ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

オーマン国王夫人物語(16) ブサイナ姫の墓参

2017-11-14 12:59:03 | 江戸時代、高砂の商業活動

 前号(no16)の清子さんの最後の日記をもう一度お読みください。

 清子さんの悲痛な叫び声が伝わってくる文章です。

    ブサイナ姫の墓参

 ブサイナ姫は、1978年に38年ぶりでターリック殿下とともに日本を訪問されています。

 お母さん(清子)の墓参のためです。

 その5年前に朝日新聞の下村記者との「必ず母の墓参に日本に行きたい」との誓いを果たされたのです。

 稲美町の墓に参られ、たくさんの親戚の方ともお会いになりました。

 この時、ブサイナ姫は、墓前で声をあげて泣き崩れたとのことです。

 *墓碑は、兵庫県立東播磨高校の前の大沢公園墓地にあります。

    神戸への訪問   

 墓参の後、神戸市内の両親の想い出の場所も散策されました。

 特に、両親の新婚生活の場であった葺合区の瀟洒な洋館も訪れ、ブサイナ姫はその塀を何度もさわりながら、「覚えている」とささやかれたそうです。

 今、この文は『オマーン見聞録(遠藤晴男著)』(展望社)を参考にさせていただいています。

 遠藤氏によれば、「下村氏は、ブサイナ王女とあった最初の日本人でもあり、その後も誰もあったという話は聞いていない・・」また、「ちなみにブサイナ姫は今もマスカット(オマーンの首都)市内で健在に過ごされている」と付け加えられています。(no3780)

 *写真:母の墓への墓参するブサイナ妃(テレビ番組TBS:アンビリーバボーより)

 ◇12日の散歩(10.288歩)

    きのう(11/13)の散歩(10.160歩)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする