郡長は、やはり役人か?
印南新村の丸尾茂平次が、郡役所をはじめて訪れたのは郡役所が開設されてから数日を過ぎた午後でした。
「もっとはよう、お祝いに来たらよかったのですが、私の話は暗いことばっかりで郡長さんには悪いと思うてます。
印南野の百姓は、前世でよっぽど悪いことしたんでしょうな。
近頃はお天とうさんも信じられんようになりました」
話題は、やはり地租のことになってしまいました。
「新祖額が不当に高額なことは、私もよく承知しています。地租改正掛に誠意があれば、こんなことにならなかったでしょうに」
郡長は、改正掛の無責任さが腹立たしかった。
いったん決まった地租は、私にはどうすることもできません。
「私が郡長を命じられた時、租税掛員から“加古郡は地租の未納者が非常に多く、地租の徴収が郡長の仕事である”といわれました。
役人とは厄介なものです、職務上がいかに理不尽でも、部下は命令に従わなければなりません」
そう話す郡長は、お役人そのものでした。
丸尾茂平次は、腰をあげながら、「私らは、祖額を減らしてもらおうと県令に嘆願書を出しました」というのでした。
郡長もはじめて聞く話でした。
「それは、どういうことです?」
「金借りに走りまわっても祖額にはとても足りまへん。
そいで、土地の値段を決めなおすか、そこそこの値段でわし等の村の土地を買い上げて欲しい」とお願いしたんです。
そしたら、すぐに姫路出張所へ出頭するように命令がきました。
ごっつい怒られましたわ・・
そして、県令の指令書見せてもらいました。
指令
書面願之趣難及詮議候事(しょめん、ねがいのおもむき、せんぎにおよびがたくそうろう)
「味気ないものでんな。それだけですは・・・」
郡長は、茂平次の話を聞き終わると「わたしは郡長ですいから、その職務をなし遂げなければなりません。
それに、ここでは私郡長としての見解しか言えません。でも私には自分の考えがあります。私的に話したいこともあります。・・・」
茂平次は立ち上がり、郡長に深々と頭を下げるのでした。(no5030)
* 『赤い土』(小野晴彦著)参照
挿絵:雌岡山(めっこうさん)に続く印南新村の土地