 今や世界はボーダーフル(文化の境界が増えていく)の状況であるのに、ボーダーレスに基づくグローバルスタンダードといふ単線を敷かうといふのは滑稽にしか見えない。

 英語を小学生から必修にしてどうしたいのか。プログラミング教育を小学生に実施してどうしたいのか。四技能を習得させて、全国の中学生が英語ができるやうなつてどうしたいのか。予言めくが、「理想」が現実を破壊していくことになる。

 英語嫌ひで、パソコンを敵視する、日本語さへできない義務教育履修生が出来上がる。

 その責任を誰が取るのか。誰も取らない。なぜなら統治者の責任の取り方とは、政策を変更することでしかないからだ。被害者にはお気の毒様でしたと内心思ふだけである。

「ゆとりですが何か」といふドラマがあつたらしいが、私の職場にはその「ゆとり世代」がたくさんゐる。彼等自身も被害者とは思つてゐない。「ゆとり世代」といふ言葉が、言ひ訳に使へるからである。この精神の構へこそ、問題であらう。

 教育において政治家ができることは、明日まで生きるために今日どこにゐるかを確認することだけである。「教育とは国家百年の大計である」と本気で考へてゐるのであれば、そんな怖いことからは即刻手を引いて事務に徹するはずだ。自分自身が、百年後の未来を作つてしまふなどといふことをできる器かどうか判断できない人物は、教育に関はるべきではない。

 今でも時々テレビに出てきて訳知り顔で話してゐる下村博文氏など、どういふ気持ちなのだらうか。陪食大臣などといふ気はさらさらないのであらう。じつは、そのことが最も重要な教育問題なのである。

 

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愛は地球を救ふのか?

2016年08月30日 22時05分15秒 | 日記

 戦争も愛国心の発露であると考へれば、愛は地球を救ふとは言へない。

 問題は、その愛がどこから発してゐるのかといふことである。

 さういふことをイチイチ指摘すると、面倒臭いことになる。だから、「助け合ひ」といふ意味に特定して「愛」を使ひ、祖国を愛したり、自分の集団を愛したり、自分の一族や家族を愛したり、自分自身を愛したりといふことの「影」の部分を不問に付す。祖国に対しては敵国が、自集団に対しては敵対集団、一族や家族、そして自分自身に対しては他者がゐる。さういふ「他者」に対してその愛は発動するのか。

 愛にも段階がある。そして、その最高級の愛は何か。そのことに思ひめぐらすことをしない、「助け合ひ」の精神といふものが、じつに力ない絵空事であるか。

 明日で八月が終はるが、あの戦争で戦つた人もまた愛に生きたのである。その愛によつて、今日の日本がある。それを感じさせることがとても大事であるのに、反省だけで終はらせる終戦記念日の空気がとても嫌ひである。

 過去を否定して、無きものにして、今の日本があり、未来の日本は若者の手に委ねられてゐると言ふ人は、知つてゐるだらうか。さういふ発言もまた、その精神によつて否定され、無きものにされることを。

 私たちは、過去に生まれ、現在を生き、未来に遺していく。その一里塚に敗戦の一日があつたのである。敗戦の前にも歴史があり、敗戦の後にも歴史がある。敗戦によつて歴史が変はるのではない。

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反知性主義、歴史修正主義、言葉を正確に。

2016年08月29日 20時06分07秒 | 日記

 昨日の産経新聞の「正論」に、儒学者の加地伸行先生が「『正史』とは歴代中国王朝の自己正当化の手段にすぎない 『歴史修正主義』の罵倒に臆するな!」http://www.sankei.com/column/print/160825/clm1608250009-c.htmlを書かれてゐた。

 私も大学では日本史を学んでゐたので、加地氏が指摘する歴史学会の状況はよく分かる。当時の日本史学会の「正史」は階級闘争史観であり(今も日本史学会にはさういふ傾向があるらしい)、統治者を擁護するやうな主張があれば、「皇国史観」「右翼的」「ヒヨつてゐる」と言はれた。借金証文ばかりを読んで、その地域の搾取の構造を明らかにするのが、立派な実証研究であつた。石母田正、永原慶二、芝原拓自、安良城盛昭、鬼頭清明などは必読であつたし、一時有名になつた網野善彦などは、寄つてたかつて批判される論敵であつた。

 今でも統治者に対して都合がよくなるやうな歴史叙述にたいして「歴史修正主義」といふ言ひ方をする人がゐる。そこには、唯一の「正史」があるといふ観念があり、それ以外を排除するといふ意識がある。もちろん、定説といふものはあるだらう。しかし、歴史などは新しい史料が一つ発見されればすぐにそんな定説は覆されてしまふ。さういふ性質の学問である。となれば、歴史修正主義こそ正しい歴史の研究方法である。そのことを知つてか知らずか、「歴史修正主義」とレッテル貼りして何か批判をしたやうな気になつてゐる、一部知識人やマスコミ人がゐるから驚きだ。

 加地氏がこんな「常識」を言はなければ、人々の言語感覚はゆらいでゐるのである。

 そして、歴史修正主義と同じやうな運命になりさうなのが、「反知性主義」である。今年の東大の問題で内田樹の文章が出題されたが、そのなかでこんなことを書いてゐる。

「理非の判断はすでに済んでいる。あなたに代わって私がもう判断を済ませた。だから、あなたが何を考えようと、それによって私の主張することの真理性には何の影響も及ぼさない」と「私たちに告げる」人が反知性主義者だと言ふのだ。そして、付け加へてこんなことまで書いてゐる。「その人自身は自分のことを『知性的』であると思っているかも知れない。たぶん、思っているだろう。知識も豊かだし、自信たっぷりに語るし、反論されても少しも動じない。」

 今年の2月25日、この問題を東京から帰る新幹線の中で読みながら、怒りに震えてゐた。こんな自己欺瞞の文章を東大が出題したといふことへの怒りと、こんな文章を入試で読ませたことへの怒りである。出題者は、内田樹が自己欺瞞に気付いてゐないといふことを茶化すために出題したのだらうか。それならば面白い。しかし、それなら「格調高い日本語の文章を出題する」といふ東大のアドミッションポリシーに反してゐることになる。となれば、内田樹の自己欺瞞に気付かずに、そのまま出題して統治者を批判するといふお為ごかしを犯しながら、そのことに気付かずにほくそ笑んでゐるまことに愚かで幼稚な知性を感じてしまふのである。

 内田樹は、反知性主義といふ用語の「発案者」である、リチャード・ホーフスタッターの著者から、ご丁寧にも引用してゐる。

「反知性主義は、思想に対して無条件の敵意をいだく人々によって創作されたものではない。まったく逆である。教育ある者にとって、もっとも有効な敵は中途半端な教育を受けた者であるのと同様に、指折りの反知性主義者は通常、思想に深くかかわっている人びとであり、それもしばしば、陳腐な思想や認知されない思想に取り憑かれている。反知性主義に陥る危険のない知識人はほとんどない。一方、ひたむきな知的情熱に欠ける反知識人もほんといない。」

 

 この引用が、あたかもホーフスタッターの「反知性主義」の定義であるかのやうに見せかけ(内田の書いた文章のなかではこの定義に即したものしか引用されてゐない。)、自身の定義に権威付けを与へてゐる。しかし、ホーフスタッターは、この引用の前のところで、「反知性主義」のむずかしさを何度も書いてゐる。そして、かう記してゐる。

「思想としては単一の命題内容ではなく、相互に関連ある命題が重なりあった状態を指すし、心的姿勢としては通常アンビヴァレントなかたちで表わされる(知性あるいは知識人にたいする純粋な嫌悪はまれである)。」

 ホーフスタッターは、まるで内田のやうな利用のされ方を警戒するかのやうに、この言葉を慎重に使つてゐるのだ。そして説明する段階においても、反知性主義がどういふ意味を表してゐるのかを例示する前に、表さない内容について例示するといふ手法を用いてゐる。

 それなのに、内田は唯一の定義として先の引用を利用してゐる。知性主義といふものの陥穽を実体で示してくれてゐるかのやうだ。

 ついでながら、国際基督教大学の副学長で、新潮選書から『反知性主義』を出した森本あんり氏は、「はじめに」でかう書いてゐた。

「この言葉は、単なる知性への反対というだけでなく、もう少し積極的な意味を含んでいる。というより、(中略)本来『反知性主義』は、知性そのものではなくそれに付随する『何か』への反対で、社会の不健全さよりもむしろ健全さを示す指標だったのである。」

 

 かうした用語の正確な意味も知らずに、内田は引用し、そして東大はそれを入試問題に使用した。幾重にも愚かな行為である。それらが、いづれも自らの政治的立場を正当化するために用いられたレッテル貼りだとしたら、その罪は重いと言はなければならない。

 言葉の定義は正確に、である。

 

参考までに。

http://cruel.hatenablog.com/entry/2015/08/20/185544

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哲学の動機は、人生の悲哀。

2016年08月28日 20時58分19秒 | 日記

 夏期講習が終はり、明日から二学期。中断なく始まる新学期に生徒らは少し不満があるやうだが、休みを必要とするほど切羽詰まつた様子もなく、小休止が欲しいといふことだらう。息継ぎを、うまく自分で取れるやうにするのも成長の一つである。

 私は決してうまい方ではないが、日常を楽しみつつうまくやり過ごしてゐる人といふは、その息継ぎがうまい。大成功といふのとは違ふだらうが、そこそこの成功者にはさういふことがうまい人が多いやうに思ふ。

 真面目だけが取り柄の人は、決められた仕事はきちんとこなすが、それ以上でもそれ以下でもない。もちろん、さういふ仕事が貴重なのであつて、だれもが成功者になることを求めるやうな人々が集まる社会といふのは、滑稽で間抜けであつて、いつしか社会が成立しなくなるだらう。私たちの国の誇りは、成功者がたくさんゐるといふことよりは、決められた仕事をきちんとこなす人がたくさんゐるといふことである。

 それでも、今は、さういふことを言ふと、「そんなマインドでは、日本は世界の下請け会社になつてしまふではないか」と非難を受けさうである。下請けといふ言葉のイメージを悲観的に取りすぎれば、さういふ危惧も生じるだらう。しかし、その事態を逆から言へば、日本がなければ世界が動かないといふことにもなる。

 やはり決められた仕事をきちんとなすといふことが大事なのであり、問題はその決められた仕事といふのを、他者から指示された仕事に終はらせるのではなく、自分から見出した仕事、あるいは他者の追随を許さない仕事にできるかといふことである。もちろん、オリジナリティだけに価値があるのではなく、きちんとこなす、正確に仕上げるといつた、仕事の出来といふことも「他者の追随を許さない仕事」の一つである。

 私が授業において今いちばん心がけてゐるのも、さういふことである。オリジナリティなどといふものは自分にはないと思つてゐる。さうではなくて、この文章はかう読むのかといふ驚きを教室空間で共有できるかどうかといふことに腐心してゐる。そして、読書することによつて、自らに対する問ひ、他者に対する問ひ、そして自他の関係に対する問ひが自づから生まれでてくるやうな体験をできるやうな生徒が生まれてくることを喜びとしてゐる。もちろん、滅多にあることではないけれども。

 さて、なぜこんなことを書いたのかと言ふと、今日の読売新聞(日曜版)の「名言巡礼」に西田幾多郎の言葉が載つてゐたからだ。西田の言葉は、かうである。

「哲学の動機は『驚き』ではなくして深い人生の悲哀でなければならない。」『無の自覚的限定』(1932年)

 学びの始まりは、「驚き」であると思つてゐた。したがつて、授業においても「驚き」を現出できるかどうかをいつも自分の目標点としてゐた。西洋哲学は驚きを出発点としてゐるといふ思ひもあつた。國木田独歩の小説『牛肉と馬鈴薯』(1901年)に書かれてゐたことも「驚きたいといふ衝動こそ人生の秘訣である」といふことであつた。

 しかし、西田の哲学の動機は「悲哀」であつた。『善の研究』や、修論を書くときに読んだ田邊元の関連で「場の論理」周辺を読んだ程度であるので、その深い意味は分からないが、今日の記事の解説をしてゐられる京都大学文学部の林晋先生によれば、母の死、妻の闘病、長男、三女、四女、六女、そして妻の死と不幸に襲はれた人生であつたといふ。その頃の歌には、次のやうなものがあつた。

 妻も病み子らまた病みて我が宿は夏草のみぞ生ひ繁りぬる  (漢字をひらがなにしたところあり)

 西田自身も「何もかも忘れて学問に逃避するのだ」と話してゐたと言ふ。知らなかつた。

 学びの初動に「悲哀」がある。さういふ境地もあるといふのは新鮮な「驚き」であつた。

 

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誰も書いてゐない日本近代文学史

2016年08月27日 14時06分42秒 | 日記

 この夏休みに、湯川豊氏の『丸谷才一を読む』を読んだ。丸谷の作家としての成果を発表順に批評していくスタイルは、全集の解題を一冊にしたやうな趣で、物足りないといへば物足りない。網羅的に丸谷の作品の全体像を描き出したと言へば言へる。丸谷才一は、あまり批評家が対象として選ばない作家であり(下手なことを書いたら、それ以上の攻撃を受けると思はれたからだらうか)、丸谷評は少ない。

 同じやうな人としては山崎正和もゐるが、その二人が大の仲良しといふのも面白い。文藝人の中には、アンタッチャブルといふのがあるのかもしれない。

 湯川氏といふのは文藝春秋の社員で編集者であるから、文藝評論の専門家ではない。だからといふ訳ではないだらうが、本書の内容も項目ごとほぼ同じ文量で書かれ、バランスよく書かれてゐる。それはタイトルに示されてゐるやうに「丸谷才一を読」みましたといふことである。山崎正和が漱石論のタイトルに『淋しい人間』とつけたり、丸谷才一が『闊歩する漱石』とつけたりするやうな、テーマを前面に出したやうなものではない。ほとんどの文藝評論は、対象とする作家の名前を記したものであるが、『○○を読む』といふスタイルは、解題の印象が強い。

 『丸谷才一を読む』を読んで、丸谷の小説を改めて読みたくなつた。『横しぐれ』『輝く日の宮』『持ち重りのする薔薇の花』をぱらぱらと読み直した。とてもいいと感じた。十年に一冊しか長編を出さない作家だつたから、寡作である。したがつて全体像を知るには取り組みやすい。知的な趣向を駆使して、日本のジョイスを目指してゐたのやうな印象もある(私はジョイスは読んでゐませんので、知識から得た印象です)。

 しかしながら、その面白さは、エリオットが言つてゐる意味で読書の対象たるものではない。「好むもの」ではあつても「好むべきもの」ではない。理想を抱きつつ描き出した現実表現ではない。現実の平面を「知的遊戯」によつて「闊歩」してゐる丸谷才一の姿は思ひ浮かんでも、人間としてどう生きるべきかといふことに苦しみもがいた姿は想像できない。

 それからこの夏休みは、吉田修一の『怒り』を読んだ。「悪いこと」は書かれてゐるが、「悪とは何か」は書かれてゐない。だから、怒りが何に対するものかは不明のままである。それは同じ作家が書いた『悪人』も同じである。「殺人」は「悪いこと」であるが、だれもが犯してしまふかもしれない不安は示されてゐても、「悪とは何か」は書かれなかつた。何度も書いてきたが、村上春樹の小説も不吉なことは予告され続けてゐるが、「悪とは何か」は書かれてゐない。読者が感じるのは不安であり、その不安を共有することで安らぎを得、小説の深みを感じてゐるのである。

 私たちの近代小説、現代小説には、いつもいつも「不安」を書くことには成功するが、その「不安」の正体に迫り、そのことによつて「悪とは何か」を書くことには至つてゐない。村上春樹がさうであるやうに、吉田修一もきつとその「不安」を書き続けるだけだらう。それはとても大切なことであり、それを書き続ける作家の存在をありがたくも感じるのであるが、結局、それはエリオットの言ふ「読書」の対象にはなりえない。

 なぜか。「好むべきもの」、「べし」の世界=善の世界=理想の世界=超自然=キリスト教の思想に迫らないからである。理想=善=当為がなければ、それが欠如してゐることの意味も分からない。卑近な例で言へば、私の父が先日、高齢のため自動車免許を返納した。さうして初めて父は自動車免許のありがたみを知つたとしみじみ言つてゐた。つまり、自動車がない世界で生きてゐれば、自動車が運転できなくなることの意味も分からない。自動車がある世界で生きてゐたから、自動車が運転できなくなることの意味が分かるのである。事実、免許を持つてゐない母親は、簡単に「タクシーを使へばいいのではないか」と言つてゐたのである。

 キリスト教が描いた絶対的な善や理想があるから、その欠如を悪として示すことができた。しかし、そもそもその善や理想がない社会の文学には、その姿もその欠如も表すことができない。どんなに頑張つても善でも悪でもない不思議な世界、それを私たちの全うな文学は「不安」として感じ、その世界を描くことしか出来なかつた。このことをまづは自覚すべきである。

 私が将来書くとしたら、日本文学史はさういふことになる。誰も書いてゐないことである。

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