「官兵衛が駆ける」の次は、加印地方(旧加古郡・印南郡を指す地域)の近世の歴史探訪に出かけましょう。
加印地方の近世は高砂が中心になります。が、その前に一つだけ近世以前の高砂の歴史を紹介しておきます。
水手供養塔(かこくようとう)
十輪寺(高砂町)を訪ねます。
本堂の東側に、多数の石塔に囲まれた一基の大きな宝篋石塔(写真)があります。
これは、1592年(文禄元)、秀吉の朝鮮侵略の際にかりだされて溺死した水手の供養塔です。
この戦いに、高砂から100人が徴発され、帰国途中に96人が溺死したといいます。
「文禄・慶長の役」とよばれる朝鮮侵略では武士のみでなく、多くの民衆が動員されました。
「高麗へ渡り候へば、二度と帰らぬ・・・」とまでいわれ、多くの水夫・武士が死亡しました。
この供養塔は、全国的にも貴重な民衆側からの朝鮮侵略を記録する石造物です。
96の石塔群は、1730年に建てられた宝篋印塔より古いもので、村人が水手の死を供養するためにつくったものではないかといわれています。(no4506)
*写真:水手供養塔(十輪寺)
◇きのう(7/1)の散歩(15.423歩)
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