ライターの脳みそ

最近のマイブームはダム巡りと橋のユニークな親柱探し。ダムは目的地に過ぎず、ドライヴしたいだけ…。

アピール!…新潟県企業局胎内第二ダム

2020-08-31 06:57:49 | 新潟(ダム/堰堤)
今回から新潟県胎内市(たいないし)から日本海に流れ込む胎内川を遡っていこうと思います。まず訪れたのは胎内市下荒沢(しもあらさわ)にある新潟県企業局胎内第二ダムです。アクセスは胎内川沿いに走る県道53号を進んでください。

まずは「ご尊顔」。



うっかりダムを見過ごしても大丈夫。ダムのすぐ上流に立派な看板がありますから。



その建物の隣にあるのが「見張所」。



こんな感じに並んでいます。



そして、お約束の水利使用標識。発電用のダムですね。



横から見たダム。しかしダム上に行くことはできません。



ここはダムと発電所がセットになっているようですね。



1959年10月竣功だそうです。



ダム横から見た胎内川上流の景色。



「ダム」の看板が目立つので県道53号を行けば間違いなく到着できます。
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横川ダムへ「きてくろ」

2020-08-30 06:37:44 | 山形(ダム/堰堤)
山形県西置賜郡小国町綱木箱口(にしおきたまぐんおぐにまちつなぎはこのぐち)にある荒川水系の横川ダムへ行ってみました。同じ名称のダムは他に長野県と福島県にあります。長野県の横川ダムは以前行きましたが、福島県のほうはまだなのでそのうち行ってみようと思います。それはさておき、今回の山形県の横川ダムのアクセスは国道113号から横川に沿う道を進んでいきます。

まずは下流から見たダムの「ご尊顔」。



下流の横川の様子です。



では、ダム上のほうへ行ってみましょう。貯水湖の名称は「白い森おぐに湖」



これは横川ダムの管理支所。





その横には「きてくろ館」という情報空間。館名は「来てくださいね」という小国東部地区の方言に基づくもので、もてなしの意味もあるのだという。(参考





「きてくろ館」1階はこんな感じ。



「きてくろ館」2階の内部です。



ダム上はその奥にあります。「横川ダム」の石碑とダム上のコラボ。



右岸下流側から見たダム。これ、なかなか良いアングルですね。



ダム上、中央付近から見たダムの真下。



下流の遠景はこんな感じ。



貯水側の景色です。



対岸(左岸)へ来ました。振り返るとこんな感じ。



左岸、下流側から見たダム。



左岸、貯水側から見たダム。



ダム周辺案内図。



ダム上の近くにある石碑。なぜ「明鏡止水」なんでしょうね。何か違うような…。



2008年3月23日竣工のダムだけあって、新しいのはもちろんですが、色々学ぶことができる場所です。「きてくろ館」は大人も子供も楽しめますよ。
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明かしてよ〜…赤芝ダム

2020-08-29 07:14:26 | 山形(ダム/堰堤)
新潟県を流れる荒川を遡って行ったら、遂に山形県に突入ですよ!最初に訪れたのは山形県西置賜郡小国町(にしおきたまぐんおぐにまち)玉川にある荒川水系の赤芝ダムです。アクセスは米坂線と並行して走る国道113号沿いにあります。

でも国道からダムを見ることはできません。いや、厳密に言えば「ご尊顔」を見ることは可能です。赤色のスノーシェルタートンネルの隙間からならね。

ところがそこには歩道といえるものがないので非常に危険なのです。もちろん駐車スペースもありません。

さて、困りました。どうするか…。「ご尊顔」こそ見れないものの国道から県道15号に入る場所に駐車可能な場所がありそう。ならばそこへ。

というわけで、上流側から見た赤芝ダムの様子がこちら。



でもね、これ以上近づくことはできないんです。関係者以外立入禁止なのでね。



まあ、仕方ありませんわ〜。
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荒川の新潟県最初の砦…岩船ダム

2020-08-28 06:40:38 | 新潟(ダム/堰堤)
前回の鷹の巣ダムから少しだけ荒川の上流にあるのが荒川水系の岩船ダム。住所は岩船郡関川村片貝(かたかい)。アクセスは国道113号が通る荒谷トンネル手前を脇に入ります。米坂線の線路を過ぎて行くと到着。

まずは「ご尊顔」。がっしりとした造りです。



ダム本体に取り付けられた水利使用標識…ですが、ズームしても読めず。



ダム横から見るとこんな感じです。



荒川上流側から見たダム。



なぜ遠巻きからの写真なの? と思われるでしょう。それは立ち入ることができないからなんです。





下流側にあるこのベージュの建物が管理所のようですが、それを示すプレートは見当たりませんでした。



ダム上に行けなかったのは残念でしたが、「雄姿」を拝めただけでも良しとしましょう。
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コソコソ…鷹の巣ダム

2020-08-27 07:09:40 | 新潟(ダム/堰堤)
山形から新潟へ流れる荒川を遡る旅を続けます。前回の大石ダムから流れ出た大石川が荒川に合流する場所よりもさらに荒川を遡ると鷹の巣温泉を過ぎたところにあるのが荒川水系の鷹の巣ダムです。住所は新潟県岩船郡関川村大内淵(おうちぶち)地内。アクセスは国道113号の片貝トンネルの脇の道から入りますが、なんと訪れた日には工事中でダムへ近づけず。

唯一こっそり撮ったのがこれ。



初見では何が何だかわかりませんよね。ええ、わかりませんよ。でもこの時の緊張感たるや表現できないほどでした。なぜならそこに長居をしていたら工事関係者に叱られそうだったから…。

もうね、スリルとサスペンスの世界ですってば。かはは。
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大蛇伝説と大石ダム

2020-08-26 07:27:59 | 新潟(ダム/堰堤)
前回の荒川頭首工を流れる荒川を遡ると米坂線の越後下関駅の先で荒川に大石川が合流します。今回はその大石川の上流にある荒川水系の大石ダム(新潟県岩船郡関川村大字大石地先)に向かいます。アクセスは国道113号から県道272号へ曲がり、そしてダム方面に行くと到着です。

まずは「ご尊顔」。



ダムへの道を進んで行くと正面に大石ダムの管理支所が見えてきます。





貯水湖の名称は「おおいし湖」。



大石ダムと刻まれた石碑。見にくいですが、1978年8月竣工と記されています。



大石ダム竣工記念碑。ダム建設の経緯はやはり1967年8月に発生した羽越水害に起因するものでした。土壌調査の後、1972年5月にダム建設に着手し、水害発生から11年後に完成したと書かれています。(完成年月は上の通り)



大石ダムに関する別の看板。洪水調節と発電を目的に作られたダムだそうです。



ダム上の脇には「おおいしインフォメーション・ハウス」なるものがあります。中に入らなかったので何があるのかはわかりません。





いよいよ、ダム上を歩きます。一般車両は通行できませんが、歩行はOK。



ダム中央から見た「おおいし湖」の様子です。



ダムの真下はこんな感じ。



下流の遠景は木ばかり…。



ご存知、水利使用標識です。



対岸(左岸)へ来ました。イラストがユニーク。実はこれ、後述する大蛇伝説を描いたものなんですよね。



これは西俣トンネル。完成は1975年12月とあるのでダムよりも早い時期に作られたことがわかりますね。193mの長さだそうですが、真っ暗だったので行かず。



なになに? 展望公園があるとな! こりゃ行くしかないでしょ!



トンネルの脇に、こんなモニュメントが。「山河平安」と題されています。説明によると1967年8月28日に発生した羽越水害から30年を経た1997年春に建立されたものだそうです。





そのモニュメントから見たダムの様子。



では、高台にある展望公園へ行ってみましょう。こんな階段を登り、



まだまだ登り…。



「ご尊顔」を見つつ、



さらに登っていきます。



ヒイヒイ言いながら、やっとの思いで展望公園に到着。



このヤグラから見た景色はなんとも言えない素晴らしいものでした。



そこに設置されている無料の望遠鏡を覗いてみると、こんなにクッキリ! すげぇです。



で、なぜかここに関川村の伝説「大里峠(おりとうげ)」の看板が。



読んでみれば納得します。この伝説は1757年に発生した大水害をもとに作られたという説があるようです。当時の人々は、水害は大蛇や龍神が起こすものと考えていたそうな。この大石ダムは、かつての村の人々と鉄の釘が大蛇を退治したように今では立派に治水の役割を果たしていることを示す意味でこの伝説とリンクさせたのでしょう。写真では読みにくい方はコチラで読むこともできます。

大石ダム、なかなか深い意味のある場所でした。
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荒川頭首工の成り立ちを想う…

2020-08-25 06:53:47 | 新潟(ダム/堰堤)
新潟県村上市花立にある荒川頭首工に来ました。荒川と称する河川は調べてみると北海道から沖縄まで各地にあるんですね。その多くの由来が「荒ぶる川(氾濫しやすい川)」からきているようです。この新潟県の荒川も同様で、だからこそその流域にはダムや頭首工などが作られているのでしょう。

まずは右岸から見た頭首工の様子をどうぞ。



こちら側にはお魚さんが川を遡ることができるように作られた魚道があります。



ダム上に相当する道路。車両通行可です。渡ってみましょう。



荒川の上流側の様子です。夕方みたいに見えますが、これは逆光のせい。



下流側はこんな感じ。



対岸(左岸)へ来ました。こちらの上流側には分水路があり、ここから分岐して、



あちらへ流れていきます。農業用水に使用されるんでしょうか。



左岸には管理事務所に相当する「荒川沿岸土地改良区」があります。







そこから見た頭首工の様子。



お馴染みの「水利使用標識」。



敷地内にある碑文によると、この地域では度重なる水害に悩まされており、これを解決すべく1951年に荒川沿岸土地改良区を設立。そして1958年9月に荒川頭首工が完成。しかしながら1967年8月の集中豪雨により死者・行方不明者77名、多数の耕地ならびに家屋が流失する事態が発生(羽越大災害)。事態を重く見た政府は1969年10月に河川整備と頭首工改築の見直しに着手し、1973年に現在の形となったと書かれています。

ワシのような見学者はフラっと訪れて、ただ眺めるだけですが、当該の設備(ダムや堰堤、頭首工)は然るべき理由があって作られたもの。過去には尊い命が多数犠牲になったことを忘れてはいけないのです。だから面白半分に見たり、単にダム・カード欲しさに訪問するのはちょっと違う気がするんですよね。
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南大平ダム湖公園のダムの名称は…

2020-08-24 07:10:35 | 新潟(ダム/堰堤)
新潟県村上市南大平(みなみおおだいら)に南大平ダム湖公園というのを見つけたので行ってみました。ダム湖という名称が付くのはもちろんここにダムがあるからです。

で、到着しました。



お〜、ありました。まあまあの規模の砂防ダムです。



ダム横から見た様子。柵があるのでダム上へは行けません。



近くにある看板。「石川砂防ダム」とあります。ということは、ここは石川水系の石川砂防ダムであって「南大平ダム」という名称ではないらしい。つまり南大平ダム湖公園とは南大平という場所にあるダム湖(の近くにある)公園という意味なんですね。



ダムと看板の位置関係を示すとこんな感じ。



ダムの下流には木々が生い茂っていて、ちゃんとした「ご尊顔」は拝めず。



下流の広場はキャンプができるスペースがあります。





こういう建物をたまに見かけますが、この場所で一体どんなことが行われるんでしょうね。想像がつきません。



訪れた日には数組の家族連れがキャンプに来ていましたが、ダムになんて目もくれず。まあ、そんなもんか…。うん、そんなもんです。
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楽しみをもって…三面ダム

2020-08-23 06:59:40 | 新潟(ダム/堰堤)
新潟県村上市岩崩沼田にある三面(みおもて)川水系の三面ダムへ行ってみました。アクセスは日本海東北自動車道「朝日三面インターチェンジ」を出た県道349号を東方向に進み、途中で左方向に入っていくと到着します。

到着しました。



ダム横近くには1947年から1955年まで新潟県知事を二期務めた岡田正平(1878-1959)の胸像があります。氏は只見川の電源開発事業に尽力されたことは知られていますが、この三面川の総合開発事業にも注力されたそうな。



その向かいにある建物が管理所でしょうか。



いいえ、新潟県村上地域振興局地域整備部三面分室でした。



じゃあ、管理所はどこ? ダムのすぐ横の建物がそうです。





管理所入口脇には三面ダムの概要案内図。治水、灌漑、発電などの多目的ダムだそうです。



管理所のダム側の壁面には近隣の奥三面ダムと猿田ダムの関係が示されています。



では、ダム上を歩いてみることにしましょう。



ダム中央から真下を見ると…。迫力ある落水の様子です。



下流の遠景はこんな感じ。



一方、貯水側はこんな景色。



ダム中央の建物に掲示された「水利使用標識」。他のダムで見るものとちょいと違います。



対岸の突き当たりには「三面ダム竣功記念」の碑。1953年6月20日が竣工年月日なのでしょう。



対岸から振り返るとこんな景色です。ちと暗いですが、これはカメラのせい。




(おまけ)
元の県道349号に戻り、さらに上流にある奥三面ダム、猿田ダムへ向かおうとしたら…。



前日に降った大雨のせいで通行止になってました。



はるばる来たのに…また来なくちゃいかんな(楽しみ)。
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小便小僧の前立腺…赤坂堰堤

2020-08-22 07:16:01 | 埼玉(ダム/堰堤)
埼玉県入間郡越生町(いるまぐんおごせまち)小杉にある赤坂堰堤(赤坂沢砂防ダム)へ行ってみました。アクセスは県道61号から「あじさい街道」を行き、途中から左方面へ入ったところにあります。

到着しました。おや? 堰堤の前に何かありますね。



な、なんと小便小僧! なぜここに小便小僧が…。



近くにある看板によると、堰堤を親しみやすいものにするために埼玉県が堰堤整備に伴い小便小僧を設置したのだとか。下の図を見ると、堰堤の上流100mで取水された赤坂川の水が地下導水路を通って小便小僧の「放尿」になるらしい。

でも、比べて見てください。写真左下の完成当時の放尿の勢いと上の写真の勢いの違いを。明らかに今の勢いは衰えています。小僧の前立腺が肥大してきているんでしょうか(笑)



小便小僧のことはともかく、奥にある堰堤に近づいてみましょう。良い感じに苔むしています。1991年3月竣功なんですね。





堰堤に近づけばマイナス・イオンをたくさん浴びることができそう。





下流の様子はこんな感じ。



小便小僧は、もう30年も人知れず放尿を続けています。埼玉県はそろそろ「前立腺」のことを考えてあげてください。
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憩いの場…雀川砂防ダム

2020-08-21 06:59:20 | 埼玉(ダム/堰堤)
埼玉県比企郡(ひきぐん)ときがわ町大字日影にある荒川水系の雀川(すずめかわ)砂防ダムに来ました。アクセスは県道30号から雀川に沿って進んで行くとあります。

まずは右岸から見たダムの様子をご覧ください。



貯水側から見たダムです。



ダム下には公園が整備されていて、地図を見るとダム名よりも「雀川砂防ダム公園」のほうが強調されています。これはその案内図。



公園の広場にはちょっとした野外ステージがあったりします。動物ショーでもするんかいな…。



と思いながら、ふと横を見ると何かがいます。



出番を待っている(?)カバ、ゴリラ、パンダ、それにコアラ。



また、草の海の中に浮かぶラッコ。う〜ん、実にシュールです。



オシャレな庭園もあります。



近くにはダムと公園の概要が刻まれた石碑。これによれば雀川砂防ダムが完成したのは1988年で、1991年3月には玉川村の制定100周年記念事業として公園が作られたとあります。なお、玉川村は2006年2月に隣接する都幾川(ときがわ)村と合併して「ときがわ町」となり、現在はありません。





公園の奥にダムが見えます。近づいてみましょう。



途中には玉川村村制施行100周年を記念して、ここにタイムカプセルが埋められているそう。一体いつ掘り起こされるんでしょうね。玉川村はもうないんですから掘り起こすタイミングが難しそうですね。余計なお世話ですが。



ダムの真下に来ました。ダム本体に嵌め込まれたプレートにも1988年3月とありますね。プレートには「雀川砂防堰堤」とありますが、高さが24.75mとあるので砂防ダムで間違いありません。





ダム下には副ダムがあります。



さて、次はダムの左岸に向かうことにします。ダム横にはここにもちょっとした公園があり、



おや? こんなところにもピコリーノがいました。君たち、いろんなところに居るねえ。
参考1
参考2
参考3



下流側から見たダムはこんな感じ。



ダム上は残念ながら立入禁止です。



貯水側から見たダム。



ファミリー向けの寛げる場所だと思います。
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二人のゆくえ…舘川砂防ダム

2020-08-20 06:58:47 | 埼玉(ダム/堰堤)
比企郡小川町腰越にある荒川水系の舘川砂防ダムに来ました。アクセスは県道11号から入っていきます。

ご覧ください。立派な2段階式のダムです。



すぐ近くには「舘川砂防ダム」のプレートが嵌め込まれた石碑。揮毫は「埼玉県知事 畑和」とあります。畑和(はた・やわら:1910-1996)は1960年に衆議院議員に当選した後、1972年から1992年まで埼玉県知事を務めた政治家。ということは、舘川砂防ダムが完成したのはその頃ということになります。



ダムと石碑が一緒に写るとこんな感じ。まあまあのナイス・ショットですね。



下流の景色。この川が下流の槻川(つきかわ)へ流れ込みます。写真の左側にはちょっとしたスペースが設けられています。



そこにはなんとQRコード対応の小川町観光案内板! 先進的ですな。でも「版」は違う気がしますが。



スペースはこんな感じです。あずまやも用意されています。



「KENJI」と「YUMi」は今どうしているんでしょうか…。落書きはイカンよ。でも、どうやってここに書いたんでしょうねえ。



二人の今が気になって仕方がありません。
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荒川をガッチリ受け止める…玉淀ダム

2020-08-19 07:24:24 | 埼玉(ダム/堰堤)
今回は大里郡寄居町大字末野にある玉淀(たまよど)ダムへ行ってみます。国道140号「末野」交差点近くの折原橋から「ご尊顔」を拝むことが可能。6門からなるローラーゲートが荒川をがっちり堰き止めています。

では、どーぞ。



荒川の下流はこんな感じ。逆光なので暗く写っていますが、実際にはもっと明るくキレイです。



玉淀ダムへもっと近づいてみます。アクセスは折原橋の袂にあるこの看板のところから入って行きます。



その道を進むと白い建物が見えてきます。これが玉淀ダムを管理する東京発電株式会社埼玉事業所の玉淀事務所です。





事務所の横には慰霊碑。



そこから見えるダムもなかなか格好よろしい。



同じ場所から下流を見るとこんな感じ。またまた逆光で暗く写っています。すみません。写真上に見えているのは国道140号バイパス。左奥に見えるのは先ほどの折原橋です。



ダムへ更に近づいて行くと、ダムの正面図があったり「水源林と農業用水」なる看板が。それより何よりこのダムの北側の台地は櫛挽(くしびき)台地というんですね。勉強になりました。





しかしながら、ダムに近づけるのもここまで。ダム横からちょこっと撮影。



ダム上へは行けませんでしたが、シュッとした印象を持ちました…ってどんな印象やねん!
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業績は潰れない…円良田湖(ダム)

2020-08-18 06:46:01 | 埼玉(ダム/堰堤)
大里郡寄居町大字末野にある円良田湖(つぶらたこ)に行ってみました。これは1955年3月に完成した灌漑を目的とする人造湖で、県道349号沿いにあります。



県道側には越流式の余水吐があります。写真では橋の向こうから水が流れ出て、



あちらへ流れていきます。



余水吐があることで、ここは円良田ダムとも呼ばれます。では、ダム上を進んでみることにしましょう。



余水吐に架かる橋を越えたところに栗原政寛なる人物の胸像が。



胸像の裏側の記述によれば、これは1958年に橋本次郎という方が作ったとあります。この方はおそらく埼玉県川越市出身の彫刻家(1919-1997)で、日展評議員や東京学芸大学名誉教授を務めた人物と同一と思われますが、定かではありません。まあ、たぶんそうでしょうけど。



で、胸像の横には栗原氏の業績が刻まれた石碑があります。これによると氏は埼玉県鴻巣市に生まれ、土木請負を生業とした人物だったようです。またこの円良田湖をはじめ、同じ埼玉県にある鎌北湖(入間郡毛呂山町)や宮沢湖(飯能市宮沢)の建設も手がけたと記されています。



湖岸の県道沿いには釣り宿や食事処があります。また余水吐の手前には魚が下流へ行かないために緑色の網状フェンスが張られています。



ダム上、中央付近から見た円良田湖。ここはヘラ鮒やワカサギが釣れる場所でもあります。



一方、下流側の景色はこんな感じ。向こうに見える道路が県道349号。



対岸へ来ました。振り返るとこんな感じです。



対岸、貯水側から見たダムの様子。



前回の間瀬ダムと同じく、ここもダムというより釣り堀の色合いが強い場所ですね。
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昭和初期の独特な…間瀬ダム

2020-08-17 07:04:57 | 埼玉(ダム/堰堤)
本庄市児玉町小平地内にある利根川水系の間瀬(まぜ)ダムに行ってみました。これは1937年完成した東日本最古の農業用重力式コンクリート・ダムだそうで、県道287号沿いにあります。

ダム横にある間瀬湖(貯水湖)の案内板です。ヘラ鮒釣りができる場所らしい。



近くにはちゃんとヘラ鮒の供養塔もあります。



これがダム上。なんとも歴史を感じさせますね。行ってみましょう。



ダム上、真ん中には一度見たら忘れられないフォルムの建物。



ダム本体に嵌め込まれた概要を示すプレート。堰堤とありますが、高さ27.5mなので今日の定義ではダムで良いと思います。



ダム上、中央付近から見た間瀬湖の様子。太公望たちが大勢います。



同じく、下流側の景色です。



ダムの欄干。これも近年のダムにはない「味」がありますね。



対岸へ来ました。振り返るとこんな感じ。



ダム下から見た「ご尊顔」。



間瀬川となって流れる排水路にも注目。独特なデザインです。



よく見ると、これは文化庁が指定した登録有形文化財なんですね。名称は「間瀬堰堤管理橋」だそうです。



この管理橋とダムはどちらも2000年10月18日に登録有形文化財として登録されています。(参考

素敵やん!
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