言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

『新潮日本語漢字辭典』は買ひか

2008年08月13日 13時47分43秒 | 日記・エッセイ・コラム

新潮日本語漢字辞典 新潮日本語漢字辞典
価格:¥ 9,975(税込)
発売日:2007-09
 昨年、『新潮日本語漢字辭典』が出た。日本語の中の漢字は、音讀みのほかに日本獨特の訓讀みがあり、さらには「熟字訓」と言つて、「田舍」「土産」「案山子」などの熟語をひとつの和語としてとらへる漢字まである。したがつて從來の漢文を讀むための『漢和字典』ではあまり役に立たないといふのが、これを編んだ小駒勝美氏の意見である。まつたくその通りである。

 漢字と言ふと、支那の文字とイコールと御思ひになる人は多く、なかには「漢字文化圈」などといふ謬見まで開陳される知識人がゐる。しかし、そのことについてはこの欄でも津田左右吉や山崎正和氏の主張を援用して縷縷反論した。今ここで補足することは何もないが、一つだけ思ひ出してもらふついでに記せば、現中國での文字と臺灣や日本の文字はそれぞれ違つてゐる。簡體字・繁體字といふ違ひの他に、私たちの日本語の正書法は、ひらがな・カタカナ・漢字であり、たとへば「マッカーサー司令部は、漢字の使用を大幅に制限するように文部省に指示した」と書くのが正式である。これを現代中國語にヤフーの飜譯ソフトで譯せば「麦克阿瑟司令部指示教育部大幅度限制?字的使用的事了」となるが、分かつたやうな分からないやうなである。今テレビでやつてゐる北京五輪にしてもそれぞれの竸技名を支那式で書いたものを見れば、外來語を表記できない現中國語の不便さは分からう。カタカナを發明した私たちの日本語をありもしない「漢字文化圈」と一括りするのはやはり愚かなことである。

 したがつて、日本語のなかに占める漢字の役割を理解した國語辭典といふのは必要だらう。しかし、それにしても高過ぎる。定價9975圓といふのは手を出しにくい。中辭典をいきなり作るといふのは大した意氣込みであるが、一般に流通する漢和字典程度に語數を嚴選して3000圓前後の小辭典も作つてほしい。新潮社は見本も送つてくれないから、細かく檢討することもしにくい。果たしてどれぐらゐの圖書館で置いてくれてゐるだらうか。書店で一時間ほど立ち讀みしてといふほど執着もない。新潮社のホームページで藤原正彦氏が推薦の言を書かれてゐるが、そこに擧げられてゐた「木漏れ日(こもれび)、東風(こち)、浴衣(ゆかた)、秋刀魚(さんま)、秋桜(コスモス)、硝子(ガラス)、倫敦(ロンドン)」といふ言葉は、一般的な人なら國語辭典で十分間に合ふ。これを調べるためにこの辭書を使ふといふのは少し費用對效果の面で難點がある。

 そこで編者の小駒氏の『漢字は日本語である』(新潮新書)を讀んで納得したら辭書も購入することにしようと決めて、讀んでみた。が、結論は「買ひではない」だ。新書自體は「買ひである」。戰後の漢字政策の諸問題、ワープロ時代の漢字コードの問題、朝日新聞の活字の問題など興味深い内容は簡にして要である。じつに面白かつた。

 漢字は日本語である (新潮新書 253)

漢字は日本語である (新潮新書 253)
価格:¥ 714(税込)
発売日:2008-03
それにしても新潮社は面白い辭書を作る。國語辭典も愛讀してゐるが、この漢字辭典もはやく小辭典を出してほしい。さうしたらすぐにでも買ひたい。

(餘談  この項目一度書きかけて八割がたのところで消えてしまひました。假名遣ひソフトの「契冲」で書くと突然動かなくなつてしまふことがあります。そして「マイクロソフト社に送信」といふメッセージが出て萬事休す。最初の原稿には、田中角榮が日中友好條約の調印式で署名する時、漢字を書く手が震へたといふ話を書込みましたが、今囘には入らなかつたのでここに記します。漢字コンプレックスはあの大政治家にもあつたといふのは驚きで、漢字文化圈の宗主國支那といふ印象が今も強いといふことなのでせう。)

コメント
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