ライターの脳みそ

最近のマイブームはダム巡りと橋のユニークな親柱探し。ダムは目的地に過ぎず、ドライヴしたいだけ…。

時代精神からの超越

2012-09-23 03:32:54 | 脳みその日常
インターネットの普及により、どんな人も自分の考えを自由に発言できるようになりました。それはそれで素晴らしいことと思います。とはいえ興味深いのは、人間の発想というのは意外なほど共通しているということ。

たとえば、あることが閃いたとします。「うぉ! これは今までにない発見だ!」などと喜んだのも束の間、ネットで検索してみると世界の誰かが既にそれを発表していたりする。それを知ったときの落胆ったら、あーた、もう言葉になりません。別の見方をするなら、独創的な発想とはそれほどまでに稀なことなんですね。

なにもこれはネット時代特有の現象ではありません。そういうことは昔からありました。まったく知らないところで、まったく知らない人が自分と同じ発想をしていたりする。実に不思議ですよね。

さて、こうした現象の普遍化したもの、つまりある時代において空間を超越して共通の認識や志向が多数を占めてくると、それは歴史でいうところの「●●主義」というものになります。もっとも、イズム(主義)にまで至らないとしてもその時代の風潮は「時代精神」と呼ばれることがあります。

現在からみれば「なんでああいう発想をしたのだろうか」と思う時代の思想ってあるでしょ? でも当時の彼らにとっては当たり前のこと。違和感なぞなかったわけです。

いずれにせよ、どんな人も生きている時代から逃れることはできません。時代精神という「足かせ」を否応無しに嵌められているからです。

そうした束縛の中で何か新しいものを生み出す人というのは、やっぱりどこかブッとんでいる。いや、浮世離れしているくらいでないと時代は超越できないのかも。そう、同時代の人たちからすれば、いわゆる変わり者なのかもしれませんね。
コメント

呆れた世間知らず

2012-09-20 20:37:32 | 脳みその日常
少し前、知り合いが入院。その人には昔世話になったので、お見舞いを渡しに行きました。ほどなくしてその人は退院。ここまでは、よくあること。

驚いたのは、ここから。その人、お返しを渡したいから取りに来いと宣った。これはおかしい。お返しをしたいのなら自ら出向くか、もしくは送付するのが筋というもの。

一般に「先生」と呼ばれる(呼ばれた)人というのは常識を知らないから困る。もちろん、すべての「先生」がそうというわけじゃありません。ただ、お見舞いをいただいたから返すのが礼儀ということはわかっていらっしゃるようです。それは常識的に間違いではありません。

でもね、こちらは別にお返しが欲しくてお見舞いを渡したわけではありません。お返しをするかしないかは贈られた側の自由。

ならば、お返しをするのであれば、自ら行動に出るべき。それなのに贈った側に取りに来いというのは、どう考えても非常識と言わざるを得ません。きっと、こういう人は物品をもらうのは慣れていても、返すことには慣れていないのだと思います。

でもねぇ、いい歳をして、こんなこともわからんとは哀れだな…。
コメント

くせものじゃ~!

2012-09-15 05:26:16 | ドライブ関連
おやっ、怪しい人影が…。



近寄ってみる…。ん? 警官のような…。



こちらは消防士が…。でも、なぜ室内に…。



これは江戸川区中葛西で見つけたもの。警官も消防士も、もちろんホンモノじゃありません。ショールームの中に飾られている、いわばオブジェ。

でも、見た瞬間、ドキっとします。
コメント (1)