破顔一笑という熟語がある。これは文字通り腹の底から思い切り笑うことだ。周囲に気兼ねすることなくガハハハと笑うから顔がまるで破れたようにみえる。それを形容したのがこの熟語であろう。
ところが、どういうわけか、都会に暮らす人々は思い切り笑わない。面白いことがないわけじゃない。でも「バカ笑い」をすることはほとんどない。なぜだろう。周囲の目が気になるのだろうか。バカ笑いはみっともないとでも思っているのだろうか。
確かに由緒正しい家柄の方々は大口を開けてガハハハとは笑わない。いや、もしかすると見えないところで笑っているのかもしれないが、少なくとも人前ではみなお上品にほくそ笑むのが当たり前らしい。
だけどさ、笑いというのは面白いから笑うんであって、面白いと思っている時に人前を気にして笑いたい気持ちを押し殺しながらクスクス笑うなんて変だよなあ。うん、きわめて不自然だよ。
ワシは地方出身者であり、家柄もヘッタクレもない家庭に育った。だから今でも面白いことがあると思わずバカ笑いをしてしまう。まかり間違ってもオホホホ…なんていう上品な笑いはできない。笑いの基本は、やはりガハハハハもしくはギャハハハであると信じて疑わない。
だから、上京して最初に感じたのは「なぜ東京の人は思い切り笑わないんだろう」ということだった。本当に不思議だった。はじめは面白いと思わないから爆笑しないのかなとも思ったが、どうやらそうではない。思うに、子供の頃から破顔一笑する機会が少なかったのではないか。また親を含め周囲から、暗黙のうちに「爆笑することは好ましくない」といった教育を受けたのかもしれない。いずれにしても、彼らが腹の底から笑うのをワシはほとんど見たことがない。
都会に生まれ育った人からすれば、「いや、そんなことはない」と叱られるかもしれない。しかし都会と田舎では笑い方が明らかに違うのだ。ウソだと思うなら、日本テレビの人気番組「笑ってコラえて」を見るが良い。この番組は主として田舎の人々の素朴なリアクションを「売り」にしている。田舎の人々は、たとえ目の前にカメラがあっても素顔の自分を平気で晒す。だから笑い方だって、基本はワッハッハッだ。まるで魂が飛び出てしまいそうなほどデカイ口を開けて笑う。そう、田舎の人はこの笑い方が普通なのだ。クスクスとかオホホホなんて笑い方をする人は、そうはいない。
ワシは何も笑い方に優劣をつけるつもりはない。いろんな笑い方があっても一向に構わないと思う。ただ、なんていうのかな、都会の人々は本来の人間にとって大切な何かを忘れてしまっている気がするのだ。笑うという行為は喜怒哀楽のひとつである。だが、そうしたいわば本能的な行為ですら素直に表現できないとすれば、何かが間違っているのだろうし、どこかに歪みがあるという気がしてならない。さあ、みなさん、腹の底から笑ってみませんか?
ところが、どういうわけか、都会に暮らす人々は思い切り笑わない。面白いことがないわけじゃない。でも「バカ笑い」をすることはほとんどない。なぜだろう。周囲の目が気になるのだろうか。バカ笑いはみっともないとでも思っているのだろうか。
確かに由緒正しい家柄の方々は大口を開けてガハハハとは笑わない。いや、もしかすると見えないところで笑っているのかもしれないが、少なくとも人前ではみなお上品にほくそ笑むのが当たり前らしい。
だけどさ、笑いというのは面白いから笑うんであって、面白いと思っている時に人前を気にして笑いたい気持ちを押し殺しながらクスクス笑うなんて変だよなあ。うん、きわめて不自然だよ。
ワシは地方出身者であり、家柄もヘッタクレもない家庭に育った。だから今でも面白いことがあると思わずバカ笑いをしてしまう。まかり間違ってもオホホホ…なんていう上品な笑いはできない。笑いの基本は、やはりガハハハハもしくはギャハハハであると信じて疑わない。
だから、上京して最初に感じたのは「なぜ東京の人は思い切り笑わないんだろう」ということだった。本当に不思議だった。はじめは面白いと思わないから爆笑しないのかなとも思ったが、どうやらそうではない。思うに、子供の頃から破顔一笑する機会が少なかったのではないか。また親を含め周囲から、暗黙のうちに「爆笑することは好ましくない」といった教育を受けたのかもしれない。いずれにしても、彼らが腹の底から笑うのをワシはほとんど見たことがない。
都会に生まれ育った人からすれば、「いや、そんなことはない」と叱られるかもしれない。しかし都会と田舎では笑い方が明らかに違うのだ。ウソだと思うなら、日本テレビの人気番組「笑ってコラえて」を見るが良い。この番組は主として田舎の人々の素朴なリアクションを「売り」にしている。田舎の人々は、たとえ目の前にカメラがあっても素顔の自分を平気で晒す。だから笑い方だって、基本はワッハッハッだ。まるで魂が飛び出てしまいそうなほどデカイ口を開けて笑う。そう、田舎の人はこの笑い方が普通なのだ。クスクスとかオホホホなんて笑い方をする人は、そうはいない。
ワシは何も笑い方に優劣をつけるつもりはない。いろんな笑い方があっても一向に構わないと思う。ただ、なんていうのかな、都会の人々は本来の人間にとって大切な何かを忘れてしまっている気がするのだ。笑うという行為は喜怒哀楽のひとつである。だが、そうしたいわば本能的な行為ですら素直に表現できないとすれば、何かが間違っているのだろうし、どこかに歪みがあるという気がしてならない。さあ、みなさん、腹の底から笑ってみませんか?