ライターの脳みそ

不定期に更新する思いつきブログ

旬を味わう

2011-05-23 03:47:17 | ドライブ関連
このところ、なんだかんだとストレスが溜まってきました。そういう時、我慢しちゃいけません。自分なりの方法でストレス発散しなくては…。

さて、今回のストレス発散はどうしようかと思案していた時、そういえば「お気に入りの味」にご無沙汰していたことに気づきました。そうであれば行くしかありません。早速、静岡にある「鮨のお久だ」に直行!

数年前からここのご主人がブログを始めていたようです。それを知ったのが今年になってから。旬の食材を定期的にアップしているので、時々見ては「あぁ、食いたいなぁ…」と思っていました。

最近気になったのは桜えび。これ、多くは冷凍モノらしいのですが、この店では基本的に生のモノを使うそうです。だから鮮度は抜群。というわけで、今回は桜えびを主体とした品々をお願いしました。

まず出てきたのは桜えびの刺身。うん、本当に鮮度がいい。そして、鰹のたたきにニンニク、ショウガの茎などを和えたサラダ風小皿。これも美味。

(クリックすると写真は拡大します)


次は、そのブログにも出ている桜えびのかき揚げ。写真右下にある緑色の塩でいただきます。これがまたサクサクしてて「まいう~」

(クリックすると写真は拡大します)


最後は握りのオンパレード。写真左から4カン目はノドグロを軽くあぶったもの。このあぶりが素材本来の味を閉じ込めていて何とも言えない旨味がありました。また、右端はホタルイカ、その左隣はトリ貝。どちらもみずみずしい。

(クリックすると写真は拡大します)


今まで何度か訪れていましたが、写真をアップするのはナント今回が初めて。これまでは写真を撮る前に味を堪能してしまい、気づけば撮るのを忘れていました。ご主人の気さくな人柄と落ち着いた店の雰囲気はワシにはとても心地よく、時間とカネをかけても行く価値があります。

みなさんには、そんなお気に入りの場所や店、ありますか?
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編集者の匙加減

2011-05-12 03:49:54 | 脳みその日常
有能な編集者のもとでなら仕事も捗りますし、納得のいく仕事ができるというもの。ところが、そうでない人が担当になるとホント疲れるばかり。

少し前に、面識のないある編集者から原稿の依頼がありました。「特に条件はないので、ご自由にお書きください」とのこと。ならばと、いつもの調子で心のおもむくままに「それなりの指摘」付きの原稿を書きました。

それなりのと書きましたが、実はそこが最も重要なポイントなのでした。ちょっとオーバーに言えば、それを記すことでかなり啓蒙的な意味があるはずだったのです。

しかし、その編集者は原稿を読むなり、そのポイントの箇所に触れて「ちょっとここは削除させていただきたいのですが…」と。その理由をたずねると、「弊社の雑誌は全国誌でもあり、さまざまな点である程度の影響力があると思われますので…」ときた。

いや、そんなことは先刻承知ですとも。だからこそ必要と思われることを書いたんじゃないですか。むしろ今まで誰も指摘していないことだから書く意味があるわけで…。全国誌であればよけいに啓蒙する意味でもいいんじゃないですか? そう説得しました。

でも、その担当者は納得せず。で、これ以上の議論は無駄と判断し、当該部分を削除することで決着と相成りました。だから実際に日の目を見た文章は当たり障りのないつまらないものとなっています。

多少話が飛躍しますが、世の中の不景気とともに出版業界も苦境を強いられています。それには様々な要因があるでしょう。しかし現場レベルでこのようなやり取りが行なわれていることだけをみても、出版物が売れない理由がわかるような気がするのです。

内容の面白さは同時にリスクをも伴うものかもしれません。だから出版元とすればリスクを避け、保身に走るのも理解できます。でも気骨ある内容を骨抜きにして、そんな「ぬるい文章」ばかりを羅列したところで読者はその雑誌に魅きつけられるでしょうか。

ワシは何も私怨をここではらすために書いているんじゃありません。実情がそうだと言いたいだけなのです。

まあ、結局、世に出回る出版物というのはほとんどが編集者のお眼鏡にかなったものなんですよね。編集者に気に入られればOK、だめなら没。没になる理由が正当なものならいいんです。でも、近年ではそうでない傾向にある気がします。あの書き手は(人間的に?)気に入らないからといった理由で原稿依頼をしないこともあるそうです。

なんなんでしょうね。実際に書くのは著者なんでしょうが、結局出版文化の質を決定づけているのは無名の編集者なのですよ。彼らの匙加減で文化の質が決められていく…。もしそうだとすれば、これは由々しき問題じゃないかと思うんですけどねえ。
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入りたいのに入れない症候群

2011-05-10 04:01:23 | ドライブ関連
変なことを想像したアナタ、残念でした。そーゆー意味じゃありません。

長年運転をしていて、初めての経験だったので驚いたんです。

それは高速道路を運転していた時のこと。眠くなったので次のパーキング・エリア(PA)で仮眠しようと考えました。ところが、気づけばお目当てのPAを通過しているんです!

なになに?
どういうこと?

わけのわからぬまま、次のPAを目指しました。ああ、もう少しだな…と思っていると、またもや通過。こんなことが5回も続きました。

6度目になって、ようやくPAに突入。無事仮眠することができました。一体、これはどういうことなんでしょうか。

いろいろ思い返してみました。原因はただひとつ。睡眠不足だったんでしょうね。

でも、今までならすぐにPAに入って仮眠していたんですよ。それなのにPAに入る直前まで意識があったのに、いざPAに入る段になって意識が飛ぶ…。そしてPAを通過後、意識が戻る。それが何度も続く…。まるでPAがワシのことを拒んでいるとしか思えません! なんつーか、もうこれはオカルトの世界ですよ。こえ~。

もっとも、事故にならなかったから書けるんですけどね。もし意識を失って急ハンドルを切っていたらと思うとゾクゾクします。

みなさんも意識が途切れる前にPAに入って仮眠してくださいね。
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地球を体感する

2011-05-06 04:16:40 | 脳みその日常
3月の震災以来、相変わらず余震が続いています。もっとも、余震はひと頃より少なくなっているのかもしれません。テレビの画面で「地震速報」が流れるのも減っているように思えますからね。

それはそれでいいことなんですが、震災直後パソコンにインストールしたあるアプリが伝える情報を聞いていると、地震そのものが減っているとは到底思えないのです。いや、むしろ地球は確実に活動していて、私たちはその上に生きているのだと思わざるを得ません。うん、地球は生きているんだなぁ…と。

参考までに上に書いたアプリというのはMac版で、正確にはアプリではなくウィジェットというものです。(QuakeInfoDash

Win版でこれに類するものは、たぶん「これ」とか「これ」ですかね。Winのことはよくわからないので間違っているかもしれません。

地震は私たちにとってありがたいものではもちろんありません。できれば起きないことを祈るばかりです。でも、こうしたソフトをインストールしておくことで躍動する地球を実感できますし、万が一の時少しでも早い対処ができますよね。

まあ、ここを覗いている皆さんなら、すでにご存知のアプリかもしれませんが、一応書いておきたいと思います。
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前向きな生き方

2011-05-05 03:41:10 | 脳みその日常
最近、ある事情があって少々危ない橋を渡っています。危ないといっても法に触れることをしているわけじゃありません。あくまで法の範囲内でのこと。

そんなわけで、いわゆる裏事情に詳しい人と接する機会が増えました。それにしても自分の知らない世界ってのはあるもんですね。事情通からの情報には毎度驚かされることばかりで、いい刺激になっています。

事情通のひとり、X氏の話はとりわけ面白い。何が面白いって、彼の発想や生き方がユニーク。彼はバブル時代にめちゃくちゃ金をもうけた人らしいのですが、何かのスペシャリストいうわけではありません。完全な無からの叩き上げで、経験主義に基づいて大金を手にしたそうな。

面白いのはその生き方。ある特定のジャンルの知識が全くなくても、まったく動じないところ。ある日、先輩から突然「おい、お前、○○の責任者になれ!」との命令があったそうです。○○について彼には何の知識も経験もなかったそうですが、その仕事が面白そうだったので二つ返事で受けたとのこと。

普通、知らない世界って不安じゃないですか。怖いじゃないですか。でも彼は全く意に介さず。何も知らないんだから周囲の人たちに怒られても当然と考えます。

「間違えたら謝ればいいんですよ」

そうやって経験を積んで、いつしか○○のことをマスターしていったそうです。

面白いのはその先。あることのスペシャリストになったのなら、その道を極めたらいいのにそれは彼の望むところではないそうです。ある程度先が見えたら、もう別のことに興味が出てきて、せっかく積み上げたものを誰かに渡してしまうとか。

たいていの人はそれを生かすなりして、とにかくその道にしがみつくでしょ? でも彼は苦労して極めたことに対してこれっぽっちの未練もないんです。新たに興味を持ったことも全く1からの出発なのですが、それを面倒と思わない。むしろ面白い面白いとポジティブに取り組むのだそうです。

まあ、普通の人からみれば、この人は変わっているでしょうし、確かに「カタギ」には見えません。でも、古稀に近い年齢なのに「守り」に入らず、常に何かに挑戦し続ける姿勢。これはすごいことです。見習いたいと思います。

たぶん、彼はこれまでの人生で相当な辛酸をなめているのでしょうが、逆にそれが生きる自信となっているのでしょう。だからちょっとしたことにも動じない強さがあるのです。
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不可解だらけ

2011-05-04 04:38:01 | 脳みその日常
理性的に平和を望むのであれば、今回米政府が行なったビンラディン殺害作戦は間違っていたと思います。こんな形で決着させても、また報復の連鎖が続くだけだからです。なぜ生け捕りにしなかったんでしょうね。

法の下に裁けばいいじゃないですか。オバマの米国国民に対する支持率アップのため? はたまた将来戦争になれば戦争特需で景気が上向きになると見越したのか?

それにしても、今回の作戦は不可解なことばかり。殺害したこともそうですが、水葬にしたというのも何かウサン臭いものを感じます。証拠隠滅するためですかね。

何より殺害されたのがビンラディン本人かどうかも明らかにされていません。DNA鑑定したといいますが、そんなのだってどこまで本当なのかも不明です。

譬えが適切かわかりませんが、どうせ殺害するなら、1989年に公開処刑されたルーマニアのチャウシェスク大統領夫妻のようにしたほうがまだいい。それならどんな人も納得するのではないでしょうか。今回の作戦はその意味でも禍根を残したといえるでしょうね。

ところで今回の件では、個人のツイッターが大活躍。ただ、その結果、この人自身にもいろいろな影響があったようです(詳細についてはコチラ、もしくはコチラ)。

ワシはこれまでツイッターというものをやったことがありませんし、興味もありません。でも、どんなものかは何となく知っています。

ただ、モノ書きとして気になるのは「ツイッター」という表記。原綴(twitter)から判断するなら表記は「トゥウィッター」じゃないかと思うんですけどね。一体誰が最初に「ツイッター」と言い始めたんでしょうか。

春日三球ならこう言うでしょう…「それを考えると眠れなくなっちゃいます」
人生幸朗ならこう言ったでしょう…「責任者、出てこい!」

どちらも古いネタで、すみません(苦笑)
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